ちなみにどうでもいい話ですが、前回のスマイリーの件で西丸は奥さんに満面の笑顔でライフルの銃口を突きつけられたそうです。
レディ・ナガンも夫にキレる時があるそうです。
雄英体育祭。
日本最難関のヒーロー科を抱える国立雄英高校にて行われる、〝個性〟ありの体育祭。テレビ放送では高視聴率をキープ中な日本のビッグイベントで、かつての「オリンピック」に代わって全国を熱狂させている。
しかし、激務に慣れてきた西丸にとって、そういうのはお構いなし。あくまでも東京都が大事なので、東京都の為に働いている。それゆえに前回の大会では開会式でのスピーチと開会宣言を頼まれたが、「雄英体育祭は静岡でやってるんだから、静岡県知事がやるべき」の一点張りで断った。その情報をマスコミがキャッチし、定例会見で西丸が雄英体育祭を観ていない事について変に追及されたのはいい思い出だ。
「都知事、念の為録画はしておきましたよ。変な質問また来ても困るでしょうし」
「いつも痒い所に手が届くね、虎太郎」
補正予算案に関する議会を終えて執務室に戻った西丸は、立華に労いの声を掛ける。
「時間としては、ちょうど最終種目の頃。早送りで観ますか?」
「定例会見は金曜だ。まだ時間があるから、流しで観ればいい。それにどういう質問が来るかも大よそ見当つくしね」
執務室にあるポットで、コーヒーを入れながら笑って言う。
「今回は轟君も緑谷君も出ますね。優勝は轟君でしょうか?」
「いや、僕に正面からアンチのスタンスを見せた爆豪君じゃないかな? 彼は才能マンだって出久君から聞いたしね」
「……私は、彼の事をあまり受け入れられない」
先日の雄英高校視察の一件を思い出し、苦い顔をする立華。
しかし西丸は意にも介さず、コーヒーを飲みながら話を続けた。
「あの程度の罵倒なんか優しい方さ、酷い時は日刊紙に〝ヒーロー社会最大の
「スゴい炎上しましたもんね……しかも「聞いた事ないからすでに廃刊になってるんじゃないか」って追撃しちゃって変な騒動に…」
「あの時は皆に迷惑かけたね……あんな事で訴えるとは思わなかった」
申し訳なさそうに呟く西丸。
自身への誹謗中傷を気にするどころか、それ以上に煽りに煽った発言が物議を醸し、何と日刊紙が過激に反応して訴訟に発展したのだ。当然裁判所は日刊紙の訴えを棄却したが、物凄く面倒な騒動だった。
あの時は遠見絵が顔面蒼白になって倒れそうだったので、彼女には心臓に悪い思いをさせたと反省している。
「ですが都知事、過激な誹謗中傷やマスコミの好き勝手には然るべき措置を取らねばなりません」
「今は僕一人で済んでるから現状維持さ、つまらない回答を繰り返せば向こうも記事にならないと折れるだろ」
「相変わらず、自分への悪口には無頓着だな」
「國松副知事」
そこへ、護身用の杖を突きながら國松が姿を現す。
「権力を持つメディアは、過熱報道を始めたら止まらない。自分達の既得権益の為に支持率を意図的に下げたり辞職するまで追い込むぞ」
國松はそのまま執務室の都知事席のすぐそばのイスに腰掛けると、大きく溜め息をついた。
「――今はお前の「実績」と「人望」という巨壁が守ってくれてるが、お前を良く思わないマスコミは少なくないぞ。最近だと週刊誌をソースにするどころか自分達がバラ撒いたデマを根拠にするクズもいると聞く…」
「帯人……」
「俺としては定例会見の継続は反対だ。今は誰でも投稿できて閲覧可能な動画サイトやSNSがあるんだ、そこに上がってる声を集めて、それに対する回答を公式アカウントや動画チャンネルで発信すりゃいいだろ」
