西丸都政が始まって半年が経った。
高い行動力と求心力、話題性で政権運営をする西丸は、公約を一つずつ確実に遂行。東京都の「まちづくり」は順調に進んでいた。
何よりも注目を集めたのが、全国初のヒーローに対する補助金を支給した事だ。法的には国家公務員扱いでありながら歩合制の給与体系のせいで、治安維持活動以外の副業の方に重点を置いてしまっている者達が少なくなかったヒーロー界隈。その問題を解決する一手として、彼は都内を活動拠点とするヒーロー事務所に
その他、停電や通信障害の影響による都市活動のマヒを防ぐ為に通信システムの多重化と強靭化を進めるなど、首都防衛力強化にも熱心に取り組み、国家クラスの財政力をフル活用していった。
そして今日は、地方行財政に関して国への要望や政策提言を行う「全国知事会」が静岡県で実施され、西丸は自らの成果とその展望を発信。全国から集まった知事達の厚い信任を得る事に成功していた。
「いやぁ、どうにか無事に終わったね…」
「白々しいですよ、都知事」
一安心と言わんばかりに笑う西丸を、立華は素っ気ない態度で返す。
そもそも論として、西丸は区長時代から地方の首長に一目置かれており、自治体運営の手本として政策を参考にされるところも多かった。特に今回の会議は「
白熱した会議の末、知事会は凶悪化する
「アレが一発で決まってよかったよ」
「法務大臣も進めてくれてましたからね」
二人は法務大臣になった大泉の働きも思い出す。
新たな法相になってから、彼は次々と改正案を国会に提出。軽犯罪法を改正して特殊警棒などの護身具の持ち歩きを規制緩和したり、サポートアイテムの規制を強化して厳罰化するなど、様々な犯罪対策の法整備が着実に行われている。
また、指定
この一連の流れは、犯罪で飯を食う者にとってはかなりの打撃となった。特に特定
「その3つの勢力が「異能解放軍」「ヒューマライズ」「ゴリーニファミリー」……海外勢力は日本に手出ししてこないから、異能解放軍が現時点のネックだね」
「世間では異能解放軍は解体された過去のテロ組織という認識ですが……」
「奴らの炙り出しが目的だからね」
西丸は不敵に笑う。
法改正の真の目的は、特定
「ミカドからいくつか情報を貰ってるんだけど、今の幹部達は社会的地位が高い者がほとんどらしい。でも平の構成員はそうはいかないはず。末端でも関係者を検挙できれば「使用者責任」を問う形で幹部達に辿り着く」
「でも、そんなニュースや情報は広まってません。通達が来たのでは?」
「だろうね。だから
「?」
「さあ、帰ろうか」
西丸が軽トラの助手席に乗ると、立華も運転席へ乗り込む。
あとは東京へ帰るだけなのだが――
*
「すみません、タイヤをパンクさせてしまって……」
「まぁ、流石に予想できないよね…」
申し訳なさそうに謝る立華に、西丸は苦笑いしながら答える。
実は道中、
弱り目に祟り目とは、よく言ったものである。
「タイヤ交換は任せて、都知事は休んで待っててください」
「じゃあ、その間に僕は近くの自販機で飲み物買って来るよ。コーヒーでいいかな?」
「微糖でお願いします」
「はいはい」
そう言って、西丸は公園内の自販機に向かう。
時間は16時、天候は快晴。自販機前に設置されたベンチで日光浴をしている老人が一人いる以外は子供達の姿は少なく、お年寄りは散歩をしている者だけだった。
(まぁ、平日だから学生はお家に一直線か部活だろうな)
自販機で微糖のコーヒーを2本買うと、ピロリロリン♪ という音が鳴り、オールマイトの声で「もう1本選べるぞ!」と告げられた。
「当たりは今いらないんだけど…」
西丸はそう愚痴るが、自販機に言っても意味はない。
せっかく当たったのだから、とりあえずジュースを選んで取り出し口から購入品を取り出す。
すると、いきなり強い風が吹いたかと思えば、自分の足元に焦げたノート――「将来の為のヒーロー分析」と書かれたノートが落ちてきたのだ。
「っ!!」
それを手に取った西丸は、目を見開いた。
西丸は前世の記憶がある。そして今世で生きているこの世界が、前世で愛読した漫画――途中までだが――の世界である事も理解している。
