【妄想】AKIBA'S TRIP1.5 作:ナナシ@ストリップ
ゲームAKIBA'S TRIP "瑠衣とデート" にて、屋上でのデートのお誘いをあえて断ると文月瑠衣の超絶かわいいおねだりを聞く事が出来る。
[デメリット]
ちょっと良心が痛む。
━━ジャンク通り━━カフェ前
「お待たせ。それじゃあ、行こっか」
瑠衣は背を曲げてナナシの顔を覗きこむと、嬉しそうに言った……例えるならば、丁度猫が背伸びをして甘えるような具合だろうか。無邪気でふわりとした仕草には、思わず冬である事も忘れさせるような温かさを持っていた。
「いつものゲームセンターでいいか?」
「うん! サムライ☆キッチンの新しいやつ、出たの知ってる? ナナシ」
二人は歩き出す。
彼女はサムライ☆キッチンの事を言いたくてうずうずしていたらしく、待ってましたとばかりに興奮気味だった。
「それは知らなかった」なんてちょっとオーバー気味に驚いてやると、彼女の澄んだ瞳はますます輝きを増していって、それで……それでねと、アレコレその新作の情報を得意げに喋っていった。久々にナナシとゲームセンターに行くということもあってか、その様子は至極楽しそうで━━
「へへ……結構練習して、強くなったんだよー。私への挑戦者が後を絶たないぐらいに!」
……えへん、と胸をはる。一瞬どや顔かわいい、なんてナナシは思いつつも。挑戦者……別の不純な目的があるような気がしないでもなくて、嫌な予感に襲われる。
「瑠衣、ゲームセンターに1人で行くのはあんまり……」
「……だめ、なの?」
それを聞いた瑠衣は、少しつまらなそうな様子で言葉を返した。
「ああ、まぁ、危ないからさ」
……とはいえ彼女はカゲヤシだから、暴漢に襲われようとへっちゃらだろう。どちらかと言えば変なファンでも出来たら鬱陶しいからというのがナナシの本音である。アジトやらなんやら、そこかしこつきまとわれたらやりきれない。考えすぎなのかもしれないが、実際"挑戦者が後を絶たない"っていうのはなんだか引っ掛かる所だし。
それにヒロもカフェで言っていた、"他の奴だってこんな美人は見たことないって思ってる"って━━実際瑠衣は昔ナンパもされてたし━━考えは堂々巡りする。それにカゲヤシだから安全と言っても、今朝の様にカゲヤシ狩りに会うかもしれないのだ。
ナナシは頭を悩ませる。
しかし瑠衣はそれが自身の身を案じての事だと分かるなり、嬉しそうに小首を傾けて笑顔を向けた。
「えー、心配してくれたの? 大丈夫だよ。いつも鈴と一緒に遊びに行ってるから」
鈴と聞き、ナナシははて、と考えた。
「……そういえば鈴ちゃん、店で見なかったけど」
「鈴? 鈴は普段、本屋さんでアルバイトをしているから。それにさ」
瑠衣はふと言葉を詰まらせて……、ナナシは「それに?」と、彼女の言葉を待っている。
彼女は一拍置いて、戸惑いながらも言葉を紡いだ。
「鈴がカフェで働いたら、食べ物につられちゃって働くどころじゃなさそう……」
そう、良く考えてみれば森泉鈴は大喰らいなのだ……あの喰いっぷりを想像したのか、彼女は少々引き気味である。
「た、確かに……」
そういえばそうだったなとナナシも理解した。森泉鈴があの場に居たとなれば、最悪経営崩壊の危機に立たされる可能性がある。
「ねぇ。そういえばさ、あのカフェにいた人……ナナシの友達? どこかで見たような気がするんだけど」
思案に軽く握られた右手が顔へ近づいて、彼女のか細い人差し指が上唇にそっと触れた。言うまでもなく女性に対する免疫皆無なナナシという男は、思いがけなくその仕草にドキリとしてしまうと共に、こんなカワイイ女子と二人でデートとかリア充すぎんだろ……なんて冷静に自分自身を実況するハメになってしまう。
━━ナナシ? 瑠衣は再度呼びかける。
「どしたの?」
「え!? あ! あぁヒロか? ほら、前に瑠衣にも話したことあると思うけど、優に血を吸われて今まで療養中だった俺の友人だよ」
「恐らく……写真を撮った口封じのために吸われたんだろうけど。あいつとは自警団の皆と同じで、秋葉原で偶然会って仲良くなったんだ」
