【妄想】AKIBA'S TRIP1.5 作:ナナシ@ストリップ
それにあたって既に投稿済みの文章も"美咲"に修正します。二章を非台本化する作業の際に、順次該当箇所を置き換えていこうと思います。
それから今後は生存報告及び進捗状況などのお知らせを、活動報告欄にて定期的に載せていこうと思います。また、この小説に関するお礼などもそちらでさせて頂きます。
以上、よろしくお願い致します!
あの裏通りにおける戦いも、既に昨日の話。
翌日……瀬嶋から新たにメールで言い渡されたのは、秋葉原の人気アイドル"Dirty Bloody Princesses"……通称ダブプリとして活動する北田舞那及び北田瀬那、両名の捕縛作戦を行なうという知らせだった。
このアイドルによって今日開催されるというクリスマスライブ。それを、瀬嶋が好機と狙っての事だった。美咲がメールでやりとりをした限り、藍は瀬嶋に協力するつもりのようだ。
そして藍は……勿論メンバー全員が作戦へ参加するだろうと思っている。
しかし、美咲は作戦にあまり乗り気ではなかった。今までは、自らを紛い者に仕立てた組織を相手取って戦っていたはず……瀬嶋や藍の腹積もりがどうなれど、少なくとも美咲自身にとってはそうだ。
それが今回、相手は秋葉原で活動するアイドル。
坂口や天羽禅夜等と同じく、彼女達が組織の構成員だったのかと問えば……藍も瀬嶋もそれには答えずに、今後の活動の為に必要な作戦だと返した。というのも坂口は瀬那・舞那の身柄を欲し、狙っているから、先に二人を捕らえれば坂口ら組織との交渉材料になり得る、と言うのだ。
しかし……である。
美咲としては、今更自分達が正しい行いをしてきた……なんて言うつもりはないが。それでもアイドルの二人は、自分達と明確に敵対している訳ではない存在のはず。それを自分達が襲撃、なんて事は目的からズレているとしか思えなかった。それに藍に至っては、同じカゲヤシの仲間だったはずなのにだ。
瀬嶋も瀬嶋である。そういえば瀬嶋へメールで異を唱えた際、彼は「我々は協力関係のはずだが」とも言っていた。……どうだか、"協力関係"を一方的に押し付けられているだけな気がしてくる。
やはり納得がいかない。
なんでこんな事に巻き込まれなきゃ、というのが率直な本音だが、このまま瀬嶋達の行いを見過ごすわけにもいかない、という正義感も彼女にはあった。しかし見過ごさずに阻止する、という事は勿論……瀬嶋と藍に対する裏切り行為となるだろう。その場合サカイは、果たしてどちらの味方をするのか分からないが。
彼女は、決断を迫られていた。
━━裏通り
そんな葛藤もどこ吹く風か。お昼時、ここ秋葉原の裏通りは活気に溢れていた。通りの住民達はカゴへ無造作につめ込まれた、良く分からないパーツ群を興味深そうに眺めているし……そして、頭上からは女性の声。
おいしくなーれ、おいしくなーれ……呪文の様にまた聞こえてきた。恐らくメイド喫茶の勧誘……? 渋い顔になる美咲。
平和さにほっとするような、とはいえ本当にここで戦ったのだろうかと、眩暈がするような。
なんだか言い知れぬ倦怠感に襲われた美咲は、通りの端っこでしゃがみ込み。それから、ぼうっと道行く人々を眺める。
「いつも通り……か。昨日の騒ぎが嘘みたい……」
疲れたような様子で呟く彼女の隣には、サカイの姿。
「ほんと。嘘みたいだよ。……いや、気味悪いぜ実際」
あんな騒ぎを起こしたのに、ネットでは何一つ話題にもなっていないんだと、サカイは疑問を漏らしていた。
というのも、何か情報が出るんじゃないかと、彼はずっとスマホにかじりついていたのだ。
美咲の方は……何自然に、そして当然のように居るんだよお前、なんて突っ込む気も失せていた。
しかし何も情報が出ていないというのは……確かに気になる所。彼女は変わらずぼーっとしながらも、言葉を返した。
「昨日警察の人が居たでしょ。そんな筈…………うーん。どうなのかな」
昨夜裏通りに倒れこんでいた機体の姿も、今は綺麗さっぱり存在しない。通りへ視線を流してもそこには一箇所━━あのロボットが倒れていた箇所が━━ばっくりヒビ割れているアスファルトと、その周囲を規制するように置かれたいくつかの赤いコーンがあるのみだ。
