【妄想】AKIBA'S TRIP1.5 作:ナナシ@ストリップ
店舗の無い、ある程度開けた空間であるUD+会場入り口付近━━ナナシはその場に素早く駆けつけた。それに半ば振り回される形になったダブプリの二人も。
そして、面前では謎の集団が服を求め、暴れまわっていた。
しかし秋葉原駅前の騒ぎがあった時と同じ奴らかと言えば、そうではない……秋葉原の街中で普通に見かけるようなオタク達。
どういうことかと思っていた時、ポケットのスマートフォンが振動している事に気がついた。
(着信?)
「━━はい」
取り出し、応答した。コール相手は志遠だ。
《ナナシ君? 私、志遠よ。例の集団がUD+に向かってるらしいの。私も向かうから、迎撃をお願いできるかしら》
了解。
言って電話を切る。やはり駅前で戦った集団と彼等に、何らかの関わりがありそうだった。
と、ふいに自身の横へ駆けて来た瑠衣に気付き、彼女の名を呼ぶ。
瑠衣もまた彼の名を呼び、どうなってるの? と問う。
うーん、と彼は頭を悩ませた。てっきりこの間の黒服が来るものと身構えていたナナシとしても、何がどうなっているのやら見当もつかない。
それから……一人駆け出す瑠衣を追いかける形になったヒロが、もっと周りたかった、とか未練がましくぶつくさ言いながら現れ、そして他、自警団の面々も次々と到着する。声を聞きつけてすっ飛んで来た様だ。
「なんだなんだ!? くそ、限定品の交渉中だったのに!」
と、言いながらも律儀に来ているノブ。騒ぎを見過ごせないのは自警団の定め。
隣に同行していたゴンは、図らずもダブプリに接近できて大興奮している。
そして、その中にはサラの姿もあった。ナナシが驚いていると、彼女はにこやかに微笑みかけた。
「ナナシさん、お久しぶりでございます」
「私もここで出店していたんですよ。カゲヤシと人間の交流会とお聞きして、是非そのお手伝いをしたかったものですから」
騒々しい中、しっとりと気品あるサラの立ち振る舞い。彼女を取り巻く周囲の空気だけは……ゆったりと流れている様に錯覚してしまいそうになる、カリスマメイドオーラ。
最近は中々予定が合わず、久々の再会とあれば、それを感じるのも尚更だった。
私がサラさんを誘ったんだ、と瑠衣が彼女に続けて言った。なるほどそれなら今日の予定が合わない訳だと納得するナナシ。
「やぁ皆。急に声が聞こえたが?」
イケメンボイスでそう言うのは、ちゃっかり交流会に参加していたマスター。
横では焼きそば滝の如く、一心不乱に口へ流し込んでいる鈴。瑠衣は哀れみの様な表情を向けていた。
「とにかく、彼等を止めましょう」
お馴染みの顔ぶれでわちゃわちゃしていた中。
そんなサラのびしっとした一声で、ついに一同は謎の脱衣集団と対峙した……!
「おい、やめろ!」
ナナシが止めに入ろうかと思えば、そこにはいつの間にか暴走行為をやめ、仁王立ちする謎の六人衆が!
