ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】   作:それいゆ

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書き溜めが溶けていく


episode14「軍靴」

1936年5月10日

 

桜も散り切り、段々と気温が上がっていくのを肌で感じ取れる季節に変わる頃。

 

 

その日、道場に珍しく軍服の気配が近づいた。気付いた生徒たちがざわめく中、章香は静かに立ち上がり、玄関へ向かった。

 

「……久しいな、北郷」

 

出迎えたのは、白髪の整った髪と髭を蓄えた老紳士。かつて連合艦隊の作戦幕僚としても知られた、竹井義行海軍少将だった。

 

「お身体の方は……いかがですか?」

 

「相変わらずさ。だが今日は、孫の顔を見たくてね。それと――君に、礼も言いたくて来た」

 

章香は小さく息を飲んだ。彼がこうして直接来ること自体、極めて稀なことだった。

 

「醇子は……良い子です。皆ともすっかり馴染んで」

 

「そうか。それを聞いて安心した。……だが、もうひとつ気になるのがいてね」

 

義行の視線が、庭の方へと向いた。そこで庭掃除をしていた尚樹が、一瞬手を止めた。

 

「彼は?」

 

「……2ヵ月前、縁あって預かることになった子です」

 

思わず表情が固くなりつつも答える章香。

上層部に隠匿している彼の事を探られるのではと一瞬身構える。

 

「いや、醇子が道場に来た男の子が素敵だ。と話してくれての」

 

「あと10年も生き粘れば、もしかすればひ孫が拝めるやもしれんからな」

 

本気なのか冗談なのか微妙なラインの発言に「ハハハ…」と苦笑いの章香。

 

 

「…あの童、どうする気だ」

 

章香は返す言葉に困ったように沈黙した。

 

「彼はおそらく唯の少年ではなかろう、君が傍にいるのならなにかしてやろうと企んではいないだろうが」

 

「……はい、私もそう思っています」

「申し訳ありませんが彼の事は…」

 

義行はうなずき、静かに目を細めた。

 

「君が預かると決めたのだ、水を指すつもりはない」

「醇子は素直すぎる子だ……彼に懐いているというのなら、わしは受け入れる。

だが、君が見ておいてくれ」

 

「はい。必ず」

 

それだけ言い残し、義行は醇子が駆け寄ってくるのを見て、ようやく穏やかな笑みを浮かべた。

 

醇子が小走りで駆け寄ってくると、義行はまるで一瞬だけ年齢を忘れたように目元を緩めた。

 

「おじいちゃんっ!」

 

「おお醇子……顔色もいいな。よく食べて、よく眠っておるか?」

 

「うん、先生や美緒ちゃんや徹子ちゃん…それに尚樹くんも、優しくしてくれるから……すごく楽しいよ!」

 

 

義行はその言葉に満足げにうなずくと、そっと醇子の頭に手を置いた。

 

「それは何よりだ。……あまり無理はするなよ。お前は昔から、人の顔色を見すぎるところがある」

 

「う、うん……気をつけるね」

 

少し頬を赤らめた醇子の様子に、義行はどこかほっとしたように目を細めた。

 

やがて視線を尚樹へと移す。

 

「尚樹君だったな。少し、話せるかね?」

 

「……はい」

 

尚樹が一歩前へ出ると、義行は彼を木陰の縁側へと誘った。醇子は不安そうに二人の背を見送ったが、章香が軽く肩を叩き、笑顔で「心配いらない」と目で示す。

 

縁側に腰を下ろすと、義行はふう、とひとつ息を吐いた。

 

「……あの子は、私のたった一人の孫でな。魔法力が発現したから北郷に預けてはいるが、銃や剣よりも筆を走らせて文集を書くほうがわしはよほど似合ってると思っとる」

 

「……はい、自分も同意見です。」

 

「――君のような年頃の若者が、身近にいるというのは、正直少し気がかりだった」

 

尚樹はそれに対し、真っ直ぐな視線で返す。

 

「醇子さんのことは、ひとりの道場仲間として、大切に思っています。軽々しく手を出すような真似はいたしません」

 