当然、この世界の本来の主人公の事も把握しており、その存在こそが今ここに在る焦げたノートを落とした者だと気づくのに時間は掛からなかった。
「これは…………」
「すみませーん!! それ、僕のノートでーす!!」
そう叫びながら、緑がかった癖毛とそばかす、大きく丸い目が特徴的な学ラン姿の少年が駆け寄ってくる。
(まさか、こうも早く会うなんて……)
この世界の主人公と対面した西丸は、大きな運命に手繰り寄せられてる気分になった。
もしも神が本当にいるとして、
「ああ、君のか。どうぞ」
「ありがとうございます――って、えええええっ!!? に、にににに、西丸都知事!!?」
まさかの東京都知事に、出久は目玉が飛び出そうな程に驚愕する。
彼としては軽くノートを拾ってくれた人にお礼を言い、速やかに退散するだけのつもりだったのに、こんなところでオールマイトに比肩する超有名人に出くわすとは思ってもいなかった。
すると出久は、ハッと我に返って尋ねる。
「あ、あの! 少しお話しても良いでしょうかっ!!?」
「いいよ。駐車場のベンチに来てくれるかな? 僕はこれから東京に帰るから、手短にね」
駐車場のすぐ近くの木製ベンチ。
立華がタイヤ交換している傍らで二人は座っていた。
(ど、どどどどどどうしよう)
心臓がバクバクして、出久は気が気でなかった。
彼にとって西丸伸太郎という存在は、憧れのオールマイトとは別で会ってみたかった男。政治家から見たヒーローを知る事ができるし、何より同じ無個性の人間でありながら時代を動かす程の功績を残した大人物……ヒーローを目指す無個性の少年として、何か学べるものがあればと思ったのだ。
しかし、西丸を前にして緊張した出久は何を話して良いのかわからなくなってしまった。そんな様子を見て西丸は優しく微笑む。
「とりあえず、自己紹介しよう。僕は知っての通り、東京都知事の西丸伸太郎だ。君の名前は?」
「あ、はい! ぼ、僕は、緑谷出久です!」
「出久君か。よろしくね」
西丸は握手を求め、出久は恐縮しながら握る。
「に、西丸都知事は、なぜここに…?」
「今日は全国知事会が静岡県庁で行われたんだ。その帰りにアクシデントが起きて、ここでタイヤ交換してる」
「そうなんですか…」
西丸は缶コーヒーを飲みながら、出久が大事そうに持つノートに目を向ける。
同級生はただのヒーローオタクの推しノート程度の認識のようだが、価値がわかる人間にとっては「喉から手が出る程欲しい代物」であると同時に「絶対に表に出してはならない代物」でもある。
ここは大人として、きちんと教えておかなければならない。
「……ねぇ、出久君。そのノートの内容は、誰かに見せたのかい?」
「え? えっと……よくかっちゃ…幼馴染のクラスメイトに馬鹿にされてて…その、よく傷つけられてて」
「研究熱心なのは大変結構。学生の本分はあくまでも勉強だからね。でもね……これは家から出しちゃダメだ。個人的にはデータ化して厳重に保管するか、ノートの中身を全て頭に叩き込んで全部廃棄する事を勧める」
「え? えぇ!? ど、どうして…!!?」
西丸からの提言に、出久は戸惑う。
出久にとって、ヒーロー分析はヒーローを目指す上で欠かせない糧となっており、これがあるから今の自分があると言っても過言ではない。
それなのに、絶対に外に持って行ってはいけないどころか処分も検討すべきと告げられたのだから、混乱するのも無理はない。しかし――
「ちょっとだけ中身を見せてもらったけど……このノートは所有者の君が考える以上に危険なんだ」
「!」
「ここまで緻密に分析されてたら、情報源としての価値が極めて高くなる。もしこれが
想像を超えて重すぎる理由に、出久は真っ青になった。
たかが学生のノートだと一笑に付す事もできる。だが、このノートに記されている情報を信じる事もできる。そこにヒーローや
もしこのノートを偶然にも悪意ある人間が拾い、その内容を信じたとしたなら……最悪の未来を招いてしまうかもしれないのだ。
「情報は信じない者には何の価値もないが、信じる者にとっては最強の武器にもなる。情報漏洩が危険視されているのは、予測不能の危機を生み出す可能性があるからだ」
