しかし、その裏では……?
「ゲームセットだ。さぁ、一緒に警察へ行こう。まだ君は間に合う」
手を差し伸べる西丸を、蜂須賀は嘲笑した。
「ハッ!! それで追い詰めたつもりかよ? まだ終わってないよ!!」
蜂須賀が叫んだその時、ピリリリ…と着信音が鳴り響いた。
相澤のスマホからだ。
「はい」
《相澤君!! ごめん、すぐ近くに
「何で俺が」
《あなたが一番近い所にいるのよ!!》
電話相手にそう言われ、相澤は溜め息交じりに了承した。
「……西丸区長」
「構わない。こちらで彼女は対応しよう」
「では、俺は一旦」
相澤が西丸に一礼し、すぐさま現場へ急行した。
蜂須賀は相澤が離れたのを確認すると……。
「残念でした♪」
『!?』
懐に手を伸ばし、拳銃を取り出した。
〝蜂使い〟だからと武器を所持してないつもりで追い詰めた為、警官達は慌てた。この状況で狙われるのは、間違いなく西丸だからだ。
「甘いんだよ!! あたしが何にも用意せずにこんなところへ来る訳ないだろ!?」
「っ!」
「あんたこそ地獄へ行け!!」
銃口を西丸に向ける蜂須賀が、引き金に指を掛けた、次の瞬間!
ドォン! バキャン!!
「あっ、があああっ…!!」
どこからか銃声が鳴り響き、蜂須賀の拳銃が粉々に砕けた。
その衝撃が伝わり、激痛が走った右腕を抱えながら苦悶に呻く蜂須賀は混乱した。
「だ、誰だ…!?」
「今だ、確保ーー!!」
うずくまった瞬間を狙い、警官達が蜂須賀を取り押さえ、手錠を掛けた。
完全に形勢逆転された事で、蜂須賀はもはや打つ手無しとなった。
「チッ……クソが……!!」
忌々し気に西丸を睨む蜂須賀。
わざわざ〝試験体〟まで持ち出して区のイベントを台無しにし、西丸を引責辞任させようとしたのに、その標的の手によって計画をぶっ潰されてしまった。
「…君の身に何が起こったかは知る由も無いが、僕も鬼じゃない。法の下の平等だ、しっかりと罪を償って戻ってくるといい」
「余計なお世話だよ……クソ野郎っ……」
蜂須賀は最後に恨み言を吐き捨ててパトカーに乗せられ、連行されていった。
その光景を、ナックルダスターは悔しさを滲ませて拳を強く握り、隣で立ち尽くしていた。
無理もない、なぜなら彼女は――
「
「気の毒な事をしたと思ってます。しかし彼女は
「ああ……わかっている」
目を閉じて溜め息をつくナックルダスターに、西丸は複雑な表情を浮かべる。
蜂須賀の本当の姿は、ナックルダスターこと
「……西丸」
「仕事柄、嫌われる立場であるのはわかってますよ。でもどんな理由があったとしても、僕にとっては事件を起こした犯人であって、それ以上でも以下でもありません」
「…いや、お前には迷惑をかけた。本来なら俺自らの手で終わらせなければならなかったというのに」
ナックルダスターは思い返す。
一方的な亭主関白を繰り返していた自分は悪い父・悪い夫だった。
その結果、娘は自分を拒絶の目で睨みながら家を出て行き、次に見つけた時には蜂須賀九印という
更に追い討ちとして、自身の個性も何者かに盗まれてしまい、全てを失ったナックルダスターは無名の私刑人として贖罪の道を走り回っていた。
そんな中で出会ったコーイチと西丸には、感謝しかないという。
「あんな〝個性〟も持ってなかった……それも俺の責任だ」
「?」
ナックルダスターの意味深な言葉に、訝しむ西丸。
そんな二人に、この作戦に関与した田沼警部がタバコを吹かして挨拶に来た。
「いやぁ、どうも。おかげさまで無事解決しましたな」
「僕一人じゃないですよ。皆さんのおかげで、イベントも無事終わりそう…ん!?」
突然の事だった。何と停電が起こったのである。
これには田沼も困惑し、ナックルダスターも「マズいな…」と苦虫を噛み潰したようだ。
このタイミングで停電とは、相澤が対処に行った
「西丸、イベントは大丈夫なのか?」
「こんな事もあろうかと発注しておきました。直に動きますよ」
西丸の不敵な笑みに、ナックルダスターは「抜け目のない奴だ」と笑う。
