【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

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23.本部攻略

「皆さん。……ナナシさんは?」

 

サラが後ろから問うと、立ち上がったノブが満足そうに答えた。

 

「……勝ったよ、あいつは」

 

当のナナシが、ちょっと照れくさそうに歩み寄る。

 

「ノブ、皆。……来てたのか」

 

「ナナシ! 当然だろ。ったくひやひやさせやがって、けど信じてたぜ」

 

「い、一時はどうなるかと思ったけどね」

 

ゴンが笑い、「ホントに心配したんだよ?」と安堵する瑠衣。

 

「急に一人で出て行っちゃうんだからさ――はぁ、良かった。ヒロ君とはどうなったの?」

 

「それが、どうやら協力してくれるみたいだ。まだ話の途中なんだが……皆にはアジトへ戻っていて欲しい。もしかしたら、すぐに俺達で動く事になるかもしれない」

 

「オイオイこの時間にかよ。……この時間だからこそ都合が良いって事か?」

 

「ヤ、ヤタベさんとかキツいんじゃないかな。体力的に……」

 

しばしの談笑中、ヒロの手招きに気付いたナナシは「悪い、また後で」とその場を離れていった。

 

 

 

 

「ヒロ、どうした?」

 

「悪い。話の続きをしたかったんだ。……実は今、坂口から召集命令が出ている。思うに奴は部隊を再編し、明け方に今度こそ最後の戦いを仕掛けるつもりだ。俺はこの短い準備期間にチャンス、つまり付け入る隙があると思ってる」

 

「再編してまた動かれる前に、先にこっちから潰す……か?」

 

「そういう事になる。俺はそこへ味方のフリをしたまま再編活動に紛れ、捨て身で坂口の首を取ろうと思っていた。念の為、お前達を秋葉原から逃がした後で」

 

「結構大変そうだなそれ」

 

真剣なヒロとは対照的に、談笑モードでどこか他人事みたいな振る舞いで返した。

言い訳するとすれば、決闘の緊張感から開放された安堵のせいもあったのだが……そんな気の抜けた態度が気に食わなかったのか、ヒロは眉間にしわを寄せ、わなわな身体を震わせる。

 

「いいか! もうここまで来たら、お前らにも手伝って貰うからな!」

 

「分かってるって、勿論そうする。しかしそうなると早速行かないとなのか……? あの、寝てないんだけど」

 

恨めしそうな顔でヒロを見たものの、彼はいよいよ呆れた様な声色で諭した。

 

「おい、最後のチャンスかもしれないんだ。それくらい我慢しろつの」

 

マジかよ……としばし、やつれ顔でぼけっとしていたナナシだったものの、ようやくスイッチが切り替わったのか真面目な調子になる。

 

「しかしなるほど、スパイの為に敵に与してたって事か……敵を騙すにはまず味方からとは言うが」

 

……素直に賞賛したつもりだったが、何故か口を曲げてそっぽを向いてしまう。

 

「ふん、ただ気が変わっただけだ。分かったらさっさと協力しろ」

 

不機嫌そうに腕を組む様を見て思わず、やれやれと乾いた笑いが出た。

不器用な奴……と視線を送るナナシに対して、これまた不器用な照れ隠しの怒りを向けてくる。

 

「……聞いてるのか!? 他の皆にも今の内に準備して貰うからな!」

 

「はいはい」

 

 

 

 

午前四時頃。

 

まだ周囲は薄暗いが、まもなく日の出も近い頃。ヒロの先導により二人は目的地に到着した。

ナナシは冷えたコンクリート壁に背を這わせ、暗がりから向かいの通りを観察する。

 

話の通り、確かに坂口の兵隊がいる。

道路脇には黒い外国製SUV……その車列が停車していた。ドアの窓ガラスには車体カラーと同じ、漆黒のカーテンが張られている。

 

