【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

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AKIBA'S BEAT、AKIBA'S TRIP Festa!、AKIBA'S TRIPアニメーション
ここにきて続々とAKIBA'Sシリーズが発表されていますね
ファンとして嬉しく思う反面…しかし、瑠衣ちゃんは?初代自警団は?
もう永遠に会えないのか。どこに行ってしまったのでしょうか…懐古と言えばそれまでかもしれない、けども

ところで妹の一人称が妹なのは厳しい。無理矢理にでも名前つければ良かった(今更)
以上チラ裏


13.藍の過去

━━駅前

 

もうお決まりとなった秋葉原駅前での集合。

まだ集合場所には誰も来ていない。妹は、UD+へ続く近くの階段へ腰掛けた━━

秋葉原駅前では絶えず人々が行き交っている。誰もが目的を持ち、そして秋葉原という街に心躍らせる者の多くで溢れている。

しかし彼女はといえば違う。無論遊びに来たわけでもないし、手持ち無沙汰で、ちょっとした暇つぶしのあてがあるわけでもない。慣れないここ秋葉原なら、尚の事━━

そんな事もあって、つい彼女はあれこれと思案にふけってしまう。冬休み、……それも今日はクリスマスイブなのに何をやっているんだろうと考えでも巡らせれば、それは自然と白いため息となって漏れた。

 

だがそもそも、こうなったのは彼女自身の愚かさ故でもあった……高給バイトに引っかかったばかりに。

募集の際掲げられていた報酬が貰えないどころか、逆に高すぎる勉強代を払ってしまった。彼女にとっては甚だ信じられない話ではあるが、人間であるということさえも、彼女は手放してしまったのだ。

妹はがっくりと肩を落とし、俯いた。

 

そんな彼女に近づいてくる足音。それに何やら漂ってきた美味しそうな香りに気がつき━━顔を上げた。

藍だ。その匂いを漂わせる根源、ケバブを左腕一杯にかかえ持っている。藍は相当気に入っていたらしい……この量ではケバブ屋の兄ちゃんも驚いたに違いないなと、妹は苦笑いした。

 

「ケバブ。食うか?」

 

ケバブをもぐつきながら、自身に目も向けずぶっきらぼうに言った。

 

「ありがとう」

 

彼女は一つを受けとった……朝御飯は食べたが、一応お腹は減空いていたからだ。

 

「今集合でも、あれは日の落ちた頃集合って話でしょ?」

 

妹はケバブをついばみながら、隣に腰掛けた藍へつまらなそうに言った。

あれ、というのはカジノ襲撃作戦のこと。日の落ちた頃集合というか、決行自体は話では大分遅い。

……どれ程遅いのか? 端的に言うと真夜中だ。真夜中の秋葉原なんてほぼ店は開いてないし人だって殆ど居ない。昼の賑やかな雰囲気は一変してその表情を変えてしまうのだ……もっとも、彼女はそんな秋葉原という街の特性など知りもしないのだが……

ともかくそんな時間に行くらしい。逆にそんな時間でもなければ、裏カジノの操業などできはしないのかもしれないが。それに来るのは金持ち連中だろうから、夜中でもどうせちゃんとお迎えが来て、帰る足に困ることもない。

 

「決行まで休んでいる暇は無い。時間ある限りそれは使っていく」

 

藍は前を向いたままに答えた後、唐突にスマホをポケットから取り出し、何やら真剣な表情で画面を見つめている。

どうしたの、と妹は顔を覗きこんで問い掛けた。藍は最後のケバブを食べると慌しく立ち上がり、

 

「やはり早めに来て正解だった。行くぞ」

 

突然にそんな事を言い出した。急な事に妹も座ったまま彼女を見上げ、何があったのか困惑である━━それにサカイも、まだ来ていないというのに。

 

「え、え? サカイは?」

 

「あいつは集合前に秋葉原周辺を警戒していた」

 

「そのあいつからのメールだ。場所はUD+!」

 

━━UD+

 

 

「誰かが戦ってる? 黒服と……あいつは禅夜! やっぱりあいつらが……もう一方は?」

 

