影の実力者になろうと努力する少年に憧れた女の子がファン(限界オタク)として充実した推し活ライフを堪能する話。

なお、狂人に惹かれた女主人公もナチュラルボーン狂人なので相性はすこぶる良い模様。


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陰の実力者を推したくて!

 

 きっかけが何だったかは覚えていない。

 あるいは、そもそもきっかけなどなかったのかもしれない。

 ただ、気づいた頃にはもう憧れていた。

 眩い星に焦がれるように、私は『彼』に憧れたのだ。

 

 

 

  ◆ 1 ◆

 

 

 

 ある男の子の話をしよう。

 彼はなんでも、ある存在に憧れたらしい。

 ヒーローでもラスボスでもないあるモノに。

 

 別に可笑しいとは思わない。

 実際、私も物心ついて間もない頃はプ○キュアになることを切望したものだ。

 ヒーローやヒロイン、ちょっとニッチなところではラスボスの魔王に憧れる子供がいるように、その男の子はさらにニッチな方向の憧れに火を灯しただけのこと。

 

 されど、ある程度の年齢に至れば自然とサンタクロースの正体に行き当たるように、誰もが成長とともに現実を知る。

 

 幼子の頃、無邪気に憧れていたヒーローなど存在しないのだと。

 自分がそのヒーローになれるわけでもないのだと。

 そうして、所詮は子供の頃の夢、一時の熱病に過ぎないと過去へ置き去りにして、ありし日の思い出にしてしまう。

 

 普通はそうなるだろう。

 

 けれど、男の子は普通ではなかった。

 

 誰もができるわけがないのだからと諦めた『幼子の夢』を本気で叶えようとしていた。

 

 

 きっかけなど覚えていないと言ったが、捉えようによってはこれこそが原点(きっかけ)だろう。

 

 

 どこまでも自分が信じた道に邁進する不屈の精神。

 

 憧れを一途に追い、自分を磨き続ける不断の努力。

 

 他者にどんな目で見られようと夢だけに没頭する狂気的な熱意。

 

 常人ならばとうに我に帰るだろう境地にあって尚、彼は変わらなかった。

 

 

 諦めを知らず、妥協を許さず、理想に殉ずるその在り方を目の当たりにして、

 

 

 私は──魂が打ち震える感覚というものを、初めて味わった。

 

 

 彼の努力の結末を、夢の果てにある景色を見たみたいと思った。

 

 そのためならば身も心も財産も、全てを投げ打っていいと思うほどに魅入られた。

 

 こういうのをなんというんだったか。最近よくテレビや漫画で聞く単語があったような……、

 

 

 

 

 ……ああ、そうそう、思い出した。

 

 

 

 推しだ。

 

 彼は、私の推しなのだ。

 彼が憧れを、『陰の実力者になる』という理想を追い続けるように。

 

 そんな彼を推すことこそが、私の来来来世まで続く生き甲斐となったのだった。

 

 

 

  ◆ 2 ◆

 

 

 

 彼──■くんを自分の生き甲斐(推し)として定めてからは、とりあえずひたすらに貢いだ。

 

 現金を、食事を、衣服を、時間を、できる限りの全てを。

 

 最初のうちは引いたような面倒そうな顔で受け取っていた(タダでもらえるものはもらっておく主義らしい)彼も、私が自分の夢の後押しをしたいファンだと知ると即座に順応していった。

 

 彼が陰の実力者ムーヴの演習としてやるスタイリッシュ暴漢スレイヤーのときも、傍で隠れながら活躍シーンをビデオに納めたり、彼がボコした連中はウチの黒服たちに処理させて噂が立ったりしないように徹底的な揉み消したりした。無駄に金と権力の有り余った家に生まれてよかったと初めて思った。

 

 ちなみに、推しへの想いがあるといってもなけなしの良心は残っているので彼が無差別に無辜の民間人をボコすつもりだったら心を阿修羅にして止めに入ったが、どいつもこいつも不良やチンピラや誘拐犯だったりするので問題は皆無だ。

