美しくも恐ろしい人外少女に理不尽にも見初められてしまう話   作:夜行列車予行

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人外少女との暗いラブコメが見たい


なれそめ

 施設内に設置されたスピーカーからは、緊急事態を告げるサイレンの音と機械音声が発せられていた。

 

「緊急命令発令。レベル5の危険事態が発生中。施設内の職員は直ちに緊急マニュアルに従い施設内からの脱出を行ってください。繰り返します、緊急命令発令――――」

 

 長く白い廊下を走る。廊下には誰かが脱ぎ捨てたであろう白衣や、投げ捨てられたクリップボードやファイルなどが散らばっている。

 

 緊急命令の発令、それが意味する事実は施設内で管理している異形(イレギュラー)種の脱走である。そして脱走した異形種の脅威度によってレベルが定められている。

 

 脅威度の段階は五段階に分けられ、今回は最大級のレベル5、つまり施設崩壊の危険性のある異形種の脱走が現在起こっている事になる。

 

「……っ、はぁ……!……はぁ……!クソッ……」

 

 俺は全力で走りながら自身の不運を恨む。今日に限って自分の担当仕事が施設の最奥で行われる資料整理であった事が災いし、逃げ遅れていた。

 

 直近の非常口まで数分程度かかる。たかが数分程度、しかしこの数分間がどんな災害よりも恐ろしいものである事を、俺は知っていた。

 

 異形(イレギュラー)種、それは通常の生物とは一線を画す特異な生物。それは人間だったり、犬だったり、猫だったり、あらゆる生命に突如として現れる変化。

 

 身体が巨大になったり、翼が生えたりと言った目に見えて明らかな変化を持つ異形種もいれば、強力な膂力を手に入れたり、他者に幻を見せるという、特異な能力を有する異形種もいる。

 

 異形種の能力や性質は多種多様だが、共通して言える事は異形種という生物はどれもこれも普通の生物からすれば脅威となる存在であるという事だ。

 

 そんな謎と脅威に包まれた存在である異形種の脅威から人類や他の生命を守るため、解明と管理を行う組織、それが異形種解明保護センター、俺の所属する組織の名だ。

 

 この施設では異形種の研究と保護を行うのだが、その実態は死と隣り合わせの仕事だ。

 

 常に何かしら恐ろしい能力をもつ異形種と触れたり、会話したり、実験を行うのだが、仮に異形種の機嫌を損ないでもしたら、逆上した異形種に殺されてお陀仏なんてことが日常茶飯事だ。

 

 今日だってそんな日常茶飯事の一部分、いつもと違うのは、その死の危険が俺のすぐ隣まで迫っているという事だ。

 

 (こんな所で……俺はまだ……!)

 

 心の中、自分を奮い立たせる言葉をつぶやき、足を動かす。必死に走り、出口を目指す。

 

 目的の非常口はこの先、廊下を真っすぐに進み三個先の角を曲がった先だ。

 

 そう思い廊下を駆け抜け、三個先の曲がり角を曲がる時だった。耳を劈く破裂音が曲がり角の先より響く。

 

 何事かと思い顔だけ半分覗かせる様に曲がり角の先を見ると、そこには数名の武装した人間が隊列を組み、何者かに対し相対していた。

 

 (制圧部隊か……)

 

 保護センターが抱える、有事の際に異形種の制圧を行うための部隊。本来は職員の避難の後突入する彼等は、どうやら俺が逃げ遅れたためか、もう既に施設内に侵入していた。

 

「動くな!CE-324!今の発砲は警告だ!次一度でも不審な動きを見せたら直撃させる!」

 

 武装した人間の内一人が叫ぶように告げた。俺は警告を受けた何者かの正体を探ろうと俺は更に顔を覗かせて奥の様子を探る。

 

 制圧部隊に銃口を向けられるその人物は、一見幼い少女だった。黒い髪に混じる僅かな緑色の髪、まだ幼さを残す顔つき、しかしその姿を見た俺はその正体にすぐさま気づく。

 

