それは暖かな日の事だった。
長年続いた戦争に終止符を打った最高位の天使と悪魔の間に、第二子となる『ガラ』という赤子が産まれた。
所謂和平の証し、平和の
みんな疲れていたんだ。
終わりの見えない争い、見失った戦いの理由、訳もわからず続けてきたこの
戦いが始まった頃の当事者はもういない。
この戦争の意義を、皆伝聞で聞いてきた。
親から聞いた話を子へ伝え、その子が孫へと言い聞かせる。
曲解した言葉、尾ひれも背びれも付いた話。
天使も、悪魔も、皆何が正しいのかが分からなくなっていた。
そんな中で、とある天使と悪魔が『英雄』として祭り上げられた。
それに反発する者は少なかった。
漸く見えた終着点を、誰も手放したくはなかった。
あの赤子は、そんな歴史の闇に蓋をするために産まれてきたのだ。
産まれながらに背負わされる重責、大衆への期待に答えなければならない重圧。
あの赤子の未来は既に決まりきっている。
その事に私は、他人ながらに可哀想だと思った。
「おい、カリエル!!」
そんな事を考えていた私の意識を現実へと引き戻したのは、私を呼ぶ一人の声だった。
「──?」
何事かと思いその声がした方を向くと、何やら焦っている様子の金色の髪をした男がいた。
「急がねぇと遅刻するぞ!!」
男は事態を呑み込めていない私を急かすように、再び大きな声で私に言った。
「ああ、すまない──」
そこで漸く現状を理解した私は、先に走り出した彼を追うように、学校へと向かった。
◆◇◆◇
「──聞いたか?あの話」
「知ってるよ、新しく産まれたガキの護衛として天使と悪魔から一人ずつ雇うって話だろ?」
「おいおい、今『ガキ』って言ったか?」
「はい、不敬~罪。良いやつだったよ」
「檻の中でも頑張れよ」
「何で捕まることが確定してんだよ!!」
いつもの喧騒、下らない会話、戦争が終わって訪れたのは、そんな日常だった。
「──にしても護衛か~、やっぱ給料とかすげぇのかな?」
「よし!じゃあその護衛に俺はなる!!」
「お前じゃ無理だよ」
「そうそう、でも──」
私の後ろを歩く男たちの中の一人が、私の肩に腕を回してきた。
「カリエルなら行けんじゃねぇの?」
「……どうだろうな──」
この時の私はまだ、その言葉を冗談としか思っていなかった。
学業では私と張り合う者たちは何人も居たし、総合的に見れば私はトップではない。私より優秀な生徒は何人もいる。
だが少なくとも、実戦に於いては誰にも負けたことはない。
ある町では名を馳せた実力者を捩じ伏せ、戦争で活躍した多少有名な者を先祖に持つ貴族の坊っちゃんだって容赦なく叩き伏せた。
確かに、護衛には相応の実力がなければ務まらない。
だが私に、護衛なんてものができるとは思わなかった。
私より相応しい者は居る。
そう思っていた。
◆◇◆◇
「──ってことで、よろしく」
目の前に居る角の生えた悪魔の彼は、私に軽く手を差し出した。
私はその手を取り、名を名乗った。
「──カリエルだ」
彼の名は『シトリウス』
私と同様、選ばれた者だ。
そう、気付けば私は──
例の護衛とやらになっていた。
立候補した訳ではない、ただある日唐突に選ばれた。
どういう基準で、どれ程の人の中から選ばれたのかは分からない。
だが、将来特別何かしたいことがある訳ではなかった為、私はその役目を引き受けた。
一月もすれば、護衛としての生活にもすっかり慣れた。
その中で分かったこともある。
この護衛という仕事──表向きには護衛と言っても、その実態は従者や側近……もっと言えばガラ様の教育係のようなものだった。
時に勉学を教え、時に礼儀作法を叩き込み、時にちょっとした我儘を聞く。
ガラ様が基礎的な読み書きや何やらができるようになってから護衛の仕事が始まった為、教える事にあまり苦労はなかった。
そしてその時には既に、私は学校を卒業していた。
守秘義務等々、色々あって、あの日私に何やかんや言っていた彼らに、この事を伝えることはなかった。
◆◇◆◇
勉学に関しては、ガラ様の呑み込みというのは素晴らしかった。
その年の子供が解くにしては難問であろうそれを、一度解き方を教えられただけでスラスラと解けるようになる程には。
