美しくも恐ろしい人外少女に理不尽にも見初められてしまう話   作:夜行列車予行

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Get Away

 施設内を走りながら、どうしてこうなったのだろう、と考える。

 

 視線を斜め後ろに向けると、走る俺の後ろを少女が目に入る。

 

 少女をよくよく見てみると服の袖の下から木の根が伸びているのが見える。恐らく、腕から生えている木の根を自由に操ることが出来るのだろう、そういう異形種なのだ。

 

 そんな異形種の脱走を、俺は手助けしようとしているのだ。どうしてなのか、それは自分にも分からなかった。

 

「お兄さん、出口はまだなの?」

 

 俺の後ろを追従する少女がそう聞いてくる。俺は速度は落とさず、答える。

 

「非常口が、もう少し先を走った先にある。だけど、その前に寄りたいところがある」

「寄りたいところ?」

 

 少女は首を傾げてそう聞いてくる。

 

「職員用の作業室、オフィスで社用車の鍵を管理してるんだ。その鍵を取りに行く」

 

 俺がそう言うと少女は再び不思議そうな顔で疑問を口にする。

 

「しゃようしゃ?」

「……車だよ。車の鍵、外に出てこのままずっと走り続けるわけにもいかないだろ?」

 

 その返答を聞いた少女は、納得したように表情を変える。

 

「確かに!そっかぁ、車かぁ。私、全然思いつかなかったよ!お兄さん、頭いいね!」

 

 無邪気に、そう称賛されるも、俺はなんて返すべきか分からなかった。

 

 そのまましばらく走っていると、目的のオフィス前に着いた。

 

「少し待っててくれ」

 

 俺の言葉に頷く少女を見た後、俺はオフィス内へと足を踏み入れた。

 

 当然だが、オフィスは閑散としていて、資料やら小物やらが散らばっていた。皆、とっくに施設を出た後なのだろう。

 

 俺は床に散らばる物を避ける様にして、部屋奥にあるキーボックスへ向かい、その中から車のキーを手に取る。

 

 そのまま部屋を後にしようとする俺の視界の端に、自分のデスクが一瞬映る。

 

「……」

 

 それを目に居れた瞬間、俺は自然と足を止めて自分のデスクへと向かってしまう。

 

 そのまま、少しの間デスクの上に飾ってあるそれを眺め続ける。それは懺悔に近い感情だったかもしれない。

 

 少し悩んだが、結局俺はデスクの上のそれ、写真を手に取り、再びオフィスから出る事にした。

 

 部屋の扉を開いて廊下へと出て、周囲を見渡すが、少女の姿が見えない。

 

 よくよく見渡すと、廊下の奥の方、曲がり角の近くでしゃがんでいる少女の姿が見えた。俺は小走りで少女に近づきながら話しかける。

 

「おい、車の鍵、持ってきた、ぞ……」

 

 少女に近づいて分かったが、そこに居たのは少女だけでは無かった。曲がり角のすぐ側、一人の人間が横たわっていた。

 

 赤い液体を流し、微動だにしないそれは、間違いなく死体だった。それもただの死体ではない。身体の上半身と下半身が、すっぱりと裂かれているのだ。

 

 曲がり角の先の廊下の奥をよくよく見ると、他にも数名の死体が転がっていた。それもどれもこれも身体の一部が欠損している。

 

「な、んだよ、これ……」

 

 グロテスクな光景に胃から逆流してくる吐き気を堪えて、そう呟く。

 

「うん、死体。殺したの、私じゃないよ?多分他の子たち」

 

 大量の血液と屍を前にして、眉一つ動かさず少女は平然と答えた。

 

「……他の子って?」

 

 漸く凄惨な光景を吞み込めた俺は、少女の発言に対し聞き返す。

 

「え?他の子は他の子だよ。ほら、私結構派手に部屋出たからさ、近くの部屋の子も何人か出ちゃったんじゃない?」

 

