LCB囚人ドゥルシネーア 作:チェゾネパゴネ
囚人たちがぞろぞろとワープ列車を降りていく。
血だらけになった密閉空間からこうして人の喧騒がある広いプラットフォームに出ると、先ほどまでの空気感との違いで落差からか急に安心感が湧いてくる。
だけど、ワープ列車で起こったあの光景がまだ脳裏から離れない。
あのカセッティという血鬼に噛みつかれたドゥルシネーアが...凄まじい威圧感を共に魔王のように変貌してしまったことが。
あの夢のような出来事を受け入れられなかった私は、ゆっくり記憶を反芻する。
戦いの最中、不運にもマスターカードキーが敵の親玉、カセッティの手に渡ってしまい、囚人たちは最悪の状況に追い込まれた。
もしカードキーが破壊されれば、私達は数千年を列車の中で過ごすことになる。
貨物車と連結したメフィストフェレスの中で、交渉をしなければならなかった。
無辜の人々が犠牲になるとしてでも、私達の安全より優先していいものではない。
お互い元の場所に戻り、何事もなかったかのように過ごす。それがカセッティの提案であり、会社とファウストの方針だった。
しかしまともに動けないほどの重傷を負っていたはずのドゥルシネーアが、ふらつきながら貨物車まで歩いてきて。
「管理人殿...こんな卑怯で悪徳な奴を、何事もなかったかのように返すなんてダメ...」
思えば、列車に入ってからドゥルシネーアの様子はおかしかったような気がする。
じゃじゃ馬で暴走しがちといっても、ある程度の自制心はあるはずだったのに。
「そ、それならこの列車にずっと一緒に閉じ込められてもよいということか?我は...知っているぞ、我がこの鍵を壊しさえすれば、お前らは永劫の暗闇の中、ここで...」
「悪人の蛮行を見て見ぬふりして全てを忘れ去るくらいなら、ここであなたを処断し続けるわ...」
なんとか、ファウストと二人係でドゥルシネーアを押さえつけて、交渉の場を持ちなおそうとしたその時。カセッティはドゥルシネーアを眷属にしようと噛みつきかかってきた。
疲労した私達では避けきれず...彼女の首筋に、血鬼が勢いよく牙を突き立てた...けれど、
ドゥルシネーアはするすると一人でに脱げだした靴を困惑した瞳で見つめた。
勝手に脱げた靴が、ことり、と床に落ち、裸足になったドゥルシネーアは
「あ。っぁ、だめ!ロシナンテ、ぁ」
普段からずっと気になっていたことがあった。
ドゥルシネーアは綺麗好きなのに、どうして靴を脱いでいる姿を見たことがなかったのか。彼女はいついかなる人格でも、ロシナンテを履いていた。
脱ぐという発想すらなかったようだった。単なる愛着を超えた強い執着心があった。
あの、ドゥルシネーアがロシナンテと呼ぶ靴には何の秘密があるんだろう?
甲高い悲鳴を上げて悶え、しかしすぐさま冷徹な...ゴミを見るかのような表情へと変わる。
その美しく淡いマゼンタの瞳が、真っ赤に染まった。
強力な圧力とともに私は吹き飛ばされ、バスの中が濃い血の匂いで埋め尽くされた。
「あ、ありえない、貴女様は、第二眷属!今までどうしていかなる揺らぎすら放たずに...」
闇の中では声がいっそう響き渡り...揺らめきみたいなのが見えた気もしなくもない。
赤く、血の匂いがする深紅のドレスを身にまとって、彼女の美しい長髪が気だるげに揺れる。
そしてその揺らめきの中で、聞き慣れているけど、いつにもまして低いドスの聞いた声。
「はぁ...不孝行ね。」
その声は下に向かって発せられた。跪きながらうずくまった、本当に惰弱そうに見える血鬼へと。
「言って。あなたが、王国を作ろうとした、理由。」
冷たい瞳の中にまだ微かに慈愛が残っているような気がして、でもカセッティは恐怖に屈してしまった。
「先祖様よ一抹のお慈悲を、二つ目の眷属様よ一抹のお慈悲を二つ目の眷属様よ一抹のお慈悲を」
「私が聞きたかったのは、そういうのじゃないのに。」
跪いた血鬼の喉元に血の塊のようなものがぼこぼこと浮かび上がり、喉元に咲きだす棘が添えられる。
「やっぱり、気に入らない。再び溶け落ち、固まりなさい。」
その言葉が終わるや否や、カセッティの身体は血へと変わり硬直し、固まり始めた。
