【妄想】AKIBA'S TRIP1.5 作:ナナシ@ストリップ
関連書類は現存しておらず、管轄する国交省も千代田区も実態について把握していないというのがロマンありますね。
今回改めて調べて知りましたが、2021年に立ち入り調査が入ったようです。結局何なのかよう分からんという調査結果で終わったとか、、、(以下情報URL)
https://trafficnews.jp/post/111377
この小説では、その正体は巨大な地下貯水槽施設。それをキタダが研究所として極秘に利用したという設定で書いてます。(その辺の設定は小説内で説明しません。匂わせのみ)
――地下研究所 居住室
大正浪漫を思わせる古びたデザインの調度品が並ぶ中、瑠衣は一人、ベッドの上に仰向けになっていた。
志遠は「ここで大人しくしていてね」とだけ言い残し、部屋を出て行って、それっきり……
ベッドから身体を起こし、じっと天井を見つめた。その先に居るであろう、地上の人々への思いを胸に、そっと鼓動に手を当てる。
自分の身体に流れる、妖主の血。
――あの人も、自身の力を狙っていたのだろうか。瀬嶋と同じように。
かつての志遠の快活な笑顔を思い出し、瑠衣は薄く唇を噛む。
彼女が自分達に向けた好意的な言葉も態度も、ただ己の野望の為で――妖主としての自分にしか興味がなかったのだろうか。
そっと、自身の肩を抱きしめた。
その細く華奢な身体に秘められたもの――それは、彼女の意思とは無関係に与えられた、妖主の血の力だった。
その力は大きく、強大で、そして誰もが渇望する。
だが、瑠衣はそんなもの望んでいない。
カゲヤシ。
妖主。
血の力。
それ以前に、文月瑠衣は一人の少女だった。
彼女の心にあるのは、人々と共に生きたいという儚い願い。
ただ普通の少女として、穏やかに過ごしたいという願望だった。
そして何より――
秋葉原で出会い、自分に手を差し伸べてくれた一人の青年の事を想っていた。
はじめは街が助かるならと言い聞かせ、瑠衣は自分だけが犠牲になったつもりだった。
だけど、彼が自分を守るために命を賭けてくれたこと。
この街で共に生きようと言ってくれた事。
――思えば全て、裏切ってしまった。
(あの優しさに甘えて、私は、何も返せなかった……)
「結局、クリスマスプレゼントも渡せなかったなあ……ごめんね、ナナシ」
「……でももう、会って謝る事も出来ないんだよね」
もう、一目見る事すら叶わない。
シーツをぎゅっと握りしめながら、じわりと目元に涙が滲む。
「ごめんなさい。私……やっぱり高望みだったのかな……?」
共に生きたいという望み。それがそもそもの間違いなのだろうか。
幽閉された姫君はベッドにへたれこみ、人々を想い顔を見上げる。独り、涙の流れる瞳で……
◇
アジトに集った街の同志達は、すぐさま行動を開始した。
今回は猶予がない。1分1秒が惜しい中で、誰が何をすべきか、役割分担は即座に決められた。
幸い以前の秋葉原防衛戦に参加していた者も多く、その辺りの動きはスムーズだった。
そして、研究所の場所を特定するチームも結成される。
瑠衣の腕時計が発していたGPS信号。その信号が消失した地点こそが、地下に潜った瞬間――つまり研究所の入り口である、という予測で捜索が行われた。
信号の消失地点が精確に分かっていたためか、すぐに発見の報が知らされる。
場所は神田川、万世橋のほど近く。
ヘリで向かっていたナナシは後部デッキから身を乗り出して、風に吹かれながら地上を見下ろした。
視界に広がる秋葉原の街並み。街には既に紛い者が解き放たれ、いたるところで戦闘が発生している。
この様子からして、やはりUD+の待ち合わせも罠だったのだろうか。自分の代わりに行ったヒロ達が心配だが……
そんな事を考えている内にも、徐々に神田川が近づいてくる。仲間から連絡があった地点はもう間もなくだった。
(これで最後だ……この馬鹿げた騒動を終わらせる)
カゲヤシ。
紛い者。
血の力。
だが、そんな事ナナシにはどうでも良かった。
ただ街の人々の為に、そして何より、瑠衣という一人の少女の為に……いつもそれだけが彼の原動力だった。
そう、一人の少女。
彼女はアキバが好きだった。この街の文化が好きで、この街に暮らす人々を愛していた。カゲヤシだとか、血の力だとか――そんなものは何も関係ない。彼女の純粋な願いは、誰にも汚されるべきじゃない。
誰にも彼女を悲しませる権利はない。
――必ず、瑠衣を連れ戻す!
