東京都段東区、阿辺川天忠會本部事務所。
西丸の秘書・立華は天忠會の幹部達と対談していた。
「〝公安監視団体〟?」
「ええ。西丸区長が同期である大泉法務副大臣と提携して進めています」
組長の〝
西丸はかつて警察庁長官や現ヒーロー公安委員会会長に提言したように、大泉も極道より危険な
法の整備を進める国と数年も対立した過激派組織「異能解放軍」も完全に壊滅状態なのかは疑わしいし、異形排斥主義集団も分派しているので全ての実態を把握しきれてない。海外にもマフィアやギャング勢力は未だ蔓延っており、組織化された
彼らに対する抑止力となる法律を制定したいが、どうすればいいのか。悩みに悩んだ大泉は、元
親友の相談に対して西丸は、いわゆるアウトロー達によって形成されている組織を〝公安監視団体〟とし、その中でも特に破壊活動などの社会秩序を脅かす凶悪な個性犯罪を助長するおそれが大きい組織を〝指定
「阿辺川天忠會は現状、凶悪な個性犯罪を起こしておらず、市民への攻撃性も見受けられない。これは俺個人の判断ではなく、ヒーローや公安も同様の判断を下してます」
「そこへ来ての例の案件……何か裏があるな」
「お二方の狙いは政治的影響力を及ぼす
そう、それこそが二人の政治家の思惑。
治安撹乱の防止策というのはあくまでも一部分。真の狙いは、水面下で勢力を拡大させている「社会の敵」を表に引きずり出して活動を制限したり壊滅に追い込む為である。
「……それを俺達なんかに話していいのかい?」
「皆さんに話すよう命じたのは西丸区長です。法改正が成功すれば、
「成程ね…しかし立華さんよぉ、そうなると俺らをどうするつもりだ?」
「法律が変われば、皆さんに対する規制は緩和するかと。もっとも、この時代の極道が生きる道を模索する程度ならばの話ですが」
立華は微笑みながら、遠回しに裏社会の支配者になろうとか国家転覆を企てるようなマネをするなと釘を刺す。
おっかねぇ秘書さんだと、幹部達が苦笑いを浮かべた時だった。
――ガシャァアアン!
突如、窓ガラスを割って襲撃者が飛び込んできた。
「わりゃあどこの組のモンじゃあーーー!!」
サングラスを握り割る〝
しかし、この場で唯一襲撃者の正体を知る立華は驚きを隠せないでいた。
「……スタンダール!?」
「! あなたは……なぜここに?」
思わぬ人物との再会に、襲撃者――スタンダールもたじろいだ。
その一瞬の隙を見逃さなかった天忠會の幹部達は、一斉に〝個性〟を発動して賊を返り討ちにしようとするが、スタンダールは咄嗟に左腕に貼った四つの絆創膏についた血を舐め取った。
ビシィ
刹那、百戦錬磨のヤクザ達に不可解な硬直が襲った。
それと同時にスタンダールは背中に背負った日本刀に手を伸ばし、抜刀して斬りかかった。
プニッ
「!?」
スタンダールは仮面の下で目を見開いた。
独学で鍛えた剣技が、肉球で受け止められたのだ。
「……立華虎太郎…!」
「全く、どいつもこいつも血の気が多い……」
呆れたような声色で睨む立華。
スタンダールは一旦距離を取ると、困惑したように声を掛けた。
「なぜ庇う? その者達に救う価値はない」
「万人の救済も政治の本質だ。それに正義と悪でわかりやすく分けられる程、社会は単純じゃない。――西丸区長はそう言ってましたので」
「たとえ善性より発するものであっても、悪に与するのは悪ではないのか」
「一問一答で世の中は成り立たない」
言葉を交わしつつ、構える両者。
一触即発の空気に、ヤクザ達も息を呑む。
「……仕方がない。あなたと戦うのは本意ではない」
「!」
「撤退だ」
スタンダールは割った窓ガラスから飛び降り、そのまま忽然と姿を消した。
