【妄想】AKIBA'S TRIP1.5   作:ナナシ@ストリップ

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ヒロの武器… R 疼く俺の右腕 / L えくすかりばー
立ち絵は準備予定


この時点だとヒロの行動がまさしく意味不明かと思うのですが、そういった部分は後の話でまた説明を入れるつもりです。


07. えくすかりばー

紛い者の脅威を目の当たりにしたナナシは、更に強くなるべく再修行を決意した!

……極簡単にまとめると、そんな経緯で彼は今に至っている。

 

再修業。……しかれども決意のみなら易し、行なうは難し。

まずもって、以前お世話になっていた脱衣の師匠を探す必要があった。

今回は特殊な衣服の脱がし方……などという次元ではなく、カゲヤシに取って代わる、全く新しい相手に対策する為のもの。その修行は恐らく容易いものではなく、道筋を指し示してくれる師匠の存在は不可欠であるからだ。

とはいえ、既に師匠は以前居た商業ビルの屋上にはおらず、ナナシとしてもその後の所在には見当もつかない。

……しかし、あてはある。

師匠の事なら御堂さんだろうという事で、事前に彼女へ連絡を取っていたのだ。

 

当初御堂は師匠を捕まえるつもりだったようだが、どうやらそれはやめたようだ。本人は「大人しくしているようだから」などと言っていたが、恐らく弱みでも握られているんじゃなかろうか、というのが彼にとって正直な所である……ともかく、未だ師匠は健在ということだ。

ナナシは志遠と別れた後、今、秋葉原駅へその足を進めていた。

御堂さんによると師匠は新しい隠れ家を購入し、隠居生活をしているとのこと。そして詳しい場所については、自ら案内してくれるという話だった。そんな訳で待ち合わせの約束をしているのだが……

 

着いたのは人々でごった返す秋葉原駅の電気街口。その駅中で柱に背を預けているスーツ姿の女性が見えた。御堂聡子、彼女である。

 

「来ましたか、ナナシさん。……ふふ。どうやら、変わっていないようですね」

 

お久しぶりですと言って頭を下げるナナシを見て、顎に手を当てながら再会を嬉しそうに微笑んでいた。

彼としても変わっていない御堂の姿に安心感を覚えていた……むしろこれからは、あくまでNIROの人員として接されていた時よりも、お互い気軽に話せそうな気もしていたのだった。

 

「御堂さん、今は個人探偵さんなんでしたっけ」

 

「ええそうよ。今は依頼を受け、秋葉原でとある件の調査しているんです」

 

「えっ」

 

「……どうかしたんですか?」

 

秋葉原での調査という彼女の言葉に、疑問がよぎっていた。

もしかしたら、その依頼主とは。……霞会志遠なのではなかろうかと。

 

というのも霞会志遠は元々、秋葉原自警団に興味を持っていて……偶然そのトラブル解決の現場を見て手際を確信し、期待を込めて自警団へ依頼した……という経緯だったはず。

が……とはいえ、所詮は一般人の集まりである。

とすれば、そんな自警団に調査の全てを一任するだろうか。保険としてその道のプロたる探偵、近頃秋葉原で評判を上げる探偵であった御堂に、別口で依頼していたとしてもおかしくはない。

仮にもし同じ依頼主だとしたら。共同で調査がやり易くなったりしたり、しなかったり……どうなのか? いやもう、とりあえず訊ねてみればいいや。ナナシは思考をそこで止めた。

彼はちょっと自信あり気に、鼻を高くして言った。

 

「その依頼主ってもしかして、志遠さんでは?」

 

「志遠さん……? 誰、ですか?」

 

(……っておい、違うのかよぉ!?)