「ナナシ君! 目標地点だ!」
決意の最中、パイロット席から下僕の声が響く。
指差された先へ目を細めると、万世橋の架かる根元辺りに、緑色の鉄柵で囲まれた地下への階段が見えた。その先はコンクリートで覆われ、内部は見えない。
ただ確実に何らかの空間が広がっている。コンクリートに小さく開く縦長の窓達が、それを示唆していた。
ヘリが降下を始める中、ナナシは着陸を待たずに飛び降りた。
橋の近くで待機していた街の同志達が迎え入れる。
彼等の案内で地下へ続く階段へ進入し、アーチ状の入り口を潜り抜けた。
その中は薄暗く、酷く古びた壁や床には苔が生い茂っている。いつからか街の営みから外れ、忘れ去られてしまったような小部屋……先程ヘリから見えた、縦長の窓のある小部屋はここだろう。
そこには錆びついた鉄扉があり、一見するとそれが研究所への入り口に思えたが……内部には古びたポンプ装置が鎮座しているだけだった。
本当の入り口は床にある大きなマンホールだという。蓋をずらして開けると、確かに話の通り、暗闇へと続く梯子が姿を現すが……正直な所、悪い冗談なんじゃないかと疑ってしまう。
だが、どこか嘘とは言い切れない……その先の未知の世界。なら、いつもやる事は決まっている。恐れず飛び込むしかないさ――
ナナシは躊躇することなく、暗闇の先へと単身、飛び込んだ!
――地下研究所 メインホール
「やれやれ、もっとひっそりした秘密基地かと思えば。えらく豪勢なことだよ」
ナナシの独り言が静寂した空間に溶けていく。先程までの古びた空間とは一転、目の前に広がるのはどこまでも白く清潔で、無機質な空間。
大きく声を上げれば反響しそうな程高い天井。それを支える過剰な数の柱。光景はまるで、昔写真で見た地下貯水槽。それと比べてもかなり巨大。照明が行き届き、どこまでも続くかのようだった。
白い支柱の景色が淡々と続く中、一直線に駆け足で横断していく。
(瑠衣……待ってろ!)
その時、不気味な男の笑い声がどこからか聞こえた。
ナナシが足を止め、静かに構えたその眼差しの先に……
柱の影から笑い声の主、天羽禅夜が正面から行く手を立ち塞がった。
しかしナナシは尚も気配を探るように、周囲へ視線を走らせる。
(……いや、こいつ一人じゃない?)
その予感が的中したのは、わずかな間の後だった。
不気味な笑い声が、二つ、三つと増えていく。
あちらの支柱からも、こちらの支柱の影からも。
……次々と"天羽禅夜"の姿をした者達が現れ、自身を取り囲む。
(本人……ではないな。複製か)
ナナシの眉間が僅かに引き締まった。
(室内ではやり合いたくなかったが、やはりこうなるわけか……)
陽の差し込まぬ地下空間。こちらの脱衣は当然、意味を成さない。
ならばお互い倒れるまで身を削りあう――といったところか? だがそれも馬鹿らしい。
自嘲気味に笑ったその瞬間、一斉に禅夜達が飛び掛かる。
まるで獣のような、力任せの突進。
「雑だな……」
ナナシは最小限の動きで、突進一つひとつを紙一重で避けていった。
しかし避けられたなら再び仕掛けるまで。そうして彼等が各々に振り向くと、その中の一人がふと気づく。
いつの間にか、上の服が脱がされている事に。
その者が気づいた時には、すでに全員、上半身が脱げて半裸になっていた。だが、それがどうしたと言わんばかりに、じりじりと再び距離を計っている。
確かに動き自体は素人同然。だがこの数的不利では、流石に苦しくなってくる。
脱衣でさっさと勝負を決めたい所だが……ここじゃ意味は無いよなとナナシは苦笑いした。
(どうする? 戦わずに先へ進むか?)
