ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】   作:それいゆ

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舞鶴3人衆の各視点です



episode12『花の少女たち』

桜の花がはらはらと舞い落ちる午後、道場の庭ではほとんどの生徒たちが稽古を終え、後片付けを始めていた。尚樹は一人、竹ほうきを手に落ち葉ならぬ花びら掃きをしていた。

 

「……あの、尚樹くん」

 

遠慮がちに声をかけてきたのは、竹井醇子だった。控えめな彼女が一人で話しかけてくるのは珍しい。

 

「どうしたの?」

 

「えっと……ちょっとだけ、竹刀を見てもらえない…かな」

 

差し出された竹刀は磨耗が進んでおり、柄巻きも緩んでいた。尚樹はすぐに膝をついて、静かに点検を始めた。

 

「巻き方、少し教えようか」

 

「いいの…?ありがとう!」

 

彼女の顔がぱっと明るくなった。日頃は徹子や美緒の背中に隠れるようにしていたが、こうして間近で見ると、醇子の目は意外なほど真っ直ぐで、強い光を宿していた。

 

「ほら、こうやって……手前に巻いてから、ひと結び。焦らず、確実にね」

 

尚樹の手元を真剣に見つめる醇子。その表情に、彼はかつて出会った多くの「学びたがる眼差し」を重ねる。

 

「尚樹くんって、やっぱりすごいね……」

 

「いや、ただ教わったことをそのままやってるだけさ」

 

「……それ、結構すごいよ」

「私なんて先生に教えられた事なんにもできてないし…」

 

そう言って醇子は目線を下げる。

 

ぽかぽかと暖かい春の陽気の中、庭の縁側に座っていた尚樹と醇子は、何気ない雑談を続けていた。

 

桜の花びらが風に乗って舞い、ふたりの間に落ちてくる。

 

「へえ……尚樹くんって、そんなに早起きなんだね」

 

「習慣みたいなもんかな。昔から、朝が一番落ち着く」

 

尚樹がそう答えると、醇子は「ふふっ」と笑いながら頷いた。

 

「やっぱり俺のこと、気になってる?」

 

「え?」

 

「いや、醇ちゃんだけじゃないけど、みんな俺のこと見てるなあってなるから」

 

尚樹の何気ない言葉に、醇子は目を瞬かせ、頬を薄く染めた。

 

「そ、そうだね…どうしても、ね」

 

「……」

口を挟まず静かに話を聞く。

 

「だって、最初はどこか遠くて、違う国の人みたいだったから……。でも、最近はちゃんと友達って感じがして、安心するんだ」

 

言いながら、自分でも恥ずかしくなったのか、醇子はうつむき、桜の花びらを指先で撫でた。

 

「そっか」

 

尚樹はその言葉に、どこか照れたように笑った。この世界に来てからの孤独が、ほんの少し降りた気がした。

 

「でも油断してると、また美緒たちにからかわれるぞ」

 

「う……わかってる。でも、やっぱり……お話しするの、嬉しいから」

 

控えめにそう言う醇子の声に、尚樹は「俺も」と短く応えた。

 

桜がさらさらと風に揺れ、二人の間にまた一枚花びらが落ちる。

 

その様子を、少し離れた廊下の陰から見ていた生徒らは、互いに顔を見合わせてニヤニヤしていた。

 

「ねえ……なんか、いい感じじゃない?」

 

「んふふ。あんな柔らかい顔、尚樹くん、他の時には見せないよね」

 

「ねー。ちょっとからかいたくなっちゃう」

 

「だめだよ、今は静かに見守るフェーズだから」

 

ひそひそと笑い合う4人に、尚樹がちらりと目を向けた。鋭い視線に驚いたのか、慌てて物陰に身を隠す。

 

「……見てたな」

 

尚樹がぽつりと呟くと、醇子は笑いながら?を出すように首をかしげていた。

 

 

----

 

 

その日の夕暮れ、稽古も終わり門下生たちが帰路につく中、美緒は徹子の袖をぐいっと引っ張った。

 

「ちょっと、付き合ってよ」

 

「なに? また何か思いついた?」

 

「うん、あのね――」

 

美緒は小声で徹子の耳元に囁いた。すると徹子は、じとっとした目で美緒を見つめた。

 

「……また、尚樹のこと?」

 

「“また”って言うけどさ、ちょっとくらい気にしてもいいでしょ!」

 

「はいはいはい。で、それが“どうした”のさ」

 

徹子はため息をついた。美緒が尚樹を意識しているのはなんとなく分かっていたが、それを本人が認めたがらないところがまた面倒だった。

 

「別にさ、怒ってるわけじゃないの。ただ、なんか……モヤモヤするっていうか。ねえ、徹子はどうなの?」

 

「うーん……俺は感謝はしてるよ、いろいろ助けてくれたし。でもそれ以上は別に?」

 

「…それだけ?」

 

「え、だ、ダメかよ」

 

美緒はむくれて顔を背けた。

 

「なんだかなあ……。いいよね、徹子はそうやってあっさりしてて。私は、なんかずるいって思っちゃうんだよ」

 

