東京都保須市。
西丸は母校である仁波大学が主催するシンポジウムの招待講演に臨み、得意の話術でユーモアを交えながら会場を沸かせる事に成功し、帰路についていた。
「どうにか成功したよ……」
「都知事、お疲れ様です」
「まあ、あそこまで煽てられるとやりにくいったらありゃしねェな」
ホッとした表情の西丸を立華は労い、護衛で同行したキメラが腕を組んで笑い掛ける。
今回の講演、大学側は西丸を「我が校が誇る史上最高のOB」として紹介してきたので凄まじいプレッシャーだったのだ。変に持ち上げられると西丸としても迷惑で、普通に「東京都知事の西丸伸太郎」と紹介してほしかったのが本音。
どうにか面目を保つ事ができたが、正直な話、たくさん人前で話してきた中でもトップクラスの緊張感であった。大学側も盛りすぎである。
「……で、職場体験の方はどうなんだ? コーイチとマミーが担当だろ」
「今のところ緊急連絡は来ていない。ひとまずこのままかな。……そっちは?」
「局長…ナックルダスターからは何もねぇ。だがスライス達が保須の見回りをしてる。何かあればナインが指示するそうだが…」
「君はあくまでも僕のボディーガード…という事だね。まぁ君の実力は局内どころか都内指折りだ、安心感はあるね」
西丸は微笑みながら、キメラの強さを評価する。
平生型個性の中でもキメラの〝個性〟は西丸が知る限りでは最高峰の異能の一つで、特に白兵戦・格闘戦においてはトップヒーロークラスに匹敵する猛者である。そんな彼がボディーガードとしているのは心強い事この上ない。
「ふん、買い被りもいいとこだぜ…」
そんな風にキメラが照れて鼻を鳴らした時である。
西丸のスマートフォンに緊急連絡が届く。
「…! 二人共、緊急事態だ! すぐ近くで脳無が現れた!」
「!」
「聞いた事があるぞ。雄英を襲撃した奴だな?」
「ああ、しかも複数体だ。場所は…」
「俺に任せろ」
西丸の言葉を遮り、キメラがゴリッと拳を鳴らした。
「いいのかい? まだ何も言ってないけど」
「俺は鼻が利くんでな」
ニオイで場所を特定できると言い残し、キメラはパルクールの要領でビルの壁を蹴り登っていく。
西丸は続いて、立華に指示を出す。
「虎太郎、エンデヴァー事務所に連絡。僕はナインに連絡して他の局員を緊急出動させる」
「はっ」
立華はスマートフォンを取り出し、西丸に背を向けてエンデヴァー事務所に通報する。
緊急時や非常時は、初期対応で全てが決まると言っても過言ではない。迅速な判断が求められ、僅かな判断ミスが致命的な事態を引き起こしかねないのだ。
「――都知事、エンデヴァーとサイドキック達がこちらへ急行しているとの事です」
「こっちもメールで連絡したよ。今は別の会議で対応ができず、終わるまであと10分かかりそうだ」
連絡が伝わったのを互いに確認し、公用車に乗り込む。
「すぐにでも都庁に――」
「いや、都庁へ戻る間にどれ程の被害が出るかわからない。10分待つ時間も惜しい。臨時代行だ、ここで先手を打つ」
何と西丸は、事件現場から数キロしか離れてない現在地でナインに代わり指揮を執ると即断。
公用車の車内で対処するつもりの都知事に、立華は驚きつつも異論を出さずに承諾する。
「都知事、トランシーバーです」
「ありがとう」
首都防衛局専用のデジタル無線機を受け取り、秘話機能――音声を暗号化して第三者の傍受や混信を防ぐ機能――をオンにする。
互いに顔を合わせてないが、東京都知事と
その頃、キメラは突如として現れた脳無と交戦していた。
「オラァッ!!」
裏拳で脳無の剥き出しの脳を叩き、続けざまにアッパーカットを見舞う。
雄英を襲撃した脳無と違い、攻撃力は劣る個体だ。しかしムキムキの肉体ゆえに相応の「堅さ」を有し、キメラの蹴りを食らっても怯まずにパンチを繰り出してきた。
だが、キメラの〝強さ〟は西丸が太鼓判を押す程。いかに改造人間であっても、膂力では彼の方が上だった。
「何だ、その眠てぇパンチは」
「!?」
「ぬんっ!!」
脳無の拳を右手で受け止め、空いた左手で鳩尾を穿つ。
ゴキャリ、という嫌な音が鳴り、脳無は大木の如く倒れ込んだ。
「フン…人間辞めてこの程度かよ」
不快感を露にしながら倒れた脳無を見据えていると、トランシーバーから西丸の声が響いた。