彼が先日言っていた「例の品」とは、予期せぬ事故・災害が発生し、建物への電力供給が停止した際に電力を供給する非常用発電機であったのだ。
西丸の言葉通り、ほどなくしてイベント会場の照明がつき、ステージも元の明るさに戻りつつあった。
「……この停電の被害状況を調べないと…全く、余計なマネを」
「それにしても…あのお嬢さんの拳銃、誰が撃ったんですか?」
田沼警部が西丸を質すと、彼は微笑みながら告げた。
「流石は僕の家内と言ったところですよ。引退しても健在だ」
「っ! まさか……!」
不敵に笑う西丸の言葉に、田沼警部は目を見開いた。
そう、西丸の妻――レディ・ナガンこと西丸火伊那が狙撃して夫の窮地を救ったのだ。
「そこにマンションが見えるでしょう? あそこですよ」
「バ、バカな…!! 3キロ近くは離れて…」
ナックルダスターは唖然とした。
実を言うと、彼は「超速ヒーロー〝オクロック〟」として活動していた元プロヒーローだったという過去の持ち主――コーイチとポップは当然知らない――で、公安所属のヒーローも当然知っている。その中でもレディ・ナガンはヒーロー界隈でもトップクラスの実力で知られており、彼女が弾を外したことは一度もないと言われた程だ。
随分と前に公安とイザコザがあってヒーロー職を辞めたと聞いてるが、それでも元公安の実力に舌を巻いた。
「では、ここで撤収としましょう。皆さん、ご協力ありがとうございました」
こうして、西丸と〝蜂使い〟の攻防は一旦の幕を閉じたのだった。
後日、停電の対応を終えた西丸は、区長室で新聞を読んでいた。
その一面には「首謀者は未成年
(……これは法務省案件かな。勇人が手を打ってくれればいいけど)
西丸は親友が行動を起こすのを信じつつ、ある人物に電話を掛けた。
今回の事件解決の立役者である、西園寺帰蝶にだ。
「もしもし、帰蝶さん?」
《あ! 伸ちゃん! こないだはお疲れ様~》
「こちらこそありがとう。停電の方は予想外だったけど、無事イベントは終わったよ」
西丸は口頭で感謝しつつ、ある質問をした。
「……帰蝶さん、例のハチは?」
《殺処分一択だよ。…そうそう、ビックリしたけどあのハチ、見た目はほぼスズメバチなのに性質は寄生バチだったんだよ!!》
帰蝶の言葉に、西丸は「やはりか…」と腑に落ちたように呟いた。
西丸が彼女と対峙した時、ハチは前髪に隠れていたが左目付近から現れていた。そしてナックルダスターは「あんな〝個性〟も持ってなかった」と呟いていた。それはすなわち、何者かに寄生蜂を植えつけられて体内に巣を形成させられ、操られるようになったという事だ。
蜂須賀の件は、短時間の取り調べの後に医師免許も持つ帰蝶が左目に寄生する女王バチを摘出して働きバチごと殺処分したという。蜂須賀の方は雄黒珠緒として意識を取り戻し、治療を受けている状態だ。恐らくこれから本格的な捜査が始まることになるだろう。
「君が居てくれたおかげだよ」
《いやぁ、こっちはこっちで大変だったからねぇ。ヤの付くおじさん達が手を貸してくれたから、迅速にハチを回収できたけどね!》
帰蝶の言葉に、西丸は苦笑する。
「この度は本当に助かったよ」
《あっはっはっは! ウチのクラスは団結すれば無敵だからね》
「その割にはまとまりがないんだよな……同窓会も中々集まらない……」
《確かに!!》
西丸の昔話に、帰蝶も笑って同意した。
仲は良好だが
かつての同級生達との思い出話を語った後、西丸は帰蝶に「ひとまず、そちらもご苦労様」と労ってから通話を切った。
「さて……」
新聞を仕舞い、席を立ってポットのお湯を急須に注ぎ始めたところで、立華が入ってきた。
「お疲れ様です、区長」
「そっちもお疲れ様。いち段落付いたね」
「はい。……区長、お客様がいらっしゃいます」
「客?」
怪訝そうな顔をする西丸に、来客が示す扉を見ると……。
「どうも」
「相澤さん! 今回はお世話になりました」
