ここからヴィジランテ本編へ突入です。
西丸区政が二期目を迎え、自身の政治家人生も六年目になろうとしていた。
一期目は画期的な政策を打ち出し続けた〝鳴羽田のゴッドファーザー〟だったが、二期目は諸制度の見直しや修正、新しい有権者への対応など、政治運営を堅実路線に舵を切った。一期目は再建、二期目は安泰――それが今の西丸区政である。
私生活もまた、非常に大きな変化が訪れていた。
「今日は大事な会議があるから、夜は遅くなるかもしれない」
「はいよ。私が
火伊那は笑顔で赤子をあやしながら、玄関で靴を履く西丸を見送る。
現役区長と元公安ヒーローが結ばれて年月が経ち、とうとう二人の間に子供が――息子の善治郎が産まれた。
無個性と強個性の間にできた子供が、
「善治郎、母さんを頼むぞ」
「うー!」
西丸は頭を優しく撫でると、善治郎は小さな手で父の指を握る。その仕草に、西丸は目頭が熱くなった。
「ああ、もう……本当にいい子だ」
「もうそんな年頃か? 伸太郎」
「ハハ、涙腺のキレは良い方なんだけどな」
茶化してくる妻に、西丸は朗らかに笑う。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ…いってらっしゃい」
西丸は鞄を片手に玄関から出ていくと、火伊那がその背中を見送る。そしてドアが閉まるのを見届けた彼女は、小さく息を吐いた。
「……まさか私の血で汚れた手が、自分の息子を抱けるなんてね」
「突発的な
区役所で溜まった公務を終えると、秘書からある話を聞いた。
「はい、ここ最近の話なんですが…」
「通常の
「まだ事例は少ないですが、かなり面倒な案件かと…」
立華曰く。
まだ10件にも満たない事例だが、全てにおいて「群集の中から突然現れる」「鳴羽田区以外では起きてない」のが共通しており、言い方を変えれば
そうなってしまえば、西丸の政治再建の努力が全て水泡に帰す事は想像に難くない。
(全て同じ共通点を持つ犯罪……でも虎太郎が言った限りは時間や場所は不透明。それでいて鳴羽田だけで起きている。目的は何だ?)
西丸は考えに耽る。
政治家は嫌われやすい職業だとは最初から覚悟しているが、抗議活動としてはあまりに度が過ぎる。しかし自分に恨みがあるのなら、ここまで回りくどい事をする必要があるだろうか。
そうなると、次に考えられるのは怨恨ではなく、大規模な金儲けや治安の撹乱を狙っている可能性が高い。そうだとすると、これは組織ぐるみの犯行になるだろう。
街一つを巻き込む大騒動を仕掛けられる
(まさか……オール・フォー・ワンが?)
西丸は嫌な予感を振り払おうとするが、拭いきれなかった。
確かあの魔王は、このあたりの時系列でオールマイトに敗れた事で奪った〝個性〟の大半を失い、顔の大半が砕かれ呼吸器系も損傷した為に生命維持装置を使わざるを得ない程の重傷を負ったはず。
だが、彼の部下には優秀な医者がいた気がする。もしその男がオール・フォー・ワンと長い付き合いだとしたら、どんな状況であろうと主君を死なせない為の手段を持っていてもおかしくはない。
何よりオール・フォー・ワンは、世界中の
「一つの街で似た事件が相次ぐ……これは偶然じゃない。必ず裏がある。黒幕がいるはずだ」
「……政敵、という可能性は?」
「だとしたら僕個人を狙えばいい話さ。言いがかり付けるなりレッテル貼りなりして貶めればいいけど、無関係の人間巻き込んでまでやるのはリスクが高すぎる」
立華の疑問に、西丸は即答する。
たった一人の政治家を辞職に追い込む為だけに
つまり…今この街で起きている事件は、恐らく西丸への嫌がらせは本命ではない。一番は今後仕掛けるであろう大掛かりな犯罪の実験台と考えるのが妥当だ。
「……イレイザー・ヘッドと少し話をする。杞憂で終わればいいけど、用心しておくに越した事はないからね」
「了解しました。それではすぐに連絡を取ります」
立華はスマートフォンを取り出し、電話をかける。
(相澤さんだけじゃ厳しい時も考えられる……他のヒーローにも連絡を取る必要がある。エンデヴァーは…ダメだな、何となく。公安関連も火伊那の件があるし……どうしたものか)
西丸は頭を悩ませながら、次の一手を考えてるのだった。
*
二日後、西丸は相澤と会っていた。
場所はメディアへの露出を好まない相澤に配慮し、自宅での会談である。
「成程……確かに妙な事件だ」