遠巻きに様子を観察しながら妹が言った。彼女なりに予想はしていたが、やはり禅夜達が暴れている。幹部の禅夜がいるあたり、奴等としては重要な作戦かもしれない。

どちらにせよ、これほど早く遭遇するのは好都合だった。もう一方の勢力に関して、現地で合流したサカイが言う。

 

「ダブプリがいるからな。恐らくカゲヤシの集団だ。あっちは、カゲヤシは悪い奴等じゃない。ダブプリを助けるぞ!」

 

答えるなり、戦っている"ダブプリ"とやらを指差した。

そんなサカイとは違い彼女等の素性は知らないものの、敵の敵は味方とはよく言ったものだ……妹もそれに、分かった、と頷いた。

 

「助けたらサインとかもらえるかもだしな~。いやむしろ、助けに駆けつけた俺はアイドルとの禁断の恋に悩むのだった……いやなんでも。とにかく早く行こうぜ!」

 

サカイの呼びかけに、さっきまでやる気だった藍は何故か苦い顔で腕を組んでいる。藍は、ああ……、と気乗りしないように答えた。

 

 

 

『━━行くぞ!』

 

複数のカゲヤシが飛び交う乱戦の中、一人の末端が吠えて禅夜に仕掛けた。バンドマン姿の末端はギターを大降り気味に振りかぶるも、禅夜はすかさず末端の腹に強烈な蹴りを打ち込んだ。それを禅夜の頭に振り下ろすまでもなく、がら空きになった腹部に重い蹴りの一撃が深くめり込んだ。

 

『ぐはぁ!?』

 

末端が反吐を吐いて吹っ飛び、それから禅夜はすぐに地面を━━杭でも打ち込むかの如き驚異的な脚力で踏み込む━━すると彼の身は高速で飛翔し、他の末端が各々に飛び掛るも、既にそこに禅夜は居ない。

 

『クソッ、奴を捉えられない!』

 

末端が次々と陽光の下に炭化されていく中、次いで禅夜は舞那へと向かった。

 

「……くっ!?」

 

━━舞那は禅夜の手をすれすれの所でかわす。

 

「つくづく情けないですね。ここまで振り回されるとは」

 

禅夜は砕けた態度で挑発すると、余裕の滲む表情を見せながら舞那へゆっくりと歩み寄る。対する自身は剣を構えもせず。

始末を急ぐ必要もない、どの道時間の問題だ、とでも言いたげに━━

だが。

舞那は静かに笑みを浮かべていた。禅夜の余裕が一瞬、固まる。そして次の瞬間……

……己の背後から飛び掛る瀬那の存在に禅夜は気付いた。滲んでいた余裕は姿を消し、焦燥に目を見開いた。

振り向きざまに禅夜は剣を走らせ、そのまま上空から振り下ろされた瀬那のスピーカーを迎撃した。

火花が走る。

一瞬瀬那はバランスを崩したもののバク転で立て直し、そのまま危なげなく着地した。禅夜が慢心し戯れている間、彼の部下である黒服は瀬那と末端がその全てを始末して、残るは禅夜のみとなっていたのだ。

瀬那は、舞那の傍に駆け寄って構えた。

 

「やっぱり一筋縄じゃいかないみたいね。でも勝つのは私達……舞那、行くぞ!」

 

舞那はうん、と応じそれに準じてスタンドマイクを禅夜に突きつけた。

 

「この期に及んで逃げないとは良い度胸ですよ」

 

「無駄な抵抗だといい加減気付くべきなんだ。目で追うのが精一杯の……癖に!」

 

「━━死ねェ!」

 

彼が剣を振り抜き、突進したその時━━

 

「そぉい!」

 

間に割って入ったのは、妹だ。彼女の蹴り上げが顔面を襲い、慌てて禅夜は顔を逸らした。

 

「ぬぁっ!? なんだ!?」

 

「…………貴様は……! ッ!?」

 

意識が妹へ逸れたのを幸いと、すかさず禅夜の背後に走った舞那の手がスーツを一気に引きちぎった。白いワイシャツが露となった禅夜は、身を逸らしつつ咄嗟の一閃……刃は舞那の下腹部に命中しその部分の衣服が破れ散る。彼女は後退し脱がしきることは叶わぬも、ダメージは確かに与えていた。

