「区長、今日の講演お疲れ様です」
「ハハハ、自分の就労支援事業の成果を発表しただけだよ」
軽トラックで移動する最中、運転する秘書の立華に労われた西丸は朗らかに笑う。
様々な奇抜で画期的な政策を打ち出し、そのほとんどを成功に導いてきた。若くしてその名を日本中に轟かせた政治手腕は誰もが認めるところであり、西丸を参考にする政治家も後を絶たない。
今日は警視庁主催の再犯防止講演会に講師として招かれ、現在進行形で取り組んでいる元
「しかし…やはり倣ってやろうとする区はまだありませんね…」
「無理もないさ、この社会の狭量ぶりを考えれば。一度罪を犯したら一生を
西丸がそう呟くと、立華は無言で頷いた。
「でも、西丸区長はスゴいです」
「?」
「
「…政策が実現するかしないかで求められるのは、当人の力量もそうだろうけど、一番は自分が未来を作っているという自覚の有無さ。常により良い未来を考え、その為には何を為すのが最適解なのか――それが僕の今の原動力なんだ」
西丸のその言葉を聞き、立華は微笑んだ。
「あなたのような指導者が、もっと増えればいいんですが」
「それは僕だけじゃどうにもならないな」
缶コーヒーを飲み干した西丸はそう返す。
「それにしても、随分道が混んでますね。今日は何かイベントとかあったんですか?」
「いや……平日だからそんなはずは無いんだけど……」
立華の言う通り、車の列は一向に進まない。
何か事件でもあったのかと思っていると、軽トラのラジオから衝撃のニュースが流れて来た。
《速報です。先程、鳴羽田繁華街にて複数の
「!?」
それを聞いた西丸は、すぐさま立華に告げた。
「虎太郎、僕は先に行く!」
「わかりました、気をつけて!」
西丸は軽トラから降り、走り出す。
人混みを避けながら現場へ到着すると、複数の警察車両が待機しており、大勢の人々が警察とヒーロー達に検挙されていた。様子を見た感じ、トリガーを何らかの形で勝手に盛られたようにも見える。
「っ……まさか本当に仕掛けるとは…」
西丸が苦い顔をすると、不意に一匹のハチが通り過ぎた。
すかさず振り返ると、そのハチは腹部が注射器のようになっており、西丸は咄嗟に身体を翻して追跡しようとする。
しかし、突如目の前に大きな手が現れ、ハチは捕まった。この街で
「……!? お前は…!!」
「…奇遇ですね、こんなところで会うとは」
思わぬ再会に西丸が目を丸くしていると、ナックルダスターに声を掛けた。
「そのハチは生かしてください。こちらで回収したい」
「こいつをか?」
「えぇ。今すぐ知り合いの研究所に送りたい。あなた達とも話しておきたい事もある」
そう言われ、ナックルダスターは一度思案したのちに了承した。
「……わかった。どこに行けばいい?」
「保須市にある国立ディスカバリーセンターだ。先に僕はそこに行くから、お仲間さんを連れてきてほしい。先方には「先客の西丸伸太郎に会う」と言えば通じるだろう」
「コーイチ達もか…まぁいい、どの道お前とは近い内にこっちから出向こうと思っていた。手間が省けたというものだ」
ナックルダスターはニィッ…と
「ひとまず、ここは解散で。事情は向こうで説明します」
国立ディスカバリーセンター。
生物研究室室長である帰蝶の部屋で、西丸とコーイチ達は邂逅していた。
「ほえ~……これはけったいな。生物というより虫型の超小型ドローンみたいな雰囲気。よく生きてられるなぁ」
「帰蝶さん、先日言っていたフェロモンの件はどう思う?」
「そっちも見てみるね~」
西丸がハチの解析を帰蝶に頼む傍ら、約束通りコーイチとポップを連れてきたナックルダスターと面と向かい合った。
「改めて……お三方、どうも。現鳴羽田区長の西丸伸太郎だ。こちらは秘書の立華虎太郎」
「よろしくお願いいたします」
「「ア、ドウモ……」」
鳴羽田で生きる者ならば知らない者などいないであろう大物を前に、コーイチとポップはガチガチに緊張しながら挨拶した。
「君達の行動は度々耳にしてるから、手短に行こう。――僕は今、ある女子高校生の売人をイレイザー・ヘッドと共に追っている」
「女子高校生だと!?」
その言葉に、ナックルダスターの目が見開かれる。
西丸の肩に掴みかかろうとしたのを、立華がすかさず間に入って止めた。