「……そうだろうな。その目は、浮ついた若者のそれでも、野心を飼った物でもない。奥にまた別のものが宿っとる」

 

義行の目は、まるで若き士官を見抜くかのように鋭く、それでいて穏やかだった。

 

「…これから先、表舞台に出るのならお前を疎ましく見る者たちも出てこよう。だが、その目を濁らせない限り、どこに行ってもやっていけよう」

 

「……ありがとうございます」

 

尚樹が深く頭を下げると、義行はふっと笑った。

 

「礼には及ばん。」 

 

「…というよりも頭を下げるべきはわしじゃの」

 

「え?」

 

尚樹が顔を上げると、義行が逆に頭を下げていた。

 

「あっ……!?」

 

「醇子を助けてくれてありがとう。」 

 

「正体が何であれ、身を挺して守ってくれただけでわしからすれば十分信頼に当たる男じゃ」

 

心の底からの感謝の弁を述べる。そこには個人として孫娘を思う男の爺の姿があった。

 

「いえ、そんな…」

 

尚樹が戸惑いながら視線を落とすと、義行は身体を起こして、その目を真正面から見据えた。

 

「……君は、まだ何かを…決定的な確信を話しては無いだろう?」

 

尚樹はわずかに呼吸を止めた。しかし義行の口調に咎める色はなかった。

 

「今問い詰める気は無い。君が話す時が来たら、北郷あたりにでも話せばいい」

 

「……はい」

 

「それにしても」義行はわずかに笑って、遠くの庭を見やった。

 

「何故この時代に、こうしてここにいるのか……それがわしにはどうしても気になってしまってな」

 

「……不思議に思われますか?」

 

「不思議にもなるさ。だが不安ではない」

 

「……」

 

義行は頷いた。

 

「お前の振る舞いと眼差しは、戦火を知る者のものだ。わしも軍人の端くれ……どうしてもそういう“気配”には敏感でな」

「嘆かわしいことだ、今でこそ扶桑は戦乱とは無縁だが、世界はお前のような存在を生み出してしまう」

 

尚樹は黙って、義行の言葉を受け止めていた。

 

「実は持病持ちでの。あと何年生きれるか分からん身なのだ。」

「だが、あの子たちの未来が少しでもましなものになるなら、もう少し力を尽くしたい」

 

「……ありがとうございます」

 

 

「もう戻るとしよう。……年寄りの語りに付き合わせてすまなかったな」

 

「いえ、むしろ……胸を打たれました」

 

義行が立ち上がると、尚樹も素早くその手を支えた。義行は軽く笑みを浮かべ、もう一度、礼を言った。

 

「…お主の剣が鞘から抜かれぬ世界であって欲しいものだ」

「尚樹君。……醇子を、よろしく頼む」

 

「…もちろん、お任せください」

 

庭の桜が、静かに風に散った。その一枚が尚樹の肩に触れ、彼はふと空を見上げた――。

 

 

 

 

「うう~~…2人だけでなに話してるの~…!」

 

その様子を、道場の建物の陰から、醇子がそっと覗き見ていた。遠くて声は聞こえなかったが、祖父と尚樹が話している様子に胸がひりつくような不安を感じ、目を離せなかった。

 

 

道場の稽古場では、美緒や徹子達が竹刀の手入れをしながら、時折ちらりと醇子の方を見やっていた。

 

「なーんか、ずっと見てるなぁ、醇子ちゃん」

「うん……まあ心配なのかもね」

「お祖父さんが尚樹くんと話してるの、やっぱ気になるよね」

泉や千草が問答をしている横で、徹子は肘で美緒をつついてニヤリとする。

「ま、そういう年頃ってやつだ」

 

「……徹子が言うとなんか嫌」

 

さらりと吐いた言葉を笑い合う彼女達の背後で、風がさらりと襖を揺らした。

 




今回は零2巻で出てきた醇子おじいを出しました。
まだ病状が進んでおらず、自分で立ててるうちに道場に見に来た。というシチュエーションでした。
後々老体に鞭打ってもらう予定です。

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