あ、ちなみに時系列としては原作(デクの雄英入学)から10年前となってます。
ついに鳴羽田区の西丸区政が始まった。
彼が区長として最初に取り組んだのは、区の財源を確保する事だった。
数々の画期的な公約を掲げる西丸だが、実現の為には相応の
「残高少ないなー……」
西丸区長に立ちはだかったのは、財政調整基金の少なさだった。
財政調整基金とは、年度によって生じる財源の不均衡を調整する為に財源に余裕がある年度に積み立てておく、言わば「市区町村の貯金」だ。不況の影響によって収入が不足したり、災害の発生をはじめとした多額の経費の支出が必要になるような不測の事態に備え、有事の際はそこから切り崩して対処するのだが、鳴羽田区はそれがあまりにも少ないのだ。
一般的に、財政調整基金は標準財政規模――地方税や普通交付税などの経常的な収入を基に算出される、地方公共団体が標準的な状態で通常収入する経常的な一般財源の規模――の10~20パーセント程度が目安とされ、特別区である鳴羽田区は治安こそ悪いが税収はそれ程低くない。その上で財政調整基金の切り崩しが多いというのであれば、やはり犯罪における破壊活動もある程度影響しているのだろう。
超人社会において、
(……これ、ワンチャン誰か横領してない?)
――区のカネ、公金を「
そんな疑念を抱いたが、西丸はかぶりを振った。そんなものは後でいい。まずは区の財政改革、何より有事の際に必要となる財政調整基金を増額しなければ。
ちなみにこの西丸の疑念は的中しており、その犯人は前区長。
裏社会の王者であるオール・フォー・ワンへの資金提供として、基金の一部をバレないよう細工して上納していたのだが、当の西丸は知る由も無い。
「……まずは細かく刻むか」
西丸は一枚の報告書を手に取る。それは、議員なら誰もが一度は行う行政視察のレポートだ。
行政視察とは、他自治体の先進的な取り組みをしている地域へ出向き、その地域の行政・経済・文化などの実情を把握する事を目的とする視察調査。公金を使って行われるこの視察をきっかけに、自らの地域への政策に繋げようという狙いがある。
鳴羽田区の報告書によると、今年度の行政視察は50回に渡って行われている。視察先はどれも都心部から遠く離れた場所にある町で、日数は4日~5日と決して短くない。その旅行で区議会議員が一体何を学び、どのように鳴羽田区の未来に活かそうとしたのか、レポートを読んでみると……。
―――町の特徴を活かした地域振興に取り組んでいた。
――人口減少や過疎化が深刻化している問題に区民と共に取り組み、解決への道筋を模索する。
(――これ、ウェブサイトの紹介文参考にしてね?)
西丸はそう思えて仕方なかった。
――何がどう鳴羽田より優れているのか?
――この地域の将来性は?
――鳴羽田にどう活かせるのか?
これらを明確に示さず、抽象的な内容ばかりが書かれているレポート。公金を使った視察が、まるで議員の慰安旅行みたいではないか。
(この程度の内容で何百何千万って公金が使われている。思った以上に腐ってるな)
視察の予算は全部切ろう――西丸は決意を固めた。
しかし、全カットしても微々たるもの。ならば、次は議員報酬の削減だ。
鳴羽田区の議員は20人。そして区議員の年収が約1200万円で、区長は約1400万円。区長である自身の給与も含めて議員報酬を1割引き下げれば、少しは予算削減となるが、議員の反発を招くのは必至だろう。
その打開策も、西丸は考えていた。規定を緩めればいいのだ。
(この案であれば、次の議会でしっかり議論されるはず。あと削れそうなのは……)
熱心に資料を読み、思いつく限りの案を模索する。
その時、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します、西丸区長」
扉の向こうから姿を現したのは、バーコード禿頭で眼鏡をかけた中年男性。
彼は西丸区政における新副区長・
今年で勤務歴30年を迎える石井は、前区長の頃に中間管理職として色々と苦労を重ねたが、その分区政に関する経験値はピカイチ。その手腕を買われ、西丸は彼を副区長に抜擢したのだ。