幸か不幸か騒ぎにはなっていない。騒ぎになったらなったで、当事者であった自分達もただで済むわけは無いのだから、複雑な心境だった。
それに加えて。一番今彼女が心配しているのは、なにを隠そう今日の作戦。
自然と美咲からは悩みの声が出てしまう。
「ねぇ、これから私達……どうなっちゃうんだろう」
「なにさ。やぶからぼうに」
「私最初は、人間に戻る為には仕方の無い事なんだって思ってた。だけどさ」
「なんだか、変な方向へ向かっているような気がしてきて……」
「思ったんだよね。私達、このままでいいのかな…………」
彼は空を仰いで、あー、と短く声を上げてから、言った。
「それなら今一番正しいと思った事をすりゃいいんじゃねーのかな? その方が後くされないだろ、その選択がなんだろうがさ。……まぁ、俺はあんたについてくよ。どーせ暇だし!」
サカイは身にあり余る退屈さを示すように、両手を首へ回して朗らかに言った。
そんな様子に美咲も自然と、面持ちの陰りは引いていき。ぼうっとしていた表情を引き締めて、彼女は立ち上がった。
「……そだね。私なりに考えてみる」
「おうさ。何かやるときは俺にも連絡くれよな。なんたって、暇だし!」
分かった分かった、と美咲は飛んでくる言葉を手で押しやっていると、ふとサカイが「そうだ、」という一言から、ズボンのポケットをがさごそと漁って……そこから一枚、札状の紙を取って差し出してきた。「ほら、コレ」と言ってヒラヒラさせているそれは。
「なにこれ……? チケット?」……彼女の言葉にサカイはにかっと笑った。
彼の握るチケットには"Dirty Bloody Princesses クリスマスライブ"と書かれていて、あの双子姉妹の姿もあった。
「ダブプリライブのチケット。そろそろ始まる時間だろ。勿論あのおっさんと藍ちゃんは持ってないであろう、完全なる私物」
「これ使えよ。俺がライブ見に行くより、今お前の方が必要……だろ?」
「いや別に必要じゃなくても良いんだ。考え、まとまると良いな!」
本当に貰っちゃって良いの? と内心で一瞬戸惑う美咲だったが、ここで彼の好意を無駄にしないためにも、そして自分が後悔しない為にも。彼女はチケットを受け取り……覚悟を決めた。
「……ありがとう。……うん。私、行って来る!」
━━UD+ ライブ会場
寒空に震えるような冬の様子とはうって変わり、会場はまるで別世界の様に熱狂の渦。
人々の荒波に揉まれながら、迷い猫のように独りきょろきょろとさ迷うのは……美咲。
(どうしよう……結局何も良い考えが思いつかなかったぁぁ……!)
それどころかあれから誰にも会ってないし、勿論作戦召集はすっぽかしたし。
……でも居ても立ってもいられなくて、結局ライブには何となく来ちゃうし。
……どうすれば。
いや。どうすればいいかなんて決まっていた……瀬嶋達を止める。その為に来たんだ。
彼女は無理矢理自身を奮い立たせるも、すぐにそれはしぼんでいってしまう。
いやいや、やっぱり自分一人で止めるなんて到底無理な気が━━
「うぐぐ、どうしよう」
むずがゆく唸っていた時、自身と同じようにきょろきょろと周囲を見渡す、黒髪の少女を見かけた。
見覚えがある。それもつい最近、駅前で会ったばかりの。
あの時の、瑠衣と名乗る少女だった。
「あれ……? 瑠衣ちゃん?」
その一言に、視線の先に居た文月瑠衣が、はっとこちらを向いた。
あっ、キミは……! そんな事を口にして、さも呆気に取られた顔をしていた。
また喋る約束をしていたとはいえ、まさかこんな早くに……それも切迫した今会う事になろうとは。
「やぁ、瑠衣ちゃん。あはは……」
乾いた笑いをあげた美咲。そんな彼女の浮かない顔に、瑠衣は不思議そうな様子。
「どうしたの? ライブを楽しみに来たにしては……やけに暗い顔をしているけど」
「うーん、楽しみに来たというよりは……考えに来た。って感じ」
気恥ずかしそうに言った美咲へ、瑠衣は尚更不思議そうに首を捻っていた。
それから美咲はここへ来ることとなった、事のあらましを話していった。