 施設内にて、人型の異形種に共通して着用させる白い入院服の様な服。そして右目付近の皮膚が木の根の様な物で構成されている。

 

 間違いない、彼女は、あの少女は異形(イレギュラー)種だ。

 

 あんな一見無害そうな少女が、脱走したレベル5の異形種。

 

 「っ……!!」

 

 なんだか幽霊でも見るような気持ちで少女を眺めていると、不意にその視線が合ったような気がして、慌てて俺は顔を引っこめて廊下の壁を凝視する。

 

 冷たい、人としての温かみを感じない無機質な瞳が、脳に焼き残る。

 

 異形種の多くは理性がないと聞くし、中には無闇矢鱈に人を襲う凶暴な異形種もいると聞く。

 

 こんな所に居ないでとっとと逃げた方がいいのだろうか?しかし非常口は先程目の合った異形種の少女の先にある……いや、遠回りしてでも他の出口へ向かえば……。

 

「っ……撃て!!」

 

 そんな風に考えていると、曲がり角の先から声と同時に再びの発砲音が響く。今度は一発ではない、何十発もの銃弾が撃ち込まれる音が聞こえる。

 

「銃撃止め!止め!!」

 

 男性のその声が聞こえると同時に、響きあっていた銃声は鳴り止み、不自然な静寂に包まれる。

 

 あの少女は、殺されたのだろうか?

 

 何だか気になった俺は再び顔を曲がり角から覗かせようとした。

 

 その時だった。

 

 曲がり角の先から何かが飛来してくる。それは人の身体だった。

 

 飛んできた身体の方を見ると、それは先程見た武装した制圧の部隊の一人で、白い壁に赤いシミをつくって激突していた。

 

 その人物の身体の中央から伸びる様に、何かが突き刺さっていた。それは茶色の棒状の、例えるなら木の根の様な物だった。

 

「がッ……かはッ!!」

 

 木の根に貫かれ、壁に貼り付けられたその人は、口から血を吹き出す。漏れ出る血は口からだけでなく、その胸部からもドクドクと血が流れ落ちる。

 

「う、撃てぇ!!」

 

 その声と同時に銃声が再び響き渡る。それと同時に俺の目の前の人物に突き刺さっていた木の根が素早く縮みだす。

 

 身体を壁に固定していたその根が消えたことで、壁に貼り付けられていたその人物は倒れこむようにして地面に落下する。

 

 響く銃声と、今も血を流し続ける目の前の人物。その光景を前にした俺は、使命感に駆られ、その場を動き出していた。

 

 このままじゃ、死んでしまう。何を出来るかも分からないが、どうにかしようとその人物の側に駆け寄る。

 

「だ、大丈夫ですか!?い、意識は――」

 

 倒れるその人物に声を掛けた後、頭のすぐ前を、何かが通り過ぎる風を感じた。

 

 視線を横に向け、通り過ぎてった何かを確認する。

 

 そこには、胴体と分離した人の頭、生首が飛んでいた。

 

「ひッ……ぅあ……」

 

 映画に映るCGで再現された偽物なんかではない、本物の生々しい人間の頭。首が地面を血の跡を引き摺って転がっている様子を見て、俺は吐き気と同時に腰を抜かして地面に座り込む。

 

 それから数秒、何も出来ず、ただ吐き気を堪えて目の前の光景を眺め続けていると、いつの間にかうるさかった銃声は鳴り止んでいた。その事実が表す答えを、俺は知ってた。

 

 目線を廊下の奥に移すと、そこにはもう動かない屍が数体、転がっているのだった。

 

 その数体の死体の中央、返り血の赤に白い服を染めた少女が、ただ悠然と佇んでいた。

 

 それからその少女はゆっくりと此方に向き直ると、その瞳が俺の姿を捉えた。

 

 殺される。それが本能なのか分からなかったが、俺は自分の死を直感的に察した。

 

 少女が足を上げ、一歩をこちらに踏み出す。その寸前、俺は震える声帯から声を引きずり出した。

 