 

「いや……やっぱなんでもないです」

 

自分が馬鹿らしくなった。

神妙に首を傾げる御堂の目線に、気恥ずかしさを感じながらも……身振り手振り誤魔化すナナシ。

疑問顔だった彼女は、癖だろうか眼鏡のツルを指でくいと押し上げた後に、気を取り直して言った。

 

「あなたの言う新しいタイプのカゲヤシですが……。私も戦う時が来ないとは言い切れません。丁度いいですし、自分にも新たな技を指南してもらおうかと思っています」

 

彼女は一呼吸置いて、スマホをズボンのポケットに仕舞い込み……それから「さて、」と切り出した。

 

「ここで立ち話もなんですし。早速行きましょうか」

 

 

 

 

━━師匠の隠れ家

 

 

ここは秋葉原から少し外れた場所。

眼前の"隠れ家"に圧倒されるあまり、ほえーと見上げていたナナシ。門構えからして立派な、和風な趣のお屋敷だ。まさに豪邸、と言って差し支えない。

NIROに協力していた際の報酬で購入したのか、下僕の援助があったのか、はたまた……とナナシは考えつつ、下僕の案内によりほどなくして庭園に到着。

そして面前、そこには屋敷のふすま越しに身体をくねくねクネらせる、お馴染みな師匠のシルエットが!

 

「……御堂に、ナナシ。久しぶりねぇ」

 

やはり、その纏わりつくようにねっとりとした口調は紛れも無く師匠。

軽い感動を覚えていたナナシだったが、その前へ立っていた御堂は対照的に「どうも」と短く返事をしたきりで、かつての師とはいえあくまでも余所余所しい様子。

勿論師匠がそんな様子を見逃すはずも無く、からかうような声色で御堂へ返した。

 

「あら御堂ったら、素っ気無いのね」

 

「それはそうです。もうNIROとの契約関係でもないんですから」

 

「そういう態度も好きよ。いじめがいがあるから……」

 

「ふっ、ふざけないで!」

 

「あらいいのかしら? 教えたくなくなっちゃうわよ?」

 

「~ッ……!」

 

途中までは毅然とした態度だったはずが、悔しそうに唇を噛んで声にならない呻きをあげていた。ちょっと師匠に反撃してやろうと思ったのだろうか……?

ついには顔を赤くして「勝手にしてください!」とそっぽを向いてしまう御堂。

 

「うふふ、いいわ。鍛錬が終わったら私の部屋にくるのよ」

 

介入する訳にもいかず、複雑な面持ちでナナシは見守っていた。ただただ、うわぁ……と思うばかりである。

 

「それじゃ、早速始めようかしら。とはいえ二人とも……もはや最高域にまで技術は磨かれている。……ここからさらに上を行くのは難しいわよ」

 

「私は構いません」

 

「俺も承知の上だ」

 

「よろしい。あなた達、カゲヤシの新しいタイプっていうのに苦戦していることは聞いたから」

 

「今日はその新しいタイプを連れてきたの」

 

「さすがししょ━━連れてこられるのかよ!」 

 

「私の下僕は何でもいるわ。肩書きのフルコースよ。逆に言えば、どんな者であれ肉欲には等しく抗えないのぉ」

 

……いやぁー、恐い。

心中に仕舞い込んだ感想のつもりが、実際のところ、ぼそりと口から発されていたようだった。

御堂に至ってはそんな余裕すらなく、戦慄の面持ちで絶句していた。調子を崩されまくりだが、そんな二人を師匠は、そして修行は待ってくれはしない。

 

「では、特設闘技場へ」

 

早速決闘の場へと促す師匠。物腰丁寧な下僕に案内されるがまま、二人は奥へと向かっていった。

 

 

 

 

━━闘技場

 

 

御堂はもう一方の、別の闘技場へ案内されたようだ。ナナシ自らも、下僕に室内庭園のような場所へ通された。道石が続いてゆき、その先を行くと……石畳で出来た円形状のフィールドを木製の柵が囲む、闘技区画に着いた。

ナナシは照明の光る天井を見上げる。これは師匠いわく開閉稼動式で、開いて日光を取り入れるかどうかを選べるようだった。今は訓練の為、天井は閉鎖され室内照明に切り替えられているというわけだ。

ほどなくして……相手役である黒スーツ姿の下僕が対面から歩いてくる。

室内放送で師匠の声が響いた。

 

《さぁ、その裸体を存分に見せあうのよッ!》

 

(言い方が……)

 

しかもこれ御堂さんにも聞こえてるんだよね……?

