「 どうなっておる!? 」
「 オレにもそれはさっぱりですよ。 」
魔導王の遣いがローブル聖王国に現れた巨大ゴーレムを討伐したと聞いた、わずか3日後。バハルス帝国帝都アーヴィンタールにある闘技場に、ジルクニフはいた。隣には、バジウッドとアノックが控えている。
昨夜にバオーから、「 魔導国より協力の申し出があり、強力な戦士を見つけてまいりました所存 」との報せを受け、今日行われるという試合に観戦に来たのである。しかし、問題はこの闘技場とは別にあった。
(バレてしまったか・・・!)
そう、バオーの存在が、魔導国に知れ渡ってしまった事だった。これより彼のドッペルゲンガーとしての性質を利用し、外交において有利に立とうと画策していた矢先に、彼からの報せであった。幸いバオーは無事に戻ってきて、何もされていないようであり、彼からは「 ジルクニフ殿によろしく 」というアインズからの言伝を伝えられたが、彼自身は肝を冷やしており、ようやく戻ってきた毛根も、禿げんばかりに荒れ狂っていた。
だが、バオーからはこうもいわれていた。
「 どうか、怖じけずに、観戦に臨んでほしい。 」
そういわれたならば、これから始まる剣闘士たちの闘いを、しかと見てやろうではないかと意気込み、ストレスでぶっ倒れそうな自身を鼓舞するのだった。
『 さて皆様、おまたせしました。本日の闘士の入場です! 』
「 お、そろそろ選手入場みたいですぜ。 」
「 うん、どれどれ・・・! 」
こうして現れた闘士に、ジルクニフは目を疑った。
「 うぅ、おぉぉぉぉお・・・ 」
黒ずんだ鎧を纏った女騎士。髪は乱れており、肌も青ざめている。手には生前愛用していたであろう剣が握られていた。この鎧に、ジルクニフには見覚えがあった。ローブル聖王国の聖騎士のものである。
『 ローブル聖王国元聖騎士団長、レメディオス・カストディオ様です! 』
「 おおおおお! 」
そのアンデッドの名を聞いたジルクニフは、彼女が死んだとも聞かされていた。生きていたのか?いやあの様子、確かに死んでいる。死んでいる筈なのに動いている。それも、彼の知る限りのアンデッドとは違った特徴まで備えて。
「 動きが覇気がない。その上、うめき声をあげている。ゾンビ、でしょうか。 」
「 いや、そうであってそうではない。 」
「 ただのゾンビじゃないですね、あれは。 」
アノックの疑問を、ジルクニフは否定し、バジウッドもそれに同意であると強調した。ただのアンデッドに、蜘蛛やカニのそれのような鉄の脚型の人工物が付いていて、蠢いている筈がないからだ。明らかに人の手が加えられている。いかにも死霊術専門の魔法詠唱者がやりそうなものだが、死霊術師がやったにしてはやけに精巧だ。どうあれ、今のレメディオスは、ゾンビとは別の何かに変わり果てていた。
『 続いて、この怪物、レメディオスに挑む、挑戦者の入場です! 』
レメディオスの前方の門が開く。以前、アインズと武王の試合の際、武王がでてきた方面だ。
ゴ・ギンは粗暴な亜人として知られるトロールでありながら、礼節を踏まえ、戦士としての気高さを持っていた。届くには高すぎる高みを目の当たりにしても、それを決して歪めず、魔導王もそんな彼の有り様に感心する程であった。
そして、そんな彼と同じ闘技場の土を、新たな戦士が踏みしめる事となる。
こうして現れたのは、ゴ・ギン以上に人間離れした亜人だった。
「 あれは・・・! 」
ジルクニフは息を呑んだ。門から入場した彼のその人型の山羊のような見た目は、見るもの全てに威圧感を与えていた。
その手には、身の丈程はあろう大きな戦斧が握られており、その佇まいも相まって、彼が確かに知性ある存在であることを示していた。
『 ご紹介します。遥々聖王国方面、アベリオン丘陵よりやって来た・・・ 』
