雄英高校による職場体験がついに終わり、それぞれの場所で得た経験や浮上した課題を持ち帰る有精卵達が去る。
その裏で、都庁では生徒を受け入れた各ヒーロー事務所からの報告書のコピーを確認していた。
「どうだい? データを分析してみて」
「不安で仕方ないです」
ジト目でボヤく遠見絵に、西丸は微妙な表情を浮かべながらコーヒーを出す。
今回の一週間で、様々な問題が発覚した。
まずは緑谷出久と爆豪勝己――例の幼馴染の人間性。出久は自分自身を守ろうとする意識が極端に低く、無個性だった過去から生まれた「狂気的なまでの優しさ」が彼を支配している可能性が浮上した。爆豪の方は正直予想通りで、根元までプライドガチガチな為に関わってきた子供を泣かせる事が度々あり、一般市民との信頼関係の構築に相当難がある事が判明した。
他の雄英生徒については、概ね良好と言えた。特に焦凍と障子は首都防衛局で意外な柔軟性を見せ、際どい
一方、プロヒーローの対応も無視できないものがあった。エンデヴァー事務所やインゲニウム事務所、海上保安庁と連携する「沖マリナー」といった本格的な治安維持活動をしている所はいいが、
「こんな有様で僕の政治判断にアヤつけてきたら、どの面下げて言ってんだって話だね」
「ご立腹だねぇ伸太郎君」
飄々とした態度の四元は、新聞の一面を眺めながらお茶を啜る。
「……伸太郎君、このステインの記事読んだかね」
「ええ、勿論」
四元に話を振られ、西丸は顔を顰めながらコーヒーを一口含む。
ヒーロー連続襲撃犯・ステインが逮捕されてから素性はあらゆる角度から暴かれ始め、彼の思想はマスメディアを通して「英雄回帰」と呼ばれた。要するに超常黎明期のような原理主義的ヒーロー像こそが真の英雄というもので、現代のヒーローではそれに達しえないという主張。「ヒーローとは斯くあるべし」という事だろうが、所詮は人殺しの理屈でしかなく、理想を実現する為の手段も間違っているが、本人は意に介さないだろう。
今回の保須事件で繋がりが示唆され、「
ステインがそれをどう思っているのか……それを訊く事はもうできない。
「全て筋書き通りだったら、恐ろしい限りです」
「それなんだけどね……先日ちょっと野暮用で警視庁に行ったんだけど、面白い話を聞いたんだよ」
「面白い話?」
「彼さ…
「!?」
その言葉に、西丸は表情を変えた。
しかし蓋を開けてみれば、何と
「何を思って言ったのかは知らないけど……まぁ
「じゃあ死柄木の構想は丸潰れって事ですか?」
「さぁねぇ」
遠見絵の問いかけに、四元は両腕を頭の上に回す。
おそらくだが、死柄木達は「ステインが
ゆえに今の死柄木は力を蓄える時期に入っているはず。それでもし叩ければ願ってもない展開になるが、そう簡単にオール・フォー・ワンはさせてくれないだろう。
「……ところで伸太郎君、八王子の件は大丈夫なの? 君のクラスメイト達が関わってるんでしょ?」
「あの事件は僕の専門外の部分が多い……そういうのは専門家に任せないと」
「あの事件?」
「ああ、遠見絵さんにはまだ話してなかったね。これは他言無用で」
西丸は、先日摘発された謎の施設について語り出す。
その施設の正体は、何らかの手段で輸送された人間を素体とし、改造人間・脳無を生み出す遺伝子操作の実験場。生命を徹底的に冒涜した地獄のような場所で、発見したヒーロー達と警察によって摘発された。
しかし、問題はそこではなかった。
