【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

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06. その名は紛い者

「待たせたな……これが俺の"全力"だ!」

 

「へ、へへ……こいつは派手な見掛け倒しだな坊主。どんな子供だましか知らねーが……!」

 

「ふん……分かるまい。お前には……この俺の、身体を通して出る力が!」

 

「身体を通して出る力……? そんなもので、この俺が倒せるかよ!」

 

男はナナシへ走り、大雑把に剣を振り下ろした。が、しかしその豪速の刃はナナシの頭上で急に大人しく、ピタリとその勢いを失った。振り下ろした丸太の如き前腕がいとも簡単に、ナナシに掴み止められていたのだ。

 

「!? くそっ、離せっ……!」

 

驚異的な握力に掴まれた腕がメキメキと音を上げ、たまらず男は剣を落としてその場にしゃがみ込む。

 

「ぐおぉぉ!?」

 

「ぬふふ。どや、この力伊達ではあるまい」

 

ぱっと手を離したナナシは自然と口角が緩み上がり、非常に満足げなドヤ顔で男を見た。

ナナシ自身としてもやはり見違える程のパワーアップに、先程自身が追い詰められた相手と戦っているにも関わらず自然と余裕の笑みがこぼれてしまう。元々血の相性がこの上なく良いのもあってか……大量摂取によって、身体能力は尋常ならざる上がり幅で強化されている。

 

この力、"あの戦いの時"と同じ。

 

妖主の血を得た、あの瀬嶋を。

更にNIROの科学技術によってコーディネートされ、手に入れた血の力を最大限引き出していた、あの瀬嶋隆二を。

更に更に上回った、凌駕した、この力。

 

「ふ、ふざけんな。こいつ……!」

 

余裕の表情を見た男は威圧と受け取ったのか、冷や汗を垂らしながらもそうして吠え、立ち上がると、今度は全身に漲る力を右腕に集中させ、文字通り全力の元に殴りかかる。ナナシもあえて力を試す為に拳で答え、双方の拳と拳はぶつかり合った。

 

━━結果的にナナシの側が僅かに力負けをして、拳で壁まで押し飛ばされる事となった。これでも純粋な力では、まだ相手が少しばかり上の様だった。

しかし吹き飛ばされる中、ナナシは冷静に相手を見据えていた。

男がミサイルの如く一直線に迫ってきている。壁に叩きつけられた所を追撃するつもりだ。

 

「死ねぇ!」

 

唸りを上げた拳がコンクリートの壁をいとも容易く粉々にし、粉塵が舞い上がった。実は内心焦っていた男もようやくほっとして、思い切りに高笑いを挙げた。

 

「わはは! 見たかァ! この俺の力こそパワー……」

 

「あのー……満足?」

 

そんな中、唐突に耳元で呟かれる。それは他でもない、壁ごと粉砕したハズだったナナシの声。

 

「何ィ!?」

 

と、思わず飛び上がる程に驚愕し、絶叫する大男。

さっきからここに居ますけど、とジト目で睨みつけるナナシを見て……男の顔はみるみる青ざめ、戦慄し、恐怖した。ナナシは壁を蹴り、男の拳をすれすれで避けていたのだ。

 

「おらおらぁぁぁぁぁぁ! 脱がすぞおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「ひいぃぃ!? 来るなぁぁ!」

 

男が追い掛け回される様を、突っ伏した瑠衣が困惑しながら見つめていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

ナナシは見事勝利した。とはいえうっかりあの男を逃がしてしまったのは、手痛いところであった……あの様子では、次来る事もなさそうなのだが。

 

「さて帰るか瑠衣……む?」

 

とナナシの元に新手が三人、現れていた。黒いスーツに身を包んでいて、彼等が先ほどの男の仲間である事、そして、であれば今すぐにでも襲い掛かって来るであろう事は明らかだった。

まずは一人だけ向かわせ、実力の程を試していたのだろうか。

 

新手の三人は言葉も無く、防刃グローブをつけた拳を静かに構えた━━と、その直後、一人の黒服が脱げ、その身が炭化していった。

 

『うわぁぁ!? 熱いィィ……!』

 

それを見た仲間の二人は見回し、当惑の声を上げた。

 

『な、何だ?』

 

先程までナナシが居たはずの場に彼は居ない。高速の一撃離脱でナナシが仕掛けたのだ。

敵である事がほぼ確定な上、拳を構えるという戦闘意思を示した以上、それならばさっさと先制をするに限るというわけで━━尚も動揺している二人に再度、間髪いれずに接近する。