「……そうだったんだね。瀬嶋がそんな事を……やっぱり、あの人は……」
「うん。それで、さっきサカイからメールで聞いたんだけどさ、ライブ終了後に外で襲撃を掛けるつもりみたい。入場チケットは、簡単に手に入るものでもないみたいだから……」
……とはいえ、瀬嶋達がチケットを持っていたにしても、堂々と正面からこんにちわでは流石に怪し過ぎるというもの。
それか入り口の警備員を倒し、ライブ最中に強行突入という手も考えられたが、さすがにそこまで目立つ手は打ちたくなかったのだろう。
何にせよ遅かれ早かれ、襲撃がかけられる事には違いないのだが……
「にしても、クリスマスだから夜開演かと思ってた」
ふと美咲は、それとなく瑠衣へ零した。
「夜? そういえば姉さん達はライブを、決まって昼に行なっていたはず」
「あ、そうなんだ? なんでだろ」
……っていうかあの娘達って瑠衣ちゃんの姉だったんだ。
そんな驚きはともかく、瑠衣の説明は続いていく。
「ライブ後はいつも慣例的にファン交流会がセットにされているから、夜開演だと終わるのが遅くなりすぎるんだって。そうすると遠くの地方から観に来ようとしてた人達が、次の日仕事だから行くのを諦めよう……だとか、そういう事になりかねないからって」
「へー、ファンの事を考えてくれてるんだね!」
「そ……そう、かな? うん、そうかも」
(でも元々はそうして、最大限人を集めて吸血する為、だったみたいなんだけど……)
少し苦い表情を見せてから、彼女はまた喋り出す。
「それと今回に関しては、一番大きな理由は別にある」
「と、言うと……?」
「今私達を狙っている相手の中に、人間は殆ど居ない……だから夜を選んでも私達に優位性がある訳じゃないって、姉さんが。おまけに、紛い者? っていうのが出てきて、それも含めると夜は脱衣が使えない分……むしろ私達の方が、昼間より苦戦する可能性が出てきた。これも姉さんの言っていた事だけどね」
「なるほど。確かに言われればそうかも」
「うん。……それにしても」
瑠衣は会場を見渡すと。それから唐突に、嬉しそうに表情を綻ばせた。
「なんだか思い出す。あの時の事」
そうして今彼女が思い馳せていたのは……昔、ライブの吸血作戦を阻止すべく、初めてナナシと協力した懐かしい思い出……
当然ぽかんとする美咲。
心ここにあらず状態の瑠衣も、まもなくそれに気付いたのか慌てて謝った。
「あっ! ごめんね。私ぼうっとしちゃって……えっと、それで……私も狙われる可能性があると思って、ここを警戒してたんだ。でも、まさか瀬嶋が動いているなんて」
「瑠衣ちゃんもダブプリを守る為に……か。でもあなたも、カゲヤシの中では重要な立ち位置なんでしょ?」
「……それは、分かっているつもり。でも、誰かが襲われるかもしれない時に、自分だけ隠れているなんて……私にはできないよ」
「そっか……うん、そうだよね。実際瑠衣ちゃんが居たらきっと頼もしいし!」
「そ、そんな事は……えへへ、そうかな?」
そうしてしばし笑顔を向けていた瑠衣は、ふいにステージの向こうを見つめた。
「瑠衣ちゃん?」
小さく呼ぶ美咲。
瑠衣はその先を見つめたまま「曲が終わる……」と、きっ、とした表情で零した。優しげな面しか見ていなかった美咲としては、初めて見た彼女の真剣な表情だった。
美咲は事の重要さを再確認し、息を呑んだ。拳に力が走る。
それから瑠衣はスマートフォンを取り出した。じっと画面を見つめる彼女に、美咲は言葉を切り出した。
「瑠衣ちゃん、私も手伝うよ。何か出来れば……だけど」
言葉を聞いた瑠衣は、スマホをパーカーのポケットに仕舞い、美咲の方へ振り向く。
「……良いの? でも、危険だと思う」
そう言うものの、美咲としてはここでまた一人にはされたくない。連れていって貰う為にも、彼女はわざとらしく腕をまくって。
そして駄目押しにドヤ顔で主張してみた。
「大丈夫。こう見えても私、脱衣でずっと戦ってきたの!」
自信満々なように演じるも、大丈夫かなぁと一瞬冷や汗が出た。まぁ嘘は言っていない……はず。
片や瑠衣は困惑顔で、その大きな瞳を瞬かせていた。