彼が多くを考える間も無く、気付けば下僕が眼前まで迫る。そしてその時にはナナシもすっかり戦闘モードに切り替わり。

下僕が右手を挙げ、気さくに「やぁ、始めようか」と挨拶するも、あくまで戦いの眼で見つめ返すナナシ。

 

「……あんたが本当に紛い者、人造カゲヤシなのか?」

 

「そうとも。戦ってみれば分かるさ」

 

その一言から、下僕は深く腰を落とし。それから両脚をじりりと広げて姿勢を低く保った後、今にも食い掛かろうかという虎の如くその両拳を構えてみせた。

……構えへ応じるように剣を抜き、息を呑んで対峙するナナシ。いざ二人は見合った。

 

それから時は経ち…………

ナナシはこれで三戦目。そして分かってはいたものの、やはり勝ちに手が届かず。

 

「━━どうしたナナシ君!」

 

(くそっ……! もっと速く動けよ!)

 

今までそんな事を不満に思った事も無かったが、急に己が身体の遅さへ腹が立つ……それほどに苦戦していた。

かつてはここまでの苦戦も殆ど無く、こと末端相手に関しては無双にも等しい、一騎当千の実力だったのだ。勿論眷属相手ではそう上手くも運ばないが、それでもその全てで勝ってきた。それが今になってこれだ━━

追って追われてといった息つかせぬ格闘戦の中、邪魔をするように湧き出たそんな雑念。彼に生じたわずかな動作の揺らぎを、下僕は見逃さなかった。

 

「もらった!」

 

恐ろしく重いワンツーパンチの衝撃が腹部を突き抜けて、追い討ちをかける様に回し蹴りが襲った。

吹っ飛ばされつつも必死に空中で態勢を立て直し、へたり込むようになんとか着地するも、既に遅い。

己の衣服へ手が掛けられていたのだ。

 

「フフ、これが実戦ならナナシ君……君は三度も灰になっている」

 

「ぐぬぬ……!」

 

「くそっ、力が欲しい。もっと力さえあれば……!」

 

「さぁ、ギブアップかい!?」

 

「……もう一度だ!」

 

「その意気やよし! 行くぞ!」

 

二人は再び突進し、夜が更けようともひたすらにぶつかり合うのだった。

 

 

 

 

その次の日、クリスマスイブ。ナナシが師匠の屋敷に泊まり込みで修行をしていたところ、早朝に優から連絡を受ける。

 

今まさに敵に襲われている━━至急UD+まで救援に向かってくれ━━そんな連絡内容。

……全く、最近の秋葉原はどうなってるんだ。呆れと胸騒ぎを抱えつつ、ナナシはUD+へ急行した。

 

 

 

 

━━UD+

 

 

ナナシがざっと見たところ、黒いスーツ姿の人員とそれ以外とが入り乱れている。敵はやはりあの黒服の集団と見て良いようだ。ミラースナップを試みた結果、敵の部隊は通常のカゲヤシのみで構成されている様だった。

と、彼の前へ偶然舞那が着地する。スタンドマイクを構える彼女は、息を弾ませながら振り向いた。

 

「あ、ナナシ!」

 

「……取り込み中すまないが、優は居ないのか?」

 

「あのバカ? あいつはママの護衛だから、ジャンク通りに行ったはずよ!」

 

『貰った!』

 

会話を遮り、黒服が警棒で舞那に殴りかかった。

彼女はそれをなんとか避け、横から現れた瀬那がその男を脱がし塵にした。舞那は無理な回避行動を取った結果、危うくバランスを崩しかけ……そこへ更に瀬那の叱責が飛ぶ。

 

「舞那、ちゃんと警戒!」

 

「……姉さん! 今のはナナシが悪いの」

 

「数名来るぞ!」

 

「……分かった! おりゃあー!」

 

舞那はスタンドマイクをさながら薙刀(なぎなた)の如く振り回して突撃し、襲い掛かる敵を怯ませていった。隙を見逃さずに瀬那が死角から確実な一撃で襲っていく。さすが双子の姉妹といったところか、抜群のコンビネーションを見せていた。

 

……俺も負けてられん! 

