【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

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04. いざ、交流会へ(前)

━━朝 ナナシの自宅

 

 

大口を開けてあくびを一つ。そんな仕草で今日もまた、ナナシはベッドから起き上がる。珍しくまだ時間は早朝で、久々の早起きだった。

ぼうっと天井を見た。今日は瑠衣が妖主を受け継ぐ日……そして、交流会の当日。

早起きをしたと言っても時間はぎりぎりだった。急がなければ。

ナナシは、自室の扉を開けた。

 

「おはよ」

 

開口一番、それだけ言う。それから眠そうに腫れた目で、すぐに来るであろう言葉を待った。

さて、いつも通り妹の暴言が━━

 

(━━あれ?)

 

……しかし不思議と、一向にそれが来ることはなく。

 

それどころかそもそも妹が居ない。テレビも点いていない、しんと静まり返ったリビング。罵声に身構えていたというのに、ナナシは拍子抜けして……首を捻る。

 

「いつまで寝てんのよ、がない。いやまぁ、今日は早朝だけども? とにかく罵声がない」

 

「もう出かけたのか。まぁいいや、朝から疲れずに済んだし……」

 

「それじゃ、俺も早速秋葉原行くか!」

 

そうして意気揚々と出かけようとしたものの、「おっと」━━ふいにナナシは歩みを止めた。

そういえば、今日はまた戦うかもしれないのだ。であれば勿論武器は用意しておきたい。

 

「えぇと、」彼はUターンで自室に戻り、がさごそとタンスを漁っていく。

秋葉原の一件以来自室に変なものばかり増えてしまった。女ものの洋服とか……謎の募金箱一式セット等々。

人には絶対見せられたもんじゃない……

そうして顔を歪ませつつ、これでもないあれでもないと、次々ガラクタを放っていった。そこでようやく、

 

「これこれ」

 

と言って彼が手にしたのは、"えくすかりばー"。

闘技場を制覇した際に受け取った━━正しくは強奪した、伝説の性剣。

……いや、聖剣。

剣と言うには、いささか切れ味は悪いが……それも不殺剣かと思う程のなまくら加減だ。

しかしだとしても、持っていたのが変態下僕だとしても、れっきとした由緒正しき、勝利を約束する聖なる(つるぎ)なのである。

 

ナナシは刀身のきらめきを目にしながら、あの頃にしばし思いをはせる━━

下僕━━師匠━━今どうしてるのかな、と。

 

「なんて今考えてる場合じゃないッ! さっさと行かなければ!」

 

約束した時間まであまり余裕のなかったナナシは、ばたばたと忙しなく家を出て行った。

 

 

 

 

━━カゲヤシのアジト

 

中々行く機会も無く、このオフィスビルを尋ねるのも久々。

とはいえ今の彼には、ゆっくりとしている暇も無く。

 

(やばい、もう始まってるみたいだ!)

 

やばいやばい、と焦りながら、小走りで受付へ駆け込んでいく。そして、カウンター奥に受付嬢が佇んでいるのが見えた。

 

「すみませんが今、来客のご対応が出来かねまして……」

 

「ナナシです」

 

「あっ、ナナシ様でしたか! 承っております」

 

……幸いまだ間に合うのか、受付嬢の案内で奥へ通されたナナシ。

 

「どうぞこちらへ……既に始まっております」

 

受付嬢が和室の入り口を手で示して案内し、ペコリ、と一礼する。そこへ「うぃーっす」とでも言うように、ごく軽い気持ちで入室したナナシは激しく後悔することとなった。

……部屋の中は足を踏み入れただけで分かる、凄まじく、重い空気。

周囲は見る人見る人皆和服だ。加えて、正座をしている各々の手前には何に使うのやら、刀を携えている物々しい装い。ナナシは動揺を隠せない。

 

(えっみんな和服!? 正装!? こ、これは……いけない!)

