【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

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05.覚醒する力

交流会は終わった。

瑠衣とナナシを除き、皆既にUD+を後にしていた。今頃、自警団メンバーはアジトでお茶でもしているに違いない。それ以外の人達は皆忙しいのだろう。鈴はどうだか、微妙な所だが……

 

夕焼けの下、UD+は人通りも無く、そこに居るのは文月瑠衣とナナシの二人だけ。

歩道橋にたたずむナナシはそれとなく、日の落ちかける空を見ていた。

そうして柔らかな夕の日差しに包まれていた中、

 

「……もう、クリスマスなんだね」

 

ふとそんな瑠衣の声が聞こえて、そちらへ振り向いた。

彼女が白い息を吐いて、感傷に眺めていた視線の先。UD+ビル入り口の、丁度手前。高さ10m程のクリスマスツリーを感慨深く見上げていた。

まだツリーのライトアップというには時間が早すぎるのもあって、何も光を放ってはいない。が、それでもクリスマスシーズンなんだという実感は充分にさせてくれる。

クリスマスイブまで、あとほんの数日。

 

俺にはクリスマスイブなんて関係無い話だったなぁ、なんてツリーを見ながらにナナシは漏らす。

とはいえ……それも今までの話。今年は違う。全然違う。

何故ならば文月瑠衣、彼女が居る!

……のだが、

 

「クリスマスなんて中止だ中止」

 

といつもの癖か、口を突いてそんな言葉が出てしまう。

いや、癖というのもあるが、彼女が居るとはいえそこからどう誘えば良いのか分からないあまり、何時もの決まり文句(テンプレ)を言ってしまった、といったところ。

 

「クリスマスはあんまり、って感じなのかな? ナナシって、冬自体は好き?」

 

「冬なんてそんなにいいもんじゃないさ。ゲームは手が冷えて実力を思った程出せないしね! あとプラモデルは塗装する時塗料がすぐ乾かないし!」

 

「そっか……そうすると夏が良いのかな?」

 

「夏なんてそんなにいいもんじゃないさ。PCの廃熱がえらいことになるし! ヘッドホン蒸れるし!」

 

「えっと」

 

言ったっきり、彼女は困り顔。

少しして、

 

「ごめん、良く分からなかった……かも」

 

「……いいんだ瑠衣。何も悪くない」

 

そう? と彼女はぽかんとして見ていた。

またいつもの自警団のノリで話してしまった。悪い癖である。

こういった話をするより、もっと別の話題があるはずだった。というか、まずクリスマスの話に戻さなければならない。

 

「そ、そういやクリスマスの話だったかな~なんて」

 

「あ。……そうだったね」

 

「クリスマスか……。ナナシはクリスマスなんて関係無い話だったって、言ったよね。……実はさ。私クリスマスなんて、まともに祝えた事無くて。だから私ナナシと一緒かも」

 

全然一緒じゃないよ、と思うナナシ。

口には出さないけど。

 

「だから今年は自警団の皆と過ごそうかなって。鈴達も呼んで、さ。きっと楽しいと思うんだ! あ、……中止じゃなければ、だけど」

 

彼女にそんな事を言われたら、中止だなんて言える訳が無い。それに、なんだかんだ中止だーと言いつつ、毎年聖夜で中止決起という名のお祭り騒ぎをするのが……自警団流。ならば今年は全力で彼女の楽しい思い出作りに尽力するのみだ。ただ本当は━━

 

リア充よろしく聖夜デートに誘いたい。

しかし。

瑠衣、クリスマスは二人で過ごそう! なんて真面目な顔で言えるたちじゃなかった。

瑠衣をからかったりはするけれども、どうもそういうのは弱い。

 

……ならば! さりげなく言って彼女を気付かせるのみ!