他の末端も、各々禅夜に対して構える。第三の介入もあり、彼が形勢不利なのは明らかだった。

 

「こ、この私の……服を! 貴様!」

 

「良い気になるなよ……! もうお遊びは終わ━━━━」

 

まだ殲滅を諦めていないようで、禅夜が怒りに声を荒げる。頭に血が上っているのか自信過剰なのか、人数差など気にする様子も無い。

そんな時だった。

 

「何だ?」

 

禅夜は疑問の声を上げる。

腰後ろに装着していた通信機ホルダーから、おもむろに無線通信機を取り出した。

 

《こちら第3班。妖主追跡は失敗だ。見失った。繰り返す、失敗》

 

無線の向こうから、青年が作戦の失敗を淡々と報告した。ただでさえイラついていた禅夜はますます激昂する。

 

「ど、どいつもこいつも……! 役立たずがぁ! どこの馬の骨かも知れない、貴様の腕を買ってやったんだぞ!」

 

無線を聞いた禅夜は通信機にこれでもかと怒鳴ると、通信相手の男は悪びれもないように冷めた声で応答した。

 

《予定より多く邪魔が入った、損害が出ている。じゃあ聞くけどあんたはどうなんだ?》

 

逆に聞き返されてしまうと、とたんに禅夜は苦虫を噛み潰す様子で押し黙った。

 

《必要なら加勢に向かう》

 

「黙れ! 今回は撤収だ……!」

 

怒りのあまり身を震わせて、彼の額には血管が浮き上がっていた。

 

「貴様ら……! 覚えたぞ……! それに、そこの失敗作共もだ……次は……脱がす!」

 

怒りに息を切らせながら、言葉の一つ一つに怨みを込めるように忠告する。だからこそ妹は、脱がす! の部分だけがただの変態的宣言というか、なんだか酷く場違いに感じられて、ちょっと脱力していたが。

禅夜は通信機を床に叩きつけ、バックステップで離脱して行く。

 

「逃がすか!」

 

舞那は追跡を試みるも、黒い群れに阻まれてしまう。

それは増援の黒服だった。

 

「えぇい、こいつらまだ━━━━!」

 

再び構える舞那に妹が駆け寄った。

 

「私達も手伝う!」

 

「誰だか知らないけどまぁいいわ。よぅし、行くよ!」

 

 

 

敵は全滅していた。

末端は禅夜を追跡しに行っているようだが、とはいえ今このUD+に居る者の中で、禅夜を追おうとする者は皆無。皆、時すでに遅しと諦めているようだった。

瀬那は妹に歩み寄った。

 

「ありがとう。キミ、なかなかやるね。それにしても……」

 

そうやって礼を言われるのもつかの間。

同時に藍の方を見、急に険しい顔でこう言われた。

 

「あなた、あいつと知り合いなの?」

 

「え? うん……」

 

妹は困惑して、口ごもる。

何故だか彼女等は……安倍野藍という存在を、敵意を持って見ている気がしたからだ。

 

「アイツ、生きてたんだ」

 

ダブプリの片割れ、舞那も唇を尖らせて、どこか面白くなさそうに藍を見る。

 

「お前達こそまだ秋葉原に居たんだな。てっきりもう、別の場所に居るのかと思っていた」

 

そんな藍本人の言葉を聞き流したのかは定かではないが……舞那は相変わらず睨んでいるだけだし、瀬那も特に何も言う事はなく、

 

「藍、来てもらうよ。良いでしょ?」

 

ただ淡々とそれだけを促して、瀬那はUD+から離れていった。

藍もそれに黙って着いて行く。

 

「あのぅ、私達は?」

 

妹は言った。このままでは置いてけぼりだ。

サカイも口を揃える。

 

「着いてっても?」

 

「好きにすれば」

 

舞那はぷいと顔を背けて、彼女もUD+の外へ歩いて行った━━

 

━━カゲヤシの新アジト

 

 

デスクから慌しく末端に指示を出していた女性━━妖主は驚きの声を上げた。

 

