新年一発目から、大きく物語が動きます。
閉庁となり、束の間の正月休暇を迎えた西丸。
新年を迎えた彼は、久々に実家の八王子に帰省していた。
「…で、仕事はどうなんだ? 伸太郎」
「順調だよ。自分の政策でかなり治安よくなってきた。根気よくやったと思うよ」
「ガハハハッ!! 随分な活躍だな。――ほれ、火ィ」
「あ、ありがと」
軒下の縁側でコーンパイプを咥えて杖を携えた壮年の男性がマッチの火を点けると、西丸は愛用のパイプを近づけて貰い火する。
男性の名は、西丸
西丸の父であり、この国を支えるトップヒーローを小僧呼ばわりする程に豪快な人物である。
「あんなヤクザもいる街じゃあ、色々苦労するだろ」
「そこは助け合いながら切り盛りしてるよ。オールマイトも、僕とは仲良くしたそうだったし」
「あの若造、もういい年だろ? そろそろ引退してもいいだろ」
「〝平和の象徴〟を若造呼ばわりするの、この国じゃ父さんぐらいだよ……」
苦笑いする西丸に、貫太郎は「事実だろうが」とコーンパイプを吹かして笑い飛ばす。
そこへ今度は、西丸の母である西丸サナエが熱燗を持ってやって来た。
「二人共、あったかいの入れてきたわよ」
「おっ、これこれ」
「ありがとう」
西丸は母親から熱燗を受け取り、貫太郎の猪口に注ぐと、自分の分にも注いで一口。
元旦の寒空の下、温かな酒が体に染みる。
「伸太郎……母さんは嬉しいわ。息子なら大丈夫だと思ってたけど、こんなご時世じゃあ大人になっても生き辛いんじゃないかって心配だったの」
「母さん……」
「でもあなたは立派な大人どころか区長さんになって、家族もできた。母さん、それだけで幸せよ」
サナエはしみじみと言う。
息子は無個性で生まれた事を何とも思わず、むしろ人一倍努力をして様々な知識や勉学を吸収していったが、それでも「〝個性〟なき人間」という絶対的なハンデで苦労をかけると負い目を抱えていた。
だが、そんな不安を払拭どころか粉々に破壊するように西丸伸太郎という男は躍動し、今では政治家として日本の個性社会に大きな影響力を及ぼすまでになっている。
生き辛いはずの世の中で逞しく成長し、しかも自分の家庭まで得て成功している息子を見て、サナエの胸には熱いものがあった。
「ただ何で喫煙家のところは似ちゃったのかしら……そこは母さんに似てほしかったわ……」
「おいサナエ、余計な事を言うな!」
「ハハ…そこは節度を弁えてるから安心して、母さん」
西丸は苦笑いしながら言うと、火伊那が背後から声を掛けてくる。
「伸太郎、隣いいか?」
「勿論。善治郎は?」
「そこで寝ているよ。すっかり夢の世界さ」
居間で寝息を立てて眠っている
「伸太郎……さっき、あの事件の真実を全部話したんだ」
「!? 火伊那、それは…!!」
「どうしても話したかったんだ……お前は墓場まで持ってくつもりだったろうが」
その独白に、西丸は息を呑む。
かつて日本を震撼させた、鳴羽田区長狙撃事件。西丸が密命を背負った火伊那に銃撃を受けた大事件は、ヒーロー公安委員会が全てもみ消している為、真相はごく一部の人間しか知られてない。
だが火伊那は、事の真実をどうしても彼の両親に伝えたかったのだ。それが自己満足の罪滅ぼしであっても、彼の身を一番案じたであろう二人に真実を黙ったままにしたいとは思わなかったのである。
「……で、父さんと母さんは?」
「……母さんは、どう声を掛けるのが正しいかわからなかったわ。でも父さんがビシッと決めてくれたわ」
「おうよ。俺ァこう言ったよ…よく踏み止まったってな」
コーンパイプを吹かす貫太郎の言葉に、西丸は目を見開いた。
「ナガンちゃん、お前が入院中に腹ァ割って謝りに来たんだろ? ……それが答えよ。
貫太郎の豪快な物言いに、西丸も火伊那も顔を見合わせて思わず笑ってしまう。
過去があるから現在があり未来を選べるが、過去に囚われると良い事は何もない――それが貫太郎の若い頃から座右の銘だった。
「ナガンちゃん、色々あるだろうが俺の息子をよろしく頼む。敵を作りやすい職業だからな。こういうのは支えてくれる女房がいると助かるんだ」
「ああ……わかってるよ、お義父さん」
火伊那は貫太郎に微笑みかけ、彼女なりの誠意の形として言葉にするのだった。
それと時同じくして、大泉の自宅では……。