まあ、それに関してはシトリウスの教え方が上手だっただけかもしれないが……
ガラ様もまだまだ小さな子供。礼儀作法は多少できるようになりはしたものの、まだまだ分からない事もできない事もいっぱいだった。
それを見たご両親方がよく褒めていたところを見るに、親心というものは多少あるらしい。
女王と国王──その二人は常に忙しかった。
天使と悪魔の間に余計な争い事が起こらぬよう、二人は同格の地位と権力を持っている。
これにより、仕事量も二分の一となったのかと言われればそうではない。
逆にその分だけ仕事が増えているようにも思えた。
だけどそんな中でも、時間が空けばお二方は我が子へと会いに来ていた。
まだまだ幼いガラ様にも、兄の『ゼラ』様にも──
◆◇◆◇
私とシトリウスはよくガラ様の我儘に付き合った。
ご両親は多忙で会うことすら中々ない。そんな訳で、必然と我儘を聞いてあげられるのは私たちしかいなかった。
『町に行きたい』
それがガラ様の我儘の中では一番多かった。
そしてそれに乗り気なシトリウスによって、三人で町へと出る事がよくあった。
「シトリウス……何度でも言うが、気軽にガラ様を外へと連れ出すんじゃあない」
「大丈夫だ。何かあっても、俺たちが守ればいいだけだろ」
「そういう問題ではない」
何か起これば解決したとしても報告しないといけないし、そもそも不要な外出は控えるように言われている為、何かあって外出がバレた時が本当に大変なのだ。
実際既に一度バレている。その時長々と説教されたというのに、次バレた時が本当に恐ろしい。
「シトリウス、シトリウス──」
そんな事を話していると、シトリウスの服の裾を掴んで下の方でピョコピョコと無邪気に跳ねる小さな影が現れた。
跳び跳ねる度に金の髪は揺れ、同時にシトリウスの身体はガラ様の方へとどんどん引っ張られていく。
気を引くために何度も名を呼び、存在感を出す為に何回も跳び跳ねる。年相応の子供らしい仕草だった。
「あれ──!」
指を差して一言そう言った先を見ると、そこには一軒の店屋があった。
「本当にあの店のパンが好きなんだな──」
ガラ様の指差す先にあるのは、一軒のパン屋。
そこは以前偶々訪れた時から、外出する度に来るようになったガラ様お気に入りの店。
全品手作り、窯焼きという本格的な店。
あの店のパンはどれも美味しいが、その中でも特にガラ様が気に入っているのが、看板商品のクロワッサンだ。
「いらっしゃいませ」
店に入ると一番に聞こえてくるのはその一言。
そしてそれと共にやってくる、焼きたてのパンの香ばしい匂い。
ガラ様は店に入るや否や、早速例のクロワッサンの前にまで行った。
「あ、また来てくれたんだ!」
その様子を見て、ガラ様と同じくらいの背をした少女が近づいてきた。
エプロンを着た彼女は、この店を経営している両親の手伝いをしている『リリィ』
年も近く、しっかりとしていて面倒見のいい彼女は、店に来るガラ様とよく話をしてくれる。
ガラ様にとって唯一の友達のような存在だった。
◆◇◆◇
一方、兄のゼラ様は勉強熱心な人だった。
第一子である彼は、幼い頃より次期王として様々な教育を施された。
基礎的な勉学は勿論、礼儀作法、政治、武術に魔術等々……それらをガラ様以上に叩き込まれた。
自由な時間も少なく、兄弟同士で会話をするような機会は殆どなかった。
そんなある日の事だった。
ガラ様が庭園で一人自由な時間を過ごしていると、ちょうど武術の訓練を終えたばかりのゼラ様と出会ったらしい。
何をしていたのかと興味を持ったガラ様に「手合わせをしてやろうか?」と、ゼラ様が聞いたそうだ。
ガラ様はそれに承諾。
そして二人が手合わせをした結果──
ガラ様が泣いて戻ってきた。
負けたことが相当悔しかったそうだ。
自分も強くなりたいと、私とシトリウスに泣きついてきた。
別に、ガラ様に武術等は教えていない訳ではない。基礎的なものではあるが、護身程度にはと軽く教えている。
だがそれでも、他の人から見ればまだまだ未熟。
訓練終わりとはいえ、そんな者を相手に容赦なくやるというのは少し大人げないのではないだろうか?