《キメラ。ナインは今動けないから緊急で僕が指示をする。まず今はどういう状況?》
「脳味噌剝き出しの変態を一匹片したところだ」
《流石だ。先程ヒーローの一人と会ったけど、あと二体いるそうだ。しかもステインと思われる
「チッ……ガキ共を救えってか?」
《いや、ステインはエンデヴァー達が対処する。だから君は脳無の方を対処してほしい。近くに
西丸の言葉に、キメラは目を丸くする。
あの死柄木弔がいるとなると、〝ヒーロー殺し〟の凶行や脳無の大暴れは囮であり、もっと別の目的があると考えても何ら不自然は無い。
オールマイトの抹殺を公言している以上、何らかの行動に出てくるのは明白。雄英襲撃が失敗した以上、職場体験中はそのリベンジを果たす絶好の好機なのだ。
「…わかった、ひとまずは脳無を狩る。場所は?」
《最後の目撃情報は
「ああ、今すぐ向かう」
《くれぐれも無茶はしないように》
通信を切ると、キメラはギュンッと跳躍して移動を開始。江向通りに向かう。
その様子を、ビルの上から眺める者が二人。
「何だ、あの狼男……脳無一体潰しやがって……!!」
「あの男はキメラ…東京都首都防衛局の局員です。都内限定で個性使用を許されてます」
「西丸の手駒かよ…あいつも俺の邪魔するのかよ…!!」
――いや、当然邪魔するでしょう…。
苛立つ死柄木に対し、黒霧は心の中でツッコんだが、実のところ彼も驚いていた。
首都防衛局の局員は、一般個性免許証を持っている。ゆえにプロヒーロー免許証よりも制限があるが、戦闘行為は可能。その事実までは知っていたが、まさかプロヒーローに匹敵以上の実力者がいたとは。
「……でも先輩の方は手出ししねェんだな」
「エンデヴァー事務所のサイドキックもいましたので、役割分担したんでしょう」
「それにしても動きが早すぎる……案外近くにいるかもなァ」
「まさか…」
西丸はすぐ近くにいて、都庁からではなく現場で指揮を執っているのではないか――そう読む死柄木に、黒霧は驚きを隠せない。
「では、すぐにでも探しますか?」
「バカ…それこそヒーロー共に集中砲火されちまうだろ。あいつの行動力の早さはイカレてんだ、藪蛇は御免なんだよ」
死柄木なりに西丸を評価しつつも、人の手を模した装飾の下からのぞく目を細める。
〝ヒーロー殺し〟も〝鳴羽田のゴッドファーザー〟も、彼は気に入らない。気に入らないモノはブッ壊すのが彼の在り方なのだ。
「では、あなたは参戦なさらないので?」
「当たり前だろ。まだ雄英ん時の傷も癒えきってねェんだよ。……まァ、夜が明ければ世間はヒーロー殺しなんか忘れてるさ」
悪意達は高みの見物を決める。
だが、それはたった13分で瓦解する事となった。
*
《西丸、脳味噌野郎はヒーロー共と一緒に全部倒したぞ。今ヒーローに身柄を渡してる》
「よし! よくやった!」
「仕事が早いですね」
キメラからの報告に、西丸は思わずガッツポーズし、立華も微笑んだ。
あの手強い改造人間二体を制圧できれば、あとは〝
「……キメラ、ありがとう。手当は少し高めに出しとくよ」
《カネじゃなくて葉巻をくれ》
「バル・ベルデ産の高級品でよければ、いくらでも差し上げるよ」
《言ったな、忘れんなよ》
トランシーバーでの会話を終え、西丸はふぅと息を吐く。
「都知事、ひとまずは民間人への被害拡大は防げたようですね」
「そうだね。結局、死柄木は奇襲をしてこなかったし」
キメラとの合流地点である江向通りで公用車を路肩に停め、降車する二人。
複数の脳無が暴れた裏で何か動いていたのではと思い、会議が終わったナインに連絡し、動員できる局員を集めて捜索を行った。しかし死柄木の姿は影も形も無く、脳無を回収しに現れる事も無かった。
脳無はあくまで使い捨ての駒で、何らかのデモンストレーションをしていたのか。それともただの破壊衝動か。彼の真意は知る由も無いが、少なくとも社会への何らかのアピールはあったと思われるので、最低限の目標は達成したと判断して撤退したのかもしれない。
これもオール・フォー・ワンの描いたシナリオだとしたら、恐ろしい限りである。
「これで残るは後始末……少しリフレッシュさせて」
「どうぞ」
西丸は愛用のパイプを取り出し、ボウルに刻みタバコを詰めて火を点ける。
紫煙を燻らせ、一服しながら今後の事を考え始めた時だった。
ドォン!!