「藍……!? あなた……」

 

藍は妖主へ近づきながら言う。

 

「久々に親の顔を見に来た。どんな顔をして私を迎え入れるのかと思ってね」

 

歩いて行く彼女とダブプリの二人を、妹とサカイは少し離れて見守っていた。

妹は妖主について何も知らないところではあったが、

 

「あの人はカゲヤシで一番偉い妖主って人だな。俺も生では初めて見た……」

 

そんなサカイの言葉を聞いて彼女は理解した。そして藍の発言を聞くにあの妖主という女性が、安倍野藍の母親に当たる存在ということだ。

妖主はデスクに座ったまま藍の方を見、暗く言葉を紡いだ。

 

「……今更、許してもらおうなどと都合の良い事は思っていないわ。ただ、あの時はエージェントに唆されて寝返ったようにしか見えなかったのよ」

 

━━寝返った? エージェントって一体……? 妹の口から自然と疑問が漏れる。

するとまた横に居るサカイが小声で応えた。

 

「エージェントってのは、恐らくNIROの黒服の事で間違いない。当時のな」

 

妹が藍から聞いた話では、カゲヤシはNIROに追われ迫害されていたはず。"寝返ったようにしか見えなかった"とはどういうことなのか。しかし同族である藍が来たにも関わらず歓迎ムードとは程遠いのは、やはり良くない事には違いない━━のだろうか。

妖主は、話を続けていた。

 

「もし、こちらの情報を漏らされれば全体に危険が及んだ。だから……」

 

弁解を最後まで聞く気もないと、藍は遮った。

 

「部下に始末させようとした……か。それが同族同士で、自分の娘であろうとそんなのは関係ない。大方、組織の1単位としてしか見ていない」

 

「……ごめんなさい藍。だけど、その考え方こそがカゲヤシの特徴でもあった……それはあなたも分かっているはず」

 

「そうなのかもしれない。だがそれは、私には非情な行いの正当化にしか聞こえない…………そうやって古い考えをいつまでも押し通していたんだ。カゲヤシとはこうあるものだと」

 

「本当にそうなのか?」

 

「私も追跡するあんたの部下と、同族の仲間とはいえ戦わざるを得なかった」

 

舞那が横から突っ掛かる。

 

「ちょっと、黙って聞いてれば! 元はと言えば、あんたの裏切りが原因でしょ! それを偉そうに……!」

 

やはりそうなった理由はどうあれ……藍が一族を離れ、NIROへ組した事は事実の様だった。本当に裏切りなのかどうかは、妹にもサカイにも分からないが。

瀬那も藍に対して冷たく切り捨てる。

 

「あなたが異常なのよ藍。カゲヤシの多くはその考えに疑問を持たず、ただ従う」

 

「あなたはカゲヤシらしくない」

 

藍はあざ笑うように冷笑し、そうだろう、と言って、言葉を続けた。

 

「分からないだろうな。操り人形のお前達には」

 

その一言に、ダブプリの二人は言葉も出ない程驚愕した。

 

「末端ならそれでもいいのかもしれない、しかし眷属なら己の考えを持って然るべきだ。自分達が戦いの道具にされているとも知らずに。それこそNIROと何が違うものか……」

 

「藍、争いは終わったわ」

 

怜の優しげな言葉も、彼女は意に介さずに跳ね除けた。

 

「終わった。だが再び始まる事だってある」

 

「この血の周りでは必ず争いが起こる。そうさせるのは血の魅力ゆえか……それとも、血を持つ者の好戦さなのか」

 

「もし再び戦いが始まったとすれば、また子を、家族を犠牲にして安全圏で傍観するのだろう」

 

「何も変わらない。何も」

 

うんざりした様子で首を振る。妖主はそれに何か返す訳でもなくただ黙っていた。

妹には藍の言っている事が分からなかった。確かに親である妖主の手によって殺されかけたというのは、恨みを持つには仕方のない事なのかもしれない。しかしそもそも何故、藍は同胞の元を離れたのか? 何故よりによって、カゲヤシの根絶を掲げていたNIROに組するような行動に出てしまったのか? その時の藍の口からは語られることは無かった。