「来週始まる予算委員会の議案資料です」
「ありがとう」
「いやぁ、若いってのはいいですねぇ。仕事がテキパキと進んで」
「それだけが取り柄ですから」
軽い話をしながら石井がデスクの前に資料を置くと、西丸は手元の資料を脇へ寄せて受け取る。
既存の政治家と一線を画す若き区長と、経験豊富な冴えない中年副区長。世代は違えど、鳴羽田区の未来をより良いものとするという目標へ共に歩む二人は、既に心が通じ合う名バディとなっていた。
「石井さん、あなたの目から見て区政の無駄な出費って何がありますか?」
「そうですねぇ…古いビルや廃墟が多くて、それが区長の公約上のネックになってますかね…」
石井の指摘通り、鳴羽田区には多くの老朽化したビルや廃墟が建っている。それらは不法侵入や不審者の溜まり場、放火のターゲットになりやすくなり、地域の治安を悪化させる可能性が高い。それだけでなく老朽化による倒壊の危険、雑草の繁茂による景観の悪化、害虫の発生など地域全体のイメージダウンに繋がりかねない。
こういった建物に関しては行政代執行――所有者が管理を怠っている空き家について、行政が代わって適正な管理を行う事――によって撤去する措置を取る事も可能で、建物の所有者の所在が不明ならば略式代執行として必要な措置を行える。ただし所有者が確定できないと行政が負担しなければならず、その費用は数百万から数千万円にも及ぶ事がある。そういった観点から、鳴羽田区は行政代執行に消極的で、結果的に犯罪の助長に繋がっているかもしれない。
「……やはり撤去するべきだよなぁ」
「しかし、あまりにも多すぎます。現状だと全ての撤去は難しいかと」
「撤去費用に区の財源を充てるしかないか。でもそれだと財政調整基金がなぁ……」
「何か売ろうにも、鳴羽田区には売れる土地も無いので……」
石井がそう呟いた時だった。
西丸の頭に、ふと
「あっ!」
「え?」
「売れるもの、あるじゃないか! それも物凄く高く売れそうなのが!」
西丸の言葉に、石井は困惑する。
「売れるもの? そんなものこの街には……」
「空だよ!! まだ「空中権」があるじゃないか!!」
空中権とは、土地の上空の空間の一部を使用する権利の事だ。
実はこの空中権、建物で使わなかった空間を他の建物に移して売却する事ができ、億単位で取引される事がザラとある。使われなくなったビルや廃墟にある空中権を売り、その金で解体や再開発に充てるのである。
「廃墟と古いビルが区内にどれだけあるか調べよう。それと建設工事の予定も」
「わかりました」
石井が足早に区長室を後にすると、西丸は早速議会の承認を得る為に草案の作成に取り掛かった。
鳴羽田区議会。
西丸区長の初の予算案が審議される、第一回区議会定例会議が開かれた。
彼が考えた案は、議員報酬と公務員の年収を1割削減する事や行政視察の予算の全カットなど、予算削減に重きを置いたもの。それ故に議員からの圧倒的猛反発が予想されたが……。
《区長、この副業禁止の規制緩和はどこまで許容されるのですか?》
《副業禁止の三原則、すなわち「信用失墜行為の禁止」「守秘義務」「職務専念の義務」の三つの観点を遵守した「勤務時間外での副業」は容認したいと思います。具体例で言うと株式や投資、不動産、講演・執筆活動、農業で、これは公務員だけでなく議員の皆さんにも当てはまります。ただし副業の所得が20万円を超えた場合は確定申告が必要なので、そこはご注意下さい》
マイク越しに回答する西丸に、議員達は唸る。
彼が考えていた打開策は、公務員と議員の副業禁止の規制緩和だ。
働き方の多様化が進んだ昨今、公務員と議員は未だ厳しく制限されており、社会の変化に適応できてないという問題が浮上している。それに加え近年の経済状況の変化に伴い給与が減少する自治体が相次いでおり、副収入の必要性が問われてきている。
そこで思いついたのが、スキルアップや地域貢献に繋げられる副業の認可だ。副業を通じて得た知見を本業に活かし、地域活性化や行政サービスの質の向上に繋げる――それが西丸の狙いだった。