「本当? それなら大丈夫、なのかな。でも危なくなったらすぐに言ってね? …………それじゃあ、着いてきて欲しい。手伝って……くれるなら」
それから瑠衣は舞台の方へ小走りで向かいつつ、また言葉を続けていった。
「仲間から報告があったんだ。怪しい人が近づいている、って」
「見たところカゲヤシ、らしい━━でも、私達の仲間ではない━━って」
━━舞台裏
ライブを無事終えたばかりの、瀬那・舞那の両名はなにやら話し込んでいる。
「姉さん、メジャーデビューって……」
「舞那。またそれ?」
「で、でも姉さん。メジャーデビューしたら、忙しくなるだろうし……殆ど秋葉原に戻ってこれなくなったりしちゃうかも、って」
「舞那だって同意の上だった。もっと大勢の人の前で歌ってみたいって、言っていたじゃない」
「そ、そりゃそーだけどぉ……ここでもう活動できないのは、ちょ~っと勿体無いなって思っただけだもん」
「舞那、きっとライブでたまには戻れる。折角のスポンサー契約なんだから、断るのはそれこそ勿体無い。……違う?」
「うっ。ま、まぁ……そうかも」
「どの道騒ぎのせいで、今すぐ秋葉原を離れる訳にはいかない。だけど近い内に……」
そこへ、美咲と瑠衣の二人が慌しく入る。
気付いた双子姉妹の内、舞那の方がづかづかとやってきた。
「ちょっと、何よ瑠衣。何しに来たの? それにアンタも一緒なんてね」
「……姉さん。念の為、逃げて欲しい。もしかしたら、追っ手が来ているかもしれないの」
「へ? 瑠衣、アンタ何言って━━」
変わらず突っ掛かろうとする舞那だったが、片や瀬那はすぐに覚悟の表情に変わっていた。
「舞那、行くよ!」
「あれっ!? ちょ、ちょっと姉さん!?」
彼女は舞那の手を強引に引っ張って行く。
とりあえず、美咲と瑠衣は二人の護衛として着いていき。四人は裏口を経てUD+近くのスペースへ出るも、既にそこではライブ警備員のカゲヤシ四人と、それより倍は居る黒服達が双方で睨み合っている状況。
って相手方が多すぎる。いや、それよりおかしいのは。
美咲は疑問の声を上げた。
「あれ? 違う、瀬嶋達じゃない……!?」
しかも。
『飴渡チーフ、命令を』
「ってまたお前かよ!」
美咲が突っ込みを入れる先には。あの時殴り飛ばしたアイツ、飴渡。
部下に飴渡と呼ばれている、どこからどう見ても飴渡なそいつ。やはりこれは間違いない……あの時ボコされたにもかかわらず、のこのことまたやって来たのだろう。
こんなことなら脱衣までしておくべきだったと後悔する美咲だったが、次に飴渡の言葉を聞いて、そんな気はすぐに晴れる事となる。
「命令? ああそうだったな命令する。撤収だ」
しどろもどろ、うろたえる部下が尋ねた。
『チ、チーフ。それは一体……』
「撤収と言ったら撤収だ。お前、上司の命令が聞けねぇのか?」
そいつが飴渡の問いに口ごもっていると、別の部下の一人が拳を構え、声を上げた。
『……貴様。裏切るつもりか? ならば上司でもなんでもないな。ついでに我々で対処にするまでだ』
「……上等だ。かかってきな」
いやいや、何してんのこのおっさんら?
勝手に話進めんなと、美咲が口を挟む。
「ちょっと待ってよあんた……どういうつもりなの?」
「姉御! ここは俺に任せてくれや!」
「姉ぇ!?」
「……俺ぁ気が変わったのさ。あの時あんたの拳に惚れたんだ。素直に痺れたぜ……!」
「し、シビレた?」
「あぁ目が覚めた。なんつぅかこう……痺れちまったんだよ。そう言うしかねぇんだ……そう、あんたの拳にな……!」
美咲と瀬那・舞那の冷ややかな「は?」が重なり、瑠衣はなんだか分からず首を捻っていた。
飴渡はふっ、と笑う。
「強い女ってのも悪くねぇと思った……俺の気紛れさ」
飴渡は以前あった戦いの直後、気絶から目覚め……改めて、美咲にぶん殴られて熱く疼いていた頬に触れ。そして鉄拳のぶち当たった瞬間に思いを馳せた彼はハッと気づいたのだ。己の胸を突き動かす情熱的なときめきに。
今この場でもそれを思い出したのか、感無量といった表情。反して露骨に嫌な顔をする美咲は、思わず「何言ってんだこいつ」と口走る。