マスコミに上から目線で虐められるだけのイベントでしかない記者会見は、定例も含めて中止すべし――國松はそう意見する。
しかし西丸は、今の自分に求められるのは冷静さと節度を保って都政を運営する事だと返す。
「デマや憶測に熱くなるのは逆効果…会見はちゃんとやってガス抜きしないといけないだろう?」
「……で、俺の意見は?」
「月に2回に変えようと思う。時間は有限だし、メディアも残業や休日出勤が多い業界……互いの心身の健康の為に会見を週一から変えるのは、やってみる価値がある。虎太郎、準備を」
「今すぐに」
メディア業界への気遣いという名のマスコミ対策を思いつき、西丸は関係各社の為に準備を進めるよう立華に命じる。
報道に対して硬派である國松はホッとした表情を浮かべると、スマートフォンを取り出して雄英体育祭の生配信を見始める。
「……お、何だか面白い事になったぞ伸太郎」
「!」
「お前の推し二人…直接対決すんぞ」
西丸はコーヒーカップをソーサーに置き、國松のスマートフォンを覗き込んだ。
画面の中では、緑谷と轟が激突しようとしていた。
ある工事現場の詰所。
唯一ヘルメットを脱いでくつろげる憩いの場で、荼毘はタバコを咥えながらテレビを観ていた。
「雄英体育祭か。荼毘も今回は興味あんのか?」
「……まぁ」
上司であるイサム社長が、麦茶のペットボトルを片手に荼毘に話し掛ける。
普段は雄英体育祭に一切興味を向けない若き労働力が、まじまじとテレビを観ている事に内心では驚いていた。
「ん……? あ、あー! 弟君!!」
「マジか!? すっかり大きくなって!!」
「初めて会ったの小学生だったろ? 豆粒みたいにちっさかったのにな!!」
「流石にそんなに小さくねぇよ」
同僚達の反応に呆れつつ、轟と緑谷の激突を見守る荼毘。
いつもの無愛想さはどこへやら、目を細めて口元が緩く弧を描いているのをイサムは気づいた。
「弟君、頑張ってるじゃねぇか」
「……俺の自慢だからな」
「――会いたくはねぇのか」
「ヒーロー科の生徒が俺みてぇな浮浪者と交流してるなんて話が広がったら、除籍処分じゃ済まされねぇだろ」
荼毘の反論に、イサムは押し黙る。
西丸の政策のおかげでグレーゾーンへの風当たりは弱くなったものの、未だに
「ボスも多分、同じ事言うだろうなァ…」
「俺もそう思うぞ」
スネに傷持つ者達の最大にして唯一の理解者である西丸もまた、荼毘を気に掛け続けている。
むしろ多忙さで言えばイサム達よりもずっと重労働な立場なのに、プライベートの付き合いまで継続してくれている。東京都知事のスキャンダルとして週刊誌に載って大炎上してもおかしくないのに、そのリスクを承知の上で付き合っている彼の器量には驚くばかりだ。
「……あの緑髪の子、随分と無茶してんな。……いや、弟君も結構シビアな戦い方だな」
「こっちじゃ炎使ってたんだけどな~」
「タバコの火ィ付けてくれる程度だったろうが」
「弟君、両方使った方が盛り上がるぞ~」
顔見知りである少年の戦いを談笑しながら観戦すると、突如として焦凍の左半身から炎熱が噴き上がった。
一転、詰所内は衝撃と興奮に包まれる。
「おおっ!?」
「弟君、ついに出したな!!」
「お遊びはここまでってか!!」
「緑の坊主も頑張れ!!」
焦凍が全ての力を解放すると、詰所の熱気が高まり歓声が上がる。
荼毘はポーカーフェイスを装うが、口元を綻ばせながらテレビを眺めている。
「……頂点まで行っちまえ、焦凍」
――新宿、ARI本部。
「…………」
「
「そりゃそうだろ!!」