《大泉君!! 何だねこれは!?》
「あ、どーもです先生。明けましておめでとうございます。俺を次の法務大臣にしてくれるなら総裁選めっちゃ応援しますんで」
《あ、ああ、今年もよろしく……じゃない!! 一体どういうつもりかね!?》
大泉に「先生」と呼ばれた初老の男性――現法務大臣が電話越しに大泉に対して激怒している。
その理由は、彼が仕事納めの際に提出した「プロヒーローの定年退職制度の導入」に関する法案だった。
日本の定年退職年齢は法律で60歳以上が義務付けられており、近年は法改正によって65歳や70歳に引き上げている業界も多い。しかし個性社会においてはプロヒーローの定年退職は定められておらず、グラントリノやヨロイムシャのような老齢の大ベテランもいるわけである。そこに大泉はメスを入れ、60歳を過ぎたヒーローは定年退職して後進育成などに励んでもらおうと考えたのだが……。
《ヒーローありきのこのご時世に、こんな法案が成立したら……いや、議題に上がるだけでどれだけの混乱が起こると思っているんだ!!?》
「いや~、オールマイトも人間である以上、持ってあと5年あるかないかって思ってますんで。あの人の弱体化も結構深刻なんでしょ?」
《なっ…》
大泉の言い分に、法務大臣は絶句する。
この国においてオールマイトは絶対的存在で、彼一人の威光で
だが、これがオールマイトの弱体化をカモフラージュさせる為という一面があれば、また話は変わってくるのだ。
「数時間しかヒーロー活動できない病体同然の男に鞭打ちゃあ、その分ツケは高くなりますよ? 一括払いで混乱するか、分割払いで調整するか……俺やマルなら後者を迷わず選びます。ぜひ検討してくださいな。あと前々から言ってた個性使用に関する法律の改正、今年度中にやりましょう」
《お、大泉君…》
「先生は総理になったら大切な時の判断さえ間違えなきゃいいんで、あとは俺やマルに任せてください。……俺達は
野心を滲ませる大泉の返事に、法務大臣は言葉を失うのだった。
*
正月休み明け。
世間がいつもの日常に戻り始める中、西丸はコーイチのペントハウスを訪れていた。
それも、プロヒーローと警察官を連れて。
「あの、何でウチに……?」
「区役所や警察署では、第三者に盗み聞きされると思ってね……念の為だ、我慢してほしい」
西丸がそう答えると、塚内が整理した情報を語り出す。
西丸区政における鳴羽田の軽犯罪者や突発性
その半数は中堅製薬会社「オノムラ薬品工業」に所属する社員や出入り業者である事が判明し、業務は医療機関へ卸す薬品の製造が中心で、世間の知名度も低い。そこが警察とヒーローが血眼になって探している〝
もっとも、塚内としては匿名の情報提供に頼る事が多い捜査だった為、警察機構としては忸怩たる思いのようだが。
「そしてクリスマスの事件で発生した、自爆する謎の
「……それで、ここからが本題なんだけど……コーイチ君達さ、ちょっと手伝ってほしいんだ」
「「「?」」」
コーイチ・ポップ・ナックルダスターの三人は、西丸からある依頼を受けた。
「今ちょうど宣伝してるけど……キャプテン・セレブリティの本国帰国に合わせて〝スカイエッグ〟でイベントやるんだって?」
「あ、はい。今ビラ配ったりしてます」
スカイエッグとは、正式名称を「東京スカイエッグ」と言い、地上500メートル・収容人数は5万人の超大型イベント会場である。
当初は西丸も度々使う鳴羽田市民ホールの予定だったが、日米ヒーロー交流をテーマとしたいというマネージャーの意向で変更したという。
ちなみにそのマネージャーは、塚内の妹の真である。
「……これさ、ナックルダスターさんの娘さんの時と同じ〝ニオイ〟がするんだよ。多分、相手は5万人を人質にデカい
「えっ!?」
「それ、超ヤバいじゃん!!」
西丸のボヤきに、コーイチとポップは驚愕する。
イベント参加者全員を人質にしてしまえば、確実に社会を揺さぶられる大規模テロとなる。被害は甚大なものになる事は想像に難くない。
しかし、西丸はそれこそが好機だと語る。
「大きな計画は小さなミスで全体が狂い始める。そのイベントで何か仕掛けると予測できる以上、対策は打てる。……その対策として、君達の手で黒幕を捕まえてほしいんだ」
「俺達三人でか?」