「ま、待ってくれ!!」

 

 俺がそう叫ぶと、少女はピタリと動きを止める。どうやら言葉は通じるようだ。

 

 しかし、少女が動きを止めても、一向に身体に張り付く死の気配は拭えない。

 

 少女は変わらず、無機質な瞳で俺を見つめている。きっと、待っているのだろう、俺が二の句を告げるのを。

 

 俺はゴクリと喉に詰まっていた固唾を飲みこみ、言葉を続ける。

 

「……なんで、殺すんだ?」

 

 考えて出た言葉では無かった。もっと救いを乞う様な、そんな言葉を言うべきだったかもしれない。

 

 だが、一秒にも満たない思考の末、俺の口から出た言葉はそれだった。

 

 俺の言葉を受けた少女の瞳に、初めて色が映った。それは純粋な疑問の色だった。

 

「なんでって……邪魔する、から?」

 

 その声は状況に似合わない、鈴の様なきれいな声だった。

 

 疑問符混じりに答えた少女は、それから目を瞑り、うんと唸りながら考え始めた。

 

「邪魔をするから……だと、今からお兄さんを殺す理由がなくなっちゃうね……うーん」

 

 殺す。少女から放たれたその言葉は一切の殺意の感情は無く、当然の様に出てきた言葉だった。

 

 それから少し考えた少女は唐突に目を開き、思いついたと言わんばかりに此方を見てきた。

 

「そうだ!私、栄養吸収ができるの!ほら、こんな感じに!」

 

 明るい声でそう言うと、少女は腕を伸ばした。少しして、腕からは木の根の様な物が生えてきた。生えてきたその根は急速に伸び始め、近くに倒れていた死体付近の地面に突き刺さると、それから地面から無数の木の根が伸び始め、その死体を覆い縛ってしまった。

 

「ほら、今ね、これの栄養を根っこのから吸い取ってるの!これで私は栄養補給のために殺した事になるね!」

 

 笑顔でそう話す少女の顔には返り血がこびり付いており、その様子がより狂気性を増させる。

 

 まずい、このままでは殺されてしまう。少女の言葉から考えるに、少女は殺しに対する正当性を得ようと考えているようだった。

 

 ならば、と俺は考え次の言葉を告げる。

 

「な、なら、今君は急速な栄養の補給が必要な状態にあるのか?」

 

 俺がそう聞くと、再び少女は動きを止めて思考を再開させるようだった。

 

「うーん……ないかも……」

 

 そう呟いた少女は、それから少し考えた後、俺に向かって言葉を続けた。

 

「じゃあ、お兄さんはいいや、これ以上邪魔しないなら、見逃してあげる。私、時間ないからね」

 

 少女はそう言うと俺から背を向け、廊下の奥へと歩き始める。そこまで来て、ようやく体に張り付いていた死の予感が消えていった。

 

 良かった、このまま別の出口から逃げ出せば、俺は逃げられる。

 

 そう考え、少女の背中を眺めていた。その背中は、先程数人の人間を殺した張本人と思えないほど普通の少女で、その姿が何だか過去の光景と重なって――――

 

「……これから、どうするつもりなんだ?」

 

 気付くとその言葉が出てきた。どうしてその言葉が出てきたか、あのまま黙ってれば無事に生き残れたかもしれないのに。

 

 そんな後悔を始める頃には、少女はピタリと歩みを止め、俺の方へと振り返っていた。

 

「?……どうするって?」

 

 聞き返されてしまった。この少女は、基本的な理性や知性は十分ある異形種であるようだが、それでも人の死を恐れはしない。

 

 当然の様に殺し、当然の様にその場を後にする、危険な少女だ。次言葉を間違えれば、この場の死体に俺も加わるかもしれない。しれないのに、俺は気付けば話していた。

 

「……だから、これから脱走して、外に出てどうするんだ?」

「えっと、ここを抜け出した後……うーん、取り合えず出れれば、それでいいかなって」

 