それぞれ車の運転席横には人が立っている。恐らくドライバー役だろう。後部座席からは兵隊達が次々と乗り込んでいる。様子を見るに、出発はまもなくのようだ。

様子を伺っていると、そこへヒロが身を寄せてきた――「あれで間違いないな」と共に車列を見据えている。

 

「――なるほど真の目的地はここじゃない。ここから更に移動する……もしかすれば、行き先は活動本部かもしれない」

 

「……本部? なるほど分からん。説明しろヒロ」

 

「つまりだ」……半ば呆れながらも律儀に説明を続ける。

 

「言い換えれば奴らの本丸、拠点、アジトって事だ。それを直接攻撃できるかもしれない。俺達も本部の存在は耳に挟むが、良くは知らないんだ。恐らく限られた人員にしかその所在は伝えず、人知れず存在を隠していた。つくづく用心深い男だ。……だが今の奴は余裕を失っている。リスク覚悟で全員を召集させたかもしれない」

 

「とりあえずチャンスなのは分かったが……ここからどうするんだ」

 

ナナシは「……まさか」とそこで言葉詰まってから、今度は必死に訴えた。

 

「このまま追うのか? 生身で走って?」

 

「それ以外に何がある」とヒロは警戒の目を車に向けたまま、素っ気無く返してくる。

 

「あ、悪魔か……!? 無理に決まってるだろ!」

 

正気じゃねえ、と文句たらたらで引き続き愚痴っている。そもそも眠っていないせいで機嫌が悪いのだ。

 

はあ、とヒロは軽くため息をついてから一喝した。

 

「ったくつべこべ言うな! こっちも車やらで追うのは目立つんだよ。……それより、奴らが出発する前にミラースナップをかけておくべきだ」

 

大人しくヒロに従い、パシャリとシャッターを押す。

 

「思った以上に殆どカゲヤシだな……紛い者はほぼ居ないぞ?」

 

……ナナシはビミョーな顔で画面を見つめている。

紛い者が少ないのは戦いやすく好都合。だがきたる決戦に向けた最後の戦力が、こんなものなのか?

ヒロも撮影結果にいまいち納得出来ていないようで、首を捻るばかり。

 

「おかしいな。もっと大量の紛い者が居るものだと……それこそ、坂口が居る本部なんて特定してる余裕もない程に」

 

「今までの戦闘で損耗したんじゃないの? それか坂口に嫌気が差して、離反してった線もあるだろ。あのおっさんのやり方じゃあなぁ」

 

ヒロはスマホを仕舞い、腕を組んでなるほど、と応じた。

 

「そういえば、瀬嶋に人員を奪われたんだったか。……まだ瀬嶋が生きてるの忘れてたよ、ったく。…………そろそろ出発時刻だ。ここで二手に分れるぞ。俺は味方のフリをして、あの車に乗り込む」

 

「……なん、だと? 待て、思ってたのと違う気がしてきた。じゃあ俺はどうするって――」

 

「お前だけが走って後を追うんだ」

 

「それはギャグか?」

 

 

 

 

どれ程の時間が経ったか……ヒロは車内で手持ち無沙汰なまま、他に着席している傭兵達と共に揺られている。

会話の一つもなく、走行音をバックにしてただピリついた空気が流れている。

 

乗り込む前に視認した通り、黒いカーテンによって外の様子は分からず……おまけにスマホは回収され、外部への連絡も、GPSによる現在地の確認もとれずときた。

 

この余程の警戒の入りよう……期待と不安が入り混じり、真一文字に閉じたヒロの唇に更に力が入る。

ナナシは上手くやっているだろうか……

 

 

 

 

他方、ナナシもなんとか車列を追い続けていた。どんどんと生活圏を離れていっている様な……今となってはうっそうと茂る木々の中、荒れた道を駆け走る。

いくらカゲヤシとはいえ、そろそろ本気で体力がキツいぞ……そう思う矢先の事だった。

ようやく施設らしきものが見えてきた。遂に苦労も報われるか……しかしパッと見ではかなりデカイ。言うまでもなく立ち入り禁止区域の様で、周りは強固なフェンスで囲まれている。

正面ゲートから長い車列が吸い込まれていく様子を見るに、ここで間違いないと思えた。

 

(後はヒロからの連絡を待つか。今の内に皆にも場所を連絡しておこう……ここ電波通ってるよな?)

