美しくも恐ろしい人外少女に理不尽にも見初められてしまう話   作:夜行列車予行

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夢の処理

 凡庸な日々だった。だけどそれだけで、十分だったんだ。

 

 仲の良い両親と、年の近い妹が一人と、それから俺。四人家族の家庭の一人として生まれた俺の毎日は至って普通で、何一つ文句のない環境だった。

 

 特別な才能を持っていたり、裕福な家庭であったりはしないが、それでも十分な愛情を注がれて育った自信があった。

 

 父さんは、甘すぎるくらいに俺達に優しい人だった。母さんはそんな甘すぎる父の暴走を時に制しながら、いけないことをしたらしっかりと叱ってくれる面倒見の良い人だった。

 

 そんな二人の間に生まれたのが俺、それから妹だった。

 

 妹は少し臆病で、内気な少女であった。いつも母や父、俺の後ろを歩いていて、学校や外で何か揉め事が起きると直ぐに涙流して俺の元に駆け寄ってきた。そんな妹が愛らしくもあった。

 

 平穏で、少しだけ騒がしい毎日。特別面白い事は起きなくても、自然と笑みが零れる、そんな生活だった。

 

 そんな日々が、もう戻らない事を、未だに受け止め切れていなかった。

 

 瞼を開くと、そこは廊下だった。

 

 見覚えのあるその場所は、忘れもしない、十数年前に消えたはずの我が家であった。

 

 視点は低く、歩みは遅い。この時は確か小学生だった。寝ぼけた目を擦りながら俺は廊下を歩き、寝室へと向かっていた。

 

 夜中、眠っている最中ふと目が覚めてしまい、再び眠る前にトイレへと向かう、そんなよくある場面だった。

 

 現在はトイレから出て再び寝室に向かっている最中だった。

 

 そうだ、思い出した。俺は運が良かったのだ。この時、夜中不意に目覚めたその時、俺の運命は変わったのだ。

 

 短い廊下を抜けてリビングを歩いている時だった。

 

 大きな爆発音が耳に響いた。それは唐突な出来事で、寝ぼけていた俺の意識はその音で覚醒した。

 

 何事かと思い爆発音の聞こえた方向を見ると、それは天井、家の二階から鳴った音である事が分かった。

 

 二階は家族が寝ている寝室があった。

 

 ドクドクと、高鳴る心臓の音が体内に響いた。嫌な予感が、体を巡っていくのが分かった。

 

 俺は急いでその場を駆け出し、階段を上って行った。

 

 階段を上り切ると、それは直ぐに視界に映った。パチパチと音を鳴らして、延焼を続ける壁や天井。

 

 火の粉が辺りを舞っていて、焦げ臭いにおいが離れなかった。

 

 真っ先に思いつたのは火事だった。だが火元が不明だ。いや、むしろ明確であったと言うべきか。

 

 じりじりと燃え広がる炎の群れ、一番酷く燃え上がるのは数分前後にした、家族の眠る寝室だった。

 

 気付くと俺はその場を駆け出していた。もっと先に通報をするだとか、やるべきことはあったかもしれないが、そんな最善の判断を出来る程利口でもなければ冷静でもなかった。

 

 足元で燃え広がる火は、寝室に近づくに連れ、どんどんと酷くなっていった。

 

 肌を伝う汗や、木の燃える匂い、炎の熱、その全てが脳裏に焼き付いていく。

 

 本来あったはずの扉は、後方に吹き飛んでいた。部屋の中に入ると、そこには最悪の光景が広がっていた。

 

「あぁ……うえ……あぁ…………!!」

 

 それは泣き声だった。

 

 炎が辺りを燃やし尽くす中、燃焼するベッドの上で1人蹲って、乾いた泣き声を上げる少女の姿。間違いなく、それは妹だった。

 

「り、な?」

 

 俺は妹の名前を、ただ呼んだ。呼びかける訳でも、なんでもない。ただ現実を呑み込めない脳が目の前にある情報を呟いたに過ぎなかった。

 