 

 むしろ、そこいらの公僕よりも地域一帯の秩序維持に貢献してるまである。

 さすが我が推し。今日もアナタがナンバーワンのオンリーワンだ。

 

 また、時には私が習い事で習得した技術を彼に伝授することもあった。親にやらされていただけの習い事がこんなところで役立つとは……人生何が起こるかわからないものだ。

 

 こうして■くんは色々な側面でレベリング&パワーアップを繰り返し、私もまた推しが一人で頑張っている姿を涼しい顔で見ているなど出来るはずもなく一緒になって技術や能力の習得に励んだ。

 

 

 けれど、どれだけ貢いでも捧げても彼が最も望むさらなる力(More power)を──魔力を与えることはできなかった。

 

 なんでも彼が目指す陰の実力者とは核兵器では蒸発しない存在らしい。しかし、頭上から核が降ってきたら今の彼では蒸発してしまう。

 

 ではどうすれば良いのか。

 彼は云った。

 核で蒸発しないためには自分が核になればいい、と。

 

 私は思った。天才か?──と。

 あまりにもシンプルかつ壮大な理論……理論?だった。

 私とは思考のスケールが違いすぎる……さすが我が推し。我が道を行くことに関して右に並ぶ者がいないゴーウィングマイウェイっぷり。恐れ入るという他ない。

 

 そして、同時に思った。私はどうだろう、と。

 

 私は所詮、お金とかの即物的なものしか彼に与えられないし、■くんが本当に核になったとき、私のような凡庸な人間は呆気なく蒸発してしまう。

 推しに殺してもらえるなら本望、という気持ちもないわけではないが、その事実が意味するところは『推しを最後まで応援して見届けることが叶わなくなる』ということ。

 

 私の推しへの想いは、核で蒸発してしまう程度のものなのだ。

 

 私は自らの不甲斐なさを心から恥じた。

 

 恥じて恥じて、どうすれば良いかを必死に考えた。

 

 寝る間も惜しんで、授業中も食事中も頭を悩ませ、考えて考え抜いて……、

 

 ──そうして、ついに私は答えに辿り着いた。

 

 

 

 核になった推しを見届けるには自分が核シェルターになるしかないという世界の真理に。

 

 

 

 そこからは早かった。

 核にしろ核シェルターにしろ、要は生身の人間という規格に収まったままではダメなのだ。

 核分裂や核融合によって発生するエネルギーにも勝てるような、圧倒的な(Power)が、魔力が必要なのだ。

 

 私たちは魔力を求めて共に色々と手を尽くした。

 

 ある時は座禅を組んで滝に打たれ瞑想し、

 

 ある時はカルト宗教の信者となり断食してヨガを極めて改宗し、

 

 ある時は曰く付きのパワースポットや神社仏閣などを巡って神に祈りを捧げ、

 

 ある時は精霊を探すためお花畑を全裸で走り回り、

 

 ある時は未知を求めてアマゾンの奥地に向かった。

 

 直近では自分たちを十字架へ磔にしたりもした。

 

 ……特に何も起きなかった。

 

 もはや正解か間違いかもわからないまま奔走を続けた。

 

 その果てに、私たちは効果的と思われる一つの修行法に辿り着いた。

 

 まず、森で服を脱ぎ捨てて森羅万象を感じながら修行着に着替える。

 次に、大岩に頭を打ち続ける。

 これにより、雑念を物理的に排除して、かつ脳に刺激を与えることで未知なる力の覚醒をうながすことができる。

 

 散々迷走した果てに辿り着いただけあって、極めて理論的で隙のない修行方法だ。

 

「ッ、ふぅ、視界、が、ぼやける……!」

「私も……頭痛と、目眩…ぅ…あと猛烈な、ク、吐き気、に……ぅぐ……襲われて……」

「まるで、はぁ、脳震盪の、っ初期症状、だね……」

「でも、っ……手応えは、ぁります、から、もっと……!」

 