ナナシが剣を構えようとした時……戦闘機動の途中だった瀬那が、すたりと面前に降り立った。

 

「待って」

 

「っはい?」

 

「ここは私達に任せて、ママの援護を。場所なら優に訊いて」

 

「む……分かった。やられるなよ」

 

「もちろんだ!」

 

互いに頷き、ナナシはその場を後にしていった。

そして……彼の姿が見えなくなったかという直後、末端の一人が絶叫した。

 

『何かが突っ込んできます! ちょ、超高速で━━ああぁ!?』

 

悲鳴を最後に塵となる。何事かと見やる双子姉妹は、敵の新手と分かるなりすぐにその場で立ち塞がった。

突如韋駄天の如く現れたのは天羽禅夜。着地姿勢からゆらりと身体を引き起こし、そして見下ろすように嗜虐的な笑みを見せていた。

 

「待たせたな、劣等種ども!」

 

「な!? なんだとぉバカにして!」

 

舞那は食って掛かるが、彼はふてぶてしいまでに涼しい表情で一蹴した。

 

「当然の事を言ったまでですよ! ……私はオリジナルだ。ヒトを超え、カゲヤシを超え……その遥か高み。貴様ら如きの相手など本来不相応なぐらいなのだからな」

 

さて、と禅夜は一呼吸入れてから、自身の持つ剣を鋭く突きつけた。依然黒服と末端がその傍ら乱闘にせめぎあう中で、瀬那と舞那の二人は彼を相手取って抗戦の意思を見せていた。

対して受け立つ禅夜は間近に迫る戦いへ打ち震え、口元に狂喜を滲ませた。そして瞳だけは、決して彼女らを逃さぬよう獰猛に睨みつけた。

それが対決の目配せであったかのように、双方は無言の内、弾かれたような突進を経て交差していたのだった。

 

 

 

 

━━ジャンク通り

 

 

「ナナシ! 来やがったか!」

 

ナナシが駆け寄る先には……心なしか待ってましたと、純粋に嬉しそうな反応の優。

隣には姉小路怜の姿もあった。

 

「来てくれたのね、ナナシ」

 

「お安い御用だ」

 

「……まさか拠点を変える為にビルを出た瞬間、襲われるとは思わなかったわ……、奴ら、ずっと張り込んでいたとはね」

 

「おい、ここは任せる。俺とお袋は新しいアジトへ行く。この間の借りは返してもらうぜ」

 

「……分かった。気をつけろよ!」

 

去る二人と護衛の末端達を見送ったナナシは身を翻し、そして今まさに到着した追っ手である黒服の一団と対峙した。

 

「さぁ、こっからは俺が相手だ」

 

『ナナシさん、お供します!』

 

更にそこへはバンドマン姿の末端達が、幾人か援護の為に集まって来てくれていて……これで双方、人数的にはそう変わらないものとなったが、しかし彼等へ向いてナナシは警戒を促した。

 

「気をつけろ。もし奴らが紛い者なら━━」

 

「安心しろよ。カゲヤシだ」

 

言い終わる前に、前方から気だるそうな声が聞こえてきた。声の先に視線を走らせるとそこには……こちらへ歩いて来るヒロの姿。

彼は右手をかったるそうに上げて「ようナナシ」━━なんて、今まさに戦闘が勃発しようというこの場で、危機感も無さそうに振舞っていた。

 