来たな! と威勢も良く腕を組み、先頭に立ったやせ型の男。黒ジャケットを羽織り、ボタンを留めずに開いた胸からは、ITウィッチまりあのシャツが顔を覗かせている。
男は続けて言う。
『お前ら、俺達を知って止めてるのか……?』
「知らん! お前らは何者だ!?」
『ふん……聞いて……驚くなよ……! では早速自己紹介させて貰おうか!』
「は?」
ナナシはぽかんと口を開けた。
六人衆はいそいそと横に整列し始めて━━その様子にナナシ含め一同固まる。
六人衆は各々に、そして勝手に自己紹介を始めていった。
迷彩服を着用し、かつて
燃える拳を持つと言う、赤ハチマキに漆黒のライダースーツがトレードマークの青年、土門。
ガン○ムっぽいダンボールに全身を包み、最強のNTを自称する男(?)安村。
某北斗っぽい衣装を着る中年男性の北戸野。
橙色に染められた胴着を着る、若き格闘家のまごごそら。
そして最後の一人は先頭に立っていたリーダー格、オタク界のカリスマと
そして紹介が終わるやいなや、
『我等は脱衣戦闘部隊! 雇い主に選ばれた伝説の傭兵!』
急に端っこの辺根斗が宣言し、
『そしてそして━━!』
その隣の赤ハチマキ、土門が畳み掛ける。
それから最後に、彼等はタイミングを合わせて全員で宣言した。
『我等はッ! 機動精鋭部隊、秋葉原特選隊なのだーッ!』
各々にポーズを取った六人衆。
大丈夫かこいつら……とナナシが見ていたら、
「な、なんだってー!」
舞那の驚き叫ぶ声が聞こえてきた。
どうやら舞那は大真面目らしく。おいおい嘘だろ、なんて呆れていたナナシだったが、彼の隣では瑠衣が、六人衆に圧倒され息を呑んでいる。
「強そう……!」
彼女も本気らしい。
やれやれといった具合で額に手を当てるマスターや、瀬那から送られる懐疑の視線が痛い。
『
引きこもり化計画よりもだいぶ名前が酷いが、内容の方は果たしてマトモなのだろうかと、疑わしく思えるその作戦名。
が、何にせよ売られた戦いは買わなければなるまい。
ナナシは剣を構える。
そしてそれと同時に、直前までうずうずしていた舞那が、じっとしていられない様子で先頭へ踏み出した。
「良く分かんないけど! 倒せばいいんでしょ!」
「舞那、待って」
例の如く、彼女の暴走制御役である瀬那が引き止める。へ? とふいに豆鉄砲でも食らったような顔で振り向く舞那。
「カゲヤシではない、人間のはず。だとしたら……カゲヤシの私達がまともに戦えば、怪我をさせてしまう」
「あー、それもそうね。姉さん」
会話を聞くとダブプリもあの頃から、なんだかんだで優しくなっている気が。
とにもかくにもナナシは、ならばとミラースナップで六人を撮影した。
……結果は、やはりただの人間。
人間だな、と構えたスマホを下ろして、彼は皆の方へと振り向く。
そんな中、脱衣だけならば傷つけず、かつ戦意を奪えるだろうとマスターが提案し、その援護に名乗りをあげる。舞那も脱衣は面倒、とは言いながらも、瀬那に説得される形で参戦する事となり。
この室内ならばカゲヤシであっても、例え脱がされようが塵となる心配は無い。日の元に己の生命を掛けて……全力で脱がし合わなければならない状況なら兎も角、ここでは相手を傷つけないよう、余裕を持って脱衣する事が充分に可能なのだ。
「ナナシ、私も手伝うよ」
「瑠衣……すまん!」
いえいえ、と微笑む彼女をばっ、と凝視したヒロ。そしてなんでか、彼までもが立候補する。
続々とナナシの援護に名乗りを上げる中、俺もやるぞ! と力強く宣言するのは良いが……
この脱衣慣れしたメンツの中で急にヒロが来るのは、どう考えても場違い。以前優に散々な目に会わされた無謀さを発揮しておきながら、懲りていない奴。
そしてその実ヒロの頭にあるのはナナシの手助けではなく、ただ瑠衣に良いとこ見せたいという個人的な思いだけ。
「あ、そう」
ヒロをじとりと一瞥したきり、歯牙にも掛けないナナシはそんな腹心を見透かしていた。
そして。
見守り役であるノブ、ゴン、鈴の三人の激励と共に……ついに戦いの火蓋は切って落とされる。