「「魔力!魔力!まりょぉおおく!!」」

 

 

 何度も鈍い音を立てながら、岩に頭を打ち付ける。

 当然ながら、お互いの額から血がダラダラ流れ出ていた。

 

 本来は推しの頭から血が出てるなんて発狂ものだが、是非もなし。これも全ては魔力を手に入れるため。

 

 正気のままでは手に入らないものを得るために、今日も元気に血を垂れ流す。

 

「ッ、ぅあ、が…ぁ…!」

 

 が、今回は加減をミスってしまったらしい。

 自分の肉体でありながら完全に意識の制御下を離れ、崩れ落ちてしまった。必死に起きあがろうとしても、力が入らない。

 

 倒れ伏した無様な姿の私に気づいた■くんは、ゴンっ!と最後の締めに大きく頭を打ち付けてからふらふらと、まるで空を飛ぶような足取りでこちらに近づいてくる。

 

「……今日は、ここらへん、で……ふぅ、お開き、だねっ」

「ご、ぇんな、さい」

「いいよ、大、丈夫…、僕が、っ、おぶっていく、からッ、」

 

 お互いに満身創痍の状態で呂律もあやしいが、極限状態だからこそ感じられるものもある。

 

 推しの手を煩わせることを情けなく思いつつ、鍛え上げられた広い背中に身を任せて一緒に森を下りていく。

 

 そこでふと、揺れる光を見つけた。

 

「……っ、?」

 

 宙を泳ぐかのように横切っていく二つの光。

 私たちを誘うように怪しく導いている、不思議な光。

 

「あれって……」

「もしかして……」

 

「「魔力……?」 」

 

 

 確証はない。だが私たちの声は重なった。

 ■くんの覚束ない足取りがすぐさま駆け足に変わる。

 

 自分の足で走れないのがもどかしい。

 いっそ途中で投げ捨ててくれてもいいと思ったが、彼は律儀かつ器用に私をおぶったまま獣のように光の発生源まで駆け抜ける。

 

「魔力!魔力魔力魔力魔力魔力魔力ーーッ!!!」

 

 森を抜け道路に出る私たち。

 待ち構えていたのは、白い光のを放つヘッドライトとけたたましいブレーキ音。

 

 

 

「「あ」」

 

 

 

 

 ─────キキーッ、ドンッ!ぐしゃっ!

 

 

 

 

 

 

 ◆ 3 ◆

 

 

 

 転生した。

 しかも推しの双子の妹として。

 

 何を言っとるんだと云われるかもしれないが、事実である。

 ちなみに私は壁になるのも推しと関わるのも状況に応じてどっちもイケるタイプなので「私なんかが推しの血縁者なんて……ッ!」みたいな解釈違いは特にない。

 

 むしろ、これからは双子の妹として堂々とサポート出来る。

 前世では同級生の友人として、学校や人目のある場所ではある程度距離を置かざるを得なかったので実妹ポジは普通においしい。推しと行動を共にしても「お兄ちゃんのことが大好きなのね〜かわいい〜」で済ませやすいからね。

 

 魔力については前世の修行が今世になってやっと活きたのか、生まれてすぐに感知できた。

 

 前世の死に際に見た光はなんかトラックのヘッドライトだったような気もするが、こうして紆余曲折の末に魔力を得られたのだ。前世の死因など些事だろう。

 

 最初は言葉もわからなかったが、こちとら脳みそが一番柔らかい赤ん坊なので何も考えずとも自然と音声言語もわかるようになった。

 

 年を取るにつれて読み書きも出来るようになり、年々行動範囲が広がっていく。

 

 特に魔力操作に関しては赤子時代から家族やメイドたちの目を盗んで二人で色々試してきた。

 

 二人だとより効率的に学び合えるし、魔力暴走や何らかの失敗をやらかした時にもう一人が対処できるから思い切って挑戦しやすい。

 

 つまり私は誰よりも間近で推しの成長(肉体的な意味でも魔力的な意味でも)を堪能できるということ!!!