 どうやら少女の脱走は計画的に行われているものでは無いらしかった。あまり先の事を考えていない、見た目相応の幼い、衝動に任せた行動のようだった。

 

「緊急命令が発令された時点で、もう本部に君の脱走状態は伝わってる。直ぐに君を制圧できるレベルの制圧部隊がやって来るぞ」

「……でも私、強いよ?」

 

 少女は自身の強さに自信を持っているらしかった。その言葉に間違いは無いだろう。レベル5に該当する異形種なんてそう多くは居ない。だが、絶対に対応できない存在ではないのだ。

 

「だが、君の強さ、情報は既にセンターが本部に送信してる。君の制圧に最適な――」

 

 そこまで口にした段階で、ぬるりと体に張り付く気配があった。死の予感だった。

 

「ねぇ」

 

 その声と同時に少女の腕がこちらに向けてばされ、腕から生えた木の根の先端が俺の顔面寸前まで迫って来ていた。

 

「折角逃がしてあげるって言ったのに、なんで私の邪魔するの?」

 

 その言葉と発せられる圧に冷や汗が流れ出る。あぁ、やらかしたのだ。要らない言葉を吐いて少女の反感を買ってしまったのだ。

 

 俺は恐怖と後悔の念に押しつぶされ、何も言えない。

 

 しばらくそうしてると顔の前まで伸びてたその根の先端は、グイと伸び、俺の眼前まで迫る。

 

「答えて?」

 

 答えなければ殺す、と暗に告げている少女の前に俺は答える以外の解を持てなかった。

 

 だが、どうして俺は少女に声を掛けたのか、自分にも分からなかった。

 

 要らぬ警告をしたところで俺への利など何一つもなく、むしろ命の危機と言う損を得るだけなのに。

 

 時間が過ぎていく。もう今にも目の前の根が俺の頭を貫き、命を奪うかもしれない。

 

 まともな思考なんて出来てない、自分でも分からないその問いに、思いついたその言葉を告げる。

 

「心配、だ、ったから……」

 

 意味の分からない理由だった。心配?先程まで自分を殺そうとしていた少女の?自分より遥かに特異で強大な力を持つ異形種の少女に?

 

 自分で言っておいて、理解できない回答だった。ただ自分の心に一番近いその言葉を言っただけだった。

 

 俺は目を瞑り、死を覚悟する。

 

 当然こんな回答に納得なんてされる訳もなく、俺の目の前まで迫っていた木の根はゆっくりと俺の顔面を貫くべく突き進む――

 

 

 

 

 

 ――ことは無かった。

 

「……く、くふふふ」

 

 代わりに聞こえたのはあどけない笑い声だった。

 

 何事かと思い、俺は瞼を開く。そこには、俺へと迫る木の根の姿は無く、何が面白いのか腹を抱えて笑み浮かべる少女の姿があった。

 

「あはははは!お兄さん、面白いね!私、お兄さんのこと殺そうとしたんだよ?それで私を心配してくれるの?」

 

 尤もな事を言われ、俺は返す言葉もなくその場で立ち尽くす。

 

 それから一頻り笑うと、少女は目じりに溜まった涙を指で拭い、俺の方へと歩み始めた。

 

「…………」

 

 それから少女はジロジロと俺の身体を眺め始めた。しばらく見た後、口を開いた。

 

「ねぇ、さっきの言葉、ほんと?」

 

 真っすぐと此方を刺すような視線だった。初めて見た、少女の真剣な表情な気がした。その表情に俺はどう答えるべきか分からず、そのままの答えを告げた。

 

「……分からない」

 

 ふり絞るように出した答えだった。嘘じゃないと、そう言えばいいだけだったかもしれない。

 

「……ふふっ、ま、どっちでもいいか。ねぇ、お兄さん、これはお願いのつもりなんだけどさ、私と一緒に逃げてよ」

 

 少女は血だらけの顔のまま、笑顔でそう言うのであった。

 

 少し考えた後、断る訳にもいかないと考え、俺は小さく頷くのだった。

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