蜂須賀の件は、本作独自の展開でお縄にしようと思ってます。
西丸がトリガー撲滅に本格的に乗り出し、3日が経過した。
区の薬務課にはすでに10件以上の情報提供があり、西丸はそれらを区長室で精査していた。
「……相澤さんの言っていた女子高校生の件はヒットしてないね」
「ガセ情報、でしょうか?」
「そんな事したら、それこそガサ入れの口実になる。天忠會の情報はかなり信憑性が高いと思うよ」
秘書の立華の疑念を、西丸は一蹴した。
売人が女子高校生というのは、まさに盲点。未成年の犯罪では類を見ない事案であり、仮に捕まったとしても売人役は「バイトとして売ってくるよう頼まれた。中身が違法薬物なんて知らされなかった」と言い逃れる事ができる。
未成年の無知や好奇心を利用し、少年犯罪に対する世間一般の概念を逆手に取った、狡猾で悪質な手口だった。
「売人があまり多いと足が付きやすくなるから、売人は多くても3・4人だと考えるべきだ。とはいえ、それでも情報が少なすぎる。薬務課にはトリガー絡みなら必ず僕に渡すよう伝えてほしい。フェイクでも構わない」
「ガセ情報もですか? それはいくら何でも……」
「フェイクニュースを流すのも人間だ。わざと流して気を逸らし、犯人が真の目的に気づかれないようにする可能性もあるよ」
「情報の工作活動ですか……!?」
立華はハッとなった。
トリガーを流している連中は間違いなく組織ぐるみで、昨今問題視されるフェイクニュースを駆使して情報戦を展開し、行政や警察・ヒーローの目を欺こうとしているのではないか……西丸はそう言いたいのだ。
「考えるべきはフェイクニュースの中身じゃなく、
「……解りました、早速通達します!」
立華は区長室から飛び出していった。
部屋に一人残った西丸は、机に置かれた新聞に目を向ける。
一面には、昨夜起きた超大型
(……この事件も、トリガー絡み。街が少しずつ荒れ始めてるな)
腕を組んで考え込むと、不意にスマホの着信音が鳴った。
画面を見ると『相澤さん』の文字が表示されている。イレイザー・ヘッドこと相澤消太からだ。
「……もしもし、西丸です」
《西丸区長、俺です。実は――》
「ああ、彼の事なら知ってるよ。トリガーの情報提供者の一人なんだ」
「思いっきり不審人物でしたけど……」
翌日の午前10時30分。
ちょうど公休日であった西丸は、相澤と面会していた。
ただし、西丸一家と猫カフェ「ニャンニャンパラダイス」で。
「そんな事より、何でここを選んだんですか」
「政治的なやり取りを猫カフェでするなんて、誰も想像つかないだろう? 週刊誌の記者が付き纏っても、家族ぐるみで猫カフェに行けばこれといったスキャンダルにならない。しかも今日みたいに土日祝日が事前予約制だと先に情報が出回らなければおいそれと入店できない」
「それは…」
「あなたも幸い非番なんだ、記者に詰められても「西丸一家に誘われた」で君の猫好きが露見せずに済むじゃないですか」
その言葉に、相澤は溜息を吐いた。
この男、頭のキレ具合が厄介極まりない。
「それに……二人にとってもいい効果かなって」
西丸は目を細め、猫と触れ合う火伊那と善治郎を見る。
かつての先輩ヒーローがなぜ引退したのかを知っている相澤は、少し顔を曇らせた。
「……それで? 彼について知りたいのですか?」
「あ、ああ……」
「彼はこの案件に詳しい、貴重な外部協力者だ。売人の情報を聞き出してドラッグの流通を根元から絶とうと活動してる」
(あのおっさんが、ねぇ……)
相澤は一昨日の出来事を思い返す。
その時も非番だったが、衆人環視の中での暴力行為が行われていた為、〝善意の一市民〟としてナックルダスターと交戦したのだ。しかし自身の「抹消」の
その後にあの超大型
「……あんた、結構ギリギリのライン攻めますね。アレ、やったもん勝ちの確信犯ですよ」
「質は悪いかもね。――でも彼も僕と同じ、荒れ始めた今の鳴羽田を憂う者だ」
「!」
「前科があるからとか柄が悪いからとか、そういうのは関係ない。共に大事な街を〝悪〟から守る為に、そういう「壁」を超えて一致団結しなければいけない」
力のこもった声に、相澤は腕を組んで黙り込んだ。
西丸のこういう価値観や思想が、スネに傷のある者達からも信頼され、圧倒的な支持率に繋がっているのかもしれない。
だからこそ、現代を「ヒーローは正義、
