東京都知事は、毎週金曜日の午後2時に定例記者会見を行う。
時間にして大よそ30分から1時間程だが、その間の記者とのやりとりは一種の駆け引きであり、庁内のみならず都民へ向かって生の知事の気持ちが伝わる、非常に大事な場である。時々迷惑系の記者も混じってるが、西丸に返り討ちに遭うのがお約束だ。
「……他に質問は?」
挙がった質問に全て答え、残り時間も10分弱になる。
もうそろそろ切り上げてもいいかな、と考えた時だった。
「すみません、あと一つだけよろしいですか?」
「どうぞ。確か……
毎朝新聞や
女性記者は「政策とは全く関係なくて恐縮ですが…」と前置きをした後、西丸に向けて質問した。
「先日、静岡県にてヘドロ状の平生型個性の強盗犯が、男子中学生の身体を乗っ取って
(ヘドロ状の
冷静さを装う西丸だが、内心では驚愕していた。
ここ最近は出張が続いてたので新聞をチェックしてなかったが、もう〝あの事件〟が新聞に取り沙汰される時期まで来たのだ。
(という事は、出久君はもうオールマイトに出会って……)
「事件の顛末は西丸都知事も承知だと思います。ぜひ都知事の私見を伺いたいのですが」
(……まぁ、あの事件は思うところあるしな)
女性記者の質問に、西丸は答えた。
「まず、件の出来事を「ヘドロ事件」と呼称した上で述べさせていただきます。ヘドロ事件では中学生を人質に取るだけでなく、その〝個性〟を利用して破壊活動を行ったと報道でありました。
西丸は自らの事件に対する認識を示すと、意見を述べた。
今回の
学校側は規定した通学路の見守りを強化、あるいは見直しを行い、万が一に備えて所轄の警察やヒーローに協力を要請する事。
見知った場所でも
これらの私見を口にした上で、西丸は最後に一言告げた。
「……事件の当事者の人間でない僕が言うのもアレですが、都民だけでなく全国の皆さんに強く警告します。いつどこで犯罪に巻き込まれるかわかりません、少しでも危険を感じたらその場からすぐ逃げてください。自分の命にかかわります。…以上です」
辺りが静まり返ると、西丸は「他に質問がないようでしたら会見は終了です」と告げて退室する。
そのまま執務室へと戻り、申請書類を処理しながら溜め息をつく。
(ついに物語が始まるのか…出久君は、オールマイトの後継になったのかな)
「都知事、失礼します」
「虎太郎……」
ドアを二回ノックして、秘書の立華が部屋に入ってきた。
「都知事、静岡県知事の
「ああ、もうできあがったんだね? ありがとう」
西丸は立華から資料を受け取り、目を通す。
(猪上知事は雄英普通科のOB。会談内容も、少なからず雄英の意向が影響しているはず)
西丸は資料を読みながら分析する。
静岡県は
また、個性社会における静岡県はヒーロー産業による一極集中――企業の本社や業務機能が特定の都市に過度に集中する現象――が加速してる為、経済効果の面での影響力も強大。大阪を超えて東京に次ぐ。
超常以前より静岡県は物流と観光の要衝である為に経済規模が全国トップクラスであったが、巨大インフラや産業振興を通じて全国規模の政策に直接的な影響力を持っていたが、超人社会においてはより強い発言権を持つようになり、実質「副首都」と言っても過言ではない。
そんな静岡県の最高責任者が、静岡県知事なのだ。
(……だとしても、全国の首長の頂点たる僕の意見は無下にできないはず。その関係を利用させてもらおう)
「……知事、いかがでしょうか」
「うん、そうだね……もう一つだけ議題として追加してほしいな」
西丸は問題ないと言いつつ、立華に注文した。
「というと?」
「雄英高校の全寮制への変更について、だ」
西丸は立華に説明する。
雄英高校のネームバリュー及びブランドは、在校生という事実だけでも大きな影響を及ぼす。それは時に
また、学校は性善説に基づくシステムで、生徒は本来的に善なる心や成長の可能性を持っているという前提の教育現場だ。そのシステムを逆手にとられれば世間や警察からの信用を大きく落とす事にもなる。
生徒の安全確保、学校側の情報漏洩防止、交通の便における生徒と家族の負担軽減……様々な観点における課題を一気に解決するにはうってつけだ。
要するに、全寮制は通学制より利点が多いのだ。
「では、そのように付け加えます」
