「消え……た……?」
ガラの姿が消える瞬間を目撃したエリシアは、そんな声を洩らし困惑を示した。
あれだけ苦戦した宿敵が、呆気なく、一瞬で消えた。
仇を討ったという喜びを噛み締める時間もなく消えた。
ガラが消えてから少しすると、地面の崩壊は収まりを見せ、それと共に静寂が強くなった。
大きな地鳴り、崩れた岩が当たる音、それらは段々小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
勝ったというのに、妙な不気味さが残る光景だった。
「はぁ……はぁ……」
そんな中聞こえてきたのは、小さな荒い息。
エリシアがその息の聞こえる方を見ると、額から汗を垂らすアリスが隣に居た。
「……大丈夫?」
「はい……少し、疲れましたけど……問題はないです……」
心配の言葉にアリスはそう返すと、後ろを振り向きエリシアの関心をそちらへ向ける。
「それよりも──」
アリスが向いた先──そこにはフランが居り、そのすぐ側には魔理沙と彩乃の二人が倒れていた。
「……」
エリシアの足は自然と二人のもとへと歩き出していた。
遠目から見ただけだが、二人に意識があるような気配はなかった。
やがてすぐ側にまで来ると、現実というものが嫌でも目に入ってくる。
そこにあるのは赤く染まった二人の姿。
彩乃は比較的軽傷だが、魔理沙はどう見ても重傷だ。
「彩乃は気を失っているだけね、疲労とダメージが溜まっていたのでしょう。でも魔理沙は……」
傷口を凍らせる事で止血はしてある。
だが、それでも──
「瀕死……はっきり言って死ぬわよ。このまま放って置いたら、一時間もしない内に──」
「本当にはっきり言うのね」
「隠しても仕方ないでしょ?」
「それならば、早く病院へと連れて行った方がよろしいのでは?」
そこへ近づいてきたアリスはそう提案するが、エリシアはアリスの顔を見た途端、何かを思い付いたような表情を浮かべた。
「そうだ……アリス、あなたが治せば……!!」と、エリシアは言うのだが、その言葉を聞くアリスの顔は暗かった。
「すみません……」一言、謝罪から入った。
「魔力切れ……です……今は、私の身体を維持するだけの魔力しか残っていません……」
「なので、私の魔力が回復するのを待つより……魔理沙さんの治療ができる所へと連れて行った方が、助かる可能性も高いと思います……」
アリスの魔力が残り少ないのは確か。
反論はできない、今はその言葉を受け入れるしかなかった。
その様子を見ていたフランは、一人何もない空間へと話し掛けた。
「──という事よ、分かったのならさっさとしなさい。八雲紫」
その言葉を言った瞬間、フランの目の前の空間が裂け、そこから一つの人影が現れる。
「全ク、人使イノ荒イ……」
そんな愚痴を溢しながら、紫は魔理沙の体を抱えて開いたスキマの中へと戻って行った。
「さ、帰るわよ。エリシア──」
続いてフランも、彩乃を背負ってスキマの中へと入って行った。
「ちょっ……何でそんなにあっさりしてるのよ……」
勝利の余韻なんてない、二人の負傷への対処も淡々としている。戦いが終わった、だから帰る。そんな雰囲気で元の世界へと戻ろうとしている。
エリシアは一度、溜め息をついた。
最早呆れてくる、一人は死にかけだというのに……
仕方ない、そう思ってエリシアは後ろに居るアリスを見た。
「……私達も、帰りましょうか──」
自分達も帰るとしよう、私達の
「ごめんなさい」
「……え?」
頭を下げてそう言ったアリスに対して、思わず素っ頓狂な声が出たエリシアは、まるで告白が失敗したかのような感覚に襲われるが、すぐにそれを振り払う。
「ど、どうして?一応、理由でも……」
「……ここが、私の居場所なんです」
ポツリと、そう洩らしたアリスは言葉を続けながら辺りを見回した。
「今は何もありませんけど、確かにここが私の居るべき場所なんです」
「私の……えっと、制作者?そんな人が言ったんです。この世界を元に戻して欲しい……って──」
アリスの言葉は少なかったが、エリシアにはそれがピースの事だということはすぐに分かった。
「気を失って、真っ暗な道を彷徨っている時に……言われたんです。私を作った理由、私の役割、私のするべき事……全部、教えてくれました……」
「だから、私は残ります。ここで……この世界をまた作り直さないといけませんから」
それが己の宿命だとしても、それを伝えるのは気が重かった。
「だから……皆さんとは、お別れです」
「そんなことは──」
「無理です……」
「お別れ……しないといけないんです……」
アリスはエリシアから目を逸らした。
その瞳に涙を浮かべながら。
「私は……この世界の
「役目を果たす為に、私はこの世界の核にならなければいけないんです。最初から、そうなるように作られていますから……」
「だから私は、消えないといけないんです」
「消えるって……どういうこと?」
ただのお別れだと思っていた。別れを惜しんで、それでも行かなくちゃいけなくて、最後にまたねと言い合う、そんなものだと思っていた。
でも、アリスの言葉は冗談には聞こえなかった。
「そのままの意味です。私は……生き物ではありません。私はただ魔力で作られただけの存在。何かしらの目的があって作られたただの人形」
「そんな私の役割……それはこの世界の情報の保護。そしていつかその時が来れば、再び世界に情報を戻さないといけません」
