聖王国のゴーレム騒動終結後、レメディオスとブザーの試合より二日前、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の魔導王オフィスにバオーはいた。彼の目の前の魔導王の忠臣デミウルゴスがアベリオン丘陵の亜人の生き残りを発見し、アリスティが作ったフレッシュゴーレムも処分に悩んだ末闘技場に放り込む方針で纏まったことで、彼からの用事は済んだのだが、アインズから、もう一件解決せねばならない案件があったのだ。そう、バオーの元仲間の錬金術師のしでかしによって大きく変貌したNPCの事だ。
「 ナーベラルの様子は? 」
「 依然として変わりありません。ただ、聖王国に行ってた時に、またハム助を襲ってたらしく、近くのデスナイトとパンドラズ・アクターが止めてくれたらしいんです。 」
「 そうですか。それで、オレは何をすれば? 」
「 先ずは彼女たちから話しを聞いてみましょう。 」
「 彼女たちとは? 」
「 実はですね、ナーベラルの他にも、啓蒙の杖の影響を受けてしまったNPCがいるんです。その中でも特に酷いのがナーベラルだったので、あの場は彼女の名前だけをだしました。 」
「 なるほど。つまり他のNPCはそれほど重症ではないと。 」
「 そうといえるかどうかは実際に見てもらわない事には・・・ 」
バオーはこの時、マリッサのしでかしが想像以上のものであったことを察した。
とにかく、モモンガのいう杖の影響を受けてしまったNPCに会わないことには始まらない。
「 分かりました。オレは医者ではありませんが、できうる限り、力になりましょう。 」
「 では、行きましょうか。ナザリック地下大墳墓へ・・・〈転移門〉。 」
モモンガが手をかざすと、その先より闇の門が現れる。バオーは息を呑んだ。この先には、あのYGGDRASIL屈指の難関ダンジョン、魑魅魍魎跋扈するギルドアインズ・ウール・ゴウンの本拠に繋がっているのだ。彼自身はナザリックについては、ガルガンチュアのいる第四階層までしか知らない。しかしモモンガ曰く、NPCたちは創造主自身の性格や人柄、彼らの定めた設定に準じて人格が形成されているらしく、基本的に部外者には恐ろしく排他的なのだという。
その中でも顕著なのが、あのアルベドやシャルティアであり、話しに聞くナーベラル・ガンマなのだという。その為、バオーはモモンガに一つ、断りを入れることにした。
「 モモンガさん。ないとは思うが、もし・・・ 」
「 彼らはオレの云うことはきちんと聞いてくれます。それでも襲い掛ってきたら、抵抗しても構いませんよ。 」
「 いいんですか? 」
「 ええ。なにかあったらそれはオレの責任ですから。 」
この一言で、バオーはモモンガのNPCたちへの思いを改めて知ることとなる。聞くところによれば、彼にとって、ナザリックの住民たちは子のようなものなのだという。そこまで身内に愛情深いとは。
ともあれ、先を急がなくては。
モモンガに連れられ、門の中に入っていった。
〈転移門〉を抜けると、きらびやかな景色が広がっていた。何処か中世の屋敷の構造に似た、そんなフロアにでたようだ。
「 ここは? 」
「 第九階層です。 」
「 第九・・・あの噂に名高い第八階層のすぐ下ですか。 」
「 一般にナザリックといえば、あそこでしょうね。オレも、課金に課金を重ねましたから、あそこは。 」
ナザリック地下大墳墓。ギルドランキング9位にまで上り詰めた異形種専門ギルド「 アインズ・ウール・ゴウン 」の本拠地とよべるダンジョンである。全十回層に分かれ、出現モンスターたちも高レベルのものが揃っている。一から三階層を守るシャルティアをはじめとする階層守護者たちも確かに強力なのだが、それ以上に恐ろしく強大な存在がいる。
第八階層のアレらと呼ばれるそれは、その通称通り、第八階層に集結している。かつて1500人ものプレイヤーが攻め込んで来た時、それらを返り討ちにしてしまったというのは、YGGDRASILでも有名な話しだった。故にナザリックといえば、第八階層というのは、YGGDRASILプレイヤーの半ば共通した認識であった。その下が、まさかこうなっていようとは思ってもみなかった。
「 お帰りなさいませ、アインズ様。 」
二人を一人のメイドが出迎えてくれた。黒い髪に、メガネ、首にはチョーカーを嵌めている。バオーは感覚で彼女もまた人間ではないことが分かった。
「 彼女は? 」
「 戦闘メイドプレアデスの副リーダーです。 」
「 ユリ・アルファと申します。 」
メイドは深々とお辞儀をした。
「 こちらこそよろしくお願いします。 」
「 ユリ、彼女はどうだ? 」
