【妄想】AKIBA'S TRIP1.5 作:ナナシ@ストリップ
「ま、正確に言えばお前は偽者か……。この状況がどういう事かは分かるよな?」
「どっからどう見ても攻めて来た。だろ?」
「まぁ……そういう事だ、だがチャンスをやってもいい。……着いてこい。妙な真似するなよ」
二人が去ったのを見計らったノブが、そっと起き上がる。
(ヒロの声だったよな……あいつ、どういうつもりだ? そもそもなんでこの場所を……)
出口の向こうを見つめながら、一人静かに思案を巡らせていた時だった。横からゴンがそろりと現れる。
「ノ、ノブ君……」
「ゴンちゃん。起きてたのか……ってこれ、いつかの時と同じだな。ハハハ」
「だね。あはは……ってそれどころじゃないよッ!」
「うぉッ!? お、おう、そうだったな……って、皆起きちまうぞ……!?」
「あっ。そ、そうだった。ごめん」
「いやすまん、俺こそつい現実逃避しちまってた。こうしてる場合じゃない、早いとこ追いかけようぜ」
「うん。けど、無事に行けるかな……もしも出口に見張りでも居たら……」
「……確かに。可能性あるな」
「でしたら私の教え子に、まず外から様子を伺わせましょうか」
「サラさん……!? サラさんまで起きてたとは……」
――若林公園
夜、それも店舗の並びから離れた場所とあって、周囲には何の人影もない……
暗く染まる広場に立つ者はナナシとヒロの両名のみだ。
「……ナナシ。一つ訊いておくが、本当にこの街から離れる気はないんだな?」
「勿論。そんな気はさらさらない」
「なら話はシンプル。俺が勝った場合……残念だがアジトを襲撃する事になる。隠れる場所はないと思え。……ただしお前が勝ったら、好きにするといい。いいか。それ以上意地を通すというなら、俺を倒してみろ。……やれるものならな」
ヒロは、えくすかりばーを逆手に持って構えた……この前と同じ姿勢だ。
(またあのスタイルか……それにあのやりずらい左持ちの構え。……おまけにこちらは素手、面倒な事になりそうだな……)
◇
遅れて公園前にノブとゴンが到着した。サラはアジト周辺の警戒を引き受け、ナナシを追ったのは彼ら二人だけだ。
ただ、駆けつけたはいいものの特に手の打ちようもなく、ただ草むらの影からしばらく戦闘を見守るしか出来なかった彼らは、徐々に焦りが募っていく。
ナナシはかなり苦戦しており、仲間である自分達が何も出来ない事実にもどかしさを感じていた。
「こ、これってさ。やっぱりマズイ……マズイんだよね。まさか、このままじゃ……」
「冗談よせって。ナナシが負ける訳ないだろ……!? あいつは今までもずっと勝ってきたじゃないか。それを今更……!」
ナナシは秋葉原の危機をその身で救ってきた。今まで幾度となく助けられておきながら、それを今更疑う様な言葉を吐く事などノブには出来ない。
だから、負ける事はないんだと彼は信じたい。それでも不安は確かにあって、その葛藤にノブは焦り、苦しめられていた。
「い、今ならまだ間に合うよ。止めに行こう!」
「待つんだ、ゴンちゃん!」
「で、でも! はやくしないと……」
「あいつは一人で行ったんだ。俺達が覚悟を無駄にする訳にいかないだろう……!?」
「け……けど」
「分かってる、分かってるんだが~……」
(どうすれば良いんだ!? 俺にはナナシを信じて見ている事しか――!)
……その時、ノブは後ろから近づく足音にハッとした。振り向くと、そこには心苦しそうに胸を抑え、戦闘を不安げに見つめる瑠衣の姿があった。
「瑠衣ちゃん……!?」
「ナナシ……!」――すぐに身を翻し、彼女は駆け出す。
「瑠衣ちゃん、どこへ――」
ノブが咄嗟に手を伸ばして制止しようとするも、そのまま暗闇の向こうへと消えていく。
彼女は意を決し、秋葉原の夜の通りを走り抜けていた。
(きっと……私に出来る事があるはず……!)
「待ってて、ナナシ!」
◇
瑠衣が向かったのは、以前ナナシと訪れた武器屋の前。
もう夜分遅くにも関わらず、武器屋の入り口からは未だ明かりが漏れていた。
(他のお店は殆ど閉まっているけど……まだここは開いてる……?)
(お願い……間に合って!)