「 良い!名乗らせてくれ!! 」
その山羊人が叫ぶと、会場が静まり返った。彼は、その沈黙の中、こう続けた。
「 オレはここに来て、初めて戦う。故に此度さ我が名を名乗らせよ。名乗りを上げるは戦士の誉れ。 」
彼の声が闘技場中に響き渡る。最初は物珍しさや恐ろしい怪物をみるような目を向けていた観客たちも、その一言で彼もまた誇り高き武人であることを知る。
『 ということなので、本人に名乗りを上げてもらいましょう。教えてください、貴方の名は!? 』
実況も中々に気前が良いようだ。そうして彼は、戦斧を天高く掲げて叫ぶ。
「 我が名はブザー!アベリオン丘陵に名高き豪王バザーが嫡男!我が武、我が血潮、我が闘いを兄弟と同胞たち、そして亡き父に捧げん!! 」
そう、彼は亜人連合軍の中心人物の一人、かつての山羊人の長、バザーの息子である。彼は魔導王による連合殲滅の中を現在の長である兄をはじめとする仲間たちと生き残り、路頭に迷っていたところをデミウルゴスに拾われ、この闘技場に連れてこられたのである。そして今、ブザーは父の仇の一人と対峙している。
「 父か・・・ 」
ジルクニフはブザーのその言葉に、思うところがあった。世間から鮮血帝と呼ばれる彼であるが、そうなるきっかけとは、貴族派閥であった母に、父を殺された事からだった。それ程までに腐敗していた帝国をなんとか建て直す為に、彼は非常にならざるを得なかった。今となってはそれが板に付きながらも、己の常識を超える化け物に怯え、そしてまた別の異形と親交を結ぶに至るわけだ。今この亜人は父の誇りの為に戦おうとしている。まさしくあの日、先王に報いようとした己のように。
「 レメディオス。死に損ない、朽ちて、ものいわぬ骸となって尚も死ねぬか。敵ながら、なんとも哀れな・・・今に終わらせようぞ。 」
「 ウゥゥ・・・! 」
レメディオスも、ブザーをしかと睨みつける。フレッシュゴーレムとなってしまった今となっても、亜人を敵と認識しているのか。
銅鑼が鳴り響くとともに、その鉄脚を器用に動かし、剣を振りかざしてブザーに迫る。
「 ふんっ! 」
斧で剣を弾き、そのまま振り下ろし斬りつける。が、鉄脚に阻まれ、刺突を山羊らしい軽やかなステップで躱してみせる。追撃も受け止める。
「 ぐぅ・・・ 」
アンデッドになったことからか、生前よりも力を増したレメディオスは、山羊人であるブザーにも力負けしていなかった。一度引き離された後、鉄脚の機動力で即座に素早く距離を詰め、剣を振るう。より鋭く、速度が速まったような剣撃を、ブザーは巧みにいなし、捌いていく。
さっきよりもスピードが上がっている。明らかになにかしたというのが分かり、ブザーもこの動きの変化からあることに気づく。
(そうなっても、武技を使える能はあるか。)
この世界の戦士たちが扱えるスキル、武技。ゾンビもどきのような状態になったレメディオスであるが、未だにこれを使うことが出来た。
〈 流水加速 〉。攻撃速度を上げるスキルである。本来ならば脳に疲労が溜まる弱点があるが、今の彼女はアンデッドである。故にそんなデメリットを無視できた。意思がないならば、脳の状態など、さしたる問題ではないからだ。
しかし、ブザーは手応え自体は変わっていないことから、レメディオスが〈聖撃〉を使っていない事が分かった。これは聖騎士が得る初歩的な武技であり、武器に聖なる力を流し込む、つまり聖属性を付与できる武技であり、アンデッド相手でなくとも、勿論威力が上がるので、〈流水加速〉とセットに使う方が合理的である。仮にブザーが聖騎士でこの二つを覚えていたのなら、両方とも使う筈だが、レメディオスはそうしない。おそらく彼女自身が、フレッシュゴーレムという新種のアンデッドとも、アンデッドとゴーレムの間の子ともよべる存在になってしまった為に、〈聖撃〉が使用不可能になったのだろう。アンデッドとなったことで知能も低下したことと合わせこれ幸いと、ブザーは逆転の一手に打って出ることとした。父から受け継いだ、あのスキルで以て。