ナナシは超速の元、ジェット機の如く鋭く空を切り裂いて肉薄したのち、通り過ぎざまに片割れの男の上服を剥がした。

 

『くっ!? な、なんなんだ!? どこ行きやがった!』

 

『おい、よく見ろ! 撹乱されるんじゃない!』

 

Uターンし、再度半裸の男の下服を狙うが、今度は避けられ、もう片方の男の蹴りを食らう。その信じられない程重い蹴りにナナシは苦痛の声を漏らし、口元を歪ませた。

一旦、間合いを取って仕切り直すナナシ。

 

(こいつらも……強化されたカゲヤシって奴か……!)

 

「ナナシっ! 大丈夫!?」

 

「大丈夫だ瑠衣! 任せろ!」

 

『油断するな! 仕掛けるぞ!』

 

『いや待て、俺がやる! 服の借りを返してやる……!』

 

ナナシが体勢を立て直す前に二人は迫る。半裸の男がナナシの上着に手をかける。バックステップでその手から逃れようとするが、逃げ切れない。上着が脱がされる。続いてシャツが脱がされ、日の下に晒された上半身が熱くなった。

覚醒した瀬嶋との戦いを思い出す程、今まで戦ってきたどの相手よりも大分強い上に……既に彼の増幅されていた身体能力のピークが過ぎようとしていた。早くも余剰に手に入れた力のツケが、疲労が、回ってきていたのだ。

くそ、とナナシは吐き捨てた。

残りの下服に手が掛けられた。ナナシは苦し紛れのカウンターストリップで、逆に半裸の男の下服を脱がし返す。

 

『嘘だろ? 畜生……! こんな……! ガキにぃ!』

 

これで一人は塵となり無力化したが、カウンター直後のナナシは隙だらけだった。続いて来るもう一人の脱衣は、どうしようと避けることは出来ない。

 

『死ねぇ!』

 

まずい! 終わる……! こんなところで━━

南無三。ナナシが天に祈った、そんな時だった。

 

突如、男が驚きの声を上げたかと思えば、その上半身は裸になっていた。

そして男の背後から上服を持ち躍り出た、見覚えのあるあの男━━それは、安倍野優。

一瞬思考が遅れたナナシだったが、今だナナシ、という優の声にはっと気を持ち直すと、すぐさまナナシは男の足を払い、一瞬の内に下服を脱がした。

 

『な、そんな。こんな……下位互換というべき存在に、やられるとは……!』

 

『襲撃は失敗だ。封鎖に当たっていたものは撤収しろ……!』

 

男は耳の通信機に手を当ててそう言うと、その言葉を最後に彼の身体は塵となり、消えていった。

ナナシが「下位互換で悪かったな」と立腹して、ふと気付けば、自らの身体から青白い閃光は消えていた。時間ギリギリだったらしい。

それからナナシが自身の衣服とえくすかりばーを回収していると、優が言った。

 

「おい、早いとこ俺らも逃げた方が良さそうだぜ?」

 

「ん、ああ。ところで優」

 

「あ?」

 

「……、その、なんだ。ありがとな」

 

「けっ、んなこと言ってる場合じゃねえよ」

 

優は言いながら、周囲を警戒するように辺りを見回していた。照れやがって、とナナシは静かに笑った。

 

「瑠衣、立てるか?」

 

「う、うん」

 

ナナシは肩車で瑠衣を立たせる。瑠衣も、立ち上がるのがやっとといった様子だ。

 

「兄さん……無事だったんだね。良かった」

 

「ほんと優お前、死んだかと思ったぞ?」

 

「勝手に殺すんじゃねえ……! つか、こんなことしてる場合じゃねぇだろ。さっさと逃げんぞ!」

 

 

辺りはもう暗くなっていた。三人は、夜道の冷えたアスファルトを蹴っていく。

ナナシ自身が秋葉原の事件に巻き込まれることの発端となった、瑠衣と優、この二人。ナナシと深い繋がり、因縁を持つ二人だ。

それが今では三人で共同の目的の元、こうして動いていることにナナシは奇妙な感覚にとらわれつつも、とにかく今は逃走と周囲の警戒に集中することにした━━

 

 

 

 

━━UD+

 

『飴渡チーフ、逃げられたようです』

 

黒服に"チーフ"と呼ばれたオールバックの男。

スーツにオールバック……とは言えば聞こえは良いが、彼も戦闘員であり、きっちり身なりを固めた紳士というわけでは無い。額の生え際から二、三の前髪が飛び出ていて、あくまでとりあえず邪魔だから、まとめただけ……といった所であろうか。整えられていない顎ひげもそれを示していた。