 

 

 

 

ナナシはスマホの時刻表示を何度も確認する。既に日の出も過ぎているのだが……

 

(おっかしいな……一向にヒロから連絡がないぞ……)

 

暇を持て余すあまり、こっそりと基地へ接近し、フェンスの向こうの様子を伺ってみる。

……結構な広い敷地だ。しっかりと舗装され、奥に横長の大きな建物が見える。見た所十階建て程度の……あれが本部ってヤツだろう。

まさか一からここを立てたのだろうか? いや、不要になった建物を利用していると思える……

 

(……あ~、眠い)

 

それにしても待てど暮らせど、一向に動きが見えず連絡もない。ここからでは車列がどうなったのかも確認が出来なかった。もういっそ自分も乗り込むかとフェンスを跳び越え、見つからないように気をつけながら奥の様子を伺ってみる……

 

その時ナナシは初めて気づく。何やら敷地内で戦闘が起こっているようだ。

迷彩服に身を包んだ坂口の戦闘部隊と、スーツ姿のエージェントが戦っている。

 

エージェント……恐らく瀬嶋達だ。

まさか、ここに来て瀬嶋も嗅ぎ付けていた可能性が出てくるとは……

 

(なら奴らが潰し合った後に介入すれば、かなり優位に立てる。……だが待ちすぎる訳にもいかないんだよな)

 

出遅れて坂口を取り逃がす訳にはいかない。そしてそれ以上に、ヒロは無事なのかが気になる。

自らも突入するしかない、とナナシはいよいよ覚悟を決めた。

 

それから少し遅れて自警団、そして味方のカゲヤシ達が到着した。

 

とはいえ殆どの末端達は、秋葉原で姉小路怜の護衛と、街の警戒の為に残っているが……その分、こちらへ来れる者達は漏れなく来て貰っている。

 

事態の終結を図る為に、かくして本部攻略は実行に移された――

 

優達は建物周辺を、瀬那と舞那は建物内へ手分けして進む。

ナナシは瑠衣と合流してすぐに、ダブプリ達とは別の箇所から本部内に突入した。

 

既に瀬嶋達の破壊工作が始まっているのか、本部内の窓ガラスが一面割られ、日が差し込んでいる。まだ坂口の身柄が、瀬嶋達に確保されていなければ良いが……

先を急ぐナナシだったが、強固な防衛体制が阻もうとする。

 

坂口お抱えの部隊だ……強固なボディアーマーを着ている。

武装においても一味違う。衣服を刈り取る特殊サーベルに加え、金属製の黒い鎮圧盾を備えたかなりの重武装。

 

……しかし見てくれは派手で一見強そうだが、ナナシからすれば関係ない。

 

過剰な装いはむしろ一定の脱衣技量を持つ者の前では、単なる足枷にしかならない。

ましてやナナシ……彼は防護服の最高峰、宇宙服すら一瞬の内に脱がしきってしまう男だ。手にかかれば身を包む衣服が何であろうと、変わりはない。

 

おまけに瑠衣との連携も、かつて必死に訓練した成果が存分に発揮できていた。

 

扉から、エレベーターから、果ては窓から――続々と突入してくる敵を蹴散らし、通路に敷かれた防衛線をことごとく突破する。

時折スマートフォンで仲間と情報交換をしながら、本部内をしらみ潰しに進攻していった。

 

 

――本部 執務室

 

 

執務室のドアが勢い良く開け放たれ、ヒロが部屋に押し入った。坂口達が居るはずだろう、と事前に予測していた彼は目を疑う事となる。

そこに坂口の姿はない。

 

(坂口)とは入れ違いか……!)

