まぁ、結果は見えてるんですが。
西丸伸太郎の鳴羽田区長選の挑戦が始まった。
まず彼が行ったのは、選挙期間中のボランティアの募集――公職選挙法に則り、無償で自身の選挙運動を手伝ってくれる人を集める事だ。これはSNSで応募したところ、あっという間に1000人近くの名前が集まったが、交通費の観点から区内在住の人間から20名を採用した。
次に、運動期間中の活動について。これはSNSと自身の動画投稿チャンネルを使った投票の呼びかけ、公営掲示板へのポスター貼り、そして街頭演説を行い、選挙ボランティアに慣れていない人でもすぐに活動を始められるようにと、西丸が一からマニュアルを作って対応した。
そして、選挙カーの用意だが……これはすでに西丸が用意していた。
《ではここで、人生初の選挙に挑む西丸伸太郎が皆様に挨拶します!》
ボランティアの一人がマイクを使って声を上げると、観衆が注目する。
その視線の先は、選挙カーに改装した自前の軽トラの荷台に立つ西丸へと集まった。
《初めまして、こんにちは。西丸伸太郎です》
マイクを持って深々とお辞儀をして、観衆の拍手に応える。
《今日は人生で初めての選挙演説です。なので……ライブ配信より緊張してます》
『ハハハハハ!!』
西丸の初々しい様子に、観衆が笑う。
画面の前では堂々としてるが、やはり彼も一人の人間。初めてのことには緊張を覚えるものだ。でも、その反面、彼はいつも以上に熱く語り始めた。
《でもね……皆さんが笑ってくれて、緊張がちょっとほぐれた気がします。あらためて鳴羽田の区長候補、西丸伸太郎です。よろしくお願いします》
深々とお辞儀をし、西丸は演説を始める。
《ではまず……僕が動画配信者であるのは皆さんご存じでしょうが……僕のチャンネルの動画、見た事ある方いますか?》
「はーい!」
「見てるよー!」
「こないだの生ライブ見たぞー!」
西丸の問いかけに、多くの観衆が声を上げて反応した。
思った以上に閲覧者がいた事に、西丸はちょっとだけ驚く。
動画は全国から見られるから、その中にはこの鳴羽田区の住民もいるだろうが、まさかこんなにいるとは思わなかったようだ。
《いやいや……ホントに嬉しいな。今日は動画内でも触れた事をお話ししようと思います》
西丸は改めて声を上げる。
《まず……この街なんですけど、他所から結構ガラが悪いとか治安が悪いとかって言われてます。まぁ繁華街ありますからね、良いものも悪いものも受け入れる。だからこそ発展してきた部分もあるのは間違いないと思います》
西丸の語りかけに、観衆も耳を傾けている。
《でも、その結果、繁華街が栄えた半面で、逆に寂れてる所もある。東鳴羽田がいい例ですね。一応この演説の前に色々と見て回ってきましたが……まぁ廃墟や古いビルが多い。そういった所って、若い人の目に触れやすいし、若者達が自然と溜まりやすいんですよね。だからこそ犯罪に巻き込まれたり、犯罪を犯す事がある。なので僕は「犯罪に強い街作り」を一番の公約としてます》
西丸がそう言った時、
「そんな事できるのかよ? この辺の若いの、やんちゃな奴多すぎだろ?」
観衆の中にいた男性がそう突っかかると、西丸はしっかりと受け答えする。
《犯罪が起きる原因の多くは、環境にあるんです。環境を変えれば犯罪は減ります。具体的には防犯灯の設置、見回りやパトロールの強化、行政による適切な対応……やろうと思えばできる事はいっぱいあります。その為に予算を組み、議会の賛同を得、そしてこの鳴羽田区の治安改善に全力を尽くします。……僕が区長になったら、それができます。皆さんが選んでくれたら、僕はそれがやれるんです!》
西丸は握り拳を作る。
彼の本気度を、観衆達はひしひしと感じていた。