一戦目サラのハイキックが辺根斗の額を容赦なく突き刺して、エアガンで天井を虚しく撃ちながら崩れ落ち。
二戦目、ダブプリが二人がかりで脱がすというご褒美に安村が大興奮し、ゴンは嫉妬し。
それから三戦目、「お前と倒せと轟き叫ぶ!」なんて決め台詞を言っている内に、マスターにさっさと脱がされる土門。
一瞬の内に勝負がついていく。
が、ナナシとしては勿論、この後に戦いが控えている瑠衣が心配。それと、そのついでにヒロもだ。まず彼は文月瑠衣と北戸野の戦いに目を傾ける。するとなにやら二人は話し込んでいて━━
「ふふふ……、私の神拳は敵を触れずに脱衣させることができるのだ」
「えぇっ……!? すごい……! そんな技が!」
瑠衣はそれを聞いて、相手であるにも関わらず目をきらきら輝かせている。北戸野も嬉しいのか、得意げに高笑い。それはどこか、娘に褒められる父親を思わせた。
それから、北戸野は拳を構えて言った。
「貴様はここで脱げて社会的に死ぬのだ! くらえ! 野球神拳!」
「アウト! セーフ! よよいの……よい!」
北戸野はジャンケンのグーを出し、瑠衣はそれに怯み、きゃあ……、という控えめな叫びと共に、とっさに目を瞑る。
しかし、北戸野はそこから微動だにもしない……
それから、しばし二人の時間は止まった。先に瑠衣が恐る恐る目を開いて、自らの身体を見た。
「……脱げないけど?」
そう言って、少々がっかりした様子を見せる瑠衣。
「いやほら、君も出してくれないと」
北戸野のそんな言葉にきょとんとして、首を傾げる。
「何を?」
「何ってパーとかグーとか、よよいのよい! の所で━━」
「ごめん、良く分からないや!」
良く分からないので、瑠衣は取り合えず突っ込んで北戸野を脱がした。
彼女は野球神拳を破ったのである。
「野球神拳が効かないだとォ!?」
そんな負け台詞と共に彼は走り去っていった。
……一部始終を見たナナシは、瑠衣も無事に勝ったかと、安堵に口元を緩めた。
すると。やい無視するな、と言葉が飛んできた。ナナシはそちらへ首を戻す。指を差しているのは自身の相手である、まごごそらだ。
「俺はあいつらとは一味違うぞ……我こそはあらゆるオタク文化を吸収し育った、オタク完全体!」
「さあ、どこからでもかかって来い!」
「何が?」
「何がじゃない! かかって来い!」
「自分の体を見てみろ」
「体━━ハッ、裸ァ!? イヤァァ恥ずかしいい!」
「つまらぬものを脱がしてしまった……」
全力ダッシュで出口まで走り抜けていった彼を見送りつつ、思わずそんな事を口からこぼしたナナシは……あまりの弱さに放心状態と化していた。
弱そう……そうは思ったものの、取り合えず迎撃してみれば……やはり弱い。
しかし相手が弱いとはいえ、ナナシ自身の脱衣技術自体が凄まじいのも事実。そんな彼の妙技にノブ達は目を見張り、さすがにナナシは違うなと関心していた。
◇
「残りはお前だけだぞ?」
威勢良く秋賀原を指すのはヒロである。
秋賀原はどうやら曲りなりにも部隊のリーダーとして、戦いの殿を務める役目があると思ったのだろうか、自ら最後を選んで律儀に待っていた。
ナナシは二人を遠巻きに見守っていた。そしてもし何かあれば、自ら割り行って救援に行く事も辞さないつもりではあるが……しかし今までの戦いを見る限り、心配も無さそうだった。
出来れば手助けをしたくはないしなと、そんな事を考えていた。決してそれは瑠衣との楽しいひと時を奪われた恨みだとか、そんな理由からではない。
だって瑠衣の目の前で、自分が助けなんかしたらヒロは赤っ恥。彼にもプライドってものがあるもの……ナナシはうんうんと、一人頷いた。
さてそろそろ、戦いはじきに始まりそうな所だ。
「ふ、奴らは秋葉原特選隊の中でも最弱……」
「いや、だから残りはお前しかいないって」
「るさいっ! きぇぇぇ!」
奇声と共に繰り出されたのは、人間とは思えない程の凄まじいスピード。驚異的な脚力で周囲を走り回り、動揺するヒロ。
動揺したのはなにも彼だけではない。遠巻きに見守っていた一同もそうだし、他ならぬナナシもそうだ。
……どういうことだ? ミラースナップでは人間しかいなかったはず。