 

ヒロは執務室を軽く見渡す。何か置いてありそうなものだが、案外そういったものは殆どなくすっきりとしている。どの道ここで油を売る暇もないが――

 

そう思い部屋を出ようとした時、机の上に置かれている写真と、綴られて束になったコピー用紙へ目がいった。

ラットやトカゲ――実験動物の写真か。何が行われていたのか想像もしたくない。

用紙の方は、どうやら実験記録の写しのようだ。

 

(……秋葉原禁書の写しか?)

 

コピー用紙をめくると、びっしりと記された実験記録が目に飛び込んでくる。

 

「……内容はよく分からないな」

 

流し見するようにペラペラとページをめくって、その場を離れようとした時……最後のページに記された文に、視線が引き寄せられる。

 

――怜、あと少しだ。

 

「怜……? 妖主か?」

 

ヒロは眉をひそめ、そのページを凝視する。

 

そのとき、背後から近づく足音に気づいた。反射的に剣を構えると、部屋に入ってきたのはダブプリの瀬那と舞那だった。

 

「敵がいる!」

 

瀬那が即座に攻撃態勢を取る。ヒロは慌てて剣を下ろし、手の平を広げて制止する仕草を見せた。

 

「待て! 違う、俺は味方だ! ナナシの仲間だ!」

 

「本当に?」舞那が首を傾げながらも構えたままだ。

 

ヒロは咄嗟にノートを手に取り、それをダブプリに差し出した。

 

「――これを。重要な情報が書かれている。お前らの母親に届けてくれ!」

 

瀬那と舞那は顔を見合わせながらノートを受け取った。

 

「これは……?」

 

二人が内容を確認している隙を突き、ヒロは部屋を飛び出した。

 

「こ、こらっ待て!」

 

舞那が叫んだが、姿は既に廊下の奥へ消え去っていた。

 

 

――本部基地 建物外

 

 

「ここらの大勢は決したみたいだぜ」

 

優がナイトスティンガーを肩に担ぎながら、冷ややかに笑う。

 

「そろそろ白旗揚げちまったらどうだ? それとも、まだ引っ込みがつかねえってか?」

 

いつも通り嘲笑うように瞳を歪め、煽り調子でまくし立てている。そんなパンクロッカーの相手は、同じくしてギターを構えたパンクガール。

 

自身の姉、阿倍野藍。……彼女がその煽りを受けて、あくまでこちらもいつも通り、冷淡に応じた。

 

「ハイエナどもが、漁夫の利を狙っておいて良く言えたものだ……しかし優、仮にもそれが姉に対する言葉遣いか? カゲヤシとはいえ、年上に対する敬意は払って貰おうか」

 

優は冷ややかに鼻で笑った。「同族とすら元から思っちゃいねえよ」、と。

 

「――裏切り者に払う敬意なんざねえ。そうだろ、藍サンよ」

 

一瞬、藍の瞳が揺らいだ気がしたが、すぐに冷たい光に戻る。

だが、優は構わず言葉を続ける。

「気付いた時には姿消しやがって。お袋から聞いたぜ、俺達を裏切ったってな。それでどうして姉と思えるってんだよ?」

 

言葉を吐き捨てるたび、優の声は激しさを増していく。

 

「当時は親衛隊のお前が、お袋を守る姿を見てな……すげえと思ってたんだ。それが裏切りとはな」

 

藍はその言葉に何も返さなかった。ただじっと、彼を見つめるのみ。

その沈黙が、かえって優の怒りを煽る。

 

「お前はただの、人間に唆された甘ったれだろうが」……その言葉を、藍は黙って受け止める。言い返すつもりがないと見るや、優は更に喋り続けた。

 

「それがきっかけで、あの腹違いの甘いアネキ共にも瑠衣にも、益々嫌気が差すようになった。ケッ……思い出したくもねえ。……まあ今じゃ感謝してるぜ? おかげさまで俺はカゲヤシらしくなれた。反面教師ってヤツでな」