泣き止ませるのも大変だったし、ゼラ様の教育係に少し文句でも言ってやろうかと思った。
────────
それから1ヶ月が経った頃だった。
「………?」
あの日、初めて手合わせをしたその場所に倒れる影は一つ。そしてその側には、彼と似た姿の者が立っている。だがその者は銀の髪の彼とは違い、金の髪をしていた。
この日、涙を流したあの場所で、ガラ様がゼラ様に勝った。
────────
ゼラの敗因は極めて単純なものだった。
だがその、たった一つのシンプルな答えが彼をさらに苦しめた。
前と違って疲労はなかった。
一度勝ったからといって慢心はなかった。
あの日からもさらに研鑽を積んだ。
経験は上、力の使い方もよく知っている。
ただ一つ、実力が違った。
自身の積んだ数年間が、軽い護身術程度しかできなかった者の1ヶ月に負けた。
そしてゼラは理解した。
自身以上の才能を、その内に秘められている真の力を。
◆◇◆◇
ゼラ様が負けた日から数年が経ち、そして今日、ガラ様にとって大事な日が来た。
何を隠そう、今日は自身の秘めたる力を確かめるのだ。
生まれた日に一度その検査は受けている。
だが今日は、生まれたてでは分からなかったものや、ここまで成長したからこそ目覚めた力等も踏まえて、正確に確かめる。血の影響というのが、この年になってより濃く出るからこそ生まれた検査だ。
個人差はあるが、それまで平凡と言われた天使が大天使並みの力を持っている事が明らかになった例もある。
自身の力を示すラストチャンス、さすがのガラ様も浮き足立っていた。
「ゼラ様には天使と悪魔の二つの力があった。それもあってか、皆ガラ様にも期待しているようだな」
検査が終わるのを待つ間、建物の周辺を忙しなく動く者たちを見てシトリウスがそう呟いた。
「今回の結果で次の王が決まると言っても過言ではないのだからな、当然だろう」
「……確かにな。今回の結果次第では、この国の未来が変わる」
----------------
「父上……母は……母上は何処に行かれてしまったのですか……?」
「………」
ガラ様の検査から二年、お母様が亡くなられた。
不幸な事故だった。
その翌年にはお父様の体調が急変、寝床から出ることもままならなくなった。
「……誰かが暗殺者でも雇ったのか?」
続け様に起こる不幸に、シトリウスはそう洩らした。
「だとしてもだ。あの二人の警備を掻い潜って、そんなことができるのか?」
「確かにな……寧ろ警備よりもあの二人の方がヤバイし……尚更か──」
(警備の目を掻い潜り、二人にも警戒される事なく近づけるとなると──)
「内部犯か?」
周囲から怪しまれることなく二人に接触できる者となると、それくらいしか考えられない。
「こっちにとっても、ゼラ側にとっても得する事はねぇだろ?」
「それもそうか……」
あの日、ガラは見事に証明した。
己に眠る真の力を、この世界を照らす希望を。
そしてそれは図らずも、新たな混沌の火種となった。
今まで通り、ゼラを次期王とするゼラ派。
そして新たに発覚した、王となり得る素質を持つガラを次期王とするガラ派。
あの日から、この国はその二つの派閥で二分された。
天使と悪魔、ガラに宿るその二つの力はゼラのそれを遥かに上回った。
加えてゼラは少し高慢なその性格もあってか敵が多い。そこでゼラを気に入らない者達が、こぞってガラを次期王として推薦しだしたのだ。
ゼラの一強時代は終わり、代わりにそれと同等、またはそれ以上の支持を手に入れた実の弟が、壁として立ち塞がった。当然ゼラは以前の立場を取り戻すためにすぐに動き始めた。だがそれを受けて、ガラの教育は今まで以上のものとなった。
ゼラが唯一勝っているのは、次期王としての知識のみと言っても過言ではない。力も、才能も、支持率も、ガラは全てを持っている。
その中で唯一勝っているであろう部分を潰す為に、ガラ派の貴族か誰かが高値を払って雇わせたのだろう。
そしてガラの近況が変化すると、同時に影響を大きく受ける者たちがいる。
それが、カリエルとシトリウスであった。
ガラ様の教育は新たな専属教師が来た為、私たちは不要。周辺警備も最高レベルのものになり、私たち以外の護衛が付くことも多くなった。
そんな私たちがガラ様とお会いする機会が減っている現状を、私とシトリウスは町の広場で嘆いていた。
「──にしても、俺たちもそろそろお役御免か?」
「……ガラ様も充分成長した。可能性はあるな」
「あんなに小さかったのにな……」
「成長というのは早いものだな」
もう何年側に居たのだろう?