チーフは黒いレザーの手袋に挟まれた安煙草を吹かし……そうか、とドスの利いた声で短く言いながら、サングラス越しに歩道橋の向こうを睨んでいた。

 

「まだ標的がいるかもしれん。周囲を封鎖し、俺達で可能な限り捜索するぞ。ここにあるカゲヤシの本拠は引き続き、他の者に見張らせろ」

 

『ハッ!』

 

敬礼と共に締まった返事を返して、黒服達は一斉に捜索へ走り去って行く。

チーフは見送って安煙草を捨てた……そして、それは間もなく革靴の底にじりじりと、にじり潰された。

 

「……次は俺が相手をしてやる」

 

チーフは恨めしげに目を細めた。

 

 

━━駅前

 

逃げていく最中、ふとして瑠衣は、優へ尋ねた。

 

「兄さん、捕まって……連れて行かれたの?」

 

「あ? あぁ……気が付いたら変な実験室みてぇな所に……」

 

「ハハ、無事なようでなによりさ……」

 

そう言うナナシは、フルパワーで戦った反動か酷くげっそりとしていた。

少なくとも、あの優が珍しく「お前、大丈夫か?」なんて声を掛けるくらいには。

 

「余裕、余裕……」

 

そんな言葉とは裏はらに、明らかに力ない声だった。

ナナシとしても、がくりと頭を垂れればそのまま液状にでもなってどこかへ流れ行ってしまいそうな程に、ああ重だるいというのが正直な心境。

なんと繕おうとばればれなのか、顔を覗き込んで見た瑠衣が「……大丈夫じゃないよね?」なんて疑るような眼差しと共に突っ込んでいた……

 

それから少しして、三人が秋葉原駅の高架下に差し掛かった時だ。先頭の優が物陰に走り込み、壁に背を叩きつけて張り付いた。向かいの様子を伺っている……何かを察知したようだった。

 

「ちっ、やべぇな。追っ手が俺らを探してやがる」

 

そっと……後の二人もくっ着いて、そちらへ覗き込んでみると……なるほど優の言う通り、目の前のそこかしこを黒服が巡回している。そして恐らく、自分達の後ろから追っ手が来るのも時間の問題。

三人の逃走経路は潰されていたのだ。

瑠衣とナナシが疲弊している今、頼りになりそうなのは優しか居ないというのに、相手は何人も居る上にそれも強化カゲヤシだったりしたら、正攻法ではどうあがいても勝てっこない。

「なんとか突破できないかな……」そんな言葉を漏らした瑠衣を見て、ナナシは得意げに告げた。

 

「まぁ、まだ希望は残されてそうだぞ」

 

ふふん、なんて鼻息が聞こえて来そうな面だった。優は、何だコイツ、といったみたいに奇妙なものを見る目で訝しみながらも、「何か考えでもあんのか?」と━━問い掛けた丁度その時だった。

高架下の道路を通って、三人の目の前に白いミニバンが止まった。運転席のドアが開く……顔を出したのはヤタベだ。

ナナシが逃げる途中に、予め逃走の足としてメールで呼び出していたのである。勿論タネ明かしは自分の見せ場の為に取っておいた……これにより優は一目置くし瑠衣はきっと自分に惚れ込む。これには我ながら天才かもしれない、とナナシは自画自賛した。まぁただの人頼みなのだが。

 

「こういうことか。少しは役立つじゃねぇか」

 

(君達! 早く乗るんだ!)

 

ヤタベが小声でそう急かした。

三人はすぐさま後部座席に乗り込み、ミニバンは発進した。

 

「ひぃ~、危なかったねぇ君達。いや、まだ全然油断はできないね」

 

「このまま大通りの車列に紛れ込もう。うっ、赤信号とはまたこんな時に……」

 

車内が緊張に包まれる中、ヤタベは言う。

 

「皆身を屈めて、窓から見えないようにしていなさい。……おぉ。いるいる……いるねぇ。こんなにひやひやするのも久々だ」

 

とはいえ少年のようにどこか楽しげなご様子。しかし他一同は気が気でないわけで、その発言にむしろひやひやするぞヤタベさん! とナナシも胸の内で嘆きながら、ひたすら見つからない様に俯き続ける。それから車は再び発進し……