 過去を振り返り、そう説明する少女の言葉に俺は息を吞む。脱走した異形種は1人では無かったのだ。

 

「銃を持った人達が全滅だね。それにあの死体とか、無駄に傷つけてるし、殺すのが好きなタイプなのかなぁ」

 

 そう言って少女が指さす先を見てみると、そこには確かに四肢や頭など部位ごとに念入りに裂かれた死体があった。

 

「……」

「ま、私たちが来る前に銃を持った人たちを消しといてくれて助かったね。それで、お兄さん出口はどっち?」

 

 何も言えない俺に対し、少女は当然の様に話を続ける。俺はゆっくりと腕を上げ正面を指さす。

 

「……この先だ」

 

 出口は大量に転がる死体の奥だった。俺がそう言うと少女は笑顔で言葉を返す。

 

「そっか、じゃあ早く行こ」

 

 そう言って伸ばしてくる少女の手に手を取られ、死体の上を連れられて歩く。

 

 それが地獄へと招く手なのかもわからないまま。その手の温度は、確かに温かかった。

 

 ■□■□■□

 

 運転席へと乗り込み、エンジンを点ける。車の前照灯が夜の暗闇を明かしていく。

 

「わー、私、車に乗るのなんてすっごい久しぶりかも!……あ、施設(ここ)に連れてこられるとき乗ったけ?眠ってたから覚えてないや」

 

 助手席に乗り込んだ少女は目を輝かせて車内を見渡す。そんな少女を見て、何だか少し罪悪感の様な感情を得る。

 

 異形種として生まれた者は、およそ普通の生活を送ることは出来ない。多くは施設に送られるか、人目を忍んで生きる他ないのだ。

 

 だから通常の暮らしを知らない。車に乗り込むだけで、まるで新天地にやって来た様なリアクションを取る。

 

「シートベルト、危ないから着けておいてくれ」

 

 俺がそう言うと、少女は一瞬目を見開いた後、何が嬉しいのかニヤリと笑いながらシートベルトを着け始めた。

 

「~~♪」

 

 どうして急に上機嫌になったのか、分からない俺は誤魔化すようアクセルを踏み込んだ。

 

 施設は市民の安全を担保するため、街から離れた山の中に建てられている。

 

 山を下るための道は二つある。一つは整備された道路なのだが、こっちは避難をしている職員や脱走した異形種を制圧しに来る部隊が通るであろうから、敢えて舗装されてない道を通る。

 

 「これって、どこに向かってるの?」

 

 目新しものを見る様に車の外の景色を眺める視線はそのまま、少女は言葉だけそう訊ねてきた。

 

「ん、取りあえずは山を下って、施設から距離を取る。このまま社用車じゃ足が着くかもしれないから、適当なところで乗り捨て、て……」

 

 そこまで話して俺はバッと助手席へと視線を向ける。

 

 そこには不思議そうにこちらを見つめる、施設の服を着た少女の姿があった。

 

 その姿を確認して、俺は漸く自分の失態に気づいた。

 

 異形種用の白い服には、万が一の事態に備えて追跡用タグが仕込んであると、職員の一人が語っていた事を思い出した。

 

「っ!その服、今すぐ脱ぎ――」

 

 そこまで言った段階で、バックミラーに映るその影に俺は気付いた。

 

 乗用車より巨大で、分厚い装甲を纏う車両の姿。間違いなく、施設の制圧部隊の所持する戦闘用車両だ。

 

「なんか、来てるね?」

 

 追跡されていたのだ。そんな事実を知らない少女は平気そうな顔でそう呟く。

 

 どうするべきか。ここで止まって一度話すべきか?何を?異形種の少女を逃がすため走ってるから見逃してくれと?

 

 馬鹿か、通じるわけがない。脱走補助者としてその場で殺されてもおかしくない。

 

 だったら逃げ切るか?社用車で戦闘用車両にか?俺には卓越した運転技術がある訳でもないのに?

