【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

18 / 31
超絶書くの遅いマン。
長くなったので前後編二分割にしました。近い内に後編も投稿する予定です(予定です。)
16話に合わせて15話ラストをほんの少し修正。

視点がナナシに変わり、妹と出会う少し前から話は始まります……


三章
16.三つ巴の開戦(前)


NIROの実働部隊リーダー、瀬嶋隆二は秋葉原に帰還した。

坂口率いるエージェント部隊と対立し、両者はここ秋葉原で睨み合いを続けている。

けれど、この街で戦っている者は勿論彼等だけではない。

それは瀬嶋隆二の宿敵、ナナシもまた同じ……

 

 

…………それでその"宿敵"はというと、アキバの通りを現在進行形で爆走していた。

 

(あぁくそ……馬鹿ばか俺の馬鹿!)

 

とか嘆きながらだ。

彼には嘆きたい事が山ほどあった。なんせ今も軽く見渡しただけで、エージェント連中が隅々幅を利かせるカオスなこの状況。

それもその上、致命的にデカイ問題が一つ。

 

問題は瑠衣達が追われ、今も危険に晒されている事。なのだが━━

 

せめて自身が瑠衣と共にしていたならと、ナナシは後悔していた。

元々手分けをした方が良いだろうと瑠衣本人から提案を受け、自分が場外警備の任に着いたのだが……思えばそれが失敗だった。

……自分が外でエージェントと戯れている内に、瑠衣達と大分引き離されてしまうとは。

運悪くか、最初から狙われていたのか。いずれにせよまんまと時間を稼がれた━━

 

━━まぁともかく、それで、俺の馬鹿ァー! とか思いながら走るはめになった。

そう言えばなかなか変態的行為に思えるが、別に声に出していないから問題はない。声にならない叫びというやつだ。いや、

 

……あれやこれや考えていると、不意に一人の青年と衝突しそうになった。

間一髪避けたものの、走り抜けた後方から咎める声が聞こえた気がした。

 

「すまん、今は許せ……!」

 

瑠衣達の下へ向かう為、そして事態を収める為にも、今だけは足を止める訳にいかない。

エージェントが目的である彼女達を見失えば、連中も手を引き、混乱もひとまずは収まるはず……だから今だけは急がせてくれ、と。

 

……甚だ一方的な言い逃れだと思った。

だが嘘をついているという訳じゃない。現状を見れば一目瞭然だろうが、秋葉原が危機的状況というのは事実なのだ。

 

この街の終わりが近づいている。

それは、少し前まで悪い冗談と思っていた。

 

今視界に度々映るのは、慌しく行動するエージェントと……その光景に動揺する街の人々。

確かに、この状況はタダ事じゃない。

そして近い内、この街は更に酷い状況になる。……そうヒロは大真面目に言っていた。

 

……ナナシは気に入らなかった。あのふざけた予言が、現実味を帯びてきてるっていうのか?

そんなのは認めたくもない━━その意地が、自然と彼の瞳を険しくさせた。

 

この街で普段通りに過ごしていたい……文月瑠衣の、彼女の望みは叶ったと思っていたのに。

だが今の状況は、まるで逆戻りだ。

 

『また、秋葉原で争いが起こっちゃうのかな』

 

あの時の、不安を口にした瑠衣の姿が目に浮かんだ。

彼女の想いとは裏腹に、秋葉原は今、あの頃へ戻ってしまっている。

だが……

 

(……だが、まだ終わりじゃないはずだ)

 

街は再び危機に立たされている。それでも、まだ終わったわけじゃない。

 

ナナシは通りを疾走した。だからこそ急がなければならない。全てが手遅れにならない内に、後悔に変わらない内に……

彼は住民達の間を縫っていき、エージェント達の視線を掻い潜り。

白い息を吐きながら、混迷の中を手早く駆け抜ける。

 

だいたいなんだ。今日はクリスマスだろ? とふて腐れ。

こいつらは本当に中止にしちまうつもりかと、半ば冗談交じりに勘ぐりながら。

それでもナナシは駆け抜けた。

街はこの上なく危機だし、クリスマスのプランも見事に白紙。嗚呼全くそれもこれも、我が物顔で蔓延っているエージェント、連中のおかげで━━

 

「ええい、好き勝手しやがって……!」

 

そう考えると腹立たしさに、思わず歯が噛み締められる。

それから邪念を払うようにナナシは首を振るう。今は目の前の状況に集中しろと、己に語りかけた。

 

