広大に広がるカルディナの砂漠、その一角では異様な光景があった。何かが残した線が何度も交差しながら無秩序にのびていた。その様はさながらDNAの様にも見える。
一本は正に線というべき跡、いや轍と言った方が適切だ。一方で片方は厳密には線とは言えないものだった、細かな跡が連なって線に見えていたもの、つまり足跡だった。
今も作られ続けている線の先に目を向ければこの芸術とも見れるかもしれない奇妙な跡の製作者が見えた。それは一人のマスターと【UBM】である。
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「右!」
「分かってますよ!」
スロットルは一切落とさずに暴走をする。右を見ればヤツ…【爆進竜 ユーロビュート】が俺を殺そうと爪を振りかざしながら突撃していた。
「GRYUUUUUUUYYYYYYYYY!!!」
「臥ァッ!!!!」
振り落とされる爪をロングソードで受け流す。さっきからずっとそれの繰り返しだ、俺もある程度は攻撃をしているのだがダメージとして入っている気がしない。
受け流す際に仕返しと言わんばかりに力を入れて斬りかかる、交差の繰り返しによりダメージが溜まっていたのか、爪を切り落とす事に成功した。
「GRYYYYYAOOOO!!??」
「ざまぁ見ろクソが!!」
悪態をついたものの状況は不利だ。俺が今のスピードを出せているのはあくまでデュラがいるからだが、向こうは自分の体一つでここまでの速度を生み出していた。
お互いの速度は時速にしておよそ370km/h。これは現実でのF1レースで確認される限りの最高速度クラスだがここ〈Infinite Dendrogram〉においては音速の四分の一程、亜音速
目に見える形でダメージを与えられたは良いが、こっちのHPとかMPは絶賛低下中だった。交差のたびにHPは徐々に削られて今は四割を切っており、MPもデュラの走行に費やしているから余裕はない。もってあと二時間、モタモタしていると燃料切れよりもHPが先にゼロになる。
「今燃費悪いって思いましたよね」
「ふざけてる場合かっつーの!!あぁもうまた来るぞ!」
爪の攻撃は効果が薄いと考えたのか、奴は牙を剥いて食らい付くように向かって来た。
進行方向への力が腕以上に集約されているため一撃の重みは何割も増していた。
「──ヅァッ!!」
持ちうる限りのSTRを総動員して振り抜く、頭を前身に出しているので急所に当てる事は出来た。顔には傷が残り激しめの出血を起こしていたが、本来は目を潰すつもりだったので失敗に終わった様だ。
その後もヤツとの交差は続いたが、状況は一向に良くなる兆しは見えなかった。
正直な話、厳しいものがある。【騎兵】がモノへの騎乗を得意としているからこそここまで耐える事は出来ている、だが行ってしまえば耐えているだけであり攻勢に転じる事は出来ずにいる。
向こうもそれに気付き始めたのか、煩わしいだろうこの小競り合いを終わらせに来た。
「GRRRRSHHHHAAAAAA!!!!」
咆哮と共に───【ユーロビュート】は跳躍し、飛び掛かった。
ヤツが選んだのは爪でも噛みつきでも無く全身だった。
自身の全体重とここに至るまでの速度を全て載せた捨て身の攻撃、この状況であれば最も効果的な方法だ。自分より体格も重さも負けているこの一匹の獲物を殺す事に絞り編み出した攻撃だった。
「はっ!?」
「なんと」
予想外の行動に一瞬呆気にとられるが、今取られた行動が自分達にとってどれだけマズイ行動かはすぐに理解する。速度は今がフルスロットル、ハンドルを切っても変えられる角度は微々たるもの…勢いがあり過ぎた。
剣で受け流す構えを取ったものの、のしかかる荷重は想像を絶する物だった。いくら同種の中でも小さいものだったとしても一人の人間からすればそれは恐ろしいモノになるのは必然だった。
逃げられない。
イグニッションの頭に浮かんだのは『死』の一文字だった。避けるには遅すぎたが、この状況であればその判断をすること自体が不可能だったものだ。
「──グッ」
受け切れずに体を持って行かれる。イグニッションは【ユーロビュート】と比べればあまりにも軽すぎた。デュラの上から吹き飛ばされて砂漠に打ち付けられ、HPが大幅に減った。
「マスター、止まったら死にますよ」
直ぐにデュラが戻って来たがもう乗れるだけの余裕はない、もはや風前の灯火。HPは奇跡的に0%にはなっていなかった。
【ユーロビュート】も決着がついたと考えたのか足を止めて俺を睨む、いつ完全に死ぬかを見届けようとでもしているのだろうか?