 

「私達はこれから━━人々との共存を━━」

 

ふと瑠衣の声が聞こえてきた。

比較的限られたスペースの和室奥では、和服姿の彼女が何やら演説の真っ最中のようで、その横には妖主……戦った時以来だ。手前では少数の末端達が正座なんかして、ありがたそうに演説を聴いている。取り合えずナナシも端っこで、座ってそれを聞くことにしたのだが……

俺だけオタファッションイェーイ、とか心の中でふざけて誤魔化してみたりするが、一向に動悸も冷や汗も止まない。

俺完全に部外者じゃないっすか! ナナシはうろたえたものの、しかし……

 

そんな己を静めつつ、冷静になって見てみると、優とダブプリの姿は見当たらず。ここに居るのは、選ばれた小数の末端だけの様だった。眷属のあの三人は、瑠衣を次期妖主だって認めたくないのかなー。ナナシは、ぼんやりと考えたりもしてみる。

とはいえ、その後の彼が思うことといえば……やっぱ瑠衣は自分とは違って、すごい立場で大変だなー……だとか、和服の瑠衣かわいいなーなどと、なんてこともない思いを垂れ流すに止まって、肝心の演説などほぼ聞き流していたのだが……

 

「さぁ、瑠衣。この刀を受け取り、新たな妖主として宣言するのよ」

 

怜は(さや)に納められた一振りの日本刀を、すっと両手で差し出した。それは薄い赤紫の布地と白銀の装飾。

きっと素晴らしい名品に違いない。ヤタベさんならモノの良し悪しも詳しく分かるかもしれないが、しかしそれは素人目に見ても美しいもの。少なくともヤ○オクに出せば高く売れそうな事くらいは、ナナシにも分かった。無論そんな事を言ったら、妖主に八つ裂きにされかねない事も……

 

……と、いつの間にか瑠衣は刀を受け取り、緊張の面持ちでこちらへ向いている。

 

陰陽子(カゲヤシ)の民よ、今ここに宣言する。我こそが妖主として……そなた等を導かん!」

 

『はっ、我ら陰陽子の民、新しき妖主様に忠誠を誓います』

 

……なんて瑠衣と末端との掛け合いを眺めていたナナシは、芯から酷く火照るような、むず痒くてその場に居ても立ってもいられないような、そんな気分に襲われた。

なんだろう。なんだか良く分からないけど、このやり取り……恥ずかしい。

そんな感覚が決して自分だけの気のせい、という事でも無さそうだった。実際、壇上の瑠衣も表情から見るに、とても気恥ずかしそうなのだから。

むしろ言っている本人の方が恥ずかしいに決まっているわけで。

 

「……き、金打(きんちょう)!」

 

ちょっとやけくそ気味に彼女は告げた。刀を床に立てて持ち、少しばかり刃を抜く。末端達もそれに習い、刀を持って同じ動作をする。

静寂を挟み、続けて一同は抜いた刃を(さや)に戻し、刀の(つば)(さや)の金属部分をぶつけると、部屋の中で軽い金属音が響いた。

これは遠い昔、武士が約束ごとの際に誓約の証として行っていた動作だ。もっとも、それを知らない彼は不思議そうな目で、手持ち無沙汰にそれを眺めていた……

 

「おめでとう、瑠衣。これであなたが新しい妖主になったのよ」

 

「……うん」

 

娘の晴れ舞台を満足げに見る前妖主、姉小路怜。

瑠衣を見るとまだ緊張しているのか、妖主になったという実感もないのか。その面持ちは固いままだった。

それからは皆、解散していく。

がやがやと撤収の騒がしさに包まれる中、ナナシは瑠衣の元へ歩み寄った。

 

「瑠衣、お疲れ様」

 

労いの言葉を聞いた途端、彼女は緊張の糸が切れたのか、がくりと視線を落とした。今この場をやりきったという脱力感で、今にもへたれ込みそうだ。正直ナナシの方も、見ているだけで疲れていた位だった。

 

「ナナシ。疲れた……恥ずかしかったし。台詞とか特に」

 

「仕方ないじゃない。こういう場である以上は」

 

「そうだけど」

 

怜の言葉に、それでも不満げに頬を膨らませていた。……かわいい。

 

「今日までに用意するのも大変だったんだから。その刀だってわざわざ里に戻って、私が探してきたのよ」

 

「母さん……そうなの?」

 

「こんな何十、何百年に一度の大切な儀式に、模造刀やそこらの刀を使うわけにいかないわよ。ちゃんと一族に伝わるものじゃないとね」

 

