「うおおおおお!!」
都内の某高層ビル。
その一室で、男が吼えた。
「ハァ…ハァ…力が、漲ってくるぜ…!! 怖いくらいに…!!」
「これで君は無個性ではなくなったよ」
悪の帝王――オール・フォー・ワンは、来客に〝
その正体は
「街風操也は夢を見せる事はできても、それ以上に誰もが欲するモノ…〝個性〟を与えられない。でも僕には夢も見せられるし力も与えられる」
マフィア出身の男を眺めながら、二ィッ…と口角を上げる。
無個性のアウトローである
当然、最凶最悪の
「マイヤー…もし僕が困った時は、いつでも力を貸してほしい。いいかな?」
「勿論だ!!
土下座をして誠意と感謝を胸に約束を交わす彼の姿を、オール・フォー・ワンは内心で嘲笑った。
いかにも〝チョロいカモ〟が掌中に転がり込んで来たぞ、と。これで裏社会をかき乱すクロス・ギャングを探る駒が手に入り、尾行や探りを入れさせることが出来る。
「これで君は無個性という劣等感とはおさらばだ。しかも誰にも負けない鉄壁のバリアだ」
オール・フォー・ワンは愚直な男に声を掛けた。
それはまるで悪魔が聖人を騙すかの様な光景であった。
「頼りにしているよ、我が友よ」
「はっ!! 仰せのままに……」
土下座で顔を伏せたまま、オール・フォー・ワンに従う
しかし、その顔には目の前の巨悪への敬意や誠意は一切感じず、まるでこの世の全てを思い通りにせんとする彼を心から嗤っているかのようだった。
時を同じくして。
「悪いな、後藤田。ウチの孫娘の件は世話になってる」
「いえいえ、そこの若頭さんがいいネタを持ってきてくれるんで。これぐらいはしますよ」
ガタイのいい和装の老人が、ミカドに礼を述べる。
裏社会の情報王たるミカドと死穢八斎會の組長は、指定
「壊理がバレるとややこしくなるからな……本来なら大金払わにゃなんねェな」
「茶飲み友達からカネを貪る真似なんかしませんよ。裏の情報業は俺が独占してますし。……ちゃんと約束も守ってくれてるようで」
「……フン」
組長の隣に座る若頭――治崎は目を伏せて黙った。
「……後藤田。実は、少し聞いてほしい事があってな。治崎が地回りをしてた際に押収したモンだ」
「…最近出回り始めたブツだ、コイツに関する情報がほしい」
治崎はテーブルに粉が入った小さな袋を置く。
「名前は「ブースト」。西丸伸太郎が撲滅させたトリガーの亜種だ。これが改良されてな、正直困っている」
「具体的な内容は?」
「汗や尿、血液からは成分が検出されず、トリガー常用者特有の舌の変色も起きない。依存度と〝個性〟の強化度合は低いが、オリジナルより安価で大量に製造でき、何より肥満体型には体重の減量が見られる」
「フーン……糖尿病治療薬を痩せ薬だっつって違法に売り捌くパターンと似てるな。バラ撒いてる側はしばらく泳がせて広まってから市場をゴッソリいただくって魂胆か…?」
「ああ……俺達もそのつもりなんだろうと考えてた」
しかし、その読みは見当違いだという事が判明した。
ブーストは一度に投与する量を超えると深刻な痛覚麻痺と幻覚作用を伴うという副作用があり、混乱状態になりやすいという代物だったのだ。事実、地回りをしていた治崎直属の実働部隊「八斎衆」が常習者の狂乱を目撃し、相手が堅気でありながら3人がかりで制圧した事もあった。
「……これをバラ撒いている奴は、おそらく金儲けだけが目的じゃないはずだ」
「調べられるか?」
「…それなりに資金は用意しといてくださいね」
これはビジネス案件だと、ミカドは二人を見る。
ARIで取り扱うサービスにおいて、二人の要求は調査依頼。内容と調査にかかった時間によって金額が上昇し、請求金額は後払いとなる。そしてARIが請け負う調査依頼は、はっきり言ってデンジャラス。文字通りの命の危険が伴う案件もしょっちゅうある。
そういった案件と判断された場合、金額は自動的に跳ね上がる。当然、相応の金を払わなければミカドが報復措置を取る。
「やってくれるのか」
「おそらく、このクスリをバラ撒いている人間と伸ちゃんが目の敵にしていたトリガーをバラ撒いた人間は、同一人物である可能性が高い。消すなら今の内だ」
「すまねェな…ウチのシマの問題だってのに」
「そのウチのシマで済ませなきゃいけないんですよ」
ミカドは粗茶を啜りながら、この一件は今までの依頼でトップクラスの危険度になると予感するのだった。
*
先日の怪物騒動からしばらく経ち。
束の間の休日を過ごしていた西丸は、西園寺に呼ばれて先日の事件の詳細を国立ディスカバリーセンターで聞く事となった。
「……つまりあの生物は脳無の失敗作で、複数の〝個性〟があると?」
「そう…それも素体が子供なの。6歳の男の子がここまで生命を冒涜した改造をされて…」
西園寺は目を伏せる。