 

 ぐるぐると色々考えるが思考は纏まらず、アクセルを踏み込む力が段々と強くなる。

 

 その時だった、乾いた銃声と共に視界の端で地面へと何かが撃ち込まれるのを確認する。

 

「ッ!?」

 

 慌てて俺はハンドルを切りつつ減速する。警告射撃だ。車を止めなければ撃つと、今の一発で表明したのだ。

 

 どうする?止まらなければ撃たれるぞ。だがこのまま止まれば即刻確保されて終了だ。

 

「……クソッ!」

「……」

 

 纏まらない思考のまま、俺は自分の迂闊さを悔いる事しかできなかった。

 

 俺が決断できずにいると、不意にハンドルを握る手に重なるように触れる手があった。

 

 その感触にハッとして横を見ると、俺の手へと手を伸ばす少女の姿があった。その表情は俺とは対照的で、この状況なのに余裕そうな笑みを浮かべていた。

 

 それから俺に向かい、安心させるような柔らかな声で告げるのだった。

 

「大丈夫、お兄さん。車、とめて?」

 

 少女は車をとめるよう、俺へと呼びかけた。少女の言葉を信じる事は出来なかった。だが、その言葉の裏には何か確証めいたものがあるように感じた。

 

 結局俺は戸惑いながらも、最終的に少女の言葉に従うよう、徐々に速度を緩めていった。

 

「車、左の方にとめてさ、先にお兄さんが降りてね?その後で私が何とかするよ」

 

 俺は考えても答えが出ない自分より、何か対抗策を持つ少女を信じる事にした。

 

 車を道の左側に寄せ、俺は停車させた。それから俺は扉を開き、両手を上げて抵抗の意思がないことを示しながら車を降りた。

 

 それから少しして、俺の乗っていた車と距離を取るようにして戦闘車両も動きを止めた。

 

 少し経って、車両から三名程の武装した人間が降車し、アサルトライフルと見える銃の銃口を俺に向けたまま近づいてきた。

 

「お前は……施設の職員か?」

「は、はい!磯羽区第二異形種解明保護センター所属、職員の高木(たかぎ) (れん)です!」

 

 先頭を歩く男がそう問いかけてきたため、俺はその銃口を引かれないよう、正確に自分の所属と名前を告げた。

 

「精神操作は……なさそうか?」

 

 そう呟いた男は、その後後ろを歩く他の隊員と目配せをし、何かしらの意思疎通をした後に銃口の先を下げ、俺へと向き直る。

 

 どうやら即刻殺される事態は免れたようだ。

 

「質問がいくつかある。何故緊急命令が出ているのにマニュアルに従って避難しない?」

「それは……」

 

 なんと言えば良いものか、悩んで言葉が出てこなかった。

 

「……まぁいい。詳しい話は後日だ。とにかく職員は正規の避難を開始しなさい。その車両、少し調べさせてもらう」

 

 そう言った男は俺に退くよう指示を出す。俺はその場を離れつつ、車両の中に目を通した。

 

 運転席はもちろん、助手席にも少女の姿は確認できなかった。俺が外に出ている間にひっそりと抜け出したのだろうか?

 

 そんな事を考えながら来た道を後ずさっていると、瞬間、地面が揺れる。

 

 地震でも起きたかと辺りを見渡していると、それは唐突に現れた。

 

 先程まで俺が立っていた地点の地面から巨大な木の根が飛び出たのだ。唐突に現れたその根は空へと突き出ると、その先端の向きを変え、車の横に立つ制圧部隊の男たちに向かって伸び出す。

 

 慌てた様子の男達は飛来してくる根に向かい射撃を開始するが、その根の太さ、大きさは施設内で見たものとは比べ物にならない、いくつもの根が複雑に絡み合った集合体だった。

 

 弾丸如きがその巨大な木の根の動きを止められる訳もなく、1人、2人と続けざまに制圧部隊の人間達は身体を貫かれていく。

 