小さかったその姿が、気付けば私たちに並びそうになっている。まるで子の成長を喜ぶ親のような、そんな感想しか出てこない。
「……どうする?カリエル……本当にこのままクビになったらさ──」
「……さぁな、そんなことを考えた事はなかった。
「俺もだ、カリエル。俺もこの生活を続けるのだとばかり思っていた」
「遠くなったな……カリエル。放っといても向こうから近づいて来ていたその背が、気付いたらずっと向こうの方に行こうとしている」
「俺たちはもう必要ねぇんだな……もう、一人でも歩いて行けるんだもんな……」
ポツリポツリと、シトリウスは言葉を洩らしている。
その言葉の一つ一つに、カリエルも思う所はあった。
「……シトリウス」
「……何だ?」
「久しぶりに、手合わせをしてくれないか?」
だからこそ、感情を吐き出して、今は語り合いたかった。
────────
「はぁ……はぁ……やるな、カリエル。また腕を上げたか?」
「お前こそ、また強くなったじゃないか……」
手合わせを終えた私たちは、互いにその場に倒れるように寝転がっていた。
ここは人通りも少なくていい。思う存分話し合える。
「……なあ、カリエル」
「もし護衛をクビにでもなったら……俺、一度故郷に帰るよ。なんだか……親の顔が見たくなった」
「……なら私は、旅をしようと思う。この世界の色んな所を巡るんだ。そして、まだ見ぬ強者とも出会いたい」
「お前、結構戦闘狂気質だよな……たまには親に顔を見せてやったらどうだ?」
「……いや、いい。どうやら私は父親に似てしまったようでな……合わせる顔がない」
「……親父、嫌いなのか?」
「そういうことではない、寧ろ尊敬しているさ。そういうお前こそどうなんだ?」
「……俺、かぁ……親父は…ちょっと苦手だな……」
「真面目になれだの何だの言われて、数年くらい口を聞かなかった事もあった。でも、俺が……いや、なんでもない」
「何だ?コソ泥でもしたのか?」
「してねぇよ、ただちょーっとムカつく良家のガキをぶん殴っただけだよ」
「……相当な事をしてるじゃないか」
「ああ、その後親父にぶたれたし、母さんにも泣かれた。だから俺は心を改めて、なるべく真面目に生きるようにしてるんだよ」
「その割には規則を破ることが多かったな」
「………社会見学だよ、社会見学。大事だろ?」
シトリウスは少し間を空けてからそう言うと、軽く笑った。
「しかし旅ねぇ……面白そうだ。俺も連れてけよ」
「故郷に戻るんだろ?」
「その後で、だ」
「ならば追い付けないよう走るとするか……」
「じゃあもっと速く走って、お前に追い付いてやるよ」
「私が何処に行くのか分かるのか?」
「何年一緒に居るんだよ?お前が飯を食う時にまず何から食べるのかだって分かるさ」
今まで考えもしなかった事を語り合い、私たちは笑い合った。叶ってほしくはないけど、夢のようなものを語るのは楽しかった。
────────
「ガラ──」
一方その頃、宮殿内を歩いていたガラはある人物に呼び止められていた。
「兄上……?」
その人物はゼラ、しかし今までこうして呼び止めてくるような事はなかったため、ガラの中には緊張と困惑が生まれていた。
「何でしょうか……?」
恐る恐る、ガラは聞いた。
「父上がお呼びだ」
端的にそれだけを、ゼラは告げた。
「父上が……?」
呼ばれるような事をした覚えはない。ガラには何故父が自分を呼んでいるのかの理由が分からなかった。
ただ一つ、可能性としては──
「病状が、悪化なさったのですか?」
ガラは心の中で違う事を祈るしかできなかった。
「……水と薬はいつもの場所にある」
答えを告げる事はなく、ゼラはそれだけを言い残して去ってしまった。
いつもの場所──厨房に寄ってから父の部屋に行く。
