【妄想】AKIBA'S TRIP1.5 作:ナナシ@ストリップ
――地下研究所 実験室
薄暗い実験室。
その中で、装置の低く唸るような稼動音と、キーボードのタイピングだけが無機質に響いている。
そして、その部屋の隅。
青白い光を放つ端末画面が、志遠の顔を蒼白に照らし出していた。彼女は画面に釘付けのまま、禅夜に問いかけた。
「……彼女に手荒なマネ、してないでしょうね?」
「まさか。素直でいい子でしたよ」
彼は部屋の中をゆったりと歩き回り、興味なさげに装置の数々へ視線を滑らせている。
ぐるぐると車輪の様に磁気テープが回り続ける記録装置。
光を放ち続ける数々のコンソール画面。
そして――床に整然と並べられた、蓋の開いたスリープポッド。
禅夜はそれらを軽く一瞥してから、薄笑いで志遠へ振り向いた。
「街に危害を加えられたくないなら、そんな小手先の脅し文句であっさり着いて来た。聞いていた以上に甘いね」
「――それにあのナナシとかいうのもだ。かつて素性も分からない男に、文月瑠衣の写真を渡したという話も頷ける」
志遠は話を聞き流しつつ、絶えずキーボードを操作しながら、また問いかける。
「ならそのナナシ君も、素直に一人で来てくれると思う?」
「私に訊いている時点で、あなたも薄々分かっているはずだ。そう都合よくは行かないと」
また見物気分で歩み始め、他の端末へ無造作に指を触れると、すぐに手を引いた。しかめっ面をしながら、指を擦り合わせてほこりを払っている。
「……フン、そんなバカ正直な奴、居るわけがない」
挑発するように言うものの、志遠は反抗期の子供をあしらう様に、笑顔のまま軽く肩をすくめた。
「そりゃあね。でも別に危害を加えるつもりはないんだし、大人しく来てほしいトコロ……ってだけ」
「どの道最悪の場合は実力行使、だろう?」
「それは本当にやむを得ない場合。そこまでする必要は――」
「文月瑠衣を無理やりさらっておいて、その言い草はないでしょう」
歩を止めて、禅夜はまた嘲笑した。
「それは……! 私だって出来れば、穏便に研究サンプルを入手したいのよ」
志遠は機器の操作盤に手を突き、禅夜を見据えた。
それまで余裕のあった彼女の声に、珍しく微かながら苛立ちが混じり始める。
「けどこうでもしなきゃ、妖主の血なんて……文月瑠衣の身柄は是が非でも欲しかったのよ! ……それはあなただって同じはずでしょ?」
禅夜は返答せず、また部屋を眺め歩いている。その背には関わり合う気を欠片も感じさせなかったが、彼もまた目的は同じ。
……ここに居る二人共、妖主の血は是が非でも欲していた。だが、お互いの深い内情は知らないし、知ろうとも思っていない。
ただ利害だけが、奇妙な形で交差している。
「……とにかく、誰も傷つかずに終わるならそれで最善。あなたはすぐ過激な手段を取ろうとする! ここから勝手に紛い者達を開放したのも、あなたの仕業でしょう?」
志遠は苦い表情でスリープポッドを見る。
数十基と並ぶスリープポッド。その中で微かに青白い光が揺れているが、カプセル群は全てもぬけのからだ。
「全く、この部屋を見せるんじゃなかったわ。……一体どうするつもり?」
その問いかけを禅夜は鼻で笑う。
「ただ、弟達を自由の身にさせてやりたかっただけのこと。既に説明したではないですか」
「……あなたの境遇には同情している。けれど、もうあなたの言う事を鵜呑みにはできないわ」
「同情などいらないよ。欲しいのは協力の見返りだけですからね。それにどの道あなたは、僕達の協力が必要だろう? 今も私の兄弟が、UD+であなたの代わりに役目を果たしているはずさ」
「それは……けど」
「とにかく、手荒な真似はするな、でしょう? 聞き飽きたよ、その文句」
喉を鳴らして低く笑う禅夜に対して、志遠の肩が微かに震えた。
(いいわ。どうなろうと決めた道よ。もう後戻りなんてできない……!)