「ネェちゃんみてぇなのがここでやられるべきじゃねぇ! ここは俺に任せな……!」
そう言って身体を背け。先程まで部下だった男達相手に拳を構えると、振り返らずに叫んだ。
「お嬢さん方! 直ちに!」
瀬那・舞那の部下に加えて飴渡……奇妙な共同戦線で相手を抑え込む中、少女達は駆け出していった。
━━芳林公園
新たな追っ手をも次々撒いていった一同は、ここ、若林公園に足を踏み入れる事となる。
しかし今、一同の逃避行は虚しく追い詰められ……いよいよその決着が告げられようとしていた。
「くそぅ、ここまでだっての……!?」
苦々しく言ったのは、舞那。その周囲をずらりと囲んで整列するエージェント達と、それから彼女達の真ん前に歩み出てきたのは、エージェントの雇い主である坂口。
追っ手から公園へ逃げ込んだ所を、あらかじめ待機していた彼等に挟み込まれてしまったのだ。
坂口は満足げに彼女等を見た。
「……双子の娘だけでなく、文月瑠衣も一緒とは! これはいい。小娘らを使って姉小路怜を脅し、研究所の所在を吐かせられれば完璧。奴の元愛人が手掛かりすらも知らないとは、思いたくないが……。最悪でも血は手に入る。……ようやく捕まえましたよォ」
うふっ。うふふふふ。坂口の不気味な笑いに、追い詰められて一同苦々しかった顔が、更に苦々しくなった。
ふと、追い詰められた少女達の中で誰かが声を上げた。それは美咲のようだった。
「ハゲ、あんたまだ居るの?」
あー、またこいつか。みたいな調子で淡々と言った美咲。
「ハゲじゃねぇっつってんだろ!」と金切声を上げる坂口。
「失礼な小娘ですね……。まァこの機を狙って全戦力を投入した甲斐があったというものです。さすがにこの物量では逃げ道など……」
そして隙あらば自分語りをする。
ともかく……瀬那がどの道話し合う余地は無いと言いたげに、愛用のラジカセを坂口達へ向け振り抜いた。
「この感じ……久々ね。舞那、行くよ」
そんな姉の一声に応えて、舞那もスタンドマイクを構えた。対する坂口揮下の部隊も次々に剣を構え、あちこちから刃を展開する金属音が聞こえてきた。
坂口は圧倒的な数の部下達を、満足そうに流し見てから言った。
「見上げた根性ですねぇ……まだ諦めようとはしないと。しかしお仲間が助けに来る事はありませんよ? 別動隊で足止めをしていますとも、ええ」
「足止めどころか、やっちゃってるかも知れませんけどねェ」
ぐふふ、と意地悪い笑みを見た瑠衣は、ナナシの名を呼んで青ざめた。ナナシはライブ会場の場外警備に当たっていたはず。本当であれば、助けに来てもいい頃のはずだった。
「……ですので降伏するのが身の為と思いますが……こちらもちゃちゃっと確保して撤収したいので。抵抗するならぁ~ぁ……分かっていますよね?」
勝利を確信するニヤケ顔を張り飛ばす様に、舞那は気丈に叫ぶ。
「誰が降伏するか!」
美咲も無言の内に構えて、瞳を左右に睨ませて周囲を見回した。
黒服、黒服、黒服。
嫌気が差すほどにずらっと並んでいる。彼女の顔が尚険しくなった所で、瑠衣も日傘を構えて言った。
「やるしかない!」
「満場一致で抵抗ですか。……手荒く扱われるのがお望みとあらば。我々の力に屈するがいい!」
そこへ丁度、どこからか黒服が忍者の如く跳んで来て、坂口の下へひざまづく。
興の削がれた坂口は興奮に鼻息荒く、杖を振り乱した。
「なんだねこの大事な時に! 後にしたまえ後に!」
『は! しかし』
坂口は暴れたせいでずれた眼鏡をかけ直し、しどろもどろな黒服へまた声を荒げた。
「……なんだ!」
『そ、それが。何者かが防衛網を突破しています!』
「何ぃ!? そんな馬鹿な。奴等の仲間は完全にマークして足を止めていたはず……くぅ、マズイ! さっさと確保しなさい! 確保だぁ!」
しかし叫びは虚しく抜けていく。杖を突き上げたポーズのまま固まる彼に応えたのは、嘲笑うように吹き付けた冬の風だけ。
「おいコルァ!? 何してるんだ!? 確保だ確保!」
懸命なシャウトにもエージェント達はざわつくのみだった。
……何故ならば。
彼等の目の前には。
━━貴様は!?