《区長、区長の前職である動画投稿はどうなんですか?》
《三原則に則った投稿であり、プラスアルファで「公益性の高い配信である事」「収支報告を定期的に提出する事」の条件を満たしていれば許容します。知識の伝授や鳴羽田区のPRなどが具体例です。当然、僕もそれに従います》
議員達の疑問に答えつつ、西丸は案の説明を続ける。
《そして副業年収が250万円を超えた場合、超過分は全額区に納める制度……「副業特別納付金制度」を設けたいと思います。区は得た資金を基金として、有事の際の財源に充てたいと考えています》
副業ができるようになれば職員や議員のスキルアップや地域貢献に繋がりやすくなり、副業特別納付金制度が運用されれば区の財政に潤沢なカネが流れ込む。それを活用して様々な政策が十分な予算を組んだ上で展開され、区民の生活が豊かになり、カネをかけて治安維持の強化ができる。そうすれば治安が改善し、区民の安全が保証され、移住者が増え、税収が増える――まさに「悪循環を好循環に」の流れを形成できるのだ。
無論、上手くいけばの話ではあるが。
《副業特別納付金制度は義務ですか、任意ですか?》
《義務です。任意だったら透明性が保たれないので。これは僕自身も含めて絶対的なものです。……他に質問は?》
西丸が尋ねると、議員達は沈黙を貫く。これ以上の質問はないようだ。
《よろしいでしょうか? ――では議長》
《えー…それでは、予算案に賛成の方はご起立をお願いします》
議長の言葉に、議員達は一斉に立ち上がる。
《賛成多数と認めます。よって、本議案は原案通り可決されました》
西丸の提案した予算案が可決され、彼は深々と頭を下げる。
これにより、鳴羽田区の公務員・議員の副業が条件付きで解禁され、副業特別納付金制度が施行されて基準を超えた個の収益は区に還元される事となった。
この制度は後に「西丸式徴収」と呼ばれ、全国の自治体に広まっていく事になるが、それはまだ先の話である。
*
西丸区政が始まり、三ヶ月が経った頃。
区役所の食堂では、公務員達が昼飯を食べながら噂話に花を咲かせていた。
「なあ、
「今、西丸区長に倣って動画投稿してるんだ。主に鳴羽田区のボランティア活動の様子を撮って投稿してる。
「俺か? 俺は学生向けのアパートの大家してる」
副業に関する会話で、二人は盛り上がる。
副業特別納付金制度が施行されて以来、区の収入は増えて公務員も副業で質が向上していき、人事にも変化が訪れた。動画投稿・編集の技術がある者は広報部へ、小規模農業を始めた者は農政課へ異動となり、適材適所で振り分けられるようになったのだ。
世良も元々は職員課の職員だったが、動画投稿を始めるや否や西丸から辞令が出され、広報課へ異動して区のPR活動としての動画投稿・配信を任されるようになった。
「前の区長は情弱だったのにな」
「そりゃ、区長は元々有名な動画配信者だからなぁ」
そう談笑していた彼らに、一人の男が声を掛けた。
「すみません、お隣よろしいですか?」
「あ! どうぞどう…ぞ……」
世良はその男に目を向けると、言葉を失った。
何と、まさかの西丸区長その人。あまりにもフラッと現れたので、これには世良と親しい者達も驚きを隠せない。
「に、西丸区長!?」
「世良さんでしたっけ? お隣失礼します」
そう言って西丸は椅子に腰かけると、両手で持っていたお盆をテーブルに置いた。
注文したのは、ざるそばセット。区長という肩書とは裏腹に、随分と庶民的だ。
「うん、やはりここのそばは美味い」
そばを啜る西丸は、満足気に笑みを浮かべる。
「あの……西丸区長、何故ここに……」
「いや…今日はたまたま食堂でお昼を食べたい気分だったんで」
「そ、そうなんですか……」
小さく笑う西丸に、世良は困惑する。
まさか、自分達のような一職員に気さくに接してくれるとは。自分達を見下していた面がある人物だった前区長とは大違いだ。「対決より解決」を掲げているだけある。
だからこそ、不安になる事がある。
(……潰れなきゃいいけど)
それだけが、世良の抱える不安だった。