ナナシは目を細めて考えを巡らせる。
考えても出てくる答えはミラースナップの故障、だとか、それが答えであるという確実性に欠けるようなものばかり。
と、そんな時。
「バカめ。私は服の下にスペシャルなギアを身に着けているのさ! これこそが人外の力を引き出す特殊スーツの性能!」
秋賀原が高笑いと共に盛大なネタバレを披露していた。
「そんなもんあるわけないだろ!?」というヒロの返しの通り……ナナシにも、それがにわかには信じられなかった。身体能力を増幅させる
しかし、秋賀原の身体能力は、間違いなくカゲヤシのそれに匹敵していた。
「私の力を認め、これを授けてくださったのだ! さぁ、二度と立てない程度に痛めつけてやろう!」
もらったぞ、という一声と共に秋賀原はかく乱を中止し、地面を蹴り、たじろぐヒロへ向かって、真っ直ぐに己の身を打ち出した。
とにかく、原因が何にせよ危険には違いない。
そうしてナナシが意志を固めたは良いが、肝心の行動が遅れてしまった。ナナシは慌てて身を乗り出すも、時すでに遅し。
秋賀原が右拳を繰り出した。
う……、と声を漏らして、ヒロは思わず目を閉じる。
その様子を見て、しまったと後悔するナナシだったが……
だったのだが。
秋賀原の拳は確かにヒロの右肩に直撃している。……しかし、さしたる外傷はない。
それもそのはず、秋賀原は裸だった。特殊スーツの衣を引き剥がされた、か細い腕の右ストレートでは……威力的に大した意味も成さなかったということだ。
そして何故裸なのか……それはヒロが直撃する一瞬の間に全てを脱がしきっていたからで、大多数にそれは見えなかったものの、ナナシにはそれが見えていた。
ヒロの背後へ、特殊スーツの細かな部品がガラガラと零れ落ちていく。そして恐る恐る目蓋を開いた
皆何が起こったのかも分からずに、唖然と固まっていた中……最初に声を上げたのは秋賀原だった。
「何!? 裸!? ……私が!? スーツも、そ、そんな……!」
それを皮切りに、ようやく周囲もざわざわと喋り始める。
「い、今、ヒロが脱がしたのか?」
「ノブ君……えっと、うん。速すぎてよく見えなかったけど」
ゴンとノブの、そんなやり取りをしている声が……ナナシの背後から聞こえてくる。何故ヒロが脱がせたのか? それは彼としても気になる所ではあったのだが。
それに関しては後でヒロ本人にでも尋ねてみるとして、ナナシは、秋賀原を問い詰める事にした。
「……おい、観念したか!? 目的が何なのか、もっと詳しく教えてもらうぞ」
「待て、ち、違うんだ! 最近、バイトの募集してて。服を脱がすっていう!」
「なにそれ……」
瑠衣はぽかんとした。多分、皆同じ気持ちだっただろう。
何言ってんだこいつ、状態である。あるいはダメだこいつ早くなんとかしないと、という様な。
反応を見た秋賀原は、それはもう必死に弁解する。
「ほ、ほら、少し前に人外の力を持つ者が服を脱がして戦う……って事が秋葉原であったろ!?」
「そ、それで俺達も憧れて……!」
「それでそんなんに応募したのか……」
ノブはほとほと呆れた調子で言った。それも多分、皆同じ気持ちだった。
「給料も結構よくてね。特にお尋ね者のあんたらを倒せばその報酬は高い。騒ぎを起こせば、あんたらが来ると思ったからな……」
そうだとして、室内でどうやって倒すんだあほめ、と思うナナシ。
「それに俺が着ていたあの装甲、さ」
「あれを一般人が使ってどれほど戦えるか……それを試す為に……金はやるからって……言われてさ」
「これが初仕事だったんだ。あ、雇い主の事は何も知らないよ。僕達はただの駒ってわけなのだ! ふははは!」
勝てないと分かるや、開き直ってべらべらと良く喋る。
お前金に踊らされすぎだろ、というナナシの一言に、いやまぁかわいい女の子も脱がせると思って━━なんて言いながら、秋賀原は少年の様に顔を輝かせて笑う。
あ、そっちが本音かと、一同は悟った。
「最ッ低の大馬鹿ね……」
腐ったものを見つめる様な舞那。瀬那も今回ばかりは注意しないどころか、うん、と肯定する始末だった。
更にそこへ来たのは、騒ぎを聞きつけた警官。
━━ピピーッ!