警戒と構えを解かぬまま、思考を巡らせる。
逃げの一手もあるにはある。だがそれで行き止まりにでも追い詰められれば……更に絶望的な状況になる。
つまり逃げは愚作。だがこのまま戦うのも無謀。
しかし突破の糸口はまだある。それは、出発前に坂口から教えられた奥の手。
『――よいか! 万一の際は、陽光を発生させる装置のレバーが各部屋にあるはずだ……それを探すんですよ!』
「……陽光装置か」
それを操作すれば、天井に備えられた装置が一斉に陽光の照射を開始する。
……つまり、陽に晒される地上と同じ条件になるということだ。
しかし多勢に無勢の状況下で、おまけに相手は腐っても紛い者で――その中で、このだだっ広い部屋を探検する余裕があるとでも?
くそっ、と彼は忌々しそうに吐き捨てる。だがそれでもと覚悟を決めた。
(やるしかない……!)
――ラジオ会館 屋上
一方、坂口は街の者達とは別行動し、ここ屋上にある巨大な装置を弄って悪戦苦闘していた。
小言をぶつぶつと呟きながら、装置の内部を掻き分けて作業を続けている。
「……これを動かし、紛い者どもを一網打尽にできると思えば! 部品を抜かれ、てんで使い物にならんとは……!」
幾ら禁書の理論が元になった装置とはいえ、彼はこういった機械への知識・技術は持ち合わせていない。本来なら部下のエンジニア員に任せていた所だが……
坂口は苛立たしげに眉間を押さえる。その後ろ姿に向けて、サカイが声を張り上げて急かした。
「オイもう良いか!? さっさと行こうぜ、地下へさぁ! 美咲が具合悪いのって、紛い者化の影響なんだろ!? ……まだ治療すりゃ間に合うんだろ!?」
彼は焦っていた。街の喧騒から離れた屋上で、のんびり機械弄りをされていちゃあ、たまったものじゃない。
必死に急かして訴える背中には、美咲が担がれている。……額にはうっすらと汗が滲み、顔色も明らかに悪かった。
坂口は振り向かず、しゃがみ込んで装置をあっちこっち眺めながら、面倒そうに答えた。
「一時的な拒絶反応ですよ。稀にですが、そういった事象もあってな」
「拒絶反応って……今かよ? もう何日も経ってるんだぜ!」
「はぁ、そりゃ珍しいケースですな。通常は一日と経たずに完全に紛い者化するか、何かしら反応が起きるもんですが……」
そう言いながら、興味も無さそうに鼻で笑い飛ばす。
「ふん、余程強い抵抗力をお持ちと見えますな……まぁご心配なく。すぐに適応して熱も引くでしょうから」
「しかし今まで血に抵抗していたとは、さぞ身体も動きづらかったでしょうに」
「オイオイ、"適応"って……それってつまり完全に……!」
彼の顔が青ざめていった時、背後から藍の声が聞こえた。
「お前達!」
珍しく切羽詰った表情。
勢いよく駆け込んできた彼女に向けて……サカイはわなわなと震えた手で指差した。
「藍ちゃん!? ……ってぇまさかまだ……! 美咲ちゃんを狙ってンのか……!?」
「ならばオイラを倒してから行きなッッ!」
「バカ!」
藍はじれったそうに首を振るった。
「お前がさっきメールで私を呼んだんだろうが……! 細かい事情はお預けだ! ……今は美咲を助けるぞ!」
「……お? ダメ元で連絡したけど、マジで助けてくれんのか!? やれやれ、なら一安心だぜ」
「ただのオッサンとただのオタクだけじゃ、頼りなさが過ぎるからな~」――脱力してへたり込んだサカイを気にせず、彼女は坂口に鋭い目を向けた。
その睨みに思わず立ち上がり、急に弱腰になった様子で声を震わせた。
「お、お前はいつか会った、藍とかいう紛い者狩りの~……! な、何の用ですか一体!?」
「何の用かだと? そう、お前だ坂口。お前の知識と研究所の設備、それがあれば美咲を元に戻せるんだよな? ……いや、どうあっても治してもらう。お前にも最後まで付き合って貰うぞ」
「ば、バカを言うな! 確かに紛い者化していない内なら、治癒も理論上可能らしいが……なぜ私がそんな事をせねばならんのだ!?」
彼女の睨みが一層鋭さを増した。
その無言の圧力を受けて冷や汗が額を伝い、坂口は思わずシャツの襟元を指で緩めながら……一歩後ずさる。しかしそんな折でも咄嗟に悪知恵を巡らせた。
(クソッ、だがこのままでは霞会にキタダの遺産を根こそぎ奪われる。いや、最悪私もどうなるか分からんときた……!)