「……全てが終わったら、あなた達の居場所ぐらいは用意するわ。だから今はせめて……私の言う事を聞いて頂戴」
「勿論だよ、ミス志遠」
深々と礼をする禅夜の口元は、笑みに歪んでいた。
◇
自警団一同は手分けをして行動を開始していた。
サカイは第二アジトで留守番。美咲と坂口の事をアジトで見つつ、協力に訪れたアキバ住民達の受け入れを担当する。
優・マスター・ヒロの三名は、志遠が取引の場として指定したUD+屋上へ向かっている……
そして残った他メンバーはというと、駅前にあるナナシ行きつけの洋服屋を訪れていた。
秋葉原住民の協力を募っている合間に、ここで大量の衣服を漁っていたのだ。
ITウィッチまりあの限定コスチュームにノブが興奮し、ゴンはダブプリの衣装に目を丸くしている。
ここではレア物から世に一切出回らない品まで、何から何まで揃っているのだ。
ナナシがかつて脱がした服を買い取り、それを元に忠実なコピー品を販売する、ある意味アキバらしいアングラな商売を営んでいる……
だがその奇妙な成り立ちに反して、店主の衣服作成の腕は偽りなく本物。
その種類豊富さと作りの精巧さには、この場に居る誰もが舌を巻いていた。
メンバーがあれこれ言いながら服を店外へ運び出す中、ナナシは店主と何やら話し込んでいる。
「ナナシさん、頼まれていた例の件ですが……」
カウンターで、箱から丁寧に包みを取り出しながら――彼は詳細を語り始めた。
曰く、装甲車にさえ使われる類を見ない強靭さ。
それでいて水に浮く程の驚異的な軽量さ。
その上、身のこなしを全く邪魔する事のない柔軟性。
これこそ、"ケブラー"を超える特殊繊維"スペクトラ"で仕立てた究極の服――なのだと。
しかしてその中身は、ナナシが普段来ている私服と全く同じデザイン。ゆえに普段通り身体を動かしやすく、目立つ事もない。
「さぁ、どうぞ」と店主はその服を差し出した。
ナナシが「ありがとう」と受け取りつつも、その実、複雑な心境であった。
というのも、この防護服に加えて、他の衣服も大量に購入するとなると、一体いくらになるのか? 彼には想像もしたくない事だった……
すると、ナナシの苦笑いを見て店主が分かっていた様に告げた。
「おっと。お代ならいりませんよ。もともと、あなたが居なければこの洋服屋は再建できなかった……更に今はアキバの危機でしょう? もう悔いなどない! これが私なりに出来る全力の援護ッ……!」
「……いやいや、それではあまりに申し訳ないというかだな」
「もしナナシさんの気がすまないにしても、細かい話は後です! とにかくまずは、この街を守らなければッ!」
「……そうだな。分かったよ」
二人は互いに頷き合った後、ナナシは外に出た。
軽バンの後部には大量の衣服が積まれている。
積み込み作業をしてくれていた自警団メンバーの方へ振り向きながら、満足そうに告げる。
「これだけあれば大丈夫だな。みんな、ありがとう」
そしてナナシは、この行動の意図について説明すると、その場で皆を収集した。
店の前で、集結したメンバーを見回しながら語り始める。
果たして、その作戦とは……
「――敵は大量の紛い者達。話が本当ならきつい戦いだが……、活路があるとすれば、ヒロの言っていた"戦い方は素人"という部分かと思う」
「相手の脱衣は素人同然、せいぜい衣服をじわじわ破る程度で関の山――」
「と、それでふと思った。なら服が破れ始めた時点で、また新品に着替えてしまえばいい」
そう言い切った瞬間、微妙な空気が流れる。
一瞬、全員が考える仕草をとる。神妙になって期待していた作戦があまりにも突飛だったからだ。
ノブは笑いしながら腕を組むと、「早着替えかよ? 本気でか?」と半ば呆れたように口を挟んだ。
普段なら笑い話で済ませてしまいそうなその作戦。
しかし、ノブの声にはかすかな期待感も混じっていた。
ナナシは力強く頷いて、冷静な声で続けた。
「馬鹿に聞こえるかもしれないが大した事じゃない。咄嗟に羽織るものがあるだけでも、かなり戦いやすくなる。何より脱衣を扱う俺たちは、着る事も多少は長けている――そうでなければ、生き残れないからだ」
ナナシの真っ直ぐな瞳には迷いがなく、声には静かな迫力さえあった。
脱衣を"戦いの技術"として用いる中で、その裏"着る"という行為への熟練もまた、密かに彼らを支えてきた技術の一つだった。
端からは見落とされがちだが、脱衣を扱う者達はそれを体で覚え、死線を生き延びてきた。
かつてナナシも幾度か経験しているのだ。
戦いの最中、脱がされた服を必死に取り返して着直したことも。
衣服が乱れた瞬間に咄嗟に整え、再び戦場に戻ったことも。
――そのどれもが生死を分けた。
戦い抜いてきた者としての言葉の重み。その奇策がただの思いつきではないという……どこか、そう説得させる凄みがあった。
「ぬ、脱がすだけじゃなくて、着る……確かに僕も見たことがあるよ、そういう場面」
ゴンが顔を上げ、ハッとしたようにそう言うと、他の者たちも自然と頷き始めた。
