また、〈〉内は外国語で会話してる内容となってます。
鳴羽田区役所、応接室。
多くの報道陣が集う中、西丸は待っていた。
「……区長、予定時間を過ぎてますが」
「気長に待とう。向こうのペースもある」
西丸は立華にそう語る。
というのも、今日はアメリカから来たあのお騒がせ……ではなくメジャー級ヒーロー〝キャプテン・セレブリティ〟が来日し、本格的な活動の前に西丸に挨拶をするという政治的にも重要なイベントだからだ。
活動拠点となる街の首長に顔を売り、少しでも印象を良くしようという魂胆だろう。
「どうします? このままドタキャンされたら」
「それをする事のリスクくらい、彼も承知だと信じたいね」
その時だった。
ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「HAHAHA! 初めましてだね、ミスター・ニシマル」
「ああ、来てくれましたか!」
応接室に入ってきたヒーローコスチュームのケツ顎…キャプテン・セレブリティの姿を見て、西丸は小走りで駆け寄って握手を交わした。
しかし立華としては、遅れてきた事に対して一言も詫びもしない彼への印象はよくない。
〈ようこそ鳴羽田へ。僕が現区長の西丸伸太郎です〉
〈おお、キミ英語を話せるのかい!? ボクは〝キャプテン・セレブリティ〟ことクリストファー・スカイラインだ〉
英語で挨拶してくるとは思わなかったのか、キャプテン・セレブリティは驚きを隠せない。
〈どうぞ、お掛けになって〉
〈気が利くね、ジャパニーズは〉
イスに腰掛け、出されたコーヒーを飲むセレブリティ。
その後ろではマスコミ達がカメラを回したり写真を撮ったりして、大忙しだ。
〈どうします? このまま英語でも僕は構いませんが〉
〈日本のマスコミにも気を配りたい。ボクもここで活動できるよう、日本語を学んでるから問題ないよ〉
母国語ではなく日本語での対談で構わないと言うセレブリティに、西丸は遠慮なく日本語で対談を始める。
「まず日本に来てくれてありがとうございます。あなたのような世界的なヒーローが来て下さってとても光栄です」
「HAHAHA! YOUはお世辞が上手だね」
「政治家やってますからね。お世辞が下手だと落選確定ですよ」
西丸の言葉に、報道陣の笑い声がこぼれる。
「さて、日本での活動ですが…なぜ鳴羽田をお選びに?」
「この街は東京でも一際治安が悪いと聞いてね。そんな危険なところこそ、プロのボクの出番じゃないか?」
「お力添えの提言には感謝いたします。まぁ僕が区長になってから2.5パーセントだった犯罪発生率は一期目で1.6パーセントに、二期目で1.01パーセントにまで減っていますので」
遠回しに「別にお前が来なくても行政でちゃんと治安維持できるんだよ」と笑顔で言う西丸に、セレブリティは「Oh…」と顔を引き攣らせ、マスコミの面々も苦笑いだ。
「と、とにかく! 困った事があったら何でも言ってくれ。いつでも駆けつけるからさ」
「そうですか! いやぁ、よかった。
――余計なマネしたら庇わないし、嫁に手を出したらマジで国外追放するからな。
そんな副音声が聞こえ、セレブリティは石のように固まった。
後日、このメジャー級ヒーローとの対談はSNSで話題となり、「区長本音出しすぎ」とハッシュタグ付きで拡散。多くのユーザーから「これ事故だろww」「本音隠してくださいww」と怒涛の投稿が並ぶ事となった。
*
仁波大学。
西丸を輩出した学び舎では、コーイチが先輩にあたる女子大生・
「西丸区長へのインタビュー?」
「そ! ヒーロー社会学において、西丸区長の政策はとても興味深いの。卒論にもいい題材だし、君にとっても損はないと思うけど?」
真の提案に、コーイチは複雑な表情を浮かべる。
というのも、西丸は自分が昼は大学生活・夜は
それだけは避けたいが、こういうのを断れる性分ではない為――
「わかりました、一緒にやります」
「ヨシッ!」
断る理由もなく、真の申し出を受け入れるしかなかった。
「……とはいえ、どうやってインタビューを? っていうか、具体的には何を?」
「そこはこれから考えましょ! でも予備知識がないと、西丸区長から色々引き出せないのも事実。そこで――」
真はヘアゴムで髪をまとめると、自身のパソコンのフォルダから文書作成ソフトのデータを開いた。
それは、彼女が研究テーマの一環としてまとめた西丸に関する資料だ。
「西丸区長の大まかな経歴を把握しましょう」
「…よ、よろしくお願いします」