《そして犯罪の原因で、必ず出てくるのが貧困と差別。この二つは人間の居場所を奪う〝社会悪〟だと僕は考えてます。だって貧しくなければ、金を盗む必要ないですよね? 差別なんかしなければ、それで相手が怒って暴力沙汰・傷害沙汰とかになんかならないですよね?》
西丸の言葉に、観衆はうんうんと頷く。
《だから僕は、この鳴羽田区で社会悪と闘い勝利します! ――本当ならヒーローにもやってほしいけど、残念ながら彼ら彼女らは、こういう問題に興味ないんだろうね……公務員なのにね》
ヒーロー達への皮肉も交える西丸の主張に、観衆は少しずつ理解を深めていく。
雑談を交えてわかりやすく政策をアピールし、観衆の反応を逐一チェックしながら話を進め、注目を集め人々の心を掴む――これが、彼の選挙戦略だ。いかに有権者に公約を理解してもらえるかで、票数に影響するのだから。
《僕はこの街の為に全力を尽くしますが、その為には皆さんの力が必要なんです!! 僕は区民の代表として、責任者として、政治改革と社会再建を必ずや遂行します。ぜひ、皆さんの清きいっぽ…清き一票を!!》
――肝心なところを噛んでしまった。
《ここで噛んじゃいけないね…》
『ハハハハハハ!!!』
恥ずかしそうに苦笑いする西丸に、観衆は爆笑し、選挙ボランティアも破顔した。
《では、ここでの演説は以上かな。30分ぐらいやったけど、ほとんど雑談だったかな? 明日も雑談……じゃなくて演説するので、ぜひお越しください。以上、西丸伸太郎でした!》
深々とお辞儀をして、西丸は最初の街頭演説を終える。
と、直後に盛大な拍手が起こった。彼の演説は、大成功を収めたのだ。
《皆さん……今日はありがとう。次はNR鳴羽田駅前で会いましょう!》
西丸は笑顔で手を振り、観衆に応えたのだった。
その後、西丸は区内のあらゆる所で街頭演説をし、政策を訴えた。
――教職員の給料を上げ、教育の質を向上させる。
――個性推薦枠の廃止や異形型を「平生型」の呼称に変更するなど、〝個性〟に関する制度上の差別を無くして「スタートライン」を平等にする。
――区内の小中学校の給食費を無償化する。
――税金で行く行政視察を中止するなど、削減できる公金は削減し、区民の生活向上へ充てる。
――就労支援政策を実施し、全ての住民が安心して働ける街にする。
これらの公約に魅力を感じる者が日に日に増し、彼の支持者は拡大した。
しかし、一方で物議を醸すような公約もあった。
――鳴羽田区内で活動するヒーローには「年100時間のボランティア活動参加」と「活動報告及び収支報告書の一般公開」を義務付け、ヒーローの質の向上を図る。
この公約はネットニュースやワイドショーで話題になり、鳴羽田区内に限らず、全国で大きく報じられた。
現行法上、プロヒーローのボランティア活動は完全任意で、これを義務付けた場合はヒーロー活動に支障をきたす可能性があり、活動報告や収支報告の一般公開はプライバシーの侵害ではないかという訳なのだ。
これについて、西丸はその主張を「プロヒーローが公務員だと法律で決められてる以上、職務内容に関するものであれば個人情報であっても原則開示が筋」「ボランティアはヒーロー活動の基本。それを怠るのはヒーローとしていかがなものか」と一刀両断。
このやり取りがSNSを中心に拡散され、「西丸はヒーローに依存しない人間」だと認識されるようになり、強い政治家として彼への支持はより高まっていった。
そして、鳴羽田区長選は投票日を迎え、開票が行われた。
《速報です! 本日投開票が行われた鳴羽田区長選で、無所属新人・西丸伸太郎氏が当選確実となりました!!》
夜の9時のニュースは、世間をあっと驚かせた。
無個性の若者が、政治の世界で初めて勝利を収めた瞬間であった。
《現職を破った西丸氏は、これにより鳴羽田区長に初当選! 26歳で区長に就任する事になり、