西丸は客人の相澤を歓迎すると、隣に立つトレンチコートの男性に目を向ける。
「あなたは…」
「個性犯罪担当の塚内です。はじめまして、西丸区長」
「塚内……まさか真さんの?」
「妹が大変お世話になってます…」
どこか疲れたように頭を下げる刑事――塚内直正に、西丸は苦笑いする。
西丸としては妹の協力には感謝してるが、兄である彼としてはあまり深くかかわって欲しくないようで、何とも言えない表情をしている。
「まあ、立ち話もなんですから座って下さい。今、お茶を用意しますから」
西丸は二人を来客用のソファに案内し、用意していたお茶を淹れる。
「……しかし、田沼警部ではなく別の刑事さんとは珍しい。何の御用で?」
「実は、あなたにどうしても相談したいことがありまして」
「僕にですか?」
西丸は目を細めると、塚内は先日の「なるフェス」の最中に起きた
「新しいタイプ?」
「突発性
相澤は担当した事案について語った。
容疑者はウナギのような〝個性〟を持つ鰻沢照生。かつて西丸が遭遇した路地裏わいせつ行為で御用になった青年だ。
事件時、彼は外見が気弱そうな青年ではなくゴツイ体格の巨大な人型ウナギのモンスターとなっており、しかもただのウナギから電気ウナギの〝個性〟に変異していたという。
電気ウナギとしての電撃能力は相澤の〝個性〟で封殺できたが、身体は元の青年姿に戻ることができなかった為、半永久的な変形と診断されている。その上、西丸が目の敵にしている
西丸はその報告を聞き、頭を抱えて厳しい表情を浮かべた。
「トリガーの過剰摂取による変形ではなく、
「我々警察も、後者の可能性が高いと踏んでいます」
「ここへ来て、今までのトリガーの事件は全部
西丸の辿り着いた可能性に、相澤と塚内は息を呑む。
――トリガーによる混乱は、ある目的を果たす為のカモフラージュに過ぎないのではないか。
それがもし本当だとすると、犯人、いや黒幕は大掛かりな犯罪を仕掛けてくる事になる。
「これは対応を改めないといけないな……すみません、わざわざお伝え頂いて」
「こちらこそ話せてよかった。それと西丸区長、個人的な頼みを聞いてもらってもいいですか?」
「何でしょうか」
「くれぐれも真が危ない案件に首を突っ込まないよう、見ていてほしいんです……」
塚内の頼みに、西丸は「随分と行動力のある妹さんですからね」と苦笑するのだった。
*
その日の夜。
公務を終えた大泉に誘われ、西丸は彼の所有する1967年型シボレー・インパラに乗って首都高速をドライブしていた。
「一区切りついたか? マル」
「一難去ってまた一難、かな」
「だろうな…今回の件の情報はヒーロー公安委員会だけじゃなく
大泉はパーキングエリアにハンドルを切り、車を駐車させる。
降りてからベンチに座り、携帯灰皿を傍に置いて各々紫煙を燻らせていた。
「成程、トリガーの騒動自体がデコイの可能性ね……それとウナギボーイの件、気掛かりだな」
「マスコミの報道で首謀者扱いされている少女に、後日また事情聴取するらしい。その時にいい情報を掴めるといいんだけど」
「本人が話さなきゃ何もわからないなんてな」
二人は眉間に皺を寄せながら紫煙を吐くと、大泉は葉巻を咥えたまま立ち上がった。
「缶コーヒー奢ってやるよ」
「微糖でお願い」
西丸は横目で自販機に缶コーヒーを買いに行く大泉を見送ると、溜め息をついた。
事件は、薬物戦争は、まだ終わってない。むしろここからが始まりなのかもしれない。
「だから何だって話だけどね」
西丸は夜空に向かって紫煙を吐く。
立ち止まるものか。未来を作る為に、自分は命懸けで政治を続けるのだから。
西丸と蜂須賀の戦いは、西丸の勝利で終わりました。
しかし、ここへ来てまさかの蜂須賀デコイ説が浮上。薬物戦争は新たなステージへ……。
ちなみにですが、帰蝶が使ったフェロモンで寄ってきたハチ達は、天忠會の皆さんや研究所の同僚達と一緒に専用のバキュームクリーナーで回収したそうです。