【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

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26.消えた少女

「あ、そうそう。皆が御執心の禁書って――」

 

志遠はゆっくりと右手を持ち上げ、ノートをひらひらと振った。

 

「――これのことぉ?」

 

その瞬間、ナナシ達の視線がそのノートに釘付けになる。

 

それは紛れもなく"禁書"だった。一瞬、自警団の面々が息を飲む。

 

「まぁそれより、重要なのはキタダさんの実際の研究成果、よね?」

 

襲い掛かろうと踏み出した優を、ナナシは静かに片手で制した。

今この場で話を有耶無耶にして、戦闘に持ち込むわけにはいかない……そう考えながら、彼の視線は禅夜へ向かっていた。

 

なぜ、天羽禅夜――奴がまだ生きている?

なぜ、奴が――志遠と共に居る?

 

確かにあの時、塵と消えたはず……

冷静さを保とうと努めるが、未だこの状況を整理できずにいた。

 

その反応を見た志遠は、禅夜の右肩に両手を置いて、にんまりと笑いながらナナシ達を見据えた。

 

「彼もキタダさんの研究成果の一つ。そして、今やその研究所も――」

 

「――私が完全に抑えている、か・ら・ね」

 

人差し指でご機嫌に指揮者の真似事をしたと思えば、高笑いしそうになるのを身をよじって堪えている。

彼女は再び得意顔でこちらを見た。

 

「ふふん、今までのコトはぜーんぶ私の掌の上! ……意外でしょう? 悔しいんでしょう?」

 

そこへ若干食い気味にナナシが口を挟んだ。

 

「いや最初から胡散臭いと思ってたぞ俺は……」

 

「……ちょっと!? ど、どういう意味よそれ!」

 

あれ、言わなかったっけと素知らぬ顔で頬をぽりぽり掻くナナシ。

そもそも香水の匂いを犯行現場に残してる時点で、いかにも杜撰だ――そんなことを考えながらも、今の興味は別のところに向いている。

 

「それよりも、天羽禅夜……生きていたのか」

 

「何のことだ? ……この私が死ぬわけないだろう」

 

ゆっくりと両腕を広げて冷笑する様、こちらを見下す侮蔑の視線は、正しくあの天羽禅夜そのものだった。

それから続けて「ああ、そういう事ですか――」と言いかけた時、志遠が会話に割って入った。

 

「長話はもういいわ」

 

禅夜を横目に眉をひそめながら、軽く手を振ってやりとりを切り上げた。

 

「お互いご挨拶はこれで十分。行きましょう、禅夜くん。私達のお城へ」

 

だがナナシは負けじと、去っていく背に向かって一歩踏み出した。

 

「――待て! まだこっちの話は終わってないだろ」

 

すると彼女は足を止め、ゆっくりと振り返る。

いつもの底抜けの笑顔と違い、どことなく冷ややかな微笑みと共に……

 

「積もる話なら、君も是非来ると良いわ。愛しのお姫様も待ってるから」

 

不穏な言葉に、一瞬、心がざわめく。

 

志遠は更に追い打ちをかけるように、ゆっくりと目を細めながら続けた。

 

「会いたいなら……一人でUD+屋上に来なさい。詳細と時間はメールを送るから、ね?」

 

(――!?)

 

即答出来ずに固まる姿をよそにして、禅夜が無造作に志遠の腰を掴んだ。

そのまま物のように荒く肩に担がれた彼女は「ぐへぇ!?」と思わず嗚咽を漏らした。

 

「……長話はしないんじゃなかったのか?」

 

「ちょッ!? 禅夜くん、もうちょっと優しく――」

 

禅夜が跳躍のために力を込めると、抗議の言葉は乱暴な急加速でかき消された。

また嗚咽を漏らす志遠をお構いなしに、その場から跳び去っていく……

 

ナナシは、呆然と立ち尽くしていた。

 

(どういう事だ、一体……?)

