美しくも恐ろしい人外少女に理不尽にも見初められてしまう話   作:夜行列車予行

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試合終了

 先に行動へ移ったのは少女の方だった。少女が腕を伸ばすと同時に、腕から生えている細い木の根が勢いよく異形種の男に向かって伸びる。

 

 その速さは目で捉えるのがやっとであったが、相対する男は、軽々しく身を捻るようにしてそれを躱す。それから身を捩るついでにその両腕を根に向かい振るう。

 

 鋭い金属音と共に、少女が伸ばした木の根は両断される。

 

「なんだ~?ただの根っこじゃあねぇかよぉ~~、んなんじゃ斬り足りねぇよ~」 

 

 男はそれから斬り落とした根の先端を見つめ、そうぼやく。

 

 男が振るったのは刃物や凶器ではない。ただ自身の腕を根に向かって振るい、根を斬り落としたのだ。

 

 男の両腕は刃であった。肩を境に人間の肌色から鈍い色の金属へと姿を変えていた。

 

 恐らくは自身の身体の形や性質を刃に変換する、『変貌タイプ』の異形種だ。それも刃と言う極めて殺傷能力の高い性質へと変化させる、危険な異形種。

 

 加えて最悪な事に、目の前の異形種の男は自ら進んで殺傷を好む、理性の低い凶暴な性格と言う事だ。

 

「ほら、さっきみてぇなデケェ根っこ、出してみろよ」

 

 男は挑発するような笑みで、少女にその腕の切っ先を向ける。

 

「いいから早く、死んでくれないかな」

 

 少女は挑発に乗ったのか、それともどうでもいいのか、変わらず冷たい声でそう言うと腕から生える木の根を地面に突き刺す。

 

 少しして先程のような地面の揺れが発生する。

 

 ぐらつく地面に俺は思わずその場に座り込むが、少女と男は眉一つ動かさずその場に立ち続ける。

 

 その後、一際大きく地面が揺れ、地面から突き出した巨大な木の根が現れた。

 

「はっ、いい~ね~!斬り応えありそうじゃん!」

 

 巨大な木の根はその先端を男に向けると、勢い良く加速を開始した。

 

 男は自身に向かってくる木の根へと飛び込むようにして近づくとその両腕を振りかぶる。

 

 刃が木の根へとめり込み、千切れるような音と共に、削れていく。

 

 根が巨大すぎる故か、両断とはいかないが、確かにダメージを与えていた。

 

 その様子を見ていた少女は今度は腕を上へと振り上げる。

 

 するとそれに連動するよう、巨大な木の根は途中で二つに分離し、根を切り倒そうとする男に向かって伸び始める。

 

「あ?もう一本?」

 

 男は自身の下から迫るもう一本の木の根に気づくも、既に飛び上がった故に空中にいる状態だ。

 

 回避は叶わない。そのまま突き上げる様に伸びる木の根は男の身体を貫こうと迫る。

 

 しかし、男の身体に触れる寸前、木の根は先端から裂けるようにして斬り裂かれていく。

 

(!!……刃に変形できるのは腕だけじゃないのか……!)

 

 男は腕と同じように右足を刃に姿を変えると、真下から迫る木の根を踏み潰すようにして両断し始めたのだ。

 

「あ~……やっぱ根っこ斬っても楽しかねぇな……」

 

 そのまま地面に片足を突き刺すように着地した男は、そう言うと、視線を木の根から少女の方へと向け嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「……」

 

 少女は無言のまま腕を動かし、木の根を操り男へ攻撃を続ける。

 

 男は追ってくる木の根から逃げるように走りながら、右腕を変形させ、通常の腕へと変える。

 

 その後右手を自身の頭へ伸ばした男は、そのまま髪の毛を引き抜いた。

 

 抜き取られた数本の髪の毛はあくまで男の身体の延長線上にある。

 

 男は抜いた髪の毛を刃の形状に変化させると、そのまま大きく振りかぶり、少女に向かって投げ飛ばした。

 

「!!」

 

 飛来してくる刃の群れを確認した少女は、空いていた右腕からも根を伸ばし、地面に突き刺すと、地面から木の根の壁を生やす事で刃を受け止める。

 

 しかし根の壁で刃を受け止めた事で、少女の視界は塞がってしまった。少女は右腕を下げて木の根の壁を地面の中に戻す。

 

 その刹那の瞬間だった。

 

「っ、後ろ!!」

 

 俺はその姿に気づくと同時に声を張り上げる。視線の先、そこには木の根の壁を横から躱すようにして現れた、異形種の男の姿があった。

 

 投げてきた刃は、目隠しの為の陽動。距離感を勘違いさせるため速度をセーブし走り、少女が木の根の壁を展開させる頃、全力の速度で走り出す。

 

 恐らくこう言った戦闘に慣れているのだろう。逆に少女にはそう言った闘争の経験が乏しかったのだろう。

 

 不意を突かれた少女は両腕を突き出した状態で、すぐそこまで迫っている男の姿を漸く確認した。

 

 少女はすぐさまその場を飛び退こうとするが、それより速く勢いをつけた男の両腕が少女の足を捉えた。

 