けじめをつける為にどこかへ行った、と瑠衣から聞いていたが、そういった諸々の事もする必要があったからかなと、ふとナナシは考えた。

更に怜が言うには、この刀、カゲヤシの血で焼き入れたとすら伝えられる、いわくつきの妖刀らしい。妖主の血縁を持つ者にしか手に取る事を許されず、一族で反乱があった際には、妖主自らこの一振りと共に不届き者を次々と塵にしていき鎮め、再び皆を纏め上げたという。妖主の力とカリスマを象徴する伝説の刀。

けれど勿論ナナシには、歴史とかそんな事はどうでもいいのだ。 重要なことじゃない。

 

「そうそう。やっぱ、黒髪ロングに刀は似合うよなー! 分かる~」

 

「そうね。ナナシ、私の話は聞いていた?」

 

「……何にしてもお疲れ様、瑠衣。ナナシも来てくれてありがとう。疲れただろうから、この後の交流会で疲れを癒して頂戴」

 

と、声を掛ける怜の隣にナナシは居ず。忽然に姿を消したかと二人が見回せば、先程まで瑠衣の居た壇上で何やらやっている。

 

「ほう? これがカゲヤシに伝わる名刀ってヤツか……」

 

ナナシは呟いた。好奇心に沸き立つ彼の手には、怜の語っていた刀が握られていた。床に置いて暫し眺めてから、そのまま……そーっと鞘から一寸程引き抜いた。

少しばかり抜き身の刀身を覗いてみると、それは美しく、(あお)くきらめいた。

なんと艶めかしい。不思議な光が、鞘と鍔の間から漏れ出している。見る程に深い輝き……ついうっとりと眺めてしまうような魅力があった。

さて、そろそろ鞘に収めるか……そんな事を思った瞬間、

 

「━━ッ!?」

 

突然鋭い刺激が走って、指先が熱を帯びてじんじんと疼く。

ドジにもうっかり指を切ってしまったらしい。とはいえ幸い血が出るほどの傷でもなかったらしく、刀を置いて慌てて指を見た頃には傷はすっかり塞がって、いつの間にか痛みも過ぎ去っていた。表皮を軽く割いた程度だったのだろう。

 

つくづくカゲヤシは便利な生き物だとほっとしたのも束の間、この後めちゃくちゃ叱られるナナシだった……

 

 

 

 

━━UD+

 

ビルから出たナナシを襲って来たのは強い日差し。やはり吸血鬼体質である以上太陽光には慣れるもんでもなく、じりじりとした感覚は未だに辛い。とはいえカゲヤシは暑さ寒さにある程度強い事もあって、冬の辛さを我慢できる事がまだせめてもの救いだった。

彼は、ポケットから取り出したスマホを見た。今はまだ午前1時……丁度お昼時で、日光の強さも納得できる。

が、横から歩いてきた瑠衣は余程息が詰まっていたのだろうか……そんな日差しの下であろうと、それでも開放された様にぐっと背伸びをしていた。

 

組織の長にこの年でなるなんて、普通ならば重圧で押しつぶされてしまうだろう、とても考えられたものじゃない……なんて、横目に彼は思った。

アルバイトとかいう身分ですら億劫なのに。そんな己程軟弱でないだろうとはいえ、ナナシなりに彼女の身を案じていた。

 

「もう妖主とは大変だな……」

 

そうして気遣ってみると、彼女は微笑み返した。

 

「ううん、そうは言っても建前的なもので、やっぱり当分の指揮は母さんが執ると思う」

 

やっぱりそうだよな、二十にも満たない少女に組織の指揮を突然任せるなんて。

……ナナシは安心しつつも、一つ疑問が浮かぶ。

 

「ん、でもそうなると妖主引継ぎはやらなくても良かったんじゃ? お母さんまだまだ健在だろうし……」

 

「引きこもり化計画の失敗とか、人間との共存への方針転換とか、色々あったから」

 

「母さんとしても、色々けじめはつけないといけない」

 

「そうか。色々難しいな」

 

瑠衣も複雑な表情で、うん、と頷いた。

 

と、そこへノブの声。

 

「ナナシ~! 来てやったぞ! 喜べ!」

 

ヒロと共に駆けてやって来た。ゴンもその後ろから歩いてくるのが見える。

三人とも交流会に参加しようと駆け付けて来た……というのも、ナナシは今日の為に、自警団の面々に誘いをかけていたのだ。

 