しばらくしてヤタベがもう大丈夫だ、と伝える。三人はひょっこりとウィンドウ越しに顔を出した。━━場所はマスターのカフェだ。

 

ナナシと瑠衣はヤタベに礼を言いながら、カフェ前に降り立った。

 

「ここまで来れば大丈夫だろ……」

 

ナナシより一足先に降りていた優は、心底だるそうな様子で頭を掻いた。元々こんな感じの奴だからな、などと言えば殴られそうだが、幽閉の後ようやく開放されたのだからと思えば、無理もない。

 

「悪いことは言わないよ。念のため、マスターのカフェに泊まっていくといい」

 

三人は見送るヤタベに改めて感謝しつつ、カフェへ向かう。

 

「しかし、こいつはやべぇぞ……またいつ何が起こるか分からねェ。お袋にも連絡して、身を隠すように言わねえと」

 

「優、一体何なんだあいつら」

 

「俺が知るかよ。とりあえずとんでもなくつええ……」

 

「……んなことよりよ、ナナシ」

 

「うん?」

 

「お前は昔俺達を狩る側だったが、これで同じ狩られる側になったって訳だ。今までのようにはいかねェぞ」

 

「……気をつけな」

 

捨て台詞を最後に優は瑠衣から鍵を拝借し、一人さっさとカフェの中へ入って行った。

 

 

 

 

「狩る側から狩られる側へ……か」

 

カゲヤシ末端の最精鋭と言われる親衛隊、眷属の中で単体では恐らく最強クラスであろう優、規格外の力を持つ覚醒した瀬嶋……ナナシはその全てを倒し、打ち勝って来た。

が、ここに来て新たな強敵。それも人数は数多く。

今回はなんとか瑠衣の力を借りて勝ったが、次からはどうするのか。どうやって瑠衣を守るのか。ナナシは考えた。

 

……やはり、自分自身を今一度見直さなければならない。

己の壁を破る時が来たのだ!

 

「なぁ、瑠衣」

 

「なぁに?」

 

「俺、師匠に会ってみる」

 

「そんでもっと強くなってやる。つまるところ、だ……俺はネトゲで例えると、アプデのせいで思う様に戦えてない……みたいな状態だからな! 新しい環境には慣れる必要がある!」

 

「……えーっと……ごめん、分からない」

 

「そっか……いいんだ瑠衣」

 

 

━━次の日の朝

 

優が連れて行かれたと前日言っていた例の場所に、彼の案内で来ていた。

何故かそこへはヒロも勝手について来ていたが。まぁとにかく、何か奴らの手がかりがあるかもしれない、そう思い、危険を顧みず来たわけだが……

 

その一部屋だけの空間は四方をコンクリートで塞がれ、窓もなく、なんだか息苦しくなってくる。

まるで手術室を思わせるような小部屋だった。明かりは必要最低限の赤い非常灯しかないせいで、一面全てのモノが赤く染められていた。

 

「うええ……なんだこれ」

 

ナナシが思わず不気味がって声を上げてしまう程、お化け屋敷みたいに気味悪く、おどろおどろしい。

部屋の中心にはベッドが置かれていて、その上には医療ドラマやマンガでよく見る、丸い手術用のライトが備え付けられている。

 

「不気味すぎる! ……なぁヒロ、お前は好奇心旺盛すぎなんだ。こんなとこ来てまたなんかあっても知らないぞ!?」

 

返事はない。

おーい、と呼んでもそれは変わらず、ヒロはまたもやじっと考え込んで、固まっている。

 

「……もうもぬけの殻かよ」

 

代わりに優の声が聞こえた。

周囲をきょろきょろと見回し、辺りを手当たり次第に漁っていた。

そんな様子を見ているだけでも、この部屋に大した物は残されていない事が分かる。綺麗さっぱり引越し済みらしい。

無駄な徒労だったと、ナナシがため息をついてこの場を去ろうとした。

その時だった。

 

「やっと思い出したぞ……! 俺は何度も繰り返してる!」

 

「……はい? ヒロさん?」

 

「俺は文月瑠衣に会って、瀬嶋を倒すまでの一連を何度も経験してる!」

 

「なんだと!? …………そうか、ヒロ!」

 

「さぞショックだろう。今は家に帰ってゆっくり休め。それから病院に行くんだ。頭の病院にな」

 

「ってナナシお前、本気にしてねーな……まぁいいさ! 思い出せて幸運だった。カフェでナナシ……お前の話を聞いた時の、どこか他人事ではないような、あの違和感」

 

「お前は俺なんだ!」

 