西丸陣営の会場では、開票速報を聞いたボランティア達は大いに喜び、当の本人は静かに微笑んでいた。
《当選確実の西丸氏に話を聞いてみましょう!》
画面が切り替わると、そこにはピンマイクで繋がった西丸が映っていた。
《西丸さん、当選おめでとうございます! 今のお気持ちはいかがですか?》
《ありがとうございます。やっとスタートラインに立てた……そんな感じですね。まだまだこの街には問題が山積みです。私はその問題を、一つ一つ解決していきたいと思っています》
《では、鳴羽田区長としての抱負を一言お願いできますか?》
《この街を日本一の街にできるよう、区政に全集中いたしますので、何卒よろしくお願いします》
「……」
朗らかに笑う西丸。
それをテレビ越しに見ていた男性は、渋い顔を浮かべていた。
彼は日本で活躍するプロヒーローを管理する組織「ヒーロー公安委員会」の会長……実質的なヒーロー社会におけるトップだ。
「まさかあの若者が区長に当選するとは……これは厄介な事になりそうだ」
公安委員会会長はボヤいた。
西丸は動画配信者の頃から、超人社会やヒーロー達を批判する言動が多く、公約にもそれが反映されている様子だった。事実、彼が演説で最優先事項と語っていた「犯罪に強い街作り」も、ヒーローとの共同連携を言及していない。
そして公約にあった「就労支援政策を実施し、全ての住民が安心して働ける街にする」が、非常に引っかかった。就労支援とは本来、一般社会から距離を置いた人々の社会復帰が目的であり、その中には犯罪者も含まれる。すなわち
「鳴羽田区を新たな超人社会の〝前哨基地〟にするつもりだな……」
彼は西丸の真意を読み取っていた。
彼は今の超人社会を理解している。この国の秩序は「
彼には彼なりの正義と理想があり、それを貫こうとしているのは言うまでもない。しかしそれが自分達の正義と相容れないとすれば、このまま野放しにする訳にはいかない。もしかすれば、鳴羽田区そのものが
「ハァ……これから忙しくなりそうだ」
公安委員会会長は眉間に皺を寄せ、深い溜め息を吐いたのだった。
一方、西丸の区長当確に希望を見出す者もいた。
「スゲェ……」
テレビに映る西丸を見て、トカゲじみた緑色の肌と紫の髪が特徴の子供がそう呟く。
少年の名は、
「西丸って人、無個性なのに当選してる……」
あらゆる分野で〝個性〟ありきの世界で、西丸は無個性ながら首長に選ばれた。
それは伊口少年にとって、大きな衝撃だった。無個性も異形型と同様に差別される対象。いかにネット界隈の著名人だとしても、超人社会における絶対的なハンディキャップは変わらないはずだ。
にもかかわらず、彼は自らの実力で新しい区長の座を手に入れた。無個性の人間が堂々と社会進出し、政治家として今を変えようとする姿勢は、伊口少年にとってまさに光であり、勇気をもらえた気がした。
「……僕も外に出ないとダメだな」
伊口少年はテレビを消し、決意を固めた。
自分の新しい夢に向かって、行動を起こす為に。
そして、ある大物
「……世の中、わかったものではないね」
白い癖毛のスーツ姿の紳士風な男は、テレビで当選確実のニュースを見た。
彼は裏から日本を支配する、文字通りの「悪の帝王」。超常黎明期から裏社会の王として暗躍している巨悪、オール・フォー・ワン――本名は
実を言うと、彼は西丸の対立候補であった区長の支援者で、鳴羽田で起こる犯罪を陰で操り手下を増やし勢力を伸ばしていた。なので今回の選挙は、自身の勢力を維持する為のものであったのだが、結果は西丸の圧勝だった。
それは戦略が上手くいったのもあるだろうが、一番は西丸が既存の政治家と一線を画す特色があったからだろう。彼が掲げる公約の多くは、これまでの超人社会にない考え方のもので、それが若者だけでなく政治に冷めた全世代の有権者に強く響き、民意は西丸に傾いたのだ。