「僕の伝手で協力者は増やすよ。個性使用はヒーローの特権でどうにでもなるだろうし、いざって時は法務副大臣である勇人が援護射撃するから」
「ワー、タノモシイナー…」
権力をフル活用する気満々の西丸に、コーイチは棒読みで感嘆する。
西丸は続けて、この大捕物の成功の可否は今後の社会の在り方において大きな意義を持つと語る。
「これが成功すると、この社会の歪みを改善できると思うんだ。その為には君達には働いてもらわないと」
「社会の…歪み?」
「そう。人命救助と治安維持が資本主義化し、それをヒーローが独占している……この歪なシステムに一石を投じられるんだ」
西丸は兼ねてより、民間防衛組織の設立によるバックアップ体制を考えていた。
何らかの欠格事由でヒーロー引退を余儀なくされた者や定年を迎えた警察関係者の指導の下、平時は防犯活動や環境整備活動を行い、有事の際はヒーロー及び警察と連携して人命救助及び復興支援を担う――それは今のヒーロー社会の常識を根底から覆すものだ。
無論、多くの反発や非難は覚悟の上だ。それでも、これを実現できれば〝個性〟の新たな使い道の創出になり、抑圧社会に風穴を空けていく第一歩となるだろう。
「……それで、奴さんスカイエッグのイベントに仕掛けてきますかね? いくら爆弾
「絶対スカイエッグに仕掛けてきます」
相澤の指摘に、西丸は強い口調で断言した。
若くも区長としての威厳ある姿勢に、空気が張り詰める。
「……実はスカイエッグのイベントに関しては、僕にも情報は来てます。多くのヒーローがゲスト出演すると。……見方を変えれば、一度に多くのヒーローを
『!!!』
「そして会場のスカイエッグは、港区のマイトタワーから直線距離で8キロ近く離れてる。オールマイトはその程度の距離ならすぐ駆けつける事ができるでしょうが、同時爆破テロとなればそうはいかない」
西丸の推測に、誰もが血の気の引いた表情となる。
もし万が一、スカイエッグ以外に爆弾
「……だがお前は、それを利用すると言ってたな」
「はい。イベントをデコイにし、そっちに意識を向けている隙に黒幕を逮捕する……言わば別動隊による奇襲作戦ですね」
「成程、確かにそういうのは俺達が必要だな」
ナックルダスターはニヤリと笑い、拳を鳴らす。
塚内は「過剰にやったら流石に逮捕しますよ」と彼に苦言を呈しつつ、決行する作戦について説明した。
警察当局が強制捜査をするのは、オノムラ薬品工業関東開発センターの敷地内にある研究棟。
その研究棟は他部署との交流がほとんどない一方、一連の
当日は違法薬物所持及び違法医療行為の容疑に基づき強制捜査を執行し、証拠と被疑者を確保。監禁傷害の被害者を発見した場合は保護するが、すでに
「しかし、こうして整理するとスゴく面倒ですね。爆弾
「相澤さん、それもそうですが個人的に一番問題なのは〝起爆方法〟だと思います。遠隔操作の起爆だったら打てる手が少なくなる」
「だとしたら、基本的に電波だな。電波ジャマーで妨害すれば、遠隔操作の起爆を食い止められるかもしれん」
「そちらについては警察で手配します。スカイエッグのイベントに参加するプロヒーロー達にも、話を通しましょう」
あらゆる専門家の緊急会議となり、それぞれ意見を交わしていく。
大人達の本気の密談に、コーイチとポップは置いてけぼりにされてしまうのだった。
「……俺達、いる意味あるかな?」
「一応アンタの家でしょ、ここ」
*
作戦当日。
世間がキャプテン・セレブリティのお別れイベントに注目を集める中、西丸は防災服を着てあるビルの屋上を訪れていた。
屋上は簡易テントが立ち、まるで災害現場の臨時指令部のようになっている。
「皆さん、お疲れ様です」
「ん! ふほー、おふはへはまれふ!!」
「おお、待ってたぞ」
「よう、愛しい旦那様」
西丸はカップラーメンを食べるコーイチとタバコを吹かすナックルダスター、そして今回の作戦に協力してくれる火伊那に挨拶をする。
「イベントは無事始まってるようだね。もう数分でガサ入れが始まるから、最終確認をするよ」
西丸は三人に声を掛け、簡単な打ち合わせを始める。
標的の〝
つまり、たった一瞬の判断の誤り・気の迷いが5万人もの命を取りこぼしてしまう最悪の結末を招いてしまうのだ。
「……えっと、具体的にはどうすれば……?」