 

「瑠衣、クリスマスは恋人とデートする日でもあるらしいぜ!」

 

……と、爽やかに親指を立てて言った。なんて自然な導入なんだ。

 

「そうなんだ。ナナシってやっぱり物知りだね!」

 

「そうかな!?」

 

と言って、それからナナシはじっと次の言葉を待ったが、その分だけ沈黙が続いた。

……自分から次の言葉を言うべきなのかもしれない。…………いやでも、言えない。

それがどうしたの? みたいな顔で首を傾げながら、にこにことこっちを見ているのだから……言えない。

 

「うぁああぁあああああ!」

 

「えぇ!? な、ナナシ!? どうしたの!?」

 

「……なんでもない」

 

「……なんでもないの? ……そんなことはないよね?」

 

「ほんとだよ。なんでもないんだ。俺には何も無い。何も無いんだ」

 

「ナナシ……? どしたの……?」

 

勿論、自警団で過ごす事自体が不本意というわけじゃない。

しかし、もしかして未だに瑠衣は……自身を"ただの友達"としか……認識していないのでは? という疑念が今湧き上がって来ているわけで。

……だとしたら少ーし残念。

 

否、戦慄せずにいられないだろう。

今まで彼女を追っかけ回してきた結果がこれだなんて。全く、彼女は掴み所がない。

もしかしたら文月瑠衣は、恋人の定義を知らないのかもしれない。きっとそうだ。定義を知れば、あらやだ私達って恋人同士だったのね!? と……ならないだろうか。

スマホを取り出し、"恋人 定義"でググりながらも、途中でナナシは諦めた。なんでこんな事をしなきゃならないんだ。ショックのあまり、意味不明な行動に出ているじゃないか。

 

……ナナシは納得した。今まで通り自警団で騒いでいた方が、自分の性に合っているよな、と。

ツリーなんてもう目もくれずに、素っ気無くその場を離れようとした時……

 

「いやぁ、お二人さん」

 

野太い声を突然掛けられたかと思えば、そこには一人黒いスーツ姿の男が佇んでいた。

その見た目は筋骨たくましく、スキンヘッドに、それと伸びた口ひげ。スーツはまともに着ているわけではなく、かなり着崩している。

一瞬、某玉集め格闘アニメのナ○パみてえなヤツだ、とナナシは思いかけたが、このような出で立ちはSPやシークレットサービスでも良く見そうなイメージだ……スーツを着崩している以外は。

ともあれこの秋葉原では、かなり浮いている出で立ちである事は間違いない。

 

「……何か?」

 

「お前を始末しに来た、のさ」

 

「さいですか」

 

 

 

 

「変な冗談を━━」

 

丁度それは瑠衣が言いかけた時だった。

黒服はおもむろに何かを持ち出した━━それは、刃部分だけが全く無い剣。と思えば、金属音と共に、鍔から瞬く間に刃が伸びてきた。

 

(なんだあれ? 展開式の……剣?)

 

ナナシとしても見たことはない装備だが、武器である事は一目瞭然。そしてそれが、男がこれから何を成そうとしているのか、その意思を示す何よりの証左。

 

「ふぅん。本気みたいだな」

 

ナナシは面白くなさそうに腕を組んだ。

思えば、先程からこのUD+には人通りもない。意図的に封鎖されているのだろうかと、ナナシの頭に疑念がよぎる。

だが、そんなことをたらたらと考えている暇も、無さそうだった。

 

「やるしかないようだ。俺に任せて、瑠衣は下がっててくれ」

 

「……うん、分かった」

 

瑠衣は従いつつも、彼女の慈悲深さ故か、怪訝の面持ちで大男へ尋ねた。

 

「本当に、戦うつもりですか?」

 

「そりゃこっちのセリフだ……。逃げなくていいのか?」

 

男は余裕綽々といった様子で口元を歪めている。その挑発を受けたナナシは、特にこれといった反応を示す訳でもなく━━ただ淡々として、大した自信だな、と言うに留まった。

すると尚、男は訊いてもいないのに得意げに語りだした。

 

「当たり前だ。俺はお前とは全く別次元のパワーを手にしている━━」

 

しかしナナシに遮られ。

 

「あまり語るな、弱く見えるぞ?」

 

「そうかい。……なら力を持って分からせてやるよ!」

 

 