「そう…ですか……」
「やっちゃいけないとは決して言わない。そういうのは野暮だろう? ただ、取り扱いはくれぐれも気を付けるように」
西丸は再び缶コーヒーを飲むと、今度は出久が尋ねる。
「西丸さんは…ヒーローは嫌いなんですか?」
「なぜ、そう思うのかな」
「ニュースとかで、よく西丸さんはヒーロー嫌いだって言われてるのを見て……脱ヒーロー社会って言ってますし」
「成程ね……それは好き嫌いの問題じゃないんだ」
西丸は自身の掲げる「脱ヒーロー社会」は、ヒーローが嫌いだからではないと明言する。
「今のヒーローありきの社会を、僕はマズいと思ってる。ヒーローが土台になっているという事は、土台が崩れたらどうなるかわかるだろう?」
「……ヒーローが社会の色んな重要な枠に組み込まれるから、もしヒーロー達が信頼されなくなったら社会が壊滅状態になる……!?」
「流石だね。そのノートを作ってるだけはある」
とどのつまり、ヒーロー公認制度は社会システムとして脆弱すぎると西丸は言いたいのだ。
社会への影響力は大きいが公権力への影響力は低く、収入は個人の活躍や人気に左右され、社会貢献度はヒーロー個人個人の正義感に一任。挙句の果てには、オールマイトが
あらゆる分野でヒーローに頼る事を当たり前のように受け入れているからだが、冷静に考えれば酷く歪な形となっている。ヒーローが社会インフラを担うというシステムは、信用を失った途端にあっけなく瓦解する危険性を秘めているのだ。
その危険性を解決させるのが、自分が掲げる脱ヒーロー社会だと西丸は告げる。
「ヒーローは警察と治安維持だけをしてればいい。教師、医者、カウンセラー……ヒーロー以外で人を救う仕事なんていくらでもある。むしろ病気や災害、偏見や差別のような「〝個性〟が通用しない敵」と戦う者を育てるべきなのさ」
「!!」
「目に見えるものが全てじゃない。見えないところに核心や本質、倒すべき存在が潜んでいる。……そこで試されるのは〝個性〟の強弱じゃなく、その人の〝人間力〟だ」
「〝人間力〟……」
西丸がそう呟きながら最後の一口を飲み干すと、軽トラのエンジン音が鳴り響いた。どうやらタイヤ交換が終わり、出発の準備ができたようだ。
「さて…申し訳ないが、僕はそろそろ行くよ。今日はいい時間を過ごせた、ありがとう」
「っ!! ま、待ってください!!」
軽トラの助手席に乗ろうとした西丸を、出久は引き止めた。
「西丸さんっ!! そ、その……〝個性〟がなくても、ヒーローはできますか!!?」
「……無個性の僕に尋ねるなんて、君も変わり者だな。しかも僕は政治家だし」
冷静なツッコミをされ、出久は「うっ…」と唸る。
その上で西丸は、あくまでも自分の主義主張だという事を伝えた上で、質問に答えた。
「できるかできないか、それを最初から決めようとしたり知ろうとしたりする事こそ間違いだよ」
「っ!!!」
「大事なのは一歩を踏み出すという強い意思だ。やるだけやってみれば、そこから見える景色は同じ場所でも違って見える。現実を見るのは当然大事だけど、そのまま跪いていなければいけないなんて事はない」
微笑みながら、出久の肩にポンと手を乗せる。
「君の人生の主人公は君自身だ。幸運を祈る」
「――はいっ!!!」
東京都知事の直々の激励に、出久は迷いが消えたような笑顔を見せた。
すると、西丸はポケットから名刺を取り出し、出久に渡した。
「正直、君はヒーローより教育者や秘書に向いてる気がする。…もし学生生活が終わってヒーローじゃない職業に就きたかったら、いつでも電話しておいで。史上最年少の秘書も悪くないよ」
「…………前向きに検討します……」
「それはやんわりと断る時の文言だからね」
苦笑いする西丸に、出久は顔を真っ赤にする。
そんな二人の様子を陰から窺っていたある少年は、苛立ちを剥き出しにしてその場を後にしたのだった……。
*
「今日は随分と嬉しそうじゃん」
「まぁね」
自宅へ戻った西丸は、ベランダでパイプを吹かしながら火伊那と語り合う。
すでに善治郎は夢の中。ここからは大人の時間だ。