「実際に戦っていたナナシ君が言うなら、間違いはないだろう」そう深く頷くヤタベに、「でもよ」とノブが腕組みして口を挟んだ。
「……予備の洋服を抱えながら戦うのか?」
「いいや、そこを秋葉原の皆に協力してほしい」
ナナシの返答に、サラが頷いた。
「……戦闘に直接参加できない分、私達が衣服を確保しておく、という事ですか」
しかし今度はヤタベが憂慮の表情で顎をさする。
「けど、戦ってる最中に直接渡しに行くのは危険だよねぇ。私ら人間は、一発でも貰おうものならアウトだ」
一般人では、近くの物陰で様子を伺う位が精々だろうと。それがこの場に居る殆どのメンバーの共通認識だったようで、ノブもまた相槌を打っている。
「出来れば受け取りに来て欲しいもんだが……最前線じゃあ、そう余裕ある奴ばかりでもないだろうしなぁ」
少しの静寂の後、鈴が意を決したように声を張り上げた。
「それなら、私が!」
その小さな拳は固く握り締められ、声にはかすかな震えがあったが――瞳はしっかりと皆を見据えている。
「わ、私……戦いは苦手ですけどっ、洋服を皆に渡しに行くくらいなら……!」
普段は控えめな彼女の思い切った発言に、サラは少なからず驚いた表情を浮かべながら制止した。
「しかし……あまり無理は――」
「無理なんかじゃありません!」
「だって、皆さんを見ているだけなんて……嫌です。私にもできることがあるなら、やります……やりたいんですっ!」
サラはそんな鈴の決意を受け止めるように、そっと微笑むと、静かに言葉を続けた。
「護身術には心得があります。鈴さんと同様に、私にもお任せください。」
その言葉に、ゴンが少し心配そうな顔を見せる。
「サラさんまで……流石に危険じゃ……」
けれども言葉を遮るように、サラは優雅に微笑みながら続けた。
「かつてナナシさんと手合わせした経験もございます。どうかご安心ください」
(そ、そうなんだ。それって初耳だけど……)
戸惑いながらも、その笑顔に気圧されて
そのままおずおずしていると、今度はヤタベがふと思いついたように言った。
「戦いがあまり得意じゃないカゲヤシっていうのも居るのかな? なら、その人達にも頼むのが良いかもしれないね」
「はい! 末端の子達は数も多いので……そういう子もいます。きっと手伝ってくれると思います!」
パッと表情を明るくする彼女に、ヤタベは微笑みながら軽く頷いた。
話が纏まった所で、手持ち無沙汰だったノブがそれとなくスマートフォンを見ると――
「お、アジトにも同志が結構集まってるみたいだぞ!」
笑みを浮かばせながらメンバーに"ぽつり。"の画面を見せる。どうやら、準備は着々と整いつつあるようだ。
「……よし。では早速、作戦決行といこうか。残された時間も少ないからね」
自警団に緊張が走った所で、ナナシが意を決して声を上げた。
「ヤタベさん、俺――」
言い出しにくそうな様子に気づいたヤタベは、ニヤリと笑ってみせる。
「ナナシ君、君の気持ちは分かっているつもりだ。もう、居ても立ってもいられないんだろう?」
「急ぐんだ、瑠衣ちゃんの下へ。私らも後で必ず追いつく。……皆もそれで、異論ないね?」
優しく力強い呼び掛けに皆が頷く中、鈴が勢いよく駆け出していく。
「早速、カゲヤシの皆にも伝えに行ってきます!」
だが……その言葉に続いてきたのは鈴の叫び声だった。
全員が一斉に叫びの方を見ると、視線の先に居たのは――こちらへ後ずさりする鈴と、立ちはだかる多数のNIROエージェント達であった。
――UD+屋上
「……そろそろ約束の時間か」
ヒロは小さく呟き、足を進めた。その先には、一人佇む天羽禅夜の姿。
「ナナシか? 約束通り一人で来たようだな」
(……ナナシと俺の区別がついていない? こいつ、研究所で眠っていた
よく見てみれば、禅夜とは顔つきも少し異なる。
こいつは天羽禅夜本人ではない……そう判断しながら、ヒロはあえて「ああ、俺だけだ――」と返そうとした。その瞬間、己の周囲に潜む多数の気配に気づき、僅かに目を細める。
「――だがお前は一人じゃないらしいな」
冷ややかな指摘に、男は薄笑いを浮かべたまま応じる。
「ほーう……気づくとはなかなか出来るヤツだねえ。悪いが、街の者は例外なく"やれ"と命令が来ている。悪く思うなよ」
禅夜が手を軽く上げると同時、黒いバイクスーツとヘルメットで身を固めた者達が素早く現れた。
ヒロを囲み、一触即発の緊張感を漂わせる。
(顔はよく見えないが……こいつらも仲間の紛い者だな。だがこの数は厄介だ)
周囲を一瞥し、状況を冷静に分析する。彼の表情に焦りの色は微塵もない。
ヒロ達も、騙し討ちをされる事は折込済みだった……この時の為に、戦いの腕に長けた優とマスターが裏で控えている。
しかし、そんな彼にも予想し得なかった客人が現れた。
背後からゆっくりと響く革靴の音。異様な殺気に、ヒロは思わず振り返る。
「お前は……!?」
そこに姿を現したのは、不適な笑みと共に鋭い眼光を放つ、さしずめ不死身の男――瀬嶋だった。