店の入り口へ駆け込むなり、大きな声で店主を呼んだ。
「おじさんっ!」
祈る様な心境だった彼女にとって幸運にも、レジ奥から店主の老人が出てきた。
「なんだ全く……こんな遅くに――」
老人が不満を言い終えるよりも早く駆け寄って、前のめり気味に問う。
「剣、出来ていますか……!?」
「あんたか。なんとか出来てるがこんな時間に――」
「お願いします! このままじゃナナシが……! 時間がないんですっ!」
悲痛な表情の訴えを見てか、先ほどまで文句たらたらだった店主はふっ、と優しく口元を緩ませた。
「……お前さん、あの男と似てるよ。……そう焦るんじゃない。用意なら出来てるからな」
布に包まれた長剣を手渡して、にかりと銀歯を見せる。目元は相変わらずサングラスで見えないが、以前の様な偏屈さとは無縁の笑顔だった。
「泣きそうな顔してる場合じゃないんだろう。しっかりやりな」
瑠衣が力強く頷いたのを見た老店主は、それでいい、と満足気だった。
◇
引き続き戦闘を傍観していたものの、やはりどうする事も出来ずにいたノブとゴン。ただただ時間だけが過ぎていた。
もはや二人の会話も途絶え、戦闘の様子に彼らは釘付けで、その行方を固唾を呑んで見守っていた。
そんな静寂を破るのは携帯の着信。ノブは咄嗟の藁にすがるように、訳もわからないまま反射的に電話に出ていた。
「俺だ、どうしたんだ瑠衣ちゃん!?」
《剣があります! この剣があれば……!》
「おぉ! 武器か、よし! ……あ~、……ただ、どうやって渡すんだ?」
《……それは》
「とにかく、分かった。公園近くになったらまた教えてくれ!」
携帯をポケットにしまうなり、すぐにゴンの方を見た。
「瑠衣ちゃんがナナシの剣を持ってきたらしい。……ただ決闘の中、俺達が出て行く事は避けたい……そうだ、投げ入れてやれば良いか? 俺ら人間の肩じゃムズいかもしれねーけど、瑠衣ちゃんの協力があればさ」
「……それなら確かに。けど、ナナシは気付くかな……? ただでさえ意識を集中してて、あんな目まぐるしく動き回ってるのに……」
「そうか、そうだよな……戦ってる中で、丁度足元へ投げ落とせるかどうか――それにナナシがすぐ気づけば良いが。……くそっ、剣はあるんだ。賭けだがそうするしか――」
ノブはふと、ゴンが手に持つカメラを見た。
「――それだ!」
「これ? やっぱり手に持っていないと落ち着かなくて。はは……」
「それだ。それを使うんだよ」
「こ、これを? でもこれ壊れてて、写真は……」
「それでも良いんだ。フラッシュは焚けるか?」
「フラッシュは生きてるからまぁ……そっか!」
ゴンは早速カメラを構えた。ノブがそちらへ顔を寄せて訊ねる。
「あいつがこっちを向いた一瞬を狙えるか?」
「分からない……けど、やるしかないんだ……!」
咄嗟の機転によって作戦は決行された。
一瞬の場面を切り抜くシャッターチャンス、ゴンはその瞬間をじっと待っている……
……一方公園広場では以前激しい戦闘が続く。いささか一方的ではあるが。
ヒロは容赦ない攻撃を止める事のないまま、ナナシに言葉を投げる。
「正直な所、お前にはがっかりした。拍子抜けだ」
ただ攻撃を避ける事に集中するナナシに、分かっているのか、とヒロは癪に障っている様な様子で問い詰める。
「わざわざ俺はこの公園を指定したんだ。本来ここは俺の戦い方を、立体的な動きを行うには不向きな場所……」
ナナシは息を弾ませながら、挑発的な笑みを返した。
「確かに、お前の妙に変わった戦い方には合っていないかもな。どこで学んだんだか」
「我流さ。紛い者は空中戦が苦手だからな。お前も何度か戦っているはずだ。奴等の筋力は驚異的だが、身軽に飛びまわるような戦いには向いてない」
「確かに、あの馬鹿力じゃあ向いてないかも、な」
「……だから奴等の苦手な空中戦主体で戦うようになった。紛い者狩りの戦い方とはいえ、こいつはカゲヤシにも応用できる。俺はいつしかそれが得意な戦法になった」
「――それでもあえてその戦法を活かせないここにしたのは、フェアな状況で戦いたかったからだ。俺だけ有利じゃ決闘とは言えない」
「――なのにこのザマだ。……俺は実力もない癖に粋がる奴が嫌いでね」
「……そうかよ、勝敗も着いてないのにペラペラご苦労な事で……! それとも口喧嘩に変える?」
「こいつ、相変わらず調子に乗りやがって……! そのくせ防戦一方か!?」
――ナナシは襲い掛かる刃をすれすれの所でかわす。
(っと! ……煽ってしまったものの流石にやばいな、正直このままじゃ時間の問題か。何か糸口はないのか……!?)