「この世界は今、真っ白なんです。土台となる土地はあれど、そこには何もない。花も木も、この世界を彩るものは何も──」
「私の役目は、そんな世界に設計図を与えること。そしてその設計図が私そのもの」
「……設計図は見ないと分からない。口頭で伝える事ができるなら、設計図なんて必要ないですから──」
「そんな設計図を見る為に、私という存在は消えて情報だけが取り出される。私の中に図があるのですから、私という包みは必要ありません」
「……そう」
止められるようなものではない。
その言葉と雰囲気を見れば、そんな事は簡単に理解できた。
「……それでも、覚えて置いてください。この世界を、元に戻すって……きっと、今よりも良くするって……」
「皆さんがまた来た時には、この世界の本当の姿を見せれるようにしますから……だからその時だけでも、私を……」
「覚えているわよ、ずっと──」
「少なくとも、魔理沙は絶対に忘れないわ。だから安心しなさい」
「そう、ですか……そうですよね……魔理沙さんは、そういう人ですもんね……」
あの人だったらいつまでも忘れないでいてくれる。そんな気がして、少し気が楽になった。
そしてアリスは、改まってエリシアを見た。
「……あの、一つ……お願いしてもいいですか?」
「いいわよ」
迷うことなく、エリシアは快諾した。
「……魔理沙さんと……後、彩乃さんにも伝えてください」
「『あの日、助けてくれてありがとうございます』と──」
「了解、二人が起きた時にでも伝えておくわ」
「ありがとうございます」
そう言うアリスの顔を見ると、そこに曇りはなかった。
もう思い残す事はないと、そう言っているかのような表情だった。
「またいつか、この世界に来てください。姿形はなくとも、私はここにいますから」
「ええ、きっと来るわ」
そう笑顔で返すと、エリシアはアリスに背を向け、スキマへと歩き出した。
「……それじゃあ、さようなら。アリス」
「さようなら、エリシアさん」
最後にそう言ったタイミングで、エリシアの入ったスキマは閉じた。何もないこの世界に一人、アリスを残して……
「そして、ありがとうございます。皆さん……」
最後にポツリと洩らしたアリスは、ゆっくりとその瞳を閉じた。
◆◇◆◇
魔理沙と彩乃を永遠亭に送り届けた後、フランとエリシアは紅魔館へと戻ってきた。
魔理沙に関しては危ない状態だったけれど、氷で応急処置がされていた事もあってか、様々な処置を経て無事一命を取り留めた。彩乃の方は命に別状はなく、二人とも安静にしていればそのうち目を覚ますとのことだった。
長い戦いが終わり、帰ってきたこの世界はすっかり夜になっていた。
星々が照らす、静かな夜は、あの戦いがたった一日の出来事だったということを忘れさせる。
記憶に新しい筈なのに、妙に懐かしい星空。
そんな星空の下、紅魔館の前には二人の人物が立っていた。
「あら、少し減った?」
こちらの姿を目視した、ピンク髪の彼女は開口一番にそう言った。
「働き者の二人は、ぐっすり眠っているわ」
そんな彼女にフランはそう返して、紅魔館の前に居るもう一人の人物のもとへと歩いて行った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
フランが側に行くと、銀髪のメイドは頭を下げてそう言った。
「よくやったわ、咲夜。お疲れ様」
それに対してフランが労いの言葉を返すと、咲夜は口元に笑みを浮かべて、その言葉に対する感謝を述べた。
その様子をエリシアは遠くから眺めていた。
(ライラ……終わったよ──)
心の中で亡き友へとそう伝えると、エリシアは再びフラン達のことを見た。
帰る場所へと帰ってきた、だがそこに自分の入れる輪はない。みんな、自分の居るべき場所を持っている。
きっと、私の輪はこれから作っていくものなのだろう。
「……」
この気まずさの前に立ち尽くし、一人何処かへ行ってしまおうとした時だった。
「エリシア」
呼び止めるように、フランが声を掛けてきた。
そして一言、彼女は言った。
「あなたも、お疲れ様」
その言葉に足を止めると、咲夜が続ける。
「暖かいご飯を用意してありますので、ご一緒にどうですか?」
どうやら私にも、入れる輪があったらしい。
「──喜んで」
気付けばエリシアの足は、館へと向かっていた。
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「はぁ……はぁ……」
視界が揺れる、足がふらつく。
頭が痛い、足が痛い、腕も痛い。
痛い、身体中が痛い。
それでも尚、また一歩彼女は歩んだ。
目的はない、ただただ何処かへと歩いているだけだった。その胸に憎悪と怒りを募らせて。
身体中に空いた穴を氷で塞ぎ、辛うじて動く足は前に進むので精一杯。
薄い水色の髪と、それを伝って流れた血の跡がちらつく視界は霞み、歩く度にグラグラと揺れている。
白かった羽は傷だらけで、流れた血で赤く染まった。
「何で……私が、こんな目に……」
あの時からずっとそうだ。
いいことなんて一つもない。
下っ端のようにこき使われて、今度は悪魔なんかと同じ括りにされて……
「殺してやる……」
私をこんな目に合わせた奴ら、全員氷漬けにしてやる。
「あの人間も、エリシアも……全員──!!」
そんな言葉を洩らしながら進むツドラの視界に、一つの明かりが見えた。
家だ──
家があった。
となればここは人里なのだろうか?