「うわぁっ!?」
突如目の前を人のような塊が高速で通り過ぎ、公用車のフロントフェンダーに激突した。
完全に予想外の出来事に西丸は驚きすぎて腰を抜かし、立華も突然の事に驚きつつも、すぐに冷静さを取り戻して西丸の安否を確認する。
「都知事!! 大丈夫ですか!?」
「あ…ああ、何とか…久しぶりに腰抜かしたよ…」
パイプを持ったまま地面に座り込んでしまった西丸は、フロントフェンダーに激突したそれを見て目を見開いた。
包帯状のマスク、赤のマフラーとバンダナにプロテクター……間違いなく〝彼〟であった。
「〝ヒーロー殺し〟…!? なぜここに」
「……いや、それ以前にどこから飛んで――」
二人はステインが吹っ飛んできた方向に目を向ける。
視線の先には、何と職場体験中である出久と飯田、プロヒーロー達が口をあんぐりと開けていた。しかも轟とコーイチも居合わせている。
「……事情を伺ってもよろしいですか?」
サングラスを掛け直しつつ、額に青筋を浮かべながら立華は一同に尋ねた。
警察車両のサイレンが鳴り響き、救急車も駆けつける。
ステインは先の戦闘で気を失い、そのまま拘束されて警察に引き渡され、事件は収束に向かっていく……はずだった。
「……虎太郎、どう? レッカー車呼んだ方がいい?」
「もっと言うと廃車の方が安いです」
「出久君…」
「
綺麗な土下座をする出久に、西丸は溜め息交じりに頭を掻く。
ステインだけじゃなく公用車もスマッシュしてしまった出久に、彼を監督していたオールマイトの師匠である老齢のヒーロー・グラントリノ――――も頭を下げた。
「すまん、俺が目を離しちまったからこうなった」
「まぁ、腰抜かした程度で僕は済んだけどさ…」
「――国家賠償法さえなければ、緑谷君に賠償してもらおうと思いますけどね」
「公用車が事故った時は、余程の過失でなければ国や自治体が負担するからね。ところでコーイチ君、なぜここに? ……いや、愚問だな。エンデヴァー事務所と連携して対処する手筈だからね。マミーは?」
「マミーさんは別件で……あ、一応ナインさん――天動副知事の許可は下りてますんで」
コーイチから事情を聞いた西丸は、それ以上の事は言わなかった。
首都防衛局の個性使用は、東京都の責任の下。そして局を監督するトップのナインが許可すれば都内であれば何ら問題は無いのである。
「……とりあえずケガ人多いし、続きはまた明日にしよう」
「申し訳ありませんでした…」
(ったく、何が余計なお世話はヒーローの本質だ。本当に余計なお世話になってどうする)
明日は今日以上の厄介事になりそうだと、グラントリノは溜め息をつくのだった……。
*
プロヒーロー連続襲撃犯、〝ヒーロー殺し〟ステインの逮捕から一夜明け。
保須警察署では、署長の
「ワン……」
「署長、大丈夫ですか…?」
「あ、ああ…すまないワン」
部下から出されたお茶を啜り、盛大に溜め息をつく面構署長。
犬のような顔をしている彼だが、現在は老け顔で疲れが滲み出ていた。
というのも、保須市で発生したステインの一件で東京都知事が変な形で巻き込まれた挙句、ある問題が浮かび上がってその対処に悩みに悩んでいるのだ。
「今度は警察と法務省の公式見解がズレてるワン……」
「大泉法務大臣の発言、つい最近ですもんね…」
署長の悩みに、部下も顔を引き攣らせる。
資格未取得者が保護管理者の指示なく〝個性〟で危害を加えた事は、たとえ相手がステインであろうとも規則違反であり、厳正な処分が下さなければならない――それが警察の公式見解だ。
しかし先月、法務大臣である大泉勇人が「〝個性〟を防衛の為の武として用いなければ自己及び他者の命を守れない状況では、無資格であっても情状酌量の余地はある」と発言。それが法務省の公式見解となったのだ。
警察が公式見解を発表すれば、今の法務省の公式見解との矛盾が生じてしまう。しかも今回の一件で警察は事後処理以外は関与しておらず、それをメディアに追及される可能性が高い為、ネット上での炎上も免れない。
……という訳で、汚い話、ステインの火傷痕から行方を追っていたエンデヴァーを功労者として擁立してしまうというのがある意味丸く収まるのだが、それを揺るがす事態が起きてしまった。
「西丸都知事、言っちゃいましたからね……」
「ドラマに時々出てくる、嫌な追い詰め方をするベテラン刑事だワン…」
二人は今にも泣きそうな顔で嘆いた。
そう、西丸が昨日のステイン逮捕に関する緊急会見で「警察はどう解釈するんでしょうね」と
これについては記者の方から話を振られた為、西丸がそれに答えただけである。しかしもみ消しを検討していた側としては逃げ道を塞げられたに等しく、警察側は発表せざるを得なくなったのだ。
「……これから会見に臨むと思うと、お腹が痛い」
(語尾のワンが無くなった…!!)
