その会話内容とは……?
あ、時系列としては期末テスト終了直後です。
夜の都庁。
西丸は自身の執務室で残った仕事を片付けていた。
「すっかり遅くなったな……」
時刻は午後6時30分。
定時はとうに過ぎているが、ようやく最後の仕事に区切りが付いたので、あとは帰宅するだけだ。
(今日の晩御飯は何だろうな)
妻の作った夕食を想像しながら席を立ち、退庁の準備を始める。
すると執務室の扉からノックの音が響き、西丸は怪訝な表情を浮かべた。
――まだ庁舎に残ってる人が?
「……」
異様な雰囲気に、思わず眉を顰める。
西丸は政治家であり、無個性だ。元公安ヒーローの火伊那から多少の護身術は教わっているが、それでも自分一人で戦う事など到底できない。
そんな彼でも、扉越しに感じ取る気配の重さが嫌でもわかった。
(まさか…!?)
西丸は恐る恐る扉に近づき、ゆっくりと開ける。
「よお、ゴッドファーザー」
「死柄木弔…!!?」
想定外の人物の来訪に、流石の西丸も度肝を抜かれた。
巷を騒がす
本来なら警報音が鳴ったり警備員が総出で動くはずだが、それがない。もしや彼は……。
「安心しな…誰も殺しちゃいねぇよ。ただ話をする為に大ごとにする程マヌケじゃねぇ」
「……そこにイスがある。座りなさい」
「話が早くて助かるよ」
死柄木は会議用のイスに腰かけ、西丸は粗茶を淹れた。
「それで…何の用かな」
「別に…俺はあんたと話がしたいんだ。それだけさ」
そう返答され、西丸はひとまず信用する事にした。
本気で自分を殺しに来てるなら、扉を開けた時点で首を鷲掴みにしてる。それをしないという事は、言葉通り自分と話をしたいだけなのだろう。
西丸は自分が淹れた粗茶を器用に啜る死柄木を見つめていると、徐に乾いた口が開いた。
「実はさ……つい先日、あんたのお気に入りの緑谷と会ってさ。俺と〝ヒーロー殺し〟の違いを聞いたんだ」
(…そうか、すでにもうそのタイミングか)
「何でヒーロー殺しがムカつくか、何で緑谷が鬱陶しいかわかった。――全部、オールマイトのせいだって」
死柄木は恐ろしく不気味で、しかしどこか綺麗とも取れる笑みを西丸に向ける。
「あんたもそうなんじゃないか? 脱ヒーロー社会の原点はオールマイトだろ? 西丸伸太郎というマトモな人間を目障りに思う奴らがのさばるのも、そいつらがヘラヘラ笑って過ごしてるのも、全部オールマイトのせいじゃないのか? オールマイトがそういう社会にしちまったんだからな」
意外にも自分の事を一目置いていた死柄木に、西丸は驚きつつも一呼吸置いて返答した。
「…惜しいが少し違う」
「あ?」
「脱ヒーロー社会の考えに至ったのは、確かにそういう社会になったからだろうさ。でもその原因がオールマイトかと言われると、政治家としても一個人としても答えかねる。オールマイトだろうとなかろうと、どのみち避けて通れない問題だったはずさ」
「………」
「死柄木君、善の反対は悪だが正義は立場で変わる。ヒーロー社会だって僕から見て「悪」だと思える事なんか多々ある」
一般市民の防犯意識や「自分達の街を守る」という連帯感の希薄化。
名声や承認欲求を優先する数字・人気主義の蔓延。
個人の自由や多様な救助の形に対する抑圧。
政治家として現代社会の為に奔走してきたからこそ、今の歪んだ世界を俯瞰する事ができ、その全貌と改善点が見えてくるのだ。
「正直ね、オールマイトがいけないという死柄木君の意見には同意してるんだ」
「はぁ!?」
突拍子の無い発言に、死柄木は素っ頓狂な声を上げた。
――今、こいつ何つった!?
