西丸は
ナックルダスターとの出会いから一週間が経ち。
新聞の一面にトリガー関係と思われる事件が掲示されない状態が続く中、西丸は親友・大泉法務副大臣と電話で話をしていた。
《トリガー……ああ、「〝個性〟因子誘発物質」のイディオ・トリガーの略称だな》
「やっぱり、海外製品なのか?」
《正規品でも国内未認可の
大泉曰く。
日本での流通が禁止されているイディオ・トリガーは二種類あり、効果が短いアジア製と効果が1〜2時間続くアメリカ製があるという。ただし海外で製造されているトリガーの正規品の方には中枢神経系の活動を増加させる精神刺激物質が含まれていない為、アメリカや日本以外のアジア圏などでは鳴羽田のような事件は滅多にないとの事だ。
西丸はクラスメイトとのやり取りをメモで記録しながら話を続ける。
「僕はトリガーを取り巻く一連の騒動に、何らかの組織的な意図があると見ているけど……勇人はどう思ってる?」
《目的があって
「……間違いなく、専門の知識と設備が必要だよね」
《だな。ワンチャン国内にある可能性もある》
大泉の読みに、西丸は目を細めた。
おそらく、工場は日本国内、それも流通の観点から関東圏である可能性が高い。原料は海外産なので密輸した正規品を国内で配合を行っていると思われるが、飛躍した話だと海外にも拠点を置いている事も否めない。
そしてこの騒動の黒幕は、間違いなく医療関係者が仲間にいるか、自身がそういう知識に詳しいかのどちらかとなるだろう。
「……厚労省を動かして、規制を掛ける事はできるかな?」
《心配すんな、これからそれをやろうとしてたんだ。……だが用心しろよ、マル。こいつは
「わかってる、無茶はしないよ」
通話を切ってスマホを仕舞うと、西丸は椅子の背もたれに寄りかかって腕を組む。
(……薬物の規制は、自治体の条例でも可能だ。でも法律と比べると、やはり強制力に欠ける)
西丸の視線は、机上に広げられた立華が集めた資料やここ数ヶ月の新聞の一面に向く。
ナックルダスターと会った日を境に、この鳴羽田では犯罪件数が増加気味にある。
そのほとんどが、トリガーを摂取する事で〝個性〟を暴走させた〝突発性
マスコミはあまり報じないが、〝突発性
これ以上犯罪が増えると厄介だし、何より自分の住んでいる街で起きているのに傍観するわけにはいかない。
熟慮を重ねた末、西丸は決断した。
「……まずはこっちからアクションを起こすか」
*
一月後、東鳴羽田の旧市街。
駅近くの古いビルの屋上にあるペントハウスでは、一人の青年が暮らしていた。
青年の名は
寂しい学生生活とコンビニバイトの鬱憤とを晴らすため、大ファンであるオールマイトのなりきりパーカーに身を包んだ〝親切マン〟として、夜な夜な街中を這い回ってはゴミ拾いや道案内といった
現在はナックルダスターとの出会いで改名し、〝ザ・クロウラー〟としてトリガーの事件を追っている。
なお、仁波大学の1年生であり、実質西丸の後輩にあたる。
「今日は収穫ゼロでしたね、師匠」
「まぁ、そういう日もあるだろうな」
コーイチが師匠と呼ぶ男――ナックルダスターは、風呂上りなのか短パンとTシャツ姿で缶ビールを呷る。
すると、すぐ傍でボサボサの頭に眼鏡をかけた地味な少女が、スマホを弄りながら語った。
「すぐ殴るからビビっちゃってるんじゃない?」
「ポップ、それは俺も思った……」
ポップと呼ばれた少女に、航一は共感した。
少女の名は、
普段は地元の中高一貫校に通ってるが、一方で非合法にゲリラライブを行うアイドル〝ポップ☆ステップ〟として活動する女子中学生だ。
彼女もトリガー絡みの案件で、航一とナックルダスターに巻き込まれる形でチームとして加わっている。
「誤爆の多発って問題、どうにかしないと……ええっ!?」
「!?」
「どうした、小娘」
スマホを眺めていたポップが、突然大声を上げた。
「ちょっと、テレビテレビ!! 今、西丸区長がトリガーの会見やってる!!」
「えっ!?」
「コーイチ、早く付けろ!」
ナックルダスターにせかされ、慌ててコーイチがリモコンでテレビの電源を入れると、そこにはスーツ姿の西丸が映っていた。
《本日より鳴羽田区危険ドラッグその他の危険薬物撲滅条例に基づいて、摂取する事によって〝個性〟因子を一時的に増強する〝
記者会見でモニターに映し出された条例の内容を説明しつつ、街で起きているトリガー絡みの事件の説明を始める西丸。