なんでもいい、何か使えそうなものは……ナナシが引き続き回避機動を取りつつ、周囲を見渡した時だった。
(光……!?)
フラッシュが焚かれた事に反応し、首をそちらに向けた。野次馬に見られていたのか、とその先を凝視した時。ナナシは――
(――あれは!)
こちらへ飛来する剣をナナシは視認した。
「どこを余所見してやがる!」
彼方から空を斬り裂いて届けられた"えくすかりばー"。ナナシは咄嗟にそれを受け取り、ギリギリの所でヒロの剣撃を捌ききる。
ヒロは警戒したのか一度距離を取り、剣が飛来した方向をちらと見ている。その間、ナナシは新しくなった相棒の感触を確かめるように、その場で何度か剣を振るった。
――軽い。
カゲヤシの腕力があるとはいえ、それでもこれほど……元の倍ほどは刃が長くなったというのに、気にならない。
刃渡りが伸びていながらも、少しも持て余す事がない。以前までの様に片手でも難なく扱え、手になじむ。
一通り手応えを確認した後、握る剣を振り上げ、斜めに下ろした剣先に左手を添えて構える。
元来の相棒を取り戻し、研ぎ澄まされた剣と同調するように、ナナシの意識には一糸の乱れもなくなった。
「なるほどね」――周囲を練り歩くヒロは、剣を投げて弄びながら、品定めするようにそちらを見る。
「……それがお前の本気ってワケか」
ヒロの眼光が一層鋭くなった。
「……望むところだ」
◇
ついに本当の戦いが始まった。ナナシは冷静に相手を見据え、自問自答する。
(……さて、今一度整理しなきゃならないな。何故ヒロがわざわざリーチの短くなる逆手持ちに変えたのか、そもそも、何故あいつが剣を左手で握っているのか)
――ヒロと一回目、二回目の戦いを経てから今まで、それをずっと考えていた。
そしてヒロの普段の仕草、カフェで久しぶりに会ったときの仕草。それらを良く思い返してみれば、彼は右利きのはずだった。それでもあえてあの構えを取っている理由……
(――恐らくあいつの本命は剣を持たない側の右腕、そしてそこから繰り出される脱衣。剣はあくまでそれに繋ぐ為の牽制に過ぎず、逆手持ちに変えたのもお得意の高速脱衣をやりやすくする為……と仮定すれば)
前から薄々察していた事だが、早い話、あの右腕の射程圏内に入った時が一巻の終わりという事だ。
であるならば、この長剣を仕立てたのは正解だったとナナシは確信する。彼はヒロの間合いに付き合わず、剣のリーチ差を最大源活かす戦いを展開した。
思惑通り、先程とは変わりナナシが優勢となっている。ヒロもまだまだ負けていないものの、今までの余裕さは既に失せていた。
「ナナシ! 何故お前はそれ程の力がありながら……! いや、どれほど強かった所で結局は無意味なんだ、それに気づかずに……!」
「何度も言わせるな、そんなのやってみないと分からんだろ!」
「お前だけが強くても無意味なんだよ! お前一人だけじゃ……考えが甘すぎる!」
「甘い? お前の甘さは棚に上げるつもりか」
「何……!?」
「なんで正々堂々と、しかも塵にもできないこの夜に決闘を仕掛けた? いや、そもそも何故最初の戦いで俺を見逃した? ……簡単さ、お前は俺と同じ類の馬鹿野郎って事だよ」
「それは……」
「さっさと秘密裏に俺や邪魔な奴だけ始末すれば、事はもっとお前の思惑通りに運んだかもしれない。……なぜ無慈悲になりきれない? ……お前だって諦めきれてないんだ。本当は分かってるんだろ……?」
「違う……! お前が塵になれば瑠衣が悲しむ。そうは……させたくなかっただけだ」
「ヒロ! だったら――」
「……俺は! もう瑠衣が悲しむ所を見たくなかった。塵になっていく仲間も! それを何回繰り返してきたと思ってる!? ……お前には分からないだろ。お前は何も知らないで……! お前に俺の何が分かるんだよ!」
「……それくらい分かるさ」
「分かるだと!? 何様のつもりで……!」
「"お前は俺"だからだ。……だから分かる。お前が良心に苦しんでいる事も、まだこの街を諦め切れていない事も、同じ俺には理解できる」
「――ヒロ、未来はもう変わったんだ。お前が俺だと言うのなら……今ここには同じ俺が居る、お前一人じゃない。お前の戦いはもう孤独じゃないんだ」
「黙れ、その減らず口を――!」
ヒロは感情に身を任せ一直線に突っ込んでくる。その隙を逃す訳もなく、ナナシの冷静な剣戟が彼を捉えた。――その一閃をすんでの所でかわしたものの、彼が身に着けていた腕時計に剣先が掠り千切れる。
しかしたかが腕時計、何の支障にもならない。
……誰もがそう思う所、何故かヒロは、己の腕から離れていくそれに反応した。反射的に庇おうとして、空を舞う時計を掴みに行ったのだ。
――腕時計が手中に届こうかという時、ようやく戦闘に意識が引き戻る。
慌ててヒロはその行動を中断したものの、既に脱衣を繰り出さんとするナナシの腕がそこまで迫っていた。
(まずい! 脱がされる……! 俺が!? ――いや!)
