「これで……うん、よし! よしよしよしよし……!」
パソコンの画面を前に、気色悪い声をあげる俺。
そこに映っているのは、黒一色のインナーだけを着た金髪碧眼の少女……というか幼女だった。マウスの動きに従ってぐりぐりと動くその3Dモデルは、どの角度から見ても非常に可愛らしい。
この場面だけを切り取ると完全に事案なのだが、安心してほしい。
「俺、めっちゃかわいくできたんじゃね……!?」
これは『俺』である。
☆
「百瀬くんは、夏休みどうするんだい?」
「ここでのバイト以外、予定ないっすね……」
個人経営ゲームショップ『ハンドレッドアイズ』。
やや太っちょなバイト先の店長からの問いかけに、俺は大学二年生としては中々悲壮感漂う返答をする他なかった。
「……と、友達は? 君、友達は普通にいるタイプだろう?」
「一応旅行に誘われたりはしたんスけど、遠出嫌いなんスよね。あと今年も懲りずにビーチナンパするとか言ってたんで……」
「う~ん分かる……分かってしまう……」
「でしょ? まあそのせいでクッソ暇なんですけど……」
大学生の夏休みというのはまあ長く、暇である。それは俺、百瀬小珠もそうだった。
友人に予定を聞けば、バイトやら旅行やら恋人やらなんやらかんやら、実に充実した様子。対して俺は――まあ、ここでの週一回のバイト以外特になしである。
別にそれが問題だとは思わない。というか俺がこんな風に塩い夏休みを送る事になったのは、去年の夏休みにハメを外しすぎた友人に連れられてビーチでナンパとかいう今時普通に通報されそうな行いをした結果、手酷い扱いを受けて心に傷を負ったせいだと思うのだが、ともかく今年は暇であった。
「やってるゲームもやりたいゲームもないしなぁ……」
「うん? シャドウサムライはもう終わったのかい?」
「実績コンプしました。まあいつもの覚えゲーって感じでしたね」
「凄いな! 百瀬くん、あの手のゲーム得意だねえ」
店長の言葉に曖昧な笑みを返す。得意というかただコンプしないと気持ち悪いタチなだけである。あとあのゲームわりとコンプ緩かったんだよな。
六月に米国企業から発売された新作フルダイブゲーム『シャドウサムライ』は、簡潔に言えばJAPANでHITOKIRIするバカゲーである。
しかし高難易度ながらやってて楽しいという神調整と、外人から見た架空のJAPANとして精度が高すぎて一種のカルト的人気を誇り、俺も夏休み前はそれなりにやりこんでいた。
あれはいいゲームだった……シナリオも翻訳ちゃんとしてて結構面白かったし。なんか知らんけどJAPANが舞台なのにランスがぶっ壊れ武器だったのだけちょっとクソゲーっぽかったけど……。
「てことで、なんかいいゲームありません?」
「そうだねえ……うーん、百瀬くん大体RPGプレイヤーだよね?」
「まあ、わりとなんでも寄りではありますけど専門はそっちですね」
俺にとってのゲーム体験の原点は、祖父が宝物だと言って大事にプレイし続けている(現役)コマンド式RPGであり、一番好きなシリーズはいわゆる死にゲー系のアクションRPGである。
と、そんな過去に店長にも教えた事のある趣味嗜好を思い出していると、店長は少し悩んでから一つのパッケージを取り出した。
そのゲームには見覚えがあった。なにせ多分、発売から最も多く買っていく客を見たゲームだから。
「だとするとやっぱりこれだと思うよ。『サイバネティックエデン』、メタスコアは97点で某レビューサイトのユーザー評価は平均91点の怪物さ」
「今そんな事になってたんスか!?」
うーん文句なしの神ゲー。メタスコア97点も相当だけど基本的に割と辛口なユーザー評価が90点越えてるのが本当にエグいな……。
およそ三ヵ月前に発売されたフルダイブゲーム『サイバネティックエデン』。
サイバーパンクという人を選びそうなモチーフながら、ただシンプルに『神ゲー』であるが故売れまくっているという中々ストロングスタイルなゲームだ。
「確かめちゃくちゃ身体改造できるんですよね。腕に銃仕込むとか」
「そうそう。アバターの自由度が多分フルダイブゲームの中じゃ一番高いね。ビルドもプレイスタイルもとにかく自由!」
「自由かぁ……」
実際、興味はあった。SFで銃ゲーなのが今までやってきたジャンルと被らないから敬遠してきただけで。
「あ、ちなみにカタナとかの近接武器あるよ」
「ほう」
1HIT。
「地上で会社作って経営シミュしてもいいし、無限に広い地下街に潜ってハクスラダンジョンRPGしてもいいし、なんなら屋台で食べ歩きしながら観光だけしたっていい」
2HIT。
「あとね、百瀬くん。サイバネティックエデンは――アバターの性別を好きに変えられるんだ。なんなら男女だけじゃなくて無性から両性までイケる」
「買います」
3HIT! CRITICAL!
その日のバイト終わり、財布の中から一万円札が消えていたのだった。
わりと高かったなマジで……。
☆
別に女装趣味があるとかそういう話ではない。
多分、変身願望だ。というかゲームって本来はそういうものだろう? ロールプレイをするゲームだからRPGなのだ。
だがしかしそれがフルダイブとなると、自分と体格や骨格の違うアバターを動かすというのは技術的に中々難しいらしかった。
キャラを操作するタイプのゲームも、キャラメイクできるゲームも圧倒的に減り、今時のゲームのほとんどはリアルの姿をキャリブレーションし、そこからちょっとだけ操作に影響のない程度の改変と最適化調整をして……みたいな感じが大多数だ。
なので、そういう意味でもサイバネティックエデンは文句なしの神ゲーだった。
故に一晩かけてキャラメイクを済ませ、仮眠の後にサイバネティックエデンにログインした後に。
そのいかにもサイバーパンクな荒廃と活気を両立した不思議な雰囲気の街よりも――
「……うわぁお」
小さな、なんなら少しぷにっとしたアバターの指にこそ感動を覚えるのも、おかしい事ではないのである。
「へ、変態じゃないんだからね!」
鈴の鳴るような声でのセリフに、周囲を歩いていたNPCが一瞬こちらを『見下ろす』。別にリアルでも特別身長が高い方ではないけど、それでも大学二年の野郎としては中々新鮮な体験だった。
視線を下げれば、そこには決して男ではない華奢な肉付きの肉体があった。
子供の頃の体とも少しダブるが、決定的な違いがある。多少の成熟があった上での、しかしまだ幼さを残す肢体。ちなみに身長は144cmに設定してある。
ふと、視界の端に金糸のような髪が見えた。もちろんこれは自分の頭から生えている。
摘まみ上げてみれば、引っかかりもなくさらさらとした柔らかくつややかな手触り。長さも十分にあるので、この先いくらでも髪型で遊べるだろう。
周囲を見回してガラスを見つけ、その前に立つ。
そこに反射する『俺』――タマモモというプレイヤーネームを掲げたキャラは、紛うことなき金髪幼女の姿をしていた。
「……キャラメイク上手すぎんか?」
おっと、思わず自画自賛が。