 

「そういうことだ……」

 

藍は背を向ける。

 

「いっその事、人かカゲヤシか……どちらか一方が消えて無くなってしまえば、幸せだったのかもしれないのに」

 

彼女は呟いて、一人アジトの出口へと歩き出した。

妹はハッとして声を掛けようとするが、思う傍から藍は自身を通り過ぎて、結局、何を言えば良いのかも分からずただ暗く俯いた。

怜は胸の辺りをぎゅっと握り締める。

 

「カゲヤシだって変われるわ……戦いから学んで平和を願う事だってあるもの……」

 

藍が去っていく様子を悲しげに見送っていた━━

 

 

 

「藍ちゃんは……なんでNIROに?」

 

三人が新アジトのビルを出た矢先、妹は意を決して問う。

━━先頭の藍が立ち止まったのをきっかけに、皆の歩みが止まる━━彼女はしばらく黙り込んでいたが、前を向いたままやがて重い口を開いた。声は先ほどの言い争いの時とは違い、不思議とどこか穏やかなものだった。

 

「……私はな。元々人間との争いなんて馬鹿げていると思っていた。眷属の中でも年長だった私は人間に慈悲深さ、優しさがある事を知っていた……だが妖主であり私の母、姉小路怜はそんな中で豹変し人間達を嫌い始めて。いつしかNIROにも追われる身になって……それからは終わらない争いの始まりだ」

 

「当然私もカゲヤシの為に戦わなければならない。でも私は戦いの中で、一人のNIROエージェントに惹かれてしまった。彼も私と同じ、当時の争いに疑問を持っていた者の一人だった。それから私は━━」

 

そこで、彼女の言葉が詰まる。一拍置いて、またゆっくりと言葉を紡ぎだした。

 

「怜に人間全てが敵ではない事を必死に説いた。けど聞く耳持たなかった。今後戦いに参加するつもりは無いと言っても、何も聞き入れない……だから私は、密かに出て行く事にしたんだ」

 

「戦いたい奴等だけで戦えばいい。もうこんな事やめたい、せめて自分達だけでもどこか安全な場所で、ひっそりと暮らそうってさ……」

 

「私と意見を同じくするカゲヤシも集めて、最初はすぐに身を隠すつもりだった。……けど」

 

「怜に感づかれた私達は、妖主の追跡部隊と戦わざるを得なくなった。結局、いつしか残ったのは私と彼のたった二人で……私達が追跡を倒しきる頃にはもはや、消耗しきっていた」

 

「あれ以来私は怜とその取り巻きを仲間だなんて思っちゃいない……それでも奴等と違って、復讐してやる程怨んでいるわけじゃない」

 

「奴等……? 禅夜達?」

 

妹の言葉に藍は頷く。

彼女は腕を組んで通路の壁に寄りかかると、再び喋り始めた。

 

「話はこれで終わりじゃない。続きがある。弱っていた私達二人はそこで"奴等"に目をつけられたのさ。目ざとく……な」

 

「はぐれのカゲヤシだ、それも眷属の……格好の標的を彼らが見逃すはずも無い」

 

「奴等は強い。その時の私達ではろくに抵抗はできなかった。情けないがすぐに捕まってしまって……」

 

「私は紛い者になった。初の、眷属を元にした紛い者として」

 

安倍野藍はカゲヤシではなく、精確にはカゲヤシと紛い者のハーフだったのだ。

同じ紛い者という境遇だったからこそ、捕まっていた自身を助け、人間に戻る為の手助けをしてくれているのだろうかと妹は考えた。

そして妹には気掛かりな事があった。それは藍と一緒に居た元エージェントも、紛い者になってしまったのかという事……恐る恐る、彼女は藍へ尋ねた。

 

「そんな……あ、その……藍ちゃんと一緒にいた人も?」

 

「彼は紛い者化を逃れて、私は処置室にいるところを彼に助けられた」

 

「だが彼は死んだ」

 

思わず顔を背ける彼女を見て、妹は背筋がぞくりと凍りつくのを感じた。

 