━━いつものメンバーですな。

ナナシは三人を一瞥(いちべつ)して言った。

 

「サラさんとヤタベさんはなぁ」

 

ノブも一転、渋い顔をしてゴンと顔を見合わせると、残念そうに首を振る。

どちらも忙しい事は容易に想像がつくし、仕方のない事だ。

 

「瑠衣ちゃん今日もかわいいね。どのお店行こうか」

 

「あ、えっと……」

 

そんな三人をよそにヒロは、この前行きそびれた遅れを取り戻そうと瑠衣に必死。

無駄なことを。せいぜい無駄な足掻きを続けるが良い、既にフラグは立ててあるのさ。……なんて、ナナシは高みの見物を気取ろうとするが。

しかし命がけで助けようとした親友を差し置いて、彼女に無我夢中とは……薄情というか、つくづく欲に忠実な野郎だ、と思う所もある……ナナシは蔑む目を向けるものの、お構い無しに彼女と喋っていた。

 

「それじゃあ、皆行こう! 今日はUD+の会場を特別に借りてるんだ」

 

「へぇ、楽しみだなぁ瑠衣ちゃん!」

 

「そうだね、ヒロ君」

 

(ヒロこいつ……、もういいや……)

 

 

 

 

 

━━UD+ 会場内

 

会場内は活気に溢れていた。自警団一同も物珍しそうに見渡しながら、どやどやと足を踏み入れた。

まず、その人の多さに圧倒される。広いホールの中に様々な露店が立ち並んでいて、お祭りを丸ごと大きな部屋に押し込んだみたいな、そんな、摩訶不思議な空間だった。

ナナシが眺めていた前を、瑠衣が屈託のない笑顔で駆け出していった。そしてそんな、楽しそうに振舞う彼女の横で手招きする男……ヒロ。それにつられて歩み寄った彼女としては、何か面白いものがあったのだろう、と軽い好奇心で行っただけ、なのだが……

 

「さっ、瑠衣ちゃんはこっち行こうぜ!」

 

「あっ……ヒ、ヒロ君?」

 

人混みの中、彼女の指にヒロの手が掛かかり、引き寄せられる。

あくまで皆と周るつもりだった彼女とは違い、ヒロは初めっから二人で周る腹積もりだった。

当惑の声を上げつつも、心優しい瑠衣はされるがまま。ここぞとばかりに、ヒロは雑踏の向こうへと消えてしまう。

 

「あっ、ヒロお前……!」

 

ナナシの声などもはや何の意味も成さない。完全にしてやられてしまった。

文月瑠衣の手を気安く握るなど到底許されない行為……でありながら、それに加えあろう事か彼女を連れ去るなど。なんて奴だと憤慨する。

この間prprしようとして逮捕されかけた事など、関係ない。そう自分は良い━━だって恋仲だから!

でもヒロは許されない! 断じて! ぐぬぬと歯を軋ませるナナシを見て、ノブは肩を叩いた。

 

「ナナシ元気出せって。今まで美少女に好かれるのがおかしかった、夢だったんだ」

 

その言葉、元気出せと激励されたはずなのだが……爽やかな笑顔と相まって、何故か無性に腹が立つ。……むしろ、なんだか貶されている気さえもした。

 

「へこむなよ昔に戻っただけさ。エロゲはお前のこと見捨てたりなんかしないぞ?」

 

「なんでふられたみたいになってるんだ。お前は大量のエロゲに溺れて窒息しろ!」

 

怨念に塗れた目で見たが、言葉を聞いた彼は鼻を高くしていた。それは本望だな、と満足げな面持ちで言い放ったノブ。

もう末期だ、とナナシは思い……そしてゴンもさぞどん引きしているんだろうな、とそちらを見ると、何故かガッツポーズをして彼は言った。

 

「おおノブ君、格好いい」

 

……のか? ナナシは首を捻っていた。

 

それから。

三人はとりあえず歩き出したものの、一向にナナシの面持ちは晴れない。

先程から彼のため息が続く。まぁまぁ、なんてゴンの言葉も、残念ながら耳には入っていないようで……

 

「はぁ、何故瑠衣抜きで周らなきゃならん」

 