「あっ、あの時の路地裏で、ナナシが助けに行った友達……」
ナナシはああ、と肯定した。瑠衣は少し落ち込んで、……ごめん、と謝る。それを見て少々焦りつつも、
「いや。仕方なかったんだ、あの時は。瑠衣は悪くない」
そうやってすぐにフォローした。実際瑠衣は何も悪くは無い。責任感が強いから、そう思ってしまう所があるだけでだ。文月瑠衣は責任感が強く、他人の痛みを自分のものの様に感じられる繊細で優しい女の子である。素晴らしいと言わざるを得ない。
「でも元気になってくれて、良かった」
安堵した笑顔。
ナナシもこういった優しい所を好いている。彼としては妹にも見習って欲しい位だ。
「全く、元気すぎるぐらいだけどな。さ、話は後にして、ゲームセンターだ!」
「うん。そうだね!」
「ふっ、まぁ……俺に勝てたら……、肉まんでも奢ってやろう。勝てたら、な」
「言ったなー」
二人は和気藹々と笑いあって、ゲームセンターの店内へと足を踏み入れるのだった。
━━ゲームセンター
「ね、ナナシ。君とこうやってゲームセンターに来るのさ、なんだか久しぶりかもしれないね」
嬉しそうに言う。ナナシもそれに「かもな」と返した。
彼等は秋葉原での争いが終結した後、それまでの縛られた自分達を解放するように秋葉原の様々な場所へ行った。二人で細路地を探索する事もあれば、皆で一つの場所へ集うこともあった。カフェ・エディンバラ前に自警団で集合したり、だ。サラが店先で、笑顔で迎えてくれたりもしていたか。
秋葉原での争いの当時は暫くそういった遊び方ができなかったのもあって、最近はそのような事が多かっただろう。だからあえて原点回帰し、ゲームセンターにこうして行くのは久々だ……もっとも瑠衣は足しげく通っていたみたいだが。
賑やかな様子に、色々な景品の入ったあのクレーンゲーム。当時休まらぬ争いの渦中に居た瑠衣としては、人々が見る何倍も素晴らしい世界に見えたはず━━ナナシはそんな事を考えながら、あの頃と変わらない空気、当時を思い出す懐かしい気分に襲われていた。
「よーし、やるぞー」
両腕を突き上げていよいよやる気のみなぎる瑠衣。しかしさすがにこんな美少女を連れているとなれば、周りの視線が痛い。昔行った時よりもそれが大分酷い気もしたが。それでも、彼女は気付いていないのだから良いんだろうかと……ナナシが考えていた時だった。
『ひ、姫!』
『今日も麗しい!』
『まさか会えるとは……! 今日はなんて良い日なんだ!』
急に声が掛かったと思えば、そこかしこから暑苦しい男達が湧いてきて。機動隊の制圧陣形ばりの密度で彼等が言うところの姫、すなわち文月瑠衣の下へと詰め寄ってくる。その言動から察すると、どうやらナナシの知らぬ所で瑠衣に入れ込んでいたらしい。彼等が彼女の言う絶えない対戦相手という訳だ。
「あっ、みんな。久しぶりだね」
なんと言ってそいつらへ笑顔を向ければたちまち、男達は歓喜の声調で鳴き出した。ここはゲームセンターで合ってるんだよな? と思わずナナシは従業員の兄ちゃんに尋ねそうになったところで踏みとどまる。それから彼は面倒そうに、ぐしゃと頭を掻いた。
尚も男達は食いついて止まらない。
『今日は私がお相手しまつ』
『いや拙者が』
「んじゃ瑠衣、一緒にやろうか!」
ざわざわと騒いでいる中ナナシはひときわ大きく聞こえるように言うと、瑠衣の手を引いてその場から足早に立ち去った。姫に群がった親衛隊達を、はいはいどいてくださいね、とでも言うように掻き分けていくと、傍から男が口々に不満を発しているのが聞こえた。
『は? なんであいつ手繋いだの?』
『え? なんなの? あいつなんなの? 知ってる?』
ナナシはうぜぇ、と時たま殺意に襲われることがありながら……そんなこんなを無視してようやく筐体にたどり着いた二人。
「ナナシ、これこれ!」
画面を指して、そこにはゲームタイトル。"サムライ☆キッチン~ファイナルクッキング~"
え、最終作なの!? ……衝撃を受けている場合ではない。そう、背後から危機が迫っている今、初代サムライキッチンに思いを馳せて感傷に浸っている余裕はないのだ。