 ありがとう世界。ありがとう転生。今日も公式が最大手です。

 

 無論、私の推し活──核シェルターになるための研鑽も怠ってはいない。

 

 我が推し兼今世の兄が核に打ち勝つために日夜努力を続けているのだから、私だって核シェルターになるために頑張らねば前世からのファンとして顔向けできない。

 

 そんな感じで、夜中に二人で屋敷を抜け出して領内に蔓延る野党や盗賊連中を相手に技の実践や実験、偶にお互いを相手に手合わせを行う。

 

 

 

 

 

 

 

 なんてことを繰り返しているうちに、十年が経った。

 

 

 現在地は片田舎の貧乏男爵家、カゲノー家の屋敷前。

 カゲノー家は『魔剣士』という魔力で身体強化した騎士を代々輩出する家系らしい。

 そのため、嫡子は勿論のこと子どもはみんな幼い頃から真剣を持たされ、魔剣士になるための訓練に励むこととなる。

 

 私たちはそんな魔剣士の家系で期待を受ける跡取り──なんてことは勿論なく、本来の実力を隠して平凡を装っている。

 

 そのため、この家の跡取りはもう長子であり長女のクレア姉さんでほぼ確定している。実力的にも当人のやる気的にも周りの後押し的にも、それが一番丸く収まるし。

 

 今も私たち三兄弟は剣で大岩を斬る訓練中だが、私と兄さんが小さな岩(それでも十歳児の身長くらいはあるから直径140cmくらい)に剣を突き立てるだけなのに対して、ほぼ体格の変わらない姉さんはその倍以上ある大岩を切り刻んでバラバラにしてみせた。

 

「ふぅ……シド、あんたはまだまだね。もっと一点に集中して、グッと踏み込みなさい」

「ふえーん、でも僕、お姉ちゃんやフィーみたいに上手くできないよー」

「泣き言云うじゃないの!フィーも、シドよりは良い線いってるけど私には届いてないわね。二人とも、やればできる子なんだからもっと頑張りなさい」

「そのお言葉だけで嬉しいです、姉さん」

 

 ふんわりと柔和な感じを意識して笑いかけると、呆れと嬉しさがないまぜになったような中途半端な表情になる我らが姉君。

 

 姉さんの指摘通り、表での私は最推しもとい兄さん……カゲノー家次子長男のシド兄さんよりも全体的にやや上のスペック程度に止まっている。

 

 要するに、『兄よりは優秀だが凡庸の域は出ない双子の妹・フィリア』として過ごしている。

 

 愛称は先ほど呼ばれていた通り『フィー』。

 家族は全員この呼び方で、ハゲ……失敬、つるっぱげ……失敬、お父様(ハゲ)にはフィーちゃんと呼ばれている。幼少期はともかく、成人後は恥ずかしいのでやめてほしい。

 

 勝ち気で才気溢れる長女(クレア)と違って物腰柔らかい、如何にも争いを好まない貴族の御令嬢(貴族は貴族でも貧乏男爵家だが)というキャラクターを装っているが、これがそれなりにウケが良くてやりやすい。

 

 末妹ということもあるのか、あとは同年代に比べてやや小柄だからか。姉さんや兄さんに比べるとやや過保護かつ大層可愛がられている。

 

 兄さんを差し置いて自分が優先される状況は複雑以外の何ものでもないが、兄さんは日常では目立たないモブとして活動したがっているため、私が彼に向かう可能性のある関心や注目を引き付けているという意味では悪いことではない。

 

 どんな形であれ推しの役に立てるなら本望だ。

 

 

 

 ◆ 4 ◆

 

 

 