「そして殺したのは……紛い者の私だ…………」

 

藍は思い切り歯を食いしばった。組んだ腕は解かれて、握られた拳は力に震えているのが見えた。

それから少し間を置いて、再び彼女は言った。

 

「私が、やった」

 

「正気を失っていたとはいえ……助けに来た彼を、自分の手で、殺めてしまうなんて……」

 

「私は恨んだ。弄られたこの身体を……あいつらを……!」

 

「奇跡的に助かった身だが……それでも自ら彼の後を追おうと思ったこともあった。でもやめた……そんな情けないことをしたら私は、本当に彼に顔向けできなくなってしまうから」

 

「だから私は復讐を、って?」

 

サカイが尋ねる。

 

「そう……私を突き動かすものはもうそれだけ……でも、それでも時々なんだか……だんだん自分という者の存在すら良く解らなくなっていって……自分自身のことなのに」

 

「自分が今何処に向かって何処を歩いているのか……何もかも……解らなく……なって」

 

妹は何も言えず、俯く藍の吐露をただ聞いているしかなかった。

初めて生の心の声を聞いた気がした。それまでの立ち振る舞い……外面の壁に隠れた、悲痛で今にも崩れてしまいそうな感情。

だがそれも内面を垣間見る一瞬の出来事。藍の顔は再び決意に満ちた硬い表情に変わって、元の凛々しい様子へ戻っていた。

 

「だが、この先で解る気がする。私はこの戦いの先に答えがあると信じているから」

 

「復讐すると決めたんだ。……いや」

 

彼女はふいにまた俯いた。

 

「復讐ではなく罪滅ぼしなのかもしれない。私がしてしまった過ちの……せめてもの彼への」

 

呟いて、顔を上げる。

 

「まだ行動開始まで時間があるな。奴等も作戦が失敗した直後だ……今日の所はもう恐らく、動きを見せる事も無さそうだ。解散して……時間に再度集合しよう」

 

藍の言葉に、まだ心の整理がついていないのだと妹は思った。簡単に整理がつくようなものでもないのは、容易に想像できる事だ……過去の事を語るのも相応の苦痛を伴ったに違いない。

酷いトラウマを思い出させてしまったのだから、今は一人にさせてあげるのが気遣いというもの━━ここで良かれとあれこれ声を掛けるのは野暮という奴だろう。

彼女は素直に、藍の言葉に従った。

 

 

その場に、妹とサカイだけが取り残されていた。

サカイは頭の後ろに手を回して、気だるそうに言った。

 

「なんだか色々ややこしいことになってますなぁ」

 

「ほんと……」

 

妹の方は疲労困憊といった様子だ。体力的にというよりは、主に精神的な面で。

 

「それで」

 

彼女はサカイの方を見た。

 

「はいよ」

 

「解散だよね」

 

「ですな」

 

「なんでいるの?」

 

疲れ切った彼女としては、すぐ横に居る疲れの元も早くどかしたい所。やかましくて、とても落ち着けたものじゃなくて、邪魔でしかない。

彼女は今、静かな所で一人ぼーっとして、この現実から逃避でもしたい気分なのだから。

 

「何故ここに居るのか? こいつは哲学的な問いだ」

 

相も変わらない能天気さに、彼女も痺れを切らして罵倒する。

 

「いいからさっさと離れろっての! このストーカー変態!」

 

「変態!? 安心しろ、変態にも相手を選ぶ権利がある! 君は安全だ!」

 

「何を!」

 

思わず拳を振り上げる。

 

「わぁ! 分かったやめろって!」

 

慌ててサカイも後ずさった。この怪力少女に殴られては生存の線は確実に無い。

そんな彼を無視して、妹はさっさと歩きだした。しかしやはりサカイもそそくさと着いて来て、悪びれずに言った。

 

「まぁおいらも暇なんだ。君だって地理の分からぬこの秋葉原、一人では心細かろう?」

 

「変質者を横に連れるよりマシよ」

 

妹はイライラしながら言った。とはいえそんな強がりを言おうとも実際は、歩き出したは良いものの、彼女本人もどこへ向かうのやら何も見当がつかない。実に間抜けだなと自分でも思っていたところで……