ふて腐れ、口から出るのはそんな文句事ばかり。そんな彼の態度が気に食わなかったのか、立ち止まって熱く諭し始めるノブだったが、

 

「俺らだけで何が悪い! ナナシ、いつからお前はそんな男になっちまったんだ!?」

 

「全部ヒロのせいだ……」

 

けれどもやっぱり言葉は届いていない。ぶつぶつと言いながら素通りするのみ。

もはや瑠衣以外、誰の声もナナシは望んでいない。

彼の目は下一点を見つめたまま動かず、虚ろな表情をするばかりだった。まるで、株に有り金全部溶かしてしまった者の末路のようだと、後ろからノブが言った。

 

「ほら、あの店おいしそうだよ」

 

気を利かせてゴンが通りの店の一つを指差すも、

 

「えー瑠衣と食べたい」

 

返事はするが、子供みたいに駄々を捏ねるだけ。とまぁ、こんなやり取りが延々続くかと思われたが……そんな時だった。

 

「おいおい! 二次グッズ売ってるとこもあるのか!」

 

ノブの嬉しそうな悲鳴が聞こえてくる。彼は、とある一つの店に興味津々で食いついていた。

少年の様に目を輝かせながら眺め関心していたノブだったが、一瞬、疑問を浮かべるような表情と共に"何か"を凝視して、動きがぴたりと静止した。そしてそれは……みるみる内に鬼気迫る表情へと変わっていく。

 

「ITウィッチまりあの伝説の限定フィギュア!? こんなところに……! バカなッッ!」

 

その"何か"は彼が愛してやまないITウィッチまりあのグッズだったらしく、あまりの興奮に目の血走るノブ。

まさに今、彼の恋焦がれていたそのモノが目の前にあるのだ……なんて言えば聞こえは良いものの、彼の様子にロマンチックさはいかほども感じさせない。そこには狂気という二文字の方が合っているのではないかとさえ思わせ。

 

「欲しいッ……! 欲しいぞ!」

 

唸るノブは拳を強く握り締めた。まさに手に汗握る、といったところ。

 

「えー」

 

勿論そんな事ナナシにはどうでもいい。口を半開きにしながら、えー、しか言わない壊れた機械人形と化している。が、そんな魂の抜け殻は放っておいて、物欲は尚も加速していく。

 

「店主! こいつはいくらだ!?」

 

「おっそいつに目をつけるとはお目が高いね。展示品だから、値段はつけられないなぁ」

 

「いくらでも出す! 言ってくれ!」

 

「ノブ落ち着けって。……ゴンちゃん?」

 

横を見てみれば、当人はレイヤーに無我夢中でシャッターを切っている。

 

「おお、コスプレイヤー! 被写体がいっぱいだ!」

 

気付けば皆、この祭りを楽しんでいた。だがナナシは、そんな気には到底なれなかった……まるで心に穴が開いた気分だ。

……彼の背中には、言い知れぬ悲壮感が漂っていた。

 

「お前ら……もうほっとこう」

 

ナナシが気付いたのは……ぽつりと、そんな事を言った時。

 

 

 

 

「ふんっ。この焼きそば、なかなか美味しいじゃない」

 

それは舞那。

つまらなそうな面持ちとは裏腹に……透明のトレーを持って、ぱくぱく、ぱくぱく、忙しく割り箸を動かしている。

そして━━

 

隣でも焼きそばのプラトレーを持ち、無表情なままもーぐもーぐ口を動かしている━━それは瀬那。

……美味しいのだろうか? 謎だった。

 

二人とも見たとこオフの様だが、いつも通りの見慣れた姿。お忍びという感じではない。その昔、熱心なダブプリファンにプライベートシーンの写真を撮ってくれ、なんて頼まれた事もあったが、その時も特に変装もせず堂々としていたか……

ダブプリの二人も交流会に参加しているとは……さしずめ舞那が行きたがったとか、そんな所だろうか。なんて推測しながら、とりあえずナナシは暇だった事もあって、声を掛けてみようと思い立つのだった。