 

疑問と焦燥でまぜこぜになり、渦巻いている。

その感情を整理する暇もないまま、ただ去っていく二人を見送る事しかできなかった。

 

 

 

 

――第二アジト

 

アジトには一転して重苦しい空気が漂っていた。

緊迫した沈黙を破ったのは、焦燥を隠せないマスターの声だった。

 

「瑠衣は、瑠衣は今どこに?」

 

眉間に深い皺を刻みながら、焦りの宿った瞳で全員を見渡している……

ヤタベが慎重な口調で答えた。

 

「今は、ナナシ君が急いで迎えに行っている所だ……どうか、落ち着いて」

 

しかし、それでもマスターの不安は収まらない。

彼は額に手を押し当て、眩暈に耐えるように目を閉じた。

 

「……ヤタベさん。正直、居てもたってもいられない気分だ。何もなければいいが。……私さえ、もっとしっかりとしていれば」

 

傍ら、優は鬼気迫る表情で坂口に詰め寄っていた。

縄の拘束は解いて貰っていたものの、さしずめ坂口は蛇に睨まれた蛙。じりじりと後ずさりする事しかできない。

 

「なんで禅夜(アイツ)が生きてやがる!? テメェ……何か知ってるだろうが!」

 

坂口は怯えた表情で首を振り、声を震わせて叫んだ。

 

「わ、分かりませんよ!」

 

「――分かるものか、私にも……!」

 

悔しげに呟き、顔を背ける仕草が余計に優の怒りを逆撫でする。

メガネのズレ落ちそうな坂口を睨みつけながら、肩に掴みかかった。

 

「今更シラ切ンのかァ!? 紛い者はテメェが――」

 

「お、落ち着け! 待つんだ!」

 

坂口の叫びに肩を揺する手を止まると、顔を背けたまま恐る恐る語った。

 

「……それが彼だけは違うんですよ。紛い者の中で彼は唯一、我々が作り出したものではないのだ」

 

「……あぁ?」

 

目元を怒りに歪ませたままだったが、優はその身から離れた。一旦は話を聞いてやろうという事だ。

坂口も彼が一旦大人しくなった事を確認してから、言葉を詰まらせつつも続けた。

 

「彼は、天羽禅夜は……我々が手を加えて生み出した存在ではない。初めから、"完成された形"で存在していたのだよ」

 

「んだと……? ふざけたこと抜かしてんじゃ」

 

「いいから、聞きたまえ」

 

坂口は打って変わって冷静な声色で制した。

洗いざらい語る覚悟が決まったのか、重々しく語りだした。

 

「霞会志遠の仕業だよ。奴がキタダの死に際の遺産を横取りし――禁書に記された力の秘密を明らかにするために――地下研究所で眠り続けていた禅夜を、大師本製薬へ秘密裏に運び込んだ」

 

「しかし私は彼女の計画を阻止すべく、禅夜の封印を解き、禁書と共に奪い取ってやったのだ! あの時に――!」

 

そう言って目を細め、かつての出来事を思い出す。

 

 

『これが究極の人造吸血鬼とやらか……! 天羽禅夜! 私の声が聞こえるか! 目覚めさせた主に恩を返せ! 志遠(彼女)はお前を眠らせ続けていた敵だァ!』

 

 

「――そう、あの時、私が奴を目覚めさせた……!」

 

「……その後私は禅夜の生体組織を解析し、禁書の情報と照らし合わせ、彼の性質を模倣した血液を作り出した! それが紛い者なのだ!」

 

「故に彼は"紛い者のオリジナル"と言える存在!」

 

オイオイ黙って聞いてれば、とサカイが食い気味にツッコミを入れた。

 

「なら結局オッサンのせいで目覚めたんじゃんか!?」

 

坂口は悪びれずに鼻を鳴らした。

 

「今思えば天羽禅夜など呪いであったわ! 奴を手懐ける事など不可能だ……! キタダが奴を封印していたのも頷けるというものですよ……」

 

優は舌を打ち、坂口から更に一歩離れた。

情報を噛み砕く様に眉間にしわを寄せ、指でこめかみを揉みながら――

一呼吸置いて静かに問いかける。

 

「よくわからねぇな。結局なんだってんだ? ……その"天羽禅夜"ってのの、目的はよ」

 

「それは恐らく……文月瑠衣の血そのものでしょうな。なぜなら天羽禅夜――彼の命はもはや、さして残されていないのだよ」

 