そしてどうやら、サカイにもそれは分かっていたらしい。

 

「なんて言い草だこいつ……。まぁさ、とにかく。自警団の方へでも行こうぜ。行くアテなんてないんだろーどうせさ」

 

彼女の暴言に少し眉をひそめながらも、自警団のアジトへ行く事を提案した━━と、そんな時、妹はこちらを伺う人影に気付く。

 

「……分かった、じゃあ先に行っててよ。私、その前に"アテ"があるから」

 

「ほんとかよ……まぁいいや、了解」

 

 

「……見てたんだ。いつから居たの?」

 

追求する妹の眼前には影の主、瀬嶋隆二が佇んでいた。こう並んで立つと身長差も甚だしくて、彼女が見上げるような形になっている。

 

「はて、いつからだったかな」

 

糾問する彼女をからかう様に、ひょうきんな素振りを見せた。勿論笑うわけも無く彼女の表情は変わらない。

瀬嶋はそんな彼女の懐疑に染まる瞳を見て、言う。

 

「……そう疑うな。我々はチームだろう? もっと私に協力を仰いでくれても良いと思うがね」

 

「老いぼれだからとのけ者にされるのは……悲しいものだな、うん?」

 

「そんな訳じゃないけど……」

 

単純に怪しいから信用できないんだよ、なんて言えるわけがない。

今まさに彼のコートへ仕込んだサーベルで一閃されるかもしれないし、それは分からない。何せついこの間までカゲヤシを殲滅していた、元NIROの指揮官なのだから。紛い者だって狩る側からしたら、カゲヤシの親戚みたいなモノだ。

 

「彼女は思い悩んでいるようだな」

 

瀬嶋の言葉に、彼女というのは藍を差していると妹はすぐに理解した。やはり会話の一部を聞かれていたらしい。

それがどうしたの、と彼女は興味の無い様な受け答えで受け流そうとする。

 

「藍……と言ったか。彼女を支えてやれ。さもなくば……」

 

「さもなくば?」

 

「復讐に翻弄された殺戮機械となるだろうな。紛い者だからという意味ではない、心まで血も涙も無くなる、本当の意味での、だ」

 

「……まさか!」

 

彼女はそんな事ありえるハズが無い、と言いたげだった。

藍は自分を助けてくれた。

確かに今の彼女は少し思いつめてるとこもあるかもしれない。でも、絶対にまだ良心は残っている。いたずらにこの瀬嶋はからかっているだけだ……彼女がそんな事を望む訳がない。

そう己に言い聞かせる。

 

「彼女の心の闇はそれを望んでいるかもしれない、ということだよ」

 

「自暴自棄になり、周囲を呪う。元より彼女は全てを失った身だ。家族も、愛する者も。復讐し惨めな最期を遂げる事こそが相応しき己の末路、そう考えているかもしれん」

 

忠告のつもりか知らないが、余計なお世話だというのが妹の正直な思いだった。

 

「そう……教えてくれてありがとうおじさん。それじゃ私、別の用事があるから」

 

言葉とは裏腹で、この男の下種な発言に納得などしていない。

彼女はすました顔で走り去った。勝手に言っていれば良いさ、そう思いながら━━

 

━━自警団のアジト

 

妹は自警団のアジトに立ち寄っていた。これで二回目だ。

入り口をくぐると、同時に初老の帽子を被った男性、ヤタベが通り過ぎて、慌しく荷物を持って出て行った。

アジトの中にはサカイと━━太った男の人━━つまりゴンである、彼女はまだ知らないが━━その二人が談笑している。

 

彼女は中へ歩いて行くと、偶然壁に掛けてあるポスターに目が移った。それに写っているのは、あの時に会った金髪ツインテールの可愛らしい二人だ。

 

(何故ここに……?)