「ひっ……く…………おにい、ちゃん?」

 

 だがその声は妹に届いていたらしい。ベッドの上で俯いていた妹は顔を上げると俺の方を見つめた。

 

 その時の妹は、明らかに普段と様子が違った。

 

 身体に巻き付くような深紅色の炎の渦。その炎と同じ色に変色した髪の色。濃い色の炎が、まるで妹を起点に立ち上がっているようだった。

 

 だがそんな変化を気にするより先に、俺の思考に過ったのは、家族の安否だった。

 

「りな……どうしたの……お父さんは、お母さんは……」

 

 俺は呟きながらゆっくりとベッドの方へと歩き出した。足や腕、身体に炎が触れる度、刺すような痛みが襲った。

 

 父と母の行方、そんなの決まっていた。ついさっきまで同じ部屋で眠っていたのだから。

 

 ベッドの上に視線を滑らせて父と母の姿を探すが、映ったのは炎に包まれた人型のナニカであった。

 

 妹はそのナニカを前に蹲って泣いていたのだ。

 

 父と母が死んだなんて、そんな事を考えもしなかった。むしろ、考えないようにしていたのかもしれない。

 

 ただ俺の目の前には、独り泣いている妹の姿があった。

 

 泣いている妹を慰めるのは、いつも俺の役目だった。妹は泣き虫だから、頻繁に泣き止ませる必要があった。

 

 泣き止ませる方法は決まっていて、それは抱きしめる事だった。

 

 妹は甘える事が好きで、いつも父にも母にも、俺にも抱擁を求めてきた。

 

「おにいちゃん……おにいちゃん!!」

 

 抱きしめなくては、いけない。妹が、りなが泣いている。

 

 俺は燃え盛る部屋の中、妹へ向かって近づく。それは燃え盛る爆心地に向かう事と同様だった。

 

 一歩ずつ近づき、妹へと向かう。

 

 次に踏み出そうとしたはずの足が、不意にぐらつき、床に倒れる。

 

 声を出そうにも、頭に靄がかかったようで上手く喋れない。

 

 まだ、妹は泣いたままなのに。泣き止ませなきゃ、いけないのに。

 

 身体は全く動かず、暗闇に意識が落ちるその時まで、妹はただ俺の事を呼び続け、泣いていた。

 

 妹は異形(イレギュラー)種だった。

 

 

 

 

  ■□■□■□■□

 

 

 

 

「り……な」

 

 目を開くと、白い天井だった。先程までいたはずの寝室の景色はそこには無く、俺はどうやらベッドの上で寝ていたようだった。

 

 むくりと体を起こす。背中が少し痛むようだったが、それでも何とか上半身を起こすと、そこは何処かの休憩室のようだった。

 

 辺りを見渡すと、周囲には白い簡素なベッドが幾つか並んでいて、その中の一つに俺は寝ていたらしい。

 

「夢、か……」

 

 そこまで見て、ようやくさっきまでの光景が夢だったと気づいた。あの日から何度も見る、終わらない悪夢だった。

 

 俺は首を横に向け、窓の外を見つめる。それから状況の整理を始めた。

 

 窓の外の景色は、いくつかの建造物が並ぶ、街中だった。空は澄んでいて、青空が眩しかった。

 

 一日の始まりから振り返ろう。今朝は職員寮で普通に起きて、食堂で朝食を取って、それから仕事を始めたんだった。

 

 確か業務内容は書類整理で……。

 

 そこまで振り返り、俺はその後の展開を完全に思い出した。

 

 レベル5の異形種の脱走を告げるアラート、そしてその異形種の少女との出会いから、共に逃走を始めた、それから色々あって、異形種の男に襲われて、それを撃退して……。

 

 「……なんだったんだ、あの光」

 

 俺はそこまで振り返り、最後に見たこちらに迫る光を思い出した。脱走した少女を捕える、もしくは殺害するための兵器だろうか。

 

(……少女(あのこ)は無事だったんだろうか)

 

 俺は気を失う直前に見た、地面に伏せる少女の姿を思い浮かべる。俺が生きているのは恐らくあの攻撃が少女を狙っていたから。じゃあ攻撃を受けた少女は無事なのだろうか?