この国は法治国家だ。〝平和の象徴〟オールマイトをはじめとしたヒーロー達も、集団の作る社会や法に従って生きており、政治家はその集団の行く末を左右する事ができる。
西丸は政治家として新しい風を吹かせるだろう。だが、それを快く思わない者達が
(西丸区長……どうか気をつけて)
他の職員と気さくに話す西丸を見ながら、世良は密かに願った。
この人を、絶対に失ってはならないと。
同時刻、ヒーロー公安委員会の庁舎。
公安委員会会長は、ある人物に任務を言い渡していた。
「……次は誰だ」
ピンクとダークブルーのバイカラーの髪の毛が特徴の美女が、会長を質した。
彼女の名は、
人々に慕われる表の顔と、法を犯したヒーローを監視・暗殺する暗殺者という裏の顔を持つ公安委員会直属のプロヒーローである。
「そうだったね……今回の任務は、少し毛色が違う」
「?」
「彼を監視してほしいんだ」
「……こいつは…!」
会長から渡された顔写真を見て、ナガンはひどく驚いた。
それは東京で…いや、日本で最も注目を集めている若き政治家。
名前は確か――
「西丸伸太郎……」
目を丸くする彼女に、会長は「流石に君も知っているか、ナガン」と言うと、西丸に関する資料を差し出した。
「監視してほしい理由は、彼の価値観や思想信条が現在のヒーロー社会とは相容れない可能性が高いからだ」
会長曰く。
西丸が掲げる公約の一つ――「就労支援政策を実施し、全ての住民が安心して働ける街にする」が、この社会におけるヒーローの正しさを否定しかねないと公安上層部の意見が続出したという。なぜなら彼は元
しかし、彼は犯罪に一切手を染めておらず、何よりも時の人と化している。そんな彼をいきなり始末する訳にもいかないので、公安委員会は西丸の監視を決定。その任務をナガンに命じたという訳だ。
「彼の動向、そして主張に耳を傾けてくれ。そしてもしも、彼の発言や行動が超人社会を、ヒーローの信頼を揺るがすものだと我々が判断したら……わかっているな?」
「…………」
社会の基盤を揺るがしかねない人間達は皆、法に裁かれる事なく罪ごと消す。
それがヒーロー公安委員会が、麗しきレディ・ナガンに与えた義務であり、彼女自身も承知している。
しかし、今回のこの西丸に関しては、明らかに過剰だ。彼は犯罪者ではなく、無個性の政治家だ。確かに掲げる政策は斬新で奇抜だが、それだけで今の社会を脅かすと危険視されるのはあまりにも話が飛躍している。
いや……違う。彼が脅かしているのは、社会ではない。この社会において「ヒーローはどんなときも絶対に正しい」と謳ってきた、旧い権力者達だ。
「話は以上だ。任務は明日から頼むよ」
「……わかった」
そう一言だけ返し、彼女は踵を返して足早に部屋を去った。
(……何が正しいんだ? 私のやってる事は正義なのか?)
ナガンは自問する。
自分は公安の指示の下でプロヒーローや犯罪組織への諜報活動を行い、秘密裏に抹消し続け、必要悪としての任務を全うしてきた。
表のヒーロー達が紡いでくれた希望を、誰かが維持しなければならない。超人社会の土台はヒーローへの信頼だからだ。
ヒーロー社会の基盤を守る為に、この手を血に染めてきたはずなのに、今回は社会の歯車ではなくヒーロー社会の上層部の都合ではないのか。
「………私は…一体どうすればいい……?」
若き政治家の顔写真に、ナガンはなぜか問いかけずにいられなかったのだった。
返事など返ってくるはずもないのに。
というわけで、西丸は副業規制を解除し、指定した収入の基準の超過分を区に納める仕組みを作りました。カネはどうしても必要になるんですよね、政治において大きな事をするには。
ちなみに空中権は、売れるところは売って「ある計画」の資金にするつもりのようです。
チラッと出てきた副区長・石井達三は、西丸の右腕として活躍します。
容姿や雰囲気は「悪役令嬢転生おじさん」の屯田林憲三郎をイメージしていただければ。
そしてやっぱり、公安は西丸を快く思ってない様子。
会長はナガンに西丸の監視を依頼しましたが、果たして上手く行くものなのか。もしかしたら彼女が西丸に絆されるかもしれません。
次回、順調に区政運営をする西丸が思わぬ出会いを。
彼の判断に注目。