 夜になった。

 日中は人目があるし、事あるごとに姉さんが構ってくるので時間が取りづらい。そのため、昼はモブムーヴのほうを磨き、深夜に本当の戦闘訓練や魔力の修行を行う。

 

 兄さんのアドバイスに従い、魔力による超回復と瞑想を組み合わせた睡眠法により超ショートスリーパー化しているので睡眠時間の問題はすでに解消されている。

 

 今日は特別メニューの日だ。

 

 なんでも、近くの廃村にならず者が住みつき始めたとかなんとか。

 調べたところ、それなりの規模の盗賊団がいた。

 

 というわけで、いつものようにカゲノー領内の森で基礎トレを軽く行ったあと、私たちは盗賊共を使って試し切りに向かう。

 

 野党狩りくらいは日頃からやってるけど、盗賊団ともなれば年に一度レベルの特別イベントだ。

 

 

「ヒャッハァー!!やいテメェらァ!命惜しくば金目のモノを出せー!!」

 

 

 あんな感じで、我が推しもウキウキである。かわいい。

 

 私も楽しい。推しの楽しそうな姿を目に焼き付けながら自分自身も鍛えられるから。

 

 二人してノリノリで切りまくってたら、いつのまにか盗賊団は全滅していた。

 今回はスライムスーツやスライムソード*1の有用性を確認できたし、結果は上々と言っていい。

 

 盗賊は片付いたので、次は戦利品の確認に移る。

 

 とりあえず、美術品はさばけないのでパス。

 兄さんが名画っぽいものや如何にも訳ありっぽい壺を影の実力者コレクションとして持ち帰ることもあるが、場所を取るからほとんどは泣く泣く諦めてたりする。

 

 とにかく現金、宝石、貴金属が最優先だ。彼の夢のための活動資金はいくらあっても困るものじゃないから、多ければ多いほどいい。

 

 盗賊が持っていた木箱から沢山の金貨を発見する。

 現金換算で500万ゼニーくらいかな?ちなみに1ゼニーはほぼ1円。

 

「うんうん、まずまずの収入だね!……でも、本当にコレ、僕の総取りでいいの?」

「はい、どうせ使い切ったら私に借りに来るでしょう?なら最初からアナタの物にしてしまえば手間が省けますし」

 

 そもそも借りに来なくても求められればあげるし。

 推しに合法的に貢げるのだから不満なんてない。

 

 盗賊のモノは彼のモノ。

 私のモノも彼のモノ。

 

 これこそ世の(ことわり)である。

 

「いや、そりゃあ貰えるものは貰うけどさぁ。僕だって遠慮を知らないわけじゃないし……これは僕ら二人で得た戦利品なんだから」

 

 ……前々から思ってたけど、兄さんって基本的に狂人がデフォなのに唐突に我に帰るところがあるよね。

 まあ優先順位がハッキリしてるだけで、優しさがないわけじゃないからね。そういうとこもいっぱいちゅき!

 

 そんなことを話していると、奥の方に布を被せた檻があることに気がついた。

 

「なんだろ、あれ」

「魔力を感じますね、生き物……奴隷でしょうか」

「えぇー、さばけないからパスなんだけどなー」

 

 軽いノリで檻に近づく。

 布を剥ぎ取って檻の中のものを確認する。

 そこには……、

 

「うぇぇ」

「へえ、これは予想外」

 

 そこには腐乱死体……いや違う、死体じゃない。腐りかけだけど生きている。

 ぶにょぶにょして、うねうねして、ちょっと生理的に受け付けない見た目の生きた肉塊だった。

 

「これが〈悪魔憑き〉ってやつか。実物は初めて見たなぁ」

 

 感慨深そうな兄さんの呟きに同調する。

 さて、悪魔憑きとはなんなのか。

 悪魔憑きとは、はじめは普通の人間として生まれ、ある日を境に肉体が腐り出す奇病のことである。

 世間ではその様相から悪魔だなんだと排斥され、教会は悪魔憑きになってしまった患者を買い取って処刑を行い民衆から支持を得る。

 