( 父上・・・ )
彼の脳裏には、死んだ父の顔が浮かび上がっていた。バザーは勇猛果敢な戦士であり、狩りに同行させた者を、誰一人として死ねせなかったことでも知られる、亜人たちの中でも屈指の強者だった。
そんな父をブザーも、彼の兄弟たちも誇りに思っているのは当然の事だった。
( ご照覧あれ! )
今は亡き父への親孝行。それはやはり、目の前のこの女を討ち取ることだろう。
レメディオスの剣閃が、山羊人を捉え、斬り裂かんと迫りくる。対するブザーも、それと交差するように斧を振るう。
「 武技〈武器破壊〉! 」
剣と斧がかち合う鋭い金属音とともに、聖剣が、より正確に言えば、その刃が粉々に砕かれていく。
〈武器破壊〉。豪王バザーの伝家の宝刀ともいうべき武技である。その名の通り、その一撃でもって対象の武器を破壊する。バザーはこの武技で幾多もの聖王国の戦士を打ち倒してきた。そして今、その息子に受け継がれたわけである。武器を失った今、レメディオスの敗色は濃厚となっていた。それは聡いジルクニフには勿論、客席の観客たちの目にも明らかである。
「 おおおおおおお! 」
ブザーの一閃が、レメディオスの鎧を打ち砕き、死肉を斬り裂いた。哀れな不死者はこうして倒れ伏した。
その場に立っていたのは、気高き山羊人の戦士だ。
「 うおぉぉぉぉぉお!! 」
闘技場に歓声が響き渡る。その多くが激闘の中を制した、勇者を讃えていた。
『 勝者、小豪王ブザー!怒涛の連撃を凌ぎきり、一発逆転を見せてくれた彼に拍手を! 』
ブザーは満ち足りていた。自分たちと長らく敵対していた人間であるが、そんな彼らからも称賛されることは、素直に嬉しかったのだ。
そして、もはや動かぬものいわぬ騎士を一瞥し、こう告げた。
「 安らかに眠れ。 」
かつては自分たちと同じく戦士としての誇りを持っていたこの女の冥福を、ブザーは祈るのだった。
ジルクニフはほっとしていた。あのアンデッドになにか魔導王からの仕掛けがあるのかとひやひやしていたが、どうやらそんな気配は微塵もなく、亜人とアンデッドというカードであることを除いては健全な試合となったからだ。
「 ふぅ。なにがあるかと思っていたが、杞憂であったか。」
「 あのブザーという亜人、なかなかの腕前でしたね。 」
「 あの者ならば、武王の名を名乗れよう。彼奴め、他にも亜人が来たといっていたな。粗奴らも愉しみになってくるではないか。 」
これにて閉幕かと席を立とうとするジルクニフとアノック。しかし、その隣の男は未だ腕を組んで座している。
「 バジウッド、どうしたのだ? 」
「 陛下、まだ試合は残ってますぜ。 」
彼のその一言を裏付けるが如く、場内にアナウンスが響く。
『 さあいつもならばこれでお開きに御座いますが、今日は特別。もう一つ、特別試合を用意しております! 』
「 なに!? 」
ジルクニフは驚いた。二つ目の試合があるなど聞かされていなかったからだ。
その存在を知っていたらしい騎士に詰問する。
「 どういうことだバジウッド! 」
「 すいません陛下。アイツからこのことは当日まで黙っておけっていわれてたんです。魔導王からのお達しらしくて。 」
「 なんと・・・! 」
「 これ、アイツから預かってるもんです。その時が来たら渡せと。 」
差し出されたのは、一通の手紙であった。ジルクニフはそれを手に取り、開いて読み始めた。
『 ジルクニフ・ルーンファーロード・エル=ニクス陛下。かような手紙でのやりとりとなりますこと、どうかご了承ください。しかし、直接はどうしても、貴方に話しづらく、このような形をとることとしました。陛下と謁見したあの晩に、私のもとに魔導王陛下の寵姫が訪ねてきました。 』