……そうだ。瑠衣からのメールによれば、彼女達はこの道を抜けて少し先のはず。

不幸中の幸いか、エージェントは何故か慌てふためいている。それどころか警戒の持ち場を離れ、どこかへ行っている様にさえ見えた。

妙だが、ナナシとしては好都合。危なげなく連中をかわし、順調に突破していく。

 

しかし、だ。

その一連の流れの中で……異変があった。

路地先で彼の目に留まり、立ち止まらざるを得なかったその光景。

一人の少女が歩道に倒れこんでいた。その横ではギターを手に少女を見下す、パンクロッカー風の女も一人。

 

(これは……なるほど)

 

……勘弁してくれと率直に思った。

一難も去ってないのにまた一難。打ち切り直前の連載みたいにぽんぽん出してきやがる……ッ!

思わず眩暈がしそうになりつつも、気付けば突き動かされるように倒れた少女へ走り寄っていた。

 

少女の服装には見覚えがあった。

自身の妹である美咲のものと良く似ている。しかしそれは偶然の一致だろう。本当に"少女"が美咲本人とは夢にも思わなかった、のだが……

 

彼女は倒れ伏せたまま、自身に気付いたのだろうか、顔をこちらへ上げてきた。

その"少女"は━━思わずナナシは目を疑ったものの。

 

「お兄ちゃん……! ……お兄ちゃんなの!?」

 

彼女の肉声を聞いてそんな疑いも吹っ飛んだ。目の前に居る少女は、紛れもなく自身の妹。

どうしてこうなった!? と思い切り叫びたい気分だった。

いやいや、何て日だ! も捨て難い……

伏し目ながらに悩んでいると、ふと前から視線を感じそちらを見返した。

 

「お兄ちゃん?」と業を煮やした美咲が不信な目に変わっている。

……うるさいな。今お前のせいで悩んでるんだよ。

仕方なくナナシは思案を中断し、そして美咲を問い詰めたい気分もかなぐり捨て、それよりもスマートフォンの画面を見た。

走り寄る際に予め行なっていたミラースナップ、その結果を確認する為だ。

 

……画面には紛い者の反応が示されていた。薄々予想はついていたが、生憎にもそれを裏付ける結果に歯噛みする。

ダブプリ姉妹と瑠衣の状況も当然気になるが、まずは目の前の状況をなんとかしなければならない。

ナナシは剣を抜き、その切っ先がパンクロッカー風の女に向けられる。

美咲の名を呼び、空いた手で彼女を立ち上がらせながら、その間も目線は常に対面の女を睨み続けた……

動くなよ、動いた瞬間に攻撃する、という威嚇を込めて。

 

それでも、女は涼しい顔でこちらを眺めている。美咲を背後に庇いながらじりじりと後退する間も、女はふてぶてしい程顔色一つ変えない。

距離を取る事には成功しつつも尚、張り詰めたような緊張が走っていた。

 

「俺の妹に手ぇ出すとは……あんた、塵にされたいらしいな」

 

と、3、4メートル程距離を取った所で言った。

……逃げ腰で言う台詞じゃないだろ、と美咲がささやき、確かに……とナナシも苦笑いした。妹もたまには正しい事を言う。

正直虚勢でしかなかったのだが、その言葉に、対面の女が初めて表情を変えた。

 

「塵にする? 紛い者の私を、単なるカゲヤシのお前が」

 

女は聞き違いかとでも言いたげに眉を歪ませていた。

それからそのしかめ面を益々むすっとさせて差し向ける。

 

「身の程知らずも大概にしな」

 

と。緩慢な態度だが、しかし腹は立たなかった。むしろ、いかにも紛い者らしい。

今まで相対してきた紛い者達も、同じ様に強い自信を持っていた。目の前の女もその例に漏れず……というだけだ。

 

だがそれは決して根拠の無い自信過剰ではなく、カゲヤシの能力を超えている、確たる自負が紛い者にはあるのだろう。

それこそ、負けるはずがない……という絶対の自信が。ナナシが駆け寄ろうと歯牙にも掛けず眺めていた事からも、その余裕は見て取れる。

……だが「それがどうした」と冷ややかに一蹴したナナシは、そして続けた。

 

「カゲヤシが勝てないって誰が決めた? ……あんたか? なら勘違いだったな」

 

「脱がすか脱がされるか、それだけのはずだろ。あんたを脱がすだけだ」

 

言葉通り、最後に勝負を決するのは、あくまで脱衣の技量差だという気概が彼にはあった。

紛い者に苦戦した過去も以前の話。あれから師匠の元で修行をし、己の業を磨いたのだから。

 