━━来た。

 

男が跳躍し、剣をナナシに振り下ろした。それを避けるも、次に男の足蹴りが来る。

とっさに剣で防ぎ、大きな金属音が響いた。

剣で防いだはいいものの、防いだ剣を通って身体に、打撃の強い衝撃が伝わってくる程のパワーだった。

二人は一旦距離を取り合い、互いに構えて見合う。

 

「反応は良いじゃねぇか? そのまませいぜい楽しませろよ!」

 

「なんて力だこのおっさん!? どうやら強いのは加齢臭だけではないという事か……」

 

「ほっとけ!」という男の言葉が飛んできた。男は気を取り直して、にやりと自信を滲ませながらに言った。

 

「…………驚いたか? これが"紛い者"の力だ。カゲヤシってのを戦闘用として強化した、新しい力さ」

 

それを聞いて、悪戯に笑みを浮かべる。

 

「カゲヤシ? ならあんたも脱がせば灰になるな」

 

強化だろうがなんだろうが、服を脱がせば結果は同じ。灰になる。

ナナシは臆する事なく、そうしてからかってみせた。

 

「脱がせられればな━━!」男のその言葉を聞いて、今度はナナシが地面を蹴って襲い掛かった。

 

それから二人の剣と剣は絶え間なくぶつかり続けて、金属音が連続してUD+に響き渡っていった。

仕掛かけたのはナナシ。だが結局の所、押されていたのはそのナナシ自身。

 

強い、こんなはずは。

剣を交えながらも……男が持つ未知の力に、ナナシは思わず舌を巻いていた。

 

「さっきまでの余裕はどうしたぁ!?」

 

大男の煽りが飛ぶ中。

ナナシは焦る意識を持ち直すと、これまでの形勢を押し返す様に、力強く、右足を踏み込んだ。

 

「確かに強い……だが!」

 

ナナシは男のわずかな隙を見た。その一瞬の内にズボンを脱がし、さらに腕は上服を捉えた。

その全てを脱がすことは叶わなかったものの、スーツの上着は引き剥がされ、Yシャツが露出した。慌てて大男は剣を振り乱し、また互いの斬り合いに発展する。

男を守るものはシャツ残り一枚。

 

「ええい! いい加減もう脱がされとけよな! ━━っと!?」

 

男の斬撃が首元に襲い掛かる。

ナナシは咄嗟に、それを剣で捌いた。それからも容赦なく剣が次々に振るわれ、ナナシはそれを辛くもかわしていくが、次第にそれは苦しくなっていった。

 

「っらァ!」

 

大男は吠えて、力任せに剣を振り上げた。ナナシはどうにかこれを剣で受けたものの。

男のとんでもない怪力によって、鋭い金属音と共に剣は退き払われ━━そして衝撃によってナナシの身体は後ろへ押し飛ばされた。

彼は自らの脚を地面に叩きつけ接地し、ブレーキをかけると共に体勢を立て直そうとする。

 

「こんのぉ……!」

 

いくら歯を食いしばろうが、その意に反して足元は摩擦音を上げながら滑っていった。

馬鹿力、それも渾身の一撃をもろに受けてしまっただけに、急には止まれないほどの力が身体にかかってしまっていた。

 

━━俺の血の効果が切れ掛かってるのか? いや、そんなんじゃない……

男の圧倒的なパワーに思わず自問自答する。己の力が著しく劣化しているのかと、勘繰りたくなってしまう。

だがナナシには薄々分かっていた。これこそが、カゲヤシを超える力なのかもしれないと。

って、だとしたらめちゃくちゃ強いじゃないか! いい加減にしろ! と心中で嘆かずにはいられない。

 

ただでさえ瑠衣の目の前で"俺に任せろ"とかカッコつけたのに、ここで負けたらただのヤムチャしやがって状態に終わるじゃないか、なんて……彼の脳裏に、瑠衣の冷めた視線が浮かび上がる。考え様によってはご褒美だけども、この状況に限って言えば、それは御免被る。

 