「彼の動きはしっかりと見極めないといけないね……」
それは、紛れもない〝本心〟であった。
西丸は、制度上の差別を無くす事を公約の一つとしている。すなわちスタートラインを平等にするという事は、偏見や固定観念によって生まれる社会的弱者が犯罪に走るのを防ぎ、彼らに新たなチャンスを与える事で、犯罪の温床を無くそうとする意味合いも含まれている。それは犯罪を支配するオール・フォー・ワンに都合の悪い事であり、今までのように「思うがままの悪行」を働けなくなるかもしれない。
「さて、どうするか……」
魔王は悩むも、すぐに結論を出した。
鳴羽田区が西丸によって犯罪に強い街に変わるとしても、それも一時的なものでしかないはず。今後始まる西丸区政の実態や成果次第で民意が変わる可能性は十分にある。今は様子を見るのが得策だろう。
「これからどうなるかな、鳴羽田区は」
そう言って、オール・フォー・ワンはテレビを消した。
*
翌日、西丸は当選証書付与式にて選挙管理委員長から証書を受け取り、一週間後には鳴羽田区役所に初登庁した。
職員達に拍手で迎えられながら区役所に入った西丸は、その足で就任式へと向かい、就任の挨拶をした。
《皆様、おはようございます。この度、鳴羽田区長に就任した西丸伸太郎です。……以上でいい?》
《区長、それはダメですよ流石に!》
早速ボケを披露した西丸とツッコむ司会者に、職員達は吹き出しそうになった。
掴みはOKと判断した彼は、話を続ける。
《じゃあ気を取り直して…この度、鳴羽田区長に就任した西丸伸太郎です。まず最初にですが……知っての通り、僕は元々動画配信者で生計を立てており、政治家としては素人と言っていいでしょう。なので時には皆様に知恵を借りる事があるかと思います。どうかご容赦ください》
深々とお辞儀をし、西丸は話を続ける。
《さて、早速ですが…皆様はこの鳴羽田区の区内犯罪発生状況をご存じですか?》
マイク越しの言葉に、職員達は顔を見合わせる。
《……僕が調べたところによると、鳴羽田区内の区内犯罪発生件数は都内でもかなり増加傾向にある。特に凶悪犯罪の発生件数は全国平均を上回っており、また犯罪被害者の平均年齢も下がっています。若年層の犯罪者あるいは
その言葉に、職員達はどよめいた。
西丸は内心やはりかと感じたが、表情には出さずに話を続ける。
《鳴羽田区の犯罪都市化が進行している。まるでじわじわと浸食するかのように、この街は犯罪の温床へと変わっている。そしてこの状況は、僕達が真剣に向き合っていかねばならない。ヒーローに頼っている時間はないんです。我々の街は、我々の手で再建し守り通すのです!》
西丸は高らかに表明した。
鳴羽田区長に就任した彼の最初の仕事とは、職員達の危機意識を高め、自分達こそ街を護る区民の希望となるのだという自覚を持ってもらう事。この認識がなければ、ヒーロー任せの体質を脱却できず、いつまで経っても治安が改善されない。
だからこそ、ここで区長自ら職員達に問題提起し、自覚を持ってもらうのだ。彼ら彼女らもまた、鳴羽田区の再建の為に戦う
《私自身も日々学びながら、全力で街づくりに取り組んで参ります。……一緒に鳴羽田区を日本一の街にしていきましょう!》
最後に深々とお辞儀をすると、職員達が一斉に拍手した。
こうして西丸伸太郎は、新鳴羽田区長としての第一歩を踏み出したのである。
次回からは本格的に政策実現に取り組みます。
ここでのオリジナル設定は、オール・フォー・ワンが政治家とも通じていたという形で、鳴羽田の犯罪をコントロールして勢力を拡大していたという世情です。まぁ、彼ならやりそうですよね。
そして無個性の西丸が選挙に勝ち、その際に拡散された公約内容に希望を見出す者も。伊口って、どこかで聞いたような……。