「面白いんだよ~。さっ、早くやろうよ!」
瑠衣は無邪気に、繋いだ手をぐいと引っ張った。
「ゲームは逃げないんだから、そう急かすなって」
ナナシは笑顔を向けるものの、とはいえ、彼女の言う通りナナシも早くやりたいのは事実。そして可及的速やかにこのゲームセンターという空間を出たいと彼は切に願うところだった。この会話も普通に考えれば仲睦まじい二人。……きっと今俺は幸せだと幸せを噛み締めたことだろう。
しかし今の彼は、背後から殺意の波動を送るギャラリーに気が気では無かった。
「そう……邪悪な気を放つあいつらさえいなければな!」
瑠衣は首を傾げていた……
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姫目当てのギャラリーに見守られながらも勝負は始まった。
「ぐぬ……」
瑠衣はびたりと筐体にかじりつくあまり肩に力が入りまくりで……画面に取り憑かれたのかよと思うくらいにぷるぷると身体を震わせながら前のめっているものだから、思わず横目に見たナナシも絶対それ目に良くないって、と困惑しきりの冷や汗モノである。
「あの、目を近づけすぎなんじゃないの瑠衣……」
……そんな言葉など届かない程に真剣そのもの。
しかし瑠衣にとってこれは待ちに待った大切な一戦。戦う前にも謎の準備体操をして、頬をぺしぺしと叩いて━━ちょっと涙ぐんで白い頬をヒリヒリ赤くさせながらも━━尋常ならざる気迫で着席して、このサムライ☆キッチンに臨んだぐらいである……ナナシも諦めて対戦に励む事にしたのだが━━
「━━やった! 勝ったぁ!」
ナナシの眼前に大きく表示される"YOU LOSE"の文字。
……しかし負けて良い。瑠衣と遊んでいるということが、そして瑠衣が喜んでいることが何よりも重要。そこに勝敗は関係ないからなと、先程まで勝つ気しか無かった自称"ゲーマー"な男は無理矢理ちっぽけなプライドを癒すのだった。
とはいえ、彼女の喜んで飛び跳ねる姿は実際問題己の勝利には変えがたいものがある。それによくよく考えると、勝ったりなんかした日には後ろの親衛隊に何をされるか分かったものではないのだ。改めて嬉々とした彼女を見れば、負けて良かったかな……なんて思えてくる。そこで、わざと悔しがるような素振りを見せてあげた。
「……負けたか」
「へへーんだ」
とても生き生きとした笑顔を向けて来る……かわいい。思わずぼそっとナナシの口に出てしまう程、かわいい。
「よーし、好きなだけ肉まん奢るぞ!」
「やったね♪ ……もうちょっと、やりたかったけど」
「今度のお楽しみ。さ、行こう」
「うん」
『……』
(ま、まぁ、早くこの場を切り抜けたいだけなんだけど)
━━芳林公園
「はふ、はふ……、おいしー♪」
二人は公園のベンチに腰掛けていた。
ようやっと親衛隊の捜索網を抜け出して、気の滅入るナナシを傍らに彼女は紙袋一杯の肉まんを抱えながらご機嫌にパクつく……といってもその食べる様はやはりどこかお上品というか、育ちの良さを感じさせるものであったが。とにかく楽しんでくれたみたいだし、ひとまずは成功だなと……瑠衣の様子を見て、ナナシは思う。
そして、意を決して切り出した。
「……なぁ、瑠衣。実は今日誘ったのは、言う事があったからなんだが」
「言うこと? 何?」
「瀬嶋が生きてたんだ」
「…………えっ!?」
「……そんな、嘘だよ」
先程まで和んでいた瑠衣の様子は一転して、その表情に影を落とす……
遊ぶ前に言ってしまった方が良かったかと、ナナシは少しばかり後悔した。
「……ううんごめん。キミが言うなら本当なんだね。でも、なんで……?」
思案に拳はまた自然と唇へ近づいて、ゲームセンターに行く道中と同じ様な仕草を見せる。けれどその時とは比較にならない程神妙に考え込んでいる事が分かった。よく探偵が頭を悩ませ推理をしている時に見せるような、気難しい様子だ。
……ナナシは首を横に振った。
「分からない。けど、あの時あの場にいた俺達は全員が消耗しきっていた……」