 

「それで、この退屈な長話が"カゲヤシらしさ"か。……牙を抜かれたか、優」

 

「俺はカゲヤシだからな、獣じゃねえ。犬共のように首輪付けられて生きるつもりもなければ、考えなしに誰彼構わず噛み付くつもりもねえ」

 

「俺には俺なりのルールってもんがある……今は戦う気分じゃねえんだ」

 

今までとは打って変わり……真剣に、そしてどこか凄むような様子で告げた。

だが対峙する藍は、無視してエレキギターを振るおうとする――

 

「――確かミサキ、っつったか」

 

彼女はその名に目を細め、ぴたりと動きが止まる。

 

「借り貸してる奴の妹でよ、詳しい話は聞いている。どうしてもお前を死なせたくないらしいぜ」

 

そこまで言うと、一転して面白くなさそうに優は舌を打った。

 

「馬鹿げてやがる、もう殺し合う相手だってのによ。兄共々人間ってのは……」

 

どこか思う所がある様に、伏目ながら優は呟き、そして再び藍を見る。

 

「だが借りは借りだ。俺は貸し借りなんて、しみったれたモンをいつまでも引きずるのは御免でね。……そのままにしとくのは気持ち悪くて仕方がねえ」

 

「だから借りを返す為、他人の力になろうというのか。……お前も変わったな」

 

「…………かもな」

 

そうだ、と断言せず濁したのは、何かの迷いか。

……しかし実際の所は彼自身にすら分からなかった。

 

優は話題を変えた。

 

「それにどの道、丁度お袋からも伝言を頼まれてんだ。アネキ宛にな」

 

 

――それは少し前、アジトで怜から呼び出しが掛かった時の事だ。優の他に、瀬那と舞那も同じ場に呼ばれていた。

怜がデスク越しに三人を確認すると、丁寧に言葉を進め始めた。

 

『少し昔の話になるけれど、よく聞いて。藍について、話しておかなければならない。これからあなた達と相対する事になるかもしれない相手。最悪……潰し合う様な事態になってしまうかもしれない。だからせめて、今から言う事を伝えて頂戴』

 

『私は表向き、阿倍野藍の裏切りであると皆に伝え、強硬手段を打った事は知っているでしょう。人間に対する不信感と、妖主としての威厳と……そんなつまらない事を優先した結果、そう宣言してしまったの』

 

『……あの時の私の真意は、我が子を取り戻すという思いしか無かったというのに。そのせいで、益々関係がこじれてしまった事を後悔していると……それだけ伝えて欲しい』

 

『私が直接伝えられれば良かったのだけど……情勢がそれを許してくれそうにないわ。だからお願いね……』

 

 

優はその時、正直言って真面目に取り組もうとはしていなかった。実際単なる裏切り者で、説得などバカバカしいと思っていた。

だがその後、美咲という少女が同じく藍を助けたがっていると知る。なんでも、彼女に"命を救われた借り"があるというのだ――

 

 

 

 

――そして今に至り、優は我ながら自嘲したくなる程に律儀に、怜の言葉を藍へ伝えていた。

 

 

「これで全部だ、俺は伝えたぜ。……後をどう思うかは、アネキ次第だ」

 

藍は言葉を解さず、踵を返してその場を離れようとする。

 

「それと一つ言っておく」

 

優の忠告に動きを止めて、彼女は首を向けた。

 

「今のアネキは、恨んでた昔のお袋と大して変わらねえよ」

 

無言のまま前へ向き直し、基地の外へ跳び去っていく。優は追わずにしばしその先を見つめた後、本部ビルへ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

――本部屋上 ヘリポート

 

 

部下を囮にして屋上へ逃げ込んだ坂口は、俯いて息を切らしながらも安堵の笑みを浮かべた。だが、顔を上げた途端、瀬嶋とその護衛たちに取り囲まれる。

 

「やめろ! くそ、くそぉぉ!」

 