「 安静にしています。いつもよりも自然と落ち着いているようで。忙しなく巣を張り巡らせている様子も見受けられません。 」
「 では、お前の方は? 」
「 私も、大分気持ちが静まってくれています。 」
「 そうか。では、彼女の部屋まで頼む。 」
「 かしこまりました。 」
モモンガとバオーはユリに連れられ、スウィートホームの廊下を一歩一歩足を進めていく。
道中、余所者であるバオーを珍しがったのか、はたまた警戒したのか、その両方なのか、道行くメイドたちが、彼に視線を向けている。
彼自身そのような者たちは眼中にないので、ずんずんと足を運ばせる。
このメイドたちはおそらくレベルは殆どないのだろうが、それ故に小動物的本能でバオーの殺気を察知したのか、そそくさと視線を背ける。
中々に可愛い子たちだが、ただでさえ自分は外部の存在故に、それは仕方があるまい。
ふと、メイドたちとは違う気配が、自身を見ていることに気づき、一度立ち止まって視線を向けてみた。
そこには意外な者が立っていた。
「 あ、あぁ、あぁぁ・・・ 」
小さい身なり。藍色の身体に腹は白く、鳥の嘴がついていて、髪をカールさせている。
ペンギンのようだ。バードマンか。
その金色の瞳は、この小さなぬいぐるみのようなNPCをしかと捉えていた。
「 何かようか? 」
バオーは試しにそう尋ねてみるが、この鳥はビビリ散らして今にも小便を漏らしそうになりながら、声を振り絞った。
「 な、なにも・・・ 」
エクレア・エクレール・エクレイアーは恐怖していた。主人たるアインズが珍しく客人を招くというから見に来てみたが、これ程までに圧を感じるとは。以前招かれたカルネ村の人間たちとはまるで違う。紺色のローブを纏うその男は、彼から目を逸らさず見つめていた。感じからして人間ではない。このバードマンの背筋は凍てつくようであった。
これほどのプレッシャー。このペンギンは知る由もないが、かつて望まずも、『 雷帝 』と呼ばれていただけある。
「 そう。邪魔したな。 」
男はそういって、紺衣を翻してモモンガとユリの後ろについていった。エクレアはその場で思わず尻もちをついてホッとしていた。殺されるじゃないかと思っていたが、その心配はないようだった。
「 それでだユリ。お前のレベルの方は? 」
「 以前よりも、また一段高まっている感じが致します。後でご確認ください。 」
「 分かった。後でみておこう。 」
バオーは二人のやり取りを聞き、ユリもまた、啓蒙の杖に充てられたのだと察した。
が、聞く限り性にだらしなくなったナーベラルに比べて、アインズの言うとおり、大分落ち着いているようだった。あの場で杖の影響を受けたNPCとしてナーベラルの名前だけが上がったのも納得がいく。それだけかの美姫の奇行が問題になり始めているのだろう。
「 着きました。 」
ユリはそういって、ある一室のドアの前に止まる。アインズもバオーもそれに続いた。
「 この先に、彼女がいます。 」
「 NPC、ですよね。名前と種族は? 」
「 名はエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。普段は人間に擬態している、蜘蛛人です。私共々件の杖の光に充てられてしまい、それ以来なにかに追われるように、巣を張り続けています。
レベルは以前アインズ様がご確認になられた際に、65となっていました。 」
「 あれからまた上がっている可能性がある、か。」
「 モモンガさんがいる手前、ないとは思いますが、襲い掛ってきたりとかはありえますか? 」
「 あの子はそんなに悪い子ではありません。人間を食糧にしているだけで、他者にそう突っかったりもしませんよ。ただ・・・ 」
「 ただ? 」
「 以前、冒険者に酷い目に遭わされたらしく、それで外部からの来客により敵対的になっているかもしれません。 」
「 留意します。 」
「 では、アイツの顔をみてやるとするか。ユリ、私たちが出るまで、この部屋には誰もいれるな。例え守護者でもだ。 」
「 心得ました、アインズ様。 」
ユリはその暗がりの部屋の中に入り、ドアを閉める二人を見送った。
暗い部屋の中に二人。死の支配者と二重の影。辺りには、白い糸が無数に張り巡らされている。
この部屋の中になにかがいて、忙しなく巣を張っている。確かなようだ。
そして、その頭上に、なにかが蠢く音。入ってきたこちらに気づいたのか、黒く人くらい、より正確にいえば、バオーより20cm程小さいが、ガサゴソと音を立てて近寄ってきている。
ふと見ると、それに合わせて、70cmはあろう巨大な蜘蛛たちが、二人の下に集まってきていた。
ナザリックに住まう蜘蛛なのだ。このデカさに見合うか、それ以上の強さがあるだろう。それにこんなに群がられては、流石に不安になってくる。