立華はそれを見届けると、スーツを整えてビジネスバッグを持ってドアへと向かう。
「とんだ邪魔が入りました……ですが用件は済んだのでこれにて失礼します」
「お、おお……」
立華が立ち去った後、幹部の一人である路次也がポツリと呟いた。
「……あいつ、手袋の下あんな感じだったんだな…」
「そうか、そういう事が……」
「正道を貫くという建前での辻斬り……もし救助に来た一般人も狙われたりすれば……」
「――残念だ。今の彼は最低限の節度は弁えてるだろうと、僕は思っていたんだけどね……」
立華の報告に、西丸は溜息を吐いた。
信念の強い人間は揺らぐ事がないからこそ、それが道に外れたものだとしても自分の行いを貫き通してしまう。そしてそれを他者に指摘されても、自分の信じる正しさを曲げようとしないのだ。
「彼が絆創膏を舐めた途端、攻撃準備に入っていたヤクザ達が硬直しました。…一体何の〝個性〟でしょうか?」
「恐らく、絆創膏についた血じゃないかな? 血を舐める事で、その血の持ち主の自由を奪う……虎太郎の見た通りの状況を考えると〝凝血〟というべきかな」
「成程…だからナイフや日本刀の武装なのか…」
(まぁ、
立華は感心した様子だが、まさか西丸が前世の知識を言っただけとは夢にも思わないだろう。
だが、それでも西丸はショックと言えばショックだった。スタンダールがステインになる運命が変わらないという事は、彼が「現代を壊そうとする者達の〝象徴〟」となる未来は避けられないという事なのだから。
「……彼はもう止まらない。実質袂を分かつ結果だ」
「…区長」
「暴力による改革と、それを標榜とした反社会活動は看過できない。次に会う時は…スタンダールは僕の敵だ」
断言する西丸に、立華は静かに頷いて同意を示した。
*
翌日、鳴羽田災害医療センター。
西丸はある人物の見舞いに訪れていた。
「いやぁ、申し訳ありません……わざわざ見舞いに来てくださって」
「あなたには随分と世話になりましたから、これくらいはしないと」
メロンを持参した西丸に、困ったように笑うのは石井副区長。
彼は数日前、不運な事に駅で階段を踏み外して転落し、左足を亀裂骨折してしまったのだ。副区長は区長の補佐及び職務代行がメインなので、そんな重要な人材が現場不在となるのは少々痛手であるが、仕方ない。
「私もなるべく早く復帰したいですよ……」
「焦らなくて結構です。その間は僕がしっかりとやっておきますから。では、お大事に」
療養中の石井にそう言い残し、西丸は病室を後にする。
用件は済ませた上、この後は大泉と面談する予定がある為、そのまま駐車場に止めてある軽トラックまで向かおうとした時であった。
「…週末に検査の結果見て退院だってよ」
「おー、意外と
タバコの匂いと共に、若者達の談笑が耳に入る。
声と匂いがする方向に視線を向けると、トカゲ姿をした青年と皮膚が赤茶色の頭頂部から蝋燭のように炎が揺らいでいる青年、そしていかにも不良そうな袖の無いジャケットを着た青年が喫煙していた。
(あの三人、確か…)
見覚えがあった西丸は、三人に向かっていって会話を試みた。
「病院内は原則禁煙だよ。パイプタバコを愛飲する僕でも弁えている」
「ああ?」
いきなり現れた西丸に、ジャケットの青年――ソーガこと
しかし、残り二人は西丸の顔を見て狼狽した。
「に…西丸区長!!」
「何でここにいんだよ!?」
「西丸だと…!?」
二人の言葉に、ソーガは汗を一筋流した。
〝鳴羽田のゴッドファーザー〟と称される程の大物が目の前にいれば、多少は身構えてしまうのは当然と言えよう。
「いやいや、副区長が亀裂骨折で入院してね。その見舞いがちょうど終わったところなんだよ」
