夏が過ぎ、二十四節気における「白露」へ突入したこの頃。
都議会定例会を終えた西丸は、執務室である新聞の記事に目を通していた。
「……」
「都知事、コーヒーです」
「ああ、どうもありがとう」
立華から差し出されたコーヒーカップを受け取り、口をつける。
「今回の補正予算、随分と教育分野に特化してますね」
「人づくりは政治に必要不可欠だからね。副業特別納付金制度があってよかったよ」
かつて区長時代の自分が作った制度が、都政でも活きている事に安堵する。
界隈では西丸式徴収とも呼ばれる副業特別納付金制度は、規制緩和した副業年収が一定の上限額を超えた場合、超過分を全額自治体に納める制度。これが普及した事で全都道府県の自治体の資金繰りが改善され、財政調整基金も増加した。
今回、西丸はこの制度で得た資金を補正予算として活用し、教育分野に全額投入する事を選んだ。その額は何と100億円であり、かなり踏み込んだ施策だったと言えるだろう。
「……その記事ですか?」
「察しがいいね」
補正予算の割り振りが、西丸が眺めていた新聞記事に理由がある事を立華は察した。
記事は小さく載っており、見出しは「卒業式刺傷事件 犯人は未だ行方不明」というものだ。
「……これが、補正予算とどう関係が?」
「虎太郎は〝個性〟カウンセリングって聞いた事あるかい?」
「ええ。超人社会では必須のプログラムですよね」
立華の返答に、西丸は無言で頷く。
自他理解の歪みを矯正して社会性の擦り合せを施す「〝個性〟カウンセリング」という情操教育は、対象を社会に合うよう矯正する為に「自身を抑圧する子供」を生み出してしまうデメリットも存在する。無個性の西丸には全くの無関係だったが、強い〝個性〟を持つ子供は、このプログラムを経て自身を抑圧する事で上手く馴染むようになるが、その反面鬱屈した思いが膨れ上がりがちになるのだ。
先の卒業式刺傷事件の犯人は、まさにそれが爆発してしまったのではないか――西丸はそう分析していた。
「国や社会を守るのは、最終的にはヒトなんだ。〝個性〟に関連した情操教育にもっと金をかけ、拡張させていく事が教育政策では一番だと僕は思ってる」
再びコーヒーを啜り、椅子の背もたれに体重を預けながら窓の外に広がる東京の景色に目を向ける。
高層ビル群の向こう側に沈もうとする夕日が、街全体を橙色に染め上げている。
「生まれながらの才能というものは、時に最も残酷な形で人の心を蝕む。……この事件も主犯の
「……「〝個性〟倒錯」ですか」
「こんな世界で皆忘れているだろうけど……自分で努力せずに手に入れた力は、本来とても恐ろしいものなんだよ」
静かに語られた言葉は重い響きを持ち、部屋の中に深く浸透していった。
時を同じくして。
東京都副知事の一人となったナインは、西丸の政治の原点である鳴羽田区にある一軒のペントハウスを訪れていた。
「まさか東京都副知事の天動司が来るとはな」
「私も忙しい身だ。手短に済まさせてもらうぞ、オクロック。……いや、今はナックルダスターと呼ぶべきか? 雄黒巌」
重厚なマスク――医療用のサポートアイテム――を装着した白スーツ姿のナインは、素顔のまま不敵に笑うナックルダスターを見据える。
その隣では、オフの状態のコーイチとポップが正座で縮こまっていた。
「――それで、何の用だ。フルネームどころか俺の前職まで調べて」
「その前に一つ言っておく。……これは私と西丸が立案した計画で、中央省庁も絡んでいる。情報が漏洩しないように徹底してくれ」
ナインの言葉にナックルダスターは目を細め、コーイチとポップはごくりと喉を鳴らす。
国家ぐるみの案件に、自分達が携わると聞けば驚きを禁じえない。
「私達が計画しているのは、実力行使を可能とする新たな行政機関の創設だ」
「成程…平たく言えば、自衛隊や海上保安庁みたいなもんを作ろうという話か」
「そこまでわかれば話が早い」
ナイン曰く。
ヒーロー公認制度を主軸とした現代日本の治安維持システムは、ヒーローへの信用を前提としており、国家の安全保障に関わる組織や機構がそれに依存している。権力の属人化が進んだ社会である以上、ヒーローが
そこでナインが西丸に提案したのは、ヒーローや警察のように治安維持活動を可能とする行政機関を設立する事。西丸自身もヒーローと警察を補助できる機関は必要だという認識であった為、これについてあっさりと了承。首相官邸で現内閣総理大臣の今村首相と会談を重ね、関係各所の協力を仰いで設立へ向けた準備が進められているという。
「その新設される組織は、東京都直轄の行政機関にする。主な職務は東京都における犯罪の予防・捜査・鎮圧…… 環境浄化などの防犯活動も含まれる。勿論、指揮官は私だ」