寵姫。やはりあの時のあの娘か。
『 曰く魔導王は宰相を痛めつけたことはともかく、私共を魔導国に引き込みたいので、一度会ってほしいとのおうせでした。断れば貴方に危害が加わる恐れがあり、承諾せざるを得ませんでした。 』
となると、あの後、奴はあのアンデッドに会っていたということか。しかし、魔導王もよく彼を許したものだとジルクニフも意外に思っていた。それだけバオーが価値ある存在なのだろうか。
『 いざお会いし、話しを聞いてみると、私はあの大虐殺の話しで興奮を隠しきれなかったのです。
その時に、やはり私は化け物であり、貴方がたの下には居られないと悟りました。魔導王陛下の恩赦もあって、魔導国に身を置ける事となりました。しかし、私にとって、貴方が友人であることに、変わりはありません。 』
あの戦争と呼ぶには余りにも凄惨な大虐殺の話しで興奮とは、やはりそこは異形種なのだろう。如何に己の親しくしてくれても、根っこはやはり我々とは違うのか。
だが、続きを読むに、一概にもそうではないことが、ジルクニフには分かった。
『 ご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます。本当に申し訳ありませんでした。』
と、結局魔導国に下ることになった事に謝罪を入れてくるに、彼にも何処か人間らしさが有るのだとジルクニフは悟る。その面で言えば魔導王よりはやはり威圧感がなく付き合いやすい。
手紙はその後にこう続いていた。
『 その印にといってはなんですが、私の友が闘技場で闘いたいといっていたので、サプライズとして特別試合という形で盛り込みました。
聖王国で共にゴーレムの群れと闘い、それらを尽く打ち砕いていてみせた者です。
きっと陛下のお眼鏡に叶う武を示してくれるでしょう。 』
(・・・何?あやつの友だと!?)
ジルクニフは以前バオーと初めて会った時、彼には友がいることは知らされていた。その中には、魔導王に匹敵し得るような者もいるとも。
それが今、これから闘うというのだ。
この闘技場で。
それも聖王国でゴーレムを退治したらしい。とすれば魔導王の遣いとやらがこれからでてくるのか。どんな化け物なのだと背筋が凍る。
『 今試合にてでますはこちら!魔導国より参りました、漆黒の剣士!その名も・・・ 』
既に退場したブザーとレメディオスに代わって現れたのは、黒きマントをはためかせ、鎧を纏った男。肌は濃い茶色で、髪は赤い。そして、観覧席のジルクニフにも分かる、人間離れした特徴が一つ。
「 耳・・・? 」
「 彼も、亜人でしょうか? 」
そう、獣、オオカミの耳が生えている。が、それだけでは一見、亜人種と変わらない。
「 オレの名はカッツェ!
黒鉄のカッツェ・フォン・ベルリヒンゲン!
オレの尻をなめろ!人間共!! 」
背負った身の丈以上もある鉄塊を引き抜いて大地に刺し、叫ぶ人狼のこの一言で、ジルクニフは悟る。
―――あぁ、此奴も化け物か。
「 舐めますかい、陛下? 」
「 バカを申すでない! 」
バジウッドのおちょくりにツッコミを入れる皇帝陛下であった。
その後、彼が目の当たりにしたのは、圧巻な武であった。あのレメディオスのような、生気のないギガントバジリスクの群れや、ヒュドラといった魔獣や、正体不明の、細身の怪物。
それらが、圧倒的な力でものいわぬ肉塊になっていく。試合とは名ばかりのアンデッドの在庫処分であった。
「 あ、あぁ・・・ 」
ジルクニフは開いた口が塞がらなかった。
彼は金色の毛が抜け落ちる感覚を覚えていた。
次回、啓蒙の杖についての深掘りか、バオー男でなくなるのどちらかを予定しております。お楽しみに。