「何だ、俺と同じかよ」
「そういう事だよ、
さりげなく名前を告げた西丸に、三人で一番恰幅の良い青年――灯市はドキッとなった。
初対面なのに名前を知られてるとは、夢にも思わないだろう。
「な、何で俺の名を…」
「知り合いのボランティアから聞いてるからね。それに僕は昔から物覚えがいい方なんだ」
不敵に笑う西丸に、灯市は納得したように頷いた。
「じゃ、じゃあラプトの事も?」
「勿論。
「あの野郎……」
ソーガは自分達の素性を話したと思われる人間に心当たりがあるのか、額に青筋を浮かべた。
「……で、何の用だよ」
「君達、トリガーを使ったんだろう? その様子を説明してほしい。使用者の意見は貴重だからね。撲滅の為には使用の弊害も知らせないといけない」
西丸の提案に、三人は各々顔を見合わせる。
しばらく考えた後、先に口を開いたのはラプトだった。
「あー……即死しなかったのはオカゲかもしれないけど、死にかけたのもアレのせいってトコだなぁ。ま…空飛べたのはちょっとよかったけどな」
「俺もよく考えたら、火力上がっても別にメリットなかったわ」
ラプトに続いて愚痴る灯市に、西丸は目を細めた。
(強化はできても、活かし方は使用者次第か……やはりデメリットの方が大きいな)
トリガー使用の欠点を把握できた西丸は、自然と笑みが零れてしまう。
そんな中、ソーガはラプトに声を掛けた。
「……ラプト、お前…また飛びてぇと思うか?」
「あー? まさか。飛んで、落ちて、んで入院。懲りなきゃバカだろ」
「だよなー」
トリガー使用は懲り懲りだと笑うラプトと灯市に、ソーガも思うところがあったのか、ふと目を伏せる。
そのやり取りを見た西丸は、腕時計を見て引き際だと判断し、最後にこう告げた。
「じゃあ最後に一つ。ここ最近、正義のヒーロー気取りの辻斬りがいる。今のところは夜間だけらしいから、捕まるまで夜遊びは控えるんだ」
「そ、そんなイカレ野郎がいんのかよ!?」
「ああ。もしバイトとかで夜に外出する時は、なるべく複数で人気の多い場所を歩くんだ。路地裏は絶対行かないように」
スタンダールの一件を警告し、三人に背を向けて立ち去る西丸。
ラプトはその後ろ姿を見送りつつ、煙草をふかした。
「……何か、苦労マンに似てね?」
「あー、何か雰囲気がな」
「でもあっちの方が大物だな」
*
その日の午後、法務省法務副大臣室。
西丸は大泉とコーヒーを飲みながら法案について話し合っていた。
「よし、中身は煮詰まってきたぞ。マル、悪いな」
「同期の頼みだ、無下にはしないさ」
法案の概要書が書かれた書類を読みながら、西丸は微笑む。
「この世には、表の法が作り出す社会の座組からこぼれ落ちてしまう落伍者が必ずいる。そういう人達をすくい取ってやる受け皿となる組織は必要だ」
「何事も程々にってヤツだな」
――政治家である以上、表立って肯定はしねぇけど。
そう続けた大泉に、西丸は補足する。
「事実、法律は完璧じゃない。法律を作った人間が完璧じゃないから、完璧であるはずがない」
「それ法務省で言う?」
「社会が平和に回っていくよう、強く願った人達の努力の結晶が法律なのは紛れもない真実さ。だからと言って、その為にはみ出し者を排斥してその後は知らんぷりなんて無責任すぎる。……そうじゃないか?」
「……まぁ、そういう手前勝手で
大泉はコーヒーカップを机に置き、決意を固めた表情で見据えた。
「近い内、この法案は提出する。総理達がどう思うかは知らねぇけど、どうにか通す」
「僕はこの法案が通って成立さえすればいいから、そういうのは任せたよ」