「自分も力を使い果たして気絶してしまったし、瑠衣も瑠衣のお母さんだってそうだ。血を急激に吸われて、消耗してただろ? 御堂さんだって━━」
「もしかしたら……自分達が気付いていないだけで。実はとどめを刺しきれていなかったのかもしれない」
瑠衣はただじっと、黙って言葉を聞いている。視線はどこに向かう訳でもなく。ただただ、遊具も何も無く中央にぽっかりと空いた園庭を見つめて。けれども一字一句、しっかりと噛み締めるように言葉を聞いている。そんな様子だった。
「で、今日、その生きている瀬嶋に偶然会ったんだ、結果見失ってしまったけど。彼自身は、もうカゲヤシ狩りは諦めたって言ってた」
「実際、今瀬嶋には何も残されていないし……大したことは出来ないと思う」
「うん……」
ぎゅっ、と彼女が抱えた紙袋に力が入る。
「えーと。な、なんかごめん」
しまった気まずい……彼は心の内で嘆いた。
……どうする? とりあえず何か喋らないと! でもこの状況でどういう話をするのが正解なんだ!? むしろもう選択を誤ってしまった!?
とうら若きナナシは思い悩むのである。これがゲームならばこうも苦労はしない。会話の選択技はいくつかに絞って提示されるし、相手はいくらだって待ってくれるのだ。まぁ選択技に回答時間が設定されるくらい多少捻ったゲームはあろうが、それでもリアルというゲームに比べればベリーイージー。
会話一つ取っても現実は回答時間なんてほんのお情け程度しかない、選択技は無限大。昨今の手とり足とりクリアまで連れて行ってくれる親切和ゲーも真っ青の、
……瑠衣が口を開いた。
「あの、さ」
「はい!?」
「実はね? 秋葉原でまたカゲヤシが狩られているらしいんだ……」
「兄さんが巡回して、怪しい奴がいないか今、探してる。誰の仕業かは分からないんだけど……もしかしたら、関係してるんじゃないかなって」
「……思ったんだけど」
「瀬嶋が……か」
ナナシはふと今朝の駅前の事件が思い浮かんだ。秋葉原でカゲヤシが狩られる……それは瑠衣の言った事と一致する。あの黒服は当時のNIROエージェントを想起させることもあって、瀬嶋との関連を疑わずにはいられない。
「もしかしたらそのカゲヤシ狩り、今自警団で警戒しているのと同じ奴らかもしれない。そいつらを調べていけば、あるいは」
「また、秋葉原で争いが始まっちゃうのかな」
「まさか。きっと大丈夫だよ」
その言葉に何の根拠もありはしなかったが、ナナシは不安げに呟いた瑠衣を励ます様に言うと、彼女は安心したようにいつもの眩しい笑顔を向けてくれた。
「……そうだよね。ナナシも、いるし」
「その自警団の仕事、出来るだけ私も手伝うよ。ナナシにはエージェントの時色々助けてもらったから」
「ありがとう、瑠衣」
「ううん。それじゃあ今度は私から話、していいかな?」
勿論、という返事を聞くなり彼女は話し始めた。
「……母さんが帰ってきたの。瀬嶋との戦いの後……けじめをつけるとかで、どこかへ行っていたんだけどね。それで帰って早々、次期妖主の引継ぎの儀をやりたいって言ってて」
「へぇ、そんなのやるんだ」
「カゲヤシの、古い慣わしみたいなものらしいんだけど。あの、それでさ……良かったらナナシも来ない? なんかその、ちょっと緊張してて。ナナシが来たら少し違うかなって」
「それでその後ね。母さんの主催で、秋葉原の人達と交流会をやるんだよ。自警団の皆にも来て欲しいな」
交流会。
もしかしたら、それを狙ってあの集団が来るかもしれない。奴等の狙いがカゲヤシだとするのなら……
そんな考えを巡らす様子を見た彼女はというと、返事を渋っているのだと勘違いしたようで……恐る恐るにもう一度尋ねた。
「ど、どうかな?」
「お、おう! もちろん」
「良かった……ねぇ、ナナシ。これからどうする?」
「そうだな……」
ナナシは考える。俺達が今行くべき所……ゲーセンは終わったから遊んでデートの後行くとこか。今瑠衣が俺に求めている事……俺がすべき事。
ナナシは考える。
━━そうか! 分かったぞ!