三人はその会見に釘付けになった。あの〝鳴羽田のゴッドファーザー〟が、ついに動き出したのだ。
《マスコミ各社の報道及び警察の発表でご存じの方も多いでしょうが、国内未認可の薬物が区内で出回りつつあります。連日の事件は全て、群集の中から突然
「師匠、結構な大ごとに……」
「あぁ」
ナックルダスターは真剣な表情で画面を見つめる。
コーイチもポップも、西丸の会見に注目している。
《現在出回っているトリガーは、国内未認可のアメリカ製やアジア製の二種類と違い精神刺激物質が入っていると
画面の中で、西丸はキッとした表情を見せた。
《誠に遺憾ながら、この〝薬物戦争〟は私や区役所、区議会の力だけでは限界があります。区民の皆様方、そして善良なる都民の皆様方のご協力も必要になると思います。些細な事で構いませんので、トリガーと関係があると思われる情報は区の薬務課にぜひ提供してください。これは鳴羽田区だけの問題では済みません。放置すれば国家レベルの事案になります》
「…師匠、これって結構な進展じゃないですか!?」
興奮気味に言うコーイチに、ナックルダスターは不敵な笑みで返す。
「あぁ、そうだな。それも俺が思っていた以上に動くのが早い。やはり西丸も俺と同じ危機感を持ってるようだ。同じ感覚や考えの持ち主は話が早くて助かる」
「でも、なんで急に……? まさか……」
西丸がこんな行動に出た理由は何なのだろう、と考えていた矢先、ポップの脳裏にある考えが過った。
「……もしかして、前に西丸区長に会ってたりする?」
「ああ、ちょっと話をした」
「それ大丈夫!? 信用ならないんだけど!! 脅迫したりしてないでしょうね!?」
ポップはナックルダスターに詰め寄る。
このおっさん、如何せん暴力に訴える傾向なのだ。話をしたが「ちょっと一発ぶん殴ってきた」と聞こえそうな程に。
だが当の本人は、彼女の言葉に反論する。
「人聞きの悪い事を言うな、ちゃんと筋を通した。行政の協力は俺としても都合がいいからな」
「それ、信じろっていう方がムリなんだけど!? 今までのやり方振り返りなさいよ!!」
(うん、それはごもっとも)
と、内心思うコーイチ。
しかし今はそんな事を言ってる場合ではない。
「この会見はトリガーをばら撒いてる連中も見ているはずだ。そして今までとは違う動きを見せるかもしれん。何せトリガーの横流しを行政が本気で邪魔しようとしているからな」
ナックルダスターの言葉にコーイチは頷くと、再び画面を見る。
《私は断言します。トリガーは非常に危険な薬物です。我々大人の責任において、この鳴羽田から危険な薬物を徹底的に排除・一掃しなくてはなりません。これは社会全体で向き合っていくべき大きな問題です》
堂々とした口調で力強く訴える西丸の姿を見て、コーイチは深呼吸をして気合いを入れ直すと拳を握り締める。
「師匠、ここからですね!」
「ああ。お前ら、ひとまずタイミングを見て西丸と会うぞ」
「はいっ! ――って、ええええええ!!?」
「あたしもーーーーー!!?」
最後の一言に素っ頓狂な声を上げたコーイチとポップだった。
*
西丸が会見でトリガー流通を撲滅すると宣言した翌日。
左目に眼帯を付けている女子高校生が、レストランでどこかイライラした様子でスマホの画面を眺めていた。
彼女の名は、
高校2年生でありながら
「超サイアクなんですけどぉ……せっかく
《――蜂須賀君、西丸区長を決して甘く見てはいけない。ただの無個性の政治家だと高を括ると、とても痛い目に遭うよ》
「え~? とてもそうには見えないんですケド。んー、まぁ悪運は強い人だよね……」
イヤホン越しに聞こえてくる男性の声に応えながら、九印はグラタンを食べながらネットニュースを見る。
ニュースには「西丸氏、新型薬物撲滅を宣言」「鳴羽田区で国内初の薬物戦争か」といった文言が並んでいる。
《僕の〝お友達〟の情報だと、彼のクラスメイトの一人の法務副大臣――大泉勇人も厚労省に働きかけてるらしい。国家権力まで動くと少々面倒だ、あまり軽率な行動をしないように》
「いいじゃん、別に」
《少なくとも西丸区長は、並みのプロヒーローよりも厄介な〝強敵〟だ。油断すると逆に君が窮地に追い込まれてしまうよ?》
「……」
通信相手の忠告に、九印は黙る。
確かに彼の言う通りかもしれない。あの区長の過去の功績を見れば、只者ではないことは嫌でもわかる。