坂口が驚きの声を上げる。
囲まれていた彼女達には何が何やらで、その目線の先へ振り返ってみた。
するとその先に居た者は。
囲んでいた黒い群れは、切り込みを入れられたように割れていて。その間から悠々と闊歩してきたのは……
彼女等がその名を呼ぶ前に、坂口がまたも声を上げた。
「貴様は瀬嶋隆二……! やはり生きていたのか!?」
「あの程度で私を始末できたと思ったか? 老いた身とはいえ、なめてもらっては困るな」
瀬嶋隆二その男と、それからやはり藍の姿もあった。加えて、瀬嶋の側に与していると思しき黒服も幾人か居るようである。
「……生きているだろうとは思ったが、このタイミングで再び現れるとは。本当に厄介ですよあなたは……! それにだ! お前達は周辺封鎖の任に就いていたはず……何をやってる!?」
瀬嶋の隣についていた黒服達は、まるで坂口の追求が何も聞こえていないかのように、無反応だった。
坂口が激昂しながら杖で指し突く先の彼等は、元は坂口の部下だったようだが……今はすました顔で瀬嶋の側についていたのだ。
「裏切るというのか! 大方その男にそそのかされたのだろうが……単純な奴等めが……!」
そこへ余裕綽々、といった瀬嶋の言葉。
「では、追い立てご苦労。後は我々がやる」
……坂口はさも忌々しそうに歯を軋らせた。
「何を~……偉そうに……そんな戦力がそちらにあるのかね? 構わん、ゴミが一つ二つ増えただけだ! おいお前達、任務を続行しなさい!」
『瀬嶋部長……生きておられたのか?』
『やはり不死身の名は伊達ではなかったんだ……!』
しかしどこ吹く風か、口々に交わすエージェント達。そして驚愕するその声、その表情は次第に歓喜のものへと塗り替えられていく。もはやエージェント達の関心は目の前に居るかつての上司、瀬嶋隆二だった。
「私が現場を退いた結果、NIROは解体された……それに関しては、申し訳ない事をしたと思っている。……すまなかった。しかし未だ任務が完了していないのは、君達の知るところだろう。この国は依然化け物共の脅威に晒され、その活動を許したままだ……政府は駆逐を諦めた。だが我々はどうする?」
「その先の未来を鑑みれば、我々人間がどうすべきかは明らかのはずだ。その為に今一度私の元へ就き、君達に再びその手腕を振るって欲しいと考えている。私が再び、君達を雇おう。迎え入れる用意ならばある」
押し殺したような、坂口の笑い声が聞こえてきた。
「戯言を……化け物狩りのその意志は我々が継いだのだよ。未だにかつての地位へすがりつこうとする姿は、滑稽極まりないですな。今更貴様に部下が戻ってくる事はない!」
それは言葉通りとも思えた。エージェント達は最初、歓喜に浮き足立っていたものの……けれど徐々に、瀬嶋に対する疑問の声も上がってきていたのだ。
しかし瀬嶋は、動じない。
「違うな。それを決めるのは私でも、君でもない。彼等が決めることだ。これを聞いた上で、な」
何を、と坂口が言い終わるのを待たずに、瀬嶋がコートの奥から取り出した録音装置。
そして……先程瀬嶋と共に現れた黒服の内一人が、おもむろにトランシーバーを取り出す。坂口の部隊全員へ通達出来るよう設定されている"それ"を、録音装置の近くへ持っていった。
瀬嶋は「聞け」という一言と共に、録音装置の再生ボタンを押した。
ほどなくして、黒服達が片耳にかける通信機から聞こえてきた声は。録音された坂口の━━
《━━カゲヤシ撲滅なんて嘘っぱちですよ》
《縛りつける為には信義があった方が、やりやすいですからねぇ》
エージェント達が耳掛けしている通信機へ流れた音声は、昨日のカジノにおける坂口の独白。
あの時瀬嶋は坂口に対して、まず組織の理念を尋ねた。そしてそれに乗った坂口がさも得意げに語った、その独白だった。
「……これが、諸君等の雇い主の声だ」
瀬嶋はそれを利用した。
加えて彼は、この場でなし崩し的に音声を公開した訳ではない。この場だからこそ狙ってやったのである。
瀬嶋は……坂口が眷属の身柄を欲している事、それに加え前回、捕縛作戦を失敗している事も知っていた。次は失敗しない為に全力で作戦にかかるであろう事も、瀬嶋には察しがついていたし……カジノで黒服に尋問した結果、その予想の裏付けも粗方取れていた。
そして坂口は予想に違わず、「この機を狙って全戦力を投入した」という先の言葉通り、ありったけの部下を動員する。
一見坂口側が圧倒的有利とも言えるこの状況を、だが瀬嶋はそれこそを狙っていた。
ほぼ全ての部下が集うこの瞬間を……戦力を乗っ取る最高の機会を。
瀬嶋は雄弁と語る。
「君達の信念、全霊を捧げる身は今……坂口という人間の、利欲に汚れた掌が上に居る。分かるだろう。偽りの正義に踊らされていたのだ」
「裏切られた無念さは分かっている……やり場のない怒りもだ。私がその思いの全てを受けよう。その為に私はこの街へ帰還した」