身体中から結晶化した棘が食い入るように生え始め、まるでドゥルシネーアの好む薔薇のように、咲き誇った。美しくも、残酷に。
その光景を、私はへたり込んで眺めることしかできなかった。
ドゥルシネーアは床に座り込んだ私を見つめ、どこか物憂げな、憐みの表情を浮かべながら...よくわからないことを言った。
「あなたが、あの約束の時計...」
「お願い、私にロシナンテを履かせて...」
私はゆっくりと手を伸ばしてドゥルシネーアの靴を受け取り、その美しく細身な足先に、一つずつ、添えるように履かせてあげた。
そして、ドゥルシネーアは息をゆっくりと吸い、呼吸を整えながら...ふらつき、そのまま倒れこみ、意識を失った。
これが私の覚えている出来事の全てだった。
あの、アホっぽい彼女の正体が...未だにうまく信じることができない。
記憶を思い返しながら、ぼんやりとドゥルシネーアを眺める。
目をぱちくりとさせて、身体中にかかった砂を不思議そうに払いのけていた。
囚人たちからあれやこれや聞かれているものの、上の空といった風に覚えていないらしい。
初めて会ったときはその美貌に目を惹かれたけど、バスで旅路を共にするにつれて、なんだか残念な印象がついている。世間知らずでフィクサー沼にどっぷり浸かっているお嬢様。
全囚人の中で最も美人な囚人を決めるとしたら、間違いなく一位は彼女になるだろう。全身にジャラジャラとフィクサーのバッジやグッズを付けているせいで、いささか雰囲気が損なわれているが。
情熱と正義感も、人一倍強い。まるで俳優であるかのように、どこか大げさな立ち居振る舞いをする彼女が、ドゥルシネーアだ。
持ち前の正義感が仇となって無用なトラブルをバスに招いてきたが、ヴェルギリウスの面接以降、鳴りを潜めて冷静な一面を見せることもある。
その猪突猛進さがかえって事件解決に役立つことがあるので、囚人たちも強くは攻めない。
囚人たちは皆彼女のことを箱入り娘だと考えているようだ。
たとえば、食事の作法が明らかに綺麗だ。ほかにも姿勢だったり、その辺の礼儀正しさが高貴な身分であることを物語っている。ホンルのように高名な家の出だったりするんだろうか。
でも、あえて囚人たちはお互いの過去について触れないようにしているので、私も深くは聞かないようにしている。
私もあの時に起こったことを完全に理解できたわけじゃなかったから、やはりファウストに聞いてみるしかないだろう。
ちょうどヴェルギリウスも席を外したことだし、ようやく問い詰めることができる。
<ファウスト。その、いつから知ってたの?ドゥルシネーアが...>
「はい。それならLCBが結成されるときから把握していました。ヴェルギリウスもです。ただ、管理人には適切なときに情報を開示しろとLCA上層部からの指針があっただけです。」
<その適切な時がさっきだったってこと?>
「私個人の判断としてはそうです。まぁファウストを含むすべての連絡手段が断絶された状況だったので本社の許可を得ることもできなかったのですが。」
短くも、長く感じられたワープ列車での騒動だったが、得られた情報はまたしても山ほどあった。
P社でこれから直面するであろう困難について考えるかよりは、まだこの静粛を楽しんでいたかった。
「それで、どうやってP社にたどり着いたのかしら?げほっ、なんだか喉も物凄くイガイガするし。」
「ドゥルちゃん、マジで...でっかい冒険一つ逃しちゃったね。」
「な、なんですってえええ!?」
やれやれという風に、顔をしかめるロージャと囚人たち。
そして、オーバーリアクションに飛び上がるドゥルシネーアを見ると、なんだかさっきまでの光景が本当に幻のように感じられた。
彼女の抱える秘密を知っているのは、現状私とファウスト、そしてヴェルギリウスだけだ。
とにかく、私が気にかけてあげないと。囚人たちが道を踏み外しそうになるたび正しい道筋を教えてあげるのが管理人である私の役目だから。
P社が位置するこの新しい場所である16区では、どんな出来事が待ち受けているのかまだわからないけれども...たぶん、次はドゥルシネーアの番だろうというぼんやりとした予感があったので、今回の旅路が無事に終わるように、祈った。