咄嗟にヒロはカウンターを試み、逆にナナシの袖口を掴もうとする。最初に戦った時も、神速とも言える脱衣返しによって彼は勝利した。
それがまた繰り返されるだけだと笑みを浮かべる。
(まだ脱衣の腕は俺が上……! 俺なら――勝てる、脱がし返せる!)
己のスピードなら、ここからでもカウンターを決められる。脱がしに来た奴の袖口を掴めば――
しかし彼の予想は裏切られる。
ナナシが伸ばした腕はフェイントで、代わりに剣の切っ先が襲い掛かる事となる。
それは完全に予想の裏、虚を突く形となり、ナナシはこれが最大にして最後のチャンスだと確信した。
(――実戦では初めてだが、やるしかない!)
次の瞬間、ナナシは剣先で衣服を掠め取る離れ技をやってのける。それは剣の間合いの長さを最大源に活かすため、剣による脱衣を密かに修業していた成果だった。
(嘘、だろ……!? 俺は……負けたのか……?)
驚愕し、放心状態となっている所へナナシは告げた。
「……俺の勝ちだ。ヒロ」
◇
「……なんだ。アジトを襲撃するって嘘だったのか?」
ナナシが問うと、ヒロは服を着直しながら「全部が嘘じゃないが、そんな所だ」と相変わらずダルそうに応じた。
「――そもそも今、俺が指示を出せる人員なんて居ない。単にそう脅して、街から追い出そうと思っていた。……最悪抵抗するなら、俺が瑠衣だけでもどこかへ退避させるつもりだったけどな。現妖主を秋葉原に置いておくのは危険すぎる」
「……けど、もう俺達の好きにして良いんだろ?」
「ああ。仕方ないからもう諦める……俺は、残された最後の仕事を完遂させるだけだ」
「……なんだよそれ」
「後で説明する。それより教えてくれるか。どうして俺の言う事を信じた」
「言う事?」
「お前は俺だっていうあの言葉だよ。最初、お前は妄言だと相手にもしなかった。それをなんで今になって信じた? ……知るはずのないアジトの場所を、俺が知っていたからか」
「アジト? そんなの些細な事だよ。正直説得する為に必死で、お前の言う事が嘘か本当かなんてどうでも良かった」
「……そうか」
「最初はな」
「――けど説得している途中に、お前の訴える姿を見て、聞いている内に……嘘だとは思えなくなった。なんだかんだ言ってもお前は親友で、その親友がああまでして言った言葉を……嘘だと切り捨てる事は俺には出来なかった」
俺は甘いからな、とナナシは意地悪くニヤニヤしている。
「……馬鹿が」
ヒロは悔しそうに吐き捨て、続けた。
「お前は何か勘違いしてる」
「……何が?」
「まず、親友になった覚えはねぇ」
「……昔助けられといてそれを言うか」
「あれで助けたつもりかよ! とっくに血を吸われた後だっただろが!」
「ふん。そこまで面倒見きれるかよ」
「……ちっ、もう良い。それよりさっさと行かなくていいのか」
そう言って、えくすかりばーが飛来してきた草陰に指を向けた。
……当然かもしれないが、ヒロも自警団の誰かが居ると察していたのだろう。
ナナシが離れていくのを見て、ヒロはそっと地面に手を伸ばす。その手中には紅い文字盤の腕時計が握られていた。
時を刻まない秒針を見つめながら、感傷に目を細める。
「お前なら本当に変えられるかもしれないな。未来を、この先の結末を……」