「――ええい、分かった! 私も同行しようではないか。紛い者の情報や研究所の概要は頭に入っている。共に行けば、役に立つはずだからな」
「ンな事言って、おっさん土壇場で逃げるつもりじゃないだろうな~? 見張っとくからな?」
「フン、この私に二言は無いわ!」
(――ていのいい護衛をつけて研究所へ向かう、その口実が出来たと思えば安いものよ。全ては私の手に戻る……!)
黒い思惑を隠しきれず、口元は自然と歪んだ笑みを浮かべていた。
藍は彼の内心を見抜いているのかいないのか、冷たい視線を向けたまま「そうと決まれば急げ」と言い放つ。彼女はサカイから美咲を受け取って、背負い込んだ。
「行くぞ。……時間がない」
彼女の目配せにサカイも「分かってるって!」と声を張り上げ、後に続いた。
――地下研究所 メインホール
ナナシの視界が徐々に霞んでいく。
力強い手が彼の首を絞め上げていた。容赦なくその命を奪おうとする殺意に抵抗し、じたばたと足をもがく。
今まさに一人の紛い者によって、ニヤニヤとした含み笑いの下、自身の息の根が止められようとしている。
だがナナシには睨み返す事しか出来なかった。腕の力も徐々に弱まり、身体が思うように言う事を聞かない。
「ぐッ……がはッ……!」
絞り出すような声が漏れる。
(この、馬鹿力があぁ……!)
思考が苦痛に塗りつぶされ、意識が薄れていく中、その場にいる自分自身を、どこか遠くから眺めているような感覚に陥っていた。
瑠衣に会うこともできず、ただ一人、紛い者に囲まれて……
ヒロもこんな気持ちだったのだろうか?
瞳を閉じかけた時、突然の衝撃がナナシの体を解放した。
目の前の禅夜が横へ倒れ込み、瀬嶋と組み合いになっている。何が起きたのか理解する間もなく、すぐに自分を支える力強い腕を感じた。
「ナナシ! 遅くなった!」
ヒロの声だった。その肩に支えられながら、ナナシはなんとか体を持ち直す。
息を整えようと荒い呼吸を繰り返しつつ、ぼんやりと目の前の光景を見た。
禅夜の喉元をサーベルで搔き切った瀬嶋が、離脱してこちらへ身を寄せる。
「やっぱ生きてたのか……瀬嶋」
瀬嶋は血に染まったサーベルを構え直しながら、冷たく言い放った。
「お前を見殺しにするのは容易いが……今はやめだ。お前にはまだ利用価値がある」
「ナナシ、俺達で争っている場合じゃない! 癪だが、全員で協力するべきだ」
ヒロも険しい表情で構えた。互いの死角を補うように集い、背中を預けあう三人。
瀬嶋に斬られた禅夜が再び起き上がっている。首元を押さえていた手を離し、ニヤリと瞳を妖しく光らせた。
他の者達も不気味な笑みを浮かべながら、襲いかかる機会をじりじりと伺う。
――ナナシの耳に装着された通信機が微かに震えた。
坂口の声だ。
《お前達、着いたのか!? 私も今そちらへ向かっているが――よいか、今すぐ管制室へ向かえ!》
あの女を止めなさいッ! と坂口のヒステリックな叫びが耳を鳴らした後、通信はぶつりと切れた。
「全員、今の通信は聞こえたな。……ナナシ、いつまでへばっている! 先を急げ!」
瀬嶋の怒号と共に、考える間もなくその先へ走り抜けた。
――地下研究所 管制室
ナナシは坂口の案内に従い、無事管制室へ到着した。