まさに八方塞がりの警察。
しかし、そこに救いの手を差し伸べる者が。
「署長!! ヒーロー公安委員会会長から連絡が!!」
「なに、公安委員会…?」
東京都庁、西丸の執務室。
「西丸さん、すいませんでした。ウチのバカ生徒が」
「相澤さん、わざわざここまで来なくても…」
「いえ、担任としての指導が足りなかった俺の責任です」
執務室で相澤は西丸に平謝りする。
その隣では、出久が捕縛布でミイラよろしくグルグル巻きにされていた。
「まぁ、今回は予想外の事故みたいなもんだし、ステインの件もやむを得ない部分もあっただろうからさ……っていうか、出久君のケガ大丈夫なの?」
「リカバリーガールに無理を言って往診してもらいました。ったく…爆豪は言動で、緑谷は行動で迷惑かけやがって…そういう所で仲良く幼馴染ムーブ出すなってんだ」
呆れてもう怒る気力が失せたのか、出久の拘束を解く相澤。
一方の出久は先日の件で、涙と鼻水が出て顔面がグチャグチャになっていた。
「あーあー…虎太郎、貸したげて」
「全く……世話の焼けるヒーローの卵だ」
「ずびばぜんでじだ…」
鼻ティッシュを作りながら、出久は西丸と立華に深々と頭を下げる。
「まぁ……僕もヒーロー公安委員会に言われちゃったからね。出久君が公用車を破損させた件はこっちで対応するから水に流してほしいって」
「公安が?」
「な、何でヒーロー公安委員会が?」
ヒーロー社会の最高機関と言える組織が動いた事について、西丸は大方の見当はつくと語った。
「オールマイトの教え子が問題児ばかりだって印象を植え付けたくないんだろうね。〝平和の象徴〟が教鞭をとった結果が
存在そのものが
それを恐れたのか、公安委員会会長は雄英と西丸の間に介入し、雄英の責任は不問として公安で弁償するという形で手を打ったのだ。
ヒーロー公安委員会も、何だかんだヒーローに依存しているのだ。
(それに、変に揉めて妻の件を持ち出されると困るしな……)
「……公用車を一台壊したのは僕のせいですけど…そこまでの大ごとになるんですね…」
「まぁ、僕の場合はオールマイト級の
立華が用意したお茶を飲みながら、西丸は出久に告げた。
「出久君、君のお節介は時に周囲を巻き込み寝た子を起こす状態にさせかねない。今回の事はとやかく言わないから、教訓として肝に銘じる事だ」
「…すみませんでした」
出久は改めて西丸に頭を下げた。
後に「保須事件」と呼ばれる一連の騒動は、こうして幕を閉じた。
その日の夜、国内某所。
ある医者が秘密裏に管理する極秘研究所で、緊急事態が起きていた。
「逃げろーー!!」
「早く行けーー!!」
非常事態を知らせるけたたましいサイレン音が鳴り響き、職員達が蜘蛛の子を散らすようにして逃げていく。
責任者は「失敗作の〝怪物〟」が収容されている檻のゲートをロックしたが、その時には分厚い強化ガラス越しに巨腕が振るわれ……。
ドカァン!!
『うわああああああっ!?』
無残にもゲートはぶち抜かれ、責任者は瓦礫に巻き込まれて即死。
破壊された檻からは、地響きのような音と共に山のような巨体が出てきた。
それは生物というにはあまりに悍ましく、「元人間」であるというには到底思えない姿をした、まさに怪物と呼ぶに相応しいバケモノだった。
――グオォォォォォォォ!!!
「う、うわああああああ!!」
「だ、誰か救けてくれぇーーー!!」
禍々しい雄叫びと阿鼻叫喚の嵐が広がる。
人間の遺体を使って作られた改造人間の突然変異個体が、破壊の限りを尽くそうと闇夜を徘徊し始めるのだった。
ヒーロー公安委員会って、ヒーロー絡み、特にオールマイト関連のゴタゴタには些事でもすぐ
介入しそうだなと思い、今回のような展開にしました。
警察と中央省庁が同じ問題で異なる見解となると、スッゴい面倒臭いんですよね。(笑)
面構署長が取った選択肢は、次の話で発表します。
そして保須事件の裏で起きた、ある実験体の脱走。
正体は脳無の失敗作ですが、また次の機会に明らかになります。
これも全部、例のドクターが悪いんだ…。
次回からは本作完全オリジナル回。
今度こそコーイチ君とデク君のタッグをお見せします。