「ヒロ……? なんでお前ここに?」

 

「末端を頼む。こいつの相手は俺だ」

 

『了解』

 

彼が質問に答える事は無く、代わりに出したひと指示で、黒服達がそれぞれ一斉に末端へ襲い掛かった。狙われた末端達も散開しその場から離れて行く。

この場には、二人だけが残されていた。

 

「ヒロ、どういうつもりだ……?」

 

またも、答えようという素振りは見せない。ただヒロは「お前に提案がある」と、淡々として投げかけて来た。

……何を言ってる? ナナシが不審げに目を細めようが、彼は顔色一つ変えない。それどころかおかまいなしに人差し指をこちらへ突き立てて、「まず教えてやる」……と、ナナシの疑問を制止するようにその一言だけを放った。彼は一拍置いてから、その後再び言葉を進めていった。

 

「このまま行けば近い未来、お前らは狩りつくされる。紛い者によってだ。もう残された時間は少ない……俺はここで、この争いを終わらせてみせる」

 

「ナナシ、お前は皆を連れて秋葉原から逃げろ」

 

「急に何を。……逃げろって? 秋葉原はどうする?」

 

「街自体はもう……どの道救えたもんじゃない。だから瑠衣達だけでも助けてやれって言ってんだ」

 

「秋葉原を無視してか? そんな事出来る訳あるか。瑠衣も皆も、それで納得なんてしないはずだぞ」

 

「二つに一つなんだよナナシ。抵抗して打ちのめされるか逃げて生き延びるか、どちらかだけだ。あいつらの強さは知ってるだろ? ……やるだけ無駄だ。だから俺は、お前らだけは助けてやろうとしてる」

 

「そうかい。……それでヒロはどうするつもりだ? まさかあいつらの味方をするんじゃないだろうな」

 

……ヒロはその追求に押し黙っていたが、しかしそれでは肯定をしているようなもので。実際あの黒服達に指示を出していた所といい、味方をしている事はほぼ確実だろう。

しかし彼は友人なのだ。そうですか、で引き下がる訳にも行かないナナシは、語気を強めた。

 

「……ヒロ! 馬鹿な事はやめて戻るぞ。何をやってるか、分かって味方してるのか?」

 

「あぁ分かってるさ。分かってて俺は、最善と思うからこうしてるだけだ!」

 

「何を言い出すかと思えば……!」

 

「まぁ聞けよナナシ。このまま抵抗を進めれば、あいつらはなりふり構わず本気でやり合いに来るはずだ……その前に逃げる必要がある。いいか? お前がやられて、ここがボロボロになればじきに皆気付く。お前なんか頼りにしなきゃ良かったってな……だがそれじゃ遅い! 手遅れなんだよ!」

 

必死の様相にも……しかれどナナシとっては、彼が出任せに嘘吹いているとしか思えなかった。どう聞いても、お前は未来予知者(エスパー)気取りですか、なんと言って突っ込みたくなるだけだ。しかし、そうして軽く構えていた心情を読み取ったのか……ヒロは更に畳み掛けた。

 

「お前はあの駅前で、瑠衣を守るって、そう言ったはずだよな……! 嘘だったのか?」

 

それはヒロの言う通り、確かに自らが瑠衣へ約束した……あの言葉。

カフェで説明もしていない、ヒロが知り得るはずも無い言葉。

ナナシは態度こそ静かだったものの、その表情は明らかに険しくなっていた。

 

場に静寂が降りた。

張り詰めた空間で時たま聞こえるのは、冬の風が両者の間を吹き抜けていく音……あるいは、少し離れた場所から響いてくる戦いの喧騒程度しか無い。

最中。ナナシは風に髪を揺らがせ、そしてただヒロと視線を交わらせ。

それから少しして、彼はゆっくりと重い口を開いた。

 

「……何故、それを知ってる?」

 

「…………言っただろ。お前は俺なんだ」

 