「あの実験場、どうも何かデカいのが脱走したそうなんだよね」
「えっ!? 脳無が暴走したんですか?」
「そこはまだ調査中らしいけど…付近に残ってた足跡から、推定でも全長14メートルのモンスターらしいんだよね」
四元は至って普通に話したが、遠見絵は顔面蒼白であった。
脳無は個体によって、あのオールマイトとも張り合える程の戦闘力を持つのは雄英襲撃で把握済み。ただでさえ成人男性より二回り大きい背丈で化け物染みた強さなのに、全長14メートルの改造人間などもはや怪獣か何かだ。ヒーローよりも戦闘機の出番だろう。
「……それで、どうなさるつもりで?」
「どこにいるかわからないし、そもそもそんな奴を刑務所に入れられるか……彼らに一任するしかない」
西丸は深呼吸し、窓から見える東京の街並みを一望しながら呟いた。
その夜、東京都八王子市のあるキャンプ場。
首都防衛局と警察、ベストジーニスト事務所と国立ディスカバリーセンター職員という異色の調査団が、件の脱走個体の行方を追っていた。
「…で、わざわざ夜に捜索するのはどういう訳だ? 昼間の方がこっちとしちゃ活動しやすいだろ」
「夜の方が周囲の目を欺いて移動できるの。全長14メートルもあれば山奥でも目立つし、何より遺伝子操作の記録で動物系の〝個性〟の記載があったから」
「ふむ…もはや人間としての原形すらとどめてないというのか」
首都防衛局を臨時指揮する國松と、今回の作戦の主戦力のベストジーニストは険しい表情を浮かべる。
今まで出現した脳無は、脳らしき器官がむき出しになっているが最低限人間の面影を残しており、生殖器官の有無は不明だがズボンも履いていた。しかし帰蝶は、今回の個体はいわゆる「失敗作」で、脳無を生産する最中に誕生した〝
その読みは当たりで、生き残った研究者――現在は拘束中――によると、その正体は「脳無開発で造られた最初期の試作品」との事。好奇心から殺処分せずに様々な実験を繰り返した結果、失敗作の個体は暴れ回り施設を破壊して脱走したというのだ。
「……で、どうするんだ」
「手を打とうにも、まずは見つけないと話になら――」
ならない、と言おうとした時。
木々を薙ぎ倒して「失敗作」が姿を現した。
「グルルルル…」
『……!!?』
この世の悪趣味を一手に凝縮したような姿に、誰もが言葉を失った。
古代を生きた恐竜・ティラノサウルスに似てるが、コブダイの如く膨れ上がった頭頂部を持ち、足もまるでカエルのような独特の形で、何より肩から三本指の地面に着く程に長く大きい腕が生えている。脳無は人間の遺体が素体なので、この個体のベースはティラノサウルスの〝個性〟を持っていた人物なのだろうとはすぐにわかったが……その面影など完全に失った酷く悍ましい怪物だ。
同時に、ここまでの悪魔の所業に手を染めた研究者達に帰蝶は怒りが湧いてきた。ここまで人の尊厳を踏み躙る行為に及んでいたのかと。
「何なんだ、コイツは…!!」
「動かないで……痛がってるけどそこまで気は立ってないから……」
「どうしてそれとわかる…?」
怪物はほぼうつむいたままの姿勢で近づくと、覗き込むように國松と帰蝶をじっと見つめる。
それを好機と見たベストジーニストは、橋梁用の炭素繊維ケーブルのワイヤーを使って拘束する事に成功するが……。
「ダメ!! 今すぐ解放して!! 余計に興奮しちゃう!!」
「グオォォォォォ!!!」
帰蝶の警告虚しく、怪物は咆哮を上げて怒り狂った。
ブチブチ…ブチン!!