とはいえ、普通に声を掛ける訳では無い。……ただでさえ心は荒んでいるのだ。少し位脅かして楽しんだって罰は当たるまい。とか自己中心的すぎる考えを巡らせつつ、意地の悪いナナシは彼女の後ろへ回り込んで……背後霊みたいに薄気味の悪い笑みを浮かべて、ぬっ、と背後に立つと、これまた気味悪く耳元で「やぁ」と囁いた。

 

「ぎゃぁあ!?」

 

一心不乱に箸を進めていた舞那は飛び上がった。焼きそばに集中するあまり、視野が狭まっていたと思われる。

しかし、アイドルらしからぬ悲鳴である。持っていた割り箸を、へし折ってそうな勢いすら感じる絶叫。ナナシは腹を抱えて盛大に笑いだした。

 

「ぶわっはっはっは! なんだその驚き方! ぶわっはっはっは━━うわぁ!?」

 

突如ナナシの顔に、プラトレーごと焼そばが飛来してきた。

けれどもナナシは冷静に飛んで来る箸を指で挟み止め、空中のトレーを、器用に蓋を閉めつつ受け止めた。そう、カゲヤシ動体視力を持つ者にとってはこの程度容易い事……朝飯前なのである!

 

……それから見ると、彼女は顔を真っ赤にさせていた。

 

「ふんっ、もうそんなのいらない!」

 

「なにすんだよ!? 焼きそばが勿体無いだろ!?」

 

「うるっさいわねッ! このバカバカバカ人間! 今のは愛情表現じゃない!」

 

「何をこの小娘ーーーッ! 丹精込めて作られた焼きそばをーーーーッ!」

 

「ど、どんだけ焼きそばの方が大切なのよこいつぅ!」

 

「くっ、勿体無い事しやがって……! なら俺が食うッ!」

 

食べ物のありがたみを知らない、何と罰当たりな娘であることか。

……と、半べそをかきつつも……焼きそばを口へ運ぼうとするナナシ。

 

「ちょっ食べるなよ!?」

 

「何故だよ!?」

 

「そ、それはあれだろ……私が食べてたヤツだから……ほらその」

 

「やっぱり食べたいんじゃないか。食い意地はりすぎだろ。仕方ねーなほら食え」

 

「そんなの要らないわよ!」

 

「何故だよ!?」

 

「舞那、食べることに集中しすぎ」

 

恥ずかしさやら、怒りやらで真っ赤な舞那に対し、特に表情を変える事もなく言う。

その言葉を聞く限り……やっぱり注意深い瀬那は気づいていたんだなぁ、とナナシは関心する。

そして勝気な舞那も、その瀬那の前では口篭ってしまう。姉にイマイチ頭が上がらないのだ。

 

「う。だ、だっておいしいから……」

 

「はっはっはっ、舞那は食いしん坊だなぁ!」

 

「お前は会話に入ってくるな!」

 

そこへ、舞那とナナシの間を割いて来た問い掛け……

 

「ナナシ、何故ここに?」

 

言う瀬那の表情こそ変わらないが、その目には少しばかり警戒の色があった。ナナシは誤解を解く為にも、笑顔を二人へ向けた。

 

「愚問だな。祭りを楽しみに来たでござる。瀬那と舞那もいざ共に周ろうぞ!」

 

……っていかん。拙者これではナンパみたい。

 

「え? なんだあんたも? って、あんたと行くわけ━━」

 

舞那も声を荒げる。考えてみればからかった矢先……というか例えそうでなくとも。断られて然るべき。暇つぶしに友達とつるむか、みたいな感じで気安く話しかけてしまったのが間違い。

そりゃそーだ、と、ナナシも思っていた。

が。

 

「いいよ」

 

言い終わる前に、瀬那が無表情のまま、そうして静かに答えた。

舞那は驚いて……彼女の方を見た。

 

「……えッ」

 

予想外の言葉。

戸惑いながら、瀬那の顔を見て固まっている。

 

「ちょっと姉さん何言って」

 

またも言い終わる前に、

 

━━なんとなく。

ぶっきらぼうな答えで断ち切られた。

 

「なんとなく……」

 

その返答に姉の言う事とはいえ、舞那も目をぱちくりさせて困惑していた。

それから瀬那は、少し退屈だったから、と静かに付け加えた。

結局の所……姉には逆らえないのか、舞那も渋々納得する。

 

「し、仕方ないわね。姉さんが良いって言うからよ」

 