「そりゃそうさ。「オールマイトがいれば大丈夫」という甘えを社会や他のヒーローに植え付けた上、救えなかった社会的弱者やあぶれた不満分子の存在を表面化させずに溜め込んだんだ。しかも捻じ伏せた後のアフターケアはゼロと来た。犯罪の抑止力以外何もできないポンコツだよ、教育者としてもヘッポコだし」
こいつも色々苦労してんだな、と死柄木はジト目になる。
「……死柄木君、ここまで来たんだから僕の話も聞いてほしい」
「何だよいきなり」
西丸は粗茶を飲み干すと、穏やかながらも真剣な表情で口を開いた。
「更生して僕のところで働いてみないか?」
「…………は?」
死柄木の思考が停止する。
西丸が口にしたのは、何と足を洗って自分の部下になれという内容だった。
「君は意外と芯が通っているし、頭も切れる。〝個性〟も現場次第で即戦力。一般教養をしっかり叩き込めば、相当化けそうだ」
「……正気かよ、俺は
「君の前にいるのは、
自分は本気だ、と静かに告げる西丸。
その目には、ただ真剣に「死柄木弔という人間」を見据えていた。
「ヒーローは華やかな部分だけを守り、その陰でこぼれ落ちていった者達や、置き去りにされたままの人々を顧みなかった。根本的な解決をせず、見ないふりをして問題に「蓋」をし続けた。そんな中、僕は都知事としてその「蓋」を開けた。なぜだと思う?」
「……ヒーロー社会に嫌気が差して変えたかったからだろ。鳴羽田区長の頃からよ」
「それも少しあるけど……一番は息子ができたからさ」
「!!」
その言葉に、死柄木は目を丸くした。
西丸の東京都知事としてのオリジンは、区長時代から受け継いだ変革の信念以上に善治郎というかけがえのない存在ができた事だという。
「これからを生きる子供達こそが未来を作るんだ。だからこそ、過去何世代にも渡って築き上げてきてしまった〝負の遺産〟を善治郎達に……次の世代に押し付けない」
「……」
「僕は英雄になりたい訳でも、時代の寵児になりたい訳でも、ましてや救世主になりたい訳でもない。ただ、今までの社会が逃げ続けた責任の集積物を、僕が片づけてケジメをつける。要は後始末さ。それをどうしても邪魔するというのなら……相手が誰でも、僕は戦うだけだよ」
30分程の会話の後、西丸は迎えに来た黒霧と共にワープゲートへ入る死柄木を黙って見送った。
(社会は結果に対しては敏感だけど、芽生えるきっかけにはかなり鈍感な事が多い。
苦しんでいる子供。
居場所を失った若者。
怒りしか言葉を持たない人。
誰にも助けを求められない人。
そういう存在が見捨てられ続けた先が
(まぁ、これがヒーロー社会が都合の悪い現実から目を背けて築いた平和の行き着いた先だというのなら……因果応報なのかもね)
そんな事を思いつつ、西丸は家族の待つ自宅へと帰路に就くのだった。
*
翌日、大手出版社「集瑛社」にて。
「どういう事ですか、キュリオ…気月専務!」
「そのままの意味よ…」
異能解放軍幹部でもあるキュリオスは、部下のスクープを一蹴した。
その内容は「西丸伸太郎の公職選挙法違反疑惑」で、彼は居酒屋で他人に飲食代を奢る場面をたまたま目撃していたのだ。
東京都知事のスキャンダルとなれば西丸への世間の非難は高まり、彼を邪魔に思う
「確かに良い記事だと思うわ……」
「では、なぜ……!?」
「もうちょっと早ければよかったのよ。法改正しちゃったんだから」
キュリオス曰く。
ヒーロー達の活躍が記事の大半を占める事が多いマスメディアだが、それは政治に対する関心の希薄化も意味しており、かつては熱狂していた政治家の不祥事に対する国民の関心の度合いも芸能人のスキャンダル以下になっている。
それに加え、2年前から大泉法相は「公職選挙法はバカげている」とSNSやテレビ出演時に公言する程に改正を訴えていた。本人曰く「インスタントコーヒーはOKでドリップコーヒーはダメとか意味不明」「未開封のお茶は「持ち帰って転売される可能性がある」からとか、ペットボトルのお茶を転売しようとする奴はいないだろ」との事で、度々ネットニュースに取り上げられていた。
そう言った色々な要素が重なり、現政権は公職選挙法を改正した。その改正部分の一つが「選挙期間外の接待に対する規制緩和」であり、改正法も先月に施行された。
「西丸都知事の奢り行為、施行した当日の夕方なのよ。法律の施行はその日の午前0時から……つまり公選法違反だとスクープにしても法律上の問題はないの」
キュリオスは項垂れた。
西丸の政界引退は異能解放軍としては大きな前進となるが、重箱の隅を楊枝でほじくるようなネタを大袈裟に報道してどうにかなる相手ではない。