ヒロはナナシの肩をがしりと掴んで、そう熱弁している。

しかし、ナナシには少しも伝わっていないようで……

 

「なにそれ哲学的な話? 男と合体するとかほんと勘弁━━」

 

「━━って優!? 勝手に帰りやがったあいつ! どいつもこいつも訳分からんぞ!」

 

と、ここでナナシは携帯が振動している事に気付く。

 

「んあ? 今度はなんだよ……」

 

ナナシは、志遠からメールが来ていることに気付いた━━中央通りにて黒服の部隊が来る。すぐに来て! ━━という文面。

 

(……なるほど。今日も忙しいな)

 

「悪い、ちょっと中央通りに行ってくる。ちゃんと帰って休めよ」

 

「……ああ。またな、ナナシ」

 

「秋葉原、またここに来ちまったのか。……またな、か。ナナシ、次に会う時は……」

 

━━中央通り南西

 

 

「来たわねナナシ! レディを待たせるなんて、私じゃなかったら怒ってるところだぞ!」

 

ナナシを見た彼女はにっ、と笑い、いつぞやかと同様にびしっと指差した。そしてナナシは負けじと指を差し返して言う。

 

「出たなマシュマロのお化け! というか、そもそもそんなに待たせてないはずだぞ……」

 

「マシュッ……失礼な! すごい失礼!」

 

彼女の叫びを華麗にスルーしたナナシは、早速本題に入った。

 

「……それで、黒服の部隊とは?」

 

それが今回脱衣を依頼された標的の概要だった。

企業の社長からの依頼とは、やはりいささか自警団らしくない……が、しかしいっそ街を暗躍する脱衣屋として活動するのも、それはそれでクールじゃないか? と我ながら惚れ惚れしていたのも束の間。

そこから返ってきたのは、彼女の思わせぶりな言葉。

 

「それは今から来る"予定"」

 

……ナナシは首を傾げた。

 

「実は偽情報を流して釣ってみたの……おいしい情報だからきっと来るはず。待ち伏せ作戦よ」

 

「そこに敵のお偉いさんでも来れば万々歳、確保して色々聞き出しちゃいましょう。来なくても、敵の殲滅は成し遂げられる」

 

「ただ、虚を突けるとはいえ相手も手強いわよナナシ君。今回に限らず、これから厳しい戦いになるかもしれない。あなたは敵についてもっと知っておく必要があるわ」

 

「それで、なんだけど。"紛い者"……って聞いたことあるかしら。そう呼ばれる奴等が居てね……こいつらはヒトがデザイン(設計)した"自称"次世代のカゲヤシの事なのよ。少しは知ってる?」

 

ナナシは頷く……確かナ○パみたいな黒服もそう自称していた。

 

「紛い者っていうのはね、簡単に言えば特殊な血で、カゲヤシよりも更に上の身体能力を手にした者の総称なの。混じり気のない純血種のカゲヤシとは違い……より良いパフォーマンスを得る為に故意に手を加えられ、造られた血をその身に宿す。ある意味不純物的な側面を持つ偽りのカゲヤシ……」

 

だから、"紛い者"と……彼らの間でそう俗称されているのだと、志遠は言う。説明によれば、黒服達の下位戦力は主にカゲヤシ、そして上位戦力に紛い者という構成のようだ。

そして彼女が言うには、紛い者の比率は近頃急速にその数を増やしつつあるっぽい、とのこと。

どこかいいかげんだが、とにかく詳細なデータはないものの志遠自身の体感ではそう感じているようだ。本当であればこの上ない危機であり、あんなのが何人も出てきたら流石に捌ききれないのは戦ったナナシが一番良く分かっている。

しかし何故紛い者の固体が増えていると体感であれ分かるのか。それが分かる、という事は……少なくともカゲヤシと紛い者の判別が出来ている、という事。ナナシがそんな疑問を浮かべた時、丁度それを読んでいたように彼女は言った。

 

「それで、問題はどうやって紛い者と判断するか、よね? そこで取り出しますは━━あなたのスマホ。ミラースナップだっけ?」

 

「良く知ってますね?」

 

「まっ、そこそこは。そ、れ、よ、り、も」

 

志遠は腰に手を当てたまま言って後ろへ振り向くと、通りの向こうを指差した。

標的の黒服だった。見たところ人数は三人、小走りながら苛立つように周囲を警戒している。明らかに観光客や住人、ビジネスマンのそれとは異質。

 

「来たわ。……奴等ね」

 