彼女は腕組みして。つんと顔を背けさせ。

しかしなんでか顔を赤らめる。

それから舞那はぬっとナナシに近づき、彼の顔に人差し指の腹を向けるなり、念を押すように姉さんがね、とまた言う。その様子には必死ささえ感じた。

しつこい。

 

「わ、分かったから」

 

手を上げてなだめるナナシ。こんな事では、行く前から疲れてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

「あめおいっしー♪ ねえ次あっち行こ!」

 

りんご飴を持って快活に駆けていく舞那。

どこか子供じみた悪戯っぽい笑みを見せ、心底楽しそうに笑った口から八重歯を覗かせて。そうして急かす彼女に、瀬那は珍しくたじたじになっていた。

 

「ま、舞那待って」

 

言いながら追いかけていく更に後を、大量の荷物を抱えたナナシがよろよろと通っていった。物の量が多すぎて顎近くまで積み上がっている。……主に舞那の食べ物ばかり。これじゃ周るというよりか、振り回されている。

結局ノリノリじゃねえか! ……ナナシは、心の中で一人毒づいていた。

 

「こーんなカワイイ女の子と一緒に周れるんだから、感謝しなさいよね!」

 

こいつ最初はあんな嫌がってた癖に……今は子供のようにはしゃいでいる。考えてることと言動が良く分からん。塔になった荷物を鬱陶しく思いながら、顔をしかめた。

 

しかし元々、二度あるかも分からない催しである事も確かだった。

まぁ楽しそうだからいいか。はいはい、とナナシは言って……とことん付き合ってやることにしたのだった。

それからはもうあれやこれやと、出店に転々と食いついていき、ナナシの手荷物も増え。

 

「━━姉さん、あのぬいぐるみ欲しい!」

 

そして彼女の次なる興味は射的屋らしい。

舞那は射的屋の景品である大きなテディベアを指差した。瀬那はほとほと呆れる。

 

「ぬいぐるみなら舞那の部屋にいっぱいあるじゃないか」

 

「新しいのが欲しいんだもん」

 

射的か。お祭りって感じだな。

ナナシはひとまず手荷物を置いて、はたと眺めていた。

 

「舞那様!?」

 

すると店員が声を上げた。

眷属である舞那が、急に店の前へ駆け寄ったものだから……店員も仰天していた。もっとも店を訪ねて行く道中も毎度こんな反応が続いていて、ナナシとしてはまたか、くらいのものだ。

 

「ほら、やるんだから貸しなさい!」

 

舞那は意気揚々とおもちゃの銃をぶん取って、若干木の台へ乗り上げ気味に賞品を狙う。

台に乗り上げて、それ反則なんじゃ。なんて眉をひそめている内に、

 

「あ、危ないです舞那様!」

 

店員がまた声を上げた。末端の部下も大変である。

というか、彼女はまだお金を払っていないわけだが、とナナシは思いながら……彼は未だに慌しい様子の二人の間を割って入った。

━━はい五百円。

 

言って、店員に手を差し出した。もちろん言うまでもなく自分のマイマネーだった。いいんだ。二度あるかも分からない、付き合ってやるって決めたんだ、だからいいんだ……と、自分に必死に言い聞かせるナナシ。

店員も当惑していて、料金の事など頭の片隅にも無かったらしい。どうも……、と彼は呆然としながら、手の内にある五百円を見つめていた。

 

 

 

「うぅぅ……そこだっ!」

 

片目を(つむ )ってよーく狙いをつけてから、彼女は引き金を引いた。

ぱん、と射的銃の発砲音が鳴る。

が、当たらない。

 

「とぉ! そりゃあ!」

 

そしてまた……威勢の良い掛け声に合わせて、次々と破裂音が鳴っていく。

散々騒ぐおかげで周りの目が気になって、ナナシとしては非常にむず痒い。そしてその内聞きつけたダブプリファンが大量にやって来そうで、戦々恐々だった。

 

「いちいち撃つ時声出さなくていいから!」

 

彼が悲痛に叫んでも、意味は無い。

しかもやはり当たらない……一発も、掠りもしていない。

 

「ちょっとこれ、ズルしてるんじゃないの!?」

 

「ち、違います!」

 