 結局は病人を虐殺しているだけだが、人間ってやっぱり見た目で判断しちゃうからね。

 空気感染するんじゃないか、何かの拍子に自分もああなるんじゃないかって思ったら、私も遠ざけてしまうかもしれない。

 

 やっぱそこらへんの感覚は地球だろうが異世界だろうが同じなんだろう。所詮人間ってそんなもん。

 

 うーむ、しかしこれが元は普通の人間だったなんて……。

 青い瞳はくりくりして綺麗なだけに、アンバランスでよりキモい。

 

 人型だった頃はきっと、吸い込まれるような碧眼の綺麗な人間だったに違いない。

 勿体無いなあ、見た目は本質でないとはいえ誰だって肉塊より自分と同じ形をしてた方がいいと思うに決まってる。

 

 

 ……ん?

 

「あれ、この波長って……」

「あ、やっぱり?僕も思ってたとこ」

 

 互いの考えが同じだったことを確認しあい、改めて肉塊に目を向ける。

 たぶんだけど、これ魔力暴走だ。

 

 魔力暴走とは、まあ字面のまんまだ。

 魔力とは使い方さえ誤らなければ、生身の人間でも馬より早く走れて大岩も簡単に持ち上げられる。

 つまりとんでもねぇ馬力の超常エネルギーだ。

 で、そんなとんでもエネルギーが体の中で暴走したらどうなるかなんていうのは、わざわざ言うまでもなく。

 

 私も兄さんも、一度魔力暴走で痛い目見てるからね。

 あの時、制御に失敗してたらこんなエグみの強いごく一部のマニア向けの見た目になっちゃってたのか……知らないうちに命綱なしの綱渡りをしていた気分だ。

 

 

 ふむ、でもそれなら……

 

「「使えるなぁ、この肉」」

 

 見事にハモった。あと思考もシンクロした。

 

「おっ、やっぱり気が合うね」

 

「「いぇーい」」

 

 パン、とハイタッチしながら顔を見合わせてにっこりと微笑みあう。

 きっとカゲノー家のメイドたちや両親が見たら、「二人は本当に仲良しねえ」なんて温かい目を向けられたことだろう。

 

 ──深夜の廃村、しかも檻の中に入れられた肉塊の前で繰り広げられていなければ、だけど。

 

 

 さて、何故この肉が使()()()()()だけど、その答えは魔力暴走にある。

 魔力暴走は自分の体でやるのはかなりリスクがある。

 でもこの肉塊なら?そう、なんの心配もない。

 自分の身体じゃないから思う存分好き勝手できるもの。

 

「つまり僕たちは、リスクなく陰の実力者に近づくことができる」

 

 上機嫌な推しが満面の笑みを浮かべながら肉塊に手を翳し、手加減なく魔力を流し込む。

 瞬間、檻の中で肉が膨れ上がりばちばちと火花が飛び散る。

 

 ……うん、とりあえず推しの笑顔が今日も尊いからヨシ!

 

 え?肉塊と化しているとはいえ元は生きた人間なんだから可哀想って?

 

 いやだってほら、どうせ死んでしまう運命なら汚い大人たちの金稼ぎの道具としてではなく、純粋な子供(前世から引き継いだ精神年齢は考慮しないものとする)の夢の礎になった方がまだマシでしょう?