 一瞬にも満たない時間の中、刃が少女の足を斬り裂いた。

 

 宙を舞う片足と、バランスを崩し地面に倒れ始める少女の身体。

 

 少女はそれでも腕を動かし木の根を操作しようとするが、既にその凶刃は迫っていた。

 

「ヒャアッ!!」

 

 嬉しそうな男の声が響き、返す刃で左腕を、ついで右腕を斬り落とされる。

 

 両腕を斬り落とされた事で根の制御は不可能になったのか、巨大な根はピタリと動きを止める。完全に無防備となった少女は背中から地面に倒れる。

 

「あ~、試合終了(ゲームセット)だなぁ!」

 

 男は少女の身体を踏みつけ、仰ぐようにして喜びの声を上げた。

 

 見下ろされる形となった少女は、どんな表情をしているのか、俺の位置からは見えなかった。

 

 男は刃の右腕を大きく振り上げ、少女にとどめを刺そうとする。

 

「動くな!!」

 

 俺は男に向かい叫び、銃口を男へと向け、引き金に指を置く。

 

 構えるのは、少女が足を斬られるその一連の動作の最中、近くの制圧部隊の死体から拾い上げた銃だ。

 

「あ?」

 

 俺の声を聞いた男が首だけをこちらに向け振り返る。俺は何時でも引き金を引けるようにしながら、男に向かい声を上げる。

 

「何もするな!次動いたらお前を撃つ!」

 

 俺がそう警告すると、男はニヤリと笑いながら口を開いた。

 

「あ~?いいぜ、好きに撃てよ」

 

 男はそう言うと視線を俺から外し、再び少女に向けて刃の腕を振り上げた。

 

 撃たれることを恐れていない素振りに、俺は動揺した。だが、撃たなければ少女が殺される。

 

 俺は震える指で引き金を引いた。

 

 火薬の弾ける音と共に、銃口から弾丸が射出される。想像よりも強い反動に俺は銃身を揺らしながら、それでも男に向かって弾丸を撃ち込む。

 

 弾丸は疎らながらも、確かに男に向かい命中した。

 

 だが、無意味だった。

 

 弾けるような金属音と共に、弾丸は男に命中すると共に地面へと無力にも落下していく。

 

「!?」

 

 俺はその光景を前に、引き金を引く手を止めてしまう。

 

 その後男の腕は容赦なく、倒れる少女へと振り下ろされた。

 

 グシャリ、と、何かが弾ける音。大量の血が噴き出し、男の身体を赤色に染める。

 

「ヒヒヒ、人間はよぉ~、ザコだよなぁ~!こんな豆粒撃ち込まれて死んじまうんだぜ!!」

 

 男は血だらけの腕を引き抜くと、少女の身体に乗せていた足を降ろし、俺へと向き直る。

 

「ま、異形種(おれら)も死ぬときは死ぬがな。オマエみたくな」

 

 男はそう言うと背後に倒れる、もう動かない少女に向けそう吐き捨てる。

 

 俺は自分のどうしようもない無力さを前に、何も動くことが出来なかった。ただ、目の前の迫る死を眺めるしか出来なかった。

 

 「安心しろよ。オマエは心臓潰して即終いなんてつまんねぇ死に方はさせねぇよ。斬れるだけ斬ってから殺してやるからよ~~!」

 

 嬉しそうに語る男は動けない俺へと、ゆっくりとその歩を進める。

 

「……っ!!」

 

 俺は諦めかけていたその心を、何と奮起させる。

 

 こんな所で死んではいられない、まだ、死ねない理由がある。

 

 再び銃口を男へ向けると、引き金へと指を置く。

 

 「へ~、まだ頑張るねぇ~!いいぜぇ~活きが良い獲物の方が、死ぬときゃ面白れぇからなぁ!」

 

 男はそう叫ぶと身体を前傾姿勢に変え、その場を走り出そうとする。

 

 地面へと足を踏み出し、強く大地を踏みつけ、そのまま全身を地面に打ち付ける。

 

「は?」

 

 男は理解できない事象を前に、声を漏らして地面に倒れ伏せる。

 

 一体何が起こったのか、理解が出来ないのは俺も同じであった。男は走り出す寸前、急に地面に倒れ伏したのだ。

 

「て、めェ……なに、しやがった……!!」

 

 男は地面に伏しながらも、顔だけこちらに向け怒気を孕んだ声でそう語りかけてくる。

 

 それは絶対的強者であったはずの自分が、目の前の矮小な獲物に足を掬われた、屈辱的事実に対する怒りだった。

 

 だがそれは誤解だ。俺は何もしていない。なら誰がやったのか、考えればそれは自明であった。

 

「私だよ」

 

 鈴のなるような声だった。その一声に場の空気は完全に一転した。狩る側が、狩られる側に。事態が急速に変化を迎える。

 

 ゆらりと、その人影は倒れる男の背後より現れた。

 

 血だらけの身体は、激しい闘争の様子を連想させるようであった。だが、斬られはずの両腕は、足は、心臓は、そんな事実など無かったと主張するよう、五体満足の身体でそこに立っていた。

 