……無論、それも十分な時間ではない。まだ、対策が万全とは言えないのかもしれない。

 

しかし、今回の様に一対一なら……そして彼女に、優位だという慢心があるなら。

その油断から生まれた隙を突き━━脱衣のスピードを活かして速攻を仕掛ければ━━必ず勝機はある。

そう信じ、固く剣を握っていた。

対する藍もいよいよギターを構える。その様子を、美咲は動揺しながら見守っていた。

 

(脱がすって、お兄ちゃんも戦えるって事……? 分からないけど……けど戦ったら、きっと殺されちゃう)

 

「━━待ってよ藍ちゃん、こんな事するべきじゃ……!」

 

その言葉を聞いたナナシは美咲を一瞥した。どうやら美咲は相手を知っているらしい。

ナナシは、藍と呼ばれた女に視線を戻し問い掛けた。

 

「……エージェントってカッコでもないが、アキバに何しに来た? ここじゃ素直にならないと楽しめないぞ」

 

「お前に言う必要があるのか?」

 

威圧的な藍を見るや、ううむ、とナナシは神妙に顎を撫でる。

 

「なるほど、セール目当てでは無いようだ」

 

「お兄ちゃん、もう口閉じてて」

 

「クリスマスセールだぞ!?」

 

美咲が「どうでもいい」と顔を曇らせた、その直後だった。

藍が前傾姿勢ののち、地を一蹴りして突進した。

凄まじい脚力。踏み蹴ったアスファルトは容易くヘコみ、それによって生じた衝撃さえも置き去る程の突進力。それを以って彼女は小細工なく、正面から一気に間合いを詰めた。

 

(速い!? マジか……!?)

 

ナナシはその速度に驚愕しながらも、彼女が振り下ろしたギターを咄嗟に避けた。

それから女は尚も怯まず攻撃を掛けてくるが、ナナシは確実にその一撃を避け続ける。時折自身も剣によるカウンターを仕掛けながら、常に相手の死角へ回り込もうと試みる。

とにかく、相手が紛い者ならまともに打ち合う訳にはいかない。冷静に翻弄し続け隙を突く……それが、修行で得た対紛い者のセオリーだからだ。

 

しかし実戦はそう上手くも行かないもので、彼女はなかなか隙を見せないどころか、今も自身の動きへ確実に追従してきている。

思った以上に女の身のこなしは軽く、いつの間にか互いに横や裏を取っては切って切り合い、そしてそれを避け。

もはやそこに、翻弄などという余裕も無い。

 

ナナシとてその動きは研ぎ澄まされている。食い下がり、渡り合っていくその姿は、多くの戦いを経てきた者として伊達ではない。

しかし避け続ける疲れからか、それでもほんの僅かに遅れが見え始めていた。

僅かな遅れは次第に明確な遅れとなり、それは致命的な差にまで広がってしまった。

遂に藍がナナシの動きを捉えたのである。

 

しまったと後悔した時には、ギターの重い一撃を腹へもろに喰らってしまう。

強烈な衝撃に肺から空気が一気に吐き出され、ナナシの身体はくの字に折れ曲がったまま、後方へ吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ……!」

 

ギターとにわかには信じ難い威力だった。正直電柱でブン殴られたかと思ったレベルだ。

思わず苦痛に顔を歪めたものの、けれどナナシはすぐに空中で体勢を立て直し、改めて瞳を見開いた。

 

今は身体の痛みなんか気にしていられない。

すぐ傍で助けを求めている美咲が居て、今も逃げている瑠居達、そして危機に瀕しているアキバの人達が居る。

そう打ち切り直前の如くポンポン来やがってる。

以前までならここで炭化して終わりなんじゃ、なんて思考がチラついたかもしれないが、そんな事考える暇もない。

だからこそその眼は、真っ直ぐと向かいのパンクガールを捉えていた。

 

彼女はこちらへ一直線に向かっている……そして、気付いた。

この状況に覚えがある事、紛い者と最初に戦った時、あの大男にやられた状況と同じ事を。

あの時も同じく吹っ飛ばされ、そして足を取られている隙に肉薄され、二撃目を叩き込まれたはず。

 

あの時と同じ事になる、そう直感した。だとすれば……

 

「……同じ轍踏むかよ!」

 

歩道へ着地する同時、剣を火花が散るほどに思い切り突き立てた。肉薄される前に、意地でも己の身体を食いとめる為に。

まもなく止めることに成功した直後、既に振り上げられたギターが目前に見えた。

身が凍る思いだった……紛い者の全力の一撃、あれをまともに貰えばタダでは済まない。

 

(ちッくしょう! 間に合えぇ……!)