今度は文句を言い出して、店員に詰め寄った。

言いがかりにも程があるとナナシは同情した。どう考えても彼女がノーコンなだけなのだが。彼女には自動散弾銃(フルオートショットガン)……位の業物を渡してあげないと、もはや、最後まで一撃すら当てられないかもしれない。

片や瀬那は……ぼーっとしているのかしていないのか、ただそれを見つめていた。もしかしたら暇しているのだろうか。

 

「……瀬那、やらないのか?」

 

どちらにせよ、このまま舞那にやらせると色々マズイ━━と思ったナナシは、瀬那にバトンタッチを図った。それに瀬那は少し意外そうな顔をして、

 

「やってもいいけど?」

 

そう言うと、文句言いたげに頬を膨らませている舞那から、銃を受け取り、片手で構えた。なんだか、舞那と違ってそれが結構様になっている。

 

パン、という音と共に放たれたコルク栓の弾は、テディベアの眉間をビシッと見事に、そして確実に捉らえていた。

ワンショットワンキル……良い腕だ。ナナシは感心しつつ、終わらせてくれたことに胸を撫で下ろした。

 

「姉さん……!? 一発で!?」

 

驚きながらも、姉を見た目はそのまま店員の方へ……尚も納得できないと言いたげな、疑るような表情を向けていた。

 

「……ズルじゃなかったのか」

 

「だから違います」

 

疑り深い奴……ナナシはそんなやり取りを見ていた。

無論、そんな事を口に出すとまたうるさいだろうから、決して口には出さないのだが。

 

屋台の奥から、どうぞ、と瀬那へテディベアを持ってきた店員。不満げだった舞那の顔も明るくなる。

上半身を覆う程の特大テディベアを抱きかかえて、瀬那はナナシの方へ向いた。

 

「やった」

 

……しかし、その言葉とは裏腹に無表情。そして声も冷たく、抑揚などなく。

 

…………どう反応すれば良いのか、彼はうろたえた。

 

「それ……喜んでるのか?」

 

恐る恐るそうして尋ねると、じっとこちらを見たままに「うん」と……頷くわけでもなく言った。

そして何も言わずに、じっと見つめている。

えーっ、と、……ナナシは再び返しに困る。なんて言えば良いのだろう。それは良かった、とか? しかし微塵も喜んでいない様な気がするけど━━? また困り果てる。

そんな様子を見ていた彼女は、テディベアを抱きかかえたまま、不思議そうに首を傾げている。

少しして、

 

「……もっと激しく喜んだ方が良い?」

 

真面目な顔でそんな事を言う。

 

「い、いやいいです」

 

ナナシは思わず後ずさり。

 

「でーもー、それアタシのだからね、姉さん!」

 

はいはい、とまた呆れた様に言う瀬那の様子は、無邪気な子供でもあやす様だった。

そして、ナナシの荷物はまた増えた……それも特大のやつが。

 

 

 

 

一通り周った後、三人は休憩場所にある、白い丸テーブルを囲って一息つくことにした。

舞那は買って彼に持たせていた大量の食べ物をここで食べるようで。右腕に熊人形、左手に食べ物、頭の上にも更に食べ物。そんな、雑技団みたいな事をしていたナナシもようやく解放されたのだ。

 

「ぎょうざおいひぃー。でもこれ太っちゃうかも……」

 

とか言いつつ、自制の様子も無くご満悦でもぐついている舞那。

特に何も言わずに隣でジュースのカップを持つ瀬那は、そこから伸びるストローを咥えて一息ついている。そんな二人を片肘つきながら、ナナシは眺めていた。

こうやって見ると人もカゲヤシも本当に変わらないな、と思えた。

……それと同時に。

瑠衣と周るつもりが……いいのかなこれ、なんて後ろめたい気持ちもじわじわと己を襲ってくる。

もやもやに苛まれている時だった……突然、女性の叫び声が聞こえた。

ナナシはがたりと立ち上がり、舞那は餃子を喉に詰まらせかけた。

 

「あっちだ!」

 

ナナシは険しい表情で声の方向を見た。入り口の方だ。

驚く双子姉妹や、それから自身の掛けていた椅子が、テーブルから乱雑に投げ出されたままだろうが目はくれずに━━彼は一直線に走り出した。

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