モニターの備えられた操作机が何列にも並んでいる。
上には複数の大型パネル。この施設の状況が表示されているようだ。
この階層はセキュリティもそれほど固くなく、坂口が把握するパスコードだけで、大抵のドアはアクセス出来るはずという。
ただしここから下は別。今はどうなっているのかさえ知る由もないと彼は通信越しに語った。
だがそんなウンチクよりも今は、管制室でアクセスできるという陽光装置の件が重要だった。
部屋毎の個別スイッチとは違い、ここなら施設全体分を一括で起動させられるという話だ。
乱闘で余裕のないヒロらの代わりに、自分がそれを操作する――急がなければ、二人が危ない。
彼は他に目もくれず、壁の非常用レバーに駆け寄った。
「このレバーか。……分かりやすくて助かった」
パネルで操作とかパスワードとか言われたら面倒だったが、緊急用だからか単純明快で少しホッとする。
坂口の指示通りレバーを下げると、先程まで天井で点灯していなかった一部の照明が、眩い光を放ちだす。
薄暗かった部屋はひときわ明るくなり、肌がジリジリとする感覚に襲われはじめた……
《出来たのか? よーし。ひとまず上出来と言いましょう。しかしここからが本題ですよ》
更に下へ向かうのだ、と次の指示が飛ぶ。
……正直、ヒロ達の援護に行きたい気持ちはある。だが二人の奮闘を無駄にしないためにも、一刻も早く瑠衣を助ける為にも。
彼の言う通り、先へ急がなければ……
ナナシは引き続き坂口に道案内を任せ、すぐに管制室を出た。
他の小部屋は気にせず、下り階段のゲートまで一直線に廊下を駆け抜ける。
だが、下層への扉は閉ざされていた。
セキュリティロックが掛かっているようだ。伝えられたパスコードでも認証しない……
《仕方ありませんな、少し待て。もうすぐ私もそちらへ到着するからな》
少ししてナナシが管制室へ戻ると、既に坂口がオペレーター席の机でキーボードを操作していた。傍らには美咲を背負う藍とサカイも共にいる。
坂口が机に埋め込まれた画面を見ながら言った。
「戻ったか。見たところ、下の階層は殆どの扉が閉鎖されている……つまり我々はこれ以上、先へ進めないという事だな」
「――アクセス方法だが三つある。一つ目は各種カードキーとパスコードの組み合わせ。二つ目はマスターキー……これは禁書がその機能を担っている。埋め込みの電子チップで照合する仕組みですな」
「どっちも、今の俺達には用意する術がないな」
そう言ったのは、奥の棚で書類を漁っているヒロだった。
ナナシは安心したように、歩み寄った。
「良かった、無事だったか」
「ああ。おかげさまでな。瀬嶋は少し周辺を調べてからこちらへ来ると言っていた」
ナナシが「そうか」と一言発したところで、先程から気になっていた美咲の方へ目を向けた。
「……何故美咲をここに? 体調が悪いんだろ?」
問いに、サカイが言い辛そうに応じた。
「それが……紛い者の血が原因らしいんだ。早くしないと、もう人間には戻れねえ!」
「なんだと……!? 本当なのか? ……今は無事なのか!?」
「お、おう落ち着いてくれ。命に別状はないんだ。だから安心……できねーよな! すまねぇ……け、けど治すあてはあるんだよ!」
(嘘だろ……? くそっ、何故こうも悪い事が重なる……!?)