今ガラができる事はそれだけだった。
◆◇◆◇
「失礼します、父上──」
ガラが部屋へと入ると、父はベッドの上で身体だけを起こしてこちらを見ていた。
「お薬を持ってきました」
厨房で使用人から受け取った水と薬を渡すと、父は「ありがとう」と一言礼をした。
渡された薬を飲み、父は改めてガラを見る。
その目は病に侵されながらも、強い輝きを持っていた。
「ガラ……お前は強い。私と、彼女の血を引くお前なら、いずれ私たちをも超えるだろう」
「そんな事は……」
「いや、きっとそうなる」
「ゼラも、お前も、私たちを超える力を持っている。この世界を、より良い未来へと導ける力をだ」
「だが、それはまだ完全ではない──」
「ガラ……お前とゼラは二人で一つなんだ。お互いが違う方向を向いていては、その真価を発揮することはできない。共に支え合い、同じ道を歩む時こそ、お前たちは真の力を発揮する」
「しかし今、ゼラは一人だ。真に信頼のできる者が誰もいないのだ。それも、私たちの責任だ。私たちがゼラを、孤独にしてしまった」
「生まれてからずっと、ゼラの回りには自分の言うことを聞く者たちしかいなかった。だからゼラにとって、私たち以外の者は皆自身の道具のようにしか見えていない。ゼラは、自分の意見が全て正しいと思っている」
「私たちはゼラに……親らしい事を一つもしてやれなかった。私たちがもっと、ゼラとの時間を作ってやっていれば……こうはならなかったのかもしれない……」
「だが信頼も、愛情も、何も知らないゼラの孤独を癒すことはできない」
「だが、今から何とかしようにも、この体では無理だ。それに、私の言葉など聞いてくれないかもしれない。だから頼む、ガラ……お前が側に居てやってくれ……兄弟であるお前なら、きっとできる……」
「同じ血を持つお前なら……きっと──」
父の声は次第に小さくなっていった。
終いには空に消えてしまいそうな程に、緩やかに眠りへとつくかのように。
「父上……?」
気付けば父はベッドで横になり、その目蓋を閉じていた。もしかしてと思ったガラが、口元へ耳を近づけると、僅かだが息を吸う音がした。
それを聞いてホッとしたガラは、父を起こさぬよう静かに部屋を後にした。
その翌日、父が息を引き取る事になるとは、この時のガラには思いもしなかった。
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両親から始まった死の連鎖は、気付けば使用人にまで及び、さらには政治に関わる人物、資金提供をしている貴族までもが死んだ。
そんな中、自分の周囲の人が死ぬ事を強く自覚したのは、あのパン屋を経営しているリリィの両親が、火災で焼け死んだと聞いた時だった。
その後にリリィと出会った日、初めて頬を叩かれた。
見たことのない表情で、リリィに叩かれた。
その時、リリィが何かを言っていたような気がするが、それが何かは思い出せない。
ただ、深い怒りに満ちたリリィの顔だけは覚えている。
────────
力が発覚したあの日から、彼らはガラを崇め、次代の王として祭り上げた。
そして彼らによって付いた名は──
『神の子』
だが、ガラの周囲にいる人物の度重なる死──
人々はそれを恐れた。
人はそれを呪いと言った、人は彼を避け始めた。
理不尽に降り掛かる死に、巻き込まれたくはなかった。
そして彼は、呪われた子となった。
◆◇◆◇
「大丈夫ですか?」
例のパン屋が火事に見舞われてから数日後、ガラ様は自室に籠る事が増えた。
王が亡くなった事により、世は混乱に陥った。
現状は代理の者がなんとかしているらしいが、それもいつまで持つことやら……
我々は早急に次の王を決めなければならない。
現状を打開する方法はそれだけだった。