 

疑問を持っていると、先ほどの太った男性が嬉しそうに喋りかけてきた。

 

「ああそれはね、通称ダブプリ、Dirty Bloody Princessだよ」

 

よく見ると大事そうに一眼レフを抱えて持っている。カメラ趣味なのだろうか? と彼女は思いつつ、"ダブプリ"という名称に首を傾げる。

 

「……それは?」

 

精確にはダブプリという単語はつい先ほど、サカイから聞いたばかりなのだが……その単語の意味する所を彼女はまだ知らないのだ。

ゴンはその反応を見て、少しがっかりした様子で言った。

 

「そっか……女性ファンだなんて珍しいなと思ったんだけれど。ううん知らないのも無理ないよね、ダブプリっていうのはアイドルの事で。ここ秋葉原を拠点に活動をしているんだ」

 

「秋葉原では超有名で知らない人はいないくらい。でも、メジャーデビューはしていないから、世間にはまだあまり知られていないんだ」

 

「へー、どうりで……すごくかわいいもんね。あの二人。お人形みたいで人間じゃないみたい」

 

「まぁ人間じゃないのは確かだ……いやぁなんでも! もしかして生で見たことあるのかい!?」

 

まーね、と彼女が言うと、男は興味津々で何処に居たのかしつこく訊いて来るものだから、今日に会ったんじゃないんだ、なんて誤魔化す。

 

「そうなんだ今日じゃないのかぁ……」

 

彼は虚しく天井を見上げると、はっと我に返った。

 

「あぁごめん! 自己紹介がまだだったね、僕はゴンって呼ばれてるんだ。ダブプリの話になるとつい……ごめん」

 

「よろしく、ゴンちゃん」

 

「ダブプリ、話じゃ確かメジャーデビューするって噂じゃろ?」

 

サカイが話に入る。彼もまたダブプリの事は知っているらしい。

 

「人気に目をつけた企業が、是非スポンサーになりたい……なんて申し出たって話だよね。ダブプリの人気はすごいからそれも、時間の問題だったのかな」

 

メジャーデビューと聞けば普通は喜びそうなもの。しかしゴンはどこか悲しそうだった。

 

「これで地道なアイドル活動も実を結び、大成するってわけだ。良かった良かっ━━」

 

「良くないよッ!」

 

「ホァァ!?」

 

サカイの言葉にゴンが鬼気迫る顔をこれでもかと近づけた。

その凄まじい勢いにサカイも変な絶叫を上げる。

一見気弱そうなゴンがこうなるのだから、よほどダブプリ熱が凄いのだなと妹は思う。それもダブプリの美貌なら仕方ないのかも知れないが。……カゲヤシには美人が多いらしい。

 

「明日のクリスマスライブがメジャーデビュー前の、秋葉原最後のライブになるかもしれないんだよ!?」

 

「クリスマスライブはもちろんすごく楽しみだけど、でも!」

 

「い、いいじゃまいか。一ファンとして二人の巣立ちを応援してやれよ」

 

「うう……そうかもしれないけれど……確かにそうだね……うん」

 

「大きな舞台で活躍するのは嬉しいんだけど、少し寂しさみたいなものもあるんだ。なんだか自分達の手の届かない、遠い存在になってしまうようでさ。それに少し心配なんだ。カゲヤシであるっていうことが……」

 

「もし世間にカゲヤシの存在を気付かれた時……どうなってしまうんだろうって。それこそ、余計なお世話なのかも知れないけれど……」

 

「とかなんとか言って手元から離れさせたくないだけでしょー?」

 

サカイの言葉にゴンは崩れ落ちる。

 

「そうだよぉ! ダブプリー! 行かないでー!」

 

溢れる愛を叫ぶゴンに妹は困惑しきりで、頭を掻いた。

 

「なんなの……」

 

「ははは、ウチらはこれで平常運転さー」

 

先ほどの初老の男性が笑っていた━━いつの間にか戻ってきていたらしい。

 

「ところでなんだか慌しいですけど、これは?」

 

彼女の問いに、ヤタベは額の汗を拭いながら答えた。

 

「新アジトへの移転作業、って所かな」

 

どこまでも慌しい所だなぁと、彼女は思う。なんだかここに居ては作業の邪魔になってしまいそうだし、当初の静かな場所で落ち着きたい、なんていう考えはどこへやらで━━そうだネットカフェにでも行って時間潰そう、と━━妹は密かに心に決めるのである。


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