「な、何だと!?」
「ゴアァァ!!」
怪物は巨腕を振るって暴れ出し、何と建物の倒壊を支える事も可能なワイヤーを引き千切った。
筋力を強化する〝個性〟なのか、それとも度重なる実験による突然変異の影響か…いずれにしろ怪物の膂力は生物の域を超えていた。
それこそ、オールマイトのような規格外か、
「う、撃て!! ジーニストが狙われてる!!」
ベストジーニストが狙われたと判断するや否や、警察は次々と拳銃を発砲。しかし命中しているのに傷一つついておらず、ほとんど意味をなしていない。
興奮状態の怪物はゆっくりと向き直ると、パトカーを次々と押し潰しながら接近。警官は一斉に逃げ出した。
このまま市街地に出れば、パニックになって甚大な被害が出る。どうすればいいかと國松は必死に考えると、潰れたパトカーから出ている発炎筒に気がついた。
國松は迷わずそれを取ると、キャップを外して筒の中から本体を抜き出し、着火させて掲げた。
「おーい!! こっちだ!!」
「ググ……!!」
「!? 待て!! 早まるな、國松副知事!!」
「國松副知事!!」
怪物は走光性を持っているのか、発炎筒の光に反応して國松に標的を変える。
そのまま引きつけて追跡させると、帰蝶が〝個性〟を発動した。
「ストーーップ!」
「……!!」
そう叫んだ瞬間、興奮状態だった怪物は段々と落ち着きを取り戻していく。
ベストジーニストは何事かと思ったが、ここで帰蝶が声を優しくかけた。
「もう大丈夫…何もしないから……」
「グルル…」
「ほ、本当に大人しくなったぞ…!!」
「どうなってる…!?」
目の前の光景に誰もが驚く中、國松は安堵の笑みを溢した。
「必ずあんたを呼べって伸太郎が言ってたが、その通りだったな。何をした?」
「この子の脳に超音波を当てたの。だから今は落ち着いてるから触っても大丈夫」
眼鏡を掛け直す帰蝶に、國松は感心する。
西園寺帰蝶の〝個性〟は「超音波」。身体から超音波を発し、生物や無機物を問わず対象に影響を与える事ができる。
先程彼女が行ったのは、イルカのように頭部から超音波を発射し、怪物の脳に作用させて痛みを緩和しリラックス状態を作ったのである。
そして彼女の超音波は、頭部だけでなく指先からも発する事ができ、その効能も異なるのだ。
「……ちょっとごめんね」
「グルルル…」
気を鎮めた怪物に触り、帰蝶は別の効果を持つ超音波を当てる。
当て始めてから十数秒で手を放し、センターの同僚に注射を取ってくるよう頼んだ。
「どうした?」
「常に前傾姿勢だからか、腰痛になってる。頭よりも尻尾と前脚の方が重そうなバランスだから」
「そうか…常に痛みを感じてる状態なら、そりゃ気が立つわな」
國松だけでなく、ベストジーニスト達も複雑な表情を浮かべる。
生物としてあまりに歪んだ身体ゆえ、苦痛に苛まれていたとなれば、あんなに暴れるのも無理はないだろう……。
「室長、どうぞ」
「うん、ありがと!」
帰蝶は同僚から注射セットを受け取ると、鎮痛剤を慎重に注射する。
その巨体ゆえ、確実に効かせる為に大目に投与する。
「よし…これでOK」
「ひとまずはな……問題はこれをどうするかだな…」
國松は困り果てた。
これ程の巨体、輸送できるとしてもどこに収容するか。都市部に近いと脱走した際が大変だし、キャンプ場を買い取るという選択肢もあるが、経済的損失を考えるとあまりにも大きい。かといってこのまま放置するなど論外だ。
どうしたものかと頭を悩ませると、帰蝶がこの怪物を預かると申し出た。
彼女曰く、国立ディスカバリーセンターは新たに本州から遠く南に離れた離島・
「……私は当事者じゃないけど、科学者としての責務は果たしたいから。しばらくはセンターにいるけど」
「……わかった。だがその案件は東京都も関与してる。伸太郎には話しとくからな」
脳無の失敗作の正体は、某恐竜映画に出てきたティラノサウルスの失敗作と瓜二つです。
本作では「ティラノサウルスの〝個性〟を持った
完全に人間としての原形は失ってるので言葉も喋れません。ただし超音波を発する〝個性〟を持つ帰蝶だけ意思疎通が可能です。
名前は次回以降お伝えできればなと思ってます。
今後は西丸と死柄木の邂逅や治崎とか荼毘とか色々やってから神野をやろうと思います。