候補は依然変わらずガラ様とゼラ様のお二人。
だがしかし、ガラ様がこのような状態ではそれも難しいだろう。
恐らく、ゼラ様が王となる。
扉を叩いても返事はない。
──かと言って勝手に入るようなことはできない。
あくまで
今日のところは出直すことにしよう。
そうして、カリエルはその場を後にした。
────────
それから少しした時だった。
廊下の先にシトリウスの姿が見えた。
「どうだった?」
シトリウスの側に行くと、彼は一言そう聞いてきた。
やはり彼も護衛として、主人の事が気になっていたようだ。
「変わらずだ……」
首を横に振って残念そうに答えるカリエルに、シトリウスは同じく気持ちが落ち込んだ。
「そうか……」
「ところで、そっちは何の用だったんだ?」
ガラ様の所へ行く途中、私たちは「大事な話がある」と、使用人伝で大臣に呼ばれた。
さすがにきっぱり断る事はできず、最悪一人でもいいだろうと考え、私たちは二手に分かれることとなった。
少し間を空けて、シトリウスは話した。
『今の状態を考えれば、十中八九ゼラ様が王となる。今までは王の子供故狙われる可能性は充分にあったが、ゼラ様が王となればガラ様が狙われる可能性は低い。ガラ様に関しては、王宮の警備で変わらずお守りする為、あなた方の護衛はもう必要ない。今後はあなた方の好きな道へ進むといい、ご苦労だった』
「──だとよ。今の引きこもっている状態なら王宮の警備だけで事足りる。そう言いたいんだろうな」
「……」
その言葉に理解が追い付かない。いや、理解したくないだけなのかもしれない。私は、何の言葉も出せなかった。
「荷物……纏めようぜ、カリエル。俺も手伝うよ」
きっと同じ気持ちなのに、シトリウスはそう言った。
動揺を隠せない未熟な私と比べて、シトリウスは強い人だと、私は思った。
----------------
ゼラが王となってから数年──この国は変わった。
いや、変わってしまったと言った方がいいのかもしれない。
力が全て──弱者は淘汰され、重税を課される。
そこに天使も悪魔も関係なく、自身に従わない者は徹底的に排除した。
ゼラの方針に疑問を持てば殺される。
民には恐怖を植え付け、全てを従わせた。
ゼラは民にその姿を見せることなく、支配した。
私たち──ガラ様に付いていた者たちも排除の対象だった。
ある者は国を追われ、ある者は牢へと入れられ、またある者は見せしめとして処刑された。
私とシトリウスは国を追われ、さらには賞金首として手配までされた。
匿ってくれるような所はない。
毎日が命を狙われる日々。
それでも、叶うならばガラ様のもとへともう一度行きたかった。
◆◇◆◇
「………」
薄々気付いてはいた。
誰がみんなを殺しているのかなんて……
「………」
それでも信じてあげたかった。
それが父との約束だったから。
「………」
でもゼラは、この部屋の扉に封をした。
こちらから出る事はできない。
開けられるのは向こうからだけ。
殆ど部屋を出なかったのが、今や完全に出る事がなくなった。
そんな中でもやって来るのは、食事を運んでくるメイドのみ。ゼラの言うことしか聞かない、冷たいメイド。
「カリエル……シトリウス……」
ずっと側に居てくれた二人の姿が頭を過る。
また二人と一緒に町へ行きたい。
ずっとずっと、寂しかった。
声には出さないよう、我慢してたけど……
ずっと……二人に会いたかった。
心配を掛けさせたくなかったから、『もう、一人でも大丈夫』という言葉を何度も使った。
また、二人の声が聞きたい。
けれど、外には踏み出せなかった。
何度も扉の前にまで来ていたけれど、ずっと何も返せなかった。二人に会いたい、けれど外に出るのは怖かった。
二人と最後に話したのは、どんなことだっただろうか?