ナナシは自信に満ち溢れる顔を向け、高らかに宣言した。
「瑠衣! エログッズ店へ行くぞ!」
「何で!?」
「違うのか?」
ちょっとしんみりしていた空気はどこへやら、この男は全身全霊を込めた何で!? に心底意外そうな顔をしている。
「何がどう違うのかも私には分からないよ……ナナシ、私にも分かるように説明して欲しいな」
「えっここで? いいの?」
「や、やっぱいい……」
何故かちょっと引いた顔をされている━━やっぱり引いた顔もかわいいなとナナシは思う。
心なしか身を強張らせ、顔も赤くさせている。
「もしかして怒ってるのか?」
「お、怒ってはいないけど……」
口ごもりながら、指を突き合わせてもじもじしている。
「あー、では嬉しい?」
「嬉しくないっ!」
(怒ってるじゃないか……ん? 怒ってる顔もかわいいな)
瑠衣の頬はますます紅潮していって、このナナシという男は相も変わらない。
「ナナシって、たまに良く分からないことを言うよね……」
「か、母さんの前であんなこと言うし」
「あんなこと……あ
「な、何故それを真顔で言えるの……」
彼女は心底恥ずかしそうに、赤くなった顔を手で覆ってしまう。
「と、とにかく。あの時も結構恥ずかしかったんだよ」
「……違うぞ! 俺はそれだけ瑠衣を本心から守りたかったという事だッ! あの時は母君にそれを伝えたかった! ちょっと気持ちが高ぶりすぎて
妖主、姉小路怜はナナシと瑠衣が惹かれあっている原因について、カゲヤシの血に起因するものだと言った。次期妖主である瑠衣を守るために、ナナシの中のカゲヤシの血が無意識下でそうさせているのだと……
しかしそうではないということを妖主に説得する為には仕方がなかったんだと論ずる。熱弁に力が入るあまり、ナナシはいつの間にかベンチから立って弁論に拳を振るっていた。
一方の文月瑠衣はいたって冷めたモノである。
「ふ~ん……」
「信用してないね」
「ううん、信じてる」
「お?」
「たまに、かっこいいことも言ってくれるしさ」
瑠衣は恥ずかしそうに頬を染める。そう表現すれば先程の様子と似ているが、しかし違う。その恥ずかしがる仕草は拒絶するようでもなく、まんざらでもない様子なのだから。
「━━たまに、だけどね?」
けれども彼女は、一応にそう言って念を押していたが。
「前に、言ってくれたでしょ。ナナシは私を、守ってくれるって」
「あ……」
『君は俺が守る、だから━━!』
そうだ、あの時の。
正直あの時は必死で、自分でも何がなんだか分からないまま言ってしまったのだとナナシは思い出した。
「あの言葉、嬉しかったんだ。だからキミの言葉はいつでも信じてるよ、ナナシ」
いつでも信じてる。
言動の端々からも受け取れるように、文月瑠衣はナナシに惹かれていた。
ナナシが好き━━
けれどもそれはいわゆる恋ではない。恋の衝動に突き動かされ、恥ずかしくてとてもナナシという男を見ていられないという訳じゃない。他の誰よりも最大級にライクなだけで、ラブではない。
そもそもこのあまりにも純粋すぎるお嬢様は恋というものがなんなのかを知らない。年頃の女子であれば身の周りの恋話や漫画やドラマ色々あっても、母の怜から人を拒絶する事だけを教えられ、子供の頃から箱入りで育てられた文月瑠衣は違う。惹かれている彼女自身も、ナナシとの関係に親しい以上の何かがある事に気付けていないでいる。