「よろしく頼むよ。僕も少し根回しをしておく」
西丸はスマートフォンを取り出して不敵に笑うと、立華は「相変わらずの行動力ですね」と微笑んだ。
*
5日後、静岡県の市営
静岡県庁での猪上知事との会談を終えた西丸は、園内の喫煙コーナーで考え事をしていた。
(会談で取り扱った
カナディアン型のパイプで一服しながら、西丸は振り返る。
今回の会談では、専門人材の相互配置や相互PR事業、学校間連携に環境整備活動といった複数の項目についてお互いの考えを擦り合わせ、合意を得た。猪上知事は西丸の考えにとても好意的で、双方にとってメリットのあるものとなった。
しかし、雄英高校を全寮制に変更するよう根津校長に勧めてほしいと意向を伝えると、猪上知事は笑いながら西丸にこう言ったのだ。
――西丸都知事は心配性ですな! 雄英高校には完璧なセキリュティゲートがあるんですぞ? それに生徒に手を出せば、雄英で教鞭を振るうプロヒーロー達を敵に回すも同然…
「ったく、猪上知事は考えが甘い……!!」
それが西丸の本音だった。
雄英高校を信頼しているのは伝わったが、危機管理の重要さや情報漏洩の恐ろしさを考えると全寮制に変更する事を検討するはずだ。事実、西丸が新設した首都防衛局は小中学校の通学路の見守りをヒーロー事務所と連携して行っており、未成年の犯罪被害の予防に努めている。
これもある意味、社会ぐるみのヒーロー依存が原因と言えるだろう。県知事がこの有様なのだから、雄英高校教師陣もあまり期待できそうにない。
(やはり、脱ヒーロー社会は進めなければならない)
西丸はそう結論付け、吸い終えたパイプが完全に冷えたところでクリーニングを始める。
そこへ関係部署への連絡を終えた立華が現れ、出発の準備は整った旨を報告した。
「お待たせしました。出発の用意が整いました」
「ああ、ご苦労。じゃあ、手入れが終わったら帰るとしよう」
静岡での用事は全て済ませた為、愛用の軽トラに乗り込もうとした時。
西丸の耳が、どこかで聞き馴染みのある声を拾った。
「ヘイヘイヘーイ! 何て座り心地のいい冷蔵庫だよ~」
「……都知事、今の声はもしや」
(そういえばこういう時期だったっけ…)
西丸は立華と共に海岸へ向かうと、漂着物と不法投棄まみれのゴミ溜めの中に見慣れた人影が二つ。
傍から見ればあり得ない組み合わせ、西丸から見れば運命の巡り合わせと言える組み合わせだ。
「入試同日まで残り10か月で器を完成させなきゃ!!」
「そこでこいつ! 私考案〝目指せ合格アメリカンドリームプラン〟!! ゴミ掃除をより確実にクリアする為のトレーニングプランだ。生活全てをこれに従ってもらう」
「おや、これは珍しいものを見た」
「「ヒャッ!!?」」
西丸がわざとらしく声を掛けると、人影二つの正体――オールマイトと出久は肩を盛大にビクつかせた。
「な、なななな、西丸君!!?」
「西丸都知事!? 何でここに!!?」
「いや、猪上知事と会談があってね。その帰りにここの喫煙コーナーで一服してたのさ」
二人揃ってアワアワする光景に思わず和みつつ、西丸は話しかける。
「ここのゴミに関しては、今日の会談で行政代執行に踏み切る方向で話がまとまったんですが……オールマイトがこれを片づけてくれるんですか?」
「い、いや! あ、でも、その……」
「どうしました? 〝平和の象徴〟ともあろう者が何か疚しい事でも?」
「しゅ、守秘義務だっ!!! HAHAHAHA!!!」
物凄く汗だくで誤魔化すオールマイト。
しかし、それも当然。実は出久を後継者にしたいが、〝個性〟を受け継ぐに相応しい体つきではないのでトレーニング兼ボランティアとしてこの海岸をゴミ掃除をします……だなどという全方向秘匿案件を口外できるはずもない。
壁に耳あり障子に目あり、だ。
「…………」
「では、そういう事にしておきます。大体わかりますけど」
「ファッ!!?」
含みのある笑みを浮かべる西丸に、オールマイトは冷や汗が止まらない。
完全にNo.1ヒーローを手玉に取ってる様子を見て、出久はただただ呆気にとられている。
「――出久君、久し振りだね。データ管理はちゃんとやってるかな?」
「あ、はい…」
「僕は君と会って以来、その分析力と地頭の良さは高く買っている。どうだい、そのまま中卒で僕の第二の秘書にならないか? 僕は学歴や〝個性〟の有無で人を差別しない。親御さんには僕が直々に説得に行こう」