「俺は区長の秘書とボディーガードを兼ねてますので…。手を出すなら容赦しません」
「虎太郎、放してやるんだ」
西丸が止めると、立華はナックルダスターから手を離す。
「ナックルダスター……僕はあなたの抱える事情に余計な詮索はしない。だがいつまでも隠し通せるものじゃない。言うなら早めの方がいい」
「……必要ない。蜂使いの事は俺が解決する」
名を口にする事さえ苦しいように、ナックルダスターは押し潰した声で返す。
反応的に事件ではなく個人的な執着が見え隠れしており、他人に言えない事情を抱えているらしい。それも相当厄介なものであると察した西丸はそれ以上は何も聞かなかった。
「……じゃあ、話を続けるよ。トリガーの件は僕も様々な角度から情報を集めてるけど、中々尻尾を出さない。そこで僕は君達と手を組んで、ドラッグの流通を根元から絶ち、あわよくばこの件の黒幕を倒したい」
「く、黒幕って……!!」
「このトリガーの一件、明らかな組織犯罪だ。大掛かりな組織犯罪の経験が浅い昨今のヒーローは手古摺ると思う。僕は勇人と権力をフル活用して、君達は日々の活動を通して情報を集め、相手を一気に征圧するんだ。この件にはイレイザー・ヘッドも関わってるから、彼にも話を通しておく」
西丸を三人を見据えて提案する。
プロヒーロー・ヴィジランテ・政治家・民間人…あらゆる分野のあらゆる角度から捜査を行う事で、鳴羽田を揺るがすこの巨大犯罪を叩き潰す――それが西丸の作戦なのだ。
ヒーローと政治家が動くのは想定内でも、水面下でのヴィジランテや民間人の協力体制までは考えていないはず。完璧な作戦とは言えないが、これ程の大規模な捜査網を敷かねば敵に決定打を与えることは難しい。
「トリガーはその名の通り、〝引き金〟なのかもしれない。この先連中がやらかそうとするデカい犯罪の。……だからこそ、その引き金を引いても弾丸が発射されないように安全装置を掛けねばならないんだ」
「お、思った以上の大ごとになってるじゃないの!!」
ポップは思わず頭を抱えた。
これはフリーアイドル活動どころではない。鳴羽田どころか国家レベルの案件なのだ、ここまで深くかかわった以上は後戻りできない。
だからこそ、西丸は本腰を入れてトリガー撲滅に乗り出ているのだ。
「そ、それで…その黒幕の目星は?」
「ちょっとコーイチ!!」
「
西丸は苦い顔を浮かべ、三人を見やった。
「……本来なら、僕が君達を犯罪に巻き込ませないようにしなければならない。区民の生活を守るのが区長の責務だからね。…でもこの案件は僕の権力とコネをフル活用しても足りないと思う程にヤバい。どうか力を貸してほしい」
深々と頭を下げる西丸に、コーイチはあわあわし始める。
「あ、ああああ頭上げてください!! 俺達こそ、西丸区長の力を貸してほしいんです!!」
「ああ。もとよりお前の人脈と権限が欲しかったんだからな」
「言い方!!!」
ナックルダスターの言葉にポップはツッコミを入れた。
しかし、もとよりトリガーの一件は自分達で解決するのは難しいと互いに考えてたところ。ここは協力する方向が最適解だ。
「――よし、そうと決まれば共闘だ。仁波大学の
「は、はい!」
西丸とコーイチは固い握手を交わした。
〝鳴羽田のヴィジランテ〟と〝鳴羽田のゴッドファーザー〟……まるで漫画のような前代未聞の共同戦線が成立した瞬間だった。
「あー、お取込み中悪いけど伸ちゃん、ちょっといい?」
「何かわかったのか?」
そこへ、帰蝶が頭を掻きながら西丸に声を掛けた。どうやらナックルダスターが捕まえたハチの解析に進展があったようだ。
「ちょっと調べたんだけど…やはりと言うべきか、このハチには消化器官が全くないの。生物というよりも物質と言った感じ」
「細菌とウイルスの違いみたいだな…」
「あ、それいい表現かも! 細菌は生物、ウイルスは化学物質って考える研究者いるしね」
帰蝶曰く。
腹部が注射器になってる件のハチに対し、自然界のハチが好む糖分を多く含む果汁を注いだ皿を置いて観察したところ、件のハチは全く寄り付かず、絶食に近い状態のはずなのに元気にケース内を飛び回っているという。餌に興味を持たないなど生物の構造としてあり得ないモノで、生きてるというよりも電源が入ってる感覚に近いという。