 

 そこまで考えていると、窓とは反対の方向から、ガチャリと音が聞こえた。

 

 音の方向を振り返ると、そこには扉を開いて此方を見るひとりの男の姿があった。

 

「お!起きた!」

 

 男はそう言うとつかつかと此方に向かって歩き近づき、俺の近くの椅子に座る。若そうな男は青い職員服と首から下がる職員証を身に着けており、その姿に俺は男の正体を察する。

 

「……異形種トラブルセンターの方ですか?」

 

 俺がそう訊ねると、男は驚いたという風に目を見開き口を開いた。

 

「え、そうです!よく分かりますね!」

「まぁ、俺も同じような仕事なんで」

 

 俺がそう言うと、男は思い出したように腰に下げてあったクリップボードを手に取り、挟んである書類を読み始めた。

 

「えーと、高木 怜さん、23歳、男性。磯羽区にある第二異形種解明保護センター所属……ほんとだ、えっと、高木さんもセンター所属なんですね!しかも俺と同級(タメ)だ!」

 

 男はそう言うと、人好きのする笑顔を浮かべた。

 

「そうですね。って言っても階級(クリアランス)は貴方よりも下ですが……」

 

 青の職員服は、白よりも一つ上の階級を意味していた。俺がそう言うと男は手を顔の前で揺らし、否定するように告げた。

 

「いやいやいや、保護センターの人とは昇格の基準が違いますからね、別に階級の上下が能力の上下じゃないですし……って、そんな事言ってる場合じゃなかった」

 

 男はそう言うとクリップボードの書類を捲り、書類に目を通しながら口を開いた。

 

「えっと、まず、体に異常はありませんか?」

 

 恐らくはマニュアルか何か、質問すべき内容があるのだろう。状況はいまいち呑み込めないが、比較的自由な状態にある以上、最悪でないことだけは確かだった。

 

「背中が少し痛みますかね、それ以外は特に」

 

 俺がそう言うと、男は少し黙った後、ゆっくりと口を開いた。

 

「あのー、別に大したことないなら良いんですが、火傷の方は痛くないですか?」

 

 男は自身の頬を指さし、そう質問を投げてきた。俺は自分の頬を撫でながら答えた。

 

「あー、これ、昔に出来た火傷で、多分今回の件は関係ないかと」

 

 俺の言葉に、男は少しぎょっとした後、申し訳なさそうな声色と態度で言葉を続けた。

 

「ま、マジですか……すみません、なんか踏み込んだ事聞いちゃって……」

「いえ、構いませんよ。よく聞かれますから」

 

 その言葉は事実であった。特に顔に大きな火傷跡というのは目立つもので、何かあったかと聞かれるのは珍しくなかった。

 

「そうですか……じゃあ、背中の痛み以外特に異常は?」

「ないですね」

 

 それから、何個か質問と回答を繰り返していった。

 

「はー、なるほど。じゃあ最後の質問になるんですけど、今回の事件の経緯、聞かせてもらっていいですか?」

 

 その質問をされた瞬間、どきりと心臓が揺れるのが分かった。決して動揺は表情に出さないよう、慎重に言葉を選んだ。

 

「……はい、今回の事件の前、資料の整理を行っていたんですが、逃げ遅れてしまい。そこで例の異形種と出会いました」

「はいはい、それで、それからどうしました?」

 

 男は書類にメモを取りながら質問を続けた。

 

 俺はどう答えるべきかを考える。素直に少女と共に脱走を計画しました、なんていう事は出来ない。

 

 恐らくだが、今俺が拘束されていないのは、俺が脱走補助者であるかの判断が難しく、かつ精神操作の可能性が拭えないからだろう。

 

 俺が脱走補助者であると判断された場合は、こんな取り調べじみた問答は拘束具付きで行われるだろう。精神操作を受けていると判断された場合も同様、拘束されているはずだ。

 

