【妄想】AKIBA'S TRIP1.5 作:ナナシ@ストリップ
――第二アジト
アジトは変わらず穏やかな空気に包まれていた。
サラはエディンバラへ、ヤタベはジャンク屋へ戻ってしまったものの、代わりにヒロと美咲が加わりそれぞれ思い思いの時間を過ごしている。
そしてもう1人、入り口から影が姿を現した。
男はahoNOsakaiことサカイ。
大きな登山バッグを背負い、重さでよたよたと歩くその姿を見て、先に来ていた美咲がすぐに駆け寄った。
「しばらくぶり。……今までどこ行ってたの?」
その異様な荷物量に怪訝な目で尋ねると、サカイは得意げに胸を張る。
「そりゃ家に帰って、戦いに備えて色々持ってきたんだよ!」
「なにそれ……」
「美咲ちゃんと別れた後、どうしようかと通りをうろうろしてたんだ。そしたら見渡す限りエージェントだらけでさ。テンパってたらおでん缶落とすし、もう最悪だったよ」
「いや、普通そんな時に食べる?」
「仕方ないだろ~。何故なら俺は腹が減ってた! そんで落としてテンションだだ下がり。でもそのクールダウンが功を奏し、ふと冷静になれたんだ」
「――おでん食ってる場合じゃねえ。オイラも来るべき決戦の準備をしなきゃってな!」
高々と拳を掲げる姿に対して、美咲は「ふぅん」と素っ気なく一蹴した。
……ここのところ、彼女はどうにも体調が悪かった。最後の決戦でも留守番を余儀なくされていた位には。
それだけに、今はサカイのテンションも少々手に余る。
サカイが「露骨に興味ないな……」と落胆しつつ拳を降ろしたものの、すぐにいつもの調子に戻って、美咲を見ながらカウンターへ歩き出した。
「――んで帰ったらバイク傷つけたせいで、親父に絞られるわなんだで盛り沢山。そんでやっと戻ればアキバはもう平和! だろ~?」
カウンターの傍に登山バッグを置いてから、へへ、と鼻を擦る。
「……いや何よりなんだけどさ、間に合わなかったのがなんか悔しくて! これじゃいつかのヤベーさんと同じじゃん!」
興奮気味にまくし立てる途中で視線がふと、横たわる何かをとらえた。
「……んお? なんだぁあれ?」
坂口が冷や汗を垂らしながら、ぐるぐる巻きで横たわっている。
「くっそぉ~いい加減解かんか! 犯罪ですよ、犯罪ィ!」
……話によると暴れていたら自滅して倒れた末、起き上がれなくなったらしい。
そのまま放置されているようだ。
それを見て、くくっと悪戯に笑うサカイ。
「放置プレイ中ってわけかぁ。ウケるぜ」
一方、坂口は叫び声をさらに張り上げた。
「放置とかひどいですぞ! 無視しないでください! 助けろぉ!」
必死の叫びに誰も耳を貸さない。……もういつもの事らしい。
そんな中、ヒロだけが冷や汗まみれの顔に近づくと、"えくすかりばー"片手にしゃがみ込みんだ。
「……お前が犯罪とか言うのか? ったく、これからどうしてやろうか」
そう言いながら、剣先で坂口の額をつついて遊び始めた。
「ちょっ、やめっ、やめろって!」
額を押されるたび、声を裏返して悶えている……
ゴンが笑いをこらえ切れず、ぷっと噴き出し、やりとりを横目で見ていたノブも笑いながら肩をすくめた。
「もう志遠さんにでも引き渡せばいんじゃね?」
(く、くそ~調子に乗りおって……禁書がどうなったのかは分からないが……!)