日本裏社会の情報産業の元締めであるミカドは、ジェントル・クリミナルにそう声を掛けられてイスの背もたれに身体を預けた。
「何が「俺の野望をお前が果たせ」だ、バァーッカ!! 野望ってのは自分の責任で果たすもんだろ!! そんなんだから
「相当荒れてるわね…」
「まぁ、その気持ちはわかるよアタシ」
エンデヴァーへの悪口を全開にするミカドに、ラブラバと珠緒は苦笑いしながら呟いた。
ミカドは基本、情報屋として顧客は選ばない。ヒーローだろうと
そんな彼でも、たらればとはいえ今回のエンデヴァーの発言だけは看過できなかったようだ……。
「それよりおかしいのは青山優雅って生徒だ。名前と〝個性〟がなぜ一致しない?」
ミカドの言葉に、全員がハッとなる。
〝個性〟を持って生まれた人間は、例外なく名前が〝個性〟の特徴を直接表している――それが超人社会の摂理。だからこそ、名前と関連性のない異能を持つ事はまずあり得ない。もしあるとすれば、
もっとも、緑谷出久に関してはすでに調べは付いており、オールマイトとの関係から真相をほぼ掴んでいるのだが。
「よし、青山優雅に関する情報をありったけ集めるぞ。全ネットワークを駆使して素性を徹底的に洗う」
「ミカド?」
「情報屋としての勘が囁いてんのさ…このガキを逃がすなってな」
そう言って自室のコンピュータを起動し、ミカドは己の勘を信じてヒーローの卵にロックオンしたのであった。
*
雄英体育祭からしばらく経ち。
西丸が定例会見を始めた途端、ほぼ予想通りの反応が返ってきた。
「なぜ減らすのですか!? 知る権利を何だと思ってるんですか!?」
「私達はあなたの行動が正しいかどうかを審査する義務があるんです!!」
「我々には報道する自由があるんです!!」
(……ぶん殴りたい)
御託を並べるマスコミに青筋を浮かべる立華。
対する西丸は眉一つ動かさず、至極淡々とした声で答える。
「理由は簡単です、皆さんの健康の為です」
まさかの理由に、記者達は呆気に取られた。
「いや、どうもジャーナリスト界隈は夜討ち朝駆けは当たり前、締め切りと戦い休日返上も珍しくないと聞きましてね…。体力や精神も削られつつ、それでも週一は必ずここに来て僕とやり取りしなきゃならないって、滅茶苦茶大変じゃないですか?」
「そ、それは…」
「僕としても、なるべく裏取りした上の質問が欲しいんですよ。つまんない質問にはつまんない回答しかできないからです。それだったらじっくり取材して休暇も取ってほしいなって。皆さんには多少の不平不満があるかもしれませんけど、どうかご理解いただきたい」
西丸はその場で報道陣に深々と頭を下げた。
自分達に気を配った決断となれば、流石に文句を言いづらい。しかも定例会見はネット配信されてるので、ここで食い下がればSNSで袋叩きに遭うだろう。当然そんなリスクを負いたくない報道陣は、受け入れるしかなかった。
「まぁ、そういう訳なので。肩の力抜いていきましょう。では次の質問を」
それを皮切りに、通常の定例会見が始まる。
一人一人の質問に丁寧に答え、時にジョークを交えつつ会見は滞りなく進行した。
「よし、締めは特田さんで」
西丸は個人的な付き合いもあるフリージャーナリストの特田に話を振った。
「はい、えー、フリーランスの特田です。雄英体育祭の話なんですが」
「どうぞ。流石に僕もいい加減観ないとダメだって言われたので、録画したヤツ観ましたよ」
「今回の件はその…色々とありましたね」
「アレ触れていい話題か迷うよね? どこから喋っていいか僕も困るもん」
二人のやり取りに、他の記者達の笑い声が漏れる。
「何から触れます?」
「じゃあ……まず表彰式について」