たとえナナシが好きだーなんてのたうちまわった所で、彼女の純粋フィルターは"友達として"好きだーか、あるいはただのからかっている冗談にしか聞こえないのである。
「ま、まぁ。俺は最強のカゲヤシだし。余裕で誰も敵わないからな!」
瑠衣の言葉を聞いたナナシは虚勢気味に威張る。でも本当はそうやって、茶化して自分の気恥ずかしさを紛らわしたかっただけだ。その上でナナシは、……瀬嶋には割と苦戦したが。と、最後にぼそりと付け足した。
「とにかく、頼りにしてもらってかまわんぞ。はっはっは」
「ほんとに? 嬉しいな」
「えへへ、頼りにしてるぞ♪ なーんて」
ナナシはフリーズした。
流石に瑠衣の、この無邪気な笑顔は破壊力がありすぎた。彼の論理的思考を破壊するには充分すぎる程度のもので……
この無垢な振る舞いこそがかわいさの真骨頂であり、でありながら、かつ彼女の生き生きとした純真さは危険性をもはらんでいる。白く
人が彼女の一番美しい部分はなんだと問われれば、白く澄んだ肌、さらさらの黒髪と━━美貌を一見して褒め称える者が多いに違いない。だがナナシの一番はそのどれでもない彼女の内面、正に文月瑠衣そのものである。文月瑠衣そのものが好き過ぎて、時にそれは歯止めが効かなくなる程に好き過ぎるのである。
……動かないナナシを見て瑠衣は立ち上がる。
そして、訝しげに覗きこんだ。
「……ど、どうしたの?」
心配そうな声だ。
「かわいすぎるだろおおおおお!!」
すると突然、跳ね上がるかというほどの勢いでナナシは飛びついた。
瑠衣も突然の事に身体を固まらせ、ひゃあ! と、素っ頓狂な声を上げた。反動で瑠衣はベンチに推し戻されて、丁度着席したベンチの上でナナシに覆いかぶられる様な形になっている。
「も、もう……びっくりしたよ……」
そう言いつつもあはは、と笑う。どこかほっとしたような様子を見せる瑠衣。
「かわいいぞ瑠衣、俺はペロペロしたい!」
「……へ?」
今度は瑠衣が固まった。目が点になっている。
「いいか瑠衣。かわいい子にはペロペロさせよということわざがある!」
ぐぐっと神妙な顔をこれでもかと近づけると、指を立てて必死にナナシは説いた。しかし瑠衣は首を横にぶんぶん振るうだけ。
「え、知らない? いやそれがあるんだよいいね?」
「だ、だめだめ! ちょッ、だめ!」
両手でナナシの顔を押しのける。ぐにーっと変な顔になりながらも、
「イヤよイヤよも好きの内ってなぁ!」
「ひああああっ!?」
ついには必死に抵抗して押しのけるか細い両腕をがしりとそれぞれ掴み止めると、ぐふふ……と気味の悪い笑いがナナシの口からこぼれ出た。瑠衣もいよいよとんでもないことになったと見て、必死に呼び止めた。
「な、ナナシ……まずいってば!」
「ヒャッハーもう誰も俺を止められねえ!」
「うへへそれでは……たわべ!?」
世紀末のモヒカン野郎みたいな台詞を吐いた所だった。突如ナナシが何者かに鉄拳制裁されて瑠衣の眼前から吹っ飛んだかと思えば、
━━カシャ
何か、金属を噛み合わせるような音が聞こえた。現れたのは神拳伝承者のあの男では無かったが、その時のナナシには同じ程恐ろしい人間に見えた。
それは手錠の音だった。
警官である。
「署で話を聞こうか……」
気付けば、ナナシの両手には手錠が掛けられていたのだ。
「えっ」
「えっちょっちょっと待ってくださいえっ何これマズイこれマズイってあっ……」
「ナナシ……」
彼女は哀れむような目を向けながらも。
(……ちょっと面白いから見ていようかな?)