つまり、あのハチは生物の姿に見せた〝化学物質の粒子の集合体〟と考えるのが正しく、自然界の毒すら持ちえない「ハチ型全自動注射器」である――帰蝶はそう言いたいのだ。
「問題なのは、この注射器の容器が
「国内でテロリズムが横行しちゃうな…」
「トリガーの売人やブローカーがクスリ絡みにこだわり続けてる事が不幸中の幸いだな……そんなマネをされたら、警察やヒーローにも犠牲者が多数出るかもしれん」
冷や汗を流す西丸とナックルダスターに、コーイチとポップは話のデカさに言葉が出なかった。
そして二人は思い知った。西丸とナックルダスターが倒そうとしている相手の巨大さを。
*
数日後、鳴羽田イーストゲートパークにて。
「おや、こんなところで珍しいじゃないか」
「今日は休みだからな…」
ベンチでだらけているツギハギの青年を見かけ、西丸は表情を綻ばせた。フリーターの荼毘だ。
「最近音沙汰が無かったから心配したんだが…元気そうで何よりだよ」
西丸は荼毘の隣に腰掛け、ビジネスバッグからパイプポーチを取り出して刻みタバコを詰め、マッチで火を点けた。
パイプの紫煙を燻らせつつ、西丸は荼毘に問いかけた。
「最近どうだい?」
「あぁ……新しい職場で働いてる」
荼毘曰く。
土木作業員として生計を立てる中、リサイクルショップ「ほっぱ〜ず」の店員に声を掛けられ、成り行きでバイトとして世話になる事になったという。時給は650円と安いが、まかない付きの住み込みはかなり魅力的であった為、何かと目をかけてくれる現場監督に話を持ってったところ、意外にも快諾してくれた。
「どこぞのプロヒーローと違って、強面だが人情に篤い昔気質の棟梁でよかったよ」
「監督さんも君の事を気に掛けていたからね」
西丸はパイプを咥えながら、目を細めて尋ねた。
「リサイクルショップと言ったね……最近、変な物が流れてないかい」
「ああ、あんたも追ってるんだっけな。例の個性増強薬。……ウチもあんたの記者会見前までは海外の正規品を扱ってたが、あの会見以来はスパッと切ったそうだ」
「僕の記者会見のおかげで、どうやら流通にある程度歯止めは利いているようだね」
区長としての発言力が上手く働いてると知り、西丸は安堵した。
「とはいえ、ほっぱ〜ず御用達の運送会社は手広く扱ってたらしいからな……もしかしたら、まだそっちの方ではトリガーが流れてるかもしれねぇぜ。ヤバくなくて売れる品なら何でも揃えるからな」
「……ガサ入れってノリじゃないけど、あとで寄ってもいいかな? 調べ物をしたい」
「…まぁ、俺は別にいいが」
西丸の要求に、荼毘は少し逡巡した後で首肯した。
店の同僚達がどう思うかは知った事ではないようだ。
「……そういやあ、ガキできたんだってな。おめでと」
荼毘はタバコケースを黒コートから取り出し、咥えてから蒼炎で着火しながら訊ねた。
「ああ、順風満帆だよ。……火伊那が大変になったら、君に家政夫をやってもらおうかな。息子の善治郎もすぐ懐きそうだ」
「ガキのお守は勘弁してほしいんだが」
「もしもの話さ。でも君は保育士とか似合いそうだよ? 面倒見が良さそうだ」
「冗談止してくれ、頼むから」
荼毘は嫌そうな顔で言った。
「……ところで、休みの日はよく静岡に行くそうじゃないか」
「どこから聞いた…ってのは愚問か」
西丸の人脈の広さは荼毘も承知しているので、あえて追及しなかった。
大よその見当もつくからだ。
「……弟がいんだ」
「!? それは初耳だ」
「
荼毘の言葉に、西丸は固まった。
――焦凍? 焦凍って、あの轟焦凍?
のちに大活躍する名前と、荼毘の爆弾発言が、点と点で繋がっていく。
(え? まさか荼毘と轟君って、実の兄弟…!?)
西丸の顔から、冷や汗が大量に吹き出した。
「…おい、大丈夫かボス」
「ウン、ダイジョウブ」
――ヤバい、これは修羅場確定の全方位秘匿案件かもしれない。
この日西丸は、多忙でもないのに胃が痛くなった気がしたのだった。
皆さんも察してると思いますが、本作は某スレを元ネタとした設定もありますのでご容赦下さい。
以前のあとがきで「西丸はヒロアカの知識は途中までしか知りません」と明言しましたが、具体的にはヒーローインターンあたりです。なので荼毘とショート君の関係は今回の話で初めて知った事になります。
彼も胃痛案件には頭を抱えるんです。