「なーに言ってやがる。カゲヤシなら寿命は延びるはずだが……? 紛い者はそうじゃねえってのか」

 

「いいや、紛い者の特性もカゲヤシのそれに順じている。それどころか、寿命や回復能力においても紛い者が更に上を行く。しかしそれを加味しても、ヤツの寿命は少ないだろう。ヤツ自身を蝕む、先天的な疾病の問題でな……」

 

サラが動揺したように問うた。

 

「病のせいで、血を持ってしても……? そんな事がありえるのですか?」

 

すると、マスター、姉小路瞬の低い声が響く。

 

「……この血は、君達が思うほど万能ではないんだよ」

 

そちらを見ると、彼はそっと眼帯に手を添えて語りだした。

 

「……私のこの眼は、過去にエージェントからの銃撃で負った傷でな。私も眷属だ、末端の者達よりも能力は高いだろうが……それでもこの傷が完全に癒える事はなかった。血の力など、所詮そんなものなんだ」

 

坂口はマスターを一瞥してから、皆へ向きなおした。

それから深く息をつき、再び語り始める。

 

「……キタダが造り出した紛い者の第一号。それが、強大な力と病弱さを併せ持つ天羽禅夜だった」

 

目線をマスターから優に移し、どこか遠い目で続きを語り始めた。

 

「あれは貴様の捕縛を命令した時のことだ。奴は私に問い詰めてきた――なぜだ、殺せば良いではないかと。――そこで私はこう答えたのだ。『眷属の血を元に紛い者を作成すれば、より優れたものが出来上がるハズだ』と」

 

坂口はまた深く一息つき、わずかに視線を落とした。

 

「その時だった。血相を変えて私にこう問うてきた。『それで自分の寿命は延びるのか?』――あの時のヤツの声は焦燥に震えていた。最初で最後の、余裕のない必死の表情でな」

 

「それから彼は、実験や紛い者の施術にも自ら積極的に関わるようになった。私の命令も良く聞くようになったが……正直、色々と計画に首を突っ込むようになったことが面倒でな」

 

坂口は苦笑を浮かべながら、肩をすくめた。

 

「……おっと、話が逸れましたな。まぁ、つくづくヤツは本当に呪われた存在という事だよ。……同情はしませんがな」

 

嘲笑気味に呟いてから少し姿勢を正し、再びこちらに向きなおした。

 

「今のヤツは是が非でも妖主の血を欲している。最高位の血なら己の病もどうにかなろう、という愚かで単純な考えからな。ですから、文月瑠衣とヤツの身は共に地下研究所にあるハズ」

 

はず、と言いつつも坂口の声には妙な自信があった。

胸を張る坂口に、ヒロは腕を組みながら冷ややかな視線を向けて言い放つ。

 

「だがその研究所がどこなのかは、どうせ知らないんだろう?」

 

その一言に、坂口は答えようと口を開きかけては閉じ、やがて目を伏せて黙りこんでしまった。

しばらく沈黙がその場を支配していたが、突然、廊下の向こうから慌ただしい足音が響いた。

 

静寂を破ったのは、息も絶え絶えの鈴の声だった。

 

「ば……場所なら分かりますっ!」

 

「す、鈴ちゃん?」

 

ノブが驚いてそちらを見ると、隣にはナナシの姿もあった。

今度はゴンが声を震わせながら、小さく問いかけた。

 

「ナ、ナナシ……瑠衣ちゃんは……?」

 

そこに彼女の姿はない。半ば答えの分かりきった問いに、ナナシはやはり首を横に振るった。

それを見たゴンらは意気消沈するが――

息を切らせて俯いていた鈴が、数秒後、勢いよく頭を上げた。

 

「けど分かるんですっ! 場所なら! 瑠衣ちゃんが今着けてる腕時計が、その、位置が分かる様になっているので……!」

 

自警団の面々は驚いてザワつくものの、ノブだけは納得したように腕を組んで頷いている……

 

「なるほど、妖主様だからな。万が一のためにって訳だ」

 

「あ、ハイ、そういう感じ、です……? 多分」

 