 

極限の状況にアドレナリンが放出したのか、その一撃は嫌味な程ゆっくりと見えた。

右方向へ全身全霊、歯を食い縛って回避の舵を取ると、迫る一撃は幸運にも、身を掠めるかという所ですれ違った。

 

「何!?」

 

大振りの攻撃を外した藍が思わず驚愕の声を発し、それから違和感に気付いた彼女は自身の身体へ目を向け、絶句した。

いつの間にか上半身の服は完全に脱がされていて、下着が露になっていた。

 

彼女は咄嗟に地を蹴飛ばして退こうとしたものの、思考よりも先に反応したナナシが素早く足元をすくった。

脱がし、次いで逃れようとした相手の足を取って動きを封じる、ナナシの常套手段だった。

後ろ崩れた藍は慌てて立て直そうと、何歩か地を蹴ったものの……いよいよ尻餅をついてしまう。

 

「この……ッ!」

 

それでも強気な彼女は、きっ、と顔を上げた。尚も戦闘の意思を見せたものの、がきん、という金属音に起き上がろうとする動きを止める。

突如そちらへ飛来した剣"えくすかりばー"が、倒れこんだ両脚のちょうど間……スカートの布地を巻き込む形で地面に突き刺さり、さしずめ縫い付ける形になっていた。

 

彼女が驚愕に見開いた瞳の先には、既に迫るナナシの姿があった。

 

「貰った」

 

ナナシが素早くスカートへ手が伸ばした直前、藍が強引に後ろへ飛び退いた。

スカートは一部破けてしまったものの、まだ脱げてはいない。

とはいえ首の皮一枚繋がった程には違いないだろう。二人が再び構え相対する中で、藍はいつになく焦っていた。

 

(あの脱衣の手際といい、普通じゃない……! こいつ何者だ?)

 

しかし焦燥を隠すように、あくまで気丈な(てい)で吠えた。

 

「ふん、あんな小手先で縫い止めたつもりだったのか……笑わせやがる」

 

けれども、返された一言に彼女は拍子抜けした。

 

「まぁな」

 

そして「避けに動くと思った」……ナナシはあっけらかんと放ち、藍を指差して言った。

 

「だが今のお前は動けない……だろ」

 

拍子抜けしていた女の表情が、一転して険しいものに変わった。彼女は押し黙り、狼の様に牙をむき出して、威嚇する表情で睨みつけていた。

対するナナシはそんな事も気に留めず、そのまま続けた。

 

「見えてるぞ。スカートの裏に手を回しているのが」

 

彼の文言はからかうようで、その実淡々と言った。

実際ナナシの言う通り、彼女は後ろ手に、今にもずり落ちそうなスカートを押さえていた……スカートのホックが、逃れた衝撃で壊れていたのだ。

 

「あの状態で無理矢理動けば、ホックへダメージが行くようにしたからな。悪いがここまでだ」

 

図星を突かれた藍は忌々しそうに顔を一瞬背けたものの、

 

「お前、本当にただのカゲヤシか?」

 

結果がよほど理解し難かったのか、苦渋の様子でそう問い掛けた。

 

「うん? まぁ……元人間の」

 

「……カゲヤシだと? そんな事あり得るか!」

 

「それがあり得るかも。死ねないんだよ、彼女と添い遂げ、セールのグラボを買うまでは」

 

「お兄ちゃん、私の為じゃなかったわけ?」

 

「一応それもある」

 

美咲の追及を飄々と交わしていると、悔しそうに唸る藍の声が聞こえてきた。

彼女はまだ負けを認めたくない……らしかった。

 

「そもそもスカートでなければ私が勝っていた……! だから嫌なんだ! 無駄にひらひらしているし脆いから……!」

 

(この期に及んで言い訳するのか……)

 

……子供みたいな負け惜しみに渋い顔しつつも、ナナシはじりじりと彼女を追い詰め、そこへ今度は我が妹の叫びが飛んでくる。

 

「ちょ! ちょっと待ってお兄ちゃん! やめて! 一旦やめて!」

 

揃いも揃ってなんなんだと、いよいよ脱力した表情でナナシは振り向いた。

 

「うっさいなぁ……なんだよ? 腹でも減ったの?」

 

「な訳あるか! とにかく駄目、ちょっとだけ待って!」

 