そんなことが頭を過るが、この際どうでもよかった。
一旦、あの家で休む。
アイツらを殺す為にも、まずは兎に角傷を癒す。
家主が居ようと関係ない。
居たら居たで殺せばいい。
今の状態でも、ただの人間を殺す位はできる。
そうして歩みを続け、その手が家の戸に触れた時だった。
「客……じゃあなさそうだな……」
声が聞こえた。それも背後から。
ツドラが振り向くと、そこには人が居た。
だが視界がぼやけてその顔は分からず、身体の輪郭もはっきりとしない。
この家の家主だろうか?
「鳥の妖怪か?」
声からして男。
距離はたった数メートル。
速攻で殺す。
それを即座に行動に移そうとした時──
「──⁉」
身体中に激痛が走り、その場に倒れ込んだ。
ギリギリついた手は震えており、地面に当たった時の衝撃で傷が広がった。
口から流れ出る血が、ビチャビチャと音を立てながら地面に赤い溜まりを作っていく。
「何を……した……?」
普通ではない。傷が悪化したとか、そういうものではない何かが起こった。
「何か……とはなんだ?私はこれと言って何もしていないのだが──」
本当に何もしていないのか、あるいは今起こった事について何か知っているのかの間辺りの声と話し方──
それは人を不快にさせるには十分な効果があった。
「とぼけるな……あなたがやったんでしょ……」
「さあ、何のことやら」
「ふざけるのもいい加減にしろ……」
「知らないと言っているんだ、何度言えば分かる?」
何か言っても、返ってくるのはそんな言葉ばかり。
自身の中に溜まっている怒りに、マッチの火をゆっくりと近づけられているような気分だった。
「知らない……?ここにいるのはあなただけよ……あなたじゃないなら、一体誰がやったって言うの?」
周囲に氷の弾を展開し、威嚇も兼ねて臨戦態勢に入る。
「氷……それを扱うのなら、もう少し冷静な奴がよかったなぁ」
「そう……冷静な奴……ねぇ……」
その言葉で、マッチの火は怒りの中へと投入された。
「──まずはあなたの頭をキンッキンに冷やしてあげるわよ!!」
そうして怒りと共に、氷を男へぶつけようとしたその時だった。
突然匂いがして、明るくなって、熱くなった。
「グぅッ──!!」
周りが、周りが明るい。
どこを見ても明るい。
そして、痛い。
焼けるように、全身が痛い。
「あ゛、あ゛あ゛アぁぁぁああああッ!!!!」
熱い、痛い、熱い、痛い。
(焼かれている。身体の内から全身を!!)
傷を塞いでいた氷が溶かされていくと、代わりに体を包む炎が傷を焼いて止血してくる。
焼いて、焼いて、焼き尽くして、今度はとても酷い火傷を付けてくる。
「ア゛ッ……ガッ……」
喉も焼かれて、言葉が次第に出なくなる。
肺が焼かれて、呼吸するのも辛くなる。
必死に息を吸っても、入ってくるのは炎の臭い、まともに空気を吸うこともできない。
全身が、全身が熱い。
痛くない場所はない、あるとすればそこはもう何も感じなくなった場所。
意識が落ちそうになっても、炎の痛みが叩き起こしてくる。いつまでも、いつまでも終わらない痛み。
もう、天に願う事もしなかった。
熱い、痛い、熱い、痛い
熱い、痛い、熱い、痛い
熱い、痛い、あつい、いたい
あつい、いたい、あつい、いたい……
まず、ここまで読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。
今回で幻想滅失録第二章は終わりとなります。
第一章と比べると、かなり長くなりましたが、それでもここまで書くことができてよかったと思っています。
やはりまだまだ小説の細かな部分やら何やらは苦戦し、書き方についても色々と悩んでいます。
それでも、ここまで読んでくれている方々の存在もあり、第二章を最後まで書く事ができました。
本当にありがとうございます。
個人的な事ですが、お気に入り登録や小説の評価等をしてくださると嬉しいです。(Youtuber風に言うならチャンネル登録と高評価お願いします)
後、感想やコメント等も遠慮なくしてくださって構いませんので、お気軽にどうぞ。
これからも、幻想滅失録をよろしくお願いします。
それでは、第三章でまたお会いしましょう。