それすらも思い出せない。
「惨めだな」
その時、声が聞こえてきた。
声が聞こえた扉の方を見ると、そこにはゼラが居た。
「こんな辛気臭い所で、後何年……何百年過ごすつもりだ?」
「………」
今更話すつもりはない。
ガラは何も言わずに、ゼラから目を逸らした。
「言葉の一つでも返したらどうだ?愚弟」
「お前と違って忙しい我が、折角時間を割いて来てやったんだ。泣いて喜ぶくらいのことはしたらどうだ?」
「………」
「次からはお前の飲み水に父と同じ毒でも混ぜてやろうか?」
「──ッ」
その言葉でやっと反応したのが嬉しかったのか、それともこちらをただバカにしているだけなのか、ゼラは顔にわざとらしい笑みを浮かべた。
「アイツは滑稽だったな。病を治す薬だと思って、律儀に毒を欠かさず飲んでいたんだからな」
「お前がッ──!!」
「お前が?何を言っている?お前
「助かったぞ?我が行けない時は代わりに運んでくれて」
「何を言って……毒を仕込めるタイミングなんて……」
「お前こそ何を言っているんだ?我が仕込むだと?我以上に怪しい人物がいるじゃないか」
「まさか……使用人が……」
「一人だけじゃないさ、他にも色んな奴が協力してくれたぞ?」
「な~んにも知らない、無知な馬鹿はお前だけだったという訳だ」
「母もそうだ。平和主義の能無しだったな」
「お前なんかを産むから死んだんだ。自業自得、できれば我自ら手を下したかったのだがな……」
「どこかで恨みでも買ったのだろう。だから暗殺され……おっと、これは言っちゃいけないヤツだったか?」
「まあ、勝手に死んでくれてありがたいよ。面倒な手間が省けたからな」
ゼラの畳み掛けてくる言葉は、一言一言が深く胸に刺さった。まるで何かの答え合わせかのように、ゼラは今まで起こってきたことを嫌味ったらしく話してくる。
その言葉を聞いている内に、心の中には言い表せない感情が募っていく。
「そう言えば、お前と我はよく似ているよな。まあ兄弟だから当然なのだが──」
「ここの出来は違うようだな」
ゼラは自分の頭をトントンと指先で小突きながら言った。だが、ガラにはもうそんな些細な事などどうでもよかった。
「──で、一度お前に変装して町に行ってみたんだ」
「そしてお前がよく行くらしい店に行ってみたら、どうだったと思う?意外とバレないものなんだな、これが。ついでにパンを焼くのを手伝ってやったよ」
「よく燃えていたぞ?中身は焦げているかもしれないがな」
「ああ、あの後お前思い切りぶっ叩かれたらしいな。悪いな、次からは一人残らず炭にしてやるから安心しろよ」
「……で、最後に残る邪魔者は……そうそう、お前には勿体ない
「……何をした?」
「──?」
今のガラに、ゼラの言葉を思考する余裕はなかった。
次々と襲い来る情報が、思考を妨げていたのだ。
だがその言葉を、その言葉だけはガラは聞き逃さなかった。
「あの二人に何をした!!」
「いきなりキレるなよ、何もしてないさ。強いて言うなら、話をした程度だ」
「話……?」
「そう。いずれ消すつもりだった大臣を使って、奴らに話を持ち掛けたんだ──」
「無駄な詮索をすれば
「チョロチョロと探り回りはするし、そもそもとしてお前に付いていた時点で立派な排除対象だからな──」
「勝手に動き回れなくして、ジワジワと痛め付けてやろうと思ったんだが……」
「あろうことかあの無能、あの二人を勝手に逃がしやがった。解任させろなどとは命令していないのに……本当に無駄な事しかしないカスだったな」
思い出してイラつくゼラに対して、ガラは少しばかりの安堵を感じていた。
とにかく二人は生きている。
それが分かって、ガラは少しホッとした。
だがガラのそんな微かな安堵を掻き消すように、ゼラは一言呟く。
「さて──」
まだ話は終わっていない。
むしろここからが本当の会話だと言うようなその一言の後に、ゼラは言った。
「無駄話はこれくらいにして……本題に入るとしよう」
おまけ
カリエルの家は元々道場を経営しており、父親がそこで師範を勤めていました。しかしカリエルがまだ幼い頃に父親は戦死し、その後母親と共に安全な街へと移り住みました。
カリエルの武人に対するこだわりのようなものは父親の影響であり、少年心に懐いた憧れが、今のカリエルの武人に対する敬意と、より強くなるという目標の基となりました。
シトリウスの家は伝統に厳しい名家であり、それに耐えきれなくなったシトリウスが若干グレました。そしてシトリウスが殴った相手は家同士で長年付き合いのある名家の子供です。
その時はいつもならシトリウスの味方をしている母親も相手にものすごく謝っていたので、その姿がシトリウスの脳に焼き付くことになりました。
ちなみに殴った理由は、遊びで負けた時にされた子供の煽りが無茶苦茶ムカついたから。
感想、コメント等お待ちしてます。