「……もしこの世に神がいるとすれば、筋書き通りの出会いがあったんだ」
「はは、何だそりゃ」
「無個性の少年が、ヒーローになろうと努力していたんだ」
そう言って朗らかに笑う旦那に、火伊那は興味深そうに口角を上げた。
「ふぅん……気になるね。政治家らしくシビアな事でも言った?」
「おいおい、僕に人の夢を潰せと? 生まれながらに平等じゃないとはいえ、何も持っていない者は夢を見る事も許されないなんて言えないぞ」
「悪い悪い、ちょっと意地悪だったな」
ニヤリと笑う火伊那は、改めて尋ねる。
「……で、どう言ったんだよ」
「できるかできないか、それを最初から決めようとしたり知ろうとしたりする事こそ間違いだよ…って」
「お前が言うと説得力あるな」
「現実を見るのは当然大事だけど、そのまま跪いていなければいけないなんて事はないってプラスアルファもしたよ。現実を見てないと具体的な夢も描けないからね」
政治家としてあらゆる分野で成果を挙げた西丸だからこそ、その言葉の重みは十分に伝わる。
「……ただまぁ、ヒーローオタクだから火伊那の現役時代を根掘り葉掘り訊いてくるだろうなぁ。今回どうにか訊かれずに済んだけど」
「あー……ちょっと今の私じゃキツいかもしれないわ、そういう奴」
「タジタジになるのは確定だろうね」
西丸は愉快そうに笑いながら、紫煙を燻らせ夜空を眺めた。
同時刻、西丸のお膝元であった鳴羽田区の繁華街通り。
その路地裏では、國松が数人のガラの悪い男達を蹂躙していた。
彼らの近くにはナイフやスタンガンが落ちており、どうやら先程まで襲われていたようだが、杖術の達人である國松の前では赤子も同然であった。
「がはっ……!」
「残念だったな、俺をボコボコにしようなんざ100年早いんだよ」
サングラス越しに見下ろす先には、蹲って倒れたり気絶して伸びてる男達。
そのリーダー格であろう者は、
「スタンガンは悪手だったな。俺はそういう攻撃が効かねぇタチだ」
西丸の腹心の一人は、悪党に向けて不敵な笑みを浮かべる。
國松の〝個性〟は「纏い」――雷をはじめとした自然物を服のように纏う能力で、世間一般で言う強個性、それも自然に関連した能力に対し無類の防御を有する。
当然、攻撃に転じる事も可能で、電気を纏えば杖をスタンガンに、冷気を纏えば水を凍らせて不利な足場にする事もできるのだ。
「それはそうと…お前ら、オモチャにしてはゴツイの持ってるじゃねぇか」
「っ!! それは、その……」
國松は男が両手に嵌めている籠手に目を向ける。
「それ確か、俺の勘違いじゃなければアメリカ製のガントレットだろ? まだ日本では未認可のサポートアイテムだから……違法所持だな。どうやって手に入れた?」
「ち、
「……違法所持どころか密造と特許侵害疑惑か。ますます見逃せねぇな」
そう告げると、杖の先端を押しつけて纏っていた電気を放出。
男を感電させ、意識を奪った。
(トリガーの薬物戦争の次は、違法サポートアイテム絡みの対テロ戦争の気配ってか……そんなに伸太郎の求める調和が気に食わねぇのか、この国は)
國松は盛大に舌打ちしつつ、スマートフォンを取り出して警察に電話をかけたのだった。
というわけで、ついに西丸とデク君が邂逅。
西丸の激励ですが、結構言葉を選んでます。変に踏み込むと原作以上の無茶をしでかすと判断し、彼の中でのちょうどいい塩梅を模索して言ってるんです。
かっちゃんは運命のキューピットかもしれません。(爆笑)
本作では色々な法律が出てきますが、元ネタの法律をモチーフにしてます。
ヴィラン連合もいつかは特定
そして後半、前話登場の國松帯人の〝個性〟が判明。
熱気や冷気、電気に炎などを纏い操る能力で、それに耐えうる体質になってるので火傷とか凍傷とか感電死とかは無縁です。
ただ斬撃や衝撃は普通に効くので、そういうのは避けざるを得ませんし、「抹消」もちゃんと通用します。
それと現時点の西丸と立華以外のオリキャラのイメージCV、結構大物だったりします。
大泉勇人…内田夕夜
西園寺帰蝶…東山奈央
後藤田水門…関智一
四元松太郎…大塚芳忠
國松帯人…阪口周平
異論は認めます。(笑)