「待てない! 後でおでん缶買ってやるから我慢しろ!」

 

「お腹は減ってないっつの!」

 

なんて言い争っている間に、藍は舌打ちと共に跳躍してその場を離れていた。

二人が気付いた時には既に遅く、ナナシが大口を開けて妹へ詰め寄った。

 

「あぁ~馬鹿っ! お前のせいで逃がしちまったろ!?」

 

「あっ……えぇ~っとぉ~……仕方ないよ! うん、仕方ない。それより馬鹿兄に馬鹿って言われたくないんですけど!」

 

馬鹿兄呼ばわりされたナナシは、俺はお前を助けたんだよな……とモヤモヤしてきた。

本当に兄妹なのか? というのは自分の中で永遠のテーマだが、まぁ、湧き上がる不満を溜め息で吐き出して……気を取り直して再び美咲を見た。

 

「……んで。知り合いだったのか?」

 

問いに、「それは……」と視線を落とす。

 

「……うん。あの人は、私を助けてくれたの」

 

俯いたまま、物案じた表情で告白する妹。

 

「助けた? さっき殺意ばりばりだったけどな。助けて今度は始末に掛かるとは、おかしな奴」

 

なんて、酷使した身体を労う様に肩を撫でつつ、彼は軽い調子で言うのだが……当の美咲は何も言葉を返さない。

 

…………反応が予想と違う。

まるで借りてきた猫。ナナシは調子崩れだと言わんばかりに、しばらく眉を曲げていた。

けれど尚口をつぐむ妹を遂に見かねて、静かに語った。

 

「……あいつ、お前に手を下す事を少しためらってた」

 

美咲が思わず、その言葉にはっと顔を上げた。彼に先程の軽さは無く、今までの軽口とは線引きされたものだと分かった。

 

「俺が走り寄っても、それをすぐに阻もうともしない……違和感があった。素直な行動じゃないと思ったんだ」

 

美咲は何も言わなかったが、構わず「事情は後で聞く。けどな」とナナシは続ける。

 

「あいつが向かってくるなら、先にこっちが塵にするしかない。それは分かって欲しい」

 

……やはり彼女は何も言わない。

が、決して納得している訳ではないはず。ナナシとしても、決して己が正しい事を言っているとは思わなかった。

 

(う~む……困ったな)

 

だからこそ彼は悩んだ。

頭を掻きつつ、ともかく、美咲を守る事に成功したのは違いないと、意識を現状へ引き戻した。

……瑠衣達の下へ急がなければ。あの藍という紛い者も、抵抗せずにさっさと逃げてくれて良かったかもしれない。逃がしたせいで後々面倒になる可能性もあるが……

 

(……メールだ)

 

スマートフォンを確認すると、瑠衣からのメールが一通あった。

内容に気が気ではなかったが、ナナシはホッとした……どうやら瑠衣達は、追跡の手を振り切れたらしい。

自分は何もしていないのが少し情けないが。次からは離れない様にしよう、と反省もそこそこに、とりあえず妹にも訊きたい事があった。

 

「まぁいい……それよりだ、お前……もう人間じゃないな?」

 

と言うのも、先程のミラースナップ……紛い者の反応があったのは一人ではなかった。美咲も含めた二人だったからだ。

美咲はばつが悪そうに、うん、と頷いた。

 

「…………お兄ちゃんもさ、人間じゃないの?」

 

「……だな。まぁさっきのを見れば分かるだろうけど……よし、細かい話は後にして行くぞ」

 

「行くってどこへ?」

 

「お前には一人で帰れと言いたいとこだが、さっきの様子を見るにそれは危険だしな……。自警団の仲間と合流するから着いてきてくれ」

 

「……自警団!?」

 

「どうした?」

 

(自警団ってまさか……じゃあ瑠衣ちゃんの言ってた"ナナシ"ってぇ……!?)