「おそらくガサ入れは逃げられる確率が高い。だからこそ、ここを第1次防衛ラインにする。第2次防衛ラインをスカイエッグのヒーロー達に任せる」
「なるべくここらで爆弾
「で、でも数足りないんじゃ…!?」
「そこは大丈夫、助っ人は多いからね」
西丸はそう言いながら笑うと、屋上入り口のドアを開けて黒いコートを着用したツギハギの青年が現れた。
「ったく…案外人使い荒いなァ、ボス」
「荼毘君、申し訳ない。でも僕は人に物を頼む時は、それができる能力を持つ人間にしか頼まないって決めてるんだ」
「まぁ、いいけどよ。焦凍と一緒に美味い蕎麦奢ってやるっつってくれたしな」
コートの内ポケットからタバコを取り出し、蒼炎で火を点け吹かす荼毘。
どうやら彼が、今回の作戦で重要な役割を担うそうだ。
「荼毘さんじゃないっすか! いつもお世話になってます」
「ほう、蒼炎の小僧か」
「? 荼毘君、何かあったか?」
「こいつらの自警活動に巻き込まれるんだ、しょっちゅう」
頭を掻く荼毘に、事情を察した西丸は少し同情した。
「それよりもいいのかよ? こんな大仕事、俺みたいな浮浪者に任せるなんてよ」
「万が一の時は僕が庇う。君の炎でこの脅威を焼き払ってほしい」
「……俺如きの為に自分のクビも厭わないのかよ?」
「どうせもうちょっとで任期満了だし、これで引責辞任しても石井さんがどうにかするさ」
あっけらかんと話す西丸に、荼毘は半笑いを浮かべる。
心から信用に足る人間ならば、自身の政治生命を預ける事も厭わない――そんな〝鳴羽田のゴッドファーザー〟の胆力と覚悟に、コーイチは思わず「カッコよ…」と呟いた。
「火伊那、荼毘君の援護をお願いしたい」
「あれから随分鈍ってるから、期待すんなよ?」
そんな夫婦の会話を交わした時だった。
――ドォン!!
『!!!』
突如爆発音が聞こえ、五人は音のした方を見る。
爆発地点は、オノムラ薬品工業関東開発センターのある方角だ。
「……始まったか」
「どうやら想定通りのようだな」
「荼毘君、出撃だ」
「ボス、こいつは高くつくぜ」
荼毘は不敵に笑い、両手に蒼炎を纏って宙を舞う。
それを皮切りに、火伊那は右腕の肘をライフルの銃身に変形させながら自身の毛髪を練り上げて弾丸を生成し、コーイチもナックルダスターも臨戦態勢に入る。
その傍らで西丸はスマートフォンを懐から取り出し、ある人物に連絡を入れた。
「もしもし、西丸です。ベストジーニストさん、動いてください」
《では例の
電話の相手は、繊維を自由自在に操る〝個性〟を持つ男・
彼には事前に連絡を通し、万が一爆破攻撃を受けても建物を支えられるよう、彼が操れる対象である橋梁用の炭素繊維ケーブルのワイヤーを配備して活用するよう伝えてある。
《西丸区長、こちらで目視できた》
「では、まずはこちらで食い止めます。取りこぼしはそちらで対処してください」
《了解した》
ベストジーニストとの通信を切ると、西丸は再び標的のいる方向を見る。
視線の先には、爆弾
「さぁ、これが最後の戦いだ」
西丸は静かに、薬物戦争の最終決戦を宣言する。
そして数キロ離れた新宿の高層マンションでは、望遠鏡でそれを眺める者が一人。
「おっ、とうとう伸ちゃん、愛妻連れて本気出してきたな!! 俺、ガキの頃からレディ・ナガンの大ファンだからなぁ~……昔のよしみでちょっと手伝ってやるか」
男はそう呟きながら、自分のパソコンを使って工作活動を始めた。
彼の名は、後藤田水門。
西丸の元クラスメイトで、民間諜報機関「
今回の作戦は
➀荼毘とナガンで爆弾
➁取りこぼしはスカイエッグに待機しているプロヒーローに一任
➂標的がまごついている隙にナックルダスターとコーイチで拘束、相澤が駆けつけて完全制圧
という内容です。
それと前半では、西丸パパと西丸ママが登場。
西丸パパこと西丸貫太郎は、前職が警察官です。現役時代は警視庁の警視監に登り詰めましたが、
西丸ママこと西丸サナエは、まぁよくありがちな専業主婦です。
そしてついにチラッと登場、後藤田水門。
西丸のクラスメイトで表の顔は株主、裏の顔は情報屋という二面性を持つキャラです。
ちなみに「ARI」は「アセット・リサーチ・インク」の略です。
次回は〝No.6〟との決戦及び薬物戦争の終焉。
果たして、西丸は無事任期満了を迎えて都知事選に臨めるか。