「あ゛ぁ?てめ、ぇ……ガキぃ!なんで、いきて、る……!!」

 

 男の疑問は尤もであった。両腕と片足を斬り落とし、心臓すらも潰したのだ。いくら異形種と言えど、急所部位を潰せば息絶える。そのはずだった。

 

「あはっ!なんでか?それはね、私もあなたと同じだからだよ?」

「なに、言って……」

 

 同じだから、それは一体どう言った意味か。問いかける男に向け少女は言葉を続ける。

 

「私の身体ね、植物なの。正確には、好きに植物になったり、ならなかったり出来るの」

 

 そこまで語ると、男は少女のその言葉に目を見開く。

 

「オマ、エ……操作タイプじゃ、ねぇのか、よ……!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる男に向け、少女はクスリと笑い声をあげると、説明を続けた。

 

「違うよ?私にとって、草も花も木も、全部手足の延長なの。だから近くの根っこを勝手に操作したり、斬られた部分を成長させたり、手足を動かすみたいに出来るの」

 

 少女はそこまで語ると、男の近くにしゃがみ込み、説明を続けた。

 

「血とか、そう言う……体液?も身体の一部でしょ?だからお兄さんが時間を稼いでくれてる内に血を毒性に変えたの。出来るか分かんなかったけど、出来たから良かったよ」

 

 少女がそこまで話すと、男は漸く身体を動かせない理由を悟った。大量に浴びた返り血の一部を摂取してしまったのだろう。

 

「クソ、がァ……!!コロ、ス……絶対に、ブッ殺す……!!!」

 

 男は何とか身体を動かそうとするが、身体の一部は痙攣しており、上手く動かせないようだった。

 

「無理だよ。今から殺すから」

 

 少女は冷たくそう呟くと、腕から生える木の根を男の近くの地面に突き刺す。その後倒れる男を覆うように大量の根が現れる。

 

「色々できるんだけど、やると私、疲れちゃうの。だから、栄養補給ね」

 

 そう言うと少女は根を操作し大量の根で男の身体を覆う。施設で制圧部隊の1人にやったよう、男を自身の養分にしようとしているのだろう。

 

「…………!!……!…………!?」

 

 木の根に埋もれた男は、必死に何かを叫ぶようだったが、その声はもう聞きとれなかった。

 

 数十秒も経つ頃には、もう音もしなくなって、やがて少女は立ち上がり、俺の方へ向き直り、満面の笑顔で告げた。

 

試合終了(ゲームセット)、だね!」

 

 それは男の死を告げる言葉であった。俺は目の前で行われた命の奪い合いに、何も言えずに黙っているしかできなかった。

 

 施設からの脱出から十数分程度の出来事だった。だがその数十分であまりにも多くの命が、多くの血が流れ過ぎた。

 

 ただ確かなのは、俺と少女はその屍の上で生き残ったという事実だった。

 

 俺は息を吐き出し、深呼吸を行う。やっと頭が現実に追いつくようだった。

 

「……行こうか」

 

 出た言葉がそれだった。この行いが正しいのか、分からなかった。ただ分かるのは、このまま止まる訳には行けないという事だった。

 

「うん!行こう、お兄さん!」

 

 血まみれの少女はそう言うと嬉しそうに駆け寄り、血まみれのその手で俺の手を握るのだった。

 

「……その前に、悪いんだがその服、脱いでくれないか?……追跡用タグが埋め込まれてる」

「うん、分かった!」

 

 俺がそう言うと少女はすぐさまその服を脱ぎ始める。俺は慌てて着ていた白衣を脱ぎ、少女に手渡す。

 

「……すまないが、これくらいしか着せられる物がない」

「?別に何も着なくてもいいけど……」

 

 少女は何も要らないと言うが、そこまで合理的になれる俺では無かった。取り合えず白衣を被るように少女に告げると、少女は特に拒否することもなく白衣を着始める。

 

 「それじゃあ、行こう」

 

 俺はそう言って、少女の前を歩き始める。早く道を抜けなくては、また新しい制圧部隊がやってくるかもしれない。

 

 そんな風に考えながら足を、踏み出す。

 

 「お兄さん!危ない!!」

 

 一歩、踏み出した時だった。そんな少女の声が聞こえた。何事かと思って振り返った時だった。

 

 赤い、日の出の様な光が目に入った。

 

 光と相対する様に少女は両手を突き出し、戦闘態勢に入ろうとしていた。

 

 だがそれよりも速く、光は段々と大きくなる。それはどうやら此方に迫ってきているようで、少女の直前の地面へと着地した。

 

 瞬間、白い光が辺りを包む。遅れて爆発音が響いた。

 

 身体を纏う浮遊感。身体は吹き飛ばされ、近くの木に向かって吹き飛ばされる。

 

 衝撃と激痛、感じると同時に意識が遠のいていくのが分かった。

 

 意識が暗闇に落ちる寸前、見えたのは地面に伏せる少女と、それを見下ろす1人の人影。

 

 炎が辺りを包んで、木々は延焼を続けていた。焦げ臭い煙の匂いは、まるであの日を思い出させるようで――

 

 そこで俺の意識は完全に途絶えた。

 

 

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