「ああ、爆発さん太郎の爆豪君ね」
西丸は思い返す。
先日の視察でカウンターを浴びせた少年が、圧倒的な勝利を収めたにも関わらず、表彰式では大暴れして拘束具で雁字搦めにされるという強烈なインパクトを残した。
ほぼ放送事故みたいな状況に、流石の西丸も引いた。
「まぁ、何て言うんだろう……あそこまでの勝利に対する妄執ぶり、あの場合は一種の狂気すら感じましたね。中身をちゃんと知らない人からはヒーローより
「それは彼なりの誠実さかもしれませんが……」
「雰囲気で言えば一人だけタルタロスだったもんね。まぁ、彼もまだまだ若い高校生ですし、これからですかね」
西丸は今後どう成長するかが大事だと述べつつ、ある懸念を示した。
「そもそもの話、一番気になるのは雄英体育祭を
その指摘に、空気が凍った。
言われれば確かに、大衆に公開される中で生徒の〝個性〟や性格がモロバレだ。この大会によりヒーロー科の強個性持ち程、世間一般にアピールできるが、反面手の内がバレる。もし生徒を誘拐しようと企む
雄英体育祭を「仮免試験の雄英潰しに利用される」と指摘する有識者は数多いが、犯罪に巻き込まれる可能性についての指摘はほとんどなかったのだ。
(これもヒーロー依存ゆえかは不明だけど、危機管理がまだ緩い気がするな)
雄英高校は詰めが甘いと、心の中で評する西丸だった。
一方、雄英高校では。
《では、都知事は本来なら中止すべきだという考えで?》
《そうですね。僕が主催者なら中止、あるいはやるとしても全国放送とネット配信をせず結果だけ公表しますかね。情報漏洩は予測不能の危機を呼びますから》
「ハァ……頭が痛いな」
休憩中にスマートフォンで定例会見の生配信を観ていた相澤は、こめかみに指を這わせる。
西丸の指摘は的を射ている。本気で生徒の身の安全を優先するのであれば、やらない方がいい。でも生徒達のモチベーションや職場体験、インターンなどの事を考えると、やらない訳にもいかない。
正直に言って、歯痒い所だった。
「お、珍しいじゃないか。西丸都知事の記者会見なんて。生配信か?」
「ブラド…」
そこへ、ヒーロー科1年B組の担任である〝ブラッドヒーロー〟ブラドキング――本名は
「実はな相澤……お前に相談したい事があってな」
「俺に?」
「ああ。今年度から、首都防衛局への職場体験とインターンの許可が下りただろう? 誰かしら行ってほしいんだが……」
ブラドキングの悩みに、相澤は考え込む。
首都防衛局はアングラ部署だ。ボランティア活動や防犯活動も当然やるが、東京の裏社会やグレーゾーンにも関わる。下手な正義感を振るえば大ごとにもなりかねないので、思想的に柔軟でなければならない。
「
「轟が?」
「ガキの頃、そういう人達に可愛がってもらってた時期があったからな…アングラの事情を理解している。緑谷は首都防衛局に少し興味を持ってたから、打診はしてみるつもりだ」
「むぅ……
「変に対抗馬出そうとしない方がいい。あの部署は特殊だからな」
時を同じくして、東京都保須市。
「誰だ」
「探しましたよ、〝ヒーロー殺し〟ステイン。悪名高い貴方に、是非とも会いたかった。お時間少々よろしいでしょうか?」
「……」
歪んだ正義に身を染めた男に、悪意が次なる一手として迫っていた。
次回は職場体験。
ステインだけじゃなく、アングラ系のネタをドンドンぶち込んでいきます。久しぶりのオリジナル展開にするつもりです。最近出てない天忠會の皆さんも登場予定。
もしかしたらデク・ショートコンビとか、デク・コーイチの原作主人公のタッグとかも見れるかもしれませんよ?