ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】 作:それいゆ
世界観に合うように無理やり一次大戦を咀嚼しました。
――講道館・書庫の一角にて
道場の一角にある書棚。
そこには稽古に使う資料だけでなく、扶桑軍や欧州諸国の戦史、魔導理論、各種記録資料がまとめられていた。
尚樹は、章香に呼ばれて一冊の古い綴じ冊子を手渡された。
「これは……?」
「“怪異との争い”の記録だよ。今の各国の軍制の原点にもなってる」
章香が手を後ろで組み、淡々と語る。
「20年ほど前――ナポレオンの黒海遠征以来で、20世紀では初めて、オストマルク帝国領内で“怪異”が戦争規模で出現した。その後、周辺諸国を巻き込んで広がっていった」
尚樹はページをめくる。そこには、1914年の欧州地図が載っていた。
(1914年……)
「……戦いは4年続いた。起爆点となったオストマルクは国家こそ維持したけど国土が荒廃。ガリア・カールスラント国境は数百万発の砲弾が叩き込まれて地形が変わり、オラーシャ帝国も大きな被害を受けて、結局、決着がつかないまま、怪異は“霧散”という形で姿を消した」
「……犠牲は?」
「全戦線合わせて戦死者は数百万とされているけど……記録に残ってない集落も多い。正確な数は誰にもわからないが、民間人を含めたら1000万を越えるんじゃないかな…」
「ガリア北東部には、戦後20年が経過した今でも怪異が出した”瘴気”の残留地となり、人の住めない地域が複数残っている」
ページを進めると、“鉄条網”“塹壕”“野砲陣地”と見覚えのある写真が並ぶ。
(……どう見ても、俺の知ってる第一次大戦と同じだ)
「……これ、起きたのって……」
「1914年、オストマルク・サラエボに突如現れた怪異の攻撃によって、たまたまサラエボを訪れていた“皇太子夫妻の死亡事件”が起きた。そこから呼応するように欧州各国に怪異が出現。連鎖的に各国が交戦状態に入ったのよ」
尚樹の指が、ページを止めた。
“オストマルク帝太子夫妻、サラエボで怪異に襲われ死亡”
その見出しを前に、彼の頭の中では“サラエボ事件”という語が鮮明に蘇る。
(……やっぱり、この世界は……)
「ウィッチについても、ちゃんと説明しておくよ」
章香は資料の脇から、別の冊子を取り出した。
「太古の昔から、特定の少女だけが持つ特殊な素養――“魔力”が確認されてる。」
「使い魔と同化し、大岩を悠々と持ち上げる力と、何者も受け入れない盾を出せるようになる。」
「それを更に引き出すのが、“ストライカーユニット”」
細長い筒状の機体を両足に装着し、発動機を背中に背負っている少女の写真を見せられる。
「魔力には個人差があるけど、一般的に10代後半がピーク。それ以降は徐々に減衰して、やがて消える」
「そしてその魔力を有する少女たちは、“怪異”の存在に対する唯一の防衛手段であり、同時に撃退するための矛でもあった。これが“ウィッチ”だ。」
尚樹は、無言で頷きながらページを追う。
「今じゃ各国で制度として確立されてて、怪異との戦いにおいて不可欠な存在になってる」
「でも……なぜ、少女だけなんですか?」
「それが解明されてないのよ。男では魔力が発現しない。生殖器官の違いが理由なのか“持てる器が違う”って言い回しが古文書にはあるけど、科学的根拠では説明できていない」
章香は尚樹を見つめた。
「でも君――中川尚樹は、それに近い何かを持っていると、私は感じる」
問いは優しい口調だったが、核心に触れていた。
尚樹は答えず、ただ静かにページを閉じた。
「……少し、外の空気を吸ってきます」
「……ああ、無理に読まなくていいよ」
章香はそれ以上聞かず、尚樹の背中を目で追った。
尚樹の脳裏には、1914年。
自分が教科書で読み、記録映像で見たはずの“第一次世界大戦”が、
この世界では別の出来事として、現実にあったこととして、彼の目の前に突きつけられていた。
「……偶然なんかじゃない」
思わずつぶやいていた。
第一次ネウロイ大戦。発生時期、地名、戦線の推移――どこかで見たことのある言葉ばかりが並んでいる。
(マルヌ、イープル、ヴェルダン……)
聞き覚えのある“地名”と、この世界での“災厄”が、寸分違わぬ年代で重なる。
だがこれは偶然じゃない。
この世界の“戦争”は、かつて自分がいた現実と、まるで“鏡写し”のように進行している。
「……っ」
思考が自然と先へ進む。
1914年があるのなら、次は1939年に――第二の嵐が来る。
今は1936年。
(もうすぐそこだ……)
この世界では“怪異”と呼ばれる存在が前触れ無く動き出す。
ならば、次に起こるのは「ヨーロッパ」の再燃――そして、その延焼先にあるのは太平洋。
それは、自分が見てきた“記憶”へと繋がっていく可能性もある。
(ここでもまた、同じ――?)
けれど、“ネウロイ”も、“ウィッチ”の存在も、あの世界には無かった。
それでも、歴史の筋道そのものがこちらでも繰り返されている。
偶然では済まされない。必然のように再構成された“再演”。
それを理解したうえで一人項垂れる。
「しかし…一人で何が出来る」
戦火の波の中で個人が出来ることは自分ひとりが生きるために最善を尽くす事のみ。
それ以上を望めばたちまち火に炙られることになる。
それを自覚しながらも、尚樹の目は灯っていた。
「それでも…」
この世界で、自分に何ができるか。
備えをしておくだけでも、無駄になるのならそれが良いと考えるのだった。
数十分後、
「……まあ、全部“卓上の空論”だけどさ」
胸の奥で独り言のようにそう呟いて、尚樹は書き込んだノートをそっと閉じた。
彼の頭の中には、過去に学んだ世界史の断片と、この世界の歴史的事実が幾重にも交錯していた。
第一次世界大戦に酷似した怪異との”大戦争[グレート・ウォー]”。
平穏の1920代、恐慌から世界が揺れる1930年代、そして、1940年代の戦火。
どこまでが偶然で、どこからが必然かはまだ分からない。
分かるのは、いま自分が「次を知っている側」であること、そして――
(誰にも、言える話じゃない)
仮に“世界の未来を予見している”と告げても、信じてもらえる保証などどこにもない。
むしろ、怪しまれ、距離を置かれるだけだろう。
だから尚樹はこの「知識」をあくまで“自分だけの推論”として、そっと脳裏にしまうことにしていた。
(子供が考えた“戦いごっこ”みたいなもんさ)
頭ではそう整理した。
だが、もし再び火がつくなら、備えておいて損はない。
たとえ“空論”であっても、心の片隅に残しておく価値はある。
ふと、廊下の先から若干にぎやかな声が聞こえてくる。
「千草ー! また転んだのかよ!」
「ち、違うもん!わざとだもん!」
「わざとでも竹刀落としてたら意味ないだろうが!」
年相応の喧騒。剣道の稽古で汗を流し、笑い合う子供たちの声。
尚樹は目線をそちらへ向け、自然と微笑を浮かべる。
「……行くか」
ノートを手提げ袋の奥にしまい、畳の感触を踏みしめながら足を進める。
未来を見据えた男が、今日という日の今に戻っていく。
少年の顔をしたまま、誰よりも“覚悟”を背負ったそのひと――
やがて彼の姿は、道場の引き戸の向こうへと消えていった。