 

 それに、世間で悪魔憑きと忌み嫌われる現象の実態が魔力暴走だったなら治せる可能性だってある。

 

 私たちは完全なノーリスクで魔力実験が出来る。

 そしてこのぶにょぶにょは、運が良ければ治療できて元の人型に戻って生を繋ぐことができる。

 

 まさにWin-Winだ。よかったね、私たちに拾われて。

 きっと大丈夫、こわくないよ。

 

 

 もし()()()()()()としても、キミの犠牲を無駄にはしないから安心してね。

 

 

 

 ◆ 5 ◆

 

 

 

 半月後。

 ついに魔力暴走の制御に成功した。

 あと、ぶにょぶにょは金髪美少女エルフだった。

 

 …………まじかぁ。

 

 とりあえず脈と心臓の鼓動を確認。あと簡単な触診も。

 ……うん、どちらも正常だ。腐ってる部分もまったくない。折れてる箇所とかもなし。筋肉も落ちてないし、極端に痩せてるとかもない。健康を損なわない程度の痩せ方だ。血色もいいな……青白いとかじゃなく、健全な部類の白肌。

 

 間違いなく、この子は生きてる。しかも、かなり健康体。

 

 ついでに、女の子がいつまでも真っ裸は可哀想なので私の分のスライムを一部切り分けて子供の体がすっぽり収まるくらいのローブを形作る。

 

 さて、と。

 

「兄さん、どうします?」

「ねー、どうしようねー、……あ、そうだ。いいこと思いついた」

「いいこと?」

「うん、あのね……」

 

 ごにょごにょと私の耳に顔を近づけて内緒話の体をとる。

 ここには私たち三人しかいないし、そのうち一人は確実に寝ているため声を潜める必要はほぼないが気分の問題らしい。かわいい。

 

 そして話の内容も実に兄さんらしいものだった。

 要約すると『このエルフにも陰の実力者プレイに付き合ってもらわない?』とのこと。

 

 

 ……あ、エルフっ娘がごそごそ寝返り打ってる。もう起きるなアレ。

 

「よし、じゃあ打ち合わせ通りいくよ?まあフィーなら問題ないでしょ。

 ……さて、刮目せよ、ここが実力者の初舞台、と」

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………ぅ、

 

 

 

 

 

 

 う゛ぁーーーーーーーッッ!!!!!!

 

 やばいやばいやばい推しの初舞台を目の前で!?!?

 というかむしろ私も役者のひとり!?

 

 いくら貢げばいいの?!今の私、収入源がカゲノー家からのお小遣いと盗賊共から奪った金貨しかないよ!?ていうかそれも既に兄さんに譲ってるから私個人の資産じゃ貢ぎきれないッッ!

 

 心の中でどったんばったん大暴れしつつも表にはおくびにも出さず、私は陰の実力者に付き従う忠臣として、なんか厳かでそれっぽい雰囲気を纏っておく。

 

 

「…………ぅ、ん」

 

 少女が目を覚ます。

 推しの初舞台を間近で見れて感涙モノだけど、それを私の醜態で台無しにするのは死んでも嫌だ。

 

 とりあえず精神の均衡を保つために出番が来るまでは目の前のエルフっ娘の様子に意識を集中させとこう。オタクって器用だけど不器用なイキモノなんだよね……。

 

「………ぁ、あれ?私の体……嘘!?」

 

 ……へえ、肉塊になってた体が元に戻ってるんだから気が動転するのは当然としても、発語能力や精神状態にもそれほど異常は見られない。

 あの肉塊状態ではほとんど発声することもなかっただろうに、声も掠れてない。小鳥の囀りみたいな綺麗なソプラノボイス。

 その瞳の色はやはり、肉塊であった頃にも一際輝きを放っていた深みのある青。

 

 金髪碧眼美少女エルフって……テンプレが過ぎて逆に希少種じゃない?

 

 

「──そう、我が名はスタイリッ……いや」

 

 あ、結構話進んでた。相変わらず好きですね、スタイリッシュってワード。基本どこ行っても『スタイリッシュ○○スレイヤー』を名乗ってたし。

 

 もう決め口上に入ったということは『実は経典にある三人の英雄が魔人ディアボロスを倒し世界を救ったという御伽話は実話であり、君たち悪魔憑きは英雄の子孫だがディアボロスの復活を目論むディアボロス教団が歴史を改竄して迫害の対象に仕立て上げた!我らは陰ながらその野望を阻止する者!』の下りは語り終わったんだろう。

 

 精神的にも余裕が出てきたし、せめて一番の名場面は脳の海馬まで刻み込んでおこう。

 

 

 さあ、来るなら来い!