「奴等の特徴は見ての通り黒服の集団であるということ。紛い者は現状あの集団に全て所属していると見ていい。加えて、近頃は特徴的な剣を装備している場合が多い。これが大体の目印になるわよ」

 

「さぁ、撮ってみて!」

 

彼女はナナシのスマホを覗き込んで言った。言われるがままにシャッターを押してみる。

……結果は、今まで見たことのないパターン。

ただ普通に写るんでも、カゲヤシの様に全く写らないという訳でもない。ただ撮影した三人の身体が、少し薄く透けたかとは思わせる。それに加えて……

 

「被写体にノイズがかかっている……?」

 

「ビンゴみたいね! それこそが紛い者……混じり気があるからか、カゲヤシみたいに完璧に消えるわけじゃない。そんなわけで偶然だけど、写り方は違うから。分けて判別できるわ!」

 

「……あの、三人全員紛い者なんですが」

 

ナナシは引きつった顔で言った。

 

 

 

「作戦は急襲。紛い者と言えど、不意打ちに即応はできない。一瞬の内に脱がす。あなたならそれが可能よ」

 

どうやら、ナナシが駅前で集団を脱がせて見せた際の手際を踏まえ、太鼓判を押してくれているようだった。

しかし当のナナシは自信無さげだった。無理もなく、既に彼は紛い者との戦いにおいて苦戦を経験しているからである。

 

「あの時は相手が弱かったからで……」

 

「大丈夫! なにかあったら私もこのケースで戦うから! 私、こう見えて体術には自信があるの!」

 

大きなスーツケースを構えてみせた。よほど自信があるのか、鼻息荒く志遠は自負している。

しかしスーツケースを使った体術なんてナナシ自身聞いたことも無い上に、どのみちただの人間じゃ速攻でやられるのがオチ。

けれど恐いもの知らずすぎる彼女は今更説得を聞きそうもない。ナナシはなんとか社長に援護させない内に終わらせるよう、覚悟を決めたのだった。

 

二人は店の柱の影に身を隠す。三人が通り過ぎるタイミング━━

 

━━今だ。

一瞬でカタをつけるには、あの秘奥義しかないッ!

ナナシは彼等目掛けて飛び出し━━歩いている内の一人に向かって、合わせた手を突き出した!

 

「かめはめ砲ッ!」

 

それは名こそ奇天烈だが、これは中国拳法の"冷勁"から発想を得た、れっきとした脱衣術。

身体からの気を己が腕に経由し、筋力と融合させ……掌が相手の身体に触れた刹那、それを一気に爆発させる。内部から破裂させる様に衣服へ強烈な衝撃を与える奥技なのだ!

 

かめはめ砲をもろに喰らった男の服は見事に全て破け散り、炭化。

あと二人。

そこからナナシは迅雷の如く怒涛の連続脱衣を披露した。残り二人の内、片方を速攻で塵へ帰す。

残り一人。

上服を脱がす。相手はとっさに回避機動を取ろうとするが、それをナナシは読んでいて、上服を脱がすと同時に相手の足をすくい、逃亡手段を絶つ。

 

「終わりだ!」

 

が、突如背後から聞こえた「お前がな」という言葉に、ナナシは驚き目を見開いた。

四人目のエージェントが接近していたのだ。

ナナシは一瞬戸惑うも新たな黒服の剣撃をかわし、とっさのカウンターで四人目の上服を脱がしつつ、バックステップで距離を取った。

 

「ちっ! 小僧やるな……」

 

「くそっ、これで終わりかと思えば……!」

 

吐き捨てて対峙するナナシの眼前で「久しぶりだな」と笑う四人目の男、飴渡。

かつてエージェントだったナナシの脱衣人数に応じて、裏通りで報酬を渡していた男だ。そして前日UD+にて急襲をかけた、襲撃部隊の"チーフ"。

 

「久しぶりだと!? ……お前は……!」

 

「誰?」

 

けれどもナナシは、その事を覚えていなかった。

 

「ふざけるな! 俺だ、忘れたのか!? 飴渡だ!」

 

「誰だよ!」

 

「黙れ! お前が忘れても、俺は忘れもしねぇぜ……。あの時の恨みをな! 俺を失墜させたお前への恨みを忘れたことはない!」

 

「そう、かつて俺はその戦闘技能を買われ、NIROの精鋭部隊に配属された……」

 

「あの、急に語りださないで」

 

「るさい! 黙って聞け」

 