 突然の出来事だった。そしてその一連の出来事があの少女による仕業だと気づいたのは、巨大な根が戦闘車両に巻き付くようにして絞め潰している頃だった。

 

 巨大な根に巻き付かれ、宙に浮かんだ車両は何とか逃れようとタイヤを回転させるが、それも空回りに終わる。

 

 数秒後、金属の拉げる音と悲鳴が聞こえ、やがて何も聞こえなくなった。

 

 その様子は正に蹂躙だった。玩具を壊すかのように、人間が、鉄の車両が砕けて消えて行った。

 

「や、お兄さん!上手くいったね!」

 

 動きを止めた巨大な根を見上げている俺に、そんな嬉しそうな声が聞こえた。

 

 声の方向を振り返ると、満足げな表情を浮かべる、少し興奮した様子の少女が居た。

 

「いやー、お兄さんを巻き込まないよに神経使ったよ!私ね!自分の身体だけじゃなくて、近くの木とか草なら自由に操れるの!ほら、こんな感じに!」

 

 少女はそう言うと巨大な木の根に向かって手を翳す。それと同時に伸び出た木の根は速やかに収縮を始め、巻き潰されていた車両が地面へと落下する。

 

 やがて巨大な木の根は出現した地面へと姿を消していった。俺はそれをただ黙って、目を見開いて見続けていた。

 

「ね!ね!すごいでしょ!私も初めてやったの。こんなに大規模に動かしたことないんだよ!」

 

 まるで出来の良かったテストを親に見せる子供の様に、少女は嬉しそうに話していた。

 

「……」

 

 俺は少女に対して何をいう事も出来なかった。異形種は総じて通常の生物離れした能力を有するが、これは正にレベルが違う。

 

 簡単に人の営みを、自然のつくりそのものを変えてしまう。天変地異の様な力だ。

 

 レベル5の異形(イレギュラー)種。その能力の一片を確かに垣間見た。

 

「それにしても、私、いいこと聞いちゃった!お兄さんの名前、知っちゃった!ホントは遠くの森の中に居たんだけどね、根っこを通してお兄さん達の会話が――――!!」

 

 未だに嬉しそうに話し続ける少女だったが、突如としてその表情が変わる。直後少女はその場を飛び退くと同時に腕から木の根を急速に伸ばし、俺へと放つ。

 

 いきなり殺されるかと思ったが、木の根は俺の身体に巻き付いた後、素早く収縮し、俺の身体は少女の元に引き寄せられる。

 

「何を……」

 

 いきなり何をするのかと問いただそうとする俺だったが、その声は背後から聞こえる金属音によって掻き消される。

 

 その音に驚いた俺は、木の根に縛られたまま、首だけを曲げ、後ろを振り返る。そこには真っ二つに両断された社用車の姿と、さっきまで俺が居た地点に座り込む一人の人間の姿があった。

 

 少女が着地すると同時に、両断された車が爆発する。爆風によって立ち上がった土煙が辺りに吹き上がる。

 

 爆発を背に、座り込んでいたその人物はゆっくりと立ち上がった。

 

あ~~~?仕留め損ねたかぁ~~~~?

 

 酒にでも酔っている様な、呂律の回らない言葉だった。その人物は大量の返り血によって赤くなった、異形種用の施設の服を着ていた。

 

「……君、他の子だよね?今、お兄さんの事、殺すつもりだった?」

 

 少女はゆっくりと腕から伸びる木の根を操作し、俺を地面に降ろすと、先程までの興奮した様子の声とは真逆の冷えた無機質な声でその人物に問いかけた。

 

「あ?異形種(どうぎょう)は斬っても面白くねぇんだよ……ま~いいや、両方殺すし」

 

 ジャリン、と金属の擦れ合う音が響く。その人物、異形種の男は肩から伸びる、腕の様に振る舞う刃を揺らして、その狂気に染まった眼で此方を見つめてきた。

 

「そっか、じゃあ殺すね」

 

 少女は冷たくそう言うと腕を異形種の男へと向けた。

 

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