西丸はダメ元で出久を勧誘した。
オールマイトに比肩する影響力を持つ東京都知事が直々にスカウトしたとなれば、以前の出久ならば引き受けていた。無個性でありながら時代を切り拓く西丸には、出久自身も憧れていた。
しかし、今はもう違う。すでに道標は示されているのだ。
「西丸都知事…僕はヒーローになります。オールマイトみたいな最高のヒーローになって、あなたのように大勢の人達を守れる人間になります!! なので……その話はお断りします」
「……そうか」
出久の答えに、西丸は笑った。
――やはり彼は、そういう運命の星の下に生まれたんだ。
そう確信した西丸は、かつてある子供に向けて言った忠告を出久にもした。
「これは昔、ある少年にも言った言葉だ。……真のヒーローというものは、世の救い・人の救いになる行いを積み重ねてきた人間が、皆に認められてようやくなれるものだと僕は思ってる。オールマイトみたいになる事じゃなくて、目の前の人を助けたいという思いを大事にしてほしい」
「っ…!! はいっ!!」
「頑張れ少年!!」
西丸に激励された出久は、涙目で握手を交わす。
その光景を間近で見ていたオールマイトは、ボソリと呟いた。
「あの……彼の師匠は私なんだけど……」
*
さらにそれから月日が流れ。
西丸は愛する家族の為にと静岡の温泉地へ旅行に訪れていた。
「フゥ……善治郎、どうだ?」
「こんなおっきなお風呂はじめて!」
「ははは! それはよかった」
今年で年中を迎える息子が初めての温泉を楽しめている事に、西丸は満足そうに笑う。
日本一の総檜造り大浴場で知られる名湯は、 弱アルカリ性の単純温泉で肌への刺激が非常に少なく、子供の温泉デビューに最適だ。
「火伊那もどうかな?」
「………」
「火伊那?」
「あっ……悪い、少し、な…」
妻の火伊那は、どこかぎこちない様子。
怪訝な表情をする西丸だが、彼女の視線が自身の右肩に向けられてる事に気づく。
「……まだ気にしてるのかい?」
西丸は右肩の傷痕を指差した。
その傷は、区長時代に火伊那が付けたもの。個性社会の事件史に名を刻む「鳴羽田区長狙撃事件」において、彼女が当時のヒーロー公安委員会の密命で西丸を撃った際の銃創だ。弾自体は肩を掠ったが皮膚を抉った為、今でもくっきりと残ってしまっている。
それはまるで「お前の罪は決して消えない」という戒めを常に感じさせるようで、火伊那が夫に対して引け目を感じてる一因となっているのだ。
「…火伊那、縛られるな。今を生きるんだ。君は僕の大事な妻で善治郎の母なんだから、堂々としていてくれないと困るよ? 善治郎を心配させちゃダメだ」
「……!」
西丸は優しく諭すと、火伊那は「……悪かった」と微笑みながら小さな声で謝った。
その光景を、ジト目で眺める者が一人。
「……何でこの場に俺がいるんですかね」
「荼毘君、自分へのご褒美をあげなきゃこの先やってかれないよ?」
全身の火傷が目立つ青年は、顔馴染みの大人にツッコまれた。
かつて瀬古杜岳で死亡したと思われていたエンデヴァーの長男――荼毘もとい轟燈矢は、西丸に誘われて旅行に同行する事になったのだ。
まさか誘った目的が「善治郎の見守り役」で、しかも著名な元女性トップヒーローと混浴するハメになるとは思わなかったが。
「……目に毒なんだよなァ」
「フフ…ママ以外の女と風呂入るのは刺激が強すぎたか? 荼毘」
「――ボス、あとで酒いっぱい飲ませてくれ。今の事忘れてェ」
遠い目をする荼毘に、西丸は「急性アルコール中毒になるからダメだね」ときっぱり断った。
入浴を終え、夕食に舌鼓を打った後。
西丸は火伊那と荼毘を自身の晩酌に誘った。
「うめェ…」
「だろう? 富士の名水を使った地酒だ。ここの旅館は勇人も勧めてるからね」
「へえ…あの法務大臣様がね」
四人掛けのテーブルに西丸は荼毘と隣同士、対面側に火伊那という形で晩酌をする。
なお、善治郎は早めに就寝している。
「……で? 何か俺に言いたい事があんだろ、ボス」
「ああ。君の家族関係についてね」
「おいおい、あの地獄に戻れとか言わねーよな」
「いいや、逆だ。僕の養子にならないか?」
西丸の発言に、荼毘は口に含んでいた酒を盛大に噴き出した。