笛の音。
そして怒号。
「ゴラァ! 公然わいせつ罪じゃコラ!」
「えぇぇ!? ちょっ、僕だけ!? あいつら逃げやがって! ああ~っ! 嫌だ嫌だ!」
秋賀原は往生際も悪くじたばたしながら、腕を引っ張られ、ズルズルと出口まで連れ行かてしまった。残念だが仕方が無い。冬に真っ裸で警察に連れて行かれたとあれば、彼も深く反省する事だろう。
どこが精鋭だったのだろうか、やれやれと皆その様を見届けた。
「瑠衣の言ってたカゲヤシが狩られてるって話は、また別の人達がやってるのかな」
ナナシが彼女の方を見ると、瑠衣はう~ん、と言葉を詰まらせた。
あの程度の実力では、とてもカゲヤシと戦えたものではないと踏んでのことだった。だが、バイトの募集だったというのがナナシには引っかかる。もしかして、もしかすると……その募集と黒服は、何か繋がりがあったとしても不思議ではない。
「その様な話は……私、初めて聞きましたが」
サラが瑠衣に対して目を光らせた。効果音でも聞こえて来そうな程の眼光。
「え、ぁ」瑠衣があたふたと言葉にならない声を上げている時、ノブが「いや待ってくれ」と声を挟む。
「でも秋賀原とかいう奴はカゲヤシ並の速さだったじゃないか? あんな奴が何人もいれば狩ることも可能だろう」
「まぁスーツがどうとか……」
ナナシは言いかけて、何気なくヒロの方を見る。
放心状態で、未だにその場で立ち尽くしたままだ。まさかやっぱり怪我をしていたのではと慌てるナナシ。
「ヒロ、大丈夫か!? ……ヒロ? 怪我はないか?」
「ぁ、ああ。あいつ、本当にまりあシャツの下に妙なもんを仕込んでやがった……」
「お前、何で脱衣が使えたんだ? しかも服と、下に着た装甲を一瞬で脱がすなんて。並の……」
「分からない。気づいたらとっさに体が動いてた」
……が、そう答えたヒロは、自分自身のその返答に違和感を持った。何とない返しのつもりだった。
そして彼は無意識の内に"脱衣"という単語、それに何の疑問も持たず返答していた事に、はっとした。
「……脱衣か。脱衣?」
脱衣。
考えてみればみるほど、その単語の意味するところが分からなくなってくる。
考えるまでもなく、当然の如く知っているつもりだったのに、いざじっと見つめてみると、意味が見えない。
いつもとは違う様子にナナシは訝しんでいた。そんな彼が持つ"えくすかりばー"が目に入り、
「そういえば、なぁ、それ」
そうして、持っていた"それ"を指差すヒロ。
「え? これか?」
「それ、俺のじゃないのか?」
「なっ、違うわ! これは自分で手に入れたんだよ。こいつはこの世に一振りしか存在しない、伝説の剣だぞ!」
得意げに言うものの、
「その伝説というのは本当なのでしょうか」
……なんてサラが済ました顔をしながら、エグい突っ込みを入れる。
うっ、と言葉を詰まらせるナナシだったが、「サラさん、この際そこは気にしない方向で」とノブがフォローして話は進んでいった。
「一つ? いや、俺も持ってる。間違いない」
言い張るヒロは、依然として納得などしていない。そんなわけないって、とナナシは言うが、彼は譲らなかった。ならどうやって手に入れたのかと、ナナシに訊かれれば。
━━何処で手に入れたのかは思い出せない。それどころか、触れた記憶さえはっきりしない。
そんな、あやふやな答えが返ってくるのみだった。
「思い出せない。すごく大切な事だった気がするんだよ」