 

 

 

 

 

 

「──我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハっ!?い、いま一瞬意識が宇宙の果てまで飛んでた。あぶないあぶない……。

 

 え〜ちょっともぉまじむり〜推しからの供給が今日も過多すぎ〜ぴえん通り越してぱおん〜。

 …………しまった、ついに内なるギャルまで出てきた。ちょっと本格的にやばいな私。

 このままでは内なる幼女や内なるおっさんまでもが顕現しかねない。

 

「……そう、シャドウ……。じゃあそこの貴女は?シャドウの仲間……なのよね?」

 

 おっと、心の中で人格分裂が起こりかけている隙に話を振られてしまった。

 

 兄さんにちらりと目配せ。

 いつのまにかいつものスライムスーツ姿に変わっていて、こちらの視線に気づくと意味深にフッ、と口元を綻ばせる。

 

「ああ、其奴は我が同胞にして半身。我と運命をともにする無二の忠臣だ。

 ……名乗ってやれ、我が右腕たる貴様の名を」

 

 なにそれかっっこよ……語彙力の消失ぅ。

 いやほんとマジヤバいニヤケそう倒れそうもう死にそうッッ!推しから直々に、丁寧にバトンをパスされてしまった……!

 恍惚と息を吐いて、表情を蕩けさせてしまいそうになる。

 

 けれど、それは決して許されない。

 これは彼の初舞台。今この場に必要なのは黄色い歓声を上げるオタクにあらず、陰の実力者の傍に侍るに相応しい完璧な役者(ロールプレイヤー)

 

 

 故に、私もまたスライムスーツを身に纏うことで役を羽織り、つい数分前の打ち合わせで決まったコードネームを威風堂々と口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私の名は、(セレーネ)。陰を生み出すための仮初の光。夜闇でのみ与えられる偽りの福音。

 共に参りましょう、新たな同胞よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「この身の全ては、閣下(推し)のために」

 

 

 ──そう、全ては陰の実力者を目指す彼を推すために!

 

 

 

 

 

*1
魔法生物であるスライムを利用して作った魔力伝導率99%の便利アイテム。世間一般では魔力を100流して50伝われば高級品扱いなのでかなり画期的。




◇フィリア・カゲノー/セレーネ
前世から推し活に人生を捧げているトップヲタ。最推しは前世のクラスメイト兼今世の双子の兄。
核になろうとする推しを追いかけて核シェルターを目指す。
シャドウ様の狂人っぷりを知っててその上で脳みそ焼かれてるので誰よりも一番手遅れだが、推し活で常時良い空気吸ってるから別に可哀想でもないおもしれー女。

倫理観や道徳面はシドと比べればマトモだが、比較対象がアレなので参考にはならない少しマシ程度の狂人。

◇シド・カゲノー/シャドウ
陰の実力者(概念)になりたすぎるスタイリッシュ悪者スレイヤー。
一定の人間性は残しているので時折センチになったりするが、熱烈なファン一号がすぐ傍にいた上に一緒に転生して兄妹にまでなってるので原作よりもさらに良い空気吸ってるおもしれー男。
言ったことが全て本当になるため言霊(偽)の使い手の可能性が微レ存。

そう遠くない未来でI am atomicして世界に傍迷惑すぎる被害を与える予定の傍迷惑な狂人。

◇数分前まで肉塊だった金髪碧眼美少女エルフ
頭がイカれてるくせに実力は伴っているという一番手がつけられない奴らに拾われた挙句に有ること無いこと吹き込まれた被害者。
人型に戻してもらって命を救われたことを加味してもプラマイでマイナスに振り切る不運な少女。このあと無事にアルファの名を頂戴する。

とても可哀想だが可哀想な時が一番かわいいともっぱらの評判。


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