「ナナシ、俺は……一度、いや何度もお前と同じ道を歩んだ。そして俺はこの先紛い者共に苦戦し、最悪な終わりも既に経験してるんだよ」

 

けれども依然信じていないナナシの様子を見止め、……昨日あの赤い部屋を見て全てを思い出したのだと、今度は丁寧に語りかけた。

言うには、ヒロもナナシと同じく瀬嶋を打ち破り、住民と共に秋葉原を救った事があるのだという。

……だがその後、ナナシが今置かれている状況と同様の問題が起きた。

"紛い者"と呼ばれる新たな存在が趣都に蔓延り、カゲヤシはそれに苦戦を余儀なくされたのだ。ヒロ自身は戦い抜いたものの遂には追い詰められてしまい、そして捉えられた先があの赤い手術室だったのだと。

そして間近に迫る死を悟ったヒロは、目蓋を閉じた後……意識はそこで途切れたのだと語った。

ふと気付くと、居たはずの部屋ではなくそこはまた以前の秋葉原。以前というのはまだカゲヤシとNIROが争っていて、瑠衣と知りあってもいない頃の、だ。

最初はやり直せる好機と思ったものの。しかし戻されてからどう足掻いても、「結局紛い者に支配される未来は変えられなかった」……そう彼は言うのだ。

そしてまた、以前の秋葉原へ戻され足掻く。それを何度繰り返したか━━

 

「━━最後は戦う事をやめて、クリスマスにも思い切り遊んだ。そしてその結末も……同じ」

 

「赤い手術室、ベッドの上。何度目か? いつもならそこで、次こそはと思うところを……俺はその時、もう未来を諦めた」

 

「それでも次に気付いた時には、また秋葉原だった。残酷な事してくれるよな? だが……」

 

「今までとは少し違っていた。それは俺が記憶を失ってた事と、優に血を吸われ引き篭もり状態となり、それに代わる別の人間が瑠衣を助けた事」

 

「……それがナナシ、お前だったんだ」

 

「このまま進めばお前らも同じような目に合う。ナナシ、お前は瑠衣を守るって約束したんだろ。だったら━━」

 

そこでようやくナナシが、遮るようにして口を開いた。

……開きはした、のだが。

 

「なるほど分かった! ……あー、なんというかヒロ、お前の噂好きが高じてだとは思うけど、妄想し過ぎるのも身体に毒だぞ? どんな名医にも治せない病気ってあるからな。突然右腕が暴れだしたりする類の病とかな……あっお前、病院行けっつったのに行ってないだろ」

 

「お、お前は……あれだけ説明して何も聞いていないのか……!?」

 

「失敬な、聞いてただろうが……結構手の込んだ空想だなって思ったよ。いや俺も分かるぞ、学生時代、学校にテロリストが乗り込んで来た時~とか良く考えたりするよな!」

 

「この歴史的馬鹿野郎が! お前みたいな妄想癖と一緒にするな! 大体お前なんか即射殺がオチなんだよ!」

 

「な、なんだと!? 言いたい放題言いすぎだろお前……」

 

……ふと見ると、ヒロは心底がっかりした様子で。

良かれと言ったつもりのナナシも、彼が耳を傾けようとしない事に呆れて困り果てていた。

二人の会話は噛み合わないまま、ヒロが観念したように喋りだした。

 

「そうかよ、……そうだな。いきなりこんな話をして理解される方がおかしいさ」

 

「……だが、俺は覚えてる。師匠に初めて脱衣を習ったことも、瑠衣と一緒に遊びに行ったことも、それに━━」

 

懐かしそうに、どこか悲しげに目を細め。それからヒロは、精神を研ぎ澄ますかのように深く息を吐いた。

 

「まぁいい。ナナシ、お前が秋葉原から身を引かないなら話は単純だ」

 

反論など待たぬように、ヒロは矢継ぎ早に言葉を続けていく。

 