「暗殺誘拐、超法規的な活動……汚れ仕事も何でもやった。それが俺達の役目だからだ。だがそれもいつかは報われる。俺は功績を認められ、しかるべきポストが用意されるはずだった……」

 

「へー、はずだったのか……」

 

「それが! 脱衣やらなんやら、それにあの強化エージェントとかいう奴らが現れやがって。それまでの組織のパワーバランスは一気に塗り替えられた。銃器の扱いと格闘術に秀でた俺達に取って代わり、血の力を持つエージェントと、脱衣術に秀でた奴らに優れた権限を与えられた」

 

「新しい環境に適応できない奴らは、一気にお払い箱だ……俺も例外ではない。妖主追撃の任を外され、秋葉原に飛ばされた。だがめげる俺じゃねえ、そこで新しい居場所を見つけようと思ったさ」

 

「……そしたら今度はお前だ。眷属の血を持つ期待の新人だとよ……! お前みたいな小僧が!」

 

「長年、汚れ仕事をやって、ようやっと地位を掴むかと思えば……! 異動させられ……お前のようなぽっと出の……小僧の、世話係にィッ……!」

 

「おいおい! ただの逆恨みじゃないか!」

 

「うるせぇ! 俺はそれでも文句一つ言わなかったあげく、お前にNIROを解体され、一時は行き場をも失いかけたんだ。この時を待っていた……償いは受けて貰うぜ……?」

 

……確かに雇用先を潰しちゃ恨まれるわな。

そこは彼の言い分ももっともだと思いつつ、とはいえ大人しく灰にされるわけにもいかないのは当然。

飴渡の構えを見て、ナナシもすっと拳を構えた。

なんにせよ戦うしかない。

先程脱がし損なった黒服も立ち上がり、飴渡と共に剣を構え、自身を狙っている……もはやこの状況では圧倒的不利。もし飴渡も紛い者だとすれば、勝てる見込みは残念ながら絶望的だが。

ナナシ自身も忘れていたもう一人が飛び出して来たのは、そんな時だった。

 

「うりゃあああ! ナナシくーん! 逃げなさーい!」

 

「何っ!? なんだこの女!?」

 

エージェント二人は一瞬気を取られる。

今しかない。刹那、まずナナシは脱がし損ないの黒服を脱衣した。そこから更に飴渡へと振り向こうとするも、背後から服が掴まれるのを感じた。とっさに飴渡が背を狙い、脱衣を仕掛けたのだ━━だが、ナナシはそのままに振り向く。

飴渡が脱がそうと服を掴んだまでは良かったものの……あえて強引に振り向かれたことにより、掴んだ部分だけがそのまま破けて、拳には少しの切れ端が残るのみだった。

そのまま振り向き様にズボンを脱がされた飴渡は……通りの地面に倒れ込んだ。

 

「あんた、話の通り脱衣は苦手みたいだな」

 

「グ……ッ、くそ! こ、この俺がぁぁぁ」

 

「あら? 私が華麗に脱がすハズが……」

 

『隊長!』

 

そこへ新たに一人の黒服が飴渡へ駆け寄る。さらなる増援が駆けつけていたのだ。

 

(えっ? ……まだ居るのか……!?)

 

思わず顔を引きつらせ、冷や汗を垂らすナナシ。

 

「増援!? いや、先程のは先遣、これが本隊というワケね!」

 

志遠は手持ちのスマホでパシャリ、と追っ手に向かって写真を撮った後に……顔色を変えた。

 

「紛い者……! まずい、これは普通に死ねるわ!」

 

志遠は酷く焦燥した様子の下、ナナシの手を引いた。

 

「志遠さんっ!?」

 

「━━逃げましょう!」

 

「お、追えー! さっさと追え!」

 

仲間によって応急措置的にスーツ(日よけ )を被せられていた飴渡が、倒れたまま吼えていた。

そこへ、杖をついたスーツ姿の男性が悠々と歩いてくる。

 

「全く。さすがにうますぎる話だと思えば。しかし私が出向いた価値はありましたよ。お陰で確信が持てた」

 

「あなただったんですねェ。……志遠め。余計な事を……」

 

杖の男は、追跡する黒い群れを見ながら呟いていた。

 

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「ナナシ君、ちょッ速い……」

 

走る内に、いつの間にやら引っ張られる側になっていた志遠。ぜぇぜぇ身を屈ませ、ふらつく足でばたばたと駆ける程度がやっと……といった所で、もはやまともには走れていない。

 

「なんでこんなに敵がいるんだよ!?」

 