「もう………無理だ…」
「………成程、では死にますね」
淡々と言葉を重ねるが、二人の間には文面通りの……諦めの感情は無かった。
『スキルを使わないで勝つ試みはもう無理』という事だ。それは今日中に町へ戻るための試みだったが断念され、残るは
つまるところ二人は、
「あぁ死ぬな、どっちにせよな」
「違う事と言えば、
腹ァ括れ、ぶっつけ本番でブッチ切る。
既に限界の体を無理矢理起こして【ユーロビュート】を睨みつけ指を指す。メイデン体のデュラも隣に立って同じように睨む。
「お前は今から死ぬ────
「どれだけ健康であろうと、兆しが見えなかったとしても。
「「《
ここに来て、初めてスキルを行使した。必殺スキル…は別にあるが、今の彼らにとっては必殺スキルであることには変わらなかった。
スキルは滞りなく発動し────
────刹那、イグニッションの首から上は蒼炎に包まれる。
一瞬にして【炭化】して首から上には頭を燃やし尽くした蒼炎だけが残った。ボウボウと燃え続けるソレは魂の炎という表現が相応しい。
頭の焼失により思考機能以外のすべてが消滅した。視覚、聴覚、嗅覚、そして味覚。イグニッションの世界は即座に暗黒に包まれる。
『感覚共有』
そう唱えると先程失った物が戻って来る…訳では無かった。視界は低く油臭さを感じるようになり聴覚にはエンジンの音が延々となり続ける。
『こんなん落ち着けるかっつーの』
『私からすれば心音とかそう言ったレベルなので気にしたことはありません。慣れてくださいというか慣れないとまともに戦えませんよ』
『ま、それもそうか』
少し難儀したがもう一度デュラに乗り込む。自分の体をラジコンみたいに動かすのはどうにも慣れない。
体は驚くほど軽快に動くようになり、ロングソードも片手で振り回せるほどになっていた。
『っしゃあ行くぞオラァ!!!』
『えぇ行きましょうとも』
スロットルを再び全開にして【ユーロビュート】へ突撃する。突然の事に【ユーロビュート】は驚いたが、彼のすることは非常に単純であったためすぐに動いた。
逃げればこっちの勝ちだ。動き出したがあの人間はもう死に体だからもうじき死ぬ。
そう考えて背中を向けて逃げ出した【ユーロビュート】であったが、一つ違和感を感じた。
何故?【ユーロビュート】は初めて疑問を持った。
どうしてこの死にかけの獲物は起き上がった?どうして頭が燃えた?どうして…どうして───
────どうして音が近づいてきている?
先程までは自分と同じかそれ以下だった速度が、ここに来て上昇している事にようやく気が付いた。
《
下級職にしてスキル一つで上級職にも匹敵し得る破格の性能…だがそれに伴うもう一つの効果は、そのアドバンテージと釣り合うように設定されたのか非常に重たいものになっていた。
デメリット、それは【首無し】という特殊な状態異常の付与である。
【首無し】…首から上、つまり頭をロストする状態異常である。頭を失って無事にいられる生物など存在しないというのにこのスキルはわざと頭を焼失させる。視覚も聴覚も失えばまともに動けず上昇したステータスも宝の持ち腐れとなるが、その為の『感覚共有』だった。とはいえ視覚聴覚諸々が自分以外のモノとなれば慣れるのに時間がかかるだろう。なら何故彼らは慣らしておかなかったのだろうか?
【首無し】には効果時間が存在しており、効果時間が終了すれば
死んでいるにもかかわらず行動が可能なのは【死兵】の《ラスト・コマンド》に酷似しているがそれともまた違った性質、【死兵】は
一回のスキル発動で三日間ログイン不可が確定する諸刃の剣、あの時デスペナルティの内容に嘆いていたイグニッションであったが今は迷いなくこの選択を取れる覚悟があった。
『前方、捉えた!』
『思いの丈を』
遂に【ユーロビュート】を捉えた。後ろから追いかける形で遂に追いつき、そして───
『────ドラァ!!!』
「GGRYYYUUUUUUEEEE!!!!?????」
左腿を思いっ切り切り付ける、鮮血が吹き出したが奴が倒れる気配はない。腐っても【UBM】、生半可な攻撃では倒し切れない。一瞬減速はしたが直ぐに取り戻し、【ユーロビュート】は認識を改める。
コイツは獲物ではない、逃げるべき強者だ。
そう考えた【ユーロビュート】は先程まで使うことの無かったスキルを初めて使う事を決意する。戦うためのスキルではなく、逃げるためのスキルを今使用した。
スキルの名は『爆燃騰血』。体内器官で行っている爆発の出力を最大に上げ、身体機能を限界値まで上昇させるスキル。要するに【ユーロビュート】のフルスロットルである。
「GRYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!」
『なっあの野郎!?』
『今からが本気という事でしょうか、手札を切るには遅かったですね』
『ハッ!なんもかんも遅っセェんだよぉウスノロォ!!!!』
スキルさえ使えばもう無事だ。そう考え少しだけ安堵した【ユーロビュート】だったが、その考えは直ぐに訂正されることになる。
…距離が離せない。全力を出したはずだ、なのに何故離せない!?