坂口は屈辱に震えながらも、しかしバカめと密かに口角を吊り上げる。
(禁書の原本は失おうとも、デジタルデータは確保してある……このポケットにな! 今に見ていろ~)
坂口は喉の奥で押し殺す様に笑っていたが、それも束の間、アジトの入り口を見て唐突に目を見開いた。
……志遠が堂々と仁王立ちしている。
「げぇっ、霞会CEO!?」
「こんにちはァッ! 今日もいい天気ねぇッ!?」
よく通る声で一同の耳をキーンとさせた後、笑顔を振りまきつつ一同の輪へ歩み寄ってくる。
「あらごめんなさい~。よく声が大きいって言われるから~」
と、彼女が歩みを止めた。ヒロが立ち塞がったのだ。
彼は少し見上げる形で淡々と告げた。
「……噂の社長さんか。ナナシなら居ないぜ」
低いトーンの声に、志遠は「あら、残念ね!」と底抜けに明るい笑顔を返した。
「それはそれとしてッ! ……お礼を良いに来たわ。皆さん、ありがとう。無事に騒動を解決してくれて」
「それはどうも」と背後からぬるりと現れたナナシが、しれっと志遠の匂いを嗅でいる。
――やはりいつも通りの甘い匂い。
この匂いは彼女自身から漂うものだと、彼は再度確信した。
「コラッ! 嗅ぐな! 油断も隙もないわね君は……」
呆れながらナナシの顔をぐいっと押しのけた後、彼女は気を取り直すように咳払いをした。
そうねぇ、と視線をあちこち移しつつ、何やら考えを巡らせている。
「報酬と言葉だけなんていうのも水臭いものだし。――そうだ。ナナシ君も来たし丁度良いわ。皆さん、お礼に食事でもどうかしら? 自警団の皆さんをご招待~!」
ぱちぱち~と言いながら拍手する志遠に、坂口が芋虫みたくクネクネしながら近づいた。
「それは素晴らしいですな社長。ぜ、是非私も~……」
「ダメです、許すわけないでしょう? あなたの処遇は、後でじっくり考えさせて貰います」
「そ、そんなァ~……」
やり取りを遠巻きに見つめ、顔色を変えないナナシ。
彼には食事会の喜びよりも、もしや罠だろうか? という疑念が先に来る。
本部ビルであの時感じた香り――あれは志遠の香水に似ている。
それが彼の警戒心を煽っていた。
(悪いが、何もかも怪しく感じてくるな……ここは誘いに乗るべきなのか?)
静かに腕を組んで、思案する。
(しかし参ったな……本当は瑠衣と一緒に、父親に会いに行く予定だったんだが……)
ナナシの考え込む姿を見て、ゴンが心配そうに呟いた。
「で、でも高級レストランとかだったら、柄に合わないかも……」
それは悩んでいたことと別の方向だったが、ゴンの指摘ももっともだ。
それにナナシも言いはしないが、志遠が用意した場所に行くのは危険だろうと思っている……行くとしても、場所はこちらで決めたい。
すると都合の良い事に、ノブもゴンに同調して頷いた。
「俺もお堅い場所はなあ。エディンバラとかだったら良いんだが。近いし、それならサラさんもいるだろ?」
「モチロン、あなた達のオーダーに合わせるわ。ここの事はあなた達が一番知っているものね」
それからも一同が話し込んでいる中、美咲の姿が目立たないことにサカイが気づいた。彼女は先ほどから静かに椅子に身体を預け、視線を落としていた。
「おぅい。打ち上げ行くみたいだぜ? なんでそんなテンション低いんだよ~? 心配になるじゃんか」
彼女はゆっくり顔を上げた。その表情には、いつもの元気がない。
「ごめん、私はパスしとく……」
申し訳なさそうに微笑み、少し困ったように言葉を続けた。
「えへ、まだちょっと具合が悪くて。皆で行って来なよ。私はここで待ってる。それに――」
坂口をちらりと見やり、小さく笑みを浮かべる。
「このオッサンは私が見張っとくよ。それくらいなら任せて」
「……なんかミョーに素直になったなあ。病人マジックってやつか〜?」
美咲はサカイに冷ややかな目を向けた後、小さく息を吐いた。