「だって! できるだけおいしい情報流したほうが食いついてくれると思ったんですもの!」

 

ナナシはそれを聞き、いくらなんでも食いつき過ぎだと嘆いた。

今は入り組んだ路地を右へ左へ縫っているからまだ良いものの、いずれ大きな通りに出れば、人間の脚力しか持たない志遠が居る以上、即座に捕まるのは確実━━

 

逃げ道を探しながら走っていた、その時だった。丁度眼前の廃ビルがナナシの目に留まる。

二人は足を止めた。

 

「ほらあたし見ての通りだけど、胸のせいで走るの苦手だから……うふ」

 

ナナシは色仕掛け交じりの弁解をよそに、目の前にそびえる廃ビルを見上げた。

 

「早くしなきゃ追っ手が来る……! この廃ビルなら、あるいは……」

 

「ナナシ君、無視!?」

 

ナナシは廃ビル入り口のシャッターを掴む。

無論シャッターには鍵が掛かっていたが、カゲヤシパワーに物を言わせ無理矢理押し上げた。バキン、と鍵の壊れる音がした後、シャッターの抵抗は手の平を返した様に軽くなる。

二人はシャッターの間から中へと滑り込み、暗い室内の中でナナシがスマホのライトを点灯させた。

ホコリっぽく、コンクリートの地がむき出したままの室内……隅にはオフィス机が積まれているのが見えた。

志遠はそれを見て、念のためここに潜んでいましょう、と提案する。

 

それから机の下へと身を隠し、息を潜める二人━━

二人の面前は机の、丁度机に向かえばつま先が当たる板部分によって隠されており、万が一でも気付かれにくいだろう。しかし、その代わりに酷く窮屈ではあったが。

 

(来ても声出しちゃダメよ!)

 

小声で言う志遠。分かってます、と言うナナシ。……直後、彼の表情が曇る。

あの社長から発せられる甘い匂いが、机の中にこれでもかと充満していた。ここはマシュマロ工場だったのか? と思わず錯覚し、この狭い空間に隠れるという自殺行為を選んだ自らの行いに恐怖した。

ガス室送りとなった彼はもがき苦しんだ。苦しくて息を吸えばあいつが入ってくる。白くてふわふわした悪魔。

朦朧とする頭の中で、もはや何度その悪魔の名を呼んだか分からない。鼻をつまみ、錯乱しながら叫ぶ。

 

「よくもずけずけと人の中に入る……恥を知れ!」

 

「落ち着きなさいナナシ! 追い詰められて焦燥しているのは分かるけど……!」

 

あだッ……と志遠の声が聞こえた。エキサイトした彼女が机上に頭をぶつけたらしい。

 

……直後、シャッターを叩く音が室内に響き渡った。ナナシは心臓を凍りつかせる。

 

「くそっ……やっぱり見られてたか……!?」

 

『誰か居るのかー!?』

 

『警察だー。ここで何をしているんだ? 大人しく出てきなさーい』

 

勿論警察なんてのは見え透いた嘘で、実際は……

 

『すぐに出てくれば何も咎めはしない。だから━━』

 

ガシャ、ガシャ━━

 

━━ガシャア!!

 

突然の大きな音に二人揃ってびくり、と身体を震わせた。

部屋に日が差し込んだのが分かった。奴らが無理矢理シャッターをぶっ飛ばしたようだ。

それからどかどか慌しく、黒服が流れ込んでくる事を音で感じた。

 

『こっちに行ったような気がしたんだがな』

 

『……そもそもシャッターが下がっていただろう。見間違いじゃないんだろうな?』

 

『言う暇あったら、上も探せ!』

 

そんなやり取りを口々に投げ交っている。二人はただただじっ……と息を潜め。

ほどなくして男達が撤収したのを確認すると、恐る恐る机の下から身を乗り出した。

 

「や、やった~……! 私達生きてる、生きてるのよね!」

 

「そすね、まぁなんとか~……」

 

「ちょ、ちょ~っと無理しすぎたわね……でも生きてるし、いいんじゃないかしら」

 

「次はもっと上手くやりましょ!」

 

「はぁ、はい」

 

ナナシはこりごりと言った様子で生返事をする。

志遠は変わらず、にこにこした様子で去り際に手を振っていた。

 

 




元ネタ
AKIBA'S TRIP
飴渡
原作でナナシに、カゲヤシの炭化数に応じてご褒美をくれてた人。ゲームでは裏通りの情報屋が居る通路奥にいつもいる。

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