「壁を超えて一致団結…ウチの業界じゃあ受け入れたがらない思考ですね」
「政治は正義を歪めるって訳ですか? 政治家は嫌われやすい職業だとは思ってましたが、そこまで来るとヒーローも難儀ですね」
肩身が狭そうだと苦笑する西丸に、相澤は溜め息をつく。
西丸の政策を快く思わないプロヒーローは少なからずいるが、ヒーローと違って選挙という「民意」で選ばれ区長に就任した彼は、鳴羽田区というエリアに限ってはプロヒーローどころかあのオールマイトよりも支持が厚い。
(まあ……エンデヴァーさんとかはともかく、警察と公安は
「しかし、ヒーローも数が多いと価値観や正義感の差異で揉めたりしそうですけど、そこは上手くやれてるんですか?」
「権力争いはありませんからね。政治家と同じ人気が命らしいですが」
「ハハハハ!! それは確かに!! ――だからこそ、僕はあなたを引き入れたかった」
「人気が無いから、ですか?」
どこか意地悪く相澤は尋ねると、西丸は「それは後付けですよ」と告げた。
「あなたの独立独歩のスタンスが、僕の政策とマッチした。そしてオールマイトやエンデヴァーと違い、〝個性〟を用いたヒーロー活動で無駄な破壊を伴う事が極端に少ない。……あなたはそのつもりじゃないでしょうが、僕にとっては最高の
「買い被り過ぎですよ」
「そうかな? 僕としては正当な評価だと思うけど」
西丸はコーヒーを飲み、カップを皿に戻すのだった。
*
1時間後。
相澤と別れた西丸一家は、徒歩で帰路に就いていた。
「……伸太郎、あたしに何か手伝える事あるか?」
「君はあの業界と距離を置いていいんだ。火伊那の〝個性〟が、時の有力者達にとって都合のいい能力である事に変わりない」
西丸が告げると、火伊那は目を逸らした。
公安の指示の下で社会を脅かす存在を秘密裏に抹消し続けてきた彼女は、社会に貢献してきた西丸に銃口を向けたが、自分の精神が限界を迎えて初めて仕留め損ねた。もし西丸が自分の罪を受け止めなければ、タルタロスへと放り込まれて一生を終えていたのかもしれない。
もっとも、それが彼女の人生の転換点で、今後の生きる指針となったのだが…。
「たとえ〝傷〟が癒えたとしても、また同じ事が起きるかもしれない。次の世代や後輩達に任せればいいんだ」
「……そうだな」
「――それはそうと、ベビーカー押すの代わろうか?」
「ん。お願い」
善治郎の乗るベビーカーを、今度は西丸が押す。
その直後、予想だにしない事態が。
「いやあぁ~~~~~!!」
「「!?」」
一家のすぐ隣をアイマスクと小悪魔のような露出度の高いコスチュームを着た少女が駆け抜け、それを追うように巨大なウナギのような「ナニか」が通り過ぎたのだ。
白昼堂々、奇天烈な光景に西丸夫妻は呆然となる。
「……何だアレ?」
「善治郎の教育的によろしくないヤツだろ。……どうする? 警察に通報するか?」
「そうしよう。それと少し用事ができた、善治郎を頼む」
西丸は現在進行形で逃走中を繰り広げる二人を追いかけた。
厄介事に首を突っ込むのは、どうもヒーローだけではないようだ――火伊那は走り去っていく夫を見て、そう思うのだった。
路地裏。
ウナギのような〝個性〟を持つ青年、
目的は一つ。スキンシップである。
「ポ、ポポ、ポップたん…どこ?」
慣れない路地裏で迷ってしまった鰻沢は、うねうねと身体をくねらせながら探し回る。
しかしここまで執拗に追い回されたポップも、ただ逃げ惑うばかりではない。
「ハーイ、お兄さん!」
「ポップたん!」
「お兄さん、すっごく情熱的ね。あたし感動しちゃった。だから…今日は特別に二人だけの握手会…なんてね☆」
ポップは恐る恐るといった様子で右手を差し出し、サービスした。
しかしこれは、コーイチとナックルダスターの入れ知恵で、トリガーを摂取した対象者をこれ以上の犯罪を起こさないように満足させる、即席の作戦だった。
鰻沢は嬉しそうにポップの手を握る。ウナギの〝個性〟だからか、手がヌメヌメしていて気持ち悪い感触がしたが、ポップは必死に「あたしはアイドル」と自分に言い聞かせて耐える。
そして、やはりと言うべきか、行動はエスカレートしていき…。
「じゃ…じゃあ次はハグしてもいい? ハグ!」
「きゃっ! ちょ、ストップストップ!」
「チューしよ、チュー!!」
「ギェエェエア!!」
本人はスキンシップのつもりだろうが、傍から見れば明らかな捕食行為にしか見えないそれに、ポップは涙目で絶叫。