「……あんたの軽薄さはちっとも成長してないね」
「――っていうか、別に病気って程じゃないし……ちょっと気分悪いだけ」
「いやいや、そういうことなら俺も残るぜ。病人を置いていけるかっての!」
「だから病人じゃないってばぁ~……」
――カフェ・エディンバラ前
「みんなぁ~、お揃いね! ほらこっちこっち~!」
志遠の明るい声が集合場所に響く。
嬉しそうに飛び跳ねながら、自警団一同に大きく手を振っていた。
集まった中には途中で合流したヤタベの姿もあり、ヒロも隅で静かに腕を組み控えている。
そしてナナシ・瑠衣の二人も――
「楽しみだなぁ~! なっ瑠衣」
珍しく上着のフードを被る瑠衣に、ナナシが肩を組んでいる。
彼女は黙って顔を伏せたままだ……
皆が不思議そうに見つめると、ナナシは慌てて彼女の肩を叩いた。
「いや~楽しみすぎて緊張しちゃってるのかなあ!? はっは〜こいつめ!」
瑠衣は小さく舌打ちをした後、ドスの効いた低い声でナナシに囁いた。
「テメェ、後で覚えてろよ……!」
ナナシの笑顔が引きつる。
実際のところその正体が優である事など、ナナシ以外知る由もない……
――UD+屋上
森泉鈴はコンテナの陰へ静かに身を委ねながら、ぼんやり空を眺めていた。
瑠衣の付き添いで来ていたものの生憎、親子水入らずで話したいとの事でこうして一人待っている。
(瑠衣ちゃん、良かったなあ……会ってみたいって言ってたから……)
仲良く話す光景を想像しながら微笑む彼女は、瑠衣が念願叶えたことへの喜びで満たされていた。
だが、それと同時に自然な興味が湧いてくる。
――どんな話をしているのだろう?
邪魔はいけない、と自分に言い聞かせるものの、その様子が気になって仕方がない。
(まだかなあ……覗いてみようかな? ……大丈夫だよね、ちょっとくらいなら)
ドキドキしながらそう決心すると、鈴はそっと足を踏み出した。だが、その瞬間――
彼女の顔から血の気が一気に引いていった。
――二人の姿がない。どこにも、いない。
(なんでっ!? どうして……!?)
辺りを見回すうちに、どんどん焦りが大きくなっていく。
息が荒くなり、無意識に握りしめた手が震わせながら、必死に瞳を彷徨わせる……
「どうしよう、どうしよう~!」
鈴は小さな声で繰り返した。頭の中を混乱で真っ白にさせながら……
◇
「いやあ運が良かったな、丁度サラさんが接客してくれて」
ノブが頭の後ろで手を組みながら笑い、ヤタベも満足げに頷いて通りを歩いている。
「こんなに大勢で行くのも久々だよねえ。席が空いていて、良かったよ」
一同はカフェエディンバラからゾロゾロと退店したところだ。
その中でナナシだけが肩を落とし、どこか疲れた顔をしていた……
(なんてこった……! 罠でもなんでもなく、まさか本当にただ食事がおいしかっただけとはァ……!)
ナナシはふと横目で、隣に居る瑠衣(?)を恐る恐る確認する。
(なんか牙剥き出しで威嚇されてるんだが……?)
無駄に恨み買っただけじゃねーか! と心中叫びながら、頭を抱えたその時だった。
ゴンが前方へ指を突き出し、声を震わせながら叫ぶ。
「ね、ねぇ! あれ見てよ!」
「――あの人って、あの人って……! も、もう居ない、はずじゃ……!」
それは天羽禅夜だった。
狂気を滲ませる鋭い瞳と、不気味な笑み。
彼の存在が、それまで温和だった空気を一瞬で塗りつぶす。
緊迫感に包まれ、対峙する一同から笑みが引いた。
誰もが目の前の現実を疑いたいように、言葉を失う。
――そう、その中でたった一人を除いては。
「……役者は揃ったようね」
志遠は不敵に笑いながら一同をゆっくりと離れ、禅夜の横についた。
振り返って一同を見たその眼差しには、揺るぎない余裕が漂っている。
「お食事会はとっても素敵だったわ。でも私にとってパーティの本番は……これからよ」