火伊那は「もったいないな、いい酒なんだぞ」と呆れた目つきでハンカチを渡した。
「ゴホ、ゴホ!! ちょ…イカレてるだろアンタ…!!」
「至って正気だ。僕なりに熟慮した上だし、火伊那も承知している」
西丸は真剣な眼差しで、理由を語り出した。
「君はエンデヴァーの社会的弱点だ、公になればヒーロー社会が大きく揺らぎ、彼の進退にもかかわる。――それ自体はどうでもいいが、そういう
「……」
荼毘は困惑に満ちた表情で沈黙する。
焦凍の後ろ髪を引っ張る生き方はしたくない。だが自分の今までの人生が、浮浪者紛いの不審者である今の自分が差し伸べられた手を握ったら、恩人の一人である西丸の政治生命を奪うきっかけになり得るのではないか。
迷いに迷う荼毘だったが、ここで意外な人物から助言が舞い降りた。
「……荼毘、私は受けていいと思うぞ?」
「なっ…」
「私の旦那様はそんなにヤワじゃない。それに善治郎にとってもいい事だと思うぞ。歳の離れた兄ができるみたいなもんだし」
遠慮しなくてもいいと笑う火伊那に続き、西丸も口を開く。
「何も僕を父として受け入れろってわけじゃない。ただいつも通りの関係を法律上にも成立させるだけさ。それにそうすれば戸籍が作れる…戸籍はあると色々と楽なんだ。……別に今すぐにとは言わない。ゆっくり考えて答えてくれていいし、断るならそれで構わない」
西丸は最後に一言付け加えると、再び盃の酒を呷る。
「……少し、考えさせてくれ」
荼毘もまた、盃の酒を一気に飲み干してぽつりと呟いた。
その時、西丸のスマートフォンがブブブブ…とバイブレーションした。画面には「國松帯人」の文字。
西丸は「少し席を外すね」と立ち上がり、客室を出て廊下で國松と話し始めた。
「帯人、どうした?」
《休暇中悪いな、伸太郎……少し厄介な事になった》
國松は電話越しに、今日の昼間に起きたある事件を語った。
事の発端は、東京港での国際密輸団の摘発。彼らは西丸が政治生命を懸けた薬物戦争の元凶たる「トリガー」を密輸しようと企てており、港の埠頭でコンテナから次々と搬入していたが、事前に情報を入手していた海上保安庁と東京都首都防衛局、海難事件を主に担当するプロヒーロー・セルキーによって一味は瞬く間に制圧された。
その大捕物の調査の中で、件の密輸団はトリガーだけでなく国内未認可のアメリカ製サポートアイテムを多数持ち込んでいる事も発覚。警視庁も警察庁も寝耳に水の大ごとに発展したのだ。
《今は全部警察と海保に任せてるが……どうする?》
「その違法サポートアイテムを誰に売るつもりだったか調べよう。かなり大きな組織犯罪だ」
《ああ…こっちから勝手に〝ウォーターゲート〟に連絡しておく。この件は氷山の一角に過ぎねぇ》
「うん、ご苦労。月曜にその一件についての会議を行う事にするから、四元さん達にも周知してくれ」
西丸は國松と通話を終え、一息ついた。
「さてと……東京に戻ったら対策を考えないとね…」
その呟きを最後に、西丸は客室へ戻ったのだった。
今回の話の解説。
ヒロアカの政治情勢が不明なのでほぼ全てオリジナル設定ですが、雄英高校がある静岡県の政治的影響力は相当なものだと思い、本作では東京都知事の次に静岡県知事が強い影響力を持っているという設定です。
そして雄英高校の卒業生が静岡県知事になりやすい事にもなってます。一応あそこ偏差値79の高校ですからね。
猪上知事は見た目が猪のよくある獣人みたいな感じで、異形型を平生型に名称変更させた西丸には敬意を払ってますが、ヒーローに絶対的信頼を置いているのでやや考えが甘いです。
そして今回から原作の流れに乗りました。
皆さんも薄々感じてるかと思いますが、西丸はデク君とショート君に一目置いてます。特にデク君に対する提案は本気で、もし頷いてたら自分のノウハウを全部叩き込んで、政界に送り出すつもりでした。
荼毘君の養子縁組の提案も本気ですが、あくまでもショート君との関係を考慮してるので、決して無理強いはしません。ショート君が「俺も一緒にしてくれ」と言って来たら流石の西丸も困り果てるでしょうが。(笑)
そして最後に出てきたある事件。何やら不穏な気配がしますね…。
黒幕は誰なんでしょうな~。
次回から少しずつですが本格的に雄英に関わらせようと思ってますので、お楽しみに。