人権も生命倫理も踏み躙った、改造人間を作るという禁断の遺伝子操作の失敗で誕生した怪物。しかもベースになったのは子供で、これから先の未来を実質的に奪われたも同然である。
何て惨いマネを、と西丸は顔を顰める。
「一応経過観察してるけど……色々わかった事もあるの」
「たとえば?」
「物凄く食欲旺盛なトコ!」
「僕でも見ればわかるよ」
目をキラキラさせる西園寺に、西丸はジト目で見た。
全長14メートルの巨体を維持するには、相当な量の食事が必要なのは素人目でもわかる。ただ意外にも食性は肉食オンリーではなく、果実を好んだりスープ状であれば野菜も摂取可能であると判明し、今はバランスのいい食生活をしているという。
他にも、不自由で鈍い動きを補うように視覚・聴覚・嗅覚の感知能力が高い事、胴体の中央部にあるティラノサウルス本来の前肢は食事の補助に使う事、車を易々と粉砕する
その中でも西園寺が驚いたのは、個性因子だった。
「これを見て、伸ちゃん。あの子の個性因子を調べたの」
西丸は彼女が作製したカルテを受け取り、内容を確認する。
読み進めていくと、衝撃の事実が記されていた。
「……劣化した個性因子が複数ある?」
「それが多肢症と歪んだ姿、苦痛の原因だと思うの。複製したけど完璧じゃない個性因子を強引に掛け合わせたんじゃないかって…」
「劣化コピーの個性因子をごちゃ混ぜにした結果か……余程の外道が関わってたようだね」
オリジナルよりも質が悪い複製を手当たり次第に組み込まれ、それに対応しようとした末に突然変異体となったという哀しい経緯を持つ元子供。
出来るかどうかに心を奪われ、すべきかどうかという思考を放棄したマッドサイエンティストの所業に、二人は静かに怒りを滲ませた。
「……ところで、名前は? まさか番号じゃないだろう」
「勿論! 名前は「テラ」って……あっ!! 薬の時間!! 伸ちゃん、ボランティアで手伝って!!」
「……相変わらず、時間にルーズだなぁ」
ドタバタし出す西園寺に、西丸は仕方なく手を貸す事にした。
5分後、西丸はエプロン姿で西園寺と研究所の立ち入り禁止エリア――西園寺が管理している区域――に入る。
二人の視線の先では、枝肉を肩から生えた巨腕で持ちながら食らうティラノサウルスのような異形の巨大生物…テラがいた。
「……」
西丸は複雑な表情をする。
元の姿に戻れないまま残りの生涯を終わると思うと、胸が痛む。
「……帯人から聞いたけど、腰痛持ちだって?」
「うん。でも苦痛の最大の原因は頭にあったの」
西園寺は投与剤の準備をしながら、テラの容体について語り出す。
「伸ちゃん、動物学におけるメロンってわかる?」
「……もしかして、シロイルカの頭にある、あのプルプルの?」
「そう。シロイルカのメロンは脂肪組織で、音を発したりエコーロケーションをする役割がある。それがテラにもあるんだけど、陸上だと余分な重さになるだけで、首の椎骨にスゴい負担をかけるの」
「それも劣化コピーの個性因子によるもの、か……出来る事は?」
「有酸素運動が一番だけど、あの身体では骨格の負担が大きくて走れないの。だから食生活の調整とリパーゼ注射で頭部の脂肪燃焼を少しずつ促すしかない」
溜め息をつきながら、西園寺はテラの頭部に注射をする。
奇形ゆえに動きに足枷がついている為、最も効率的な対処ができない以上は改善は相当時間が掛かるようだ。
「……複製の個性因子は全てわかったのかい?」
「わかってるのは、「耐久性を高める個性」「膂力を強化する個性」「肉体の部位を肥大化させる個性」の三種類。本来の個性因子を含めれば四つの〝個性〟を持ってる事になる。耐久性を高める方は相性が良かったようだけど、他が子供だからかマッチしなくて、無理矢理合わせたっぽい」
(脳無誕生の過程で失敗は当然あるだろうとは思ってたけど、ここまで行き過ぎた研究をしていたなんて…)
西丸は拳を握り締める。
移植された個性因子の複製に翻弄されながらも懸命に生きているテラを、研究チームのトップである〝ドクター〟は陰で嘲笑っているであろう。テラの為にも、必ず「大人」が引導を渡さねばならない。
「……ところで、何で僕はエプロンをする必要が?」
「よくある防護服だと実験をしてると思われちゃうから、この子の前ではエプロンをするようにしてるの。お母さんってエプロンをしてる事多いでしょ? それに防護服は実験を彷彿させて刺激しちゃうから。現に防護服を着た職員が怒らせちゃったし」
「注射は平気なのかい?」
「私以外の人がやらないようにしてるの。超音波を当てて痛みを緩和させられるから」
どうやら〝個性〟の都合とテラ自身のストレスの関係から、西園寺が施術をしているらしい。
テラは元々、6歳の男児なのだ。子供は本能的な直感力で大人の本質や感情を見抜く力に優れている為、彼女は信じられる人間だと判断したのだろう。
「……伸ちゃん、那歩島の件は?」