バオーはモモンガの顔をチラリと見た。骸骨になってしまっていて、感情を読み解けないだけなのかもしれないが、見た感じまるで動じていない。
そして、この闇の中の主と対面することとなった。
見えづらいが和風調のメイド服を着ていて、背からはあのレメディオスのような蜘蛛の脚が二対生えている。というより、それで歩行しているようだ。デカい赤紫色のシニョンにした髪型は、よく見れば、人間のような毛ではなかった。これまた蜘蛛足のような外殻である。
漆黒から覗く顔は、どこかツルツルで、テカテカしている。
お面のようだ。
そんな人間の女の子に擬態した可愛らしいながらも、恐ろしさを感じさせる見た目に合った少女の声が聴こえてきた。
「 お帰りなさいませ、モモンガ様。 」
「 エントマ、私の事はアインズと呼べといったろう。 」
「 失礼致しました、アインズ様。そちらは? 」
「 今度より我がギルドに加入する者だ。序列はお前たちに並ぶ。 」
「 へぇ。新しいギルドメンバー。モモ・・・アインズ様も寂しくなくなるね。エントマ・ヴァシリッサ・ゼータだよ。よろしく。 」
「 バオーという。あの杖を作った奴と同じギルドにいた。あれの光で異変が起きていると聞いて、君に会いに来た。 」
「 ふーん、あの杖のねぇ・・・どのくらい知ってるの?」
「 アレを作った奴は、その当時イカれていたってことと、君のお姉様がご乱心かつお盛んなことくらいだ。 」
「 ナーベラルお姉様でしょ。抜きんでて変わったのあの人だよ。ある日突然あれを持って帰ってきて、それからずっと人間の女とえっちしてるの。会ったらだいたいイカ臭いんだよ。 」
どうやら彼女も、姉の女癖の悪さに辞意しているようだ。
「 イカれてたってどんな感じだったの? 」
エントマからは率直な質問が飛んできた。バオーはよく覚えていた。あの日の仲間の狂気を。
「 もともと彼女、マリッサというんだが、マジックアイテムに一家言ある錬金術師だった。作ってるのはだいたいユニークなアイテムが多かったんだが、それなりに価値のあるものが多かった。この世界に来てからも、それは変わらず、アイツもオレたちの本拠地だった廃城ブリュスタからアダマンタイトのような鉱石なんかを採りに外出していたりもよくしてた。アイツの作ったの、一つ見せてやる。 」
バオーはなにかを取り出して、エントマとアインズに見せる。八角形を象ったアイテムだ。
「 このミニ八卦炉はな、アイツが特に気に入ってたものだ。これを使うと、第七位階クラスまでの五行系精神魔法を使用できる。 」
「 へぇ~。 」
「 これみたいなの作ってるうちが、まだマシだったんだがな。 」
「 というと、やはりいつもと違っていたのか、啓蒙の杖を創った時は。 」
モモンガの質問に、バオーはコクリと首を縦に振った。当時の光景が浮かび上がってくるようだった。何処より見知らぬ石を持って戻ってきたマリッサ。何があったのか、何処でそれを手に入れたのか、本人は詳しくは教えてくれなかった。
「 その当時、アイツはなにかに取り憑かれているように、アイテムの創造と、その知見に執着していた。その有様にギルドマスターが怒号を飛ばして、その素材でなにかをみたアリスティは震えが止まらず、オレやカッツェも、マカマカもなにが起こっているのかわからない。そんな状況でした。分かるのは、それほどまでにあの時のマリッサは常軌を逸していたということ。 」
モモンガはバオーの真剣な目つきから、その時の危うさを肌で感じ取る。そうなるのも無理はない。ギルド長である自分が同じ立場だったのならば、どうすればいいのか分からなくなってしまうだろうことくらい、想像するに難くはないからだ。一方のエントマはそれも気にせずに質問を続けた。
「 それで、その後はどうなったの? 」
「 数日後には、マリッサは落ち着いて、いつもの調子に戻っていた。その後も啓蒙の杖の研究は続けていたらしいんだが、ここである事件が起こる。スレイン法国の滅亡だ。 」
ここでモモンガにとって、何処か懐かしくも、何とも言えぬ思い出がでてきた。この世界に来てほぼ間もない頃に、カルネ村を襲っていた法国の部隊を殲滅したのが、縁の始まりであった。その後にシャルティアが何者かに精神支配を受け、冒険者を殺害し、モモンとして表で活動していた彼が、死闘の末にそれを撃破、洗脳を解除した。この時以降、暫くは彼女を支配しようとしたワールドアイテムと謎の勢力を警戒しながら魔導国建国などしていたが、捕らえた法国の切り札ともいえるハーフエルフ「 番外席次 」の記憶を読み取り、ようやく犯人がスレイン法国だと知ることとなり、これを滅ぼしたというのが、ことのあらましだ。これをきっかけに幻想トリップは解散したというのは、リブロムの書を手に入れた時にモモンガも把握済みだった。