「権力は万国共通ってヤツ?」
《それも、権力の使い方をわかってる者の手腕は恐ろしいものさ》
「フーン……」
《担当分のトリガーの運用の裁量は君に任せているが、細心の注意を払ってほしい。西丸区長の目に留まったら、今後の活動に支障が出る》
「もう耳にタコができました~。でも、やることは変わらないから」
呆れたような声で返し、九印は最後の一口を食べてレストランを後にした。
*
さらに翌日、鳴羽田区役所の区長室では。
「〝
「僕の読みではハズレだけど、裏社会の組織である以上はこういう手の情報はあると思ってね」
西丸の提案に、相澤は溜め息を吐く。
阿辺川天忠會は、 超常以前の暴力組織の流れを汲む指定
西丸は、トリガーをばら撒いてはいないが何らかの有力情報を握っていると踏んで、彼らとコンタクトを取ってほしいと相澤に頼んでるのだ。
「……指定
「普通の人なら法に抵触するだろうね。でも彼らは表立った犯罪は犯さず、
「成程、それでアングラヒーローの俺に白羽の矢が立ったわけですか……そりゃあ他のヒーローには頼めないな」
相澤の言葉を、西丸は苦笑いで首肯する。
「しかし、本当に有力な情報を持ってますかね?」
「彼らは東京を縄張りとしている。
「一応は筋を通して下さいよ。そうでないと、後々厄介なことになります」
「もちろん、覚悟の上だ」
「……という訳なんです」
「成程、噂のゴッドファーザーさんは若い割には随分と食えない人らしいな。ガサ入れの事前連絡も、目的はそれか」
ソファに腰掛けて相澤と対峙する阿辺川天忠會の幹部、
彼は事務所で寛いでたところ、相澤本人からガサ入れ――捜索差押の事前連絡を受けていた。捜索差押は証拠隠滅を防ぐ為、原則的に事前連絡はしないはず。ましてや相手が現代まで生き残った極道となれば尚更だ。しかし律儀にも相澤は連絡し、たった一人で事務所を訪ねてきた。
つまり警察及びヒーロー側、そして西丸は阿辺川天忠會はシロだと確信した上でガサ入れを行う事となる。そして路次也はその裏事情に気づいた上で、組員達を宥めて組長不在の組織を代表して彼らを迎え入れたのである。
「それで……お宅の言うトリガーってヤツについてか」
「何か情報は?」
「ウチは
「妙な奴?」
路次也の一言に、相澤は眉を顰める。
「ウチの若い衆が一度、そのトリガーってのを貰ってな。
「女子高校生…!? それは初耳だ…!」
「その場にいねぇ俺からは何も言えねぇが、未成年のガキがバイトでやってるんだろうよ」
「その女子高校生について、他に何か知ってることはないか?」
路次也に尋ねると、彼は「革ジャンを着てたから、どこの学生かはわからなかったとさ」と返した。
標榜だけとはいえ、極道たる者は堅気に手を出すのは避ける。かと言って表向きは堅気の人間が陰でコソコソと裏社会に介入しているのも看過できない。ヤクザとして中々動きにくいと路次也は愚痴り、相澤は捜査の協力に礼を述べた。
「貴重な情報をどうも……」
「クク……俺達を腐れ外道の
「そこから先の言葉は、西丸区長の方が似合うと思いますがね」
「ハハッ、
路次也はそう言って、相澤を出口まで送ってくれた。
すると、彼は何かを思い出したかのように尋ねた。
「なぁプロヒーローの兄さん。あの区長と仲良しなんだろ? ウチがあの公園で店出してもいいか、訊いてきてくれや」
「……あの人は絶対こう言いますよ。――「用があるなら区役所まで」って」
相澤は不敵な笑みを浮かべて事務所を去るのだった。
という訳で、ようやく原作ヴィジランテです。
実は自分、相澤先生はアンダーグラウンドヒーローなので裏社会とも縁がありそうとか思っていた時期がありまして……。本作ではその個人的妄想を設定として組み込みました。
本作における相澤先生は、西丸の頼みでスネに傷のある人々と「プロヒーローとしての監視活動」という名目で関係を持ち、裏社会から情報も仕入れてるスタンスとなってます。ただしごく一部の大物達の情報までは届いてません。
原作・アニメでは一話退場だった天忠會の皆様方も、本作では度々登場する予定です。
だって、あんなアベンジャーズがこれと言った活躍もなく終了なんてもったいないもの……。
そうそう、原作キャラも少しずつ関わらせますので、お楽しみに。
ただデク君達、まだチビなんだよなぁ……何かの形で幼いショート君は出せそうかも。