だが、ここで思わぬ乱入者が現れた。
「ちょっと待った。この街でそれ以上の無体はダメだ」
「!」
ポップが振り向くと、パーカー姿の男が立っている。
その顔を見て、二人はハッとなった。
「に、西丸区長!!」
「…!?」
まさか〝鳴羽田のゴッドファーザー〟が登場するとは思いも寄らず、鰻沢も動きを止めた。
西丸は真剣な声色で鰻沢に語り掛ける。
「人気の無い路地裏で、握手の申し出を悪用したわいせつ行為…。街の秩序や風紀を守る者として、これを見逃す事はできない。警察への通報も済んでる。神妙にして、縛に就いてもらおう」
「う…ぁ…」
西丸の凄みに、鰻沢は冷や汗が止まらなくなり、ポップから離れる。
直後、サイレンの音が響き渡り、警官の声が表の通りから聞こえてきた。
「……今なら、まだやり直せる。包み隠さず正直に話し、しっかりと猛省するんだ。警官も彼女も狭量じゃないはずだ」
「……!」
西丸の言葉に、鰻沢は大きく反応を示し、両目に涙が溢れる。
彼はポップに謝罪すると、様子を見に来た警察に大人しく連行されていった。
ポップは呆然とした表情でその光景を見ていたが、ふと西丸の方へと振り向き、おずおずと問いかける。
「あ、あの……助かりました」
「どういたしまして。しかし…君の路上での無許可のゲリラライブもいただけないな。あれは道路交通法に抵触する」
「うっ…」
西丸はやんわりと法律違反を指摘し、ポップはギクッとなった。
しかし、彼は責めずにある提案をした。
「区役所に申請すれば、鳴羽田イーストゲートパークでの貸し切りライブも可能だ。君を応援するファンが一定数いるのもわかっている……だからこそ、大事な人に迷惑が掛からないように法に則って活動するべきだ」
「に、西丸区長……」
「この鳴羽田に新しい文化を興すのであれば、区長である限りは僕も応援しよう」
西丸は優しく微笑むと、その場を立ち去った。
その様子を、ビルの屋上から見届ける者が二人。
「何か…丸く収まっちゃいましたね」
「まあいい、あの様子では手掛かりはなさそうだしな」
うどん屋から小麦粉を拝借していたコーイチとナックルダスターは、西丸の登場によって介入するタイミングを失ったが、結果オーライであると納得して、その場を後にした。
*
次の日、登庁した西丸は区長室で密談をしていた。
「虎太郎、石井さん。これどう思う?」
「「?」」
西丸がそう言って見せたのは、封を切られた小さな茶封筒。
中に入っていたのは一枚の写真で、写っていたのは一匹のハチ。
しかし、本来の腹部がなぜか注射器のような形状をしており、とても自然界の生物とは思えないものだった。
「何ですか、それは…!?」
「ハチ…のようなナニかとしか言えませんね…」
立華と石井は、写真を見つめて困惑した表情で唸る。
謎のハチの写真の裏には、手書きで一文が記されていた。
――街の写真をSNSに載せようとしたら、こんなのを見かけました。中身に薬っぽい液体が入ってるのが見えたので、西丸区長が目の敵にしている薬物じゃないかと思って送りました。
「…これを〝個性〟で産んだ蜂と仮定する。蜂は言わずと知れた社会性昆虫で、大体の種類が1匹の女王蜂と数百〜千匹の働き蜂で成り立つ事が多い」
「……区長、もしかして」
「僕もそう思ってる……売人は蜂を使ってトリガーをばら撒いているかもしれない」
立華の言葉に頷いた西丸は、机上に紙とペンを出す。
そこに三角形を描き、横線を入れてピラミッド型の図表を書き上げていく。
「一番上が女王蜂、その下を働き蜂とするよ。蜂は女王蜂が命…女王がいなくなった場合、新しい女王蜂を育てることができなければ巣はあっという間に崩壊する。逆を言えば、女王蜂さえ叩けばこの蜂を無力化できる」
「それができれば、蜂を操る売人を捕らえる事ができ、広範囲に薬をばら撒いて大事件を起こすリスクが減る……そういう事ですね?」
立華の分析に西丸は頷くが、石井は懸念を示した。
「で、ですが…肝心の蜂の巣が見つからないと何ともなりませんよ…? 寄生しているかとは思いますが、今までそれらしき人が見つかってないんですから」
「生態が同じなら、フェロモンを使って蜂だけでも誘導する事は可能かもしれませんが…」
「その確証もない以上、一匹でもいいから生け捕りにして正体を解明しないとマズい事になる……過剰摂取で民間人の〝個性〟がいきなり暴走を始めたら、ヒーローが後手に回りやすい案件である以上被害は甚大。街が大パニックだ」