「つまり貴様の下で、東京都公認の自警活動をやると?」
「その通り……東京都知事を最高顧問とする行政機関として、ヒーローとは別の角度から治安維持をする。すでに私が目にかけている者達は、全員この話に賛同して契約を交わしている」
ナインの言葉に、ナックルダスターは黙考する。
東京都に雇われる――それはつまり、今までのような自由な自警活動は難しくなる事も意味している。だが同時に、東京都に属する公務員として一定の権限を得られるというメリットもある。
存分に〝個性〟を振るえるヒーローと違い、相応の制限はあるだろう。しかしグレーゾーンからの支持も厚く、アウトローに一定の理解を示す西丸であれば、法律の範囲内でいくらでも融通を利かせてくれるはず。
何より、西丸の権力と人脈を利用できるかもしれないのだ。
「――断る理由がないな。俺は乗った」
ナックルダスターの決断に、ナインはマスクの下で微笑んだ。
「ナックルダスター、お前の事は
「あ、あたし!?」
「彼ら二人と関わる以上、君も登録しなければならない。君らの活動はヒーロー以外の人間も目にかけている」
突然話を振られたポップは、慌てふためく。
そもそもの話、彼女が目指す道はアイドル。ナックルダスターとコーイチの自警活動にはなし崩し的に同行しているだけだ。しかし現時点ではヒーローと警察以外で〝個性〟の自由使用は私有地以外では認められておらず、アイドル活動でパフォーマンスとして使用している以上、法に抵触しかねない。
近年は西丸に諭されて公道でのゲリラライブは自粛しているが、ヴィジランテに関与している以上は、今後活動していく上で何かしらの対策は取る必要があった。
「ど、どどどどどうしよ~!! アイドル活動続けたいけど、ヒーロー以外に目を付けられてるって、絶対裏社会の人間でしょ!!?」
「落ち着いてよポップ……」
頭を抱えてパニックになるポップを、コーイチが宥める。
ナックルダスターは「だろうな」と短く呟くと、ナインの方を向いた。
「他には誰が所属してる?」
「私自身がスカウトした面々だ。」
「そうか…これから忙しくなりそうだな、西丸は」
「何でそんなに楽しそうなんですか師匠…」
ナックルダスターが浮かべた表情を見て、コーイチは呆れた様子で溜息をついた。
*
国内某所。
指定
「
「ああ…これで少しは息がつけるってもんだ」
組長は腕を組む。
摘発と解体が進んだ極道は、先日の法改正によって公権力からの扱いが変わりつつある。ヒーローと警察の監視下であるのは変わらないが、中央省庁の認可が下りれば経済活動を行う事が可能になったのだ。
当然、非合法活動が露見すれば一発で特定
「組員名簿をはじめとした組関連の資料の提出義務、半年に一度の内部監査、司法取引の協力義務……やる事は多いが前に比べりゃ寛容だ。これさえ守れば、お前らが食いっぱぐれる事はねェからな」
心からホッとした表情を浮かべる組長に、治崎も無言で頷く。
反社の烙印は消えないものの、法を遵守した活動をしてくれれば旧法のような日常生活の大きな制限をしない――これが政府の新たな方針になったのだ。
もっとも、あまり規制を掛け過ぎると地下組織化が進んでしまい、更なる悪循環が生まれては元も子もないという政治的判断を含んだ方針転換であるが。
「この組が人の道から逸れたら看板を降ろそうと腹を括ってたんだが、それも心配あるめェ。――だからよォ治崎、しっかり頼むぞ」
「ああ、言われなくても」
組長と組への恩返しが第一である治崎は、当然だとばかりに返した。
*
一週間後。
西丸は私服である高層ビルの建設現場へやって来ていた。
「久しぶりだな、西丸」
「監督さんも元気そうで何よりだ」
区長時代から長い付き合いである須晃イサム社長と固い握手を交わす。
相変わらず只者ではない雰囲気を感じさせる佇まいである。
「監督さん、荼毘君は?」
「休憩中だが、呼んでこようか?」
監督は「荼毘ィ!! 飯食い終わってんなら来い!!」と太い声を上げると、仮設現場事務所から作業着姿で荼毘が現れる。
すると彼は西丸の姿を認めると、バツが悪そうな表情を浮かべて目を逸らした。
「……監督さん、少し彼と話がしたい。お時間はよろしいですか?」
「今日は人手が十分だ、1時間で終わらせてくれるなら構わねぇよ」
監督に感謝を述べ、西丸は折り畳みイスに座る荼毘の元へと歩み寄っていく。
「……よう、ボス。都知事就任おめでと」
「まだそう呼んでくれるとはね」
西丸は隣の折り畳みイスに腰掛けると、パイプポーチから愛用のパイプを取り出し、火皿に葉を詰めて吸い口を咥えてマッチを擦る。
荼毘も釣られて自身が愛飲する紙巻きタバコを取り出し、咥えてから人差し指に蒼い炎を小さく灯す。