「ええ、被害は軽微なものが多いですが、いつ大事件に繋がるかわからない」
相澤が虎太郎から貰った資料に目を通すと、西丸が深刻な表情で言う。
「相澤さんは、こういった事案に関与した事がありますか?」
「はっきり言ってありませんね……模倣犯の案件はいくつかありますが、これは明らかにそれとは違う。場所や時間はバラバラでも、発生時の条件は全部同じだ」
「ですよね。だとすれば、計画的犯行あるいは組織的犯行という事になりますが……」
「俺もその線だと睨んでいます。むしろ両方の可能性が一番高い」
相澤は腕を組み、神妙な面持ちで語る。
「俺達ヒーローは、
「しかし、このままだと市民に不安を与えてしまう。一刻も早く解決したい」
「………とりあえず、巡回するしかないでしょうね。合理的じゃないが、現状それしか方法がない」
相澤は溜め息混じりに呟き、火伊那が淹れた茶を飲む。
警察の方でも捜査はしてくれるだろうが、いかんせん相手が見えない以上打つ手がないのも事実。現状打てる策といえば、怪しい人物がいないかを監視する事ぐらいだ。
しかし、それでは相澤の負担が大きすぎる。人海戦術となる以上、応援が必要だ。
「相澤さん、この東京都内で活動しているヒーローは他に誰がいますか? そうですね……なるべく
「ならインゲニウムが最適かと……あそこはチームの総合力で勝負してますからね」
相澤曰く。
ターボヒーロー〝インゲニウム〟こと
ある意味、組織力に特化したヒーローと言えるだろう。
「インゲニウム……速さを売りにするヒーローなら、こちらとしてもありがたい。迅速な対応こそ政治に求められるものですから」
「俺は俺なりに動いて、この案件を調べてみます。何かわかったらすぐに連絡しますので」
「助かります」
「いえ…あなたと手を組んだ方が合理的ですから」
相澤は不敵な笑みを浮かべると、席を立つ。
「では失礼します。何かあったらまたご連絡下さい」
「ええ、今日はわざわざありがとうございました」
西丸は相澤に礼を言い、玄関まで見送った。
「……行ったか」
相澤が帰った後、西丸はベランダへ直行。
そのまま愛飲するパイプを咥え、火を灯す。
(
西丸は紫煙を燻らせながら、思考を巡らせる。
相澤の前では言葉に出さなかったが、西丸はオール・フォー・ワンが絡んでいると確信していた。
転生者である西丸の最大の武器は、原作の知識を有している事。この世界においてチートと言ってもいい程の力を持つ情報源であり、それは現にこれまで役に立ってきた。
しかし、それはあくまでも西丸が知る限りの知識量の分に過ぎない。知らない部分が存在すれば、そこは持っている知識量から推測するしかない。事実、オール・フォー・ワンがオールマイトに敗れてから再び表に出る間、どこで何をしていたのか全くわからないのだ。
何より、〝バタフライエフェクト〟や〝修正力〟がどこで働き、それがどのように影響するか予測不能だ。西丸という存在そのものが、
下手をすれば、何もかもを台無しにしてしまう恐れもある。
(今はとにかく動くしかない。少しでも多くの情報を掴むために)
西丸は決意を新たにし、夜空に向かって煙を吹き出した。
*
その後、西丸は警察との連携を深めて事件の詳しい情報を探り、インゲニウムやその
そんな中、同じ事件を追っている人物と偶然遭遇した。
「西丸伸太郎、だな?」
「あなたは……」
秘書と二人きりで食事に出掛けた帰り、西丸は男と出会った。
目から上をマスクで覆い、そのマスクでも隠し切れない程の大きな傷跡がある筋骨隆々の大男。明らかに不審者であり、危険人物だ。
立華は咄嗟に構え、いつ襲い掛かっても対応できるよう準備するが、西丸はそれを制して話しかけた。
「……報告に挙がったことがある。この街で自警活動に勤しむ何者かの情報。もしやあなたですか?」
「そうだ…俺はナックルダスター。鉄拳掃除人だ」
「……ここじゃあ目立ちます。場所を変えましょうか」
「ほう……話のわかる奴は嫌いじゃないぞ。いいだろう」
ナックルダスターと名乗る男は、西丸の提案を受け入れ、鳴羽田イーストゲートパークで改めて落ち合う事になった。
夜の公園のベンチで、西丸はナックルダスターから重要な情報を聞いていた。
「ドラッグ……やはりこの街で起きている類似した犯罪は、違法薬物が絡んでましたか」
「察しがいいと助かる」
ナックルダスターは、煙草の紫煙を燻らせながら西丸に情報提供する。