振りほどこうと往生際悪く暴れる坂口を、両側から抑える黒服。その様を無表情で眺めながら瀬嶋は言った。

 

「遅かったな。待ちくたびれていた所だ」

 

――しかし次の瞬間、冷淡としていた瀬嶋の様子が変わる。坂口を追って、瑠衣とナナシも到着したのだ。

 

「これはこれは、揃いも揃って。まさしく壮観だね……!」

 

邪悪さ滲むその眼光を、ナナシは一身に受け止める。

 

「瀬嶋……!」

 

……まだ瑠衣には迷いが残っているかもしれない。共に瀬嶋の相手をさせるのは酷だろう。

そう考えたナナシは、瑠衣へ目配せを送った。

 

「――護衛のエージェントを!」

 

「うん!」

 

「都合が良いものだ……私にも運が向いてきたか……! だが、奴の姿は――」

 

悦に入る瀬嶋を狙い、ナナシの持つ剣の刀身が煌いた。

殺気を感じた瀬嶋は一瞬で二刀を抜き、斬りかかる剣と激しくぶつかり合う。

 

交差された構えの二振りのサーベルが、正面から急襲した刃を受け止めている……

 

「フン。今の目的は、貴様ではないのだが……しかしまずは君を殺すのも一興か」

 

ギリギリと鍔迫り合いをする両者の睨みがぶつかる中、憎しみにも似た執念で臨むナナシを瀬嶋は嘲笑った。

 

「やはりこの時が一番性に合っていると感じるよ。戦いの最中、全てを忘れる瞬間――悪くない」

 

まるで戦いを満喫するその振る舞いが、ますますナナシの神経を逆なでする。

 

「それであんたは満たされるのか?」

 

「お前もじきに分かるさ」

 

えくすかりばーが力づくで払われる。

そこから二振りの剣で素早く追い立てていくものの、ナナシは完全にその剣筋を捉え、時に避け、時に刃を打ち返した。

 

「……分かりたくもない!」

 

「剣を交えているお前と私、何の違いがある?」

 

「一緒にされちゃ困るな。自分の欲に従うお前とは違う!」

 

「志の下に戦っている己は違う、そうか。立派な事だ。その為に力を望む様になると君はまだ分かっていない。いいや、既に心当たりがあるのだろう?」

 

瀬嶋は嘲笑う。

唐突に凍てつく手で心臓を握られる様な、そんな気味の悪い寒気がナナシを襲う。まるで見透かされているような態度を前にして……言葉詰まってしまう。

 

「ナナシ君、君も分かっているはずだろう。……結局、己を通す為には力が必要という事を」

 

「――私は貴様を殺そうとし、貴様もまた私を殺そうとする。結局はお互い同じ事だ、その為の力であり血なんだよ。だから私は血を求める!」

 

その間も容赦なく瀬嶋は剣を振るう。

……ナナシは意識を切り替えた。これ以上深入りして応じるのは、話術のペースに飲まれるだけだ……瀬嶋の追求を黙殺して、今はただ、襲い来る刃一つ一つを後退しつつ丁寧に裁く……その動作に意識を集中させた。

 

疑いようもなく、奴の二刀流から自在に繰り出される剣技は素早く、鋭く隙がない。それでいて、ヒロのそれとも一線を画す重い太刀筋。

今までの理屈で考えれば、かなり厄介な相手だ。

 

しかしそのはずなのに、瀬嶋の攻撃の全てが想像の範囲内で、互角以上に対応出来ている。

……いや、"出来てしまっている"と言うべきか?

 

最早自分が思っている以上に、戦闘に手慣れすぎている。

今まで疑問にも抱かなかったそれは、喜ぶべき事なのか?