「志が残る者は私につけ。……この瀬嶋隆二に」
坂口が大慌てで怒鳴る。
「全員無視しろ、あんなのは戯言だ! 近くの数名でいい、さっさと奴、瀬嶋を止めんか! 他は至急確保に移れ!」
しかし沸き立つ者達の歯止めは利かなくなっていた。
ついにエージェントの中には瀬嶋側につくと言い出す者が現れ。主張の言い合いからそれはやがて、互いに剣を向ける行為にまで発展した。
それを見た周囲のエージェントも重しが取れたように、坂口派と瀬嶋派のそれぞれが一斉に剣を向け始める。
互いの敵味方の判別も満足につかない中、とりあえず言い争っていた近くの者同士が相手取り、それぞれが刃を交える事もいとわず睨み合っているものの。
ここで手を出すと乱戦へ発展しかねないのは、誰の目にも明らか。
その後の同士討ちの危険を考えれば、迂闊に手出しも出来ず膠着状態となった。
瀬那は、この機に逃げの一手を打つのが得策と考えた。「今の内だ」と仲間へ促して、その場から駆けて行き━━それに追走する舞那。
様子を見た瑠衣も、美咲の手を取った。
「私達も行こう!」
間を縫って逃げていく、その様子を見た坂口が叫ぶ。
「おい! 誰でもいい! あいつらを取り押さえろ!」
一連の睨み合いから取り残され、遠巻きに途方に暮れていた幾人かの黒服が、坂口の指示を聞くや慌てて確保に向かう。
逃げながら、その様子を見て焦る舞那。
「姉さん姉さん! 敵が来てる!」
「舞那、とにかく逃げるよ。仲間も来てくれている!」
「えっ? 姉さん、どこどこ?」
『ご無事ですか!?』
逃げる彼女達に走り寄って、新たに随伴してきたのは、親衛隊所属の末端カゲヤシ数人。
瀬嶋の登場により、坂口の部下が張っていた警戒網に穴が出来た。それによって親衛隊もこの場に参じる事ができたという訳だ。
「まったくぅ! あんたたち遅いのよ!」
「安心している暇は無いよ、舞那!」
双子はいつもの調子で掛け合いながら、公園を突破していく。
そして護衛の親衛隊員は何人かが公園入り口に残り、追っ手である坂口の部下に立ちはだかる。
……だが当然、狙っているのは坂口だけではない。
瀬嶋が吠えた。
「藍! 追跡しろ。逃がすな!」
その一言で藍はギターを手に急行した。親衛隊は坂口の部下を抑える事で精一杯であったものの、内一人がなんとか藍の阻止に向かった。が、彼女は走るままギターを横薙ぎにお見舞いし、その親衛隊員を強引に押し退け……追跡対象が逃げた先の路地へと彼女は消えていった。
◇
エージェント達の通信網は錯綜し、彼等の統制は完全に崩れていた。ある者は耳の通信機に手を当てながら声を上げ、またある者は落ち着き無く街を右往左往している。その中を一人、親衛隊員のカゲヤシが後ろ飛びの要領で次々と後退しながら、エージェント達の間を高速で飛び抜けていった。
瑠衣達が逃げ切るまでの時間稼ぎ役を担っていた、親衛隊員中の一人である。
『くそっ! なんなんだあいつは……!? やたらに速い!?』
忌々しく吐き捨てる彼は今まさに、脅威と呼べる相手に追い立てられていた。仲間は恐らく殆どがやられ、一人撤退している最中。加えて最悪にも、男はその相手を見失ってしまっている。
次にどこから襲ってくるのかも分からない。装着していたゴーグル越しに、視線を世話しなく周囲へと働かせた。
次々と眼前を流れていく構造物。その林立する間、間に目を凝らす。どこから"あいつ"は襲ってくるのかと、汗を滲ませながら。
……そこへ不意に、女性の声が聞こえた。
『お前、生きていたか!』
偶然にも此方へ跳んで来た、仲間の親衛隊員だった。
男は立ち止まって尋ねる。
『どうなっている? 親衛隊がこうも……!』
男の言葉へ答える気配も無く、呼吸荒く周囲を見渡していた。どうやら、自分に向けて問い掛けられたと気付いていないようだ。彼女も酷く焦っていた。
だがひとまず、仲間の一人と合流は出来た……相手が来る様子もない。
━━仲間と連絡を取り、ここから態勢を立て直すとしよう。
男は道の途中にあった、己の背丈より幾分かの高さを持つ、コンクリート製の塀にひとまず身を預けた。
丁度日陰でもあるし、ここで陽を避けて小休止するには悪くない。
そうして息を吐いて、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。眼前に飛躍して来た"あいつ"━━安倍野藍に頭を掴まれ、背後の塀へ凄まじい力の元に打ち付けられる。塀は音を立てて瓦解し、男は悶絶した。
隣の女隊員は驚愕し声ならぬ叫びを上げた。瞳は戦慄に染まり……何かを発するように口を開きながらも、喉が潰れたみたいに言葉が出ない。その様に、藍の視線が移される。差し向けられた冷徹な眼差しに、自身の終わりを覚悟した時……声が聞こえた。
「待って!」という、美咲の強い呼びかけだった。藍が視線を前へ戻すと、その先には彼女の姿があった。