「――ドラッグの名は〝トリガー〟。使用者の理性を弱め〝個性〟を
「ええ。僕もそこにアタリを付けて調査中ですけど……中々先手を打ちにくいのが現状です」
「その通り。群衆の中から突然出てくるんだ、警察とヒーローはどうしても後手に回ってしまう」
ナックルダスターの言葉に、西丸は頷きながら質問する。
「……あなたはどうやってるんですか」
「〝トリガー〟の常用者は舌が黒く変色する。舌が黒い奴は即座に殴り倒し、売人の情報を聞き出してドラッグの流通を根元から絶つ!!」
「随分と横暴な……」
「そうでもしなければ止められん!!!」
ナックルダスターの圧に、西丸と立華は気圧される。
その勢いは凄まじく、思わず後ずさりしそうになった程だ。
「西丸、お前も権力者なら太いパイプがあるんだろう? トリガーの使用を禁止する条例を出し、行政で追い詰めろ!!」
「残念ですが、薬物関係はもっとデカい組織を動かさないとダメですよ」
迫るナックルダスターに、立華は反論する。
薬物に関連する法律や制度を司るのは厚生労働省。そして薬物の中で中枢神経系の興奮もしくは抑制又は幻覚の作用を有する蓋然性が高く、かつ、人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生するおそれがある薬物を「指定薬物」と定め規制できるのは厚生労働大臣のみだ。
地方自治体でも、薬物乱用防止のための啓発活動や相談窓口の設置、依存症からの回復支援などを講じる事ができるが、それでも法的な拘束力を持たせるには時間が掛かる。
西丸自身、国家権力に大泉というパイプはある。大泉は法務副大臣であり、全ての法を司る省庁に属している以上、彼を通じてトリガーの使用規制を敷く事は可能かもしれないが……。
「可能な限りの対応はします。しかし僕はあくまでも地方自治体の長だ。国の機関と比べたら、やはりその権限には限度がある」
「ムゥ……」
ナックルダスターは唸り、納得できない様子だ。
しかし日本は法治国家だ。定めた法に則って行動するのが筋である以上、そこから逸脱した行為は許されない。法を一番遵守しなければならない政治家が率先して破ってしまえば、法の下の平等は崩壊してしまう。
「それに法律は緊急を要する案件を除いて、公布の日から起算して20日を経過してようやく施行されます。条例でも10日経過しないと施行できないんですよ?」
「……そうか」
ナックルダスターは、渋々といった感じで引き下がった。
西丸は内心ホッとしつつ、さらに言葉を続ける。
「まぁ……僕個人としても〝トリガー〟という危険なドラッグがこの街に蔓延するのは望ましくない。何とかしましょう」
「本当か!?」
「えぇ。ただ、この件は多角的に攻めたいので多くの協力者が必要です。まずはそこから始めましょう」
味方を多くし、様々な角度・視点でトリガーの騒動の根源を突き止める。
これが西丸の立てた方針だった。
(売人が不明である以上、あらゆる可能性を考えないと。それこそ複数人いる可能性がある。田沼警部にも話を通しておかないとな)
「協力者か……それなら俺の方でも探してみよう。このまま任せっきりというのも癪だ」
「心強いお言葉です。それと、あなたに一つお願いがあります」
西丸は懐からメモを取り出すと、スラスラとペンを走らせてナックルダスターに渡す。
「これは……」
「僕の携帯電話の番号です。トリガーに関する情報があれば、些細な事でも構いませんので連絡して下さい」
「あぁ、わかった」
ナックルダスターはそれをポケットに入れると、ゆっくりと立ち上がる。
「今日の所はここまでだ。俺にもやらなければならない事があるのでな。……じゃあな、〝鳴羽田のゴッドファーザー〟」
ナックルダスターは随分と物騒な言葉を口にすると、そのまま去って行く。
その背中を見送った後、西丸は大きく息を吐いて空を見上げた。
「……思った以上にヤバい人ですね」
「少なくともタダの暴れん坊じゃない。それなりの経験と場数を踏んでる」
立華の呟きに、西丸は肯定するように答えた。
彼が
「……まさかこの僕が、薬物戦争に身を投じる事になるとはね…」
これから忙しくなると、西丸は暗い空を仰ぎ見るのであった。
そういえば、いつの間にかヴィジランテのアニメが第一期終了しましたね…。
次回はようやくコーイチ君とポップが登場。
蜂須賀や他のヴィランは西丸のやり方で追い詰めるつもりです。