ストライクウィッチーズ -Fly By The Rainbow-【七色の空へ】   作:それいゆ

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現時点の振り返り的に纏めます。


episode15『誰ですか』

【定期観察資料】

件名:中川尚樹に関する経過記録

作成者:扶桑皇国海軍 少佐 北郷章香

作成日:西暦1936年5月15日

 

 

対象者:中川 尚樹(なかがわ なおき)

年齢:11歳(1936年時点)(自称)

身長:5尺2寸(約159cm)

特記事項:左脇腹に銃槍アリ

 

 

 

 

一、対象の基本動向

中川尚樹(仮)は、依然として筆者の監視下で生活を継続しており、現在に至るまで目立った逸脱行動や異常行動は確認されていない。

 

清掃をはじめとして雑務を主に担い、道場関係者および門下生とも良好な関係を維持している。

振る舞いは極めて落ち着いており、言動に粗は見られないが、一方で過度に自身を抑制しようとする傾向があり、明確な自己開示は依然として行われていない。

 

二、戦闘技能について

先日、筆者との模擬戦において極めて高水準の剣技を示した。

 

以下、観察された事項を記す

 

軸の安定・無駄のない動作・力の流し方において、通常の軍用剣術修了者を凌駕する。

 

相手の癖や技筋を即座に見切り、次の一手を即座に判断できている。

個人的な推測としてこれは実戦で育まれた取捨選択の技能と思われ、

怪異、若しくは対人での戦闘経験がある物と考える。

 

三、心理傾向の考察

一見して落ち着き払っており、無口ではないが必要以上を話そうとしない意図が感じられる。

他者に警戒を見せることはないが、その実、他人との距離感を常に測り、修正している節がある。

 

門下生数名(若本・坂本・竹井)とは一定の信頼関係を築きつつある。特に竹井との接触時においては、柔和さを見せる場面あり。

 

四、備考・私見

彼は“戦い”を知っている。

それは模擬でも鍛錬でもなく、“実戦”における命の駆け引きを理解している物だ。

 

本人が語ることはないが、並々ならぬ経験をしてきた事は明白だ。

無闇な詮索は関係を保つためにも原則として避けるつもりであるが

彼自身がいずれ何らかの“選択”を迫られる可能性は否定できない。

 

 

以上。

 

 

 

 

 

5月中旬、

 

木刀の音が止み、講道館の庭に静けさが戻った。

門下生たちはそれぞれ竹刀を片付けたり、道着を脱いだりして、思い思いに夕刻のひとときを過ごしている。

 

裏手の水場で顔を洗った徹子が、手ぬぐいを頭にかけたまま、美緒の隣に腰を下ろした。

 

「なあ、美緒」

 

「ん?」

 

「尚樹ってさ、やっぱ、普通じゃないよな」

 

聞かれぬようにこそこそと耳打ちをする言葉に、美緒は一瞬だけ目を細めた。

けれど否定はしない。むしろ、ずっと言いたかったことを代わりに口にしてもらったような気がした。

 

「……まあ、そりゃあそうでしょ」

 

「本人も、先生も多くは話さないし。馴染んでるから普通のヤツだって思いかけてたけど」

「絶対訳ありだよね」

 

 

ふたりはしばらく無言になる。

遠くで、醇子が他の門下生に教えてもらっている声が聞こえてくる。

 

徹子は膝を抱え、竹刀袋をつつきながら言った。

 

「最初さ、すっごい落ち着いてるし、何考えてるかわかんないヤツだなって思ってた。」

「でも最近、あいつの目がたまに遠くを見てたんだ」

 

「……」

 

美緒は心当たりがあった

「尚樹って……時々、ここにいないみたいな顔する。

 私たちがまだ知らない何かを、ずっと見てきたみたいな……」

 

内心で思っていた彼への評を話す美緒

 

それを聞いた徹子はふん、と息を鼻から出した。

 

 

「先生はちゃんと知ってるのかな」

 

「わかんねえよ、でも“ただの孤児”ってだけなら、あんな目はしないよ」

 

風が、道場の庇を軽く鳴らす。

潮風が、どこかひんやりと肌を撫でていく。

 

徹子がぽつりと呟いた。

 

「……でもさ、不思議と怖くはないんだよな。尚樹って。」

 

美緒もそれに頷いた。

 

「……うん。恐る恐るって言う感じはするけど、ちゃんと気を使ってくれてる」

「男の子なのにちゃんと馴染んでるあたり、他のみんなも同じなんじゃないかな」

 

うなずきながら、頭に被せていた手ぬぐいをずり上げて空を見上げた。

 

「なんつーか、もしかしてあいつ、先生よりずっと――」

 

「――そこから先は、本人が話すまで言わないのが礼儀って物だよ」

 

徹子が自身の直感を口に出そうとしたその時、声をかけたのはいつの間にか現れた北郷章香だった。

袴の裾をはらいながら、にやりと口元だけで笑う。

 

「「先生っ」」

 

思わず声を揃える二人に、章香は軽く手を振ると、彼女たちの前に腰を下ろした。

 

「歳も同じなんだし、気になるのは分かるけど、あまり探りすぎると…な?」

 

「少なくとも今はそういうのは全部ひっくるめて、あいつが“あいつ”ってことでいいじゃないか」

 

美緒と徹子は顔を見合わせ、どちらからともなく、ふっと小さく笑った。

 

「そうやって割り切れるの、先生らしいぜ」

 

「聞いちゃいけない事なのは理解してるつもりです…でも、ちょっとずつでも、分かっていきたいだけ」

 

2人がそう返すと、章香は「だろうな」とうなずき、肩越しに道場の方を振り返った。

 

「……私としてもコミュニケーションは取ってるけど…」

「尚樹は、自分で距離を取る子だ。無理に近づこうとすれば、きっと逃げる」

 

「……でも」

 

美緒がぽつりと呟いた。

 

「逃げられても、追いかけたいって思う」

 

「……!」

 

その言葉に、徹子が意外そうに美緒を見た。

 

「……そっか。お前、やっぱそういうタイプだよな」

 

「な、何。悪い?」

 

「悪くはねーけど、思い詰めすぎて泣くなよ」

 

ふたりのやりとりに、章香はまた小さく笑う。

 

「まあ、もし泣かされたら、私が代わりに張り倒してやるよ」

 

「え?」

 

「……た、例えの話さ」

 

章香は冗談めかして言いながらも、その瞳の奥には一瞬、深い光が宿った。

 

(あいつは強い。だけど多分、それ以上に、脆い――)

 

それを誰よりも知っている自分が、傍にいることの意味を問い直しながら、章香はそっと二人を見つめていた。

 

気づけば、空はすっかり夕闇に染まり、最初に鳴いた鈴虫の声が、いつの間にか合唱になっていた。

 

 

 

 

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