「任せとけ。――だが帰る前に、お前に話しとかなきゃならない事が二つある」
急に真面目な顔をして言った大泉に、西丸は目を細めた。
「……実は、アメリカのメジャー級ヒーロー〝キャプテン・セレブリティ〟が近い内に来日するって、外務省づてに情報が来てな。これが一つ目だ」
「アメリカから…?」
眉間にしわを寄せる西丸に、大泉は語り出す。
〝キャプテン・セレブリティ〟ことクリストファー・スカイラインは、アメリカのヒーローランキングで、10年連続10位以内に入る程の確かな実績を持つトップランクヒーローだ。
しかし彼は劇場型スタイルで、自らの活動を派手に演出する為にたとえ
この事から、日本政府の関係者のほとんどはアメリカ本国で活動困難となり日本へ出稼ぎに来たんだろうと推測しているという。
そしてアメリカのヒーローの話を、なぜ西丸に伝えたのかと言うと……。
「大使館から寄せられた情報で、お前の街が治安悪そうだからそこで活動するって」
「国に帰れって伝えてくれる?」
「俺、法務省の人間だっての…あと確定事項だからこれ…」
一気に不機嫌になる同期に、大泉は遠い目をした。
迅速な対応と最小限のリスクを求める西丸にとって、合理主義のイレイザー・ヘッドと正反対のスタンスのヒーローなど、正直言って邪魔者以外の何者でもない。
政治家とヒーローの対立はマスコミとしては恰好のネタなのかもしれないが、西丸は事と次第では本気で追放するつもりなので、状況としては全く笑えない。
(しかも女性関係にだらしがないって、こいつの前じゃ死んでも言えねぇ…)
――これで火伊那さんにちょっかい出したら、俺もう
考えれば考える程、キャプテン・セレブリティが厄ネタすぎると痛感する大泉。
しかし、二つ目の方が厄ネタとして危険度が高いので、それに比べればマシかもしれない。
「それで、二つ目は?」
「二つ目は、カルト教団「ヒューマライズ」についてだ」
「? 聞いた事のない名前だね」
「お前でも知らないんだな。界隈じゃあ結構有名だぞ」
今のところ日本に支部は置いてねぇらしいけどな、と大泉は付け加える。
「マル、「個性終末論」を知ってるか? 世代を経るごとに混ざり合う〝個性〟が人類を終焉に導くとする思想だ」
「日本では「個性特異点」と呼ばれる概念だろう? 流石に僕でも知ってる」
「ああ…ヒューマライズってのは、その思想を掲げて全世界に支部を展開をしている。相当過激らしいのか、海外では〝特定
「その話をわざわざ持ってきたという事は、政府は僕がその思想に取り込まれやすいとでも思ったのかな? ――それは心外だよ」
西丸は呆れ返った表情で、カップに注がれたコーヒーを口にする。
「あの思想は共感する部分こそあるが、何も悲観する事はない。個性因子の研究が進んでる昨今、必ず新たな調和を保つはずさ」
「……それを嫌がる連中をどうにかしなきゃなんねぇけどな」
「そこはホラ……僕達の出番だろう?」
不敵な笑みを浮かべる西丸に、大泉もニヤリと笑ったのだった。
今回は立華の戦闘描写を詳しくやりました。
まぁ、薄々わかってたでしょうが、どこかのバーソロミューみたいな感じの〝個性〟です。ただ、あくまでも弱個性なので、衝撃波を飛ばすなんてマネはできませんが。ちなみに触り心地は気持ちいいとの事。
西丸は個性特異点及び個性終末論については「あり得る話だけど正しい対策は打てるよね」という認識で、思想も価値観もヒューマライズとは決して相容れません。
そしてスタンダールは、残念ながら原作と同じ道に……これも修正力の力なのか……。
ただ西丸との出会いは無駄ではなく、息の根は止めず「社会的にヒーローを殺す」程度にとどめてくれるかもしれません。