「その人を離して……!」
美咲が続けた言葉を受けて、藍は元より微塵の興味も無かったように、掴んでいた男の頭を離した。
男はどさりとその場にくずれ落ちた。既に藍は美咲の方へと足を踏み出していて、親衛隊には用もなさそうに視線を外している。
一瞬女隊員は行動を迷っていたものの、自分達を逃がそうとする美咲の意思を汲み取り、へたばった男の身を背負ってその場から離脱していった。
藍はそんな様子も気にする事無く、ゆっくりと美咲の元へ歩み進んでいく。鋭い視線の先に居るのは、美咲一人のみ。瀬那、舞那と瑠衣の姿は無かった。
何故彼女だけが逃げずにここに居るのか……それには、他三人を逃がす為に時間稼ぎをしようという美咲の思いもあったが、それ以上に、藍をもしかしたら説得できるのではないかという思いが、彼女をその場に留まらせたのだった。
留まる事を瑠衣達には伝えずに、そっと離れた。瑠衣との会話、特にライブ会場での会話を思い出す限り、彼女が他人を置いていくような性格とは考え辛かった。もし留まると言えば、瑠衣も留まると言ったかもしれない。美咲としてはそれは避けたかった。
美咲は、胸に手を当てた。内心いくら落ち着こうとした所で、そんな事はおかまいなしに心臓が鼓動を激しく打ち鳴らしていた。いよいよ、手を伸ばせば掴まれそうな距離まで近づいたところで、藍は言葉も無く歩を止める。
美咲は震えた声で恐る恐る問いかけた。言うまでも無かったかもしれない、その問いを……
「藍ちゃん……私を……灰にするの……?」
藍は問い返した。
「お前はどうだ……? 私を邪魔するのか?」
「わ、私は……」
握り締めた手は震えていた。しかし、今一度ぎゅっとその拳に力を入れる。
「私……今の藍ちゃんには着いていけない……!」
「助けてもらったことは感謝してる。でも今やろうとしていることは、どうしても私……おかしいとしか思えない。間違ってると、その、思う。でも今ならまだ藍ちゃんも、考え……直せるんじゃないかなって。あはは……」
「なんだ、説教のつもりか?」
目元を歪ませた藍へ、美咲は困惑しつつも答えた。
「そ、そんな訳じゃないんだけど~……」
「お前には死んでもらう。……結局は紛い者。存在を根絶やしにする為に、お前も始末しなければならない事は必然だった」
「……でも藍ちゃんは、私を助けてくれたじゃん!」
「それは気の迷いというやつだ。事実に目を背いていた……目の届く所に居させれば問題ない、まだ、お前を人間に戻せるかもしれないと」
「私の行いに間違いがあったとすれば、……お前を助けた事がそもそもの間違いだったな?」
ギターを構えた。
まさか。彼女はやはり━━
「あ、藍ちゃん! 私を灰にする……灰にするんだよね!? ホンキ……なんだね!?」
「くどい!」
声を遮るように振るわれたギターの一撃。美咲が恐怖に身をかがめた結果、偶然ではあったがそれを辛くもかわす事が出来た。
━━偶然だけど、当たらなかった。逃げるなら今しかない。
急いで身を翻す。表情を焦りに染めながら、美咲はすぐにその場から走り去った。
……戦うか? 無理だ。自分は説得をしに来ただけで……いや、戦うにしたって、藍は紛い者である上にかなりの手練れ。自分も紛い者とはいえ、同じなのはそれだけだ。共に戦う中で、実力の差はまざまざと見せられてきた……抵抗したところで、遅かれ早かれどの道やられるだけ。
なら大人しくやられろ? ……無理に決まってんだろうがァ! まだ高校一年生なんだよ! 輝く未来が待ってる若者なんだよ!
じゃあもう逃げるしかないじゃん……!
とりあえず逃げよう。って、大して時間稼ぎと説得もしてない。ならなんで最初から瑠衣ちゃん達と逃げなかった……!?
「分からない! 分からないからとりあえず逃げる! 後の事は逃げてから考えるっ!」
言い聞かせながら彼女は疾走した。脱兎のように。と、何かにつまづいて派手に転んでしまった。突っ伏した状態から顔だけ起き上がらせると、すぐ目の前には冷ややかにこちらを見つめる藍の姿があった。
美咲は凍りついた。そして、藍に転ばせられたんだとすぐに理解した。
もしかして…………
……死ぬ?
そんな思考が、すぐに駆け巡る。
「諦めが悪いなお前? ……お別れだ。覚悟決めろ!」
運命を悟り、目蓋を閉じようとした時……近づいてくる人影に気付いた美咲は、改めてその瞳を見開いた。
「お兄ちゃん……!」
思考するより早く、自らの口が反射的にその正体を答え、
「……お兄ちゃんなの!?」
そして口走りながらも、彼女は驚きを隠せないように、再び確認するように叫んでいた。
強引な場面が多々あったかもしれませんが、とりあえず二章はこれで終わりです。
次回から三章が始まります。ナナシが主役に戻り、以後小説完結までほぼナナシ視点のままお送りする予定です……