「お前達、無駄話をしている時間はないぞ」と坂口がキーボードを打ちながら言った。
「話を続けましょう。アクセス方法の三つ目。非常機能を有効化する方法だ。これを起動させれば安全確保の為、扉のロックは全て解除される」
藍は椅子に美咲をそっと置きながら言った。
「それで全ての道は開ける、という訳か……試す価値はあるな?」
「左様。しかし、その機能を利用するにも管理パスワードが必要になる。管理者が去り、北田亡き今、それを知っている者は恐らく……もう誰も、な」
「マジかよ、冗談キツイぜ……! それじゃあ結局どうしようも……」
サカイがうろたえていた最中……前妖主、姉小路怜が姿を現した。
「いいえ、ここにもう一人居る」
「……私が知っているわ」
怜は手に持っていた禁書の写しをそっと見た。最後のページに記されていたその走り書き。
「ここにある記述よ。"管理パスワードはカフェで出会った日"――心当たりがあるのは私だけね」
それは、彼女自身がキタダと出会った特別な日だった。
「――いかにも、執念深いあの人らしいわ」
坂口が彼女の指示通りに、急いでパスコードを入力すると――緊張が張り詰める一瞬、画面に"アクセス承認"の表示が浮かび上がる。
「おぉ……! 開放されましたぞぉ……!」
システムの権限が解放されたと見るや、坂口は一心不乱にコンソールを操作する。
その様子を見たヒロが書類を机に放り投げ、ナナシに目配せする。
「後はもうよさそうだな。ナナシ、急ぐぜ」
「あ、ああ……」
一瞬、美咲の方へ不安そうな視線を向けたが、サカイがすかさず口を挟んだ。
「大丈夫、俺達に任せてくれ!」
力強い言葉にナナシは頷き、憂慮を振り払うように走り出した。ヒロもそれに続いて管制室を後にする。
――その後ろ姿を見送りながら、坂口は静かに笑みを浮かべた。
(思わぬ天恵だな。権限さえ頂けばこちらのものよ。そうとも、どさくさ紛れに研究資産をいただきますとも……!)
ツキはまだ私にある様だ、と――しめしめと彼はキーボードへ指を伸ばした。
(この機会を逃さぬ手は――! うん!?)
緊急機能が有効になった瞬間、警報音が鳴り響く。何事かと皆が周りを見回す中で、坂口だけが手元のコンソール画面を見て、驚愕に目を見開いた。
「これは……!? バ、バカなぁッ!?」
突然の大声に、その場に居た者達の視線が一斉に集まった。
そんな周囲の反応へ目もくれず、一人頭を抱えながら慌てふためいている……
「そ、そんなバカな! こんな事禁書には――! ……おのれキタダ、この事をあえて伏せておったなあ!? あ、ン、の狸ジジイめがァ!」
髪の乱れた坂口が、震える拳を振りかざして見上げた大型モニター。
警報音が止むと同時、それらのパネル全てに、同じ数列が映し出された。29:59:52――
彼が尚怒り狂う間にも、29:59:51……50……毎秒カウントが減っていく。
サカイは首を捻る。意味は分からないが、ただ彼の慌てぶりといい、間違いなく良からぬ事が起きているのだと、すぐに焦りが押し寄せはじめた。
「オイ、一体どういうこったよ!?」
坂口は額に滲む冷や汗を拭いもせずに、鬼気迫る表情で振り向いた。
「大変な事になりましたよ……! キッカリ30分後に、注水処理が開始される!」
発言へ全員の関心が集まる中、またサカイが声を上げた。
「ハァ?! まるで意味が分からんが!?」
「えぇい察しの悪い小僧が! 間もなくここは何もかも水没するということだ!」
次いで手に持った通信機に向かって吼える。
「全員聞こえているか! この施設は、残り30分そこいらで水没し始める!!」
「――お前達ッ、急げェ! ここの全てが呑まれる前に!」
陽光浄化装置
カゲヤシの炭化反応を解析し、陽光を擬似再現した照明装置。
これがあれば陽のない場所でも脱衣による戦闘が可能になる。
屋外では運搬車両が必須な程の大型システムである事や、射程が短く照射範囲から容易に逃れられる等、使い勝手の悪さが目立つ。だが、屋内での運用では一転してその威力を発揮する。
※ちなみにカフェで怜と北田が出会ったというのは、これもコミケ限定冊子にエピソードが載っていたらしいです(真偽不明)