「 この一件でその頃息を潜めてブリュスタで過ごしていたオレたちは、魔導国をより一層警戒する事となり、その一環でマリッサがエ・ランテルまで偵察しに行った。それで帰ってきたとき、アイツは驚くべき事を口にしたよ。
かのギルドのNPCらしき哀れな女に啓蒙の杖を使った上、それをあげたのだと。 」
「 ・・・! 」
間違いなく、哀れなNPCとはナーベラルのことだろう。エントマとバオーはアインズに気を遣ってか、その顔を伺いながらも、話しを続ける。
「 それがオレの知りうる限りの情報だ。マリッサはそれ以前にもあれを試そうとそこら中を周っていたらしい。その日以来、アイツはアルベドが来るあの日まで、外出禁止になっていた。面倒を増やされたら、たまったものではないし、杖も回収しようがなかったからな。 」
「 なるほど。そんな事があったんだ。 」
「 オレからも聞きたいが、いいか? 」
「 なあに。 」
「 マリッサ曰く、あの杖は使った対象に神秘を見せるらしい。キミもあの杖を使われたんだろう。何が見えたんだ? 」
そう、これこそ本題だ。現在問題になっているナーベラルに起こっている異変。レベルの変動。性格の変化。それらは話しに聞いていたシャルティアの一件とは違い、精神支配を受けたわけではなく、一度デスさせ復活させても、そのまま。現状手のうちようがない。その為、策を講じるために、彼女たちに何が起こっているのかを知らねばならない。最も取れる策があるのならの話であるが。
とにかく、啓蒙の杖を使われたら、どんなものが見えたか。それを同じ変化が起きているエントマに教えて貰わねばならない。
のだがそんな本人も、うーんと抱えているようだった。
「 それがね、よくわからない光景だったんだ。 」
「 よくわからない? 」
「 気がついたら、水の中にいたの。 」
「 ふむふむ・・・ 」
エントマは続けてバオーとアインズに語った。知らぬ内に水中にいた彼女は、なぜかそこが湖であることを知っており、溺れることもなく呼吸ができたのだという。辺りには魚一匹いないが、代わりにあり得ぬものがそこにあったのだという。
夜空のそれのように無数に輝く、点と点。星々だ。
さながら水の中に、星が群れなしているようであり、それが宇宙だと彼女にわかった。
そうして暫くは意識だけの中、その水の宇宙の中を歩いているのだが、ふとなにかの気配を感じたそうだ。
―――誰か、なにかが私を呼んでいる。
それを知覚した時、エントマは脳に瞳を得て、ありとあらゆるものを悟ったのだという。
そして気づけば、いつもの光景が広がっており、自身を心配する姉妹たちや、アインズがそこにいた。
その日から、エントマは自分に割り当てられたこの部屋で、このようにすを張り巡らせているのだという。
「 あの杖凄いね。巣を貼ったりしている内に力が増して、新しい魔法も覚えたんだよ。この子たち、レン・スパイダーも、日に8体呼べるようになったんだよ。 」
エントマは足元の蜘蛛たちに目を向けた。このモンスターはレン・スパイダーというのか。
「 コイツらレベルは? 」
「 70くらいだよ。すばしっこいんだけど、体力が低いの。その分デスナイトの方が汎用性はあるかな。恐怖公の眷属よりは強いけど。 」
恐怖公。その名にはバオーも聞き覚えがあった。以前ナザリックに侵入したときに、顔を合わせていたからだ。
「 あぁ、あのゴ◯ブリマンか。キミのレベルは今いくつか分かる? 」
「 うーん。だいたいだけども、73くらいかな。 」
バオーは驚いた。先ほどアインズから聞いた時のレベルが65であった為、それからさらに成長しているようだ。
「 今だったら、あの冒険者、イビルアイだっけ?に復讐できそうだよ。 」
「 そういえばユリがそんなことをいっていた。そんなに酷い目に遭わされたのか? 」
「 うん。アイツらね、私に殺虫魔法なんてものを吹っかけて私の口唇蟲を殺しやがったんだよ。こっちは仕事中でお腹もいっぱいだったから、見なかったことにしようっていったのに。だから仕返ししてやるんだ。 」
「 そうか。それは災難だった。それで声はどうした? 」
「 その後に、ナザリックが泥棒が入ってね・・・ 」
その後もバオーはしばらくエントマの話しを聞いてあげる事にした。そしてアインズはその様子を見守った後、二人を連れて、部屋を後にすることにした。
そのうち、本へとは別の番外回も書きたい所存に御座います。
あと次回、ユリ戦闘回か、またしても啓蒙の杖回を予定しております。が、気分によっては代わるやもしれません。ご了承ください。