「そう言われても。だったら忘れないと思うけどさ」
「ちょっとその剣、貸してくれ。少し持つだけだ」
「べつにいいけどー」と、どこか不満げに手渡された
ヒロは柄つかを握る。そして、ようやく確信した。
この感触、確かに握ったことがあると。
そうだ、そして脱衣も……どこかで学んだような。ヒロは思考の泥沼を当ても無く掻き分け、掻き分け、ひたすらに黙考する。
剣をどこで手に入れた、どこで脱衣を覚えたのか……と。そんな時ふと、カフェでナナシから聞いた説明事がフラッシュバックした。
『それでさー、NIROに脱衣の師匠がいて、その人に脱衣を習って戦ったんだよね』
それからまた、ヒロの頭に声が響く。今度はナナシではない。
女性の声だ。
『いいわ、素質があるかどうか分からないけれど、やったげる』
『人々は日々、襲われているのです』
『そういった事件を防ぐのが我々、そしてあなたのこれからの仕事なのです』
「な、なんだ……これ。誰の声だよ」
金属の乾いた音がした。それはヒロが、剣を落とした音だった。
その場にしゃがみ込んでいたヒロを、心配そうに見守る自警団。
なんだか分からず、不思議そうに顔を見合わせる他一同。
「脱衣、師匠……?」
「ヒロ君……大丈夫?」
心配したのか、瑠衣が声を掛けた。
瑠衣ちゃん……瑠衣。不思議とそのワードも、ヒロにはどこか引っ掛かった。
キーワードを手掛かりにヒロが考え込んでいると、ふいに彼女の言葉が響いた。
『人間なら……死ぬ。けれど、私達なら』
『行こう。一緒に!』
その声は、酷く懐かしい気がした。実際は、ごく最近知り合ったばかりだというのに。
出会った事自体は最近ではなく、写真を撮った時があるのは分かっている。しかし彼女と知り合ったのは、声を、言葉を交わしたのは、あの時のカフェが初めての"はず"だった。
いや。
実際にそれが初めてなのかもしれない。この懐かしい感覚はデジャヴで、単なる気のせいなのかもしれない。
しかし、何かが引っ掛かる。
"気のせい"では済ませられない何かが。
写真を撮った時なんかより更に、もっともっと昔に、"彼女の声を聞いた"という、その感覚が。
自ら過去の曖昧な記憶を辿って、現在の脳内で復元し再現したような、色ぼけた思い出ではない。文月瑠衣という声から直接感じられる、かつての鮮明な感覚。
「なん、なんだ……これ……?」
「ヒロ君……?」
心配そうに覗き込む瑠衣に気付いて、ハッと我に返る。気がつけば皆揃ってヒロを見ていた。
ふと目に違和感を感じた。
手を触れれば、そこから何故か涙が出ている事に気付いて、慌てて袖で拭ってから、水粒を吹き飛ばす犬みたいに、がむしゃらに首を振るって誤魔化した。
「ふっ、どうしたヒロ。頭でも打ったか?」
するとナナシが冗談交じりにからかう。いつも通りのヒロに対する反応だった。
「う、うるせー。ったく」
そう言ってみるが、なんだかいつもの調子にはなれない。語尾が力なく萎んで口から出てくる。とてもじゃないが言い合える程の元気は無かった。
しゅんと頭を垂れて、口をつぐむ。まっさらなタイルの床を見つめて、何だったのだろうと思いつめた。まるで、自分の止まった思考を見ている様だった。急に喪失感みたいなものまで胸を襲ってくる。
一体何だというのか。
「はぁ、疲れたな。俺はもう帰ろっかな」
「何、これからITウィッチまりあについて語り明かそうと思ったところを!」
ノブは明るく言うが、やはり、ヒロの気は晴れない。