 

(瀬嶋、あんたもこうして自問自答する時があったのか? ……きっとあんたは長い時代の中で歪んでしまった、それは事実なんだろう)

 

そして瀬嶋の言葉通り、自分もそう変わらないのかもしれない。お互いを分かつのは、たまたま狂気に染まる機会があったのか、そうでないか。

ただそれだけの違いかもしれない。

 

……だがそれは奴を赦す免罪符にならない。現実として、このまま瀬嶋を野放しにしておく訳にはいかない。事実彼は既に、巻き戻しが効かない程にどうしようもなく、狂ってしまっているのだから。

 

そう、だからこそ、せめて自分の手で……

お互い元人間として、カゲヤシの力を享受し、その血を取り巻く戦いに身を投じた者として。

悪いが――

 

(――ここで塵にする!)

 

 

ナナシが攻めに転じようと、一歩踏み込んだ瞬間だった。

 

突如、坂口の悲鳴が響く。両者の動きが止まった。

二人が悲鳴の先を見ると、坂口が怯えてしゃがみこんでいる。周囲のエージェントは既に塵と消えており、そして瑠衣までも地面に倒れ伏していた。

 

その元凶は、新たに屋上へ参じた天羽禅夜によるものだった。

いつものスーツ姿ではなく、あの傭兵達が身に付けていた迷彩服を着込んでいる。

 

「お前か……天羽、禅夜……!」

 

瀬嶋が呟き、ゆっくりと禅夜へ向け歩を進めた。もはやナナシなど興味も失った様に、素通りしていく……不意に、瀬嶋と目が合った。

 

「命拾いしたな。……失せろ」

 

 

その瞬間、瀬嶋の瞳に一瞬の悲哀が宿る。ナナシは息を呑んだが、その感情はすぐに瀬嶋の冷笑にかき消される。

 

「今だけは貴様などどうでもいい……いや、邪魔だ」

 

彼は捨て台詞と共に去っていく。

ナナシが振り返り、厳しい表情で動向を引き続き見守ろうとした――そのタイミングで倒れている瑠衣に目が移り、すぐに駆け寄った。

 

「瑠衣!? 大丈夫か!?」

 

上体を起こして必死に呼びかけると、かすかに嗚咽を漏らしながら応えた。

 

「大丈夫……突き飛ばされただけだから……」

 

瑠衣の視線の先で、禅夜は何やら話し込んでいる。

 

「坂口だな?」

 

その問いかけに慌てて坂口が立ち上がる。

 

「そ、そうだ私だ! 良くやった、私の脱出を手伝いなさい!」

 

「脱出? 何を言っているんだ――」

 

「僕は始末しに来たんだ、あなたを」

 

残虐さ滲む含み笑いを見て、坂口はぎょっとする。

 

「な、何を!? 私は味方ですよ!」

 

「……知らないな。それに興味もない」

 

「な、私が雇い主であると忘れたか!? あの恩を忘れたのか!」

 

「……むしろあなたは裏切ったんでしょう天羽禅夜を。知っていますよ、捨て駒同然の扱いをしたという事を」

 

「あの音の事を言っているのか……? あ、あれは……違う、むしろ劣勢の君達を助けようとしてですな……! ま、待つんだ、やめなさい!」

 

制止を意に介さず、サーベルを構えた次の瞬間――意識外の攻撃が禅夜を襲った。彼の胸を突如、瀬嶋のサーベルが貫いたのだ。

仰け反った所を、更に容赦なく深く突き入れ、引き抜いた。

禅夜が力なくその場で崩れ落ちる。

 

「貴様だけは……塵にしてやる資格もない」

 

瀬嶋は仰向けに倒れた禅夜の前で、両手に握っていた剣の片方を心臓に突き立てた。ごふ、と口から血反吐が漏れる。それを見て、また坂口の悲鳴が上がった。

突き立てられた剣の墓標を背に、瀬島は踵を返し立ち去ろうとする……

 

しかし、急に足を止めた。

彼の背後から、聞こえてはならないハズの笑い声が微かに聞こえたからだ。

声の主、天羽禅夜は自分で胸に突き刺さった剣を引き抜き、ゆらりと起き上がった。

 