純粋な好奇心から、暴れて引きずられていく様を少しだけ見ていることにしていた。
「公共の場で少女になんてことを!」
「待ってくれ違う! 俺の身体が勝手に!」
警官は鬼のような形相のまま聞く耳持たない。言うだけ無駄と分かるなり……ナナシは情けなくも、今度は瑠衣にその助けを求めた。
「瑠衣~! 嫌だ助けてくれ! 無実なんだよ! 無実の
「何が無実の
ナナシの頭頂部に法の鉄拳制裁が下る。
「ぐはぁっ!?」
見ていて自分まで恥ずかしくなってきた瑠衣は、そろそろ事情を説明することにした━━
「そ、そうでしたか」
警官もどん引きしている……当然だった。
漂う気まずい空気。
瑠衣はただただ顔を赤く染めたままうつむいて、それ以上何も言うことはなかった……
「ア、ほ、本官はこれで……」
「た、助かった」
去っていく警官を尻目にほっ、と安堵のため息を漏らすナナシに次なる脅威が差し迫っていた。
「……恥ずかしかった」
……瑠衣の声だ。
背後から殺気を感じ、はっとナナシは気付く。みるみる内に身体は焦りに火照って、一筋の冷や汗が頬を流れ落ちた。恐る恐る後ろを振り向くと瑠衣が……顔は俯いていて見えないが、ぷるぷると身体を震わせている。怒りに力がこもるあまり身体を震わせているに違いない。
「説明するの……すごく恥ずかしかった」
「ナナシ」
「あっいやその、これは、不可抗力的なものであってなんかそういう」
これは怒っている。絶対怒ってる。
焦って言い訳をしようと試みるものの、あまりに焦りすぎて言葉にもなっていない。というか、どう考えても時既に遅しというやつだろう。ナナシは死を……覚悟する。
と……思ったら、だ。
彼女はおもむろに口に手を当てると……くすくすと押し殺した様な笑い声が聞こえてきた。ついにはもう我慢できないと顔をあげて、思い切り楽しそうに笑っている。
「ふふっ、あはは」
「る、瑠衣が壊れた!?」
「ご、ごめん。やっぱり君は面白いなって」
まだ笑みに口元がほころんでいるままに、笑い涙を拭いながら彼女はそう言った。
「なんだか、妖主の引継ぎとか、カゲヤシが襲われていることとか……色々悩んでいたけど、全部吹っ飛んじゃった」
「……ありがとう、ナナシ」
今度は先程の快活な笑顔ではなく、じわりと心温まるような優しい笑みを返した。ナナシはあぁと返事をしながらも、その言葉に少し照れているようだった。
……文月瑠衣は実のところ、彼に心配をさせてしまったのではないかと反省していた。瀬嶋の話を聞いた後、久々にあんな様子を見せてしまったからだ。
最近は笑ってしかいなかった気がするのに。
ナナシにも責任感があって、そんな自分を元気付けようとしたというか、必要以上にナナシはふざけていたのかもしれない。
……まぁそんなこと考えすぎで、本当にナナシはそうしたかっただけかな……そうして瑠衣はまた、ふっと密かに笑う。
「……あ、……雨、降ってきたね」
瑠衣はふいに手の平を広げ、ぱたり、ぱたりと降り落ちる雨粒に空を見上げた。先程まで青空に輝いていた太陽はいつの間にか薄黒い雲に所々を遮られて、雨雲の隙間から漏れ出す様に少しばかりの日光が差し込んでいた。
「ホントだーって、うお、結構降ってきたな。くそ! せっかく色々行こうと思ったのに邪魔しおって!」
雨脚は少しずつ少しずつ勢いを増していく。不揃いなリズムで零れ落ちるように弱々しかった雨の雫も、まだ本降りまでとは行かないまでも次第にその勢力を増やして、サーッと薄い霧の雨となり規則的な降り方へと変わっていった。斑点の様に濡れている地面も、その内にすっかりと塗りつぶしてしまうだろう。
「残念でしたっ! ……仕方ないし、帰ろっか」
「そうだな……」
ナナシは雨空を見上げて言った……