「はなからお前の力を信用なんてしてない、結末を変えられるとも思ってない……お前は邪魔なだけだ。お前の半端な力のせいで皆勘違いして、望みを捨てきれないまま最悪の結果で終わるだけだ!」

 

「だから俺は俺のしたいようにする。それを邪魔するってんなら……!」

 

ヒロはおもむろに、腰の後ろへ手を回した。ベルトの間に差していた短剣、ナナシの持つ"えくすかりばー"に酷く似た外形を持つ剣を引き抜き、吠えた。

 

「……力ずくで従わせてやる! 黙ったまま全て灰になるよりは、いっそこの俺が……!」

 

声を荒げる彼は、普段の無気力そうに構える様子はない。曇りの晴れたその瞳は恐ろしく真剣だった。血の滾る獣の様な視線をこちら突き刺していたのだ。

実力行使でねじ伏せてやるまでという、容赦なく差し向けられた敵意に、ナナシは動揺を隠せずたじろいだ。少し前までは、自警団メンバーと場を同じくして語り合う友人だったというのに。当然その言動が本心からだとは思えないし、思いたくもなかった。

 

「ヒロ、本気なのか!?」

 

「そう見えないか? 言っとくが今の俺は、優の血でカゲヤシ化している。……相手にする覚悟はできてんだろうな」

 

剣を投げては掴んで弄びながら、しかし依然獲物を狙う眼差しで━━ヒロは答えた。

またほどなくして空を回転していた剣を左手で掴むと、そのままナナシへその剣先を突きつけた。剣を見、やはりナナシは確信した。それは、奇しくも自分が持つものと同じ。

何故自分と同じ剣を持っているのか。その驚きを予知していたように、ヒロは言った。

 

「お前もこいつについては知ってたな? あの時お前が説明した物と同じ、世界に一つのみ存在する(つるぎ)……」

 

「……ああその通りだヒロ。お前の言う通り……それならおかしい。そのたった一振りは俺が持つもの。お前のそれは……!?」

 

「そうだ、そして俺が持つ剣もその"たった一振り"。…………俺は、別の世界からここに来た!」

 

━━別の世界? そんなめちゃくちゃな話があるか。

動揺するナナシを、しかしヒロは待つことなく踏み込んでいた。

 

「行くぞ、ナナシ!」

 

放たれた横斬りを見て、咄嗟に後ずさった。直後剣先がわずかに頬を掠る。

本当にやりあうつもりらしく、その太刀筋には一分の容赦も無い。

 

「━━ッ! お前、嘘だろ!? ……えぇい! どうせ奴もカゲヤシ、少しの傷なら問題ない!」

 

「ヒロ! お前の頭を冷やしてやる!」

 

ナナシは後ずさりした足を踏み込んで、身体を前へと押し出した。次いで繰り出した複数の斬撃を、ヒロは姿勢を低くし……左右のステップでかわしつつ怯まず突っ込む。懐に入り込み、腹に右拳を打ち込んだ。衝撃にナナシの口から、ぐぶ、と呼気が漏れる。

 

「今のが本当なら脱がされてるぜ、ナナシ。……情けなんて掛けようとしてんのか!? 灰にしちまうぞ!」

 

「ぐ……!」

 

ナナシは跳び退きつつ斬り払う。

ヒロはそれを剣の腹で防ぎ、後退するナナシを追い上げた。そして旋風の様に突進しては執拗に噛みつく、攻勢に次ぐ攻勢。

 

「おいおい、追いかけっこじゃねぇんだ……本気出してくれよ!」

 

「くっそ……! 調子に乗りやがって!」

 

挑発に悪態で返そうが劣勢は覆りそうもない。ヒロが左右の建物を利用した三次元機動を開始し、多方向からヒット&アウェイの斬撃、そしてそれに織り交ぜ抜け目なく脱衣を狙ってくる。攻め返す隙がなく後退一方のナナシ……そしてそれ尚も喰らいつくヒロ。

 

(強い……それも紛い者みたいな、身体に頼るデタラメな強さじゃない。純粋に強い……洗練されている!)