 恐らくここは異形種トラブルセンター内の休憩室とかだろう。街中にあるセンター関連の施設だと考えるなら妥当だ。

 

 何故怪我の可能性のある俺が病院では無くセンター(ここ)に居るのか、その答えは多分俺がどちら側か判断がつかないからだろう。

 

 異形種の脱走を補助した拘束すべき犯罪者か、事件に巻き込まれただけの被害者か。

 

 その判断をするため、この男は俺への質問を行っているのだろう。仮に前者と判断された場合、待っている未来は明るくない。

 

 つまり最適解は、被害者としての答えを回答した上、精神操作を受けていない事を証明する事。

 

 俺は深く思考を行った上、その回答の続きを語った。

 

 「異形種から、脱走を手伝って欲しいと頼まれ……状況が状況でしたので、大人しく従いました」

 「あー……なるほど」

 

 その言葉には嘘は述べていなかった。だが真実も全ては語ってない。

 

 あの時、一緒に脱走をして欲しいと頼む少女の願いを却下しては、命の保証は無かった。つまり脱走補助は少女に脅された結果渋々行ったとも捉えられる。

 

 だが、それは、それだけが全てでは無かった。少女と逃げ出す事を決めた俺の心には、確かに少女を脱出させようと言う意志があった。

 

 じゃなければわざわざ車を出すなんて言う提案は行っていない。大人しく少女の言葉に従うだけで良かった。

 

 俺が真実半分の返答をすると、男は納得した様な表情で頷いた。それから俺は事の顛末を自分の心情を伏せて語った。

 

「それで、目が覚めたらここに居ました」

「ふんふん……概ね、問題なしですね」

 

 問題なし、恐らく俺が被害者(シロ)側であると判断したのだろう。男は若干砕けた表情でそう呟いた。

 

「いやぁ、すみませんね、高木さん。本当は病院に送るべきなんでしょうけど、CE-324レベルの異形種が関わってるとそう簡単に運ばなくて」

 

 そう言うと男はこれからの俺の処置について語った。しばらく俺は重要参考人としてこの施設内で過ごしてもらうと言うこと、怪我については問題があったら医者を呼ぶとのことだった。

 

「って所ですね!高木さんも災難ですが、まぁ長い休暇だと思って過ごしてもらえば、って感じですね」

 

 男はそう言うと大きく伸びをして、その場を立ち去ろうと席を立った。

 

 俺は思わず男に声を掛けて男を引き留めた。

 

「あの!……いいですか?」

「なんですか?」

 

 男は立ち上がったまま、首を傾げて俺の顔を見つめる。

 

「質問なのですが……しょう、CE-324はあの後、どうなりましたか?」

 

 俺がそう訊ねると、男は少し難しい顔をした後、顔を寄せて小声で答えた。

 

「あの、これ階級(クリアランス)制限かかってる情報なので、本当は言えないんですが……高木さんはまぁ、被害者という事で言いますね」

 

 男はそう前置きをすると、少女の行方について語った。

 

「驚かないでくださいね。あの異形種、今この施設の地下に居ます」

 

 俺はその言葉に目を見開き男の顔を見る、真面目なその表情は嘘を吐いてる風には思えなかった。

 

「本当……ですか?」

 

 俺が驚き、聞き返すと、男は慌てて口を動かした。

 

「まぁ、そうですね……あのレベルの脱走を起こした事で第二ではしばらく収容できませんし……あ!でも安心してください!今はここの職員総員で監視してますし、それに」

 

 男は安心させるように話の続きを語った。

 

「近いうちに、処理されるらしいですよ!」

 

 一瞬、時が止まった様に感じた。考えればそれは当たり前の話で、あれ程の被害をもたらした異形種を通常の異形種と同様に管理できるとも思えない。

 

 だからそれは当たり前で、至極真っ当な処置だった。

 

 ……だというのに、俺の心には何かが引っかかる様な、そんな違和感が残り続けるのだった。

 

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