「島の住人達や県知事、駐在のヒーローと密に連携を取ってるよ。城跡がある孤島なら大丈夫ってところまで話し合いは纏まった」
西丸は不敵に笑う。
聞けば那歩島の北西には城跡が残る小さな孤島が浮かんでおり、ほとんど手付かずのままだそうだ。先日の件で西園寺は那歩島への着任が決定しているので、孤島をディスカバリーセンターの管轄にすればテラの保護観察ができる。それに駐在のヒーローはかなりの高齢なので、脳無のプロトタイプであるテラがいれば那歩島の平和は保障されるはずだ。
……というか、そんな怪獣みたいなのが闊歩していたら大抵の
「それと一つ気掛かりがあるんだが」
「?」
「実験で生まれた個体がまだいるっていうのは?」
西丸の言葉に、西園寺は溜め息交じりに「失踪中」とだけ答えた。
実はテラを収容していた実験施設は、他にもいくつかの実験体が存在していたのだ。そのどれもが生物に関係した平生型個性の子供か保健所のペットで、テラの脱走と共に全個体が行方不明となっている。しかもバイオ系の実験施設には必ずあるはずのDNAサンプルも在処がわからなくなっているという。
つまり、惨劇はまだ続くという事であり、流石の西丸も頭を抱えた。
「あの改造人間を製作する過程で生まれた失敗作に、好奇心でさらなる実験を繰り返すなんて……で、その個体は?」
「わからないの。実験データがないから」
「意図的にデータを隠滅されたか…このまま放置すると不幸がバラ撒かれるだけだ」
人間の皮を被った外道達は尾を出さず、水面下で暗躍している。
何としても止めなければ、と西丸と西園寺は互いに決意を固めた。
*
西丸と西園寺が談合している頃。
幼稚園に善治郎を預けて自由気ままに街を歩いていた火伊那は、思わぬ人物と出会っていた。
「いいのか? こんなに白昼堂々」
「別に。疚しい関係じゃないから、スクープとして撮られてもマル君との関係を知ってれば違和感はないし」
カフェの屋外席でお茶を飲んでいるのは、芸能界断トツの売れっ子女優・小野田ユリ子。西丸の幼馴染だ。
彼女は西丸を介して火伊那と度々会うようになった為、気が置けない女友達となり、今では親友同士の仲である。
「実はマル君に伝えてほしい事があるの」
「直接言えばいいだろ」
「あなたの方が一緒にいる時間長いでしょ? それに少し厄介なの」
その言い回しに火伊那は目を細める。
少し厄介というのは、とんでもない面倒事である事が多い。
「火伊那は
「……聞いた事はある」
殻木球大。
「〝個性〟に根ざした地域医療」を掲げる
しかし小野田は、先日コメンテーターとして一度共演したのだが、あまりに胡散臭くて到底信用できないという。
「クスリに苦しむ芸能人の状況を医学的観点で尋ねるというより、クスリの効果について興味津々に聞いてくるような感じだったの」
「普通に考えりゃ、薬物の作用を知ってそれを研究して何らかの治療に生かすって方向だろうが………確かにそのオッサンについて伸太郎はなぜか警戒していたな」
「マル君は何の根拠もなく誰かを警戒する人じゃない。きっと何か勘づいてるはず……お願い、この事をマル君に伝えて」
「……ああ、わかった」
友人の只事ではない頼みに、火伊那は頷く。
そんな二人を、ビルの屋上から見つめる男が一人。
「ユリ子ちゃん、いい事聞いたぜ。もうちょっと世の中が荒れてきたら取りに行くとするか」
オレンジ色の双眸をした青年――ツムジは野心を剥き出しにした笑みを浮かべた。
いくつか補足。
クロス・ギャングの構成員であるマイヤーは、今回の一件でオール・フォー・ワンに寝返ったように思えますが、これには裏があります。
また、基本的にクロス・ギャングは利害関係で成り立つ愚連隊みたいな勢力なので、正直な話誰がいつどこで裏切ろうがツムジは知った事じゃありません。仲間や義理は大事にしますが自分の野心さえ果たせればいいので。
ちなみにマイヤーがもらった〝個性〟は、劇場版のナインが使ってたバリアです。
ブーストはトリガーの亜種で、原作では死穢八斎會のヴィランが使っていました。本作ではとあるお医者さんが意図的に流してます。誰かはお察しください。
そしてそのお医者さんが生み出した、某歪んだ王様。本作ではテラと呼ばれてます。
ギガントマキアのクローン兵を造る計画の失敗作で、防護服に一種のトラウマがあります。現在は面倒を見てる西園寺を母として関わってますが、好奇心旺盛なので初めての存在はスゴい興味津々となります。峰田がブドウに間違われる未来もあるかもしれません。
そんな中で突然出てきた、実験個体が複数いる件。
そりゃあ一帯だけじゃないですよね、失敗作や試作品は……。
自分は特撮とか恐竜映画とかアニマルパニック映画とか好きなので、そういうのを知ってる方には元ネタがわかるモノをどんどん出せたらなと思うので、微クロスオーバー要素をお楽しみに。