西丸は、腕を組んで思考を巡らせる。
慎重かつ大胆、それでいて迅速な対応が必要になる。
「石井さん、この蜂の画像を警察と公安に共有してもらいたい。すぐに連絡して送って。虎太郎は相澤さんに伝えて」
「わかりました!」
「了解です」
二人は西丸に促され、それぞれ行動に出る。
区長室に一人残った西丸は、提供された蜂の写真を凝視する。
「この形状がどの蜂に近いかさえわかれば…僕の知り合いに誰かいないか…………あっ!」
西丸は思い出した。
一人だけいる。元クラスメイトで、この手の類に異様に詳しい奴が――
「よし、早速交渉だ」
西丸はスマートフォンを取り出し、ある人物に連絡を取った。
*
さらに翌日。
西東京でもヒーロー事務所が多い保須市にある研究機関「国立ディスカバリーセンター」に、西丸は保須市長との意見交換を終えた帰りに立ち寄っていた。
「いやー、久しぶりだねぇ! 大泉君は法務副大臣、伸ちゃんは日本一有名な区長! しかも伸ちゃんに至っては身を固めちゃってさ!」
「帰蝶さんこそ、変わってないな」
西丸は笑顔で、瓶底メガネを掛けた女性と挨拶を交わす。
彼女の名は、
西丸や大泉のクラスメイトであり、現在はディスカバリーセンター生物研究室の室長を務めている
「それで、何か新種の蜂を見つけたんだっけ?」
「君の思ってるようなモノじゃないとだけ言っておくけどね。――虎太郎、あの写真を」
西丸はそう促すと、立華が茶封筒から例の蜂の写真を出した。
それを受け取った帰蝶は目を凝らし、じっくりと特徴を確認していく。
「ん~…?」
「僕の記者会見を観てれば大よそ察するだろうけど…僕はトリガーという違法薬物撲滅の為、色んな人達の協力を得て解決策を探してる。売人がトリガーをばら撒く方法が蜂を使ってるのかもしれないという疑惑が出たから、生物に詳しい君に助力をお願いしたい」
「ほぇ~……そゆことね」
(大丈夫なのか…?)
立華は西園寺の立ち振る舞いに不安を覚える中、彼女は納得しながら写真の蜂を再び眺める。
「足の長さ、顔の形、羽の大きさ……ミツバチやアシナガバチじゃなく、小型のスズメバチに近いか…? まず自然界で生きていけるタイプじゃないな…〝個性〟で生まれたものだと考えるのが自然だね」
「僕もそう思ってるけど……実際、どうなんだ? 平生型個性の人にも動物的特徴を持つ人も多い。そういう人達にも、野生動物に効果を発揮する物が通じたりするのか?」
「異形型…は差別的だね、ごめん。――平生型個性の人も、その生物に共通した特徴があれば通用するのは証明されてるよ。猫の〝個性〟持ってる人がマタタビに反応したって事例あったし」
「……その蜂に、フェロモンは有効だと言えるのかな?」
「効くとは思うよ、ロボットじゃあるまいし。まぁ問題なのは、どの蜂の種類のフェロモンが有効なのかってトコかな」
西園寺曰く。
蜂はフェロモンを使い分ける事で集団行動を円滑にするという特徴があり、蜂の種類ごとにフェロモンも異なるという。
写真の蜂は彼女の見立てではスズメバチに近いようだが、だからと言ってスズメバチのフェロモンが効くかどうかは別問題であり、本物を捕まえて調べないと正確な答えがわからないという。
要はサンプルが必要という訳である。
「蜂は基本的に群れて行動するけどさ…写真がこれ一枚だけってことは、巣ごと群れが移動している可能性が高いよね? 見つけるの難しいよ?」
「そこは人海戦術で何とかするよ。ありがとう、恩に着るよ」
西丸は礼を言うと、センターから出ていこうとする。
その直前に、西園寺は思い出しように呟いた。
「そうそう、その蜂ちゃんはなるべく多く捕まえてね。何匹か飼ってみたいから!」
「……ホント、君は相変わらずだな」
西園寺の変わらぬ欲の忠実さに、西丸は呆れたように溜め息を吐くのだった……。
一応サブスクでヴィジランテのアニメをチェックしてますが、蜂須賀のあの蜂はスズメバチに近いですよね……? 違ったらごめんなさい。
そして出てきた、西園寺帰蝶。
生物に関する知識が滅茶苦茶多い彼女は、生態研究だけでなく食料としてイケるヤツはいるのかも研究テーマなので、世間とズレてる疑惑があります。いい子なんですけどね。
ちなみに〝個性〟は「超音波」で、使い方はコウモリやイルカと同じとの事。