「ずるい?」

 

「……ううん、やっぱ今のナシ。ちょっとだけ、気持ちがざわついてるだけだから」

 

そう言って、美緒は自分の気持ちをごまかすように道場の壁に背中を預けた。

 

徹子は少しだけ考え込んだような顔をしたあと、にやっと笑った。

 

「じゃあ、色々聞いてきてやろうか?」

 

「……それはやめて」

 

「ちぇー、ノリ悪いなあ。でもあいつ、変なとこで鈍い気がする。こっちが何か言わないとずっとそのまんまな気がするぜ」

 

「……それは、ちょっと思う」

 

ふたりは並んで夕焼けに染まる道場を見つめた。春の風が、どこかくすぐったい空気を運んできていた。

 

 

 

ーーー

 

その晩、寝床についた徹子は布団の中で思い返していた。

 

「……やっぱ、変な奴だよなぁ、あいつ」

 

口に出してみても、その「変なところ」がどこかと言われると説明に詰まる。無愛想ってわけじゃない、でも笑うことも少ない。強いのは分かるけど、それを自慢げに見せびらかすわけでもない。むしろ、人と距離を取ろうとしてるような――

 

「……かと思えば、妙に面倒見いいしな」

 

稽古中に打ちどころが悪かった時は、さりげなく氷を用意してたり、自分が熱くなりすぎたときには目で合図して落ち着かせたり。自分たちが気づくよりも早く、周りを見て動いている。それが自然体でできているのが、徹子には少し不気味でもあった。

 

「別にさ……感謝してないわけじゃないんだよ」

 

自分がしでかしたバカな事のせいで醇子を守るために無茶をさせた負い目がないかといえば絶対にそんなことは無く。

手伝いとして来てからも尚樹の存在はこの道場に少しずつ馴染んでいった。今では誰もが彼を「居て当然」のように扱っている。でも――

 

「何考えてんのか、やっぱ分かんないっていうか」

 

人懐っこいでもなく、突っぱねてるでもない。けれど、心のどこかに分厚い壁があるような、そんな印象。その壁をわざわざ取っ払って向こうにあるものを知ろうとする気は、正直なところ徹子にはなかった。

 

「醇子が懐くのはわかるけどさ。俺はそこまでじゃないし……」

 

そう言いながらも、自然と尚樹の事をよく見ていた自分に気づいて、徹子は小さくため息をついた。

 

「……うっわ、これじゃあ俺まで気にしてるみたいじゃん。やだやだ」

 

ぼやきながら布団を頭までかぶるも、眠りに落ちるまでしばらくかかった。

 

 

 

――美緒の自室。

 

机に頬を預け、開け放たれた窓から入り込む夜風に髪が揺れる。

波の音がかすかに聞こえる静けさの中、桜の花びらが数枚、風に乗って過ぎていった。

 

「……なんなんだろ、あいつ」

 

ぽつりとこぼれた言葉は、自分に向けた問いかけのようでもあった。

 

年が大きく離れているわけでもない。

背が特別高いとか、圧があるとか、そういうわけでもない。

 

でも――隣に並ぶと、どうしようもなく“違う”と感じてしまう。

 

「最初に見たのがさ、窓から飛び出してきたあの時だったから……どれだけすごい人なんだろって思ってたけど……」

 

言葉を切り、頬杖をついた。

でも1ヶ月の間、話して、過ごして、笑った場面もあった。

意外なほど“普通”にも見えた。

 

けれど、ふとした瞬間――彼の目が捉えてる景色が、全く違う世界のような気がしてならなかった。

 

「……私たちを、先生と同じ目で見るんだよね。」

 

その視線の先にあるものは、自分たちの知らない“これから歩んでいく場所”のようだった。

 

(その“先”で、何を見てきたんだろう。誰を、何を……)

 

美緒は胸の奥がざわつくのを感じた。

答えの出ない疑問が、静かな部屋の中でじわじわと広がっていく。

 

「……ズルいよ、ほんと」

 

その言葉が出た瞬間、自分でも驚いたように黙り込む。

 

人を助けて、励まして、それでいて自分のことは何も話さない。

芯の、核の部分を見せない。踏み込もうとすると、煙のようにするりとかわされる。

 

なのに、たまに見せるあの――

何もかもわかってるような、少し寂しげな笑顔だけが、どうしようもなく残る。

 

「……もー知らん!」

 

ばふん、と布団を叩いて倒れ込む。

 

「見てると……焦るんだよ。悔しくなるの。追いつきたくて、でも届かない気がして」

 

「……教えてくれないなら、こっちはずっと置いてけぼりのままだよ」

 

その声は、少しだけ震えていた。

 

しばらく、静寂。

耳に届くのは、波の音と、風のそよぎ。

 

でも――美緒はうっすらと気づいていた。

 

悔しさの奥に、尊敬があって。

その奥に、ほんの少しだけ……羨ましさがあることにも。

 

自分はまだ、子どもなのかもしれない。

 

そんな、静かな実感だけが、胸に残った。

 

 

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