「ふん、やるじゃねーかおっさん! だがその強さ、俺の勝利に華を添えるだけだと気付━━━━!」

 

自信に満ちた表情で剣を握りなおすナナシ。

……が。

 

「ぐわぁ!?」

 

それはすぐに、叫びと共に向こう側へぶっ飛んで行った。

先程の足をとられた硬直を狙って飛び蹴りが入り、今度は体勢を立て直せないほどの勢いで吹っ飛ばされたのだ。

 

「ナナシっ? 大丈夫!?」

 

心配する瑠衣の声が聞こえた。

……よろりとなんとか立ち上がれはしたものの、痛みはナナシの己が身に響き渡っていた。

驚異的な回復力を備えるカゲヤシだってスーパーマンではなく、痛いものは痛い。

それでも、再び立ち上がる程度の根性を彼は持ち合わせていた。最初路地裏で、優に脚蹴りにされた時だってそうだ。

とはいえそんな彼でさえ、

 

「いっ……いってぇ~……」

 

と、ついつい泣きの一声が口を突いて出てしまう程、強烈な一撃。

 

「タフだな」と、大男はあくまでそんな頑丈さに目を見張っていたが、そんな言葉を聞いて、全くもって不快感を露にさせながら、あのなぁ、と不満を熱く爆発させた。

 

「当たり前だろう!? 間違っても加齢臭のおっさんになんてやられたくないだろ……!」

 

「こ、こいつ……いちいち一言多いヤツだな……」

 

が、ついに糸の切れた人形よろしく、どさり、とその場に倒れこんだナナシ。

 

「っておい、結局倒れてるじゃねーか。へっ」

 

「これで"全力"とは。つまらん。つまらんぜ……もう少し楽しめるかと、思ったんだがよ。へへへ」

 

「ナナシ……!」

 

瑠衣は駆け寄るなり、その場で身をかがめ、うずくまっていたナナシを抱きかかえた。

彼女が仰向けになっていたナナシの顔を上げ、心配そうに見つめると、彼は息も絶え絶えながら口を開いた。

 

「る、瑠衣……逃げろ……。こいつめっちゃ強いすぎる……あ、まてよ? もしかしてこれって負けイベントなのかも……」

 

とかなんとか。

朦朧とゲーム脳思考を展開させている内も、彼女は必死だった。

 

「嫌だよ。……ナナシを置いて逃げるなんて事、できない!」

 

「それなら、私が戦って灰になったほうがマシ……!」

 

「ば、馬鹿言え。それじゃもうprprできないじゃんか……」

 

「君を見捨てるくらいなら、馬鹿でもいい」

 

凛々しい声だった。

そして彼を見つめる真っ直ぐな瞳。なんて出来た優しい娘なのだろうと、父並の感動をナナシは抱いた。それはともかく……

彼女はそれから抱きかかえたまま、何かを思いついた様にはっとすると、意を決して提案した。

 

「ナナシ、私の血を使って。あの時の……瀬嶋の時みたいに!」

 

つまり、自らの血を吸えと。無論彼女の負担もあろうが、それで上手く行くのなら、という彼女らしい提案だった。

それを聞いたナナシは目を細めて、静かに彼女の名を呼ぶ。瑠衣はきっと快諾してくれるのだろうと思ってか、嬉しそうにうん、と返事をした━━そんな彼女を見据えたナナシは、

 

「……そいつは駄目だ瑠衣」

 

諭すように真面目な声で言うものの。

瑠衣はそんな彼を心配しているからこそ、納得などはしない。人を想う力の強い瑠衣だからこそ、それが誰かの為ならば尚更……だからこそ、彼女は必死に説き伏せようとする。

 

「確かにまた血を飲んだりしたら、今度こそ本当にカゲヤシになってしまうかもしれない。でも、もうそんなこと言っている場合じゃないよ」

 

人が血を多量に摂取すると、カゲヤシの状態が定着し、人間には戻れなくなる……

彼女はそのせいで渋っているのだと勘違いしていた。違うんだ、とナナシは否定する。

 