わかってやってたらいい性格してるわ、と内心毒づく。
(それに、今の解放軍としてはクロス・ギャングの方が優先順位が高いわ)
異能解放軍の上層部で問題視されているのは、クロス・ギャングの台頭だ。
しかしクロス・ギャングは明確に異能解放軍を意識しており、関連した人物とその活動をことごとく潰してきている。首領・街風操也の下に集う悪党も中々の大物で、彼らの活動がこれ以上増長してもらっては困るのだ。
(デストロの遺志を背負う自分達が、どこの馬の骨とも知れない男に阻まれる訳にはいかないわ)
その夜。
国内某所の廃校をアジトとするクロス・ギャングは、緊急事態に陥っていた。
「一体どうなってやがる!!?」
予想だにしなかった光景を目の当たりにし、頭目のツムジは驚愕する。
ツムジはカルト教団「ヒューマライズ」の日本支部と抗争になったイチもとい浮嶋京一の援護の為、キュレーター達を連れて出撃し、アジトの留守番を傭兵であるシデロとべロスに任せていた。出撃後はヒューマライズ団員を壊滅・身ぐるみを剥いで帰路に就いたのだが、帰還すると視界に広がったのは半壊したアジトだった。
つまり、出撃から帰還までの約3時間の間に何者かの襲撃があったのだ。という事は、シデロとべロスは……。
「ツムジ!! 留守番してたシデロとべロスが!!」
「んなバカな!! 歴戦の傭兵だぞ!!」
何と留守番をしていた二人は、重傷を負っていた。
辛うじて意識はあるようだが、病院に行かねばならない程の負傷なのは目に見えてわかる。
「おい!! 誰にやられた!?」
慌ただしくなる現場の中で、Mr.コンプレスはべロスに声を掛ける。
すると彼女は、朦朧とした意識で呟いた。
「ヴィ…ヴィラ、ンれんご…の…マス、キュラ…!!」
「何だと!?」
「あぁ!?」
その返答にツムジとキュレーターは衝撃を受ける。
何と
マスキュラーは他者を蹂躙・嬲り殺しにする事に快楽を見出す危険人物で、残虐非道な「
人の下に付けるタイプの人間ではないはずの男が、なぜ
「ツムジ!! 一昨日手に入れた金塊とパソコンも盗まれてるぞ!!」
「っ!? それが狙いか!!」
マイヤーの報告に、ツムジは歯噛みする。
クロス・ギャングは二日前、海外組織による金塊の密輸の情報を入手し、組織を壊滅させて金塊50キロを強奪。同時に仲介の密輸業者のパソコンを鹵獲し、闇取引に関与する日本中の
それは
「どうする? 報復するか?」
「早くブチのめしに行って奪い返そう!!」
「バカ言うな、まずは体勢を立て直す事が先だ!!」
クロス・ギャングは仲間内で揉め始める。
金塊50キロは、価格は毎日の地金相場によって変動するが、大よそ11億円か12億円。それを奪われたとなればかなりの損失だ。それにパソコンにある情報は裏社会における機密情報で、日本の裏の情報王であるミカドと取引すれば相当な儲けになる。
しかし拠点を壊された以上、組織の立て直しを図るべきというのも事実。安易に報復に動かず、万全を期す必要がある。
そうして意見が食い違い、まとまらない中……。
「やかましい!!」
ツムジは顔に青筋を浮かべ、仲間達を一喝した。
「俺達ゃチームだろ!! こういう時に足並み乱してどうすんだ!!!」
その言葉に、全員が静まり返る。
利害の一致や儲け話に乗る形で成立する組織だが、百癖千癖はあるようなメンバーを一応は団としてまとめ上げる頭目・ツムジの存在は絶大だった。
「コンプレス、二人を病院に連れて行け。素顔で連れてきゃすぐにバレねぇだろ」
「お、おう!」
コンプレスは自らの〝個性〟で空間を切り取り、シデロとべロスをビー玉状の球体に縮小。
ポケットに入れ、一人病院へと向かった。
「アジトはどうすんだ!?」
「そんなもん、後でいい…!!」
イチに拠点の復旧について問われるが、ツムジは一蹴して号令をかけた。
「連中の情報、ありったけ集めるぞ!! 居場所が確定したら出撃だ、連中を殲滅させる!!」
ツムジの怒りが廃校に響き渡る。
――警察とヒーローが把握していない、
これが後に時代を揺るがす歴史的大事件に発展していく事になるのだが、それはほんの少し先の話である。
次回以降、皆大好き「神野の悪夢」を進めていきます。
ただ、本作では原作以上の大騒動にする予定です。
クロス・ギャングとか荼毘さんとかミカドとか……ハルマゲドン状態になりそうです。とにかく、オールマイトとオール・フォー・ワンに想定外の事態が訪れます。
もしかしたら、思わぬ人物が復活するかもしれません。
賛否両論…ではなく感想お待ちしております。