ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】 作:それいゆ
――午前六時半。演習地・扶桑山間部上空
山際から朝日が顔を出すよりも早く、演習は始まっていた。
湿った土の匂い。エンジンの始動音。空を裂くプロペラの唸り。
陸軍航空部隊による戦術演練は、いつも通りの規律で淡々と進行している。
「加東、離陸確認。進路、北東・風速5、上昇後1000、即席急上昇」
「了解、1番機、上がる!」
静かな返答の直後、ストライカーユニットを纏ったウィッチが滑走路を離れる。
加速器の唸りが響き、滑らかに機体が持ち上がった。
「2番、異常なし――続行します!」
次いで離陸した加藤武子が、安定した旋回に入る。
まるで教本に引いたような精密な軌道で、空に白線を描いた。
本日の訓練は、空戦というより索敵・警戒行動に近い内容。
模擬弾は使わず、敵影の“気配”に即応することを求められていた。
地上では整備班が慌ただしく動き、部品や点検器材を手際よく扱っていた。
誰もが無駄口を叩かず、必要な言葉だけが飛び交う。
これが――江藤敏子の率いる「飛行第1戦隊」の姿だった。
――扶桑陸軍中佐・江藤敏子
「……よし、上出来だな」
双眼鏡を下ろし、小さく頷く。
長身の軍服姿。左胸には階級章と識別章。
敏子はこの戦隊を率いて3年、今や“陸軍ウィッチの象徴”とまで呼ばれる存在だ。
部下たちの動作と呼吸、その連携と間隔を確認しつつ、地上からも補正の指示を重ねる。
「武子、もう少し旋回角詰めろ。右舷に余裕がある」
『了解です』
即座に返る、上空の応答。
規律と技術、信頼と抑制。
静かに、しかし熱く打たれた鉄のような意志を持つ少女たち。
その育成が、敏子に課せられた使命であった。
「次、急降下照準訓練。3番と5番、目標αを通過後、高度200で模擬爆撃動作。距離、400固定――」
その声は穏やかだが、曖昧さはない。
「前半終了。整備に入れ。3分後、再離陸準備」
号令と同時に、上空のウィッチたちが静かに降下を始める。
敵が“見えない”今だからこそ、技術と信頼だけが頼りだ。
今日もまた、扶桑の空は静かに、確実に鍛えられていく――。
――午後の整備時間/格納庫脇、木陰にて
「……ふー、喉カラッカラ。圭子、お水取って~」
「はいはい。訓練中は“喋りすぎないように”って言ってたの誰でしたっけ?」
「そりゃあたしよ。言った本人が忘れる訳ないでしょ。早く~」
「……ったく、ほんと手がかかる」
加東圭子が呆れたように笑いながら水筒を差し出すと、穴拭智子は躊躇なくそれをあおった。
炎天下ではないとはいえ、低空からの模擬急降下訓練は身体に堪える。
「ふたりとも、ちゃんとクールダウンは済ませてね。脚部ユニット、普段より回転軸が偏ってたから」
加藤武子が整備士に確認したメモを見ながら言った。
「うーん、急旋回のとき、思いっきり踏み込んだから」
「それだけじゃない。降下中に横風に煽られてた。姿勢制御が遅れ気味だったよ」
「う……」
「思い切りが良すぎるのよ、あなたは」
圭子が肩をすくめる。
「でも結果は良かったでしょ? 目標進路、ドンピシャだったし」
「山勘が当たっただけで褒められる訓練なら、誰も苦労しないわよ」
「も~意地悪ね」
智子はベンチにもたれながら軽口を叩くが、その目は真剣だ。
この戦隊には、“結果が良ければいい”という甘さはない。
「次回は少しパターン変える。山地拡張の申請が通ったから」
格納庫脇に姿を見せた江藤敏子が、図面を手に言うと、三人は一斉に姿勢を正した。
「また標高差訓練ですか?」
「そう。山間斜面での加速は、敵の索敵網をかいくぐる練習になる。平地だけでは身体が鈍る」
「了解……苦手なのよね、斜面」
智子のぼやきに、武子が静かに補足した。
「大丈夫。重心と加速比率を掴めば問題ない」
「あなた、スレスレを狙うから急制動する羽目になるのよ」
敏子は三人のやりとりを見ながら、ふっと口元を和ませる。
「ま、そんなに構えるな。あんたたちなら問題ない」
「……その信頼、根拠あります?」
「なによ~生意気な」
笑い声が木陰に広がる。
今日の積み重ねが、明日の戦場で彼女たちを守る。
それがこの部隊の、そして少女たちの――確かな誇りだった。
「……」
――その中で、敏子にふとよぎる思考。
(……本当に、信頼してよいのだろうか)
昨日の章香からの報告が脳裏を過る。
北郷章香が身元預かりとなった少年――中川尚樹。
一日の動向と"問題ナシ"という文章だけを見ると、一見大丈夫そうに見えるが、敏子の中ではどうしても疑念が晴れずにいた。
彼の目に宿っていたのは、戦場を幾度もくぐり抜けた者だけが持つ“光”だった。
(……あれは、ただの少年じゃない。あの判断力、動き、間違いなく―――)
直感では彼の正体を感じつつ、今はその真相に踏み込まない。
その件は"親友"に任せ、自身の任務に集中すること。それが、軍人としての彼女の矜持だった。