「殺せた、と思っていたんですか……この程度で」

 

袖で荒く口元の血を拭い、顔が不気味に笑みを形作る。

 

致命傷の筈だった。その筈が、文字通り死の淵から自力で這い上がり、一瞬にして身体は元通りとなったのだ。

禅夜は一歩、また一歩と近づき、途中、床に転がっていた茶色いガラスの小瓶を踏み割った。

 

「危ない危ない。これを飲んでおいて正解だった……」

 

身体からパリパリと稲妻が走り、禅夜は愉快そうに笑う。

 

咄嗟に瀬嶋が振り向く頃には、既に肉薄されていた。

瀬嶋の持つ剣が蹴り上げられ、次いで打ち込まれた蹴りが腹をえぐる様に襲った。もろに喰らったせいか、さしもの彼も一つ二つと後ろへよろけている。

 

そこへ更に、禅夜の持つサーベルがスーツジャケットを斬り破る。それだけに留まらない。先程の意向返しとばかりに、胸部を刃が穿ち貫いた。

そのまま禅夜は一歩、また一歩と今度は串刺しにしたまま押し歩いていく。

 

屋上端の、すんでのところで踏みとどまった。フェンスのない最上階。眼下の地上は遠く、風が吹き荒れている。

禅夜が足蹴りに剣を胸から引き抜くと、あっけなくもそれが最期となった。そのまま糸が切れたようにビル下へ瀬嶋は……崩れ落ちる。

 

「軽く押したつもりだったんですが……この程度でねをあげないで貰いたいな」

 

(瀬嶋――!)

 

その成り行きに、ナナシは息を呑んだ。

 

「さァて」――天羽禅夜の視線は、ゆっくりとナナシらの方へ移された。瑠衣と共に、構えて迎え撃つ体制に移る。

 

「坂口の前に次はキサマら――ぐっ!?」

 

言いかけた所で禅夜は頭を抑え、よろけた。

 

「……なんだ、急に頭が……! い、痛い……! くそ……!」

 

その様子に瑠衣はたじろいでしまうものの、ナナシがそのチャンスを逃す事はなかった。

 

「瑠衣! やるなら今だ!」

 

「……うん!」

 

我に返り、彼女も一転して戦う者の顔になる。

セオリー通り、二人は紛い者用の動きで襲い掛かる。禅夜も身の自由が利かないなりに抵抗したものの、その末にあっさりと脱がされてしまう……

 

「くそ! ふざけるなぁ……! この僕が……!」

 

だが脱がされて尚、執念を露にし抗おうとする。

しかし身体はじわじわと塵になり、崩壊し、遂には跡形もなく消え去った。

 

「勝った……? あの人、一体……」

 

瑠衣はそれ以上の言葉はなく、塵と消えた空間を複雑な表情で見つめている。

 

「分からないが……」

 

ナナシがそれとなく後ろへ目をやると、片や腰を抜かし、動けなくなっている坂口。

 

(……終わったんだな、これで)

 

戦いの渦中で滾っていた血も冷め、ナナシの身にやり遂げた実感が押し寄せてくる。

 

そう、終わったのだ。

 

存在を噂されていた地下の研究施設は、ついに坂口の手に渡る事は無かった。都市伝説は伝説のまま終わるのである。

 

見事、ナナシ達は騒乱を解決した。

 

しかして一部始終はアキバ住民達の知るところではないものの、遠い地で密かに、そして確かに彼等は取り戻したのだ。

趣都の未来を、平穏を。

 

「ナナシ、私達やったんだよね」

 

「ああ。ようやくな」

 

瑠衣の安堵した様な微笑みに頷き返すと、そこへようやく遅れて雪崩れ込んで来た仲間達。

 

「ったく、今更か?」

 

どこか嬉しそうなやれやれ顔の後、彼らに向けてナナシは満足気にサムズアップで応える。

全て解決したさと、最高のドヤ顔を添えて。

 

 

アキバの平和は今、取り戻された!

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