彼女は視線を泳がせながら曖昧に答えた後、表情を引き締めなおした。

 

「……でも、それでも大体の場所しか分からないんです……ですから私達で手分けして、急いで探さないと……!」

 

少し空気が軽くなり各々が動こうとした時、遮るようにヒロが声を上げた。

 

「……いや待て! 瑠衣を追って、それで済む問題とは思えない」

 

「俺の予測が正しければ、天羽禅夜の他にも大量の紛い者が研究所に眠っている。――志遠が行動を始めた今、そいつらが一斉に目覚めてしまえば、この街は……!」

 

ノブとゴンが顔を見合わせた。

 

「……マジかよ。紛い者ってのは結構強いんだろ?」

 

「じゃ、じゃあ瑠衣ちゃんを助けに行ったとしても、そもそもアキバ自体がかなりやばい……って感じ……?」

 

焦燥を抑え切れていないヒロを、ナナシはじっと見つめて問う。

「それは本当なのか」と。

 

すると深く頭を垂れて呟いた。

 

「……俺の記憶を信じて欲しい。頼む……」

 

そうそう他人に頭を下げたりなどしない彼が、今だけはどうしても自分を信用してほしいと。

皆その態度を見て、理屈抜きに納得させられていた。

 

傍ら話を聞いていたサカイは内心驚愕しながらも、ふと椅子に座る美咲を見る。

熱っぽい顔で寝ているようだ。

 

(くそっ……美咲ちゃんはこんなんだし……藍ちゃんは何してんだよ!?)

 

幾ばくか沈黙が場を支配する。

 

しばらく考え込んでいたナナシが口を開いた。

 

「けど眠っていたなら戦い方はド素人。やりようはあるはずだ……そう思わないか?」

 

ヒロは眉間に皺を寄せながら「それが却って残酷なんだ」と再び話し始めた。

 

「狩りが下手な獣は効率的な手をとらず、力任せにただなぶり殺す。……それと同じだ。抵抗すればする程すぐには塵にされず――残虐に痛ぶられ、徐々に衣服を引き剥がされていく。堪えがたい光景を俺は見続けてきた」

 

今度は優が食って掛かる。「素人同然ってんなら、負けるはずねぇだろうが」

――そして、親指でナナシを後ろ指す。

 

「こいつも俺も、お前ほど腰抜けちゃいねぇよ」

 

だがヒロは冷静に告げた。

 

「あくまでお前達はそうだろう」と。

 

淡々とした声が、かえって部屋の空気を一層重くした。

 

「お前達は確かに強い。最後まで生き残るのも間違いない。だが……」

 

彼は悔しそうに俯いたまま言及しなかったが、その先の結論はナナシにも分かっていた。

 

(強い奴だけ生き残っても……その間に他がやられていくだけだって言うのか)

 

拳を握る手が震える。

それではただ、仲間がやられていく光景を見届ける事と同義でしかない。

 

ナナシは歯を食いしばりながら拳を握り締めた。どうしようもない無力感に苛まれながら……

 

……だがその時、不意にポケットのスマートフォンが震えた。

 

ナナシはハッとして画面を見る。

 

服屋からのメールだった。

そこには、以前依頼した特注防護服が出来上がったという知らせが記されている。

 

(服屋……?)

 

その瞬間、不意に一つの閃きが生まれた。

 

――スマートフォンの時刻を確認する。屋上の指定時間まで、まだ猶予があった。

 

まだ足掻く余地はある。

ゆっくりと拳を握り直し、決意をもって皆の顔を見渡した。

 

「……俺に一つ案がある」

 

静かに、そして力強くナナシは告げた。

 

「もう一度借りよう。俺達だけじゃなく、アキバの皆の力を……!」




マスターの眼帯が銃撃の傷によるもの、という裏設定ですが……結構前にwikiの用語集を見たけども、そこには特に書かれていなかったです。
記憶が正しければ、アサウラ氏のコミケ限定冊子に掲載された小説で、その辺りが語られていたらしいです。
とはいえ自分も現物を持っている訳ではなく、そういう話が載っている、というのをネット上で見ただけなので、やっぱり真偽のほどはハッキリしないのですが。
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