「瑠衣の負担が大きいからだ。やるわけにはいかない」

 

「私は平気!」

 

瑠衣は胸に手を当てて、そう、すがる様に語りかけた。

しかしそれから…………

 

彼女は何を思ったか、少し考えた様子を見せてから……今度はあっけかんとして言った。

 

「━━あー分かった! それともっ……ナナシ、やるのが恐いんだね?」

 

なんとかして説得しようとするあまり、彼女は手段なんてもう、なんでもいいやと思った━━のかは定かではないが━━とにかく瑠衣は、そうやってわざとらしくはやし立て始めた。

 

「……なにィ!? んなわけあるか!」

 

急に何を言い出すんだと、ナナシも案外簡単に食って掛かる。そしてこれを見て手応えを実感した彼女。

もしかしてナナシって結構単純なのでは、と思った瑠衣はもう止まらずに、人差し指を天に突き立てながら、どんどんと煽っていく。

 

「ほらやっぱり恐いんだ。キミってば、弱虫なんだ! 意気地なしだったんだねっ!?」

 

「な、なんだと!? もっと言ってくれ━━じゃなかった俺は怒ったぞ!」

 

「き、キミが怒っても全然恐くない! 恐がり屋なナナシなんて大大大嫌い!」

 

つんのめるように身体を強張らせて言うと、ちょっと言いすぎたかな、なんて後悔の念が差してきた瑠衣だった。

しかし彼女が謝る暇も無く、ナナシはナナシで瑠衣の両頬を引っ張っていた。彼女はほんのりと涙目になった。

 

さっきから何やってんだこいつら、と傍観していた大男もほとほと待ちきれなくなる。あのー、と男が控えめに声を掛けた時だった。

 

「やってやる! 見せてやるぜ俺の力をなァ!」

 

ナナシが立ち上がって拳を振り上げ、力震るわせながら大男へやけくそに叫んだのだ。

彼がそんな少々小物臭い台詞を叫んだ所で……横から瑠衣が背を低くして、小恥ずかしげに覗き込んでいた。

 

「な、ナナシ……」

 

「なんだよ?」

 

そのポーズのままに、あくまで彼女の側へ振り向く事は無い。それはまるで子供がふて腐れたみたいな態度だった。

瑠衣は先程とは打って変わって優しく、ありがとう、と小さくささやいた。

そうすると彼は相も変わらず、ぷいと顔を背けたままだったが━━少し照れ混じりに、じれったくこう言った。

 

「ええい、はよ血を飲まさんか!」

 

 

 

 

それから少しして、

 

「ったく……はやくしろよ……俺は子供の喧嘩を見に来たんじゃ……」

 

大男がやり切れないといった様子で俯きながら、毛のない頭を世話しなく掻いていた所だった。

 

「……お!?」

 

不意に顔を上げた男は二人を見て驚愕し、直後、閃光に目を細めた。それから光は徐々に収まり、少しづつナナシの姿が見えていく。

疲弊から思わず崩れ落ちた瑠衣は、ナナシの姿を見上げて嬉しそうに言った。

 

「ナナシ……! ついになったんだね……!」

 

彼の身体の周囲を青白い稲妻が走り抜け、閉じていた目をゆっくりと開いた。青く光るその瞳が、普段のナナシのそれとは違う……鋭い目つきで男を捉えていた。何も言葉は発さず無言であろうとも、その姿は確実に、対峙する男を静かに威圧する程の気迫であった。

 

(俺は……あの時と同じようになったのか)

 

瞬間的に血を多量摂取することにより、一時的に手に入る莫大な力……

手にするのは……それは"あの時"、オフィスビルでの戦い以来。

 

今ナナシは、様々な感覚に襲われていた。

莫大な力を手に入れた安心感と、高揚感。そして、不思議なほどの自我の落ち着きと、それに反して血の本能か、腹の底から湧き上がる怒りにも似た闘争心。感覚が複雑に混ざり合い、自分でも何がなんだか分からない。

ただ、一つ……負ける気はしないということが、はっきりと自分でも分かることだった。

 

 


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