真は画面をスクロールしながら、説明を始める。
「元々西丸区長は、政治家じゃなくて動画配信者。政治や社会に詳しいストリーマーだったの。特に人気コーナーの「ヒーロー談義」では、個性社会のアレコレに斬り込み、見識が高い内容で多くの若者の支持を得た」
「確かに…俺が中高生の頃、テレビの情報番組よりずっと面白いって周りの同級生が語ってましたよ」
「そんな中で、政権与党の民自党の代議士に声を掛けられたの。そして現職との一騎打ちをあっさり破り、憲政史上最年少にして史上初の無個性区長が誕生したわけ!」
熱く語る真だが、コーイチはふと気づいた。
「アレ? でも何で区長に? 国会議員じゃないんですか?」
「それは当時の街の治安と政治事情が関係しているわ」
真は言葉を続ける。
西丸が区長になる以前の鳴羽田は、その治安の悪さから区議会は区政に不安を抱え、さらに個性社会はヒーローが輝いている為に政治への関心が薄く、政治家になりたい若者が少なかった。
そこで西丸に目を付け、彼にダメ元で区長選への立候補を代議士が申し出たところ、快諾してくれたという。
「西丸区長の政策はどれも画期的なもの。特に〝個性〟を持つ者と持たない者のスタートラインを平等にしたのは、大きな功績と言えるわ」
「スタートラインを平等にした?」
「そう。たとえば個性推薦枠。個性社会の成立によって全国の学校に普及したこの制度を、西丸区長は逸早く廃止した。〝個性〟ではなく「社会に出た際に各分野で役立つ知識の習得」を優先する教育方針に転換したの。当然批判が相次いだけど、〝個性〟を持つ人でも優劣に関するコンプレックスを抱えている事もあって、結果的にはこの方針転換以降の子供達の学力は向上しているわ」
「〝個性〟を鍛えても、結局は学力と知識量で進路決まりますもんね…」
世間的には〝没個性〟の部類であるコーイチは、しんみりと呟いた。
「でも西丸区長の最大の功績は、何と言っても治安改善よ。元
「パークマネジメント?」
「公園を災害時の防災拠点やコミュニティ形成などに効率よく活用する、海外で発展してきた地域マネジメントの一環の事よ」
西丸は旧市街地の一部を区民の憩いの場である公園に変え、鳴羽田の魅力を向上させると同時に犯罪の温床を根元から絶つ事を狙い、その大規模な工事で生まれる雇用で前科者を大きな労働力としたのだ。
そして事業が成功すると、公園で民間事業者による出店が続々と始まり、そこで生まれた雇用で元
「この事業の成功が、西丸区長の支持を盤石なものにし、第二期目を務める事にも繋がったと私は思うわ。以前、ヒーローと
「あ、はい…」
「西丸区長は一般市民に加え、区内の元
「だからゴッドファーザーなんて呼ばれるんだ……」
西丸の異名の意味を何となく察するコーイチ。
しかし、真は全く別の意味として捉えているという。
「ゴッドファーザーという言葉は、マフィアのボスという意味もあるけど、元々はキリスト教の言葉よ」
「え? そうなんですか?」
「ええ。伝統的教派において、洗礼式に立ち会い、神に対する契約の証人となる役割の者――代父母の事で、男性の場合はゴッドファーザーと呼ぶの。日本語では〝代父〟と言うのよ」
つまり真は、西丸は真っ当に生きたいと願う前科者を周囲の反感を恐れず怯まず支援した為、彼らにとって父親のような存在になったという解釈をしており、人権問題という観点でも大きな功績だと言いたいのだ。
「だからなのか、ヒーロー業界では彼を嫌う人間が少なくないようだけど…」
「自分達の尻拭いを完璧にこなしてる上、人気も信頼も厚ければそうなりますよね…」
二人は顔を見合わせ、苦笑いする。
事実、西丸は鳴羽田区限定とはいえオールマイトよりも人気と信頼がある。それはすなわち、区内ではどのヒーローよりも社会的支持が厚い事を意味し、それを疎ましく思うヒーローからは嫌われているのだ。
「ここまで色々西丸区長について調べたわ。さぁ、次はインタビュー内容よ!」
コーイチに活を入れつつ、真は意気揚々とノートを広げ、質問案を考え始めるのだった。
そして、2日後。
真とコーイチは、居酒屋「
「西丸区長、今日はありがとうございます」
「いやいや、ちょうどこちらでも区の公式チャンネルの更新をしようと思ってたからね。願ったり叶ったりだよ」
西丸は朗らかに笑いながら、二人と座敷テーブルを挟んで向かい合うように座る。
「まずは一杯飲もうか。無礼講とはいかないけど、せっかくだから楽しくやろう。僕のポケットマネーでやるから、肩の力抜いてさ」