 

……突如として鬼気迫る表情の美咲にナナシは青ざめた。

いや表情のせいもあるが、一番の原因は今にも殴り掛かりそうな拳を見たからである。

 

「待てぇ! 兄に拳を向ける妹があるか……! しかも助けたのに」

 

必死の制止に、美咲はハッと意識を戻した。

そうだ、待て、落ち着けと彼女は己に言い聞かせる。

そもそも自警団が一つだと誰が決めたか。一つとは限らない、そう多分三つ四つ位ある。そして瑠衣ちゃんの言っていたナナシはきっと別の自警団の、好青年なイケメンに違いない。

間違っても"こんな奴"では……

 

一方、その"こんな奴"呼ばわりされたナナシは命の危機を感じ、遠巻きに様子を伺っていた。

すると美咲が割とすまなそうにして、「ごめん」と見る。

 

「いつもの癖で……えへへ」

 

いやえへへじゃねぇよ、とナナシは顔を歪ませた。……珍しくしおらしいなあとか、少しでも思った自分を呪いたい。

美咲は今も応急措置的なはにかみで凌ごうとしているが、誤魔化せてない、全然誤魔化しきれてない。それにいつもの癖とか、単にますます物騒なだけだ。

 

「兄を殴り殺す動作の癖がついてるってどういう事なの? 鬼かよお前……!」

 

「違うって! ちょっと手を握る癖があるだけだし! ……でもさ、お兄ちゃんが"普通"で良かったなって思うよ」

 

はにかみながら話題を逸らすと、「……どういうことだ?」と食い付くナナシ。

 

「エージェントの人でね、私に殴られて喜んでる人が居たの。正直恐かった……嫌がるお兄ちゃんはその点マシなんだなって」

 

「末期患者だな。……マシってなんだよ」

 

彼女の物言いに顔を曇らせるナナシだったが、ふと最近の訓練を思い出したナナシ。

それは師匠に、ヒロとの闘いで防戦一方だった旨を伝えた時の事……

 

 

 

「ナナシ。あなたはドMになりなさい」

 

……それが師匠の御言葉だった。

 

その時は聞き間違いかな、と思った。

 

「……もう一度いいですか?」

 

むしろ聞き間違いであってくれ。そう思い聞き返すと、しかし師匠は変わらず言った。

 

「ドMになりなさい」

 

……と。

 

「えっ?」

 

「てことではい。目隠しと、手錠。つけなさい」

 

師匠の言葉の後、下僕が差し出した"それ"をまじまじと見た。言葉通りのシロモノが入っている。……師匠は本気のようだ。

赤い内張りのスーツケースに仰々しく入っているのから察するに、高級品かもしれない。

……それはどうでもいい。

 

「これっていわゆるSMプレイのあれですよね……」

 

それよりも気になった事を直球で聞いてみると、師匠は得意げに返してきた。

 

「言ったでしょう? あなたはMになる必要がある」

 

「どういう事なんだ……?!」

 

素でうろたえるナナシにつべこべ言わない、とぴしゃりと放つ師匠。

そんな無茶苦茶すぎる……という思いとは裏腹に、師匠は整然と説明し始めた。

 

「……よいこと? SとMは対を成しながら、お互いに深く関連しあうの。脱衣のやりとりというものを極める為には、そのどちらをもより深く理解し身に着ける必要がある」

 

「そしてナナシ、あなたにはMの理解が足りていない!」

 

と、言われたが、疑問だった。

それもかなりだ。

しかれど今は師匠の面前、場を弁え……たかったがやはり、つい言葉となって漏れてしまう。

 

「それってほんとに必要……?」

 

対する師匠は確固たる自信があるように、「必要よ」と放つ。

 

「相反する二つの要素を巧みに使いこなす事は、己の業を磨く上でとても重要な事。陰陽、快慢、鋼軟、そしてSM」

 

「あの、失礼ながらテキトーな事を言っているのでは」

 

「言ってないわ」

 

それでもまさに有無を言わさずといった勢いで、食い気味にそう言い放たれた━━

 

 

 

その顛末をナナシは思い返していた。

つまり妹から殴られる事を嫌がる自分は、Mに成りきれてないという事。まだ修行が足りていない。

そういう意味では、妹の言う"殴られて喜ぶ"は素晴らしい戦闘素質の持ち主なのかもしれない。

……いや、

 

はたと考えるなり、「なるほど」と呟くナナシ。

それに疑問顔の美咲。

 

「なるほどって何が?」

 

「NIROエージェントが次々下僕に堕ちていた訳、何となく分かった気がするって事さ……」

 

それはかねてから疑問だった。

もしかしたらああいった訓練のせいで、エージェントは日々潜在的にその……特殊な嗜好を植えつけられていたのでは。

美咲の言う末期患者もその犠牲というわけだ。いや、むしろNIROは元々そういう人選だったのでは?

 

(まさか御堂さんも……!? いやっ駄目だ、それ以上いけない!)

 

首を捻る妹を傍らに、彼は狂気に満ちた答えへたどり着いていた。

……何故か鼻息を荒くしながら。




(もうおでん缶ってアキバに無いらしいですね。悲しい)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。