デュラの言う通り、遅すぎた。出血は継続的な戦闘により増えていた、そして爪を切られていたことにより踏ん張りが効かなくなり彼自身が想定したよりも速度は出ていなかった。
逃げても逃げてもソレは追って来た。今まで彼が相対してきた強者は追ってこそ来たが暫く逃げ続ければ割に合わないと判断して諦めた、それこそ満腹であったり襲い掛かる理由が無ければわざわざ体力を使って追いかけに来るという事も無かった。
ならコイツは何だ!?なぜこんなにも追いかけて来る!?獲物を横取りした覚えは無いのに何故!?何故諦めないんだ!?そんなにも腹が減っているのか!?そうだとしても何故他のヤツを狙わない!!どうして自分だけを!?
【ユーロビュート】は脳内で必死に考えるが、彼にイグニッションの感情を理解することは絶対に出来ないだろう。敵討ち、義憤、彼には持ち合わせていなかった感情であり…自らを窮地に立たせた最大の原因でもあった。
どれだけ走ってもこの得体のしれない奴は追いかけて来る。音が近づいて来る、腹の底まで響いて全身が粟立つような轟音を鳴らしながらやって来る。
ある民俗学者はデュラハンについてこのような記述を残している。
死を予告するに当たり、凄まじい騒音を上げながら現れる。その音に驚いて彼、または彼女を見てしまった者に死を予告する。
記述通りか否か、【ユーロビュート】は偶然にも後ろ…自分を今も追いかけて来るモノを見ようと振り向いてしまった。
「SHHHHHGRYYYUUUUU!!???」
轟音を響かせて猛追してくるヤツの首から上は無く、代わりに蒼炎が燃え盛っている。ヤツが乗っている黒いモノからも蒼炎が噴き出ており、炎を纏ったその姿は化け物に相応しい。
呼吸も無く、目も無く、無感情に見える身体の代わりと言わんばかりに蒼炎は荒れ狂っている。
ドス黒く純然たる殺意を感じる。捕食目的などではない、ただ殺す。食うために殺すのではなく殺すために殺す。それだけの気迫を【ユーロビュート】は本能的に感じ取り、そして恐怖した。
恐怖による体の硬直が一瞬でも起きてしまえば姿勢を崩すには十分すぎた。
音を立てながら転がる【ユーロビュート】は──
────死に追い付かれた。
「GRRRRRRROOOOOO!!!!!!」
せめてもの威嚇として咆哮を上げるが、そんなのは延命行為にもならない。決して逃げる事は出来ない。
『今!!』
『終わりだァ!!!!』
振り抜いた刀身は【ユーロビュート】の首に沈み、そのまま進んで行く。一秒もかからず一刀両断された首は体内で最大限まで加熱された鮮血が噴き出る。まるでゴールテープを切った者に浴びせられるファンファーレの様に。
決着は想像の何倍もあっけなく終わった。
【〈UBM〉【爆進竜 ユーロビュート】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【イグニッション】がMVPに選出されました】
【【イグニッション】にMVP特典【爆熱機関 ユーロビュート】を贈与します】
【ユーロビュート】の体が塵になって消滅していくのを見届けた後、そんなアナウンスがウィンドウに来た。
停車してデュラから降りれば、デュラはメイデン体に戻る。
「やりましたね」
『…あぁ』
「ですがこちらも限界のようです、残り時間がもうありません」
特典とやらの確認はデスペナが明けてからでいいか。今は……疲れた。
…犠牲になった彼らの名前も顔も俺は知らない。でも───
『──終わったよ』
そう言い残した所で、【首無し】の効果時間が終了した。全身が蒼炎に包まれて燃え尽きる。
【致死ダメージ】
【パーティ全滅】
【蘇生可能時間経過】
【デスペナルティ:ログイン制限24h】
スキル説明遅くなりました…。文の構成結構ガバってます許して下さい。ユーロビュートはイグニッションにビビってる時点で大して強く無いです。シュウとかなら多分もっと早く倒せてます。