「え!? いいんですか?」
「税金使って大学の後輩と飲み会してましたなんてなったら、ボコボコに叩かれちゃうからね」
「アハハハ! それはそうですね!」
西丸のユーモアあふれる言動に、真は笑いを堪えない。
ひとまずビールとおつまみを頼み、届くと西丸は食事をしながら真とコーイチのインタビューに応じる。
「えっと…確か僕の政策についてだったよね?」
「ええ。ヒーロー社会学の視点から、西丸区政について興味を持ったので」
「ヒーロー社会学か! 懐かしいな、大学時代に必修科目だったからね」
西丸は刺身を食べながら懐かしそうに呟く。
そんな和気藹々とした中、真は詰め始めた。
「西丸区長の政策は、個性社会に対して良い意味で挑戦的だなと思ってますが、何か意識したりとかは?」
「意識したりとかはしてないかな……でも、前々から思ってる事についての答えにはなってるんじゃないかな」
「というと?」
西丸はビールを一口呷ると、ジョッキを置いて語った。
「社会というか、世界って想像以上にグレーなんだ。これは良い意味とか悪い意味とかじゃなくて、
西丸はビールを一口飲み、言葉を紡ぐ。
「
「「……!」」
「人は誰しも生まれながらに完全な善か悪で二分されない。たまたま心が悪の方に行ってしまっただけで、きっかけひとつで元に戻る事もできる。そんな人に社会が差別的だったら彼ら彼女らも立ち直れないし、変われない。だったら僕が信じよう、だから僕がいる。……それが政治家の責任ってヤツだと思うよ」
西丸の言葉は、重くて柔らかい。
優しさに満ちているけど、逃げていない。現実を見て、向き合って、それでも前に進んでいる人の言葉だった。
「僕は区長として、彼らの居場所を作る為に努力を続けようと思ってる。彼らがもう一度社会の中で、自分の力で歩けるようにする為にね」
真は小さく息を吐きながら、ペンを握り直した。
「……すごい話を、聞かせてもらいました。ありがとうございます」
「でも、西丸区長も色々大変じゃないですか? 日本中のヒーローに喧嘩売ってるような事やってますし…」
コーイチがそう尋ねると、西丸は少しだけ苦い笑みを浮かべた。
「そうだね…僕が正しいと思っている事が、必ずしも万人にとって最良とは限らない。実際に例があってね」
「西丸区長が鳴羽田区内で活動するヒーローに「年100時間のボランティア活動参加」と「活動報告及び収支報告書の一般公開」を義務付けようとした件ですね?」
「流石によく調べてるね」
真の事前学習の周到さに、西丸は舌を巻く。
かつてヒーローの質の向上を図っていた西丸は、現行法上は完全任意であるプロヒーローのボランティア活動を義務化しようと提案。プロヒーローが公務員だと法律で決められてる以上、職務内容に関するものであれば個人情報であっても原則開示は当然であり、ヒーロー活動の基本であるボランティア活動を怠ってはならないという考えからきていた。
しかしこれにプロヒーロー達が強く反発し、ヒーロー業界の恩恵を受けている大半の区議も難色を示した為、やむを得ず撤回したのである。
「……結果として、ヒーロー達の仕事まで制限するのはやり過ぎじゃないかって意見が多く出て、法案は撤回したよ。ボランティアは個人の意思で行うもので、強制されるべきものじゃないとね」
「……」
「ズレは必ず生じるさ。……守るという行為に対価を求める時点で、もうヒーローは終わってると思うけどね」
かなり際どい発言をする西丸に、真とコーイチは引き攣った笑みを浮かべる。
「えっと…これ、編集でカットした方が…」
「ノーカットね。公務員である以上、公益の為に務めるのが筋だから。嫌ならヒーロー辞めて就活だよホント」
区の公式チャンネルの担当は、西丸が全編フルで流すつもりなのを察してしまった。
「でも…やっぱり西丸区長のやり方は、賛否両論ありますよね…」
「だろうね。正義と悪みたいに、僕の意見が全て正解ってわけじゃないから」
西丸はゆっくりと頷きながら、天井を仰ぎ見ながら呟いた。
「政治は試行錯誤だよ。鳴羽田区の為に何ができるのか。未来の為に何が必要なのか。……それを常に考えながらね」
コーイチと真は、そんな彼の言葉に何か特別な決意を感じ取ったのだった。
その後、1時間以上にわたるインタビューは鳴羽田区公式チャンネルで「オフ会区長」のタイトルで全編フル動画で投稿。再生数はぐんぐん伸び、同時に仁波大学の知名度を上げる事となったのは言うまでもない。
次回はとうとう「なるフェス」!
蜂須賀と西丸の決戦が勃発します。