 

(しかも左利き(サウスポー)とは。ただでさえ強いのにやりずらい……、こいつ……!)

 

不用意に反撃して空ぶれば、その隙を逃さず狙われて脱がされるだろう……剣を交える最中で、彼はヒロに対しそれだけの実力があると見込んでいた。

しかしここで防戦一方ではいずれ脱がされる。どちらにせよこのままでは分が悪そうだった。一旦仕切りなおす為、ナナシは回避と防御に専念しながら周囲の建物を蹴って、上を目指していった。

 

二人は建物の屋上に着地し、距離をとったまま互いに剣を構え直す。

 

「覚悟はできたか? 妄言野郎め」

 

ナナシの息も絶え絶えな挑発に動じず、鋭い目と剣を重ねて言い放った。

 

「こっちのセリフだ、俺の偽者が」

 

「いや、俺の偽者にしては随分弱いんだな?」

 

「……言わせておけば!」 

 

両者突撃。

互いに振り合った剣と剣が重なり交差する。先じてナナシが刃を受け流した━━突進の勢い止まらず、転倒寸前まで前のめるヒロ。

好機と見たナナシは、身体がすれ違う寸前に腹めがけて蹴りを繰り出す。が、それはそのまま前方へ飛び込んでかわされてしまい……されど逃すまいと、空を浮くヒロへ振り向きざまに剣撃を放つ。

とっさにヒロは地に右片手をついた。逆立ち状態の彼へ襲い掛かった刃を剣で打ち返すと、そのまま右腕のバネを利用し大きく飛んで、屋上から離脱していった。

 

「逃がすか!」

 

地上へ落ちていった後を追いナナシも続いた。

ナナシが路地に着地した瞬間を狙って、ヒロが顔面に飛び蹴りを仕掛けるも……剣の腹で防がれる。

しかし計算の内。剣に着地した一瞬で、ヒロはズボンの留め具部分を斬りつけたのち、宙返りで離脱していたのだ。

 

「くっ……!?」

 

ナナシは自身のズボンを見た。ずり落ちそうになる手前、まともに動ける状態ではない。そう、今もし相手に仕掛けられれば━━

 

「終わりだ。ナナシ!」

 

すかさず剣を仕舞ったヒロが再度接近し、袖口に左手が伸ばされた。しかしその指先が掠めるかというギリギリでナナシは身を翻し、見事にカウンターストリップを仕掛け返していた。

 

「終わるのはお前だ……ヒロ!」

 

瞬間。ヒロが目を見開く。

彼の驚異的な動体視力が覚醒し、周囲はその動きを止めた。まるで、その場が停止(ポーズ)画面になったかのように……

そして次の刹那━━ヒロの、まるでコマ飛ばしのような動きから繰り出される、神速の脱衣。彼はカウンターに反応し回避した上で、更に返したのだ。

上服を脱がされたナナシは何が起こったのかも分からず驚愕する。ヒロの右手にしっかりと握られたその服を見て、ようやく状況を理解した。

 

「な……!? ありえないだろ……!?」

 

「下っ手くそだなぁお前……そんなんでこの先戦えると思ってたのか? 笑わせんなよ」

 

事実彼の頭を冷やす為剣を交えたはずが、逆に圧倒されてしまったのだから……ナナシとしてはその言葉に黙るしかなかった。

 

『ナナシさんっ!』

 

そこへ、先程の戦闘に勝利したのだろうか、末端が再び駆け寄って来るのをぼうっとヒロは見た。

 

「やられやがったか……まぁいい。ナナシ、これで懲りたら皆連れてさっさとここから失せろ。……今はこれで見逃してやる。だが━━」

 

「次は灰にする」

脱がした服を投げ返し、その場を去っていくヒロ。ナナシは、戦おうとする末端を手で制止する。

追う事はできない。

今は……止められなかった己の悔しさを噛み締める事しか、できないのだった。


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