各々に火を点けて、一服。二つの紫煙が、空に昇っていく。
「……あんた、何しに来たんだ一人で」
「……一つだけ気になる事があってね。それの確認さ、
まさかの言葉に、荼毘はヒュッという息を呑む音と共に身体を強張らせた。
西丸は元クラスメイトの情報ブローカーから荼毘に関した情報資料を貰っており、彼がひた隠しにする真実を全て把握している。
――荼毘の正体は、轟燈矢。
瀬古杜岳で焼死したはずの当時13歳だった少年であり、 オールマイトを差し置いて事件解決数史上最多の実績を誇る「フレイムヒーロー」エンデヴァーの長男である。
「……何でもお見通しかよ」
「いや、クラスメイトだったミカドから教えてもらってね」
「あいつ、あんたのダチだったのかよ……世間は
呆れたような口調で荼毘――燈矢は鼻で笑う。
「……知ってても、今まで何も訊いてこなかったんだな」
「あまり口外したくない話は、たとえ信用できる相手でもするのは避けたいだろうと思ってね。……ただ、焦凍君はそうはいかないだろう」
「……」
「あの子との絆はどうするつもりだ」
穏やかに、しかし強く問いかける西丸。
荼毘はしばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……焦凍とは、中学を卒業する頃で終わらせる。将来のヒーローが浮浪者紛いの不審者に会うもんじゃねぇだろ」
「気持ちと道理は十分わかる……だが、理解と納得は別物だぞ? 焦凍君が聡い子だとは僕もわかってるが、君は親や冬美さん達以上の影響を彼に与えているんだ」
荼毘はその言葉に押し黙る。
〝轟燈矢〟を捨てた荼毘が焦凍と再会したのは、16から17歳頃。焦凍は当時小学三年生か四年生で、親よりも友達を優先して仲間同士で行動する「ギャングエイジ」と呼ばれる時期だった。
しかし焦凍は5歳の頃から実父のエンデヴァーに虐待に近い特訓を施されており、さらに母親はある一件によって精神病院に隔離される事になり、ひとりぼっちだった。そこへ荼毘が現れ、自分の心の拠り所になったのだから、「もう会わない」と言ったところで「はいそうですか」とあっさり受け入れられるはずがないのだ。
「ボス、俺を買い被り過ぎだ。焦凍を追い詰めた張本人は俺なんだぜ」
「いや、どっちかっていうと焦凍君は自分が兄を追い詰めたとか思ってるんじゃないか?」
「…………あんたの方が焦凍の事をよくわかってるじゃん」
「人間観察は得意分野なんだ」
紫煙を燻らせながら、空に向かって煙を吐き出す二人。
末弟の話になってから荼毘の表情が終始穏やかなのを、西丸は見逃さずに言葉を紡ぐ。
「…荼毘君、本当に終わらせるつもりか?」
「ハッ、都知事になってより心配性になったか? ――ダラダラ適当に、時間があれば構ってやってただけだ…………悔いはねぇ」
覚悟を確かめるような問いに、彼は軽薄そうな口調で言い切る。
「その覚悟なら、これ以上は野暮だね。あの子の話はこれで終わりにしよう。ただ……これだけは言わせてほしい」
「?」
「君は自分自身が思ってるより必要とされている――それだけは忘れないでくれ」
西丸は暗に荼毘が焦凍にとって必要な存在だと告げ、パイプに詰めたタバコを喫い尽くして灰を携帯灰皿に落とす。
その言葉に荼毘はきょとんとしたまま、肩を優しく叩かれ「また一緒に吸おう」と言って去っていく西丸の背を見送るのであった。
現時点の時系列では、トガちゃんは裏社会に身を投じてます。原作通りですね。ただ、この先もし西丸やミカドと出会えれば、ヴィラン連合にならないルートになるかもしれません。
これに関しての回答はノーコメントでお願いします、本作は修正力が働くので。
それと西丸都政で動き出した、新たな機関の創設。
コーイチ君達はそちらの構成員として原作に関与させます。ヒーローズライジングに出てきた彼らも同様です。
近日中に詳細を発表しますが、一応出久君達とも関わらせます。
さらに治崎がちょっとだけ登場。組の扱いが軟化したので、原作よりマイルドになってます。
ちなみに西丸のトリガーに対する態度から、非合法薬物のシノギはやる気はない模様。西丸と事を構えるのは避けたいようです。
遠回しにエリちゃんを救ってますね、西丸は。
最後に、荼毘との一服と今後の方針。
タバコ友達である二人ですが、ぶっちゃけ親子のように近い間柄になってます。そりゃ実の父親がアレだしね……。
西丸は荼毘の思いを尊重し、二人を一歩下がったところで見守ります。
あ、ちなみに西丸はパイプを三種類持ってます。
「ビリヤード」「カナディアン」「リバプール」の3つで、どういう形状なのか知りたい方はぜひググって下さい。