「また今度な」
「そうか? うーむ、残念だな……」
ノブも調子崩れに腕を組む。
自警団一同がヒロに挨拶をして見送る中、サラは一人心配そうな顔をしていた。彼女はヒロの様子を見て、妙な胸騒ぎに襲われていたのだった。
それから少しして。
息を切らせて此方へ走ってきたのは、霞会志遠。
「お待たせ! 奴らは!?」
「お、名物社長さんじゃないか」
ノブは嬉しそうにガッツポーズを見せて迎えた。結構彼女を気に入っているらしい。
名物社長の方はというと、顎に手を当てて周囲を見渡しながら、んー、と残念そうに唸っていた。
「どうやら、一足遅かった……みたいね。何があったのか、詳しく聞かせてくれるかしら?」
「んじゃあ話ついでに、志遠さんも一緒に店でも周ります?」
「あら、いいわね。そうしましょうか!」
ノブの一言を快諾する社長。
ナナシは密かに、いいんだ、とか思っていた。またタイムオーバーして、SPに引きずられていく未来が見える。
「この人って……?」
「あ、ナナシ君のお友達? 私は霞会志遠っていうの。よろしくね~」
首を捻った鈴の、低い背丈に合わせるようしゃがみ込んで……にこやかに微笑み掛ける志遠。
丁度隣に居た瑠衣も、文月瑠衣です、と笑顔でぺこりとお辞儀をする……志遠はその姿を見て、目を光らせた。
彼女のか細い肩をがしぃっ、とがっちり両手でロックして見つめる志遠。
「あらぁ!? あらあら!? なんてかわいい子なの!」
「ぅえぇ!?」
「すごーいスベスベの白い肌……、美白乳液とかつけてる?」
いつのまにか、にこやかに瑠衣の頬を両手ですりすり触る志遠。彼女も突然の事に動揺して、口をあわあわさせていた。瑠衣はこの目に似たものを以前見たことがあった。
……サラさんだ。彼女の様に、にこやかに獲物を狙っている目。
「にゅうえき? そ、そういうのは特には……」
「かわいいわ~なんてかわいいのかしら! さっきのあなたもかわいい!」
鈴にビシッと指を差す。
「えぇ! 私ですか!?」
「そこのお二人も!」
バッ! と急に身を反転させて、ダブプリの方を向く志遠。
ダブプリの二人が叫んだ頃にはまた場所を変えていた。
「あらぁこちらはダンディなオ・ジ・サ・マ」
今度はマスターに肉薄して、マスターは居場所が悪そうに一つ咳払いをした。
「すごいわぁーこんなに美しい方々とお友達なのね! 私美しいって大好きなの!」
ナナシがふと視線を移すと、瑠衣がぶるぶると身体を震わせていた。
やはり、女社長とあの時、関わりを持ったのが運の尽きだったかと……後悔の念にさいなまれながら、なんなんだ、と小さく呟いた。
「なんなのかっていうと、CEOだね……」
それは聞かれていたようで、ゴンのマジレスが飛んできた。そうには違いないのだが……
「メイド姿のあなた! 高貴な気品が溢れ出ているわね!」
「はぁ、そうでしょうか」
未だ暴走し、息巻く姿を見る限りやはりCEOとは、にわかには信じがたい。
彼女はしばらく止まりそうにはなかった。
━━そんな一同から距離を離し、人影から彼等の様子を伺っている者が一人。
瀬嶋隆二。
「ふん、なるほどな……なかなか面白い。この機会、最大限に利用させて貰うとしよう」
「私はまだ夢を諦めずに済むようだよ……北田」
不敵な笑みを浮かばせ身を翻した瀬嶋は、羽織ったコートを悠然とたなびかせ。屋台で買ったアメリカンドッグ片手に、その場を後にしていった。